それは、崩壊していく自分自身の断末魔。

















天使の羽がもがれた日



















京子が中学校に入学してから、登校したのは記憶にある限りで一度か二度。
アンジー達に促されて、渋々入学式に参加したのと、その翌日の一回きり。
その一回きりで早々に教師を殴ってから、それっきりになっていた。


小学生の頃は、背の順に並ぶと前から数えた方が早かった。
それが中学生になって間もない内に、二次性長期を迎えて、身長が一気に伸びた。
平らだった胸も膨らみ、面倒だがブラジャーを着けないと、動く度に揺れて邪魔になった。

修行は段々とサボり癖が出来るようになり、小学生の頃は日課だった素振りも回数が減った。
師はその事については何も言わなかった─────そもそも、師の方から修行の約束を放棄して放浪していたし。



二年生になって、新宿界隈で“歌舞伎町の用心棒”の名が再び轟き始めた頃、京子の成長期も落ち着いていた。
平均以上の身長と、たわわに育った乳房、引き締まった腰、すらりと伸びた長い脚。
丸みのあった顔の輪郭もシャープになり、顔立ちは崩れる事もなく、外出時間さえ違えば何某かのスカウトもあっただろう。

生憎ながら、彼女が外を歩き回る時間の殆どは夕方から深夜で、場所は日本最大の歓楽街と言われる歌舞伎町。
手に持った木刀と言う代物もあって、そんな勇気のあるスカウトマンはいなかったが。


……剣の師であった京士浪がいなくなったのも、丁度その頃。
ふらりといなくなった彼の行方は、杳として知れなかった。


中学生になってから荒れていた京子の生活は、益々荒れた。
ほぼ毎日、何処かで乱闘騒ぎが起きては、渦中に彼女の姿がある。
警察に補導される事も度々起き、アンジーが迎えに来る事もあったが、大抵は彼女が来る前に京子の方が姿を消した。

『女優』に寄り付く事も少なくなり、アンジー達とも距離を置いた。
どうにも、彼女達に合わせる顔が判らなかったのだ。




九月の終わり、吹く風も僅かに肌寒さを覚え始めた頃。
京子は今月入って何度目か知れない、警察署へと来ていた。

発端は、新宿の裏通り辺りで乱闘をしていた事にある。
先に売ってきたのは相手の方なので、京子としては被害者のスタンスである為、甚だ理不尽な話なのだが、警察もこれが仕事である。
警察を相手に揉めて良い事がないのは判っているので、大人しくするようにしていた。


京子は警察署の出入り口傍にある長椅子に腰掛けていた。
調書諸々は既に取り終わっていて、後は身元引受人を待つばかりなのだが、




「………だりィ」




呟いて、京子は椅子から立ち上がった。
喫煙所からそれを見付けた初老の刑事が、溜息を一つ。




「また待たねェのか」
「ん」




声をかけてきたのは、御厨と言うベテラン刑事だ。
京子が何度も補導されている内、度々彼と顔を合わせるようになり、こうして話をするようになった。


立て掛けていた木刀を手に、京子は警察署を出て行く。
御厨も、警備の男達も誰も彼女を止めようとしない。
呼び止めた所で聞かない事も、無理に留めさせても気付けばいなくなっている事も、皆判っている。

勿論、それだけで一介の女子高生がお咎めなしに釈放される筈がないのだが─────彼女の持つ異名と、ついて周る物騒な背景が、それを赦していた。



警察署を出た京子は、ぐっと背筋を伸ばして空を仰ぐ。
昼間は十分陽が当たって温かかったのだが、今は分厚い雲に覆われ、月の光も見えそうにない。

暗い空を見上げながら、どうするかな、と京子は思う。


警察署を出た所で、京子には行く当てがない。
署内で待っていればアンジーかビッグママが迎えに来るから、そのまま『女優』に帰れば良かった。
けれども、それはどうしても出来なかったから、こうして出て来てしまった訳で。

あちこちで喧嘩騒ぎを繰り返している内に、色々な意味で知り合いが増えたので、頼る当てはある。
しかし、それに頼りたいかと言えば頼りたくなかったし、そうする程に信用している人間もいなかった。



警察署を離れて数メートル行った所で、ぐぅ、と腹の虫が鳴った。




(取り合えず、腹ごしらえだな)




そう決めて、最初に思い浮かんだのは、コニーのラーメン屋だった。
何かとサービスしてくれるので気に入っている店だが、あそこには昨日も一昨日も行った。

次に思い浮かんだのが、二週間前にちょっとしたトラブルに巻き込まれた店だった。
度々ヤクザやチンピラが出入りしている店で、騒動が耐えないと言うが、味は旨い。



──────決めた。

くるり、京子は方向転換して、目当ての店へと向かった。




























この間は醤油ラーメンを食べたので、今日は塩ラーメン。
さっぱりしているのは良いが、自分的には少し味が薄過ぎるように思う。

何か足りないと思いつつ、京子はスープまで綺麗に平らげた。


─────丁度、その時である。




「お?其処にいんの、“歌舞伎町の用心棒”じゃん?」




言葉も声もしっかり京子に届いていたが、彼女は無視した。
少し冷めてしまった炒飯の残りを掻き込む。


ぞろぞろと集団の足音が近付いて、カウンター席にいる京子を取り囲む。
ちらりと足元を見れば草臥れたスニーカーが複数、ボトムも裾が延びきったり色落ちが激しい。
どうやら筋の物ではなく、粋がっているだけの若者達のようだ。

ずいっと視界の端から人の顔が映えてきて、京子の顔を至近距離でじろじろと見ている。
品定めするような見方は癪に障ったが、こういう手合いは相手をするだけ調子に乗るものだ。


後ろ髪に人の指が引っ掛かったのが判る。
京子は、振り返らずに手の平だけでそれを叩き落とした。




「いってェ」
「おい、けっこーイイ面してるぜ」
「胸でけー」




聞こえてくる会話が耳障りだ。

気紛れで此処に来た自分が悪いのか。
内心で溜息を吐いて、京子は一切れだけ残していた餃子も口の中に放り込んだ。


皿が全て空になると、隣にいた男が馴れ馴れしく京子の肩に腕を乗せて来た。
挑発しているのだろうが、やはり相手をしてやる気にはならない。
今日は既に一度補導されているので、面倒な調書をまた取りたくはなかった。

立て掛けていた木刀に手を伸ばすと、囲む男達が一瞬緊張する。
京子の喧嘩っ早さはよく噂になっているのだ。


しかし、京子は席を立つと、隣を陣取っていた男を押し退けた。




「────って、おいコラ!待てよ!」




そのまま店を出て行こうとした京子の腕を、押し退けられた男が掴む。


無視してやろうと思っていたのに。
それは、京子のなけなしの慈悲と言えた。

無謀にも絡んでいた男達を、切れ長の目が睨み付けた。




「お前、“歌舞伎町の用心棒”だろ?ちょっと付き合えよ」
「……臭ェよ、お前ら」




にやにやとした顔を近付けて言った男に、京子は吐き捨ててやる。
同時に、木刀の柄で男の顎を打ち上げた。

ふごッ、と音だか声だか判らないものが男の口から出て、男の頭が後ろへ仰け反る。
蹈鞴を踏んで引っ繰り返りそうになった男を、仲間達が慌てて支える。




「てめェ、このアマ!」
「臭ェから臭ェっつっただけだ」
「喧嘩売ってんのか!」
「はァ?売ってきたのはお前らだろうが」




喚く男達は、京子にしてみれば寝惚けているのかと言いたくなるものばかりだ。


京子は食事をしていた所で、其処に後からやってきて、絡んできたのは男達の方だ。
無視してとっとと店を出て行こうと、荒事はしてやるまいと京子が思っていたのを無視したのも、彼らの方。

それを此方の所為にされては、沸点の低い京子が黙っていられる訳もなく。



ぶら下げていただけだった木刀を握る手に、力が篭る。
大仰に振り上げて肩に乗せてやれば、男達が気圧されたように後ずさりした。


店内は、一触即発と言う言葉が似合う程に張り詰めている。

しかし咎める人間は此処にはいない。
堅気でない人間の出入りが多いだから、こう言った風景は日常茶飯事なのだ。
京子の他に三名いた客は、自分達に被害が及ばなければ、我関せずと言う姿勢を貫いている。
実際、京子も二週間前に来た時、殴り飛ばされた男が自分にぶつかってラーメンを一杯台無しにされなければ、今回のように無視を通す所だった。

この状況に客が慣れていると言うなら、店長も慣れている。
大事なラーメンの出汁スープが引っ繰り返らないようにと、早々に空気を察知して、鍋を店の奥へと引っ込めた。



じりじりと後ずさりするだけの男達に、京子は胡乱な目で彼らを眺める。
絡んできたから、自信過剰の馬鹿の類かと思ったが、ただのケツの青い若造だったか。

やっぱり相手をしてやるだけ無駄だったと、京子は踵を返す。
そのままカウンターの高台に食事代を置いて、店の暖簾を潜った。


数歩進んで、ようやく男達が追い駆けてくる。




「待てっつってんだろ、こらァ!」
「……しつけェな」




折角腹一杯になった所なのに、こんな下らない連中に捕まるとは。

このまま無視して逃げても良かったが、こういう手合いは、勘違いも激しい。
また、「恐れをなして逃げた」などと言う事実無根の噂が蔓延るのも、京子は不愉快だった。

仕方なく、京子は男達にもう一度向き直って、木刀の切っ先を男達へと向ける。




「死にてェ奴からかかって来いよ。まとめてでも良いぜ」




猫のように尖った瞳。
物騒な光を灯したそれに、男達は今度は退かなかった。

しかし、向かって来る様子もない。


男達の中から、一際背の高い若者が一歩前に出た。
格好は他の者達と同じくだらしなく、片耳に五つか六つの束になったピアスをつけている。
髭を生やしているものの、特別年上と言う訳ではなさそうだ。




「やってもいいんだけどさァ。ちょっと条件つけてくんない?」
「ハンデかよ。馬鹿馬鹿しい」
「いやいや、違う違う。条件ってーか、約束?みたいな?」




眉根を顰める京子に、ピアス男はヘラヘラと笑って首を横に振る。




「なんつーかさァ、ほら。ただケンカだけしたって面白くないっしょ」
「じゃあとっとと消えろ」
「そう連れなくすんなって。アレよアレ。賭けしようっつってんの」




─────賭け。

男の提案に、京子はまた眉根を寄せる。
だが数秒してから、男が何を考えているのか、察しがついた。




「負けたら勝った方の命令を聞く、って奴か?」
「そうそう。ま、それしかねーやな、この場合」




ニヤニヤと笑っているのは、ピアス男だけではない。
彼をリーダーとして、他の仲間達も同じように笑っており、鼻の下が伸びているのも見えた。

男達が何を目的としているのか、京子にも判った。
自分にとっては邪魔だけの大きく膨らんだ胸や、相手が女だと言うだけでも、下衆い目で見てくる輩は多い。
それ目的で京子に手を出して、半死半生の目にあった者も少なくはないのだ。


しかし、京子は少しばかり納得が行かなかった。
最初からこういう賭けを仕掛けるつもりで声をかけてきたのだとしても、店内で明らかに気圧されて退いていた事が引っ掛かる。

だが、それについては言及した所で無駄なだけだろう。


男達の行動の矛盾は気になるが、京子には関係ない事だ。




「いいぜ」
「じゃあ、─────成立って事でッ!」




ピアス男が地面を蹴り、此方に向かって来る。
その手がジャケットのポケットに入り、銀色に閃くものが京子の目に入った。

突き出された腕を半身で避けて、跳ぶ。
直ぐ次に迫っていた男の鳩尾に蹴りを食らわせ、その次にいた男へと木刀を振り上げる。
下段から打ち上げられた木剣を正面から受けて、男はまた後ろにいた仲間達を巻き込んで倒れた。


背後から気配を感じて、脊髄反射で身を屈める。
ピアス男が舌打ちしたのが聞こえた。

左腕を軸にして側転し、しゃがんだままで男達の足元を木刀で薙ぐ。
足払いをするというよりも、確実にダメージを与える場所を狙った。
何度か骨に当たる感触が伝わる。





「いってェ!」
「こンの…ッ!!」




左右から太い腕が伸びてくる。
正面からも同じものが迫っていた。

反動なしに地面を蹴って上に跳ぶ。
それだけで彼女の体は男達の身長の上を飛び、上半身を捻って木刀を振るう。
半円に京子を囲んでいた男達が、ドミノ倒しで倒れていく。


トッと軽く地面に着地して、京子は男達を見渡した。




「なんでェ、こんなモンか。息巻いてたからどんだけのモンかと思ってたら……」




拍子抜けした気分で、京子はわざとらしく大きな溜息を吐いてやる。
足元の男が悔しそうに唸り声を上げたが、頭を踏み潰してやれば呆気なく沈黙した。

ゾンビのように数人が起き上がるが、どう足掻いても京子との実力は雲泥の差だ。
後ろから狙おうと、囲んでしまおうと、京子はまるで百眼でも持っているかのように反応が早い。
常人を遥かに超越した身体能力と天武の才に、単なるチンピラ集団が敵う訳もなかった。


まともに立っているのは、最早リーダーのピアス男のみ。
京子は真っ直ぐにその男を狙って、地面を蹴った。




「──────ふッ!」
「ッ!!」




二人の距離が京子の間合いに入ったと思った直後、男の方が一気に此方に突進して来た。
一瞬見えた男の目は、自暴自棄などではなく、明らかな狙いがあっての接近。

本能的に京子は姿勢を低くし、ピアス男の脇を転がり抜ける。


振り返れば、男はボクシングの構え。




「……ちったァ骨がありそうじゃねェか」
「“歌舞伎町の用心棒”にそう言ってもらえるとはな。ありがとよ」




リズムを作ってステップを踏むピアス男に、京子は気を取り直して、木刀を正眼に構える。
正面から二人の視線がぶつかり、周囲は息を呑んでそれを見ていた。

ように思えていたのは、京子の主観のみであると、その時の彼女は気付かない。。


にかぁ、と男が歯を見せて笑う。





「悪いなぁ。俺の本命はコレじゃねえんだな」




ピアス男の言葉の意味が理解できず、京子はぱちりと瞬き一つ。
その一瞬、京子は完全に素の状態で、張り詰めていた全身系が弛緩した。



───────バチィッッ!!!


弾ける音が自分の体の中から聞こえて、同時に全ての毛穴が開いたような感覚があって。
それが痛みを伴うものであったと、脳が認識するには至らなかった。





























煙たい。

意識が戻ってきた霞の中で、最初に思ったのがそれだった。
何せ目から鼻腔から喉から、焚き火の煙に巻かれたような燻りで一杯になっていたからだ。


何度か咳き込んで、それと同時に体のあちこちで悲鳴が上がった。
丸一日修行をした翌日の筋肉痛とは違う、明らかに四肢の神経が傷んでいる感覚がした。


ぼんやりと目を開けると、目に痛い色の照明があった。
『女優』の店内にも、ムード効果の為の照明が設置されているが、かなり抑え目のカラーリングが使われていた筈だ。
あまりにも趣味の悪い色は、寝起きの京子の機嫌を見事に逆撫でしてくれた。

それでも中々瞼は持ち上がりきってはくれず、京子は目を擦ろうと、腕を持ち上げようとした。
しかし、両腕共に自分の背中の下に敷かれたまま、前に持ってこれない。




─────なんだ?




浮かんだ疑問はごく自然なもので、京子は眉根を寄せた。

目に痛い趣味の悪い照明に、後ろに回ったまま動かない腕。
体のあちこちも痛くて、どうにも不自由だ。


もぞもぞと芋虫のように体を動かして、どうにか仰向けからうつ伏せになる事に成功する。
そうして顔に当たったのは、安っぽいクッション性のある布で、ギシギシと言うスプリングの音が聞こえた。
ベッドだと認識するのに数秒かかった後で、取り合えず目を開けければならないと、布地に顔を擦り付ける。

そうしている間に、頭も徐々に目覚めてきて。




何があったか。
何をしていたのか。

思い出して、飛び起きる。




「う、わッ!」




が、姿勢のバランスが取れずに、またベッドに落ちてしまった。
くそ、と布団に埋もれたまま舌打ちする。

クツクツと笑う声を聞いたのは、その時だった。




「やっと起きてくれたな〜、お姫様?」
「……てめェ……」




顔を上げて声のした方を睨めば、ピアス男が他の取り巻き達とテーブルを囲んでいる。
これもまた趣味の悪いデザインで、彼らが座っているソファも、まるで成金趣味と言わんばかりの配色だった。

テーブルには空いた缶ビールやらチューハイやらが転がり、灰皿は吸殻で山が出来ている。
彼らの向こう側にある窓は締め切られ、換気扇も周っていなかった。
道理で、目覚めた瞬間に煙たさで鼻や喉が痛む筈だ。


京子は腹筋の力だけで起き上がると、にやついている男達を睨み付ける。
ピアス男は、やはりにやついたままでそれを見返し、




「中々起きねェもんだから、もうやっちゃおーかと思ってたんだぜ」
「そうそう。引ん剥いちゃっても起きなかったもんなァ」





ピアス男の隣にいた、ヘアバンドの男の言葉に、京子は自分の格好に気付いた。

埃に塗れたブレザーも、あちこち解れていたシャツもスカートも、今はない。
代わりにボンテージの服が着せられているが、肝心な場所に生地がない。
大きな乳房が無造作に顔を出して揺れ、まるでSM女王のような衣装を着させられている。
その格好で両腕を背中に回されて拘束されているのだ。


咄嗟に足を縮めて、京子は胸を隠す。
普段、見られて恥ずかしがるような性格ではなかったが、こんな屈辱的な格好にされているのを見られるのが嫌だった。
気絶している間に脱がせられた上、着させられていたと言う現実が、益々彼女を追い詰める。

そんな彼女を見た男達が、はやしたてるように口笛を吹いた。




「キレーなおマンコしてんねェ」
「使ってねェの?意外〜」
「何……ッ!?」




京子が自分の下肢へと目をやる。

ボンテージの布がないのは、胸だけではなかった。
本来なら決して人目に晒さない筈の、大切な秘部の場所が、切り抜かれたように綺麗に穴が空いていたのである。


京子は片膝を倒して、それも隠した。
男達を睨み付けるが、顔に怒り意外で血が上って赤くなっているのが自分でも判る。




「ま、隠した所で、さっきじっくり見させてもらったけどね〜」
「俺、写メ撮ったぜ」
「見る?自分のマンコなんか中々見れねェだろ」




にやにやと言う男達は、明らかに京子を挑発している。
ラーメン屋にいた時とは真逆に、食い殺してやりたい気分に駆られたが、体はまだ思うように動かない。
痺れは取れてきたものの、腕は後ろに拘束されて、愛用の木刀も見当たらなかった。


はやし立てる男達を無視して、京子は部屋の中を見回す。

ラブホテルなのは間違いないだろう。
ベッドもテーブルも趣味は悪いが、金のかかりそうな凝った細工をしている。
こんなチンピラ連中に泊まれるような部屋とも思えないが────それはどうでも良い事だ。

出入り口は男達の向こうに一つだけだが、窓は小さくとも人一人なら潜れそうだった。
油断させて腕さえ解放させれば、逃げる事は可能だろう。
自分の姿格好と、木刀のことさえ気にしなければ。


そんな彼女の態度が、悠揚としているように見えて、男達は気に入らなかった。
ヘアバンドが立ち上がってベッドに近付き、京子の髪を鷲掴む。




「いッ……!」
「聞いてるー?京子ちゃーん」
「………けッ」




顔を近付けてきたヘアバンドからは、酒の匂いがした。

京子も酒は飲むが、此処まで酷い匂いのする酒は飲んだ事がない。
それとも、単に男の口臭が酷いだけか。


男の頬に唾を吐き捨ててやる。




「こンのッ!」
「─────ッ!」




頭を押されて、ベッドに抑えつけられた。
柔らかい布地が呼吸の邪魔をする。




「落ち着け、落ち着け。相手は女の子なんだからさ」
「だってよ、高橋!この女、生意気すぎんだろ!」




リーダー格のピアス男───高橋と言うらしい───の言葉に、ヘアバンドが噛み付いた。
しかしピアス男は特に気にしていないようで、ヘラヘラと笑いながら、此方に近付いてくる。




「京子ちゃーん、悪いこと言わないからさ、イイ子にしてた方がいいよ?」
「……ほざけ。後で全員殺してやるから、覚悟しとけ」
「うおッ、こえェ!殺してやるってさ!」




京子の発言を鸚鵡返しにしたピアス男に、取り巻きたちがゲラゲラと笑う。

腹は立ったが、仕方がない。
今の京子はまともに身動きが取れないのだから、何を言っても、彼らの脅威にはならないのだ。


とにかく、腕をどうにかしなければならない。
手錠か、ボンテージと同じくSM仕様の道具でも使っているのか知らないが、外せないものか。
手首を捻ったり、肩を動かしたりと四苦八苦してみるが、中々効果は上がらない。

そんな京子の肩を、ピアス男が押す。
抵抗できずにベッドに落ちた京子の上に、ピアス男が馬乗りになった。




「イイ子にしてたら、気持ち良くしてやっからさ」