多分、これは悪いこと。


















Forbidden fruit 前編




















─────迷子かい?



そう声をかけてきたのは、何処にでもいそうな、平凡そうなサラリーマンだった。

皺の寄ったスーツに、草臥れたネクタイ、磨り減った革靴。
夜になって伸びたのだろう無精髭が、なんだか酷く不似合いな、本当に地味な、そんな男だった。





迷子じゃない。
じゃあ、家出かい?





否定したら、直ぐに次の質問が来て、京一はそれに答えなかった。
自分がしている事は、家出と言えば確かに家出だったから。

その時の京一は、あの夏祭りの夜に飛び出してきた着の身着のままだった。
金もない、着替えもない、行く当てもないまま、木刀一本だけを手に、新宿歌舞伎町の界隈をふらふらと歩き回っては、目に付いたチンピラを伸して回る日々。
浮浪者か野良猫みたいに残飯を漁って空腹を誤魔化し、公園の水道水で胃袋を満たして、暗く湿った高架道路の下で蹲っていた。



沈黙した京一に、男はにっこり笑いかけていた。
それを見た京一の感想は「胡散臭い」の一言。


あの日から、京一は色んなものを見た。
綺麗な色は見せかけで、汚い色を誤魔化す為に上から塗り潰した単なる汚い色だと知った。
にこにこ笑いが愛想なんてレベルじゃなく、相手の腹を抉る為の凶器なんだと知った。

だから、やたらとにこにこ愛想良くして笑いかける、その男が胡散臭くて堪らなかった。



胡乱な目で睨む京一を、男は気にしなかった。





そんな所で寝ていると、怖いおじさんに浚われちゃうぞ。
あんたが、その“怖いおじさん”じゃない保証が何処にある。





怖い顔をしている奴は、意外と優しいか、本当に怖いかのどちらかだった。
怖い顔なら最初から警戒するから、何があっても驚かない。
でも、愛想の良い奴ほど、腹の中が読めないと知ったら、京一はそっちの方が怖いと思った。

それを言ったら、サラリーマンは困ったように眉尻を下げた。
それも京一からすれば、やっぱり胡散臭い。


参ったなあ、とサラリーマンは言った後で、





いや、ね。
おじさんの子供が、丁度キミと同じぐらいでね。
なぁんか、ほっとけなくってね。





そう言ったから、京一は改めて、さえないサラリーマンを見た。
自分の父親とは────……全然、ちっとも、似ていない。

アンタのガキと一緒にすんなと言ったら、ごめんごめん、と謝られた。





気分を悪くさせたお詫びと言っては、なんだけどね。
おじさんと一緒にご飯食べに行こうか。





なんで決定事項なんだ。
思いながら、無視して蹲っていたら、前触れもなく体が宙に浮いた。

抱き上げられたと気付いた時には、もう男は歩き出していた。



それからしばらく、放せ下ろせと暴れたが、男はちっとも取り合わなかった。
誘拐だと叫んでやろうかと思ったが、腹の虫が盛大になって、思い切りタイミングを失った。

結局近くのカレー屋に連れて行かれて、愛想のない濃い顔の外国人の振舞うカレーを食べた。


まともな食事を食べたのは随分久しぶりで、これがラーメンだったら良かったのにと思いながら、それでもあっと言う間に平らげた。


食べ終わったら、眠くなった。
目の前にいるのは得体の知れない男なのに、満腹感に気をやられて、そのまま店の中で寝てしまった。




目が覚めた時には、何処だか知らない場所にいた。
柔らかいベッドの上で、綺麗な毛布に包まっていた。

起き上がって辺りを見回して、何処かの狭いマンションだかの一室だと知った。
ベッドの横には座布団を枕にして、ダウンジャケットを布団代わりに被った、冴えないサラリーマンが眠っていた。


……これって、誘拐になるんだろうか。
思ったが、自分が家出していた時点で、そんな目に遭っても文句は言えないのは判った。



朝になって、あちこち手当てされている事に気付いた。
起きたサラリーマンにそれを言ったら、ああ、俺がやったよ、と言われた。
なんだか体もさっぱりしている気がして、それを言ったら、うん、お風呂に入れたよ、と言われた。

その時、なんだか気持ち悪い、と思ったのは、動物的な直感が鳴らした、警鐘だったのかも知れない。
でも、京一には何が気持ち悪かったのか、結局はっきり判らなかった。





朝食を作るから待っておいで。
いや、まぁ、冷凍モノだけどね。
不味くはないから。





いらない、と言ったけれど、サラリーマンは聞かなかった。
昨晩に見たスーツよりも草臥れたシャツとスラックス姿で、いそいそ冷蔵庫に向かった。

解凍した売り物の白飯と、業務用の冷凍されたチキンナゲットと、ポテトサラダ。
トレイに乗せて持って来られた食事を、目の前にされてまでつき返す気にならなくて、京一はそれを平らげた。
朝飯なんて食ったの、いつぶりだろう─────そんな事を思いながら。


サラリーマンは、その日は仕事に行かなかった。
今日は休みなんだと言って、京一の傷の手当てをしたり、後はなんでもなくテレビを見てゴロゴロしていた。
京一はなんとなく外に出て行く気にならなくて、その横でじっと、面白くもないニュースを眺めていた。

昼飯は少し焦げたトーストに、苺ジャムを塗った。
甘ったるさに眉間に皺が寄ったが、文句を言える立場じゃないのは重々判っていたので、何も言わずに全部食べた。



……得体の知れない子供を家に置いて、何がしたいのだろう。

サラリーマンは単身赴任で、家族と離れ離れで暮らしている。
聞いてもいないのにそう言って、その度、京一をじっと見て柔らかく微笑んでいた。
多分、自分の子供と京一を重ねていたのだろう。





それからしばらく、奇妙な同居生活が始まった。























「ただいま」




聞こえた声に、京一は振り返らなかった。
それより、レンジの中の煮物の具合の方が気になる。

煮物は昨日の夕飯の残り物で、多めに作ってタッパーに入れて冷蔵庫に閉まってあった。
冷蔵庫には他にも沢山タッパーがあって、炒め物やら何やら、色々入っている。
それらの殆どは、京一の胃袋に収まるようになっていた。


ぐるぐる回るレンジの中をじっと見詰める京一に、サラリーマンは歩み寄った。
何も言わずに抱き上げられて、頬ずりされる。
伸び始めたヒゲのじょりじょりとした感覚が嫌で、京一は無言でその頬を手の平で押し退けた。




「ごめん、ごめん。だってね、返事をしてくれないから、寂しくて」




笑って謝るサラリーマン。
京一は無言でそれを睨んでいた。



ただいま。
彼は帰って来た時、必ずそう言った。

京一は一度も、それに対して返事をした事がない。
返事してくれると嬉しいなあ、と彼は言ったが、京一はそれに答える気はなかった。
答えて何がある訳でもないから、無駄な事をする気にはなれない。


それより、やっぱり煮物の具合の方が気になる。


ピーッと音がして、温めが終わった。
サラリーマンは抱き上げていた京一を床に下ろして、レンジの蓋を開ける。
煮物は皿まで熱くなっていて、サラリーマンはあちち、と触れた指先を振った。

バカじゃねェの、と思いながら、京一はキッチンの壁にかけてあった布巾を取った。
ああ、ありがとうとサラリーマンは手を伸ばしたが、京一はそれを無視して、自分で煮物の皿を取り上げた。



温めた煮物の量は、子供の京一が食べるには多過ぎた。
良く食べる方だが、深皿に山盛りになる程は食べない。

これは、二人分だった。




リビングのテーブルに煮物を置いて、グラスとお茶を用意している間に、サラリーマンは炊けた白飯を茶碗に注いでいた。
インスタントの味噌汁も作って、リビングのテーブルに並べれば、これで夕飯の完成だ。




「今日は怪我してないのかい?」




食べながら聞いてきた男に、京一は頷いた。


相変わらず、京一は歌舞伎町の界隈で荒事を繰り返していた。
以前は専ら京一が荒事に突っ込んで行ったのが、最近はチンピラの方から京一を追いかけて来るようになった。

三下相手なら幾らでも勝てる。
けれど、揉め事になれた連中には中々勝てなくて、京一は前以上にボロボロになった。
その度にサラリーマンは、怒りもしないで、笑って京一の手当てをする。



……最初に感じた胡散臭さや、“気持ち悪い”と言う警鐘は、その時にはもう感じなくなっていた。
緩んでいたというよりも、多分、麻痺してしまっていたのだろう。
あんまりにも近くに居続けたから。



怪我してない、と言った京一に、サラリーマンは眉を潜めた。
そんな顔を見たのは初めてで、京一は箸を口に咥えたまま、なんとなくその眉間の谷をじっと見ていた。

ら、突然手が伸びて来て、箸を持っていた右手を掴まれる。




「いッ……!」




突き指、だった。
それと少し、手首を捻っていた。

それを無視して、京一は右手でいつものように箸を持っていた────持とうとしていた。
けれど、庇いながらでないとやっぱり痛くて、手首の方もいつものように自由には動かなかった。


突き指は冷やした。
手首も冷やしたり、温めたりを繰り返した。
だから大丈夫だと言ったのに、サラリーマンは聞かなかった。




「やっぱり。駄目だろう、無理したら」
「なんでもない」
「おいで」




掴まれたから痛かったんだと言ったのに、無視された。
何度も冷やした場所をもう一回冷水で冷やされて、蒸しタオルで温められて、指をぐるぐるテーピングして固定される。
手首にも湿布を貼られて、こっちも必要以上に動かせないように包帯で固定された。

─────これじゃ木刀が振るえない。
だから知られたくなかったのに、無駄になってしまった。


サラリーマンは、大学にいた頃は医学部だったんだと言った。
外科志望だったのが、試験に落ちて、それからは勉強は手につかなくなった。
卒業するのが一杯一杯で、後は普通のサラリーマンになった。

やっぱり聞いてもいないのに、サラリーマンはぺらぺらとそんな事を喋った。
京一にはどうでも良い話だったので、それよりなんとかテープと包帯を取れないものかと思案していた。




右手は、京一の利き手だった。

箸を持つのは勿論、木刀を振るうのも、この右手だ。
正確には両手を使うけれど、どっちにしろ、右手が使えないのは京一にとって酷い痛手だった。


放っておいて、悪化するよりは良いのかも知れない。
でも、治るまでの間、何も出来ないのが落ち着かなかった。


対照的に、サラリーマンは嬉しそうだった。
木刀が使えないので、外に出て荒事に首を突っ込めなくなった京一が、ずっと家にいるからだろう。
外に出て、戻ってくる度、生傷を増やしていたのが、それがない─────多分、それが喜ばしかったのだ。




右手が治ったら、出て行こう。
なんとはなしにそう決めて、京一は出来るだけ、生活の中で右手を使わないようにした。
治療には、負担をかけないのが一番だと、それはちゃんと判っていたから。

リモコンなどのスイッチを使う時は左手で、食事をする時は右手でスプーンかフォーク。
どうしても両手を使わなければいけない時は、左手に比重するように意識した。


治りは早い方だと、自覚があった。
突き指も捻るのもしょっちゅうだったし、もっと酷い怪我をした事があったけど、いつも周りの予想よりもずっと早く治った。
成長中の子供の回復力も去ることながら、元来の京一の生命力が齎す効果であった。



─────なのに、一向に怪我は良くならない。


可笑しい、と思うのに、然程時間はかからなかった。
体中のあちこちにあった怪我も、突き指も、捻った手首も、いつまで経ってもテープも包帯も量が減らない。
何度も巻きなおしている内に、痣も鬱血も見えなくなったのに、サラリーマンはいつまでも包帯を巻き続けた。

傷みもないし、視覚的にも何もないから、もう包帯はいらないと言っても、サラリーマンは聞かなかった。
見えない場所が酷くなってるかも知れないんだよ、と、医者の卵であった人間に言われると、京一は何も言えなくなった。
だったら病院に連れて行くのが筋じゃないのか、と言ったら、




「お金がないんだ、ごめんね」




謝って欲しかった訳じゃない。
ただ、早く此処を出て行きたかっただけだった。
早く木刀を振るえるように戻りたかっただけだった。




右手の包帯が取れない内に、左手も捻った。
なんでもない、部屋の中で足を縺れさせて転んだ時、変に手を突いたのが失敗だった。

バレないように隠していたのに、あっさりバレて、左手も包帯を巻かれた。


頗る、不便になった。
右手をカバーしていた分もなくなって、京一は色々と途方に暮れる羽目になった。



風呂に入る時、どうしよう、と思った。
両手をそれぞれ庇っていたら、まともに体が洗えなくて、風呂に浸かるのが精々になる。
しばし思案した後で、まぁそれでもいいか────と思っていたら、




「一緒に入ろうか。洗ってあげるよ」




……彼と、一緒に風呂に入った事は、それまでなかった。


サラリーマンは何度か一緒に入りたがったが、京一が拒否した。
一回無理やり入ってきたので、最高温度にしたシャワーを浴びせて退散させて以来、侵入してくる事はなかった。

─────あの時はまだ、“気持ち悪い”の警鐘が鳴っていたのから。



初めて一緒に風呂に入った。
湯船に入る前にシャワーで汗を流して、大きな手で髪を丁寧に洗われて、体も丁寧に洗われた。

バスタブは男一人が入れば一杯になってしまう、そんな程度しかない狭さだった。
だから京一も一緒に入るとなると、本当なら居場所がない。
サラリーマンは気にせず、胡坐を掻いた自分の膝の上に京一を乗せた。




「綺麗になったねえ」
「……オレは女じゃない」




その単語は男に使うものじゃない。
そう言ったら、いやあ、髪がね、と言われた。


確かに、今日は綺麗なった……いや、されたと思う。
いつも自分で洗う時は適当にしか洗わないし、コンディショナーなんか使わない。
酷い時なんか湯に晒して流すだけだ。

それが今日は、懇切丁寧に頭皮や毛根まで洗われて、シャンプーの栄養が浸透するまでちょっとそのまま、なんて事もされた。
一回泡を流したらトリートメントを使って、それも流した後は、リンス。
なんでそんなに何回も、と思った京一だが、文句を言うのも面倒で(多分適当に言い包められるし)、黙ったまま終わるのを待った。

お陰で、今日の髪は妙にさらさらして、指の通りが良い。
サラリーマンが何度も何度も、確かめるように手櫛を通していた。



京一は、サラリーマンの胸に背中を預ける形で座っていた。
向かい合うのはなんだか嫌だったから、それで構わなかった。

サラリーマンは、後ろから京一に手を回して、抱き締めた。
肩や首にヒゲが当たってくすぐったくて、京一は肘で男の腹をついてやったが、離れない。
いつもならこれで止めるのに、と思っていたら、首筋をぴちゃりと何かが這った。




「ひ、」




生暖かい、ナメクジみたいな感覚に、背中がぞわっとした。

次にそれが這ったのは、耳だ。
ぞわぞわした感覚に固まっていたら、耳朶を噛まれた。




「オレ、食いモンじゃない!」




湯が跳ねるぐらいに暴れた。
でも、やっぱり男は京一を離さない。

麻痺して聞こえなくなっていた“気持ち悪い”が、再び鳴っていたけれど、もう遅い。




「此処は、ちゃんと洗っているのかい?」
「はッ、あ……!?」




きゅ、と。
まだ幼い中心部を柔らかい力で握られて、ビクッと体が跳ねた。


大きな手が其処の形をなぞるように、何度も何度も、這い回る。
尿をする以外でそんな場所に触れたことはなく、益して他人にも触れられた事などなかった。

じたばたと暴れていた京一だったが、男はそれを抱き締めて、戒めた。
片腕で京一の小さな体を湯船の中、腕の中に閉じ込めて、片手で京一の小さな肉棒を扱く。
なんだか判らない感覚に襲われるのが怖くなって、京一は自分を抱きこむ男の腕にしがみついて頭を振った。




「う、あッ…あッ…何、……ッ」




ビクッ、ビクッ、と自分の意思とは関係なく、体が跳ねる。

そんな京一を見下ろして、サラリーマンは語る。




「ここって、一番汚れが溜まる所なんだ。だから、一番綺麗に洗ってあげないと」
「ん、あ、ふぁ……あッ……」
「知ってたかい?」




ふるふる、首を横に振る。
そんなの、誰にも教わらなかった。

融解しそうになる思考の片隅で、父ちゃんはどうしてたっけ、と思い出そうとする。
一緒に風呂に入ったのは、もう随分昔の話で─────結局、判らなかった。
辛うじて思い出せたのは、かなり乱暴に、雑に頭を洗われた事があったぐらいで。


潔癖症ではないけれど、キレイにした方が良いなら、洗いたい。
だって今までに一度だって、其処をキレイに洗ったことなんてなかったから、だとしたら、相当汚れている事になる。
潔癖じゃなくたって、不潔よりは、キレイな方が良いと思う。



男の弄る手が止まって、湯船から上げられた。
水捌けの良い白い床の上に座らされて、足を広げられる。




なんだか、頭の中がぼんやりしていた。
のぼせたかな、とボディソープを押している男を眺めながら思う。




「────んッ、」




泡を立てた手が、中心に触れた。
根元から天辺まで、摩るようにゆっくりゆっくり、上下に擦られる。

風呂の中で擦られていた時とは、少し違う。




「っは、…ふぁッ、…あ、」




ぞくぞく、ふわふわ。

体がビクビクと跳ねて、変な感じがする。
怖いけど、気持ち悪いとは、少し違う。


泡だらけになった指で、先端をぐりぐりと擦られた。




「ひッ、ひッ…!」




喉から勝手に音が出る。
甲高くて、自分の声じゃないみたいだった。




「可愛いな。皮被ってる。キミ、幾つだっけ?」




上下に扱く手を止めないまま、サラリーマンが聞いて来た。


今更聞くのか、と言うか今聞くのか。
あんたの子供の同じぐらいって言ってたから、そうなんじゃないのか。

思いながら、答えないでいたら、引っ掛かれて、




「ひぃッん!」




ゾクゾクして、ビクッビクッとして。
頭の中が一瞬白くなるような感覚がした。

それを何度も何度も、繰り返される。




「あッ、ひッ、…痛、いたい、ッあッ…!」
「ねえ、幾つ?」




問い掛ける男の顔が、あの冴えないサラリーマンじゃないみたいで。
なんだか知らない奴────いや、考えてみれば元々知らない奴なんだった。
でも今は、知らない奴以上に、酷い大人に見えて。




「あッ、あッ…、じゅ、っさい……んんッ!」




あの夏の日から、まだ年を越していない筈だから、一月になっていないし、誕生日は来ていない筈。
だから多分、これであってる。




「十歳か…じゃあ、精通は、まだかな」
「は、ふぁッ…? 何……?」




せいつう。
知らない単語だ。

呆けた頭で、なんのこと、と問い掛けたけれど、答えはなかった。
自分も答えを求めなかった────と言うより、求めていられなかった。



なんだか、苦しい。
洗われているだけなのに、体がゾクゾクするのも変だし。
頭がぼーっとするのは、多分のぼせたせいだろうけど。


京一の小さな肉棒は、まだ幼いけれど、完全に勃起していた。
自分の股間がそんな事になっているのを、京一は気付けない。
泡で見えないし、男がずっと握るように包んでいるから、見えなかった。

背中がぞくぞくして苦しいのは、射精が近いからだ。
けれど幼い京一にとって、湧き上がってくる衝動は、正体不明以外の何物でもない。




「あッ、あッ、あーッ……!!」




切ない声を孕んで、京一は生まれて初めて、絶頂した。
ビクン、ビクンと腰を跳ねさせて、肉棒の先端から白い液体が飛び出る。




「ふぁ…は……」
「イクって言うんだよ、これ」
「……イ、ク……?」




涙を滲ませた瞳は、風呂の熱気にのぼせただけとは違う、熱を孕んでいて。
ふるふると小さく身を震わせながら鸚鵡返しした京一に、サラリーマンはにっこりと、あの初めて逢った時と同じ“胡散臭い”笑顔を浮かべて見せた。




「洗っていただけなのに」
「……ん、ぅ……だめ、なのか……?」




笑みを浮かべて呟かれた言葉に、恐る恐る聞けば、やっぱり男はにっこり笑う。




「そうだね。もう一回洗わなきゃ」
「……も、っかい…?」




もう一回。
また、あのゾクゾクしたのをやるのか。

なんだか怖くなって、京一はぶんぶんと首を横に振った。
ずりずりと、男から逃げようとして足を動かしたけれど、狭い風呂の中で何処に逃げられる訳もない。
風呂の出口は男の向こうにあって、京一は壁にへばり付くしかなかった。


まだ幼い京一の足首を掴んで、男はぐっと引っ張った。
泡の所為で摩擦の少ない床。
京一は背中を床に落として、そのまま引き寄せられ、太腿を押されて押されて体を折り畳まれる。

そうすると、見下ろす男の目には、慎ましく閉じた小さな穴が見えて。




「ああ、こっちも洗わなきゃ」
「────うぁッ!?」




ぐに、と指の腹で押されたのは、アナル。
それが排泄の穴である事は、京一も判っていた。




「やだ、や、きたねぇッ!!」
「そう、汚いんだよ。だから洗わないといけない」




じたばたと暴れ始めた京一に、男は言い聞かせるように、殊更優しい声で言う。


つんつんと穴の口を突かれる。
その度、ビクッ、ビクッ、と小さな体が竦んだ。

いつも生意気そうにしていた子供が、顔を真っ赤にして縮こまっている。
その様が男にはどうにも堪らなくて、興奮する。
時折、涙の滲んだ瞳で見上げて来るのも、また。



汚い。
汚い、とこ。

なら、洗わないと。



パニックと、熱と、大人の言い分に流されて、京一は抵抗と疑問を忘れていた。
恥ずかしくて嫌で嫌で堪らない、けど─────汚いのだから、洗わないと。




「う、ん、…ふッ…!」




泡のついた手が、尻を撫でて、穴をつついて。
丹念に指の腹で擦るように弄られて、京一は気持ち悪さと、別の感覚とで板挟みになって泣いた。

泣きながら、暴れなくなった京一に、男はにっこり笑って、




「いい子だね。そのまま、暴れちゃ駄目だよ」
「ふ……う─────ッ!!」




ぬぷん、と。
吐き出す為の筈の穴に、侵入される違和感。

気持ち悪い、痛い、怖い、何これ。
叫びかけたのを、男の大きな手で口を塞いで押さえつけられて、くぐもった声しか出なかった。
そのまま、まともに声も出ず、まともに呼吸も出来ないまま、ぐりぐりと異物は奥へと入ってくる。




「んぐッ、う、んんんッ! むぅーッ!」




体の中に潜り込んだ異物。
それが人の指であるのが見えて、京一は血の気が引いた。

何をしているのか、何を考えているのか、どうしてこうなっているのか。
流されていた思考回路が一気に冷えて逆流してくる。


だが、もう遅かった。
ボディソープを潤滑剤代わりに、指はどんどん奥まで侵入していく。
幼い体の内部は然程深くはなく、直ぐに底に到達した。

自分の体内で指が曲げられて、体の中をそのまま暴かれる。
ぐに、ぐに、と何度も肉壁を押されるのが判って、京一は傷みと苦しさと吐き気が一気に襲ってくるのが判った。




「ん、うぅ! んぐ、む、う、うぅッ!」




叫べたら、少しは楽になれたのかも知れない。
しかし男はずっと京一の口を抑えたまま、まともな声の発言すら許さない。

その癖、見上げた先にある彼の顔は、いつもと同じように笑っていた。




「大丈夫、洗っているんだから。怖い事じゃない」
「う、う……! んんん…!」




また、言い聞かせるように優しい声で囁かれる。


埋められた指がゆっくりと引き抜かれていく。
ゾクゾクとしたあの正体不明の感覚が背を走ったけれど、異物がなくなると思ったら、安堵した。

ふるふると体を震わせて耐える子供の姿に、男は知らず、舌なめずりをする。
そして、あと少しで抜き去るという所まで指を引いて、─────一気に根元まで挿入した。




「ふぅッ、うんぅうぅぅぅッッ!!」




押し開かれた足が爪先までピンと張る。

ずるぅ、とまたゆっくりと引き抜いて、ギリギリまで抜いて、また根元まで一気に入れる。
それを何度も繰り返されて、京一は痛みも苦しみも判らなくなるぐらいに、パニックに陥った。




「んぐ、ふぐ、んん……むぅーッ! う、う…ふぐぅッ!」




男が何をしたいのか、最早京一には判らなかった。
洗っている、と言うにはあまりにも乱暴で、しかし男は繰り返す────洗っているんだから、怖い事じゃない、と。
怖い事じゃないなら、これはなんなんだ、と言う叫びは、全部男の手で塞がれた。


ぐちゅ、ぐちゅ、と粘着質な音がする。
狭いバスルームの中に反響する音が、京一は気持ち悪くて嫌だった。
忘れていた抵抗を思い出して、広げられた足をバタつかせたが、大した意味にはならず。

内部を探っていた指がある一点を突いた瞬間に、京一の体が一際大きく跳ねた。




「ふぐッ、ん!」
「……ああ、やっと見つけた……」




まるで全身に電流が走ったような感覚に、京一は目を白黒させた。
その意味を男は明確に理解して、同じ場所を執拗に攻め始める。




「ん、んッ、んんッ…! ん、ぐ、ぁに…んむぅ!!」
「ここを、一番……綺麗にしなきゃあ、いけないからね…」




男が突いているのは、前立腺だ。
まだ幼くとも、性感帯はちゃんと其処に集中して出来上がっている。

少し尖った爪の先端でコリコリと擦られて、京一は陸に上げられた魚のように何度も体を跳ねさせる。
いつの間にから体に与えられる刺激が痛みではなくなっている事に、京一は気付いていなかった。


ぐり、くり、こり。
何度も何度も、何度も何度も、其処ばかりを攻められる。




「ん、んッ、んぁッ…ふ、はぐ…ふッ、ん、んんッ…!」




ぞくぞくして、頭の中がスパークして、何も考えられなくなる。
子供ながらに強い意志を秘めていた瞳が、とろりと溶けて、熱に浮かされていた。

小さな手が縋るものを求めて彷徨う。
その内、自分の呼吸を邪魔する、口を抑える男の手に移動した。
骨張った手首を掴んで、爪を立てる。


ちゅ、くちゅ、にゅぷ。
ぐちゅ、ぬちゅッ、ちゅくッ。

ボディソープでしとどに濡れた秘孔は、男の指の抽出がスムーズになっていた。
京一の其処は蕩けきり、先刻までの慎ましさは何処へやら、男の指を咥えて締め付けていた。



口を抑えていた手が離れる。
無意識に京一の手がそれを追いかけた。

と、男の手はそのまま離れることはなく、指の腹で京一の唇をなぞって、咥内へと侵入する。




「あ、が…はッ…はッ……あ、んむ…ぷぁ……」




牙を立てようとは、思わなかった、思えなかった、思考に浮かびすらしなかった。
だってこの訳の判らない、正体不明の地獄から助けてくれるのは、目の前の大人以外にいないのだ。
逆らったら駄目だと、京一は無意識に感じ取っていた。


つぷん、と二本目の指が挿入される。
何度目かの圧迫感と異物感に、京一は呼吸を忘れて息を詰めた。

きゅう、と閉まる秘孔に男は笑みを浮かべ、二本の指を体内でバラバラに動かす。




「あッ、あッ…! う、んッ…んぐ…ふぁ、っは、あッ…!」




閉じれなくなった京一の唇の端から、飲み込めなかった唾液が溢れる。




「よく洗っておくからね」
「ひ、んッ…あッ、あ…っは、う……んん…ッ!」




なんだか─────なんだか、また、苦しい。
ついさっきまで感じた、苦しくて、ふわふわして、怖いのが、また。




「あッ、うぁッ…あ、ッ…く、っくぅ…い、イクの、くる……ッ!」




トイレを我慢している時とは、少し違う。
同じようだけど、あの時よりもずっとずっと、体の奥が熱くて苦しい。

唇を遊ぶ手に縋って訴えると、男は小さく笑って────ぐりゅぅッ!! と前立腺を一際強く突き上げた。




「んぁッんん───────ッッッ!!!」





叫びかけた悲鳴を、また塞がれる。
何度目か知れない、くぐもった悲鳴がバスルームに反響した。

同時に、京一の幼い中心部から、また白濁液が吐き出される。




ぬりゅぅうう、と。
殊更ゆっくりと、指が引き抜かれる。
ヒクン、ヒクンと名残のように反応する様を見せて、指は今度こそ本当に京一を解放した。

弛緩した体を床に投げ出した京一を、男はにっこりと見下ろして、




「ほら、また汚れてしまった。また洗ってあげるから、今度こそもう汚しちゃ駄目だよ」




抱き上げられて、湯船に浸かっていた時のように、背面で膝の上に座らされる。
男の手が再び京一の中心部に伸びたが、その時はもう、京一の意識はブラックアウトしていた。