押し潰されそうな程の不安と、


全てを押し流して行きそうな欲望と、




繋ぐ鎖と














Fear of cicatrix 前編




















だから携帯ぐらい持てって言ったのに。
吐き捨てるように言ったのは、小蒔だった。


場所は歌舞伎町の端にある、河川敷に立つオカマバー『女優』の中だ。
中心に据えられたソファに葵、小蒔と並んでアンジーが座っており、葵とアンジーは不安げな表情で、小蒔は苛立ちの表情を浮かべていた。
それを囲むように龍麻と醍醐が立っており、離れた位置に吾妻橋達もいた。

―――――其処に、常ならばある筈の仲間の姿が足りない。
本来ならば、従業員を除けば此処にいるのが当然である筈の、彼の姿が。




「この間の拳武館との時だって、あいつ一人、最後まで……」
「小蒔……落ち着いて、ね?」




苛立ちと共に吐き出される言の葉は、不安は勿論、仲間への心配から来るものだ。




京一と連絡が直ぐにつかないというのは、珍しい話ではない。
彼は携帯電話を持っておらず、何処に行くにも一人でふらりと向かってしまい、仲間達を置いていく言が多い。
それは、この場にいる誰もがよく知っている事で、普段ならば特に心配する者はいない。
葵が少し心配をする程度で、小蒔は気にしなくても大丈夫だと笑っているのが、日常的な光景だった。

しかし、ほんの数週間前に起きた拳武館との戦闘を境に、一同の考え方は僅かに変わった。
メンバーの中でも最も戦闘力に突出している筈の京一が、一度とは言え敗北した。
土壇場で生還を果たした彼だが、刻まれた傷は重く、それ程の傷を彼に負わせる者もいるのだと認識せざるを得なかった。


あの一件から、戦うべき敵が見えた。
比例して、《力》を得た人間の暴走や、鬼の存在が増えるようになった。

そんな現状を鑑みて、何かあったら直ぐに連絡が取れるようにするべきだと言う話が出ていた。


しかし、未だに京一と龍麻は携帯電話を持っていない。
龍麻は両親に今以上の負担をかけたくなくて、京一は元より持つつもりがなかった。
葵達の説得で龍麻は少し傾きつつあるものの、京一の方は話すら聞こうとしない。

それでも、まぁ京一だから大丈夫だろう―――――誰もが考えていた。
クラスメイトや仲間が知らなくても、吾妻橋を仲介にして方々の情報を集めれば、直に捉まえられるだろうからと。



――――────しかし。




「もう一週間経つのに……何処に行ったのかしら…」




揃えた膝に両手を乗せて、葵が心細そうに呟く。
そんな葵を、アンジーが慰めるように頭を撫でる。




「……吾妻橋、そっちもまだ見付からないか?」
「へェ」




醍醐の問いに、吾妻橋がバツが悪い顔をして頷いた。




「アニキと逢った事があるっつー奴を一通り当たったんですが……此処数日で逢ったって奴は、一人も捉まりやせんで」
「そうか……新宿の殆どを探し回っていないなら、後は……」
「アニキ自身は、知り合い多いスよ。一番多いのはこの辺りでしたが、此処らに限らなきゃ他にも…」




思い至る地区を数えてか、吾妻橋の指が一本一本折れる。
彼が行きそうな場所であるかはともかく、心当たりそのものはまだあるようだ。

だが、彼がいなくなって既に一週間が経つ。
如何に彼にサボタージュ癖があるとは言え、卒業する気はある訳だから、これ以上行方を眩ませている訳にはいかない筈。
それでも帰ってくる気配がないとなると─────不穏な考え以外に過ぎるものはなく。




「……緋勇の方はどうだ?」




隣に立ったまま、此処に来た時から沈黙していた龍麻に、醍醐が問い掛ける。
全員の視線が自然と龍麻へと集まった。

龍麻の眼はその誰もにぶつかる事はない。
何処を見る訳でもなく、彼の瞳は全てを素通りしている。


何処に行ったか判らない彼を捕まえる事が出来るのは、もう龍麻を置いて他にいない。
親友、相棒と言っても可笑しくはない彼らの間柄だから、仲間達は自然とそんな考えに行き着く。

同じく、龍麻の存在が杳として知れなかった時。
唯一彼の“氣”を辿って、龍麻の下まで行き着く事が出来たのが、京一だった。
まるで見えない糸で繋がっているように、強く引き付け合い、互いの存在を見つける事が出来る。



だから────と一縷の望みをかけた眼差しも、龍麻の瞳が誰とも交差しない事で、答えが出た。




「京ちゃん……」




泣き出しそうなアンジーの声。
慰められる人はもういない。

そのまま重苦しい空気に支配されようとした室内を、ビッグママが遮る。




「ホラ、そろそろ店を開けるよ。女の子達は早く帰りな。ちゃんとボウヤ達で送ってってあげるんだよ」
「……でも、ビッグママ!」
「アンジー、お前も化粧直ししておいで。それと、そっちでシケた面してるのは邪魔だよ。油売ってる暇があるなら、裏からお酒運んで来な」




揺らぐことのない姿勢に、アンジーは寂しげな表情のまま、頷いた。
何があっても店は変わらず開くし、客が来るのだから、自分は準備をしなければならない。

吾妻橋達が慌てて裏口へ走るのを見送ってから、葵と小蒔も立ち上がる。
アンジー同様沈んだ表情のままで、ビッグママと他の従業員に頭を下げてから、戸口へと向かった。
続いて醍醐、龍麻も短い挨拶をして、『女優』を後にした。




帰る道すがら、以前なら誰かが誰かを揶揄ったりと、楽しく過ごせたのに。
別れ際には明日の約束をして、束の間の別れさえ決して寂しいものではなかったのに。

葵は俯いたまま、唇を噤んで何も言わない。
小蒔がそんな葵を慰めるように、遅い夕飯に誘ったりするけれど、やがて彼女も口を閉ざしてしまった。
龍麻と醍醐はそんな彼女達に寄り添うだけで、やはり静かなままだ。



此処に遠野が加わったらどうだろう。
……恐らく、大きな変化は望めまい。

拳武館の一件で、彼女には随分と心配をかけた。
特に京一については『女優』で吾妻橋からの一報を直接受け取っていた事もあり、特に気にかけていたようだった。
無事に戻って来てからも、彼が最も深手を負っていたと知って、蒼白になっていた程だ。


学校でも京一の姿が長く見られなくて、彼女も不安そうだった。
かなりの情報網を持つ彼女でも、何一つ情報が掴めないのだ。
不安にならない訳がない。





仲間が一人いないだけで、こんなにも寂しくて、不安で。
いないと感じた時に知る、その存在の大きさ。



不安も恐怖も全て切り裂いてくれていたのは、他でもない彼なのだと、今知った。



























一端家に帰ってから、龍麻はもう一度外へ出た。

冷蔵庫に入れていたペットボトルの麦茶や、温めたコンビニ弁当を詰めたビニール袋を持って、アパートを離れる。
部屋の鍵はかけていない、何時だったか壊してしまって以来、そのままにしている。
身分証明やカードの類は学生手帳に入れて持ち歩いているから、盗られて困るものはない。



電車を乗り継いで、毎日を過ごす都心から離れて行く。
次第に窓に映りこむ景色は、高層ビルから水平線へと変わって行った。

寂れた無人駅で電車を降りると、海沿いの道路を歩く。
交通量はゼロに等しく、時折大型トラックが横切る程度で、人間と擦れ違うことなどほぼ有り得ない。
道路脇の茂みが時折動き、猫か犬か、はたまた狸か、そんな気配ばかりだ。


そんな場所をあどけない顔立ちの少年が一人で歩いているのだから、時折通り過ぎるトラックの運転手は、皆訝しげな顔をする。
小奇麗な格好で、手には必ずコンビニのビニール袋を持っている。
近くにコンビニもスーパーもないような場所なのに、何故なのか、それは誰も知らない。




龍麻は擦れ違うトラックを気に留める事もなく、道なりを迷うことなく真っ直ぐに進んだ。
既に冬にさしかかろうとしている季節、海沿いはやはり冷え込む。
足元のアスファルトも冷気を失い、日が悪ければ、今の時期からでも吐息が白くなりそうな程だ。

だが、龍麻は寒さや気温の変化など、気にしてはいなかった。
それよりも─────道路の先、岬の上にある灯台を見るだけで、何もかも頭の中から消え失せそうで。




この岬は拳武館との戦闘の後日、再び壬生と対峙した場所。
見上げた灯台の上部の一部は破壊されており、それは壬生との戦いで作られたものだ。

灯台は既に役目を終え、光が灯される事はなく、管理する人間もいない。
あちこち風化して脆くなっていたのだが、作り自体は頑丈で、まだ崩れ落ちる事はない。


此処を知っているのは、恐らく、龍麻と他数名────片手で数えて足りる程だろう。



あの時閉じられていた出入り口の扉は、錆びた蝶番が外れて、ドアそのものが外れている。
内部は暗く、中心に石造りの階段が螺旋状に上へ上へ伸びている。
辛うじて、幾つかの小さな窓から外界の光を取り込んでいるが、日が沈み、夜となった今では大した光源にはならなかった。

他に何もない中、龍麻は階段をゆっくりと上って行く。
階段が終わりに近付く毎に、胸の奥で高鳴るものがある事を、龍麻は自覚していた。




天井の────潜れば床となる、穴を閉じるドアを押し開く。


そうすると、聞こえてくる声があって、





「ひッ、あッ…! ん、ふ、んはッ……ぁああ……ッ」




静寂を破って、狭いコンクリートに囲われた部屋に響いたのは、悩ましく、僅かに擦れた声。
同時にヴヴヴ……と耳障りな音がして、響く声がそれとシンクロしているのが判る。




「あひッ、はッあッ……は、あ…ん、うぁ、んッ…あぁん…!」




広く殺風景な、何もない円形の部屋の中。
恐らく、以前は此処から海を照らす灯りが灯されていたのだろう。

その壁際で生まれたままの姿で蹲る、一人の少年がいる。


この数日間、行方の知れなかった──────蓬莱寺京一であった。




「ひッあッあッ…あふッ……!」
「きょーいち」
「ああッん、た、つまぁ……ッ」




蹲った京一に、龍麻はゆっくりと歩み寄る。
手を伸ばして肩に触れると、京一の肩がビクリと跳ねた。


不精にしている所為で長く伸びた前髪を掻き揚げるが、彼の瞳を見る事は敵わない。
京一の視界は帯のような黒い布地に覆われており、外界から完全に遮断されていた。

頭の後部で結んでいるだけの布地など、少し引き上げれば簡単に取り去れる。
それをしないのは─────否、出来ないのは、京一の腕が自身の背中へと回っているからだった。
玩具の癖に頑丈なつくりをした手錠で戒められた状態で、こうして腕が使えないとなると起き上がる事も難しく、体の自由は殆ど奪われたようなものだった。



喘ぐ京一の全身は火照り、絶え間なく汗が伝い落ちる。
蹲った場所には、コンクリート剥き出しの空間内で、情けのように残されていたボロボロの毛布があった。
それも汗や唾液でぐしょぐしょに濡れて、不快感しか与えなくなっている。


抱え起こした京一を、毛布の上に座らせて、壁に寄りかからせる。
火照った躯に触れた冷たいコンクリート。
温度差の接触に京一の喉から短い悲鳴が零れた。

そんな京一の瞼に布越しにキスを落として、龍麻は双眸を細める。
京一の膝に手を添えて押し広げれば、あらぬ場所が龍麻の眼に曝された。




「あッはッ…ひ、あんッ…! ふ、んあぁ…!」




龍麻の眼に映った京一の秘部には、太いバイブとアナルパールが埋められていた。

振動するバイブによって京一の肉壁は打ち震え、絶え間なく彼に官能を強制する。
アナルパールが入っている事で圧迫感が増し、更に京一を苛んでいる。


男の京一にとってこの痴態を晒される事は勿論、こんな目に合わされるだけでも、苦痛、屈辱以外の何者でもない。
しかし数日間に渡って強制された快楽は、京一の理性とは裏腹に、その躯を陥落せしめた。
その証拠を示すかのように、京一のペニスは勃起し、既に何度となくその熱を吐き出している。




「ひッ、はッ、あッ、あぁッ…!」
「ご飯持って来たから、一緒に食べよう」
「はッや、待……ッ」




龍麻の手が京一の股間に伸び、アナルパールの端を掴む。
その気配を知ったか、京一の肩がビクリと跳ね、その躯が震える。

だが、龍麻は気に留めない。




「あがッ、はッあぁああああんッ!!」




ズリュズリュと一気に引き抜かれる球は、京一の呼吸すら許さず、連続して穴口を押し広げて快感を生む。
見えない天井を仰いで喘ぐ京一の躯は強張り、脚を爪先まで伸ばして痙攣する。




「や、ふぁ、拡がる…! はひぃいッ!!」
「バイブも抜くね」
「あひゃあああッ! ひゃめ、はめ、出るッイくぅううんッ!!」




強い官能の余韻に浸る間も与えないまま、龍麻は振動を続けるバイブを引き抜く。
止まない振動で肉壁を広げられながら、奥から入り口までを一気に擦られ、京一は絶頂する。


擦れる感覚と振動の快感から解放されても、京一の躯は動かない。
ヒクヒクと全身を痙攣させて、萎えた肉棒の先端から、トロトロと残り液が垂れる。
アナルまでもが濡れて溢れ、白濁液を零し、毛布に新たな染みを作っていた。

龍麻が京一の目隠しを解くと、熱に溶けた瞳がようやく覗く。
常に強気な光が閃いた筈の目尻には、薄らと涙のようなものが滲んでいた。


京一の股間に龍麻の顔が埋まって、萎えたペニスで舌が遊ぶ。
裏筋からカリの部分をゆっくりと舐め上げられると、それだけで亀頭が震え、上向こうとし始めた。




「気持ちいいんだ」
「やッ、あッ…あッはッ、んぁッ…!」
「ご飯食べ終わったら、続きしようね」
「はぁん……ッ!」




竿を甘噛みされて、高い悲鳴が上がる。
その反応に満足そうに龍麻の双眸が細まり、ようやくペニスを解放させる。



龍麻はビニール袋に入れていたコンビニ弁当を取り出した。
家を出る時に温めたものだが、あれから数時間が経っており、勿論冷め切っている。
龍麻はそれに構わず、割り箸を割って、白米を摘んで京一に差し出す。

京一はしばらく肩で荒い呼吸をしていたが、それが落ち着いてくると、首を伸ばして口を開ける。
疲労した躯は休息や睡眠は勿論欲していたが、それ以上に空腹に耐えられなかったのだろう。
丸一日を空っぽのままで過ごした胃袋は、貪欲な食への執着を見せていた。


京一の両腕は背中で拘束されたままで、龍麻はこれを解く気はなかった。





まるで鳥の雛に餌を与えているようで、龍麻は楽しかった。
いつだったか、幼い頃に山の中で見つけた小鳥を思い出す。


学校の帰りに見つけた小鳥で、鷹にでも襲われたのか、羽根に怪我をしていた。
放っておけずに連れて帰り、母に教えて貰いながら手当てをし、元気になるまで飼う事にした。

その頃、動物を飼うと言ったら、小学校の飼育小屋でしか知らなかった。
飼っていたのは鶏や兎で、拾った小鳥ほど小さな動物は、飼った経験もなく、勿論知識もない。
判らない事だらけで、小鳥が新たな反応を示す度、驚いたり喜んだりと、龍麻は楽しくて仕方がなかった。



小鳥の種類を調べて、小学校から飼育用の餌を分けてもらって、それをスプーンに乗せて食べさせた。
最初は警戒心から近付こうともしなかった小鳥が、少しずつ懐いてくれるのが判って、嬉しくて堪らなかった。



元気になったら山に返す。
そういう約束で、龍麻は小鳥を飼っていた。

日が経つごとに別れの日が今日じゃなければいい、明日じゃなければ、と願うようになった。
小鳥が飛び立つ日が来なければいいと、そう考える事もあった。




そして──────龍麻の願い通り、小鳥が再び空へと飛び立つ事は、なかった。







コンビニ弁当が空になったのを見て、龍麻は満足げに微笑んだ。
しかし京一から返って来たのは、憎々しいとばかりに歪んだ眼差し。

向けられる視線を気にする事なく、龍麻はペットボトルの茶を口に含む。
京一の頬を両手で包んで、頭を上向かせて口付けた。
温くなった麦茶だけれど、喘ぎ続けて引き攣った京一の喉は、食べ物以上に水分を欲していたらしい。
受け渡した液体は直ぐに枯渇し、また含んでは与えを繰り返している内、ペットボトルの中身は随分と減り進んでいた。


官能が途切れ、一日一回の栄養補給を終えて、頭がリセットされたのだろう。
京一は先程とは違う、明確な意思を持った眼で龍麻を睨みつけていた。




「……龍麻」




ゴミをビニール袋にまとめている龍麻を、京一が呼ぶ。




「……いつまでこんな事してやがる」




問い掛ける京一の声は、威圧を滲ませている。

だが龍麻は答えない。
黙々とゴミを片付ける。




「頭イカれたのか」




反応のない龍麻に、京一の苛立ちは益々募る。


ビニール袋の口を縛る。
これでゴミが勝手に転がり出る事はない。

良し、と呟いて、ゴミ袋となったビニール袋をその場に置いて、傍らにペットボトルも置いた。




「おい、龍麻! いい加減にしろ!!」




吼えた京一の声が、むき出しのコンクリートに反射して響く。

その残響が消えきる前に、龍麻は振り返った。


漆黒の瞳と、薄い茶色を含んだ瞳とが交差する。
猫科の猛獣を髣髴とさせる眼差しに、龍麻は自分の何かが高ぶるのを感じた。

途端、京一の肩がびくりと跳ねる。
それが、誰かに触れられる時に起きる、彼の無意識の条件反射であると、龍麻はよく知っていた。




「どうしたの? 京一」




首を傾けて問い掛ければ、また京一の肩が跳ねた。
逃げるように彼の足が床を擦って、敷いたままの毛布が皺を作る。

何がそんなに、と思ってから─────龍麻は、自分が笑っている事に気付いた。



ゆっくりと京一の下に近付いていく。

京一はじっと、それを睨みつけていた。
猫が警戒するように。



目の前でしゃがんで、京一の顔を覗き込む。
ずいと近付いた龍麻の顔に、京一の表情が引き攣り、息を呑むのが伝わった。
それでも目を逸らさないのは、やはり本能的な警戒心からだろうか。
瞬き一つした瞬間、何をされるのか判らない、と。




「大丈夫だよ、京一」
「………何がだよ」
「さあ。なんだろ。でも、大丈夫だよ」




酷く曖昧な言葉と共に笑みを浮かべて、龍麻は手に触れたものを持ち上げて京一に見せる。
食事前に京一の体内に埋められていた、太いバイブだった。

ひ、と京一らしからぬ上擦った声が漏れる。




「続き、しようね」
「やめッ……あッ!」




制止する声を聞かず、龍麻は京一の片足を捉えて、自分の肩へと持ち上げた。

露になった秘孔はヒクつき、物欲しげに伸縮を繰り返している。
其処にバイブの先端を押し付けると、それだけで京一の喉が反り返る。




「あッ…あ、や…! やめ、龍麻……ッ」




腰を揺らして逃げを打つ京一だが、そのうねる躯のなんと淫靡な事か。
悪戯に秘孔の口をバイブで圧してやると、ビクビクとその身が強張り、跳ねる。

そんな姿をしばし堪能した後で、「挿れるよ」と彼の耳元で囁いてから、




「ひッ、あぁああああッッ!!!」




悲鳴にも似た嬌声を上げて、京一の秘部は犯された。
休む間を与えずにバイブのスイッチを入れると、振動音がして、肉壁を刺激する。
ビクン、ビクン、と京一の躯が反応する様を、龍麻は間近でじっと見下ろしていた。




「あッ、んあッ、あはッ…! ひ、ふ、や…! あッあッ、んぁッ、あぁ…!」




戻っていた筈の理性が一気に消し飛んでいく。
瞳の光が鮮烈なものから、亡羊としたものに変わり、数秒後にはあの強気な眼差しは形を潜めていた。



一週間前は、声すら上げず、歯を食いしばって痛みに耐えていたのに。
攻められ続けた躯は、与えられる刺激に順応し、快楽を覚える躯に作り変えられてしまった。

一度陥落し、快楽を覚えた躯が、再びその熱に押し流されるまでに時間はかからない。
己でも知りえなかった場所を開発され、意志とは逆に躯はそれを覚えた。
その場所を繰り返し刺激されれば、噤んだ唇は呆気なく開き、あられもない声を漏らすようになる。


頭を持ち上げた肉棒が膨らみを増し、張り詰めて行く。
それの先端を少し擦るだけで、簡単に絶頂に達してしまう事を、龍麻は知っていた。
京一自身がどんなにその現実を拒否し、否定しても。



振動するバイブの挿入角度を、悪戯に変えて遊ぶ。
深い場所を刺激していた硬い先端が、突然肉壁を押し広げるように進み始める。
その都度、京一は甘い声を上げて、龍麻の眼と耳を楽しませた。




「あひッ、あッふぁ! んぁう、はひ、ひぃいッ!」
「凄い、お尻の穴の中、ぐちゅぐちゅ言ってる」
「んぁあッ! ひゃめ、たひゅ、ま、はぁん! あぅ、あ、あぁッ!!」




円を描くようにバイブを動かして、内部を掻き回す。
京一の腰が浮いて、その動きに合わせるようにゆらゆらと揺らめいた。

意識的に動かしているのなら、恐らく、逃げを打っての行為なのだろう。
だが、龍麻にはやはり、誘われているように見えてならない。
そうとしか思えない。




「あん、あッ、んはッ…! ひ、イく、イくぅう……!」




涙の滲んだ眼で訴える京一。
そんな京一の脚を両足とも抱え上げて、躯をくの字に曲げさせる。

京一の目に見える位置に、己のペニスがある。
勃起しきったそれを眼にして、京一の顔が嫌悪と快感が綯い交ぜになった顔に歪む。


龍麻は、京一に見せ付けるように、勃起したペニスを扱き始めた。
竿を掌全体で包んで上下に擦り、時折亀頭の先端を指の腹で圧して苛める。
先走りの蜜が溢れて、京一のペニスを伝い、股間全体を汚して行った。




「あ、あ、あ、あ! やめッだ、やだ、あッあッあッあッあぁあぁぁああッッ!!




競り上がってくる快感を堪えようと努められたのは、ほんの数秒。
絶頂時の快感の強さを知る躯は、理性一つで戒められるものではなかった。


ビクッビクッと、電気が走ったかのように、京一の肢体が痙攣する。

吐き出された精液が京一の腹に飛び散り、龍麻の手をしとどに塗らす。




「あ…あッ、あふッ、…ひ…あぁッ……」




悩ましい声を漏らしながら、京一は虚ろな瞳を彷徨わせる。




「も…も…や……あッ、あッ、あひぃ…!」




絶頂の余韻を残す躯を、バイブの振動が更に苛む。
龍麻の肉棒を扱く手は止まったが、機械の方は容赦がない。

蕩けた瞳の京一の瞼にキスをして、龍麻はうっそりと微笑んだ。




「きょーいち、かわいい」




龍麻の言葉は何処か夢心地で、彼の思考が現実と剥離している事が伺える。

けれど、躯と反応とは別に、京一の頭は現実と確かにリンクしていた。
快楽に染められた躯は一向に自分の言う通りにはならないけれど。




「はッ……ふ、ざけた…あッ! ことッ……ひぃ、んんッ! 抜かす、なッあッ、あぁあッ!」
「本気だよ。本当に可愛いもん」
「んぅううううッ! んぐ、ふッんんんッ!」




雫の睨む眼で睨む京一だったが、バイブを奥に押し込まれて閉口する。
噛んだ唇が切れて、つ、と赤い糸が顎を伝って行く。


誘われるままに、龍麻は京一の唇に己のそれを押し付ける。
舌で唇の形をなぞれば、当然血の味がして─────けれども、龍麻はそれに嫌悪を感じる事はなかった。
これが京一を形作っているのだと思うだけで、まるでそれは麻薬のように甘美な味になる。

京一はそれ以上の侵入を拒もうと、真一文字に口を噤む。
しかし、バイブが角度を変えて皮肉を抉れば、それは容易く開かれてしまう。




「んッ、ひ、あ、あむぅッ…!」
「んむ……ちゅ、ふ…」
「む、うッうぁ、ふぁ、む、んく、むぅん……!」




上と下の口を同時に攻められて、また京一の瞳が熱に浚われていく。


京一の噤んだ唇が、段々と力を失って行く。
その隙を逃さずに龍麻の舌が滑り込み、京一のそれと絡み合った。
ちゅぷ、ちゅる、と鳴る淫音が、京一の鼓膜を犯して行く。


子供がいやいやをするように、京一がゆるゆると首を振る。
それが、腕を拘束され、脚も押し開かされている京一の、唯一の抵抗だった。

だがその仕草さえも、龍麻にとっては愛らしさを募らせるものでしかなく。




「ん、ふ…ちゅ、じゅ、んぷッ……」
「むぁ、ん、ふぅッ…! んむ、むぁ、む、ちゅ、ふ、むうあ……!」
「ん、む、ふぅ……ッ」
「んぁ、あ、ふ、くぅん! う、ん、む、むちゅ、ひゅ、ふぁッ…!」




散々咥内を好きに暴れ回り、舐り、陵辱して、龍麻はようやく京一を解放した。
名残のように銀糸が引かれて、艶かしく光り、プツリと切れる。

いつもは乾燥していて、時折切れている事もある、京一の唇。
それが今はてらてらと濡れて光り、ほうと半開きになっている。
何度も貪りたくなるその淫靡さに、龍麻の雄が硬く張り上げ、スラックスの布地を押し上げた。


京一の股間では、絶えずバイブが振動し、強制的に快楽を与える。
キスに蕩けて力を失った今も、彼の体は従順に反応し、ペニスは徐々に頭を持ち上げようとしていた。




「はッ、はッ、はッ…! ん、あひッ…たひゅ、まぁ……も、やめ…!」




京一がその言葉を紡ぐのも、もう何度目になるだろう。
喘ぎ、訴える京一を見下ろしながら、龍麻はのんびりとした思考でそんな事を考える。


離せ、嫌だ、やめろ。
京一はそればかりを繰り返している。
繰り返す理由は、無論、龍麻がそれに応えないからだ。

応えるつもりなどない。
だからずっと、京一と龍麻の感情は平行線で、交わる事がない。




「あ、あッ、…は、ひ…あひッ…!」




ビクッ、ビクッ、と喘ぎ声に合わせて、京一の躯が跳ねる。
ペニスの裏筋を指先でなぞれば、仰け反って強張らせて反応する。

濡れた指先で亀頭の先端をぐりぐりと押してえぐる。
尿道の口を弄られる感覚に、京一は頭を振って拒絶を示した。




「ひッ、ひッ…いッ、…あッ…!」
「気持ちいい?」
「んあ、ひゃ、めッ…! ひぅ、いッ、んひぃッ…!」




先端の穴に指が潜り込み、尿意に似たものを感じて、京一の躯が益々強張る。
放出を拒むように先端の穴が窄まり、龍麻の指を押し出そうとする。

ちゅぽ、と穴から指が引き抜かれると、京一の躯がビクッと痙攣し、先走りの蜜が溢れる。




「は、ひ、んあぁ…! あッ、あはッ、あぁん…!」




涎を垂らして喘ぐ京一。
龍麻は、その雫を掬い取るように顎から唇へと舌を這わし、キスをする。




「ん、ふ…ちゅ、…むぅ…ん、…」
「ふ、んふッ……」




ちゅ、ぴちゃ、ちゅく。
卑猥な音が響いて、羽音のような無機物の音がして、悩ましい声があって。

唇を離せば、京一の瞳はまた熱に浮かされて茫洋としている。


龍麻は下肢を緩め、怒張した肉棒を取り出す。
それは京一の眼にも映っている筈なのだが、先刻のバイブを見た時のように、顔を引き攣らせる事はない。
蕩けた瞳でそれを捉えた京一の唇から、熱の篭った呼吸が零れる。

覚えているのだ、その躯が。
凶器によって与えられる、何者にも耐え難い快感を。




「バイブ、抜くね」
「んぁ……あッ、あッあぁあああッ……!!」




秘部に埋められたバイブが、やはり振動はそのままに、ゆっくりと引き抜かれていく。
最奥から入り口までを丹念に犯されて、京一は舌を伸ばし、天井を仰いで喘ぐ。

最後に秘孔の口を抉るように、バイブを円を描くように回す。
ヒクッと京一の喉が音を鳴らし、そのまま絶頂へと持っていかれる。







≫ 後編