そうやって意地を張るから

つい苛めたくなるんだよ

















I want to bully a favorite person U 前編



















一度教室を抜け出した後は、もう戻る気にはならなかった。

いや、戻りようがなかったと言うのがこの場合は正しいのだろう。
屋上での激し過ぎる情交を終えてから、京一の躯は欲望のスイッチが入ったまま切れなくなってしまった。
その所為で秘部に挿入された無機物に絶えず悶える事となり、思考回路は融解されたままになった。



幸いといえば幸いであったのは、あれからバイブが一度も振動しない事だ。
行為の途中から振動は終わっていたように思うが、それが龍麻がスイッチを切ったのか、電池切れなのかは判らない。
抜いて確認する事も出来ず、ひょっとしたら今にでも再び振動するのではないかと躯は緊張する。
そうして秘部を強く締め付けてしまい、また女のような甘い声が漏れてしまう。

龍麻はそんな親友を笑みを浮かべて見ていた。
時折、悪戯に肌に触れて緩やかな刺激を与え、京一の熱を煽って弄ぶ。
遊ぶ彼に耐え兼ねて逃げようかとも思ったが、龍麻の手の中にあるであろうバイブのリモコンが気掛かりで、それも実行出来なかった。
今の自分なら、スイッチが入った途端、所構わず喘いでしまいそうだったから。


極度の緊張と熱に蝕まれたまま、時間は過ぎ、京一は結局一日の殆どを屋上で過ごした。
龍麻も同じで、ぐったりとコンクリートの床に身を投げ出した京一を眺めていた。

休憩時間に何度か葵が様子を見に来たが、全て寝た振りでやり過ごす。
小蒔や遠野、醍醐が、体調不良なのにこんなトコで寝て、とか言っていたような気がする。
京一はそれら全てを聞こえていない振りをして、とにかく、自分の状態が他人にバレないように必死に声と呼吸を押し殺していた。



押し拡げられた秘孔は、ヒクヒクと痙攣して其処にある無機物を締め付けて。
若い躯は熱に逆らう術を持たず、前部は常に張り詰めている状態が続いた。



屋上とて、授業中に誰も来ないと決まっている訳ではない。
自分達と同じようにサボる生徒が来る事もあるし、教師が何某かの用事で訪れる事もある。
就学時間中に吾妻橋達が来たら、大抵彼らは此処を溜まり場にしているし。

認めたくないのだけれど─────その緊張感がまた京一の熱を煽る。
それを龍麻が気付いて、耳元で煽るような言葉を紡ぐから、また。



本当にどうして、今朝、親友のこの所業を赦してしまったのだろう。

昨晩から続く激しい情事で、頭の中が涌いていたのだとしか思えない。
情欲のスイッチの切り方も判らなくなっていた。
全てはそう、その所為で。




……一日がやけに長かったような気がする。
授業時間には何も変化はないのに。

休憩時間に様子を見に来た仲間達に、龍麻が今何時間目なのかと何度か聞いた。
その答えを聞く度に、昼休憩にすら程遠いと知ると、気が重くなって仕方がない。
もう放課後を待たずに帰ろうかとも思うが、見詰める龍麻にはどうもそれを赦してくれそうな雰囲気がなかったし、廊下で誰かと鉢合わせになるのも嫌で、やはり時間が過ぎるのを歯を食いしばりながら待つしかなかった。




そうして、グラウンドの方からチラホラと別れの挨拶が聞こえるようになり。
その時分、京一は龍麻によって今日何度目か知れない劣情に流され、喘ぎ声を上げていた。

放課後ともなれば、仲間達が帰宅を促す為に屋上に上がってくる可能性があった。
だが仲間達が来る事はなく、多分、龍麻が先に帰って良いと根回ししていたのだと思われる。
しかし京一はそんな事は知らなかったから、また緊張と興奮が混同し、体内への侵入者を強く締め付けてしまった。


最後の最後まで、京一は熱に振り回される結果となった。




それでも、これで一日の四分の三は過ぎたのだ。
放課後、部活をしていた生徒や、採点等の仕事を終えた教員達が帰路につき、校舎がほぼ無人になって、京一はようやく屋上を下りる事が出来た。




「……んッ、んん…!」




階段を一歩一歩、ゆっくりと下りる。
しゃがみこみたくなるが、そうするとまた立ち上がるまでが辛い。

歯を食いしばって震える足で、屋上から一階まで降りていく京一を、龍麻は斜め後ろから薄い笑みを浮かべて眺めていた。




「っは…あ、ん……! くッ……!」
「イきたそうだね、京一」
「………ッ!!」




じろり、龍麻を睨み付ける。
だが快楽の熱と、息苦しさで涙が滲んだ眦では、覇気も何もなく。


京一はしばらく龍麻を睨んでいたが、意味がないと悟るまで時間はかからない。
楽しそうな親友に、この仕打ちが終わったら取り敢えず脳天をかち割ろう、と物騒な事を考えつつ、前へと向き直る。

なるべく刺激を作らないように、ゆっくりと、静かに、一段一段歩を進める。
全身の熱に促されたようにじわりと滲む汗の所為で、シャツがベタ付いて気持ちが悪い。
下着等はドロドロの部分と、乾いて固まった部分とがあって、最悪の履き心地だ。
ついでに途中で教室に寄り、自分の荷物を取りに行く時も、やはり体は重く。

それらを全て表に出さないように、歯を食いしばり歩くのは、結構な重労働であった。




(絶対ェいつかブン殴る!!)




一体何度、そんな事を考えただろうか。
考え、実際既に何度か実行している。
しかし、まだ殴り足りない。

いっそ同じ目に遭わせてやりたいとさえ思うが、何故かこれはいつも適わない。
そう思ったら、畜生、と悪態が喉の奥で零れた。



屋上から一階まで、いつもの五倍以上の時間がかかった。
道はまだまだ遠い。
此処から昇降口まで行き、広いグラウンドを横断し、それでも学校を出ただけで、休めはしない。


何処かで龍麻が仏心を出してくれるのではないかと、ほんの数ミリ期待していた。
本気で京一が辛い表情をしていれば、流石に良心が痛むのではないかと。
緋勇龍麻とは、そういう人間なのだ─────周囲の認識によれば。

だが京一は悲しいかな、この温和な表情の少年の性根が、人が言うよりよっぽど性悪である事を知っている。
人目につかない所為だろう、結局龍麻は本当に“今日一日”このままで押し通すつもりのようだった。




「ん…っく……ふ…ッ」
「靴、履ける?」




自分の下駄箱の前で立ち尽くす京一に、龍麻はのんびりと問う。
京一はそれになんと答えるべきか判らず、親友を見遣る。

龍麻は、いつもの笑みを浮かべていた。




「……バカにすんな」




その笑みの中で何を考えているのかは、京一に知る術はない。
だが、この笑みを頼るのは無性に腹が立った。


取り出した靴を床に落として、上履きを脱ぎ、靴に履き替える。
これは簡単な動作だった。

が、次からが迷う。

脱ぎ捨てた上履きを下駄箱に入れる為には、勿論、この上履きを拾わなければならず。
その為には背筋を伸ばしたままではいられず、必然的にしゃがむか、前屈みにならなければならない。
そのどちらもが、今の京一にとっては酷く難しい事だったのだ。



─────京一は、暫く逡巡した後、已む無くそれを放置する事に決めた。
今はそれが一番無理のない手段であった。
別に、明日になってこれを人に見られたからと言って、恥ずかしい思いをする訳でもなかったし。



その間に龍麻はさっさと靴に履き替え、昇降口を出ていた。

しかし、何故かその足は昇降口の前で止まっている。
京一は親友の不自然な後姿に警戒を高めつつ、ゆっくりとそれに歩み寄り、




「何してんだ、龍麻」




問えば、龍麻は直ぐに振り向いた。
眉尻を下げた、拗ねたような顔で。

あまり見ない龍麻の表情に、京一は眉根を寄せ、何かが其処にいるのかと首を傾げる。


そうして漸く、龍麻の拗ねた表情の理由を知った。




「………なんでテメーがいるんだよ」




龍麻の拗ね顔に負けず劣らず、京一は渋面になって言った。

告げた相手は、八剣右近だ。




「京ちゃんの顔が見たくなってね」
「……じゃあもう帰れよ」
「随分遅かったねェ。心配したよ」




会話が成り立たない。
この人物を相手にしていると、これが初めての現象ではないが。




京一は、聞こえないのなら思い切り舌打ちしたい気分だった。


此処に来るまでも相当辛かったのに、この上また厄介事が重なるなんて。
龍麻と八剣は、二人だけで並んでいれば別段何もないのだが、間に京一が入ると面倒な事になる。
京一を挟んで意地の張り合いが始まり、最終的には京一が悲惨な目に遭う、と言うのがパターンになっていた。

それもこれも、京一が二人の気持ちを知っていながら、どっち付かずを続けているからだ。
龍麻と恋仲と呼ばれる仲でありながら、八剣の好意を拒否する事も出来ず(しても相手が聞かないと言うのが正しい)。
先に良い仲になったのは龍麻であるから、それを理由にしても良いのだけれど、「略奪愛もいいねェ」なんて暖簾に腕押し。
おまけに二人揃って互いへの意地と京一への好意、そして独占欲が強い為─────京一としては、本音、どちらも選びたかったりする(何故って、どちらを選んでも血の雨が降るのが容易に想像できてしまうのだ!)。


傍目に見れば、泥沼のトライアングルが三人を結ぶ線となり、均衡を保っていた。
このバランスは京一がどちらか一歩を選んだ瞬間に瓦解するだろう。
…場合とタイミングによっては、最悪の形で。

だから京一は、二股を公認で続けているような状態になっている。
これがまた京一の神経をすり減らし、更には心身を疲弊させる結果に繋がるのである。



全く、なんてタイミングで、この男は現れるのだろう。
そしてどうして決まって、その現場に龍麻も居合わせるのだろう。
実は何処かで二人が通じ合っているのではないかと、疑わずにはいられない。




今までの疲れと、これからを考えての頭痛と。
一気に押し寄せるそれらに耐え切れず、京一は前にいた龍麻の背中に負ぶさった。




「京一、何?」
「………ダリィ」




半分はお前の所為で。
半分はそいつの所為で。

喉まで出掛かった言葉を飲み込んで、代わりに溜息を吐き出した。


吐いた息が丁度終わった所で、だらりと垂らしていた腕を誰かに捕まれ、引っ張られた。




「う、ッ」




突然の事に体が強張り、力が入る。
必然的に、下肢にも。
ぐり、と侵入した無機物が壁に当たって、思わぬ声が零れかけた。

寸での所で声を抑えるのに必至で、京一は暫く、自分の状況に気付かなかった。
─────八剣に抱き寄せられていると言う事に。




「駄目だろう、緋勇。友達の具合が悪いなら、もっと早く帰してあげないと」
「京一が起きなかったんだよ。それに、具合が悪い訳じゃないし」
「ふぅん……?」




頭上と背中から聞こえる声に、京一はようやく意識を現実に戻す。
其処でやっと、自分が八剣に抱き締められている事に気付いた。




「は、離せ、馬鹿!」
「暴れちゃ駄目だよ、京ちゃん」
「京ちゃん言うなッ」




いつものように押し退けようと力を入れようとして、京一は失敗した。
下肢を苛む無機物が、またしても壁を圧迫したのだ。
ビクン、と不自然に躯が跳ね上がり、切迫した呼吸が漏れる。

声を抑えようとして手で口を覆えば、嘔吐を堪えようとしているようにも見られる。
実際、八剣にはそう見えた。




「京ちゃん、今日は『女優』か、緋勇の所に行くのかな」
「………ッッ…」
「じゃあ、俺の所においで」




八剣の問いに答えなかったのは、応であったからでも、否であったからでもなく、嫌々そうしようとしていたからでもない。
口を開けばあらぬ声が漏れそうで、それに耐えるのに必至だっただけだ。
八剣はそれを自分の都合の良い方へ解釈する事にしたらしく、呼吸を殺す京一をもう一度抱き寄せ、囁いた。


途端、京一は背中に冷たいものを感じて、そろそろと振り返る。
其処にあったのは予想通り、立ち尽くす親友の笑顔。

自分だけが知る、あの肉食獣の笑み。




「──────ッ……!!」




ぞくりと背筋を走る感覚に、京一は身を震わせ、無意識に目の前にある布を握った。
八剣の着物である。

傍目に見れば縋るような京一の仕草に、八剣はしばし京一を見下ろした後、龍麻を見る。
その間にあった無言の会話を、京一は知らない。



数秒の静寂の後、最初に動いたのは龍麻だった。




「僕、帰るね」




それまでの笑みとは違う、いつもの───クラスメイト達が見慣れた笑みを浮かべて、龍麻は言った。


いつもの笑みで、いつもの歩調で、龍麻は京一と八剣の側を横切る。
そうして通り過ぎた後で、二、三歩進んで足を止め、




「京一、約束」
「………ッ……」




肩越しに振り返って言った龍麻を、京一は八剣の陰に隠れたままで睨み付ける。
それにも龍麻は、いつもと変わらないふわふわとした笑みを浮かべ、あまつさえひらひらと手を振ってみせる。

ああくそ殴りたかったのに! と思うが、京一は追い駆けることさえ出来なかった。
己を抱く男の存在があったが為に。



そのまま、龍麻がグラウンドを過ぎ、門を潜るまで京一と八剣はそのまま立ち尽くしていた。

























龍麻が帰路についてから数分の後、京一はようやく八剣の腕から解放された。
抱き締める腕の力が緩んだ一瞬を見計らって、抜け出したのである。

そのまま、京一はすたすたといつもと変わらぬ歩調で歩き出した。


この“いつもの歩調”が辛い。
けれど、京一は意地とプライドを守らずにはいられなかった。
これ以上の辱めは絶対に御免だと。

半歩後ろをついて歩く八剣は、時折、何事か話をしていたが、京一は殆ど聞いていなかった。
返事にも相槌にもならない言葉を返してはいたものの、内容はまるで頭に入らない。
それより、“いつもの自分”を装うのに必死だった。



この男には散々な所を見られているし、そもそも散々な目に遭わされたから、今更プライドだの意地だのを張る必要はないと言える。
しかしそれはそれ、これはこれと言うもので、だからと言って弱みを曝け出せる相手と言う訳ではない。

だから、まだ気付かれていないのなら、最後まで気付かれたくなかった。




「無理しちゃ駄目だよ、京ちゃん」

「少しゆっくり歩こうか」

「慌てなくても大丈夫だよ」




八剣はそんな言葉を繰り返しており、京一は「あー」とか「おー」とか言っていた。
それだけで、京一は立ち止まりもしなければ、歩調を落とす事もしない。

これが、見る人間によっては反って不自然に映る事を、京一は完全に失念していた。



学校を離れて十数分、歩いた。
いつもならネオンの照り返す不夜城に向かうのだが、今日は違う。
一度足は向いたけれど、目敏く気付いた八剣に制された。

自分の下に来いと言った八剣は、京一が返事をしなくとも、そうさせるつもりだったのだろう。
京一としては、出来れば今日は一人で───もう路地裏でも橋の下でもいいから───静かに過ごしたかったのに。

とにかく、逃がしてくれそうにないので、已む無く京一は八剣の家である拳武館の寮に向かうことになった。
此処でもまた相手に押し流されている自分に気付いたが、こうなるともう抗うのも面倒になってくる。
幸い、自分の状態をバレてはいないようだから、着いたら即刻寝る事だけ考えようと決めた。


しかし、長い道程だ。

学校の屋上から昇降口までを、嫌と言うほど長く感じたのだ。
雑踏の行き交う街は、尚更長く遠く感じられる。




「京ちゃん」




信号に引っ掛かり、立ち止まった所で名を呼ばれた。
振り返らずに、零れかける呼吸と声を押し殺すのに必死になっていると、肩に手が乗せられる。




「辛そうだね」
「……ッるせェ」




気遣いの言葉である事は判っているが、其処で甘えられないのが京一だ。
右手の木刀を強く握り締めて、なるべく、自分が今どんな状態であるのかを考えないように努めた。

──────が。




「……ッ!!」




甘い刺激を感じたのは、耳だった。
何が原因か、考えなくても判ってしまうのが腹が立った。


真後ろに立つ男を睨みつけ、振り向き様に肘鉄を食らわせるつもりで振り被った。
が、あっさりとその腕を捕まれてしまい、抵抗の術を奪われる。
まだ右手を拘束されていないから木刀は震えるが、夜とは言え人の絶えない大都会の真ん中で、加えて今の自分の状態でこの男を相手に大立ち回りは無理が過ぎる。

結局、京一は捕まれた腕をそのままに、真っ赤な顔で男を睨むしか出来なかった。




「何してやがる、このッ…!」
「いや、ね」
「フザけてんじゃねーぞ!」




京一の怒鳴り声につられて、辺りの視線がちらほらと二人に寄せられる。
それに気付いた八剣は、野次馬達をぐるりと見渡した後、




「おいで」
「う、ぁうッ!」




掴んでいた腕を引き、八剣は京一を雑踏の目から逃がそうと歩き出した。

京一は突然の事に踏鞴を踏み、その所為で埋め込まれた異物が肉を突き上げる。
膝の力を失い崩れかけたが、それは八剣に引っ張られる事で避けられた。





強い力に手を引かれて、京一はふらふらと覚束無い足取りで八剣を追う。
そうして足を動かす度、無機物の刺激に下半身の力が抜けて行く。

声が漏れそうになって、京一は右手の甲で口元を抑えていた。
その姿は傍目にはやはり吐き気を堪えているものに見え、そんな少年の手を引く八剣は、彼を慮って休める場所に急ごうとしているように見えた。
だから何も不自然に見られる事はなかったのだが、それでも急ぐ二人の足取りに、擦れ違い肩がぶつかる人々の何人かは何事かと振り返る。
それらの視線に、自分の状況が知られてしまうのではないかと、京一の緊張はピークになっていた。


グリ、グリ、と肉壁を押す無機物─────今は振動しないバイブ。

昨日の夜から今日の放課後まで、親友によって散々熱に浚われた躯。
官能のスイッチの切り方を忘れた躯は、鉄の塊の悪戯な刺激にも打たれ弱くなっている。



声を出したら楽になる気がする。
堪えれば堪えた分だけ、躯に力が入って、それがバイブを締め付ける原因になっている。
だから、耐える事を止めてしまったら、もう苦しくないんじゃないかと思ってしまう。

僅かに残った理性が、往来でそれを選ばせる事を拒否しているけれど、頭の中はまた蕩け始めていた。
悦楽に押し流されるには、もう時間の問題だった。





八剣の手が離れた時には、頭の中は殆ど白紙になっていた。

だから、其処が薄暗い路地である事も、緩くではあるが突き飛ばされるように押された事も、気にはならず。
恐らく使われなくなって長く忘れ去られているのだろう鉄製のゴミ箱の上に横になって、張り詰める自身を慰める事も出来ないまま、宙を仰いで艶の篭った呼吸をただ繰り返していた。




「…っは……う…ぁ……ッ」




暴れる熱に苛まれて、京一は自分自身を抱き締めるように腕を回す。
学ランを破かんばかりの力で握り締めながら、太腿を擦り合わせた。

火照った熱に冷たい男の掌が触れ、撫でる。




「かなり頑張った方だろうね」
「……んッ……」




子供を宥めるように、撫でる八剣の手付きは酷く優しい。
しかし、瞳を開けて男の顔を見てみれば、夜の親友と酷似した色が存在している。


常の快活さと強気を失って、小動物のように震える少年を見下ろし、八剣はうっそりと微笑んだ。




「しかし、そんなに気持ちが良かったのかな」
「あッ…う……んん…ッ」
「この玩具───────」




昏い笑みを浮かべた男は、そう言ってある“モノ”を京一に見せた。


ビルとビルの隙間の路地の中である。
明かりは少なく、一番近い街灯は路地の出口にある街灯一つ。

街灯の光は八剣の体の向こうにあり、京一の目には逆光が当たる事になる。
だから京一は、八剣が自分に見せた“モノ”が何であるのか、一瞬判別がつかなかった。
ほんの数瞬目を窄め、視界の光源の調節が終わった頃、ようやく“モノ”の正体を知る。




「あ……───────!?」




知った瞬間、京一は驚愕とショックで瞠目し、言葉を失った。


カチリ、乾いた無機質な音が鳴り、








「ひッうあッ、あぁああぁああッッ!!!」









ヴィィィィィ、と。
それは久しく聞いていなかった、振動の音。

同じくして、秘部に与えられる衝撃による快感も、随分と久しぶりのものであった。




「あッ、ああッ! はひ、なッなんでッ、あぁあッ!!」




頭を振り乱しながら、京一は躯を震わせて喘ぐ。
錆の付着した鉄に爪を立て、脚はビクビクと跳ねている。

八剣はその様を、変わらぬ笑みで、双眸を細めて見下ろしていた。




「緋勇も顔に似合わず、酷い事をするね」
「んッ、う、た、龍麻…ッ? あッ、ひあぁッ!」




紡がれた耳慣れた親友の名前に、京一は八剣を見る。


今の口振りだと、八剣は最初から京一の状態に気付いていたと言う事になる。
京一は勿論、龍麻だってこの事は一言も言っていなかった筈なのに。

それと、バイブのリモコンだ。
龍麻がずっと持っていた筈のそれが、今どうしてこの場にあって、八剣が持っているのか。


京一は秘孔からの激しい振動に声を上げながら、嬌声以外に口を動かした。




「お、前…ッ、なんで、それッ…あ、んぁ、あッあぐッ」
「何も不思議な事はない。緋勇に貸して貰っただけだよ」
「か、し……ッ!?」




なんでそんな事。
言いかけて、問いは快楽に飲まれて音にならなかった。




「いや、特に説明はして貰っていないけどね。大体の予想はつくよ」
「あッ、うあ、ん、やぁあ……!」
「牽制のつもりなのかな? それとも嫌味か……」
「ひはッ、は、はあぁあ…! んん、く、ふぅあッ…!」




龍麻が、これを八剣に渡せるタイミングはあった。
昇降口で二人が擦れ違った、あの一瞬────あの時なら、京一に気付かれずに渡す事は出来る。


何を思ってそんな行動をしたのか、その真意は、京一には勿論、八剣にも図れない。

現在は共有状態にある京一を、自分が思うがままにしていると言う、己が有利であると見せ付けているのか。
八剣が京一を連れて行った所で、己の残した“モノ”は京一の中にあるのだと言いたいのか。
さもなければ、「抜いてはいけない」と約束している為に、今日の八剣との性交は最後まで至らせないつもりなのか。

どれも京一に取っては良い迷惑でしかないのだが、八剣にはそうではない。
少々癪に障ると言えばその通りだが、道すがら、これに耐えて平静を装う京一の顔は見ていて興奮を誘った。



八剣は、悶える京一の足を開かせ、スラックスの上から彼の雄に触れた。




「イきそうだね」
「あ、ッああ! ひ、はッあぁッあッ!」
「我慢しないで出せば良い」
「や……────ん、ふぅッ」




京一の足の間に体を割り込ませて。
八剣は京一の頬に左手を添えて上向かせると、上から覆い被さるように口付けた。

添えられなかった右手には、バイブのリモコン。
侵入した舌を嫌がるように縮こまる京一を間近で見詰めながら、八剣はリコモンのスイッチを『強』に上げた。





「ふッ!? ふぐ、ん、んふぅうぅううううううッッッ!!!」





ビクン、ビクン、と体を強張らせ、足は爪先までピンと力を入れて張られ、京一は絶頂へ昇り詰める。

アナルからのバイブによる刺激だけで、京一は果てた。
着衣を乱す事もなく、他に触れられた訳でもなく、キスも然程深く激しかった訳ではない。
長い間緩やかな官能に苛まれた躯は、本当に秘孔からの快楽だけで陥落したのである。



一瞬の間に強く激しくなったバイブの振動は、京一が達してからは、逆にゆっくりと振動を緩めて行った。


熱を放出し切ると、京一の全身から力が抜け、強張りも解けた。
埃と錆に塗れた鉄箱の上で、ぐったりと躯を投げ出し、下肢はピクピクと痙攣を起こしている。

それに構わず続けられるキスにも、京一は無抵抗を甘受していた。
達したばかりで思考も融解し、今ならば恐らく、誰が何をしても抵抗すらしないだろう。
咥内を我が物のように舐る男の舌にさえ、緩やかな快感を拾い、瞳の中の理性の光は消え行こうとしていた。




「ん、ふ、…ふッ、ふぁ……あッあッ、んひッ…ふ…」
「気持ち良いかい? 京ちゃん」
「はひッ…は、んぁ、あひッぃ、ふぁああ……!」




バイブの振動が緩まって行くに連れ、京一は躯の熱が再び昂ぶって行くのを感じた。

刺激を与えられれば、その快感に反応してしまう事を、脳より先に躯が覚えている。
思考や理性や羞恥などを置いてけぼりにして、京一の躯は快楽に従順に躾けられていた。


投げ出していた腕を浮かせて、京一は覆い被さる男の着物に縋り付く。
バイブの振動はすっかり小さくなり、反って京一の躯を苛む拷問具となっている。




「んぁ、あッあッあッ……! や、つるぎィ……あ、ん、ふぁッ、あッ…!」




腰を揺らめかせて縋る少年に、いつもの負けん気の強さはない。
ただ快楽に支配され、与えられる甘い毒に冒され、身悶える。



常の気性の荒さを知っているだけに、八剣は笑みを零さずにはいられない。
嘲笑の笑みではない、悦びの笑みだ。
誰にも屈服しないと刃を閃かせて瞳を光らせる少年が、今この時は自分の支配下から逃げ出す事が出来ない。
京一の事が一等気に入っているだけに、この悦びの上を行くものは、きっとない。

この悦楽は、出逢った時にも感じ、望んだものだ。
今直ぐにでも噛み付かんばかりの野獣を、己の全てで支配してみたい─────と。


少々特殊な経緯と現状ではあるが、八剣の望みはこれで叶えられるのだ。
ほんの一時、ではあるけれど。




「そうやって俺を誘う姿も、中々そそられるんだけどね」
「あ、う……んん…ん、ふ……ぅ…」




京一の喉仏に舌を這わせながら、八剣は囁く。




「こんな所でっていうのは、あまりにもムードがないだろう」
「…っは…あ、う……うぅ、んくぅ…ッ」
「だから、もう少しだけ頑張れるね?」




言うと、八剣は京一の返事を待たずに身を離す。
縋っていた者が急に離れて、京一は咄嗟に八剣の着物を掴む事も出来なかった。

鉄箱の上に一人横たわったまま、京一は虚ろな目で八剣を見上げる。
その瞳は性急な熱を欲しがっていたが、八剣は撤回しなかった。
ついと踵を返して歩き出せば、京一はのろのろと起き上がる。




「お、いッ……」




もう弱々しい声しか発することが出来ない。
それでも、なんとかその声は八剣に届いた。

立ち止まって振り返った八剣の瞳は、猛禽類のように強く、鮮烈で。







「おいで、京ちゃん。すぐ其処だから」







相手の思うがままの操り人形である事が酷く気に障る、けれど。
抗う術も最早この手の中には残っていなくて、京一はゆっくりと鉄箱から降りた。









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