放課後になるまでに、京子へのホワイトデーのお返し(返されるような出来事にまるで覚えはないのだが)は益々増えた。
顔の広い遠野を頼って、彼女を繋ぎにして贈られたものも数多い。
更には放課後になって飽けた下駄箱に、今朝と同じだけのプレゼントが詰め込まれていた。


此処までくるといい迷惑だ、とぼやく京子の背中は、夕日に照らされている所為か、なんだか哀愁を帯びて見える。

その手に持った鞄はいつもより幾らか膨らんでおり、中身は殆どプレゼントで埋められている。
一つ一つの重みは大したものではないのだが、いつもの空っぽの状態より重みを増しているのは確かだ。
それを持った京子は、なんだか100キロの重石を持たされたように足取りが覚束ない。




「大体、渡した覚えもねェのに、なんでお返しなんてモン受け取らなきゃならねェんだよ」




面倒臭くて仕方がないと言う様子の京子に、龍麻は苦笑する。

そんな龍麻の鞄の中にも、京子へと贈られたプレゼントは入っている。
彼女の鞄に入らなかった分を、学校へ置いて行く訳にも行かないと、いつものメンバーで分担して持ち帰る事になったからだ。


京子にしてみれば、いっそ全部持って行ってくれと言う気分なのだろう。
何せ、小さなプレゼントが両手で数えて足りる程度と言うならともかく、大きなものは四方約20センチ大の箱なんてものもあった。
これには京子も呆れ、葵へ渡すものと間違えたのではないかと呟いた程である。
しかし、箱にはしっかりと「蓬莱寺様へ」とご丁寧に添えられていた。




「これ食ったら腹壊すとか、胃が爆発するとか裂けるとか、仕込まれてんじゃねェだろうな」
「大袈裟だよ」
「ンな事言う前に、先ずこの量が大袈裟過ぎる」




京子がホワイトデーにこうして一方的な贈り物をされるのは、珍しい事ではないと、遠野が言っていた。
学校内外問わずに有名な京子は、畏怖される一方で、尊敬の念を集めることも多いのだ。
それが一挙に表に出るのが、彼女の誕生日を筆頭にし、バレンタイン、ホワイトデーと言う、公に認められた(誕生日は別だが)告白の日であった。
お陰でこうして、一年の思いをぶつけるように多量のプレゼントが舞い込んでくる。


自分の隠れた人気をいまいち信用していない京子にとって、あまりに量が多いと逆に信用が出来なくなる。
実はこのプレゼントの山の中に、可愛ければびっくり箱、性質が悪いものならカミソリでも入っているんじゃないかと思えてくるのだ。

実際に開けてみると、殆どがクッキーだったり煎餅だったり、京子が好みそうな菓子が入っているらしい。
物によってはなんたらの高級ブランドメーカーのお菓子だったりするが、其処は京子にとって問題ではない。
物珍しさに食い付きはするが、食べてしまえば皆一緒だ、と言うのが彼女の感覚だ。

ついでに、あまりに数が多過ぎて、処理しきれないのも京子にとっては困る事だった。
食べ物を食べられないまま駄目にしてしまうなんて、勿体無くて仕方がない。




「いっその事、一纏めにしてくれりゃいいのによ」
「一纏めって?」
「バラバラで寄越すからこんな面倒になるんだって事だ」




複数人数で一致団結して、一つのものにひっくるめて渡せ、と。
確かに、手持ちの数はそれで落ち着くだろうけれど。




(……それ、意味ないと思う)




京子が、ではなく、彼女にプレゼントを贈った人々が。


龍麻は、自分の鞄の中に入った彼女へと贈られた数々のプレゼントを思い出す。
喧嘩に巻き込まれたか何かは判らないが、彼女への感謝や憧れの気持ちが綴られていたものが目に付いた中────あの愛を囁くメッセージカード。
ああいったものを添える人物達にとって、京子が提案する手法は、最初の目的を逸脱することになる。

彼らにとって重要なのは、今日と言う日を境に、如何にして彼女の気を引くかと言う事だ。
それを十把一絡げのメッセージに纏めてしまっては、京子に彼らの想いが届く訳もない。




「あーあ、ホワイトデーなんて面倒臭ェ」
「そうかな」




今日と言う日に命を賭けた顔も知らない男達への、止めのような言葉。

けれども京子に悪気がある訳ではない、単に彼女が好意と言うものに鈍いだけだ。
悪意にばかり敏感な少女は、自分に好意と呼べるものが向けられるとは、露程も思っていないのだ。



そのお陰で、龍麻は何も心配していない。

それと同時に、こんなにもやきもきしている。



背中に垂れたフードに手を伸ばし、龍麻は其処に入っている箱を手に取った。




「京」
「あん?」




いつものように呼べば、いつものように返事があって、京子は振り返る。
その眼前に、龍麻は常備している苺の菓子を差し出した。


──────ぱちり、京子の瞬き一つ。

大きく見開かれた目は、眼前にある物体の正体を判じ兼ねていた。
が、数秒もすると理解に至ったようで────それはそれで判らない事だらけで、眉根を寄せる。



京子の目の前に差し出されたものは、封の切られていない苺ポッキー。




「………なんだよ」
「あげる」




四文字の問いに対し、三文字の答えを示せば、はぁ? と益々顔を顰められる。




「だって皆ばっかりずるいから」
「……何が」
「京にお菓子あげてるの」
「…………」




理由を聞いて尚────いや、余計にか。
理解できない、と京子は痛みの始まった頭に手を当てて溜息を吐く。
それに構わず、龍麻はパッケージの箱の封を切って、再度京子に差し出した。




「あげる」




受け取るまで、この腕は下げない。
龍麻の頑なな意思を感じたか、京子は渋々と言う表情で、苺ポッキーを受け取った。






夕暮れの帰り道。

いつも自分が食べる菓子を、彼女が食べているだけで、今は幸せだった。








なんか草食系男子?? ……今だけ今だけ(爆)。

なんかうちの龍麻って、片思いの頃は消極的と言うか、京ちゃんが好きってあんまり表に出そうとしないような(少なくとも、本人の前では)。
これが両思いになると黒化するんだなー……自分で書いてて何故だろうと思います(えー…)。