CONFRICT 01




「暇なんだろ、龍麻。オレに付き合え」




藪から棒で命令文句の誘う言葉は、蓬莱寺京子と言う少女に限っては珍しい事ではない。
それが、他者の言葉で言う、「時間が空いているのなら、ちょっと一緒に来てはくれないか」と同義語である事は、彼女の周囲にいる人間にとって言うまでもない事として認識されていた。

その言葉が向けられているのは、最近は専ら、季節はずれに転向してきた緋勇龍麻だった。


一日の就学を終え、ホームルーム終了のチャイムが鳴った後、彼女は真っ先に龍麻にそう言った。




「うん、いいよ」
「よし」




京子の言葉への龍麻の返事は、殆どがそれで終わる。
それもまるで当たり前であるかのように。


周囲はそんな二人を苦笑してみている。
中には、京子の都合に振り回される龍麻の付き合いの良さに感心している者もいた。

しかし実際の所、龍麻自身は彼女に振り回されているとは露程も思っていない。
此処で断ったても彼女は怒らない(拗ねた顔はするけれど)し、ポーズのように怒った風をして去って行くだけ。
無理に連れて行こうと実力行使に出た事はなく、彼女は自分の声のかけ方についても、単純に誘っているだけと言う感覚。
其処に悪意や他意はなく、ならば龍麻がそれに付き合うのは、彼自身の意思に他ならない。



龍麻の了承を得て、京子は満足したかのように口元に笑みを据える。




「今日も練習?」
「ああ」
「凄いね」




誘われた、誘ったからと言って、特別な場所に行く事はない。

─────いや、ある意味では特別な場所かも知れない。
何せ、その場所には限られた人間しかた立ち入る事は赦されていないのだから。



其処は、まるで京子の城だと、龍麻は思う。
彼女は其処で音を奏でて時間を過ごし、周囲にはその従者のように四人の男が並ぶ。
中心で弦を鳴らして歌う彼女は、まるで此処こそが全ての歯車の中心であるかのような錯覚を龍麻に与えていた。

龍麻は其処で何をする訳でもなく、ただ眺めているだけなのだが、それこそが異例の事だと従者達と友人達は言った。
城の客人として招かれることそのものが、異例中の異例なのだと。


彼女の唯一無二のテリトリーへ入る事を赦されていると知った時、心臓の鼓動が大きくなった。
それが喜びの鼓動だと気付いて以来、龍麻は余程の事がなければ、彼女のこの誘いを断ろうとはしなくなった。




下駄箱を出てグラウンドを横切る間、京子は鼻歌でメロディを奏でている。
それは延々と続くものではなく、何度も何度も同じ場所を、音階を変えながら繰り返し再生されていた。




「………駄目だ」




ぽつりと呟いた京子の横顔を見れば、判り易く渋い顔。




「それ、新しい曲?」
「ああ」




京子は此処しばらく、新曲の作成に尽力を注いでいる。
が、どうにも彼女の思うようには行かないようで、あの廃ビルに行く度に、新曲について頭を悩ませていた。

新しいものを作り出すのはいつだって難しい。
今回は今までやった事のない方向性と言うのがコンセプトだそうで、それが余計に京子が悩む原因になっている。
舎弟でありバンドメンバーである四人も考えているのだが、彼らの意見は殆ど京子によって却下されていた。


ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱して、京子は唸る。
頭の中で繰り返し作った譜面のピースをバラバラにして、組み立てなおしているのだ。




「あーッくそ!」
「大変なんだね、曲を作るのって」
「まーな」




龍麻は今まで、ラジオやテレビで流れてくる音楽を、ごく当たり前のもののように聞いて来た。
名のあるアーティストや音楽家達が作って来たものを、ごく自然に有り触れたものであるかのように。
けれども、それらは全て、今京子がしているように、感性や記憶を頼りに賢明に作り上げられたものなのだ。

それを目の前で見るようになってから、龍麻の耳に聞こえる音楽と言うものが少しずつ世界を変えた。

こんなにも悩んで作ってくれたものなら、きっと良いものが生まれると思う。
その曲を、またあのステージの上で彼女が奏でたら、それを聞く事が出来たら、こんなにも嬉しい事はない。


龍麻は音楽にはからきしだ。
作曲にも練習にも携われない、見守ることしか出来ない。

だからその中で生まれたものは、彼女自身が求めるものが形になってくれたら良いと思う。






校門を出てから、いつもの廃ビルに着くまで、彼女は何度も何度も、旋律を繰り返す。
そのメロディがなんだかとても心地よかった。

悩んでいる彼女に、不謹慎だとは思う。



けれど龍麻は、もう少しこの時間が長く続いて欲しくて、ほんの少しだけ進む速度を落として歩いた。








なんか少女漫画じみてきたこのシリーズ(汗)。





CONFRICT 02





京子と龍麻が廃ビルに到着した時には、いつものフロアから複数の音が聞こえて来た。

指遊びでもしているのか、旋律を定めずにツインギターの弦が弾かれ、隙間を縫ってドラムが響き、シンセサイザーが鳴る。
此処に京子のベースとボーカルが加わって、“神夷”の世界は構築されるのだ。



部屋に入った京子達を見て、音楽が止まる。




「アニキ!」
「お待ちしておりやした!」




何故か彼らは、女性である筈の京子を「アニキ」と呼ぶ。
アネキやアネゴではないのかと龍麻が聞いたら、そう呼ぶと彼女が怒るのだと言う。

京子は、龍麻に“蓬莱寺さん”と呼ぶ事を禁じた。
どうにも彼女は自分の呼び名に拘る一面があるらしい。



バンドリーダーである京子が到着すると、吾妻橋達はいそいそと楽器を片付け始めた。
ギターやシンセサイザーと繋がっていたアンプやスピーカーの電源も落とす。
そうなると、ビルの中は一気に静まり返った。


人数分の拡げていたパイプ椅子にそれぞれ座って、足のガタ着くテーブルに集まる。

此処にはパイプ椅子は五つしかなく、京子含めバンドメンバーが座れるだけの数しか揃えられていない。
其処で龍麻が来てしまうと、龍麻が落ち着けるのは床か、ビニールに包まれた毛布の上しかなかった。
龍麻はメンバーが全員揃っている時は、いつもその毛布の上に座って練習風景を眺めている。
今回も同様に、毛布の上に腰を落ち着けさせて貰った。



押上と言う名の体の大きな丸い男───ドラム担当───が、部屋隅の本棚から数枚の譜面を持って来た。




「アニキ、どうすか?」
「どうもこうも、進展なし。っつーか、あの歌詞じゃ他に当てようがねェ」
「やっぱバラードっスかねェ……」




キノコ───サブギター担当───の言葉に、ぴきり、と京子の額に青筋が浮かぶ。
それに気付いたのは吾妻橋だ。




「アニキ、今回ばっかりはやっぱしょうがねェですよ」
「しょうがねェで済ませられる話じゃねェよ。やだってオレは言ってんだ」
「ですから─────……」
「絶対嫌だからな、バラードなんざ!」




こうした遣り取りが此処数日、延々と繰り返されている。
このビルでも、学校でも、メンバーが揃えば同じ会話ばかりだった。



京子の話によると。
次の新曲として考えている曲の歌詞が、どうしてもバラード以外にはそぐわない内容なのだと言う。
それが判っているなら良いじゃないかと龍麻は思ったが、京子自身がどうしてもバラードを歌いたくないらしい。

それではただの我侭なのではないかと龍麻は思うが、自分が口を出せるような立場でないのも判っている。
何より、バラードを歌いたくないと言う京子の瞳は頑なな色で、誰かが容易い意見を言った所で、聞く訳がにないのも想像に難くなかった。


吾妻橋達も最初は同じ意見だったらしいのだが、近頃はすっかり、京子を宥める方向に方針を変えている。
四対一で未だに最後の決が取れないのは、京子がバンドリーダーであるからに他ならない。

京子が悩んでいるのと同様に、彼らも新曲には頭を抱えている。
悩みに悩んで、舎弟たちは最初の意見に戻って落ち着いたらしい。
それを京子一人が未だに抵抗している、と言うのが傍観する龍麻の見た限りの感想だった。




「つってもアニキ、次の曲がある訳でも……」
「だったら作らせる!!」
「ちょッ、アニキィイイ!!」




椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、京子は青筋を浮かべたまま、部屋を出て行く。

吾妻橋が慌ててそれを追って行き、廊下で延々と京子の怒鳴り声が響いた後、彼は戻ってきた。
頭痛を抱えて、疲れきった表情で。




「ダメだ、ありゃ」
「だろうなァ。電話しに行ったんだろ?」
「あーなっちゃァ俺らじゃ無理だって」
「アニキの気持ちも判らん訳じゃねェけどなー」




リーダー不在となって緊張の糸が切れたか、ぐったりとパイプ椅子の背凭れに体重を乗せて、四人が愚痴る。




「どうよ。新しいの出来ると思うか?」
「それこっちの事か?」
「違う違う。この次の奴」
「アニキでも無理だろ……」
「だよなァ。これが出来なきゃ、次はねェって言ってたもんな」




頭にいつも包帯を巻いている横川───シンセ担当───の言葉に、一同は揃って溜息を吐く。





それから暫く、部屋の中はすっかり静まり返る。


打ち破ったのは、傍観者の少年だった。







ワガママなだけじゃないんですよ、一応。京子には京子のやりたい事がある。
でも、いつでもそれを推し進められる訳じゃない。
だけど流されるみたいにして自分の意見や考え方を否定されたくないから、納得行くまで抵抗したいんです。

ちなみに墨田の四天王の名前ですが、今回名前が初出の“横川”以外はアニメで名前が出てました(EDキャスト一覧にて)。
しかし包帯男だけは何度確認しても名前がなかった(泣)ので、今回、墨田区の住所名から名付けさせて頂きました。




CONFRICT 03




京子が新曲について悩んでいたのは、既に三週間も前からの事だ。
彼女が言うには、此処まで曲作りに悩む原因は、作曲が上手く行かないから────ではない。




「京はどうしてあんなにバラードを嫌がってるの?」




先程からの光景も、此処三週間、見守ってきて思った疑問も、全ては其処に要約される。


龍麻の問いかけを受けて、舎弟四人が振り返る。
一見して厳つい顔つきばかりの男達だが、龍麻はすっかり彼らを見慣れてしまった。
そして彼らが案外と人の良い性格をしていると、京子との付き合いの仲で十分理解している。

吾妻橋達はしばし龍麻を見詰めた後で、お互いに顔を合わせる。




「どーしてっつーか……」
「言って良いモンかァ?」
「アニキもいねーしな……」




横川、押上、キノコが顔を見合わせて悩む。
数秒唸る声が続いた後、結論を出したのは吾妻橋だった。




「まァ大丈夫だろ。龍麻サンだしよ」




言って、吾妻橋は一度、部屋の出入り口を見た。
キノコが其処へ走って廊下を覗き込んだ後、此方を見てOKサインを出す。

パイプ椅子に寄りかかったまま、吾妻橋は少し距離のある位置に座っている龍麻へと向き直り、




「アニキが嫌がってるのは、バラードって事じゃあねェんスよ」
「でもバラードは嫌だって」
「ええ。ってーのが、バラード歌うってなると、アニキ、ベース弾けなくなるんスよね」




京子のベースの音は、ハードロックを思わせる激しいものが多い。
彼女の性格を現すかのように、早いビートを刻むのだ。
それをバラード曲に合わせるのは、今の彼女では難しい事なのだと、吾妻橋は言う。


そもそもが彼女のベースは走り易い傾向にあり、それを押えながら歌うことも、結成当初は出来ていなかった。
彼女が必死で練習し、舎弟の面々がそれぞれフォローするようになって、人前でも披露できる技術レベルに叩き上げたのである。

ビートの早い曲はこれでこなせる様になったが、未だバラードだけはそれが出来ない。
ベースが走らないようにスローペースを維持する事に気を取られ、歌うことそのものを忘れたり、歌も同じ事が起きる。
だから今まで、“神夷”が発表した曲の中に、スローテンポのバラードはなかった。




「バラード歌うってなると、アニキはベースが弾けなくなるンで、それが嫌なんスよ」




京子が拘っているのは、“バラード”と言う点ではない。
“ベースが弾けなくなる”と言う、局地的な一点に限られる事なのだと、吾妻橋は言った。




「…じゃあ、他の誰かがボーカルをすれば良いんじゃないの?」
「あー……いやァ、そういう訳にもいかねェんで。あっしら、“神夷”作る前のアニキより酷ェんですよ」
「ベースも空いちまうしなァ。吾妻橋はちったァ弾けるが、アニキ程じゃねェし」
「練習すれば良いのに。それで京も歌えるようになったんだし」
「そりゃそうなんですがねェ、如何せん、俺らじゃ花がないモンで」




─────確かに。
龍麻は深く納得した。


“神夷”のメンバーは、失礼を承知で言えば、見目が整っているのは京子のみだ。
吾妻橋は顔の半分を裂傷が覆い、キノコは顔立ちからして少し歪、押上は身体つき同様顔も円球状である。
これら三人は迫力はあるが、美形と言うには遠いのが正直な感想だ。
残るは横川であるが、彼の面立ちは歪んではいないものの、京子と並ぶと霞んでしまいしょうな印象だ。

そんな男達を従えているのが京子である。
となれば、確かに彼女を花に、と思うのも当然の事と言えるかも知れない。




「ま、そうでなくても、俺らが歌うなんて、許してくれる訳ねェだろうしなー」
「だなァ……」
「……許し?」




天井を仰いだ押上の呟きに、横川が同調して頷く。
龍麻は、そんな彼らの零した単語が耳に残った。




「許しって、京の?」




それは────少し違和感を覚える、と龍麻は思った。


京子が拘っているのはベースであって、ボーカルではないらしい。
ならば先程龍麻が言った通り、花があるないについては別にして、誰かが練習してボーカルを務めれば良い。
そうすれば京子は、一番拘っているベースのパートを明け渡さないで済む。

しかし、その手段を取れない最大の要因は、他にあると言うのが今の押上の呟きであった。




「あー……言っていいのかな、コレ」




仲間達へ問い掛けた吾妻橋に、三人はしばし沈黙し、また顔を合わせてから────結論は出たようで。




「俺らがちょいと世話になってる人がいましてね。その人のお陰で、俺らはアニキと一緒に“神夷”やらせて貰えるようになったんスよ。俺らのパートもその人が振り分けたんですがね。ベースはハナからアニキですけど。ボーカルもやらせるって言ったのも、その人でして」
「…パートの変更をするなら、その人の許可がいるって事?」




そう言う事だ、と一同は頷いた。






皆楽しそうにやってるように見えるけど、意外と大変なんだな。

どうするかなァ、と揃って天井を仰ぐ四人を見詰め、龍麻は改めてそんな感想を抱いていた。








実際、楽器を弾きながら歌うって難しい事なんですよね……
ピアノをしていた事があるので、弾きながら歌うという事も自主的に練習していた時期がありますが、難しかったです。
ギター&ボーカル、ベース&ボーカルのように兼任している人を見ると尊敬します。

私的な趣味ですが、[陰陽座]と言うバンドでボーカル&ベースをしている瞬火さんに本気で憧れております…!(黒猫さんも大好きです)




CONFRICT 04



京子が戻ってきたのは、彼女が出て行ってから十分程経っての事だった。



戻って来た時、彼女がどんな顔で来るのか、それが残された男達にとって重要だった。
何せ彼女はこの城の女王なのだ、その機嫌を損ねてしまったら城はあっという間に崩壊してしまう。
そんな訳だから、彼らは如何にして彼女を宥めるか、大いに話し合っていた。

龍麻にしてみれば大袈裟だと思ったが、それは他人だから────傍観者だからそう思うのかも知れない。
当事者である彼らにとっては、全世界が崩壊することと同じ意味を持つのかも。




……と、思っていたのだが。




「京」




恐らく、ビルの一階で誰かと電話をしていたのだろう、彼女。
吾妻橋達は、彼女が専ら怒り心頭の顔で戻ってくるのを想像していた。

しかし、予想に反して龍麻が名を呼んだ彼女は、眉根を寄せてはいるものの、それは怒りと言うより拗ねたと言う表情だった。




「あ、あの…アニキ……」




しどろもどろと声をかける舎弟達を、京子はじろりと睨みつけた。
明らかな八つ当たりであるが、四人は素直に身を固くしてしまった。

暫くそれを睨んだ後、目を逸らしてから、京子はがりがりと頭を掻く。




「ちくしょー……」




心底悔しいと言う表情を見せた後で、京子はテーブルに近付く。
ごくり、男達が息を呑む。

京子はテーブルに置かれていた沢山の譜面の中から、数枚を探り出し、




「しょーがねェから、こいつで行くぞ」
「……ってアニキ! それバラードで考えた奴じゃないスか!」




指定した譜面を見て、吾妻橋が目を剥いた。

これには龍麻も同様に驚いた。
十分前まであれだけ嫌だと言っていた上に、今しがた彼女が断固としてバラードを嫌がる理由を聞いた。
それもやはり子供の我侭に聞こえなくもなかったが、彼女にとってベースが大事なのは感じ取れた。
その直後に突然抵抗を止めたとあっては、一体何があったのかと思うのも当然だ。


吾妻橋と龍麻、他三名の舎弟も瞠目する中で、京子はもう一度「仕方ねェだろ」と呟く。




「これでやらねェと次がねェってんだよ」
「…あ……やっぱ聞いてくんなかったっスか……」
「あンの野郎……次に逢ったら絶対ブッ殺してやる……!」




京子はワナワナと肩を震わせ、まるで呪いでも吐くかのように呟いた。
その手の中で譜面がぐしゃりと皺を作る。


京子が置き台に立て掛けていたベースを手に取り、吾妻橋の前に突き出す。
吾妻橋はそんな彼女と、突き出されたベースを交互に見比べてから、恐る恐ると言った風に手を伸ばした。

吾妻橋の手がしっかりとベースを受け取ってから、京子は苦渋の顔で自分のベースを手放す。




「阿呆な使い方しやがったら殺すからな」
「へい!! すいやせん、お借りしますッ!!」




あのベースは、いつも京子だけが使っているベースだ。


他の楽器も吾妻橋、キノコそれぞれのギター、押上のドラム、横川のシンセサイザーで、私物である。
中古や安売りで買ったものばかりだが、それぞれに愛着があると言う。
だから皆、極力人のパート楽器には必要最低限と持ち主の許可がない限り、触らないようにしているらしい。

京子のベースはその中でも更に特別に扱われていて、京子以外は触らない。
少なくとも、龍麻が見ている限り、彼女がその場に不在でも、舎弟達は彼女のベースに触ろうとしなかった。
切れた弦の交換や、本体の手入れなども全て京子が一人で行い、舎弟達は一切手を貸すこともしていない。

それを借りるのだから、吾妻橋が恐縮するのも無理はない。



吾妻橋以外のメンバーが自分のパートに分かれると、京子を中心にして円になって広がる。
真ん中に立った京子は、スタンドマイクの高さを調整しながら指示をする。




「押上、お前はリズムだけ刻んでろ。吾妻橋とキノコ、お前らコードは頭に入ってんだろ、そのままで良いから流して弾け。横川、お前もだ。後は適当に合わせていい。細かいとこは明日からだ」




言い切って、京子はぐるりと四人を見渡した。


京子の眼が押上を射抜く。
押上は一つ息を吐いて口を真一文字に噤むと、チッ、チッ、と小さな音がイントロのリズムを刻んだ。

シンセサイザーの音が空間を包み、ベースとギターの弦が震える。





京子は、片手に譜面を持ったまま、歌っていた。
メロディラインが時折不規則に乱れるのは、龍麻の耳にも聞き取れた。

それでも、綺麗な歌と声だと思う。



居場所を見失った少女が、座り込んで誰かに手を差し伸べられるのを待っている、そんな歌。


自らの意義を探し、失い、また求める。
恐らく、それが“神夷”が歌う曲のテーマとなっているのだろう。
以前偶然見てしまった、京子が「大嫌いだ」と言った歌詞を薄ぼんやりと思い出して、龍麻は思った。

京子はそれを激しいビートのロックに乗せて、叫ぶように吼えるように歌っていた。
まるで殻破ろうと暴れているかのようで、地震でも起こすのではないかと思う程、それは激しく胸に響いて来る。
時に雄叫びのように、時に慟哭のように、時に奔放に、それらは微妙なニュアンスの差で聞く者を魅了する。
全てを打ち壊していくかのように。


けれども、今の彼女が歌う歌の中に、その激しさはない。
いつも強気に眼光を光らせる少女の、ふとした瞬間の弱さが表に出てしまったかのような────そんな歌。




自分を否定する言葉。
自分自身が信じられないと泣く言葉。

それを誰かに救い上げて欲しくて、座り込んで泣いている。




(──────どうしよう)




まだ無骨な凹凸のある歌を歌う彼女を見て、龍麻は胸中で呟いた。


綺麗な歌だ。
綺麗な曲だ。

苦心して、納得とはまだ違うけれど、彼女がこれで行くと決めた音だ。



……なのに。
ふと聞こえるフレーズが、耳に焼き付いて離れなくて。





少女へと伸ばされる手がある事、それは直ぐ傍にいると言う事。
本当は少女はずっとその存在に気付いていたけれど、意地を張って見ない振りをしていた。

でも限界になって、座り込んで泣き出した。
そうして少女が陥ったのは、意地を張り続けた自分を、今まで以上に嫌ってしまうと言う悲しいサイクル。




(………どうしよう)

(……この曲、)




自分が一人ぼっちで泣いているのは、他でもない、自分自身の所為。
泣き出しても謝罪の言葉を言う事が出来なくて。

そんな彼女の涙を拭ってくれたのは、ずっとずっと、少女に手を差し伸べていた人だった。


少女がようやく、その人の手を取った所で、歌は終わる。




とても綺麗な極だった。


筈なのに。







(僕、この歌──────嫌いだよ)







綺麗だと思うのに。
歌う彼女は、とても綺麗に見えるのに。

彼女の唇が紡いだ歌を、どうしても好きになれない自分がいた。








詩を作るのはともかく、作曲作業は今のところやった事がないので……バンドの作曲作りがどうやって進められているのか、いまいち判りません(ごめんなさい……)。
取り敢えずイメージとして、神夷の曲の作り方は、

@作詞
A歌のメロディラインとベースコード(京子の作業。たまに例外も有)
B全員が揃っていれば通して歌って雰囲気を確認
C修正を繰り返す
Dそれぞれ相談しながら自分のパートを模索
E最終的に京子が納得すれば完成

……と言う感じになってます。
京子はベース以外はあまり詳しくない上、パソコンなど持ってないので打ち込みをしない。ベース以外はほぼ人任せ。<





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