みあげたくなんかない



向けられたカメラに、柔らかな笑みを浮かべる男の子と。
それとは対照的に、じろりとカメラを睨み付ける女の子と。




「京子ちゃ〜ん、もうちょっと笑ってくれるかな〜」




出来るだけ怖がらせないように、機嫌を損ねないように、カメラマンが言った。
しかし名前を呼ばれた子供────女の子の方は、益々ぶすっとしてしまった。


子供の機嫌と言うのは、あっと言う間に上昇して、あっと言う間に下降する。
起伏の激しい子供の尚の事、些細な事が切欠で、声をあげて怒ったり泣いたり、笑ったりする。

京子はその典型で、楽しい事があればニコニコ笑い、嫌な事があるとむすっとして唇を尖らせる。
特に嫌な事は尾を引いて、一時間でも二時間でも、ずっと拗ねている事も珍しくない。
とは言え、食べ物に判り易く弱いので、大好きなラーメンでも食べさせてやれば、けろりと機嫌を直したりもする。


今日の京子の機嫌は最悪だった。
周りの大人達が何を言っても、宥めても、ずっと拗ねた顔をしている。
こっそり好きなパンダを見せても、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

ぎゃんぎゃんと大声を上げて喚かないだけ、まだ良い方だが────このままでは撮影が終わらない、と言うか始まらない。




「京子ちゃ〜ん」




カメラのフレームに入らない位置で、女性スタッフがパンダのぬいぐるみを見せる。
条件反射か、京子の視線が其方に向いた。

パンダの手足をぴょこぴょこ動かすと、京子はじっとそれを見詰めた。
しかし以前として彼女の表情は崩れず、眉間に子供には不似合いな深い谷が出来ている。


しばらくパンダであやしてみたものの、いつまでも変化は見られず。
駄目だ、とスタッフががっくり肩を落とす。




「京子ちゃん、お腹空いちゃったのかな?」
「………」




ぷいっ。

スタッフの言葉には答えず、京子は唇を尖らせたまま、思いっきりそっぽを向いた。
それだけではない、撮影セットから出て行ってしまったのである。




「京、待って」
「あッ、龍麻君!」




ペアの女の子がいなくなったものだから、男の子の方もそれを追い駆けてセットを離れてしまう。

すぐに捕まえようと女性スタッフが腰を浮かせたが、無骨な手が肩を抑えて制した。
女性が顔を上げると、年若い男性の甘いマスクがある。




「俺が行きますよ」
「は、はい」




低い声は耳に心地良く、女性はついつい顔が赤らんでしまう。
男性────八剣右近はそれを気に留める事なく、スタジオ内の溜まり場であるテーブルの元へ向かった。


テーブルと一緒に備えられたパイプ椅子に、子供達は座っていた。
京子はむすっとした顔で、自分の携帯電話につけられたパンダのキーホルダーを弄っている。
その隣に龍麻がちょこんと収まっており、京子の顔をじいっと見詰めていた。

この二人は、性格は正反対なのに、不思議とウマが合うらしい。
専ら元気な京子が大人しい龍麻を振り回しているのだが、龍麻は嫌な顔一つしないし、京子も常より楽しそうだった。

だから、二人がこうして並んでいるのに、京子がちっとも笑っていないのは酷く珍しい事であった。




「京」
「………」
「京ってば」




龍麻が、彼と彼女の父にだけ許された愛称で呼ぶが、京子は益々そっぽを向いた。
横にあった龍麻の顔すら見まいとするように、体ごと龍麻に背中を向けてしまう。

流石に其処までされると、龍麻とて傷付く。
いつもふわふわと笑っている顔がくしゃりと歪んで、泣き出す一歩手前。
ぐすん、と啜る音が聞こえたのか、京子が少しゆらゆら揺れたが、結局振り返らなかった。




「僕、何かした?」
「………別に」




素っ気無い返事に、龍麻が益々泣きそうになる。

八剣は、そんな龍麻の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
見上げてきた大きな瞳はすっかり潤み、瞬き一つでもすれば溢れ出してしまいそうだ。




「龍麻、館長が呼んでる。行っておいで」
「先生が?」
「ああ。京ちゃんは、ちょっと俺とお話しようか」




龍麻は服の袖で顔を拭こうとして、着ているそれが自分のものではない事を思い出す。
テーブルに置いてあったティッシュを三枚ほど取って、ごしごし顔を拭きながら椅子を降りた。

てこてこ歩き出す背中は、なんとも哀愁が漂っている。
仕方がない、だってあの子は京子の事が大好きなのだ。
今日の撮影だって、龍麻は京子と一緒だと聞いて、とても楽しみにしていた。
それがこんな事になってしまっては、寂しさも一入と言うものだろう。


テーブルを離れた龍麻は、言われた通り素直に、彼の保護者である鳴滝冬吾の下へ向かった。




(あちらは館長に任せておけば良いとして─────問題はこっちだね)




未だにぶすっと剥れたままの女の子を見詰め、八剣は眉尻を下げるのだった。






キッズファッション雑誌、見てて可愛いと思うんですが、撮影するのは大変そうだ……