──────それきりの関係だと、思っていたのに

















STATUS : Enchanting 1




















さようなら、という葵の声に、おう、とだけ京一は返す。
道が分かれる小薪と醍醐も手短な別れの挨拶を述べ、龍麻はそれらに手を振って応えた。






「さてと………」





ぐっと伸びをして、京一はどうするかな、と呟いた。
それはしっかりと傍らの相棒に聞こえていて、





「帰るんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけどよ」
「─────ああ、」




濁した返事をした京一に、龍麻はすぐに思い出す。
京一が自分の家に帰らず、歌舞伎町の馴染み人達の所で寝泊りしていることを。


どうするかな、とは、今日は何処に泊まらせて貰うかな、ということだ。
大抵はオカマバーに入り浸っているようで、従業員達も京一のことはよくよく歓迎してくれる。
他にもすっかり舎弟(パシリ)になった墨田の四天王の所にも、転がり込む事は多いらしい。
顔が広そうなので、寄る辺にする場所はまだまだあるのだろう。

最近は、一人暮らしの龍麻の所にも泊まりに来るようになった。
それが実はとても嬉しいとは、龍麻は京一には言っていない。



夕暮れ時になって空いた腹を撫でつつ、うーんと京一は考える。




「やっぱ『女優』に行くか……あそこならタダ飯だし」




京一がいつからあそこに出入りするようになったのか、龍麻は知らない。
それなりに長い付き合いらしいのは気安い雰囲気で感じられるが、過去についての詮索は誰もしない。
だから郷に入りては郷に従え、龍麻も京一の過去を詮索するような事は望まなかった。

居心地が良いのだろうとバーのママは言っていた。
従業員達にもみくちゃにされていた京一は、過度のスキンシップを拒否しつつも、それを嫌いではなかったようで、
ママの言葉は確かに当たっているのだろうな────と、熱烈な愛に捕まった相棒を眺めながら思ったりもした。


実際、京一が一番よく泊まりに頻度としては、あのクラブが一番確率が高いらしい。
寂れた路地の向こう側にある、小さなオカマバーが京一にとっては今一番の安息の地であった。




────川横に位置する店を思い出しつつ、感慨耽っていた龍麻を、京一の声が現実に戻す。






「お前もどうだ、龍麻」






耽っていた所為で、その台詞が一体何を示したのか、一瞬理解が遅れた。

が、すぐに立ち直る。
『女優』に行かないか、と聞いているのだ。






「お前なら、ビッグママも兄さん達も歓迎するだろうしよ」
「うーん…気持ちは嬉しいけど、あの人達に抱き締められると、窒息しそうだよね」
「……まぁな……」





三日ぶりに尋ねただけで、彼───いや、本人達の希望もあるので、彼女と言おうか。
彼女達は京一の来訪を“久しぶり”“寂しかった”と言い、もう離さないと言わんばかりに熱烈な愛を送った。
見慣れぬ情景に、免疫の無い仲間達一同が若干退いていたのは、まだ記憶に新しい。

ちなみに龍麻は、それらの光景を、いつもと変わりない表情で眺めていた。



龍麻もあまりああいった場所や人々に馴染みはないが、あの店の人々が良い人達だというのは判る。
少々アクは強いが───あの周辺では致し方ないか───彼女等は本当に京一の事を好いている。


だから龍麻も、彼女達の事はとても気に入っているのだけれど、






「行きたいけど、今日はちょっと……母さんが荷物送ってくれたのが届くから」
「────そうか。じゃあ仕方ねェな」





ならそちらを優先すべきだと、京一は言った。





「そういや、この間の苺、美味かったな」
「うん。皆も喜んでたね。手紙に書いたら、母さん喜んでたよ」
「そりゃ良かったな」
「うん」








─────それからは他愛ない、いつも通りの帰路だった。
































龍麻と別れてから、京一の足は真っ直ぐに馴染みの店へと向けられた。
道中、好物の中華の匂いがしてちょっと寄るかとも思ったが、結局足の方向は変わらなかった。

自分でも珍しいこともあるもんだなと思う。



原色が明々光る華やかな繁華街を抜け、細い路地に入り、川沿いに出る。
少し辿れば行き着けのバーの看板が見え、どうやら今日は閑古鳥らしいと遠目に知った。

もともとそれ程客の多い店ではないけれど、常連というのは京一以外にも幾らでもいるのだ。
客の中には京一の顔見知りも多い。
が、今日はそれらの客の気配も無ければ、近頃溜まり場化にしている吾妻橋達の姿も見られない。
一時見掛けていた奇妙な外国人もいなくなって、店にとってはうら寂しい夕刻風景であった。




京一が前に此処に来たのは、四日前のこと。
頼むから今日は(今日“も”か。叶った事はなかったが)あの熱烈な歓迎は止めてくれ、と思いつつ、ドアノブに手をかける。







「うーっす」







ギィ、と錆て軋んだ音を立てて、扉は開かれる。

外観よりもこざっぱりと纏まった内装。
綺麗に整えられたカウンターの向こうにいたビッグママが、京一を認め、






「あぁ、京ちゃん。お帰りなさい」






随分長い付き合いになって、いつから“お帰りなさい”と言われるようになっただろうか。
その言葉に“ただいま”と返すのはまだ気後れして、返事は今日も「おう」だった。


店の中央に鎮座しているソファに座っていた人々も、京一を見つけて喜色満面になった。





「京ちゃん、お久しぶりィ!」
「だから四日ぶりだっつーの」
「寂しかったのよォ〜!」
「ちょっ、キャメロン兄さん! 離せって!!」




体躯の良いキャメロンに抱きつかれ、息苦しさに京一はもがく。
何より、馴染みの人達ではあるが、男───と口にすると怒るので、言わないが───に抱き締められる趣味はないのだ。
続け様サヨリにまで抱きつかれて、京一の悲鳴が店内に響く。





「いでででッ! 死ぬ死ぬ! マジで!!」
「アンタ達その辺にしときな。加減も知らないんだから」





助け舟を出したのは、ビッグママである。

はァい、とキャメロンとサヨリはあからさまに残念そうに京一を解放した。
胸板の暑苦しさと圧迫感から解放され、京一はホッとする。


付き合いは長いけれど、この熱烈な歓迎だけはいつまで経っても慣れない。
慣れたくない、という気持ちも本音、十分にある。



京一がソファに眼を移すと、傍観していたアンジがクスリと笑い、




「今日は泊まって行ってくれるのね?」
「ああ」
「じゃ、アタシと一緒に寝ましょうねェ、京ちゃん」
「……謹んで遠慮させて頂くぜ……」





ウィンク付きで投げかけられた台詞に、京一はげんなりとして辞退する。
戯れの言葉である事は互いに判っている、誰も怒りはしない。





「寂しくなったらいつでも言ってよ。アタシ達は京ちゃんなら大歓迎よン」
「……そりゃどうも……」





頼まねェと思うけどな、と呟くと、しっかりそれは聞こえたようで、つれないわァ、とサヨリが身体をくねらせた。

──────京一が来た日には、毎回始まる遣り取りだ。



一通りの戯れを終えた京一が、アンジの横に腰を下ろした。
横柄に幅を取って座る京一を咎める者は誰もいない。

今日の晩飯は何を食おうか───とぼんやり天井を煽った丁度その時、カウンター奥の従業員用の扉が開く音がした。
見慣れた面々は皆目の前に揃っているので、誰か新人でも来たのだろうか。
特に気になった訳でもなく、そう思っていると、ビッグママがそうそう、と声をかけた。





「京ちゃん、アナタにお客様よ」
「あ? 客?」




此処に来てまで、今更自分に客がいるのか。
吾妻橋なら一々ビッグママを介す必要はないから、他の誰かだろうか。

一定に定まらない“客”の予想を続けつつ、カウンターへと目を向ける。




──────と、其処にいたのは、












「お帰り、京ちゃん」











控えめな紅梅色の着物に、艶やかな緋色の八掛。
八掛の肩には花か何か(京一にはよく判らなかった)をあしらった模様が一つ。
少し褪せた色の髪に、少し気だるげな垂れ目。

腰には、刀。




拳武十二神将の一人にして、嘗て京一が一度完敗した相手、








──────八剣右近であった。











はっはっは。書いちゃった!

八剣→京一でーす。
京一が散々振り回される話になります。