俺の前では隠さなくてもいいんだよ

どんなに些細なワガママでも

















True feelings that were not able to be concealed


















八剣が京一の誕生日が近い事を知ったのは、当日から二日前の事。
京一が戻ってくるのを待って『女優』で一服していた合間に、アンジーとビッグママの会話で知った。

その時最初に思ったのは、教えてくれれば何かしら用意したのに、と言う事だ。
しかし二人の会話を聞いていると、当人は毎年忘れているらしく、当日に祝いの言葉をかけて貰ってようやく思い出す、と言うのが通例のようだった。
当人がその調子では、八剣が自分で聞きもしなければ、彼が教えてくれる訳も無い。


とは言え、知る事は出来た訳だし、ならば急ぎでも何か用意する事は出来る。




筈、だったのだが。




「意外とないものだねェ」




都会の道を歩きながら、八剣は誰に対してでもなく呟いた。



土曜日の昼間の街は、平日よりも活気に溢れ、人でごった返した状態になっている。
普段ならばそんな時分に歩き回る事は少ないのだが、今日はそう言う訳にもいかなかった。

愛しい恋人───と言うと照れ屋な彼は憤慨するのだが───の誕生日は、既に明日に迫っている。
だと言うのに、贈りたい、彼が喜ぶと思うような品物は中々見付からなかった。



最初に思い浮かんだのは食べ物の類だ。
あまり物に頓着しない彼ではあるが、食べ物ならばそう言った気質の人間にも分け隔てなく渡す事が出来る。
少し上等な和菓子屋でも行って見繕おうかと思い、一旦はその店まで足を運んだ程だ。

しかし、自分と同じ考えの人間とはいるもので、その店には彼のクラスメイトである美里葵が先に着いていた。
店先で目があった時、彼女は少し戸惑った様子で八剣に会釈した後、幾品か選んでプレゼント用に包んで貰っていた。


こうなってしまうと、この線はないな、と思い至るに時間はかからない。
洋菓子ならばどうかと思ったが、八剣は此方に関してはそう詳しくなかったし、これもまたクラスメイトの誰かと被るのは明白だった。

何をあげれば喜ぶのか判らない相手の場合、往々にして“渡しても困らない”“消費する事前提”に行き着くのは無理もない。
八剣もそう言った選択が限られた状態で、和菓子を贈ろうと考えたのだし。


ならば服などはどうだろうかと思ったが、これもこれで難しい。
和服にする場合、懇意にしている反物屋はあるのだが、和服は袖丈の長さなどをきっちり測らなければならない。
一朝一夕で用意できるものもあるが、それでは折角のプレゼントにしては安過ぎるような気がしたのだ。
どうせなら彼に似合う柄で、彼の背丈で綺麗に映えるものが良い────と思ったら、この線もなしになった。

彼も今時の若者であるのだし、和服よりも洋服の方が良いだろうと考え方をシフトさせるが、これも難があった。
渋谷や新宿を歩き回るような若い青少年たちの服装は、八剣にはよく判らない(悪いとも思わないけれども)。
彼らと同年である壬生はお洒落と言うものはからきしだから、聞いても良いアドバイスは貰えないだろう。

何より、彼はいつでも学ラン姿で、それを気にした事がない。
寧ろ毎日の格好を気にしなくて良いと開き直っているようだし、服を渡しても喜ばれるかは微妙な所だ。




「さて、後は……」




カップやグラス等も悪くは無いが、下手に上等なものを渡したら逆に敬遠されそうだ。
かと言って、子供が使うようなプラスチックの食器なんて、もっとないだろうし。




「ラーメンを奢るって言うのもなくはないけど……」




それも恐らく、クラスメイト達が先手になるだろう。
学校帰りの寄り道でラーメン屋に寄るのは定例になっているらしい。

第一、それはいつもの事だったりするし。


普通なら、欲しがっている漫画や本だとか、好きなアーティストのCDだとかあるのだろう。
しかし京一は八剣の前でそう言った素振りを見せた事はない。
八剣の部屋に、舎弟の吾妻橋に譲られたとか、賭けで勝ったとかで漫画やCDを持ち込んでくる事はあるけれど、それも特別気になるものがある訳ではないようだ。

グラビアアイドルの写真集を眺めている事もある辺りは、健全な男子高校生だ。
しかし、それも系統が決まっている訳ではないし、やはりそれらも吾妻橋からの貰い物だと言う。
自分で集めるほどに好きな女の子がいる、とは言えないだろう。

多分、無趣味と言えば無趣味なのだ。
深くまでハマり込むものがない、そんな感じ。



本当にどうするかな、と腕を組んで辺りを見回す。
何か彼の気を引きそうな、且つ気に入りそうなものはないだろうかと。




「ねー、感動したねー」
「そうかァ?」




不意に聞こえた会話に振り返れば、腕を組んだ男女がいる。
二人は映画館から出てきた所だった。

映画館はこぢんまりとしたもので、古びた建物に、貼られたポスターはどれも色褪せたものばかり。
昭和の時代から其処だけが取り残されてしまったようだった。




「トレンディ映画なんて今時流行んねェよ」
「えー、なんでよォ。いいじゃん、ちょっと昔風な恋愛ってさ」
「結婚するまで処女貫きますとか、無理じゃん。どうせどっかでヤってるよ」
「なんでそんなトコしか見ないかなァ。もっとあるじゃん、他に……」




どうやら映画批評でデートをしているようだが、意見は完全に食い違っているらしい。


男女が映画館を離れてから、八剣は少し歩を戻して、その建物に入ってみる。

外に比べて中は綺麗なもので、恐らくリニューアルも何度かしているのだろうと思われた。
しかしモダンな風を保っているので、素材こそ新しいものの、昭和の雰囲気は残されている。




(映画、ねェ)




それこそ、あの少年には無縁のものではないだろうか。
最新映画と、昭和にヒットしたであろう今は懐かしい風のポスターが並んでいるのを見上げながら、考える。


侍や剣客を主人公にした時代劇ポスターが目に付いた。
剣に興味があるなら、少々惹かれるようなものかも知れない。

が、これは彼に対しては逆に駄目だろう。
彼は剣の世界を知り過ぎているから、憧れやアクションとして見る事は、恐らく出来ない。
切り離して考える事が無理とは言わないが、どうしてもシビアな“剣士”としての目は外せない。


その隣にあったのは、80年代に作成された古いトレンディ映画だった。
先程の男女が見たのは、恐らくこれだろう。




(有り得ないぐらいのものの方が良いかな?)




今の時代では古い、流行らないとは言うけれど、だからこその良さもあると言うもの。
退屈で寝てしまう可能性も高かったが、チケット代を自分が奢れば、休息時間を得たとする事も出来る。

少々強引に自分を納得させていることは自覚している。
しかし、これならばクラスメイト達と被る事もないだろう。




ただ、普通に連れて来ても嫌がるのは明白なので────────




























「有り得ねェ」




切られた半券を持って、京一が呟いた。
いつもよりも、眉間の皺を三割増しにして。

その隣で八剣は、苦笑しつつも、満足していた。




「行きてェ所があるとか言うから? 仕方なく付き合ってやったら映画館で? 見たいってんなら一人で見りゃいいものを? オレと一緒に見たい?バカじゃねェの、お前。ご丁寧にチケット二人分先取りしてあるし」




疑問符を連続させて言い募る京一に、八剣は笑う。




「奢るってェのはいいんだよ。どうせ金ねェし。誕生日だし。つか、誰に聞いた?オレの誕生日だって」
「『女優』の人達の会話からね」
「盗み聞きかよ。趣味悪ィ」
「聞こえただけさ」
「同じだろ」




ひらひらと半券を揺らして、京一の機嫌は悪化の一途を辿っている。

誕生日なら相手が喜ぶものを考えるのが普通だろ、と京一が呟く。
それは確かにそうなのだが、だからこそ八剣は考えた末に迷路に行き着いてしまった。
京一の仲間と被る事を気にしなければ、和菓子を渡して平穏に終えたのだろうけれど。


映画が始まるまで、あと十分はある。
八剣が適当に飲み物と摘めるものを用意している間に、京一は先に八剣が買ったパンフレットを開いていた。




「面白そう?」
「別に」




パラパラと眺めて、京一は興味を失ったようにパンフレットを閉じる。




「やっぱり、ああいうものの方がまだ好きだったかな」
「ああいう…って────ああ、アレか」




八剣が指差したのは、今回のトレンディ映画にするか迷った、剣客時代劇。

京一は暫く考えた後で、それもなァと呟いた。




「嫌いじゃねェけど、あんま面白くもなさそうだな」
「大立ち回りもあったようだけど?」
「つったって斬れてる訳じゃねェし。同じ人間が五、六回斬られたフリしてるだけだし」




100人斬りのシーンと言ったって、本当に100人のエキストラが用意出来るのは稀な事だ。
アクション映画なのだからそういうものだし、それでも古い映画なのだから、CG等を使っていない分リアルな筈。

それでも、京一の目は“剣士”として見てしまうのだろう。
やはりこれも無かったな、と八剣は一人ごちる。




「じゃあ、何か気になるものはある?この映画が終わったらそっちを見ようか」
「奢りか?」
「勿論」




だったら、と京一はロビー内を見回して、貼られているポスターを眺めてみる。



ポスターが貼られている映画は、“公開予定”と言うタペストリーがかけられているもの以外は、上映真っ最中らしい。
最新映画よりも古い映画の方が数が多く、それは恐らく、この映画館の館長の趣向なのだろう。
若者が好むものよりも、年配層が好みそうな作品が多い。

トレンディドラマと時代劇を中心に、動物を主人公にした海外の吹き替え映画や、アニメーションもある。
小さな映画館なのに随分と色々と放映しているのだなと思っていると、どうやら、一つのスクリーンで三作品程がローテーションされているようだった。
それを地上一階に大きなシアター(これは専ら最新作に使っている)、地下二階に渡って二部屋ずつが設けられ、合計15作品が上映される仕様になっているのだ。


駅前やアミューズメントパークのような臨場感には欠けるかも知れないが、落ち着いて見る分には十分だろう。
日曜日の昼間だと言うのに、客の姿も疎らで、孫をつれた老人の姿がちらほらと見られる程度だ。



京一は一通りポスターを見渡した後、




「別にねェや」
「そう?アニメとかは?」
「ガキ臭ェの興味ねェ」




ポップコーンを一掴み口の中に放り込んで、京一はきっぱりと言い切った。




「暇になったら寝るからな」
「ああ」




京一の手から受け取ったパンフレットを開きながら、やっぱりこれも失敗かなァと思う。



意外性と言う点では成功しただろうが、当人が気に入ったか否かで言えば、現状では間違いなく“否”だ。
特に見たいものはないと京一は言ったけれど、最新映画であったら、もう少し楽しそうにしたかも知れない。

……いや、そもそも自分と一緒だと言う時点で既にマイナス評価はつきものなのだ。
八剣にとってはとても悲しい事であるのだが、京一はそういう考え方をするだろう。
一緒にいるのが緋勇龍麻などのような、真神学園のクラスメイトであれば、違ったのだろうけれど。


結局八剣にとっては、何事もマイナス評価からの出発になるのだ。
ある種、昇り一本調子か現状維持が精々なので気が楽なのだが、期待されないのも虚しい。




(こういう事をするのが京ちゃんが初めてだって言っても、信じてくれないだろうしねェ)




誰かの為に。
そういう事は、今まで殆どして来た事がなかった。


拳武館のメンバーとは、少なからず仲間意識があるのだが、それでも基本は個人主義だ。
壬生紅葉などは干渉される事そのものを好まないし、八剣としても、彼ほどではなくとも同様だ。
必要がなければ近付かない、それが暗黙の了解だ。

八剣にとってそれは誰に対しても同様で、気にならない者がどんな状態で道端に転がっていようと、気にせずに通り過ぎる。
極端なまでにドライなのだ、八剣は。


それが、ターゲットとして初めて相対した時から、八剣の京一への執着は始まった。
二度目、青空の下で向き合った時の精悍とした顔にも魅せられた。

事が全て終わって繋がりを続けて行く内に、京一は色々な顔を見せるようになった。
思いの他子供らしい表情をしたり、人に気付かれないように無茶ばかりを繰り返していたり。
それを知った時、八剣は彼に“何かしたい”と思うようになった。



こんな事は初めてだ。



初めて─────なのだけれど、京一はまるでそうと思ってくれない。

軟派野郎、と言う事もあるし、それは本心からの言葉なのだと思う。
誰にでもこうやって世話を焼くのだろう、と。




(だからって男と一緒に映画館に行こうとは思わないよ。京ちゃんでもない限り)




それを音に出して伝えたい。
伝えたいけど、返事は多分「ヘイヘイ」と言うおざなりなものだろう。

それでも付き合ってくれるから、やはり気を許してくれているのは間違いないのだろうけれど。




「これ、展開予想つくな」
「そう?」
「ありきたりっつー感じ」
「この時代は新しかったんだろうね」
「この頃はな」




冷静な言葉ばかりが帰って来る。
今から既に面倒臭い気分なのだろう。

とは言え、隣にいる京一の眉間の皺は、先程に比べて随分と薄らいでいる。
それに、見たら以外と夢中になるかも知れない。
見た後で改めて感想を聞くとしよう。


のんびりとした時間がロビーに流れる。




「ああ、ほら、この子京ちゃんに似てない?」
「似るかよ。ってーか女と比べんな。お前絶対コレだろ、軟派野郎。お前がまんまやっても違和感ねェぞ、絶対」




面白がって笑う京一に、八剣は眉尻を下げる。
まぁ、笑った顔が見れたからいいか、と。