変わって行くものがあるから

変わって行く姿を見れるのが、嬉しくて


















Lively change




















「おい、今日って何日だ?」




唐突に聞いてきた京一に、もう誰も驚かない。
何故なら、もう一週間もこの遣り取りが行われているからだ。

小蒔が携帯電話を取り出して液晶のライトをつける。




「24日だよ」
「……そーか」




確認だけすると、京一はくるりと踵を返して、教室を出て行く。
いつも通り、授業をサボるつもりなのだろう。
葵も最近は慣れてしまって、注意する事もめっきり少なくなった。


京一がいなくなって、残ったのは他の鬼退治部のメンバーと、隣クラスである筈の遠野。
遠野はすっかりこのメンバーに馴染んでしまって、このクラスの教室にいるのも当たり前になってしまった。

高校三年生になって、もう直、一年が経つ。
夏頃から六人揃うのが当たり前になってきたので、高校生としては密度の濃い交友関係になっている。
ともなれば、誰かが常と違う行動をすれば、判るもので。




「……何を確認してるんだろ、アイツ」
「……さぁ……」




携帯電話をスカートのポケットに仕舞いながら呟いた小蒔に、遠野が首を傾げる。

メンバーの中で、京一と一番付き合いが長いのは醍醐だ。
何か心当たりはないかと、自然と一同の視線が集まるが、




「いや、俺も知らないな……」
「そっかぁ。緋勇君は」
「僕も知らないよ」




相棒、親友と言う間柄と言っても間違いではない龍麻だが、此方も何も判らない。
ただ、何処かそわそわしているような────少しいつもと様子が違う事だけは確かなのだが。




「何か悩みでもあるのかしら……」
「悩みって風でもないと思うなあ」




心配そうに眉尻を下げる葵に、小蒔が肩を竦める。
そうかしら、と周囲を見回す葵に対して、龍麻、醍醐、遠野も頷く。



そもそも、京一は悩み事の類を仲間達に打ち明けることはない。
勉強に関してだけは別だが、それ以外の私事的な事を仲間達の前で露見させる事は絶対にしなかった。

何事かあった時でさえ、彼は仲間の前では何事もなかったように振舞ってみせる。
それを見破る事が出来るのは龍麻か、付き合いの長い醍醐のどちらかだけだ。
若しかして、自分を取り繕えない程の悩みなのか……とも思ったが、それもなさそうだった。


此処数日の京一は、落ち込んでいる様子もなければ、不機嫌な表情もしない。
日付の確認をする時も同様で、それどころか、確認した後に何かを誤魔化すように頭を掻いている。

何か指折り数えるようなイベントでもあるのだろうか。




「アン子、何か知らない?」




イベント事や噂なら、耳が早いのは遠野だ。
他校の生徒のプロフィールを暗記している程だから、同じ学校の生徒の事なら、より詳しい筈。

しかし、遠野は腕を組んで唸り、悩むばかり。




「これってのがないのよねー。京一があんなになるような事って」
「大会なんかは、ボクらはもう引退したから関係ないし。まぁ、京一の場合、最初からそういうのも気にしないだろうけど」
「勉強じゃないかしら。ほら、受験の出願届けの期限、もう直ぐでしょう?」
「ないない、それこそないって」




真面目な発想の葵に、小蒔が苦笑しながら手を左右に振る。

大学受験は確かに葵や小蒔にとっては悩みの種だけれど、京一は全く意に介していない。
寧ろ受験をする気があるのかすら怪しい。
マリアから進路相談で度々呼び出されているようだが、それすら応じているのかどうか。
犬神からの補習は未だに逃げ回っているようだし。




「日付確認するという事は、近い内に何かあると言うことだな」
「でもそれがいつなのかも判んないよね」
「……今日じゃないかな?」




小蒔と遠野の溜息に被って、零した龍麻の言葉。
葵が龍麻を見る。




「何か心当たりがあるの?」
「えっと……それは、ないけど…」




口篭りつつ、龍麻は続ける。


強いて言うなら、京一の空気の僅かな変化だった。
昨日までは日付を確認した後、特に何も違いは見られなかったのだが、今日は少し違った。
一拍置いてから「そうか」と言った時、僅かに雰囲気が和らいだように見えたのだ。

表情はいつものように顰め面ではあったが、例えるなら─────『女優』にいる時のような。
照れ臭いけれど安心しているような、そんな雰囲気。



言われて見ればそうだったような気もして、四人は先刻の京一の様子を思い出す。




「雰囲気かぁ……ボクはよく判らなかったけど、緋勇君が言うならそうかも」
「…なんとなく思っただけだから、あんまり当てにされても…」




困ったように笑う龍麻だが、小蒔達は気にしない。

こと、京一に関しては、不思議と龍麻の勘はよく当たる。
龍麻に何かあった時、京一の勘が当たるように。




「何か嬉しい事でもあるのかも知れないな。日付を確認するという事は、毎年恒例になっているような事が」
「年に一回、毎年恒例。一月だし、クリスマスみたいなものはないから、ホントに個人的な事なんだろうね」




嬉しいとか楽しいとか、京一はそういう感情を滅多に表に出さない。
面白がっている時は別だが、それも大抵は人を揶揄って遊んでいる時や、食欲絡みのこと。
自分一人の事は、悩みや不安と同じで、あまり他者に見せることはしなかった。

とことん秘密主義なのだ、彼は。


──────こうなると、疼いて来るのが遠野のジャーナリスト精神だった。




「う〜ん、気になるッ。あたし、ちょっと探ってくる!」
「アン子ちゃん、もう直ぐ授業が、」
「行って来まーす!」




葵の止める声も聞かず、遠野は教室を飛び出していく。
こうなると追い駆けた所で無駄だ、言っても聞かないだろう。


クラスメイトのみが残された所で、休憩時間終了のチャイムが鳴る。




「…じゃ、京一の事はアン子に任せよっか」
「そうですね」




歴史の教師が入ってきた所で、一旦この話は解散となった。



























歴史の授業が終わった所で、京一が戻ってきた。
げっそりとしているのが誰の目にも明らかだ。

疲れた表情で席に着いた京一に、続いて戻ってきた遠野が駆け寄る。




「もう、教えてってば!」
「あーもーしつけェ……」




会話をシャットアウトするように、京一は机に突っ伏して耳を塞ぐ。
遠野はそんな京一の肩を揺すって、教えて教えてと繰り返す。

ひょっとして授業の間中、この調子だったのだろうか。




「……アン子、幾らなんでも直接聞き出すのは無理なんじゃない?」
「だって判らなかったんだもん!」




宥めようとする小蒔に、遠野が悔しそうに歯噛みして叫ぶ。




「剣道部の後輩とか、副主将とか、マリア先生とか犬神先生とか、舎弟とかコニーさんとか岩山先生とか、あと歌舞伎町の知り合いっぽいのも当たったけどダメだったの!」
「………っつーかなんでオレの関係者をお前が全部知ってんだよ!?」




机を叩いて怒鳴る京一だが、怯む人間は此処にはいない。
僅かに他の生徒の視線が此方に向いただけだが、この面子が揃うのは他の生徒にとっても当たり前の事だった。
だから必然的に起きる言い合いは、彼らにとっても見慣れた風景なのである。




「ついでに言うと、さっきの授業の間にそれ全部聞いて回ったの?」
「ガッコの生徒にはメールして、マリア先生と犬神先生は授業がなかったら職員室にいたの。舎弟周りは吾妻橋に頼んで、歌舞伎町の方はコニーさんから電話取って貰って、改めて電話して確認」
「……マリア先生と犬神先生に怒られなかった?」
「マリア先生には注意されたけど、犬神先生はなんにも」
「ダメ教師ばっかだな」
「……半分は京一の所為だと思う」




生徒のサボタージュを当たり前に受け容れる事が多い、真神学園の教員達。
その最たる原因は、龍麻の言う通り、間違いなく京一だろう。
何を言っても無駄、無理やりにでも教室に連れ戻そうとすれば実力行使で逃げるのだから、手の施しようがない。
荒事を学校に持って来る事もあるので、この三年間で『触らぬ神に祟りなし』が定着したのだ。

遠野は遠野で、スクープの匂いを嗅ぎつければ、授業中だろうが何だろうが飛んでいく。
その際の彼女の執念と暴走振りは、最早全校生徒が知っているレベルだ。
こちらもやはり言うだけ無駄と言う認識で、ただし京一よりは幾分か素直で気が済めば教室に戻るので、最低限の注意をされるようになった。



机に頬杖をついて、京一は遠野を睨む。




「別になんでもいいだろうが。オレが何してようが、関係ねェだろ」
「だって知りたいんだもん」




あまりにも堂々と言う遠野に、京一は溜息を吐いた。




「お前なァ、世の中知らなくていい事ってあるんだぜ。蚊帳ン中に手ぇ突っ込んで、蛇に噛まれるとかよ」
「蚊帳じゃなくて藪だね」




冷静に諭してやろうとして、失敗した。
京一は判り易く顔を顰めるが、これは誰も庇いようがない。


だが、京一が言いたいことも判らないではなかった。
普段からスクープを求めて色々な所に足を運ぶ遠野だが、それが切欠で危ない目を見た事も一度や二度ではないのだ。
鬼の猟奇事件に巻き込まれた事だってある。

遠野が不穏な事件の情報を集めてくれるのは助かるが、情報を追うのも危険を伴うものだ。
彼女には《力》もなく、ごく普通の人間なので、葵などは心配せずにはいられない。




「そうね…プライバシーもあるし、アン子ちゃん、今回はもう…」
「う〜……」
「って訳だ。諦めろ、アン子」




上手く味方をつけた京一に、遠野は悔しそうにギリギリと歯を噛む。
其処で京一には都合よく、遠野に取っては最悪ノタイミングで、休憩時間終了のチャイムが鳴る。




「絶対スクープゲットするんだからねッ」
「だからスクープでもなんでもねーっつってんだろ!」




捨て台詞のように叫んで教室を出て行く遠野。


成る程、だから教室に戻ってきたのかと仲間達は理解する。

京一も遠野も、授業をサボる事に抵抗はない。
だから京一が幾ら遠野から逃げ回っても、彼女は追い駆けるだろう。
だが教室に戻って授業になれば、遠野も自分の教室に戻らなければならない。




「不思議だったんだ」
「何が」
「京一が授業に戻ってきたの」
「どうせあと一時間だしな……」
「でも次の授業、生物だよ」




龍麻の言葉に、京一は露骨顔を顰め──────教室のドアが開いたと同時に、窓からグラウンドへ飛び降りた。