──────真っ直ぐに伸びた、その背中。

其処にあるのは、きっと、導と呼べるもの。
















Yearning 前編


















暑い。
夏なのだから仕方がない。


正直、こんなにも蒸し暑い最中に、剣道の面だの胴当てだの、着たくはない。

けれども、来週にも迫った全国大会の事を考えると、幾ら万年幽霊部員を黙認されている状態とは言え、主将の立場である者がサボタージュしてはいられない。
本音を言えば「そんなモン知った事か」と言う所なのだが、怒らせると面倒な副主将プラスなんだかんだで慕ってくれるカワイイ後輩に頭を下げられるのを断るのは、人間としてどうなのだと言う意識がどうしても働いてしまうものであった。



面の内側は酷く蒸して暑く、呼吸がし辛い。
それを出来るだけ呼吸を細くし、丹田に氣を溜める事で誤魔化し、正眼に竹刀を構えた。

前方に立っているのは二年生で、京一よりも背が高く、このまま伸びれば醍醐に追いつくと言う巨漢。
しかし、その切っ先は小さく震えており、体躯の大きさに反して怯えているのが誰の目にも明らかだった。
それを京一が見落とす筈もなければ、見逃してやるような仏心もなく。


す、と摺り足で前に出た京一に、二年生の纏う空気が緊張し、固まった。
京一は強く一歩を踏み込んで距離を詰め、




「──────面ッ!!!」




正面から振り上げた竹刀を相手の面当てへと落とした。

パァン、と竹が弾ける音が鳴り、武道館の壁に反響し、消えていく。
その有様を部員達が呆然とした面持ちで見詰めていた。


やがて音が完全に消えると、僅かな静寂の間を置いた後、ぱちぱちと手を叩く音が生まれた。




「凄いね、京一」




何処かのんびりとした声と口調に、京一は面の内側で詰めていた息を吐く。

京一は無造作に面を固定する為の紐を解き、面を脱ぎ、新鮮な空気を肺へと取り込んだ。
面を取った所で、武道館全体も───一通り窓や扉は開けてはいるが───やはり蒸し暑い。
しかし、面を被った時に比べれば空気の循環が肌に感じられる。


面を脇に抱えて振り返れば、武道館の戸口の所に、いつもの笑みを浮かべた相棒が立っている。
ぱち、ぱち、と言うのは、彼の手元から生まれている。




「……何してんだ、お前」
「何って、見学?」
「オレが聞いてんだ」




質問を質問で返すなと言えば、ふふ、と龍麻は首を傾げて笑うだけ。
そんな親友に胡乱な目を向けた京一だったが、それで応えるような相手でもない。

京一は頭に巻いていたタオルを解き、額に滲んだ汗を拭きながら、此方をぽかんと見ている周囲を見回した。




「お前ら、ボケっとしてんな。一年は後で扱いてやるから、柔軟でもやってろ。二年は勝手にしてろ。三年もな」
「はい!」
「はいッ!」




おざなりと言えばおざなりな、それでもてきぱきとした主将の指示に、後輩達は直ぐに従う。
特に一年、二年は張り切っているようにも見えた。
三年生も、他に比べればのんびりとしたものであったが、立会いなり雑談なりと好きに過ごし始める。


京一は面と竹刀を壁際の床に置いて、手早く小手も解き取る。
胴当ても取るかと考えたが、どうせ後でまた着けるのだから、二度手間になるだけだと思い、結局そのまま。
重みのある胴当ては鬱陶しくて邪魔だったが、身に着けなければならないと決まっているから、仕方がない。

それでも幾らか身軽になって、京一は戸口に立っている龍麻の下へと向かう。
開け放たれた扉の向こうでは、放課後の────それでもまだ青い空が見え、蝉の煩い羽音が響いている。



戸口傍に来ただけで、武道館の中央にいるよりも随分と涼しい気がする。
空気の循環口が直ぐ傍にあるだけで、こうも違うものなのか。




「お疲れ様、京一」
「ああ。で、お前は何してんだ、こんな時間に」




龍麻が就業時間を終えても学校に残っている、それ自体は然程珍しい事ではない。
京一やクラスメイトの誰かと一緒に雑談していたり、マリアに言われて補習をしていたり。

しかし、今日はそのどちらも当て嵌まらなかった筈だ。
よくつるむ京一はこうして大会前の部活に勤しみ、醍醐や葵、小蒔もそれぞれ部活や生徒会に励んでいる。
遠野は相変わらずスクープを求め、授業が終わるなり、何処かに飛び出して行ったらしい。

こうして何かと構いつける相手がいない龍麻には、放課後の遅い時間まで学校で過ごす理由はない筈だ。


龍麻は京一の言葉に、困ったように眉尻を下げる。
それに対して、京一が眉根を寄せたのは、半分条件反射のようなものだった。




「ちょっと、捕まっちゃってた」
「誰に? マリアちゃんか?」
「ううん。運動部の人。陸上部とか、野球部とか、バスケ部とか」




龍麻の返事に、成る程、と京一は納得した。



先月、真神学園では全校生徒参加のレクリエーションとして、球技大会が行われた。
男子の競技は野球、バレーボール、バスケットボールの三種類で、その内一つでも好きなものに参加すれば良い。
複数の競技へのエントリーも許されていたので、京一は全種に参加し、ついでに龍麻も引っ張って回った。

実はこの球技大会で優勝を勝ち取ると、賞品として各競技の優勝チームメンバー全員にアイスクリームが配られる。
近所のコンビニで売っているような安いアイスクリームなのだが、こうなると俄然とやる気を出すのが学生ノリと言うものだ。
京一が全種に参加したのも、決してこうした事にテンションが上がるタイプではない龍麻を引っ張り回したのも、それが理由だった。


そうして参加した球技大会で、龍麻は京一と並んで抜群の運動神経を発揮した。

龍麻と京一の運動神経が並外れである事は、真神学園名物とも言える、京一へのお礼参りを知っていれば自ずと察せられる事だった。
グラウンドで大立ち回りしている事も珍しくないので、ほぼ全校生徒が知っていると思っても良い。

しかし、“スポーツ”の中でそれを発揮する場面を見られる人間は、同じクラスの生徒が精々だろう。
そんな訳で、改めて龍麻の身体能力を見た運動部が、これは良い人材だと目をつけたのだ。
京一は校内有数の不良だから声をかけるのに度胸がいるし、そもそも彼は既に剣道部に在籍している(万年幽霊部員でも!)。
比べて龍麻は柔らかい印象で、帰宅部であるし、押せばなんとかなるかも────と思われているのである。


しかし龍麻は“鬼退治部”である。
深夜に人知れず行われる“部活”であるので、そうと口にする事は出来ないが、龍麻はあくまでその“部”以外に入るつもりはないらしい。

だが、運動部の方もそう易々とは諦められない。



─────こうした経緯から、最近の真神学園の放課後は、龍麻と運動部の追いかけっこが繰り広げられている。




「人気者だな。いいことじゃねェか」
「うん」




半分は揶揄いで言った言葉だったのだが、龍麻はそうは受け取らなかったらしい。
にこにこと笑って頷く龍麻に、京一は少々肩透かしを食らった気分だった。



武道館の壁にかけられた時計は、既に六時を過ぎている。
夏の特徴で日が長い為、春先や冬に比べれば“遅い”時間だとは思わないが、終業時間からは既に十分な時間が経っている。

龍麻が本気を出せば、運動部の生徒とは言え、一般人を振り切る位は訳ないだろう。
身体能力が優れているとは言え、それが建物一つを軽く越えられるジャンプも可能だとは、誰も思うまい。
人に見られた所で、適当にトボければ幻だと片付けられてしまうだろうし。

それなのに、龍麻は皆が諦めるまで校内を逃げ回っている。
屋上や校舎の裏、中庭の木の上、時には体育館の屋根の上などで休憩を取りながら。


京一に言わせれば、実に付き合いの良い事であった。



京一は、汗疹でも出来たか、痒みのある首の後ろに爪を立てて掻く。
それを見詰める龍麻は、やけに嬉しそうに見えた。

いつまでも爪を立てている訳に行かないと、首にかけたタオルを動かして誤魔化しながら、京一は龍麻に問う。




「で、追いかけっこは気が済んだのか」
「うん。諦めてくれたみたいで、皆帰ってた」




だから龍麻は、こうして此処に来たのだろうが────その理由がまた、京一には判らない。




「じゃ、お前も帰れよ」
「うん、京一が終わったら」
「……あ?」




これで会話は終了と思っていたら、思わぬ言葉に、京一は顔を上げる。
そうしている間に、龍麻は「お邪魔します」の一言を沿えて、靴を脱いでいた。




「いやいやいや。おいコラ、ちょっと待て」
「駄目?」
「ダメ? じゃなくてだな。ちょっと待て。何してんだ」
「部活終わるの、待とうと思って」
「誰の」
「京一の」




ポンポンと続く応酬の最後に、京一はぱちりと瞬き一つ。
赤みのある瞳に見詰められた龍麻は、にっこりと正しく良い笑顔。

……その笑顔が京一に対してのみ使われる、謎の力を秘めた笑顔であるとは、京一しか知らないだろう。


京一はじろりと龍麻を睨んだが、勿論、龍麻がそれで引き下がる訳もない。
靴を靴箱の隅に入れると、戸口から一番近い所に腰を下ろして、胡坐になる。

と、俄かにざわついた空気を感じ取って、京一は向き直る。




「オラ、ボケッとすんな! 一年、並べ!」
「は、はい!」
「準備の出来た奴からかかって来い。防具はちゃんとつけろよ。吹っ飛んでケガしても知らねェぞ」




京一の怒声に近い指示に、一年生が姿勢を正して返事をする。
それからばたばたと防具を身に着け始めた。

京一も床に置いていた防具を広い、籠手をもう一度装着する。
固定する為の紐を手繰りながら、龍麻は戸口傍にいる龍麻を見て、




「いてもいいけどな。邪魔すんなよ」
「うん。しないよ」




返事を聞いてから、確かに、邪魔などするような人間ではないだろうと思う。
これが遠野であればカメラを構えているだろうから、気にする人間は気にしてしまうが、龍麻はそうした事はない。
本当にただいるだけだ。

とは言え、部外者を何も言わずに許容する事は出来ないので、ポーズだけでも一言言って置かなければ。
取り合えずその役目は果たしたので、京一は頭を切り替える事にした。



























一人。
二人。
三人。


面を打ち、籠手をを打ち、胴を打ち。
正面から挑んでくる者には不意を、不意をついてくる者には更にフェイントをかけて。

真っ直ぐに伸びた背中を眺めながら、凄いな、と龍麻はお持つ。


休憩なしで次を催促する京一に、最初は腰が退けていた後輩達も、闘争心に火がついたのだろうか。
滅多に顔を出すことすらしない、真神学園当代最強と言える主将の教授とあって、次々に前へ出て行く。
その都度、生まれた隙を逃さず突いて来る京一に、後輩達はものの数秒で討ち取られて行った。




「踏み込め! ビビるな!」
「はい!」

「振りが大きい! 腹がガラ空きだ!」
「はいッ!」

「足! 遅いッ!」
「はい…!」

「声出せェ!!」
「はいぃッ!!」




京一が立会いをしているのは、今年の春に入部した一年生全員だった。
其処に経験者、未経験者は問われず、とにかく全員で一通りかかって来いと言った。
中には生まれて初めて面や胴当てなど、防具を身に着けた者もいるが、京一はそれも問わなかった。

経験者は、京一の獅子を思わせる気迫に圧されながらも、声をあげて打ちかかっていくが、皆悉く討たれて行く。

経験のない者、初心者はとにかく竹刀を構えて突進しろと言われている。
ついさっきまで素振りしかやった事がなかったのに────と戸惑っている者の姿は少なくない。
しかし京一はそれにも構わず、いいから来い、と短く焚き付けた。



次、と吼える京一に、小柄な生徒が一歩前に出た。
頭の天辺から足の爪先まで、緊張しているのが周囲にも伝わる。

それを見た京一は、一つ息を吐いて、竹刀を下ろした。




「何してんだ、お前ェは」
「は、い……」
「はいじゃねェ。何してんだって訊いてんだ」




京一の声に苛立ちが混じり、一年生が益々緊張していく。
テンポ良く続いていた打ち合いの音が止まった事に気付き、それぞれ打ち合っていた二年生、三年生も動きを止める。
静寂の落ちた武道館には、既に指導を終えた一年生の早い呼吸音だけが繰り返された。

武道館全体を包む強張った空気は、何も、一年生の緊張の所為だけではない。
龍麻は、京一が面の向こう側で顔を顰めているのが判った。
剣道部員達も同様に、京一の纏う物騒な気配に気付いている。


京一が面を脱げば、案の定、整った眉がくっきりと寄せられ、切れ長の眦には剣呑な色が宿っている。




「面取れ」
「…は、はい」




一年生は慌てて面の紐を解き、面を脱ごうとする。
しかし焦ってしまって何か引っ掛かったのか、まごまごと手間取っている。
見兼ねた友人が手を貸して、ようやく一年生は面を脱ぐ事が出来た。

露になった顔は、小柄な体格に相俟って、まだ幼い。
女のようだと言われても、正直、否定は出来そうになかった。


京一は少しの間睨むように見詰めた後、ピクリと肩眉を動かし、




「背」
「……え、」
「伸ばせ。曲がってんじゃねえか」
「あ、は、はいッ」




面を脱ぐ時同様、また慌てて背筋を伸ばした一年生だったが、その姿勢がどう考えても無理をしていると判る。
遠めに見ている龍麻で判る程だから、立会いの始まる距離にいる京一には、酷いと言えるものではないだろうか。


一年生は完全に萎縮していた。
いつ跳んでくるかも判らない拳に怯えているようにさえ見える。

────それが京一の苛立ちに繋がっていると、龍麻にはよく判ってしまった。





「…お前、何しに此処に来た」




酷く冷たい色を灯した双眸に睨まれ、一年生が俯いた。
また背中が曲がり、京一が舌打ちする。




「お前、構えろ」
「え……でも…」
「構えろ!!」




命令にも思える怒号に、それを向けられた者以外の人間も息を詰めた。

龍麻が武道館内を見渡すと、一年生を筆頭に、二年生も固い表情になっている。
三年生だけは落ち着いたものであったが、後輩達の表情を見回し、それぞれ頭を抱えていた。



一年生は竹刀を構えようとして、片手が面を抱えて塞がっている事を思い出す。
どうして良いのか判らずに佇む後輩に、京一は無言で床を指差した。
置け、と言う指示をどうにか読み取って、一年生は面を床に置き、竹刀を構えた。

構えは頼りないもので、正眼に構えているのだろうに、その切っ先は京一の顔の高さにすら届いていない。
眼は辛うじて京一へと向けられていたが、其処に宿る色は、まるで蛇に睨まれた蛙であった。


京一の下げられていた竹刀が浮いて、一瞬、向き合った一年生の肩がビクリと跳ねた。
しかし京一の剣は後輩へとは向けられず、いつも木刀を担いでいるように、肩へと乗せられる。




「なってねェな。竹刀をちゃんと握れ。落とすぞ」
「…………」
「返事!!」
「は、はいッ…!」




言われた通りにするのが精一杯の一年生に、京一は怒鳴りつけた。
また一年生の肩が跳ねて、引っ繰り返った声で返事が返る。

萎縮どころか、完全に恐怖に陥っているその姿を見兼ねてか、一年生の一人がおずおずと割り込んだ。




「あ、あの……」
「なんだ」
「そいつ、あの…剣道始めたの、此処に来てからで…」
「関係ねェ。そんな奴は、こいつだけじゃねェんだよ」




じろりと睨まれた一年生は、なけなしの勇気もあっと言う間に折られ、俯いてしまった。




「此処に来てから始めた。それはそれだ。で、入部してからもう二月以上経ってる。確かにオレは殆ど顔出してねェが、他の奴らはいるだろう。二年でも三年でも、誰からでもいい。指導は受けただろうが」
「はい……」
「剣を握るくらい、素振りしてんなら出来るだろ。それも出来てねえってのは、どういう事だ? 何しに此処に来てる?」
「………」




詰問する京一に、一年生は何も応えられずにいる。
竹刀の切っ先が落ちて行き、柄を握る手は振るえ、表情は泣き出す一歩手前だった。
唇を引き結んで嗚咽を殺しているが、丸い瞳には溢れそうな程に大粒の雫が浮いている。


京一は長い溜息を一つ吐いた。
苛立ちを隠しもしないその表情に、ひく、と一年生の喉が引き攣って鳴った。

ゴトンと音がして、一年生が見ると、京一は床に面を置いていた。
右手に持っていた竹刀を構える。




「構えろ」
「は、…」
「構えろ!!」




また怒鳴られて、一年生はビクッと肩を跳ねさせる。
それからおずおずと落としていた剣の切っ先を持ち上げ、震える両手で柄を握る。

二人の切っ先数センチが交錯する距離で、僅かな静寂の時間が流れる。



───────ダン、と強い踏み込みの音がして、




「…………ぅ、…ぁ……、」




今にも打ち下ろされんばかりの瀬戸際の距離。
一年生の、面のない、守るもののない顔面の間際に、京一の竹刀が迫っていた。

正に寸止めと言うその業に、周囲の後輩達が息を飲む。


一年生は、一歩として動くどころか、京一の動きに反応する事すら出来なかった。
それは萎縮していたとか、緊張で五感が働かなかったとか、そう言った理由もあったが、それよりも。




「なんで目を閉じた?」




京一が床を強く踏んだ瞬間。
来る、と判る一瞬で、一年生は目を閉じてしまった。

そんな事をすれば、間違いなく討ち取られてしまうと言うのに。




「そんなに怖いなら止めちまえ。お前が何のつもりで此処に入ったのか知らねェが、そんな奴はいるだけ邪魔だ」




京一が剣を退き、背を向けると、一年生の止まった時間はようやく動き出した。
ドッと音がする勢いで床に尻餅をついて、全身から力が抜け、竹刀が床を転がる。
慌てて見守っていた者が駆け寄り、呆然とする一年生を揺さぶった。

きっと彼の心は今、恐怖心で一杯に違いないと、龍麻は思う。
単純に剣術の腕だけではない、本能的に敵わない相手を前にして、彼は幼い子兎程度の力しか持っていなかった。
身を守る為の防具をちゃんと身に着けていたとしても、結果は変わらなかっただろう。


友人に抱えられてようやく立ち上がった少年に、ちょっと可哀相だな、と龍麻は思った。



京一は既に先の後輩への興味を失ったように、床に置いていた面を拾っている。
常と変わらないのだろう、慣れた手付きで面を被り、結い紐を結んだ。




「余計な時間食ったな。次、来い」




またいつもと変わらない声で言った京一だったが、後輩達は静かだった。
お前行けよ、とばかりにあちこちで背中を押し合う気配がする。

京一は数秒それを静観していたが、元々短気な性格である。
直ぐに待つのを止めて、並んでいる一年生の中から一人を指名し、また竹刀を構えた。


数分前よりも随分と勢いがなくなったような。
テンポの遅くなった竹刀の打ち合う音を聞く龍麻の下に、ふと違う声が聞こえて来た。




「相変わらずだな、蓬莱寺は」
「全くだ。去年と変わらない」




龍麻がその声の方向を見れば、三年生らしき人物が二人、正座して腕を組んで京一を眺めている。
傍らには二年生の姿もあり、其方は先輩の会話に苦笑いを浮かべていた。




「あんなのだから、絶対一発目には嫌われて。俺達がフォローしなくちゃならん」




手がかかる。
そう言った彼らの表情は、何処か楽しそうに見えた。