雨紋からライブの助っ人を頼まれ、引き受けてから一週間弱。
日曜日の午後2時、京一はライブハウスに入っていた。

其処には、“CROW”の二人と京一以外に、ギターがもう一人とドラム、シンセサイザーを担当する者がいる────筈だったのだが。




「おい、シンセの奴どうした?」




ベースのチューニングを済ませて京一が問い掛けると、雨紋と亮一の動きがピタリと止まる。

先週のヘルプ依頼と同じパターンだ。
そして毎度のパターンでもある。


先週と同じく大きな溜息を吐いた京一に、マイクの高さを調整していた雨紋が振り返る。




「いや、まぁそうなんだがな。ヘルプはちゃんと頼んである」
「へーえ……大方昨日か一昨日の話なんだろ。使えるのか? そいつ」




歯に衣着せず直球で問う京一に、雨紋はガリガリと頭を掻く。
大丈夫───と言いたいが、といった風だ。


緊急のヘルプがそんなので良いのか。

状況としては京一も似たようなものであるが、今はそれは棚に上げておく事にする。
それに、京一はそれでもこなして来た実績があったから。



雨紋は顔が広いから、ヘルプに頼める人間も多い。
しかし京一が知っている限りでも、その半分は亮一と衝突して折り合いが悪くなった。
そうなれば何度も呼べる訳ではなくなるし、噂も広まって相手も了承し辛くなる。
新しい知人に頼ってもそれは同じだ。

適度に距離を取っときゃいいのに。
誰かと亮一が衝突するのを見る度、京一はそう思わずにはいられない。
妥協しないのが良いだなんて言うけど、それも時と場合に寄るだろう、と。


次の奴はいつまで持つかな。
他人事のように───実際、京一にとっては他人事だった───思いながら、ベースを鳴らす。

話を終わらせた京一に代わって、ドラムの青年が代わって問うた。




「本当に大丈夫か? 集合時間はとっくに過ぎてんのに、まだ来ないような奴だぜ」
「いや、そりゃそいつの所為じゃない。事故だかなんだかで電車が遅れてるんだとよ」
「あ、そ……それならそうと早く言えよ!」
「悪かった────と、」




詫びた後で、雨紋はジャケットから携帯を取り出す。
イルミネーションが点滅するそれを弄って、また仕舞う。




「今着いたってよ。外にいる」
「これでようやく音合わせか」




ギタリストの呟きに、雨紋は頷いて。
迎えに行って来ると言って、一人外へと赴いた。




リーダーでもあるボーカルが抜けて、ドラマーとギタリストは楽器から離れる。
此方の二人は普段から付き合いのある者同士らしく、京一達をそっちのけで話を盛り上がらせている。



そんな遣り取りに我関せず、京一はベースを鳴らしていた。



視線を感じて振り返ると、亮一と目が合う。
逸らされる事はなくて、どうやら今日はそこそこ機嫌が良いらしい。

ベースを鳴らすと、亮一もギターを鳴らす。
こうして突発アンサンブルを始める事は珍しくなく、京一と亮一の無言のコミュニケーションでもあった。
互いはそれを特に意識した事はなかったが、会話の代わりにどちらともなく始まる行為だった。


亮一の機嫌も良かったが、京一自身もそこそこ機嫌が良いようだった。

音の微妙な差を感じ取って、亮一が小さく笑う。
京一も口角を上げて、ベースのリズムを上げた。
亮一はしっかりとそれについて走る。





会話はいらない。
余分なものはいらない。

音だけでいい。




既存の曲から“CROW”のオリジナルの曲から。
無作為に選んでアレンジして弾く京一に、亮一は何も言わずに応えた。

二人の突発アンサンブルは、こうして始まると、雨紋が声をかけない限り終わる事がない。



今回は、戻ってきた雨紋が扉を開ける音が終わりの合図になった。




「これで全員揃ったぜ」
「やっとかァ〜」
「遅ーぞ、お前ー」
「ごめんなさい」




ギタリストとドラマーの茶化した声に、真面目に謝る声が聞こえた。




「じゃあ、早速で悪いが、一度合わせて貰っていいか」
「うん」




ゴトゴトと音がして、多分それはシンセサイザーの準備だ。
京一は気にせずに首を鳴らす。

と、京一の隣にキーボード用のスタンドが置かれる。


文字通りの緊急で呼ばれた新メンバーがどんな人間なのか。
気になったと言う程ではないが興味が湧いて、京一は隣へと目を向ける。




そして、京一の瞳は見開かれた。





「よろしく」




へらり、浮かべたあの笑顔が其処にあった。





04
2008/10/02

いつもより若干短め……かな?
アニメ原作では京一と亮一ってマトモな絡みまるでなかった(戦闘してただけだし)二人ですが、この話では微妙に仲が良いようです。殆ど会話しないけど。

亮一は基本的には淋しがり屋だと思うんですが、そのベクトルが雨紋だけに強く傾いてるんだと私は思ってます。ずっと雷人雷人だったし。
だから其処の関係を壊そうとする(介入しようとする)他者に対して、警戒心や敵対心が湧くんじゃないかな…。
アニメで雨紋と喧嘩別れの形になったのも、他者が自分達の間に介入したことで、自分達が大切に頑なにして来たものが、その共有者である筈の雨紋によって形を変えられてしまったからだし。

と、珍しく亮一について考えてみました。


まぁこのパラレルでは、アニメ原作の設定や相対図とか丸無視してるんですけども(爆)!