時々ではあるが、京一を連れて外出する事がある。

それは京一の服を新しく揃える時であったり、京一希望の食事を作る際のリクエストをその場その場で聞く為だ。
だから極稀な事ではあるけれど、京一の世界は何も八剣の部屋や拳武館寮のみで閉鎖している訳ではなかった。


しかし、それでも普段外に出ないからだろう、世間知らずの感は否めない。
物怖じしない性格なので、怖がって八剣の傍から離れようとしない────と言う事はない。
だが目に付くもの何もかもが珍しいのは確かで、気になるものがあると直ぐにふらふらと近付いて行ってしまう。

何処で聞いたのか、それとも壬生にでも教わったのか、公共マナーはちゃんと弁えている。
猫である自分があまり勝手に動き回るのは良くない事、気になったからと言って無闇に触ってはいけない事、等。
同じ見た目年齢の人間の子供よりも、気が回るかも知れない。




今日はそんな京一を連れて、外に出た。




急な外出に京一は不思議そうにしていたが、幼い子猫の好奇心は旺盛だ。
いつもは保護者がいなければ外に出る訳には行かないので、暇でも大人しく部屋の中で過ごしている。
そんな子猫が、振って沸いた外出&ストレス発散の機会を逃す筈がない(素直でないので、出る間際まで面倒臭そうに文句を言ってはいたけれど)。

どうして外に連れて行かれるのか、京一は何度も八剣に問うたが、八剣は「内緒」の一言で微笑んだ。
京一は腑に落ちない様子ではあったものの、外に出られる事が先ずは重要だったのだろう。
まあいいか、と切り替えて、うきうきとした足取りで寮の玄関を出て行った。



基本的には八剣の隣を歩きながら、気になるものを見付けては、てこてこと駆け寄っていく仔猫。
目の前をふわりと蝶が横切ろうものなら、追い駆けてふらふらと行ってしまう。
そんな仔猫に苦笑して、八剣は二度三度と肩を捕まえて引き止めた。
遠くなる蝶に手を伸ばした後、京一は恨めしそうに八剣を睨んで、また正規の方向へと歩き出す。

そうした様子を見ると、もう少し外に出した方が良いかも知れない、と思う。
もう少し色々な物を見て、色々な事を知らないと、成長した時に図体ばかりが育ってしまう事になる。
人に近い姿をしていてもこの子は猫だ、その成長速度はやはり人間よりも速かった。


だから今回、京一を外に連れ出す事になったのだ。




寮を離れて歩いて十分程度、最寄のコンビニも通り過ぎた所に児童公園がある。
夕方や土日には子供と奥様方の社交場となる所だが、平日の昼間である。
奥様方は家事か仕事、子供は幼稚園や保育園に行っているのか、あまり姿を見られなかった。

しかし無人と言う訳ではない。
滑り台の着地点に作られた砂場に子供が一人、それを見守るように近いベンチに座っている初老の男性がいる。



八剣は、足の向くまま、公園を通り過ぎようとした京一を呼び止める。




「京ちゃん、こっちだよ」
「ん?」




くるりと京一が振り返る。
それから八剣が指差す方向────公園へと目を向けた。

耳と尻尾が不思議そうにぴくぴくと動く。


京一は、公園に入った事がない。
子供達が遊んでいる前を横切り、じっと見ている事はあるから、気になるとは思うのだが、其処から先が進まない。
遊びたいのだろうとさり気無く参加を促してみると、ぷいっと目を逸らしてしまうのだ。
挙句、「あんなガキと遊びたくない」と意地を張る。

普段、周りに大人───少なくとも生後間もない京一にしてみれば───に囲まれているから、子供に対して耐性がないのだ。
動物となら幾らでもコミュニケーションが取れるようなのだが、人間の子供は駄目らしい。



京一は判り易く顔を顰めて尻尾を萎えさせたが、八剣は構わなかった。
さっさと公園に入ってしまい、京一は頬を膨らませて、それを追い駆ける。


初めて入った公園と言う空間に、京一はおっかなびっくり、と言う風体だ。
いつもは手を繋ぐこともしないのに、今は八剣の着物の裾を掴んでいる。
萎えた尻尾の先端がピクピクと警戒を示していた。

そんな京一の頭を、宥めるように撫でて、八剣は進む。
ベンチに座っている初老の男性────拳武館寮を管理する、鳴滝冬吾の下へ。



鳴滝が、砂場で遊ぶ子供から、八剣へと目を向けた。




「来たか」
「わざわざ申し訳ない」




ゆっくりと立ち上がった男性に、八剣は手短に謝辞を述べる。
会釈に頭を下げれば、それを見た子供が驚いたように此方を見上げた。




「ふむ。それがお前が保護した猫か」
「ええ。京ちゃん、この人は鳴滝冬吾と─────」




男性の黒々とした瞳が京一へと向けられる。
それに気付いた京一は、紹介の言葉を聞かず、ぱっと八剣の陰に隠れてしまった。

怖くないよと頭を撫でてやると、その手を掴んでぐいぐいと引っ張る。
縋るものを手放すまいとしているのだ。




「失礼。人見知りが激しいもので」
「構わん。此方も似たようなものだ」




言って、男は砂場で遊ぶ子供へと目を向ける。
倣って八剣、つられて京一も其方を見た。



砂場に座って歪な城を作って遊んでいる子供。
その頭には京一と似た動物の耳、背中にはふさふさとした尾がある。

この子供も、京一同様に、ヒトと動物の中間に位置する存在だった。


初めて自分以外に同様の姿形をした者を見たからだろう、京一が目を瞠る。




「龍麻」




男の声に子供が此方を向く。




「お前の事を紹介する。此方に来なさい」




厳格な言葉であるが、優しい声。
それを一片も疑うことなく、子供は嬉しそうに尻尾を振って、此方へと駆け出した。








2010/03/11

出会わせてみました。

……八剣の鳴滝に対する喋り方が判らない。
調べようと思ったら、偽館長との「守備はどうだ」「…上々」しかなかった…
一応、世話になってる人だし、うちの八剣は公私を弁えてる(筈)ので、ギリギリ丁寧語。