「さーさーのーはー、さーらさら〜」




聞こえた声に京一が顔を上げる。
すると其処には、細長い葉が伸びた緑色の草(らしきもの)を持っている龍麻がいる。

寝転がっていた畳の上で、京一は動かずに、暫く龍麻を眺めた。
龍麻はそれに気付いていないようで、縁側の端に足を下ろして、草をぴらぴらと揺らして遊んでいる。
その揺れる葉の中に、京一は青く細長いものがあるのに気付いて、首を傾げた。


京一は傍に置いてあったミルクセーキに手を伸ばしながら、龍麻に問う。




「龍麻、ソレなんだ」
「これ?」




振り返った龍麻は、京一の示した物が草であると察したらしい。
確認に疑問符で問い返されて、京一はストローに口をつけて頷いた。




「笹の葉っぱだよ」
「笹? ……パンダが食う奴?」
「パンダって笹食べるの?」
「…あれ竹か」




短い遣り取りをしてから、京一は益々首を傾げる。

確かに、テレビで見たパンダの食事風景で見たものと似ている。
しかしパンダが抱えていたものよりも、ずっと小さくて短いし、茎も細かった。


いや、それよりも、京一にはもっと不思議なものがある。




「そうじゃなくてよ。ソレについてるの、なんだ」




龍麻が持っていた物自体も確かに気にはなったが、それに結び付けられている青く細長い代物はもっと正体が判らない。

訂正してもう一度聞けば、今度も龍麻は京一の疑問の矛先をちゃんと理解したようだった。
笹の葉の中から青い紙切れを引っ張り出して、尻尾をぱたぱたと振りながら、京一に見せる。
其処には、遠巻きでよくは判らないものの、何か文字のようなものが綴られていた。




「短冊」
「たんざく?」
「今日は七夕だから」
「……たなぼた?」
「京一、それちょっと違うと思う」




微妙な聞き間違いに、龍麻の耳と尻尾が判り易く垂れる。
それでも、京一が“タナバタ”なるものを知らない事は、彼にも理解できた。


龍麻は縁側から足を上げて、京一がいる畳の部屋に戻って来た。
京一のミルクセーキと並んで置かれていた苺牛乳を手にとって、ストローに口をつける。
それだけでぱたぱたと嬉しそうに振られる尻尾に、こいつお手軽だなァ、と京一はこっそり思う。
そう言う自分も、夕飯がラーメンとなると尻尾が反応してしまうのだが。

こくこくと苺牛乳の半分を飲み終えて、龍麻は京一を見て笑う。
その笑顔が、他者と顔を合わせた時の条件反射であると、京一は最近気付いた。




「七夕って、オリヒメサマとヒコボシサマが会える日なんだって」
「……ふーん」




なんだそれ。
誰だ。

京一は喉まで出掛かった言葉を、寸での所で飲み込んだ。
聞いても多分首を傾げるだけだろうし、どうしても知りたかったら、龍麻の保護者に聞けばいい。
龍麻に聞いて判らない事は、大抵は彼に聞けば解決していた。


龍麻がぴらぴら笹を揺らす。
その動きがどうにも、京一の本能をくすぐっていると、龍麻は気付いていない。




「でね、七夕の日は、笹の葉っぱにお願い事するんだって」
「……で、お願い事ってソレか?」
「うん」




葉っぱに願い事をするのと、さっきのオリなならとかが会えるのと、何の関係があろうのだろう。
全く判らなかったが、これは聞くだけ野暮な話なんだろうと京一は諦める事にした。

……それより、ぴらぴら揺れる笹が気になる。




「それで、お願い事は短冊に書くの」
「これじゃなきゃ駄目なのか」
「んー? …うん、多分」




やっぱりなんでソレじゃないと駄目なんだ、と思ったが、やっぱりこれも聞くのは諦めた。

それより──────



トントンと廊下から足音がして、開きっ放しの障子の影から鳴滝冬吾が顔を出す。




「龍麻、京一君はいるか」




鳴滝の言葉に、龍麻が振り返る。
その時、小さな手でぴらぴら揺れていた笹が動きを止めた。

─────瞬間。





「ふにゃ─────ッ!!!」
「わうッ!?」





ドタンバタンと騒がしい音が、常ならば静かである筈の鳴滝邸に響く。

今日も今日とて、二匹の預かり子の元気な様子に、鳴滝は満足げに微笑んでいた。






2011/07/07

あれ、なんか久しぶりすぎて文章が違う…(滝汗)?
七夕だと言う事も当日の昼まで忘れてました。