『女優』に来て、初めての正月。
店は数年ぶりに、年末年始を丸々休業させていた。

しかし、店の明かりは例年と変わらず、灯されている。


今年の歌舞伎町二丁目界隈は、いつもよりも随分と静かになっていた。
代わりに其処を拠点にする人々は、皆揃って『女優』に集まっている。
店の明かりが消えていないのは、その為だ。

綺麗どころもいれば、笑いどころの人々が集まった店内は、随分と濃い空気に包まれている。
そんな中に一人、場違いと思われても無理もない存在が一人、彼(女)達に囲まれて固まっていた。




「いや〜ん、カワイイ〜!」
「こっち向いてェ〜!」




黄色く、野太い悲鳴があちこちで上がっている。
それが向けられた小さな子供は、体の大きな人物の影に隠れていた。




「もう、京ちゃんたら。恥ずかしがっちゃって」
「ちげーよ! ンなレベルじゃねーっての!」




今年の夏から、京一はこの店で世話になっている。
最初は「バケモノみたい」と言っていたオカマの人達にも、随分慣れた。

しかし、京一が毎日顔を合わせているのは、『女優』の面々だけだ。
他のオカマはやはり怖いと思ってしまうし、綺麗どころならともかく、ケバケバしい化粧をした人には体が先に拒絶してしまう。
そんな人々が何十人も集まっていれば、尚の事。


……だがそれ以上に、京一がアンジーの陰に隠れているのには、別の理由があった。




「なんでオレがこんなカッコしなきゃいけねェんだよ!!」




─────京一の格好。
それは夏の日、着の身着のままで飛び出した、あのジャージではなく。
ふわふわとしたタオル生地で作られた、水色のウサギの着ぐるみであった。




「あらァ、いいじゃない、とってもカワイイもの」
「可愛くねー! マジで嫌だ、もう着替えるー!!」
「うふふ、ダーメ」




語尾にハートマークをつけて、京一の訴えをさらりと受け流すアンジー。
いつも自分の我侭を聞いてくれる人がこうなのだから、ビッグママやキャメロン達に泣き付いても同じ事だろう。



なんでオレがこんな目に。
京一の心中はそれで一杯だ。


昨日の大晦日はアンジー達と一緒にテレビを見て、のんびりと過ごしていた。
朝はゆっくり寝て、昼のピークが過ぎた時間に初詣に行って、おみくじを引いて、甘酒も飲ませて貰った。
その甘酒が米麹ではなく、酒粕で作られたものだったようで、子供の京一は甘酒で酔っ払ってしまい────どうやら、その時にこの格好をする約束をしたらしい。

一時を過ぎて正気に戻った時には、京一にこの間の記憶は全くなく、夜になってから話を聞かされて愕然としてしまった。

日が暮れた『女優』に同業の友人達が集まり出すのを見ると、京一は更に愕然とした。
アンジー達だけならまだともかく、他の人にまでこんな格好を見られるのかと。


何度か逃げようとしたのだが、それも出来なかった。
覚えていないとは言え約束を反故にするのは気が引けたし、日頃世話になっている恩もある。
ついでに、掴まってしまえば子供の京一が力で勝てる訳もなく。

結局、渋々着替えさせられた後、お披露目だと言って連れ出され─────今に至る。




「もうアンジー達、ズルいわァ。こんなカワイイ子、自分たちだけでェ」
「うふふ。だってカワイイんだもの〜」
「ウサギちゃん、こっち見てェ〜」
「いーやーだー!!」




アンジーに抱き上げられて、京一の視線が高くなる。
もこもこのウサギの着ぐるみを着た子供の姿に、また黄色く野太い声が上がった。




「もうガマンできない! アタシにも抱っこさせてェ〜!」
「あん、アタシが先よォ!」




キャメロンの太い腕が伸びる。
サユリも同じく手を伸ばした。
その後ろから、更に次々に伸びてくる。

仕事柄、ただでさえ濃い化粧をしている事が多い彼女達だが、今日は更に気合が入っている。
そんな一同が一気に手を伸ばし、おまけに興奮状態に陥った所為で、取り繕うものが崩れて行き─────、




「いやだ! ホントにやだああああああ〜〜〜〜ッッ!!!」




いつも強気な子供が珍しく泣き出すまで、然程時間はかからなかった。






2011/01/01

中学生になってからは“歌舞伎町の用心棒”。
それまでは“歌舞伎町のアイドル”だと思ってる私(爆)