とある街の安酒場にて





「伝説の勇者、ねえ」




行き付けの────と言うより、ほぼ下宿先の酒場のカウンターに座って、京一は呟いた。



空間の雰囲気は、酒場と言うよりバーに近い、上品なもの。
しかし其処に集まって飲み明かす者達の殆どは、冒険者か賞金稼ぎか、荒くれ者の類であった。
だから調度品は上等そうに“見える”ものだけで、実際は二束三文にもならないような代物である。

が、この酒場で揉め事が起きる事は、実は少ない。
店主であるビッグママの顔が利く事と、京一の存在が店の用心棒のような扱いになっているからだ。


京一はこの町にいる限り、この酒場を宿先にしていた。
いつからかと言われると自分でもはっきりとはしない、気付いたらこの店に身を寄せるのが当たり前になっていた。

京一がそんなものだから、従業員の方も京一を信頼している。
いや、信頼と言うより、彼女らにとって京一と言う存在は、“庇護対象”であった。



そんな青年が数日振りに店に戻って来たものだから、従業員の面々は浮き足立っている。
同じくして、彼を「アニキ」と慕う街のゴロツキ達も、適度な緊張感を持って彼を迎えていた。

だが京一の興味は、三日前に擦られた新聞の一面に向けられている。




「どうせまた伝説詐欺なんじゃねェの」
「そうでもないみたいよォ」




ビールを片手に呟いた京一に、否定したのはアンジョリーナだった。

アンジョリーナ────通称アンジーは、女性の割りにごつく大きな体をしている。
それも無理はない、彼女は“彼女”ではなく元は“彼”であった。
彼女だけではない、この酒場で働く人々の多数が彼女と同じ道を歩む者であった。


テーブルに出来上がったばかりの料理を置くアンジー。
京一は礼もなく当たり前に、フォークを手にとって、長いウィンナーにそれを突き刺した。






「黄龍様に選ばれたんですって。神官様もちゃんと見届けられたそうよ」
「…つってもその神官も、一年前に神官職に上がったばっかのペーペーらしいじゃんか」
「神通力は当代切ってのものらしいけど」
「力があろうと、経験がねェんじゃ信用にならねェよ」




まだ熱の名残を残すウィンナーを頬張る京一に、アンジーは厳しいわねェ、と笑う。



─────実際、よくある話なのだ。
「我は伝説のなんたら〜」とほざいて、行く先々で金品を巻き上げていく輩と言うのは。


幼い頃からこの大陸を転々として成長してきた京一は、他者の言を容易に信用してはいけない事を知っている。
この町の外で、こういった伝説詐欺の被害に遭い、町の食料から金品から丸裸にされた土地があるのを見た事があった。

実際、この大きくない町にも同様の事件は起きており、やれ言い伝えの伝説の剣だの、国王勅命の手紙だのと、とにかく色々な“物的証拠”を持ち出して、町の多くはない金品を謙譲させようとする者が来た事がある。
生憎ながらこの町には色々な意味で顔の利くビッグママがいる為、町ぐるみの被害が起きた事はない。
山賊紛いの強奪目的の連中は、京一が力で以ってねじ伏せるか、彼が不在の場合は舎弟達がビッグママの指示で動く仕組みになっている。

お陰で京一が知り得る限りでは、この町で伝説詐欺の被害は極めて少なく済んでいる。
その代わり、この町は貧富の差が激しく、隣近所での諍いが絶えないと言う欠点もあるのだが。


そう言った“伝説詐欺”でも、こうして新聞に取り上げられる事がある。
嘘が誠になったか、鬼に攫われた少女を助けた勇者御一行とか、国王主催の武術大会で嘗ての勇者の末裔が優勝とか。

まあ、とにかく、メディア側としては日々の飯の種があればそれで良いのだろう。
それを見て“勇者誕生!”に浮かれる民衆の、なんと愚かな事か。



ジョッキの半分はあっただろうビールを、京一は一息に飲み干した。
ごっごっと景気の良い音が喉で鳴る。

泡の名残を幾らか残して、ジョッキが空になる。




「────ま、どっちにしたってオレにゃ関係ねェ話だ」




伝説詐欺でも、本物でも。
この大陸を気紛れに周り、それ以外をこの町で過ごす京一には、どうでも良い事だ。
此処に足を運ぶ冒険者や賞金稼ぎが、余計な騒ぎを起こしさえしなければ。

飽きるほどに繰り返されて来た日常が、壊れることがなければ、それで。







2011/04/29

やっぱりこのシリーズの京一もけっこースレてます。最早うちのデフォルトですね…