営業時間前




京一がビッグママの頼みで町を離れてから、今日で六日目。
吾妻橋は退屈だった。




「平和なモンだよな〜」
「まぁなー」




吾妻橋の他、キノコ、押上、横川の計四名は、いつもの酒場でテーブル一つを囲んでだらだらと過ごしていた。
京一がいる時は舎弟としてきびきび動く彼らだが、彼がいないといつもこうだ。

そんな彼らを蹴り飛ばすのが、酒場の従業員である逞しい“彼女”達である。




「ホラホラ! そんな所でボーっとしてちゃ邪魔よッ」
「裏から酒運んで来な。数もちゃんとチェックするんだよ」
「「「「へいッ!」」」」




平和な時間は何処へやら、吾妻橋達は我先にと椅子を立った。
ドタバタと騒がしい足音を立てて、彼らは店の裏へと駆けて行く。

それらを見送って、アンジーはビッグママと目を合わせて微笑む。




「いつもよく働いてくれるわよねェ、あの子達」
「言わなきゃ動かないのを、よく働いてるとは言わないよ」




きっぱりと言って捨てるビッグママに、アンジーは眉尻を下げるが、やはり笑顔だ。

ビッグママの辛辣な物言いは珍しいものではなく、かつ愛があってのものだと、アンジーはちゃんと判っている。
ただ吾妻橋達には、ちょっとばかり厳しい部分が大きくて、京一には愛が大きく傾いているのである。


程なく、四人が酒瓶の入った木箱や樽を抱えて戻って来る。
元々は町でも有名なゴロツキだったのに、京一の舎弟になって以来、すっかり使われることが板についてしまったらしい。
手馴れた様子で一つ一つ蓋を外し、品物の個数を確認してリストに書き込み、ビッグママに手渡している。


アンジーも料理の下拵えのチェックを済ませ、テーブルを改めてよく拭いておく。

一通りの用意が済むと、アンジーは一足先に酒場の二階へと向かった。
其処には宿泊用の部屋が四つあり、一番奥の部屋はは京一の為の部屋として使われ、他三つは宿泊客がいない限り、アンジー達従業員の化粧部屋となっている。



念入りに化粧直しを施したアンジーが一階に戻ると、従業員以外に、二人の人物が立っていた。
まだ閉店のプレートを出したままだった筈なのだが、誰か他の人がプレートを入れ替えたのだろうか。




(気の早いお客さんねェ)




見慣れない顔なので、恐らく、冒険者だろう。
まだ子供と言っても相違ない、“酒場”には少々不似合いと言っても良い、あどけない顔立ちの少年少女であった。

アンジーは大きな体を少し丸めて、二人の客に微笑みかけた。




「いらっしゃいませェ。こちら、初めてね?」
「え、あッ…は、はいッ」




少女の方がぴょこっと驚いたように跳ねて返事をした。
濡れ羽根のような黒く美しい長い髪に、柔らかな光を宿したメノウの瞳。
着込んだローブは汚れ、手には先端に宝玉のついた杖があり、旅人である事が伺えた。

その隣に立っている少年は、少女とは少し違う、青みの含んだ黒髪と瞳を持っていた。
少女よりも幾らか軽装で、冒険者は当然持つであろう武器が見当たらない。


数瞬、二人の姿を観察して、アンジーはほんの少し首を傾ける。




「ごめんなさいねェ、まだお店やってないの。一応、中にはいてもいいけど、メニューとかは出せないのよ」
「あ、は、はい。あの、…すみません、お忙しい時に…」




恐縮して謝罪する少女に、大丈夫よ、とアンジーは笑って告げた。

この店に、開店前から人がいる事は決して珍しくはないのだ。
町で何某かの事件が起きた時、ビッグママや京一を頼って飛び込んでくる人は少なくない。
そうでなくとも、揉め事と従業人の邪魔さえしなければ、別に幾らでも長居してくれて構わなかった。


一先ずお客様には座って頂かなければと、アンジーは二人を店の隅のテーブルへ案内する。




「あと少しで開店するから、それまで待っててねェ」
「はい。ありがとうございます」




丁寧に頭を下げる少女に倣うように、少年もきちんと頭を下げる。
荒くれ者だらけのこの酒場には中々見ない仕種だ。

何処かのお嬢様がお忍び旅、かしら。
物珍しそうに店を見回す少女を遠巻きに見ながら、アンジーは思った。


たった二人の旅連れにしては不慣れな雰囲気が否めないのだが、まあ、それよりも。




(見た感じ、京ちゃんと同じ年くらいかしら)





脳裏に過ぎった可愛い可愛い少年は、もうそろそろ帰ってきてくれるだろうか。







2011/05/3

アンジー兄さん大好きなんです。
……うちのサイトでは今更か。