探しもの





「所で────アンタ達はどうして、こんな所に来たんだい?」




ママがそう問うて来たのは、龍麻がミルクを飲み干した頃だった。




「見た感じ、こんな安酒場に好んで来るようなタイプじゃあなさそうだものねェ」
「アンジー、」
「いやん、ママったら。冗談よォ」




従業員の一言にキツい眼差しを向けるママだったが、アンジーは慣れているのか、にこにこして返す。
だがママ本人も少なからずそう思っている所はあるようで、まあ、アタシもそうは思うけど、と呟いた。

葵はしばらく逡巡した後で、龍麻を見る。
龍麻が小さく頷いたのを確認して、またママへと向き直った。




「人を探しているんです」
「人探し? こんな所にかい?」
「託宣で見たんです」
「って事は、お嬢ちゃんは神官かい。それ、不用意にあちこちで言い触らすんじゃないよ。神官はこの町では一等嫌われているからね」




ママの言葉に、葵は慌てて両手で口元を覆う。
龍麻がそれとなく周囲に気を配ってみるが、フルネームを名乗った時のような不穏な気配は感じられなかった。




「ああ、今は大丈夫だよ。此処にいるのはアタシの子飼いみたいなモンさね。お客に変な真似するような、さっきみたいなバカはもういないから。で、何が見えたんだい?」
「は、はい……えっと……剣士と言うことと、この町の酒場によく出入りしている事と…、闇を切り裂く程の腕を持っていると」
「随分抽象的だねェ」




それは、龍麻も思う。

託宣は神官自身が見えるヴィジョンで、“ヴィジョン”と言う辺りは映像に近いものだろうと龍麻は思っている。
しかし、それにしては葵が口にする探し人の情報は、なんとも曖昧なものだった。
もっと容姿の特徴がありそうなものなのに、葵はそれを説明した事は一度もない。


ママの言わんとする所は葵にも伝わったようで、葵は気まずそうに視線を彷徨わせる。




「容姿、は……剣、と言うより、刀を使う人だと言う位で……」
「刀ねェ」




この大陸で言う剣士の殆どは、両刃の剣か、カタールやサーベルを愛用する者が多い。
各地に蔓延る鬼は、総じて体が堅い皮膚に覆われており、並大抵の武器は通用しない。
自ずと、耐久性のある石や銅を主な原材料として使われる分厚い剣が主流となっていた。

対して刀と言うのは、それ自体を使用する人間が少ない。
切れ味では最も優れていると言うが、反面、耐久性に乏しく、扱いを間違うだけで容易く折れてしまう。
その能力を100パーセント引き出せる人間は、決していないと言われて久しかった。


とは言っても、“刀を使う剣士”は一人ではないのだ。
使用者が少ないだけでいる所にはいるものである。

やはり情報が少ないと言うママに、葵は居た堪れなくなったのだろう、身を縮こまらせてしまった。
そんな葵の隣に、細身の老人が腰掛ける。




「ママ、意地悪してやりなさんな。刀使いの剣士なら、アニキに違いあるめェ」
「アニキ?」




裂傷の男も度々口にしていた呼び名に、龍麻は顔を上げる。
余程この町で顔が利く人物なのだろうか。




「あの子が愛用しているのは、木刀だろう」
「そりゃそうだが。木工モンでも、この町で刀って形の獲物を使ってんのはアニキだけじゃろ」
「あの……アニキって?」




ママと老人の会話に、龍麻は躊躇い勝ちに割り入った。




「ああ、今ちょいと出てるんだがな。此処で一等腕の立つ剣士だ。敵う奴はいるまいよ」
「でも闇を切り裂く、なんてねェ。そんな大層な子じゃないと思うけど」
「あら、京ちゃんだったらそれ位簡単よォ!」




……京ちゃん?

何か、随分可愛らしい呼び名が出て来たような。
龍麻と葵は顔を合わせる。


話に参加しに来たのは、キモノ姿で坊主頭の従業員だった。




「アンタ達は皆してあの子を買い被り過ぎなんだよ」
「そんな事ないわよォ。もう、ビッグママったら、いっつも厳しいんだから」




いまいち、“アニキ”の人物像が掴めなくて、龍麻と葵は首を傾げた。
ゴロツキ達に畏怖される程に腕が立つのかと思ったら、此処の従業員達は皆“あの子”“京ちゃん”とまるで子供扱いだ。

おまけに愛用しているのは、刀は刀でも、木刀だと言う。
木刀と言えども、刀の一種である事に違いはないが、木製と鋼製では質が全く違うものだろう。
だが木刀一本でこの町を纏めているなら、それは確かに凄腕だ。


ともかく、逢って見なければ判るまい。
ママも同じ結論に行き着いたようだった。




「あの子も明日には帰って来る。その時確かめればいいさ」




煙を一つ吹かして言ったママに、葵は相変わらず丁寧に、宜しくお願いしますと言ったのだった。






2011/09/16

怖がられたり、愛されたり。そんなあの子。