望まぬ来訪者




酒場の二階に泊めて貰った龍麻と葵は、昼近い時間になって目を覚ました。

元々泊り客の為に設けられたスペースだけあって、下手な安宿よりも余程快適だった。
酒場だけあって営業は夕方以降だし、営業準備を進める従業員の気配はあっても、至って穏やかな時間であったと言って良い。
─────鳥の声ならぬ、野太い怒号で目覚めた事を除けば、だが。


続け様にがしゃんパリンと穏やかでない音が響き、龍麻は部屋を飛び出した。
隣の部屋を使わせて貰っていた葵も同様だ。

通路の柵越しに見える一階を見下ろせば、強面の男達が物騒な獲物を振り回している。
周囲には木の破片が散乱し、ガラスの欠片がきらきらと光っていた。
それだけで何が起こったかなど、明らかだ。




「大変…!」




すぐさま階段に向かおうとする葵を、龍麻は止めた。




「美里さんは此処にいて」
「でも!」
「あの人達、多分、昨日の人達だと思う」




酒場から宿に向かう道中、葵を狙って襲ってきたゴロツキ。
間違いなく、彼らの狙いは葵だと言って良いだろう。

それなら尚更、葵は黙っていられない性格だった。




「私の所為で……」
「違うよ。とにかく、美里さんは此処にいて。下りたら駄目だよ」




釘を刺して、龍麻は葵をその場に残し、階段を駆け下りる。

葵を狙っての犯行なら、彼女が現場に赴いては、鴨が葱背負って行くようなものだ。
真面目で優しい彼女の思いは判らないでもないが、危ない目には遭わせる訳には行かない。


一階に下りて見てみれば、思った通り、其処には昨晩も見た顔が並んでいる。




「いた! やっぱりいたぜ、あの野郎だ!」
「あんた、降りてきたらまずいって! 戻れッ!」




ゴロツキの一人が龍麻を見つけ、指差して叫ぶ。
同じタイミングで、あの裂傷の男が逼迫した声で言った。

夜盗を思わせるその眼に、龍麻は腰を低くして構える。


その時、




「きゃああああッッ!!」




二階から響いた悲鳴に、龍麻は目を瞠る。
ああ言わんこっちゃない、と裂傷の男が頭を抱える。

程なく、転がるようにして葵が階段上に姿を見せる。




「美里さん!」
「緋勇くッ……!」




助けを求めて伸ばされた彼女の手は、龍麻まで届かなかった。
後ろから追ってきた男に、手入れの行き届いた黒髪を捕まれ、力任せに引っ張られる。




「いやッ! 痛い、放して!」
「美里さん!」
「────アンタ達! こんな事して、ただで済むと思ってんのかい!」




ママの言葉に、男達はにやにやと笑う。
昨日の“アニキ”の呼び名を耳にした時とは違う、自信に満ちた態度だ。




「あのガキなら、今頃魚と仲良くやってるさ」
「…てめェ、アニキに何しやがった!?」
「別に。ちょぉ〜っと近くのつり橋に切れ込み入れといただけさ。其処を通るかは知らないけどな」




へらへら笑って言う男に、周囲のゴロツキ達も同じように笑う。


男の言葉に、階段上で葵がうそ、と零す。
託宣で見た“剣士”の手がかりだったのに、彼女には絶望した気分だったに違いない。
そうでなくとも、人が死ぬ事を嫌う彼女にとって、今の言葉は奈落に蹴落とされたも同然だっただろう。

龍麻とて、一度も顔を見た事のない相手とは言え、人が殺されるなど耳障りの良いものではない。
どんな経緯が、どんな関係があるにせよ、酷い、と思う。



だがそれ以上に、激昂した者達がいる。




「てめェらみてェな連中に、あの子がハメられる訳ねえだろうが! ざけんじゃねえぞ!!」




龍麻は耳を疑った。
眼前の男達に負けぬ程の野太い声を発したのは、誰であろう、あの優しいアンジーだったのだから。






2011/10/17

兄さんブチギレ。
吾妻橋が京一の刀袋を見せた時の兄さんの反応が好きなのですが、やっと書けた……