格の違い





店内に残っていたゴロツキは、五人。
それらは直ぐに剣士を囲み、我先にと棍棒やサーベルを振り翳して襲い掛かった。




踊りかかるゴロツキの中から、剣士は棍棒の男を選ぶ。
突進と共に繰り出された突きを半身で避けると、それを掴んで、手首を捻る。
棍棒がぐるりと円を描いて旋回し、男の顎を打ち上げた。

剣士は棍棒の遠心力に任せて体を回転させ、斜め後ろにいたサーベルの男の手元を打った。
健の痺れでサーベルが床に落ちて突き刺さる。

剣士が地面を蹴って側転し、棍棒はその時、床に手放された。
回転した勢いを殺さず、剣士は進行方向にいた男の顔面に踵を落とす。
落とした踵を視点にして、腕の力を反動にして床を押し上げ、剣士は器用に体を起こしていく。
ズドンと響く音がして、伸びたゴロツキの顔面を踏みつけて、彼は其処に立っていた。


傍観者達の息つく暇を待たず、次。
ダガーが剣士の顔面目掛けて放たれた。

頭を傾けてそれを避けると同時に、ダガーは剣士の手の中に収まっていた。
剣士は逆手になっていたそれを、柄尻についている輪に指を引っ掛けて回転させ、持ち手に戻す。
と、思った時には、既にダガーは彼の手を離れ、持ち主であろう男目掛けて飛んでいた。
ひぃ!と引き攣った叫びと、ダガーが板壁を貫いて突き刺さったのは、同時であった。
顔の真横、数ミリの所に真っ直ぐに突き刺さったダガーに、男が腰を抜かしてずるずると座り込む。


左右から両刃の剣が襲い掛かる。
頭を下げた剣士に、二本の刃が振り下ろされた。

葵がぎゅっと目を閉じる。

次の瞬間、広がったのは、汚れたマントだけ。
その中身である筈の人間は、呆然と床を見詰める男達の頭上にいた。




「遊びにもならねェな」




ゴッ、と鈍い音が二連続。
剣士の足がそれぞれ左右、二人の男の顔面を蹴り飛ばしていた。


どさりと倒れる男達。
反して、剣士は片足でトッと床に降り立った。




「ま、ちったあスッキリしたか」




床に落としたマントを拾って、屍達を見回して、彼は呟く。
濡れて張り付いた長い前髪を掻き上げる彼は、運動による汗など一つも掻いていなかった。

そんな剣士に、体躯の大きな従業員と、キモノ姿の従業員がシナを作りながら駆け寄っていく。




「京ちゃァああああん!」
「お帰りなさぁあぁぁあい!!」
「いでででででで!!死ぬ!潰れる!!」




剣士は二人に抱き締められ、太い腕の中でじたばたともがく。
しかし彼女達はそんな抵抗など気にした様子もなく、すりすりと頬擦りしていた。
ぎゃあああああ、と悲鳴が響く。


龍麻が辺りを見回すと、其処にはもう、あの鬼神の如き形相でゴロツキ達に向かって行った人々はいなかった。
アンジーはにこにこと嬉しそうな笑顔を剣士に向けており、その表情はまるで、帰ってきた子供を見詰める母親のよう。
ずっと表情を変えていなかったママすらも、心なしか笑みを浮かべているように見える。

龍麻を挟んで戦っていた、体の丸い男と、包帯を巻いた男が離れて行く。
階段上に行っていた小柄な男も下りて来て、彼らは裂傷の男と合流すると、剣士の下へ足を向けた。




「アニキ!お帰りなすって!」
「おー……ちょ、兄さん、マジ放してくれ。マジで!」
「イヤよォ。アタシ達、すンごく心配しんだからァ」




無事で良かったわ、と骨張った手が剣士の頭を撫でている。
剣士は紅い顔で判ったから!と叫ぶと、強引に彼女達の腕から逃げ出した。

剣士は一連の被害に遭っていなかった椅子に腰を下ろす。




「ったく、何があったんだよ、こりゃあ。おい、吾妻橋」
「へい。……まあ、何がっつーか、さっき言ったままなんスけどね。後は、其処のお客さん方」




裂傷の男が龍麻と葵に目を向けられた。
倣うように、剣士の瞳も此方を見遣る。




「……ふぅん。カモネギか?」
「ま、そっスね。お嬢ちゃんの方がちぃと」
「だろうな。嬢ちゃんって言うより、お嬢様って風だ」
「んで、あいつらが昨晩目ェつけて、そン時ゃ未遂で済んだんですけどね。今日になってまた来やがったんです」
「その上、町が腑抜けになったのは、アニキの所為だって喚き出して」
「…バカの発想は訳判んねえな」




床に潰れている男達を見渡して、剣士は呆れたように言った。




「まあいいや。詳しいこと後でいいか。風呂入りてえんだ、オレ」




水分を吸って重くなっているだろう服を摘んで、剣士が言うと、アンジーがいつ用意したのか、タオルを差し出す。
剣士はそれを受け取ると、代わりに持っていた濡れたマントを渡す。




「シャワーだけになっちゃうけど、いいかしら?」
「其処まで贅沢言う気はねェよ。吾妻橋、そいつらちゃんと掃除しとけよ」
「へい」




剣士は、頼むと言うより、命令する形で裂傷の男に言いつける。
裂傷の男はぴしッと背筋を伸ばして返事をした。


ブーツの底に鉄でも仕込んでいるのか、固い足音を鳴らしながら、剣士は龍麻と葵の下へ近付いて来る。
其処が二階へと登る階段の入り口になっているのだから当然だ。

邪魔にならないように龍麻と葵が僅かに立ち位置をずらす。
と、剣士は二人の目の前を横切る瞬間、ちらりと尖った双眸を此方へと向けた。
野生の獣を思わせるその鋭さに、背中に庇った葵がきゅっと龍麻の服を引っ張る。




「……ま、ゆっくりしてけよ」
「ありがとう」




社交辞令的な言葉への龍麻の返事に、剣士はあからさまに眉根を寄せる。
そのまま、彼は階段を登って行った。






2011/12/21

やっと顔合わせ……長かった(爆)。
戦闘シーン書くの楽しいけど難しい。