雪花篝
※性器切断の描写有。


 先を歩くレオンの後ろをついて来る、軽い足音。
振り返ってその音の元を確かめれば、まるで雪氷のように白い肌をした少年がいる。

 少年の名は、スコールと言った。
体温を感じさせない白い肌は、事実、人の温もりとは縁のないもので、正しく氷のように冷たい。
ダークブラウンの髪は、その髪質は柔らかく正しく猫っ毛なのだが、毛先には霜のような白が付着しており、触れてみれば微かではあるが凍っている事もある。
そのダークブラウンのカーテンの隙間から、青灰色の瞳が覗いて、じっとレオンの背中を追っている。

 レオンは立ち止まり、振り返ると、手を伸ばした。
おいで、と促すように伸ばされた手を、スコールはきょとんとした顔で見つめた後、駆け出した。
ほんの僅かに離れた距離を急くように埋めて、スコールはレオンの手を握る。
じん、としたレオンの体温が、スコールの冷たい手をゆっくりと溶かすように伝わって行った。


「大丈夫か、スコール」
「…ん。問題ない」


 しっかりとした受け答えをするスコールに、よし、とレオンの口元が綻んだ。
行こう、と繋いだ手をそのままに、レオンが歩き出す。
スコールも小さく頷いて、レオンの後ろをついて歩き出した。

 スコールの周囲には常に強い冷気が渦巻いている為、普通の人間や、体毛の少ない動物は、近付く事すらままならない。
下手に触れれば凍り付いてしまう為、スコールは長い間、熱と言うものを知らなかった。
だからスコールは、レオンと出会うまで、生きている温もりと言うものすらも知らなかった。

 繋いだ手から伝わるレオンの体温が、スコールは好きだ。
これ以外に他者の温もりと言うものを知らないから、尚更、スコールにとってこの熱は特別なものだった。




 スコールはシヴァと呼ばれる一族に生まれた。
シヴァの一族は、俗世では“雪女”と称される事もある血族で、本来、女性しか生まれる事はなかった。
シヴァの一族は深い雪山の中で生まれ、育ち、老いて死んでいく。
その間、他種族の生き物と接する事は赦されておらず、一族の者が住み暮らす村は、酷く閉鎖的な環境となっていた。
しかし、稀に遭難した人間や、一族の噂を聞いた強欲な人間が村の付近に現れる事がある。
一族は外界と関わり持たないよう、知らぬ存ぜぬを貫いていたのだが、スコールの母だけが違った。

 母は吹雪の山の中で遭難していた男を放っておけず、人間の振りをして助け、麓の村まで送り届けた。
それから母は男と何度も逢瀬を繰り返し、やがて想いを重ね、子を授かった。
子を授かった事で、それまで秘密裏に繰り返していた人間の男との逢瀬が仲間達に知られてしまい、母と父となる筈であった男は引き離されてしまい、母は雪山の氷の洞窟に閉じ込められる事となった。
其処で母は、周囲の反対を押し切ってスコールを生んだのだが、本来女しか生まれない筈のシヴァの一族にあって、異端の“男児”が生まれた事に、シヴァの一族は戦慄した。
男児を生んだ事は、母の産後の体調にも影響し、彼女はスコールを生んで一月が経つ頃に還らぬ人となった。
母を失ったスコールは、彼女が最期を過ごした洞窟に閉じ込められたまま、最低限の必要なものだけを与えられて五年を過ごす事となる。

 洞窟に閉じ込められていたスコールを外に連れ出したのは、母の友人の娘だった。
スコールにとっては姉のような存在で、彼女もスコールを実の弟のように可愛がった。
彼女は、男児であると言うだけで異端視され、生まれてから一度も外界を知らないスコールを哀れに思い、一族の者が寝静まった夜にこっそりとスコールを外へと連れ出していた。

 スコールの世界は、氷の洞窟と夜の世界と、愛してくれる姉だけで閉ざされていたが、それでもスコールは幸せだった。
それ以外の世界を知らないのだから、それで十分だったのだ。

 しかし、ある日の夜、姉以外の一族の者が、氷の洞窟に入って来た。
ぞろぞろと入って来た彼女達は、突然スコールに手を上げた。
その頃、一族の村では原因の判らない不幸な出来事が続き、一族ではこれを異端児であるスコールが災いを呼んでいるのだと決めつけた。
無論、スコールにそのような力がある筈もないのだが、一族は只管不安と恐怖のはけ口としてスコールを痛めつけたのである。
元より異端児として疎まれていたスコールは、彼女達にとって、丁度良いスケープゴートだったのだ。
話を聞いた姉はスコールを助けようとしたが、集団ヒステリーに陥った人々が、姉一人の叫びを聞いてくれる筈もなく、果ては異端児を庇う裏切り者として、スコールとは別の洞窟に幽閉されてしまった。

 それから毎日のようにスコールへの虐待は続き、愛してくれた筈の姉が顔を見せてくれなくなった事も重なり、スコールの心に深い傷を負わせる事となる。

 一族への不幸は、それからも続いた。
それらの原因は、元を正せばどれも些細なもので、自然の摂理であったり、些細な偶然の連鎖であったりしたのだが、一族の人々はスコールが全ての災厄の元凶であると信じ込んでいた。
幼いからと命までは取るまいと温情していたのが、反って更なる災厄を招いたのだと誰かが言えば、皆が口を揃えて同じ言葉を唱える。
狂気に駆り立てられた一族は、遂にまだ十歳にもならなかったスコールを殺そうとした。

 良い子にしていれば、きっといつか許してくれる。
お姉ちゃんが迎えに来てくれる。
そう信じて、虐待に耐え続けていたスコールだったが、鉈や鍬を手に現れた大人達に、自分の命の危機を知った。

 スコールは逃げた。
異端の男児とは言え、シヴァの一族が生まれ持つ冷気の力は、スコールにも宿っていた。
その力は一族の誰よりも強く、強力で、幼い子供であると言うのに、大人達の冷気を遥かに凌駕していた。
無我夢中で力を振るいながら、スコールは姉と引き離されて以来、何年かぶりに氷の洞窟を出て、狂気に染まった雪深い山から転がるように逃げ降りた。

 一族は執拗にスコールを追い続けた。
何処かで野垂れ死んでくれるのならば彼女達にとって幸いだったが、万が一、生き延びた末に復讐に来たら。
災いを呼ぶ異端児であり、一族で最も強い力を持つスコールの存在は、それだけで一族にとって脅威となっていた。
危険な種は、芽吹く前に摘むべきだと、その言葉を妄信的に実行しようとする衝動だけが、彼女達を突き動かしていた。

 小さな子供が、いつまでも沢山の大人から逃げていられる訳もなく、スコールは次第に衰弱して行った。
そんなスコールを見付けたのが、シヴァの一族が棲む山の麓に存在する村に仮住まいをしていた、レオンであった。

 スコールが人間ではないように、レオンも人間ではない。
レオンは、イフリートと呼ばれる炎を生み出す力を持った魔人の一族だった。
イフリートの一族は、古来から人間と親しみの深い種族で、炎を操る力で人々の生活の助力を生業としていた。
当時のレオンは一人立ちしてから間もない頃で、雪山の麓の村に仮住まいをし、冬の寒さに凍える村人達の暖として助力を請け負っていた。

 レオンは雪山の麓に倒れていた、傷だらけのスコールを拾い、自宅で養生させた。
初めて見る一族以外の生き物、そして“男”と言う生き物に、スコールは警戒していたが、それもほんの少しの間だけだった。
姉と同じ優しい笑顔と、シヴァの一族の者では到底作る事のない温かな食事を与えられ、スコールは警戒心を解いた。
この人は大丈夫、と、それは理屈ではなく本能的な思考で、スコールはレオンに懐いたのである。

 炎を操るイフリートの一族は、氷を操るシヴァの一族と対を成しており、全く異なる思想や生き方をしている事もあって、互いに不可侵である事が暗黙の了解とされていた。
しかし、幾ら対の種族とは言え、謂れのない事で一族を追われ、命からがら逃げ延びて来た幼い子供を放り出せるほど、レオンは人でなしにはなれない。
レオンはこっそりと、スコールの面倒を看る事を決めた。

 しかし、レオンの秘密事は長くは保たれなかった。
村の人々に頼られていたレオンの下には、ひっきりなしに村人が訪れる。
初めは人が来ている間は隠れていたスコールだったが、突然の来訪と言うものは避けられず、十日もしない内にスコールの存在が村人に見付かってしまった。
人と相容れないと言うシヴァの子供の存在に、村人達は恐れ戦いたが、レオンが間に入って事情を説明し、一時の間だけならとレオンの傍にいる事を赦された。

 だが、口さがない者や、無為に好奇心旺盛な者は何処にでもいる。
ある村人がスコールに触れようとした時、スコールが生まれ持って纏っている冷気が、村人の手を凍り付かせてしまった。
レオンが直ぐに溶かした為、軽度の凍傷で済んだものの、此の出来事は小さな村の中にあっと言う間に広がってしまい、敵意悪意とは関係なく、スコールを村人から敬遠させてしまう事となる。

 村には、定期的に、レオンの上司に当たるイフリートの一族の者が訪れた。
その時、村人はスコールの事を伝え、イフリートの一族にもレオンがシヴァの子供を匿っている事が知られてしまった。
イフリートの一族は、レオンにスコールをシヴァの一族へ帰すように命じたが、異端児とされ、虐待されて命を脅かされた幼い子供を最悪の環境へ戻すなど、出来る訳もなかった。
上司の男もレオンの言葉に同意はしてくれたが、現場を知らない上層部からの命令は一貫していた。
やがてレオンが命令に従わない事を察すると、レオンがそれまで上げて来た功績の一切を剥奪し、一族から追放する事にした。
上司である男は、しばらくはレオンと上層部との間で奔走していたが、レオンがスコールを手放す気がない事、上層部も考えを改めるつもりがない事を感じ取り、別れ際、スコールの頭を撫でてイフリートの里へと戻って行った。

 イフリートの一族を追放されたとなると、レオンは身元不明の扱いとなる為、村人が彼を慕っているとしても、その場に留まる事は難しくなった。
後任の者が派遣されてくるまでの繋ぎとして、しばらくの滞在は赦されたが、それが終わるとレオンは直ぐに村を去った。
常に冷気を纏っているスコールの存在もあり、村人にも不安を与えてしまう為、互いに敵意を向ける事はなくとも、早めに切り上げるのが無難だとレオンは判断した。

 ─────それから、十年。
レオンはスコールを連れ、転々と世界を巡りながら旅をしている。
何処かにあるかも知れない、二人一緒に安穏の日々が過ごせる場所を求めて。




 何処までも続く草原の中、点在する岩が目印のように起立していた。
その中でも、小さな岩が円を作るように集まり、一本の直立した岩を囲んでいる場所を、レオンは野宿場所にと選んだ。

 転がっている小石を集めて簡易の竈を作ると、レオンはそこに火を灯した。
火種や燃す為の枝のような燃料は必要ない。
イフリートであるレオンにとって、炎を作るには、大気中の空気と少量の魔力エネルギーさえあれば十分だ。
それらがなくとも、自分の体力や魔力を幾らか使えば、炎を生み出す事が出来る。

 スープとパンの簡素な食事を終えてしまえば、後は眠るだけ。
普段はレオンが夜通し起きていたり、スコールが途中で交代したりと、二人一緒にのんびりとした夜を過ごせる事は滅多にない。
しかし今夜は、野生の動物や魔物の気配は辺りに感じられなかったので、今日は久しぶりに二人一緒に眠る事にした。

 スコールは、レオンの腕に抱き締められていた。
幼い頃はすっぽりとレオンの腕の中に納まっていたスコールだったが、生まれてから今年で十七年の歳月を経た今では、細身ではあるものの、身長も伸びて、レオンと並べば頭半分程度の身長差となっている。
座っていても身長差は同じ程度なので、もうスコールがレオンの体に丸ごと包み込まれてしまう事はない。
しかし、それでもレオンの方が体格で勝っている事は変わらない。
その所為か、スコールは今でもレオンに抱き締められると、彼の力強さに守られているような気がした。

 二人の傍らで、レオンが作り出した炎がゆらゆらと揺れている。
スコールは、レオンの腕に抱かれながら、じっとその炎を見つめていた。


「……レオンの火、暖かいな」


 小さく零れたスコールの言葉に、閉じられていたレオンの目が開かれる。
スコールは、自分の腹に添えられたレオンの手が、優しく体を抱き締めるのを感じた。


「…レオンの火、暖かいから、好きだ」
「そうか」


 くすり、と微笑む気配が耳元で感じられて、スコールの白い頬がほんのりと赤く染まる。
レオンは、そんなスコールの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「暑くは、ないか?」
「ん。……丁度良い」


 シヴァの一族にとって、熱と言うものは、本来、大敵とされるものであった。
スコールもそれは同じなのだが、熱に触れたからと言って直ぐに火傷を負ったり、身体に支障を来す訳ではない。
生まれ方が他の者と違っていた所為もあるのか、スコールは人の体温程度の温もりなら、長く触れていても火傷を負う事はなかった。
寧ろ、熱に触れていると、ふわふわとした心地良さを感じる事もある。

 イフリートの一族であるレオンの体温は、普通の人間を遥かに上回る。
スコールが冷気を放っているように、レオンも熱気を纏っていた。
スコールが常に纏っている冷気は、それだけで触れた者を凍り付かせてしまう。
しかし、レオン自身の熱気がその冷気の浸透を阻む為、レオンがスコールに触れても自身が凍り付いてしまうと言う心配がないのだ。
纏っている熱気をそのままに触れてると、スコールが火傷を負ってしまうのだが、レオンは自分の意志で体温と熱量を調整していた。
こうした配慮によって、ようやく、スコールとレオンは触れ合う事が出来るのだ。

 スコールは、背中に感じるレオンの体温をもっと感じようと、目を閉じた。
耳元にかかる細い糸の感触は、レオンの髪だ。
それすらスコール自身の体温よりも暖かい。


「……レオン」
「ん?」
「……うん……」


 名前を呼べば、返事がある。
どうした、と問う声に、呼んだだけ、と答えれば、まるで悪戯を諌めるように優しく頬を撫でられた。
指先一つで伝わる体温が、スコールは愛しくて仕方がない。

 その愛おしい存在に、スコールは自分の所為で不自由を強いている事がずっと気掛かりだった。


「…悪かった。また、俺の所為で…」
「────なんだ。またそんな事気にしていたのか」


 突然の詫びを口にしたスコールに、レオンは仕様がないなと眉尻を下げて笑う。
だって、と瞼を伏せて言うスコールを慰めるように、レオンはスコールの頭を撫でた。

 スコールが謝ったのは、三日前の出来事が起因する。
転々と各地を放浪する生活を送っている二人だが、この十年で何度となく、定住を試みる事もあった。
しかし、これが中々上手く行かない。
追放されたとは言え、イフリートの一族であったレオンは、何処に行っても人々に迎え入れて貰えるのだが、シヴァの一族であるスコールは簡単には受け入れて貰えない。
常に身にまとっている冷気を中々抑える事が出来ず、周囲に影響を及ぼしてしまう為、人の輪の中で生活をする事そのものが困難なのだ。
元々排他的な一族として知られている氷女の生まれで、スコール自身、感情が滅多に表に出ない所為か、レオンのように愛想良く振る舞う事も出来ず、スコールが人々の理解と信頼を得るのは難しかった。
レオンが街人達の中で順調に信頼を得ても、スコールは些細な誤解から肩身を狭くしてしまうようになる事が多く、街人達から疎ましい眼で見られるようになり、その街に滞在する事そのものがスコールにとって苦痛となっていた。
それを感じたレオンは、親しくしていた人々への挨拶もそこそこに、スコールを連れて街を出たのである。

 レオンがスコールを連れて旅をするのは、スコールが安穏の生活を送れる場所を見つける為だ。
だから、行った先でスコールが辛い思いをするのなら、其処は目的の場所ではない。
そうして、此処ではない、此処でもない、と二人は転々と彷徨い続けているのだ。

 レオン一人なら、この旅は直ぐにでも終わる。
そもそも、スコールを拾う事がなければ、レオンはイフリートの一族として、今も昔と変わらない平穏な生活を続けていただろう。
自分の所為でレオンを振り回している────そんな罪悪感が、スコールの中にはあった。

 しかし、レオンはこの生活に不満を感じた事はない。
レオンは、ひんやりとした心地良い冷気を肌に感じながら、スコールを強く抱き締めた。


「スコール」


 耳元で名を呼ぶ声。
意図的にかかる吐息の熱に、スコールはふるりと体を震わせた。


「どうした?寒いのか?」
「……い、や……」


 問うレオンの声は、判り易く笑みを含んでいた。
スコールの白い耳が赤くなっているのが、抱き締めた腕の中で鼓動が跳ねているのが、レオンは判る。

 寒さなど、シヴァの一族であるスコールにとって、厭うものではない。
だから体を震わせたのは、そんな理由ではなく、寧ろ逆の────背中から、腕から、耳から、じっとりと伝わってくる熱の所為。

 するり、とスコールの上衣の襟合わせの隙間から、レオンの手がその内側へと滑り込む。
布越しではなく、直に肌に触れた手の温もりに、スコールの体がぴくん、と微かに跳ねた。


「あ…レ、オン……っ」


 薄い胸を、ゆったりと這う掌。
その手は、スコールが知っている限り、一番大きくて一番優しくて、一番熱い手だった。

 虚空から炎を生み出す手が、スコールの冷たい肌を撫でて行く。


「……スコール」
「っ……!」


 吐息のかかる耳元から伝わってくる、明らかな欲を孕んだ低い声。
それだけでスコールは、冷たい筈の自分の体の奥底から、耐え難い熱が溢れ出してくるような気がした。

 スコールが着ている服は、服の中に篭る熱さを嫌う彼の為に、風通しの良い作りをしていた。
袖や袂はゆったりとしており、生地も薄いものを使用し、丈も短い。
首下も締め付ける事がないように、着物のような衿合わせになっていた。

 スコールの短い後ろ髪の隙間から、白い肌が覗いている。
レオンは其処に唇を寄せて、つ、と舌を這わした。


「ふっ……!」


 吐息と共に零れかけた音を、スコールは手で口を塞いで堪える。
小さく肩を震わせながら、首筋から背中へ、ぞくぞくとしたものが伝わる感覚を耐えようとするスコールだったが、


「こら」
「……う…んっ」


 手首をレオンの確りとした手が捉え、緩い力で口の解放を促される。
スコールはふるふると首を横に振り、いや、と拒否を示したが、レオンは赦してはくれなかった。

 両手を後ろから捕まえられて、スコールはせめてもの抵抗に唇を噛み締める。
しかし、


「ふぁっ……!」


 かふ、と耳朶を柔らかく噛まれて、思わず声が漏れた。
自分の者とは思えないような、甘ったるい響きを含んだその音に、スコールの白い頬が真っ赤に茹る。


「れ、レオンっ……」
「嫌か?」
「……っ」


 耳元で囁かれて、ずるい、とスコールは思った。
背中に触れるレオンの体温が、僅かずつ、上昇しているのが判る。
レオンの体温の心地良さは、スコールに安堵を感じさせる事もあれば、欲めいたものを抱かせる事もある。
今背中に感じる熱量が誘っているのは、明らかに後者であった。

 レオンが衣紋を噛んで引っ張れば、襟合わせが撓んで袖がずれ、スコールの細い肩が露わになった。
ゆらゆらと揺れる火に照らされた肌は、ほんのりと橙色を帯びているけれど、それは肌の白さがそのまま火の灯りを反射させているからだ。
むずがるように袖を上げようともがくスコールだったが、レオンの腕がそれをやんわりと咎めるように捕まえると、拙い抵抗は程なく止んだ。

 スコールが肩口から後ろを振り返れば、自分とよく似た、けれど強い光を宿した蒼の瞳が其処にある。
猫のように尖った瞳孔の中に、薄らとした赤色が見えた。


「レオ……ん、んっ…」


 名を呼ぶスコールの唇が、レオンのそれで塞がれる。
首だけを後ろに巡らせたスコールが、微かに苦しげに呻くと、レオンはそっとスコールの体を反転させた。
向かい合う形になると、スコールはレオンの首に腕を回し、甘えるように身を寄せて唇に応える。

 ちゅ、くちゅ……と言う小さな音が、静かな岩場の中で、やけに響いているような気がして、スコールの胸の鼓動が高鳴る。
密着したままでいると、それをレオンに悟られてしまう気がして、スコールはそっと体を離そうとした。
しかし、それに気付いてか、レオンの逞しい腕がスコールの背中を抱き込み、より一層肌を近付ける事となる。


「ん、ぅ…ふっ……」


 絡み付く舌が、熱くて熱くて堪らない。
けれど、焼き尽くされそうな痛みを伴う事はなく、ただただ、じんわりとした心地良い熱が伝わってくる。

 息が出来なくて、苦しい。
苦しい筈なのに、頭の奥はまるで口当たりの良いワインを飲んだ後のように、とてもふわふわとしていて心地が良い。

 レオンの舌が、スコールの舌をゆっくりと舐めた。
ぞく、ぞく、としたものが背中を走って、スコールはレオンの首に絡めた腕に力を籠める。
咎めるようにも、求めるようにも思えるその腕を、レオンは己の好きなように解釈した────もっと、と言っているのだと。
顎を捉えて固定させ、角度を変えて何度も口付け、逃げようとする舌を捕まえては舐めて差し出すように促す。


「ふぁ…あっ…んぁ……」


 レオンが悪戯に唇を放すと、物寂しげな表情をしたスコールの唇の隙間から、てらてらと濡れた舌が覗く。
潤んだ瞳で見つめる少年に、レオンは薄らと笑みを梳いて、より深くまで唇を貪った。


「ん、ん…っ、ふ、れお…んう…っ」


 口付けの微かな合間に零れる、名前を呼ぶ声。
舌足らずになって行くそれを聞きながら、レオンはスコールの上衣を引き下ろした。

 レオンの指がスコールの背筋をくすぐる。
ヒクン、と細い肩が跳ねて、スコールが背を弓形に撓らせた。
そうしてレオンの肌に押し付けられる胸には、ぷくりと膨らんだ頂きが二つ。


「ん…あっ!」


 レオンはスコールの唇を放すと同時に、背を片腕で抱き逃げを封じ、空いた手でスコールの胸の蕾を摘んだ。
甘い悲鳴が響き渡る。

 人差し指と親指で、きゅ、きゅ、と悪戯に摘まんだ蕾を弄ばれ、スコールはレオンに縋り付いたまま、嫌がる子供の用にゆるゆると首を横に振った。


「や、あっ…あっ…レオ、ンん…っ」
「可愛いな、スコール……」


 頬を赤らめて縋るスコールに、レオンは囁いた。
それだけでスコールは益々赤くなり、違う、そんな事ない、と否定する。
その様さえも、レオンにとっては愛らしくて仕方がない。

 レオンはスコールの首に顔を寄せると、喉仏から顎へ、ゆったりと舐め上げた。
上ってくる感覚に、息を詰めて耐えようとするスコールだが、レオンは摘まんだ乳首を抓られ、


「ひぅっ…!」
「我慢するな」
「だ、って…や、あっ!」


 恥ずかしい、と抗議しようとしたスコールだったが、その言葉さえも喉をくすぐる舌の感覚に奪われる。
その感覚から逃げるように体を仰け反らせていたスコールだが、レオンにしてみれば、差し出しているような格好だ。
無自覚の誘いを指摘する事なく、レオンは白く細い喉に、柔らかく歯を当てた。
食いちぎる事などありはしないが、それでも本能的に喉に食い付かれる恐怖を感じるのか、ヒクン、とスコールの肩が竦む。
それを慰めるように、歯を立てた場所へもう一度舌を這わす。


「あっ…あ……や、あ……」


 ふるふると体を震わせながら、スコールはレオンの肩を強く握る。


「レ、オン…レオン……」
「どうした?寒いか?」
「ちが……違う……、んん…っ」


 震えるスコールの体に、温もりを分け与えるように、レオンは細い肢体を抱き締めた。
それが更にスコールを苛むと判っていて。

 布を介する事なく、直接伝わるレオンの熱に、スコールの息が上がって行く。
じん…と広がって行く熱と共に、己の奥底から湧き上がってくるものがある。


「レオン、だめ…あ、あ…っ、熱、い…熱いぃっ……」


 シヴァに生まれついた者として、大敵である、熱。
触れてはならない、近付いてはならないそれを、最も信頼する者から与えられる。
そうしてスコールが感じるのは、痛みや苦しみではなく、悦楽だった。


「はっ、あ…!熱いの、だめ…だめ、だから……っ」
「だから?」
「ふあ、ああぁっ…!」


 離れて────その一言を言うだけなのに、スコールにはそれが出来ない。
昇って行く体温に誘発されるものが、それだけではないと判っていても、スコールは拒否できなかった。
レオンに与えられる熱は、何よりも安らげるものであり、心地の良いものだから。

 其処から先に与えられるものも、全て、レオンが齎してくれるものだと知っている。


「スコールの此処、すっかり固くなったな…」


 ツン、と指先で乳頭を掠められて、スコールの体がヒクン、と跳ねる。


「ふっ…あっ、あっ……」
「……もっと?」


 スコールの骨が浮き上がった鎖骨を舐めながら、レオンは言った。
首下にかかる熱の吐息が、スコールの思考を溶かして行く。


「は…あ、ん……んん…」


 返事の代わりに、スコールはレオンの頬を撫でた。
冷たい手が熱の宿ったレオンの肌を撫でれば、束の間に奪われた体温を取り戻すかのように、より一層の熱がレオンから滲む。

 レオンは胡坐を組んで、膝上にスコールを乗せた。
膨らんだ乳首の片方を指で摘まみながら、もう片方に唇を寄せ、吸い付く。
ねっとりと熱を含んだ舌に舐られ、スコールは息を飲んで身を捩る。


「やあ、あっ、あぁあっ!」
「ん……嫌、か…?」
「ふ、んあ…あっ、んんっ……!」


 ふるふる、とスコールは首を横に振った。
その反応に気を良くし、レオンはちゅう、とスコールの乳首を強く啜る。


「あっ、あっ…!ひ、は…あぁん…っ!」


 ちゅ、ちゅく、とレオンが乳首を吸う度に、スコールの薄い腹がぴくっぴくっと痙攣する。


「レオン…っ、レオンの、口の中っ…あっ…あったか、…んん…っ」


 氷のように冷たいスコールの肌に、レオンの咥内は熱すぎる。
それでも、レオンの愛撫の所為でスコールが傷付いた事はない。
だからスコールは、レオンに与えられる愛撫を怖いと思った事はなかった。

 唯一、恐ろしい事と言ったら、この熱がいつか、自分に触れてくれなくなる日が来るかも知れないと言う事。
それをいつであったか口にしたら、有り得ないから大丈夫だ、と熱い口付けと共に言われた。


「んっ、んっ…!」
「熱い…?」
「ふ、うん…熱、い……あっ、はっ…」


 きゅ、と乳首を抓られて、スコールの体がビクン、と跳ねる。


「何処が熱い…?」


 言って、レオンはちゅう、とスコールの乳首を吸う。
同時に反対の乳首をコリコリと爪先で挟んで転がすと、スコールははくはくと唇を音なく開閉させて息を吐き、


「あ、あっ!あ、ふ…ぜ、んぶ…、ぜんぶ…っ」
「全部…?」
「レオン、の…触ってるとこ…あっ…!全部、熱くて…っ、溶け、そう……っ!」


 乳首も、背中も、膝に乗せられて触れ合っている下肢も。
レオンが触れた喉や、唇や、撫でてくれた頬も、全部。
彼が触れてくれた所が、熱を分け与えてくれた所が全て、じくじくとした熱に犯されて、内側から溶けてしまうような気がする。

 熱と涙で潤んだ瞳で訴えるスコールに、レオンは己の体内で抑え込んでいた熱が吹き上がるのを感じた。
しかし、可惜に温度を上昇させれば、スコールを傷付けてしまう。
一つ息を吐いて理性を留めると、レオンはスコールの頬に口付けて囁いた。


「…溶けるには、まだ早いぞ」


 間近で見つめる蒼の瞳に篭る熱に、スコールは眼球さえも溶かされてしまうかも知れない、と思った。