湯けむり温泉獅子の受難 3


 外界から聞こえる鳥の声。
最初は遠く、近く、曖昧な距離感であったものが、意識の覚醒に伴って、案外と近い距離からであった事が判って来た。
普段とはどうも違う朝の雰囲気に、しばらく自分の周囲の状況が判らず、布団の中でぼんやりとしていたレオンだったが、数秒かけてようやく昨日の出来事を思い出した。

 久方ぶりに取った自分の休暇と、妹の学校の長期休暇に、福引で当てた温泉旅行。
同行者一名を伴って、昨日の昼に家を出発し、夕方にようやく到着した旅館。
姉妹二人でのんびりと温泉を堪能し、夜半に少々トラブルは起きたものの、それ以降は平和な夜であった。

 レオンが目を擦りながら起き上がると、隣でもぞもぞと身動ぎする気配があった。
見れば、縋るものをなくした妹が、子猫のように丸くなっている。
寂しがり屋の妹の姿に、レオンは小さく笑みを浮かべ、ダークブラウンの髪をくしゃくしゃと撫でてやった。


「ん……」


 スコールの睫がふるりと揺れて、瞼が持ち上がる。
ぼんやりとした瞳がしばし虚空を彷徨った後で、見下ろす姉へと向けられた。


「れおん……」
「おはよう、スコール」
「……うん……」


 起き上がってスコールが目を擦る。
背中にかかる長い髪は、寝癖であちこちが跳ねていた。
スコールがこの状態なのだから、彼女以上に長く伸ばしている自分の髪は、もっと酷い有様なのだろう。

 スコールを伴って襖を開けると、畳の上で俯せになっているクラウドがいた。
のそのそと顔を上げたクラウドが此方を見ると、碧眼の下に黒々としたクマが出来ている。


「……………おはよう」
「………ああ」
「………ん」


 光のない眼に不気味さを感じつつ、レオンとスコールは短い返事をして、鞄からブローやワックスなどヘアメイクの道具を取出し、洗面所に向かう。


「髪……酷い…」


 顔を洗い、洗面台の鏡に映った自分の寝癖を見て、スコールが呟く。
レオンの方も、想像通り、酷い有様となっていた。

 幸い、洗面台の水道はシャワータイプに切り替える事が出来、ノズルも延ばせるものになっていた。
レオンは、邪魔になる髪を一先ず後ろに流してまとめて括り、スコールを鏡の前に座らせる。


「なぁ、レオン……」
「ん?」
「別に、その…一人で出来るから」
「エルにはやらせるのに?」
「……エルだって…俺はいいって言ってる……」
「まあ、そう言うな。直ぐ終わるから、じっとしていろよ」
「……うん」


 観念したように頷いたスコールに、よし、とレオンは笑みを浮かべた。

 持って来ていた寝癖直しで、柔らかなダークブラウンの髪を濡らし、ブラシでゆっくりと梳いて行く。
時折絡まって引っ掛かる箇所を気を付けながら、レオンは丹念にスコールの髪を梳いてやった。
待っている間、スコールが「ふぁ……」と小さく欠伸を漏らす。


「まだ眠いか?」
「少し……」
「もう直に朝食だ。食べながら寝るなよ」
「子供じゃないんだ。そんな事しない」
「そうか」


 くすくすと笑うレオンに、スコールがむぅと眉根を寄せる。
レオンは、最後の一梳きを終えてブラシを台に置くと、用意されていたドライヤーのスイッチを入れる。
湿っていた髪を手早く乾かして、終わったぞ、とスコールの頭を撫でた。

 スコールが椅子を空けて、レオンが座る。
括っていた髪を解くと、また爆発したように酷い有様になった。


「…面倒だな。もう結んだままにするか」
「……じゃあ、俺がやる」


 前髪を掻き上げて呟いた姉に、スコールは台に置いていた寝癖直しを手に取って言った。
レオンは眉尻を下げて笑うと、じゃあ頼む、と言って肩の力を抜いた。

 スコールは自身にして貰った時のように、レオンの髪を湿らせて、ブラシを入れる。
その手付きは随分と不慣れなものであったが、出来るだけ髪を引っ張らないように、と気を遣っているのがレオンにも判った。
しかし、レオンの髪は高い位置で括っても背中の中ほどまで届くほどに長い為、寝癖もスコール以上に酷い。
あちこち絡まってブラシに引っ掛かるのを、スコールはどうしよう、と口を真一文字にする。


「なんか……直らない……」
「無理にしなくていいぞ。食事が終わったら風呂に入るつもりだからな。その時に洗ってしまえばいい」
「……じゃあ、俺も一緒に入る」
「ああ」


 スコールは、ブラシを入れる手を適当な所で止め、ドライヤーを手に取った。
湿っていた部分を乾かすと、まだ毛先の絡まりは解け切れていないものの、先程よりは随分落ち着いた髪型になった。


「伸ばし続けているのも、中々面倒だな。今度一気に切ってしまうか」
「え」
「嫌か?」
「……多分、エルも、嫌がる」


 “エルも”と言う事は、スコールも嫌だと思っていると言う事だ。
素直に言えない妹の、ほんのりと赤くなった顔に笑みを浮かべつつ、レオンは「じゃあ止めよう」と言った。
スコールが心なしかほっとしたように息を吐く。

 食事の邪魔にならないように、レオンはもう一度、髪を高い位置で結い上げた。
飾り気のないゴムで止めた髪を後ろに流すと、豊かなダークブラウンの髪がふわりと揺れる。
それを、スコールはじっと見詰めていた。


「どうした?」
「え……あ、」


 視線に気付いて鏡越しに問う姉に、スコールは慌ててなんでもない、と首を横に振る。
妹の様子にレオンは首を傾げつつも、特別気に留める事もなく、洗面所を後にした。

 部屋に戻ると、クラウドがじとぉ、と湿ったような眼差しを向けて来る。
その首には、昨晩レオンが装着させた鎖付の首輪があり、鎖は床の間の床柱に括り付けられていた。
これのお陰で、レオンとスコールの平穏な眠りが保たれたのである。

 平和な朝を迎えた今、この首輪ももう必要ない。
直に従業員が朝食を運んでくる頃だし、首輪を付けた男がいると言うのは、不穏な光景でしかあるまい。
見られる前に、レオンは床柱の鎖を解き、クラウドの首下の輪も外してやる。


「恋人を鎖に繋いでそのまま寝るとか、酷いぞお前達」
「お前が夜中に碌でもない事をするからだ」
「据え膳食わぬは男の恥だ」
「誰がいつ据え膳を出した」
「いつだって俺は準備万端だからな」
「何が………言わなくて良い」


 開きかけたクラウドの口を、レオンが掌底をぶつける同然の強さで塞ぐ。
レオンが手を離せば、クラウドの口周りが赤くなっていたが、二人とも特に気にはしなかった。

 部屋の戸をノックする音と、従業員の呼びかける声が聞こえて、スコールが部屋を出て行く。
部屋玄関の鍵を外すと、朝食の膳を持った仲居が立っており、朝の挨拶をして膳を運び込む。

 光沢のある粒の立った白飯、黄金色の出汁巻き卵、海老の頭の入った味噌汁に、山菜の小鉢に漬物────流石は旅館と言うものか。
日常生活では滅多にお目にかかる事の少ない、手の込んだ豪勢な朝食。
敷いた座布団に正座して、行儀良く口に運ぶレオンとスコールと、クラウドも胡坐で景気よく掻き込んで行く。


「美味いな」
「……ん」
「…ついてるぞ」
「………」
「取れてない。ちょっとじっとしてろ」


 スコールの頬に付いた米粒を、レオンが指先で摘まんで、自分の口に運ぶ。
恥ずかしそうに赤い顔で睨むスコールを、レオンは笑みを浮かべて見返していた。
─────それをじっと見ている視線が一つ。


「俺もそっちがいい」


 クラウドである。

 そっち?とレオンとスコールが同時に首を傾げると、クラウドは茶碗を片手に腰を上げる。
そして、並んで座るレオンとスコールの間に割り込む形で座った。


「………邪魔だ」
「レオン、ご飯ついた」
「今自分でつけただろう」
「取って」
「断る」
「じゃあスコール」
「………」


 ふるふると首を横に振って拒否を示すスコールは、完全に引いている。
構わずに取って、ともう一度言うクラウドに、レオンは拳骨を落とした。


「席に戻れ。食事中にうろうろするな、行儀が悪い」
「…なんか昨日から扱いが悪いぞ、レオン」
「自業自得だ」


 クラウドが渋々と自分の席に戻り、スコールが小さく安堵の息を吐く。
人の気配が苦手なスコールは、パーソナルスペースがかなり広い為、家族以外が無為に近付くと、直ぐに緊張してしまう癖がある。
しかしクラウドはそれを無視して近付いて来る為、───一応“恋人”的立場であるとは言え───スコールは度々こうして身を固くしてしまうのである。
それもあって、レオンはクラウドに自分の席に戻れと言ったのだ。

 もそもそと食事を再開させるスコールの頭を、レオンがぽんぽんと撫でる。
それをまた羨ましそうに見つめる碧眼があったが、レオンは特に気に留めなかった。




 朝食を終えた後、クラウドは「ちょっと歩いて来る」と言って出て行った為、部屋には姉妹2人きりとなった。
観光などの予定もないレオンとスコールは、寝癖が直り切らない髪の為もあって、風呂に入る事にする。
社会人として、学生として、決して退屈ではない日々を送る二人である。
朝風呂なんてものにのんびりと入る機会など滅多になく、これも温泉旅行ならでは、と言った所か。

 レオンが髪を洗っている間に、スコールは一足先に部屋外の岩風呂に身を沈めた。
東から上った太陽は、大分高い位置まで昇っており、竹屋根の隙間から陽の光が差し込んで、水面できらきらと光る。

 スコールは岩風呂の縁に寄り掛かって、麓の街を見下ろした。
街は特別高いビルがある訳でもなく、中心部から少し離れれば、あるのは田畑ばかりの長閑な光景。
所々、温泉施設の湯気らしきものが立ち上っているのが確認できる。

 ちゃぷ、と水の立つ音が鳴って、振り返ると、レオンが縁に腰掛けて足下を湯に浸していた。


「いい景色だな。気に入ったのか?」
「……別に。でも、悪くはない、と思う」


 素直でない妹の言葉に、レオンは口元を緩めた。


「……エルも、一緒に来れれば良かったな」


 縁に寄り掛かったままで呟いたスコールに、レオンはそうだな、と小さく返す。
波紋が揺れて、レオンがスコールの隣に腰を下ろす。


「確かに、エルも一緒ならもっと良かったとは思うが、そうなると、父さんも一緒じゃないと可哀想だな」
「………」
「一人だけ除け者にしたら可哀想だろう」


 17歳と言う、父親に対して複雑な感情を持つ年齢のスコールである。
判り易く顔を顰めた妹を見て、レオンはくすくすと笑って言った。


「置いて行ったら、後が煩いぞ。いや、旅行中に5分置きで電話が鳴るかもな」
「………」


 それも鬱陶しい、とスコールが益々顔を歪めて行く。
大好きなもう一人の姉と一緒に旅行に行けなかったのは寂しいが、賑やかしことの父の同行は許容できないらしい。

 微かに頬を膨らませて、腕枕に顎を乗せるスコールの項を、レオンは指先でくすぐった。
ぴくっとスコールの薄い肩が跳ねて、じろりと睨まれる。
レオンは直ぐに手を引っ込めて、敏感な反応を示す妹に背を向けて笑いを殺す。
スコールはむっとして、レオンの背中にこっそりと近付くと、後ろから姉に抱き着いてやる。


「っ……こら、スコール!」


 スコールはレオンに抱き着いたまま、彼女の腹に腕を回し、無駄な贅肉のない腹をこしょこしょとくすぐり出す。


「やめ、スコール!く、ははっ」
「先にやったのはレオンだろ」
「触っただけだろ……ちょっ、本当に……ひっ、あ、ははっ、ばか、スコール!」


 じたばたと暴れるレオンだったが、スコールはぴったりと背中に密着して離れない。
脇腹で指を遊ばせると、レオンの腹筋がひくひくと震えるのが伝わって来た。

 この、とレオンの手がスコールの腕を掴む。
スコールがしまった、と思う暇もなく、強く引き倒されて、湯船に顔から勢いよくダイブする。
水飛沫が立って、スコールがばたばたと手足を暴れさせると、今度は後ろへと引っ張られる。
湯の中から一気に引き上げられて、スコールは猫のようにぶんぶんと首を振って水気を散らす。
湯が入ってしまった所為で痛む鼻柱を押さえていると、後ろから笑う声が聞こえた。


「くく、はは、はははっ」
「……このっ!」
「────うわっ!」


 腹を抱えて笑うレオンに、スコールは正面から跳び付いた。
常のレオンなら、細身のスコールを受け止めるなど苦ではなかったのだが、油断していた事と、場所も悪かった。
レオンが立っていた場所は、運悪くも丁度大きな岩石が一つ埋め込まれた場所で、滑り易くなっており、加えて湯波に足を取られた所為で、レオンはあっさりとバランスを崩す。

 盛大な水飛沫が立って、湯船を溢れ出した湯が山水の庭に飛び散って沁み込んで行く。
しばらく、湯の中で揉み合うようにばしゃばしゃと水飛沫が続いた。


「スコール、離れ……」
「うわ、ぷっ、うっ」
「はっ、ぷはっ!」
「わ!」


 お互いにじたばたと暴れる所為で、いつまで経っても落ち付けない。
結局、レオンがスコールを抱き込む形で押さえ付け、湯船を上がって縁に倒れ込む。


「はっ、は……」
「けほ……レオン、その……悪かった…」
「いや……俺もちょっとふざけ過ぎたな」


 呼吸を整えながら、レオンとスコールはのろのろと身を起こす。
吹いた風に体が冷えてしまう前に、二人で湯船に入り直す。


「…エルオーネと父さんがいれば、クラウドを連れてくる必要もなかっただろうな」
「あ……それ、良いな。昨日の夜とか大変だったし」
「同じ男を連れて行くなら、クラウドより父さんの方が良いな。少し賑やかになるけど、覗きの心配をする事はなかっただろうし……ああ、でも、一緒に入りたいって言い出すだろうな」
「………やっぱりどっちも嫌だ。俺はエルとレオンだけでいい」


 父親と一緒に入浴だなんて、言語道断だと言わんばかりに顔を顰めるスコール。
彼が娘三人を分け隔てなく、とても大切してくれている事は、スコールも判っている事であるが、やはり思春期である。
父親に対して嫌悪にも近しい距離の取り方をするのも無理はない。
父もそれは理解しているつもりなのだが、スキンシップ好きの彼は、末娘のこの反抗期を非常に憂いており、度々寂しがって長女と次女に泣きついていたりする。

 拗ねた顔で、口元を湯船に沈めて隠す妹。
それをなんとなく見詰めていると、眉根を寄せたスコールの眼が此方へと向けられた。
心なしか気まずげな色を宿した蒼に、レオンが口元を緩めてやると、スコールはほっとしたように眉を緩めた。


「土産、買って帰ってやらないとな」
「……ん」


 どんなに嫌がって見せても、男手一つで娘三人を育て上げてくれた、偉大な父である。
思春期故についつい冷たく当たってしまう末娘も、それはきちんと理解してくれているから、彼の喜ぶ顔を見られる事は嫌いではないのだ。

 父と、次女と、二人が喜んでくれるような土産は何かあるだろうか。
旅館のフロント傍に並んでいた、地酒や酒饅頭なども良い。
街に降りれば、ご当地ストラップなりキャラクターグッズなり、何かあるかも知れない。
そんな事を考えながら、レオンは麓の街へと目を向けて、

 ─────ぞくり、と悪寒のような何かが背中を駆け抜けた。


「────!」
「レオン?」


 条件反射にも似た反応で、レオンはスコールを背中に庇って、湯の中に深く身を沈めた。
突然の事に目を白黒させるスコールを無視する形で、レオンは長閑な山裾の風景を睨み付ける。
────が、


「…………気の所為、か……?」


 特に変わった所も見られない景色に、レオンは立ち上がる。
赤らんだ滑らかな肌を、透明な水滴が伝って落ちた。

 岩風呂の縁に置いていたタオルを広げて、体の前を庇いながら、山水の庭に出る。
サンダルを履いて柵に寄り掛かって辺りを見回すが、其処に在るのはやはり、のんびりとした田舎の風景のみ。


「レオン、何かあったのか?」
「…ああ……いや、悪い。気の所為だな」


 心配そうに問う妹に、レオンは首を横に振った。


「馬鹿が覗きでもしているんじゃないかと思ったんだが、違ったようだ」
「……幾らクラウドでも、山の向こうから覗くとか無理なんじゃないか…?」
「……だと良いんだが」


 湯船に戻った姉の、溜息交じりの言葉に、スコールはことんと首を傾げて、先程レオンが睨んでいた景色に視線を映す。

 麓の街も、一番近い向かいの山も、此処からは随分と遠い。
覗きをするなら双眼鏡でも必要になりそうだし、何より、今朝散歩に出たばかりの男がこの時間にそんな場所まで足を延ばしているとも思えない。
近くの茂みが動いたとか、立て掛けてある板壁が音を立てたと言うなら、レオンが警戒するのも判るのだが。
暗に、平時からレオンがどれだけクラウドの行動に迷惑を被られているのか見たような気がして、スコールは面倒見の良過ぎる姉が気の毒に思えてきた。


「……レオン」
「ん?」
「…今日の夜、背中流してやる」
「……ああ。ありがとう」


 唐突な妹の言葉に、レオンは少し驚いたように目を丸くしたものの、直ぐにはんなりとした笑みで答えたのだった。




「─────……危なかった……」


 鬱蒼とした林の中で、そんな声が呟かれた。

 少々急な角度の坂の上、人一人の体を隠してくれる程度の太さのある広葉樹の根本に、クラウドはいた。
特徴的な形と色故に目立ってしまう、金髪の逆立った頭を土方巻きのタオルで押さえこみ、浴衣の袖は襷掛けに捲り上げ、裾も広げて帯に差し込んでいる。
トランクスがちらちらと見えているのは、気にしなかった。
そして、首には紐付の双眼鏡がぶら下がっている。

 クラウドはそっと木の幹から向こう側を覗き込み、双眼鏡で目標物の様子を確認する。
そうでもしなければ、目標物の姿はおろかか存在さえ容易に確認できない程の距離なのだが、先程のターゲットの行動には、実に肝を冷やした。


(見付かったのかと思ったが……そうでもないみたいだな)


 レンズ越しに確認したターゲットは、此方に背中を向けている。
双眼鏡のレンズをズームにし、ピントを合わせると、肉付きのよい引き締まった双丘を雫が伝い落ちて行くのが見えた。
更には雫が狭間の陰に流れて行くのを見て、クラウドは鼻の奥から熱いものがどくどくと流れ出すのを感じた。
しかし表情は崩れず、じっと真剣な眼で、クラウドはレンズを覗き続ける。


(しかし、二度の油断は赦されないな。あいつは本当に勘が良い。次は怪しんで、中に入ってしまうかも知れない。それでは勿体ない)


 少し視点を移動させると、今度は細い肩が見えた。
日焼けをしない白い首が、温まったせいだろう、仄かに色付いている。
アップに結んだ髪の後れ毛が項に張り付いているのが、なんとも艶々しい。

 クラウドは双眼鏡を覗くのを止めると、するすると広葉樹を昇り始めた。
凹凸が多い幹のお陰で、高い木でもそれ程苦には感じない。
己の体重が支えられる限界ギリギリの場所まで登ると、太い枝に乗って、もう一度双眼鏡を覗いた。

 画面一杯がなだらかな丘に埋め尽くされた。
ん?と一瞬思ったが、直ぐに気付いてズームを下げる。
丘だと思っていたものは、豊かに育った乳房であった。
湯の波間で鮮やかな色の頂きがツンと尖っていて、まるで弄って下さいと言わんばかりに自己主張している。
思わずエアで指技を駆使してしまった。


(巨乳は感度が低いとか、あんなのは嘘だ。レオンの奴、超敏感だからな。ちょっと摘まんでやるだけでビクビクして、いい声出すんだよな……)


 きゅっと摘まんで転がしてやれば、彼女は全身を強張らせ、唇を噤んで必死で声を殺そうとする。
それを解す為に柔らかな乳房の全体を優しく揉みしだき、殺しきれない吐息が漏れて来た所で、もう一度摘まんでやれば、彼女はあの艶やかな唇から、とても甘やかな声を上げるのだ。

 その柔らかくハリのある豊かな胸に、細く白い指が近付いた。
ふにふに、と指先で丘を突く手を辿ると、大人びた、けれどもまだ幼さの気配を残した少女の顔。
羨ましそうに豊かな胸を見詰める彼女の胸元を見れば、其処には慎ましく可愛らしい膨らみがある。


(まだまだ青い果実と言った所だが、大丈夫だ。俺が育ててやるからな)


 手から零れ落ちんばかりの大きさも捨て難いが、片手で包み込める程度の大きさと言うのも、また良いものだ。
此方も姉に負けず劣らず敏感で、軽く撫でてやっただけで甘い声を漏らす。
先端を柔らかく食むと、痛いと言って嫌がるが、その後にゆったりと舐めて宥めてやると、直ぐに蕩けた顔になるのが良い。
姉に比べて発達が乏しい事を彼女はとても気にしているようだが、それも自分がきっと解決してやれる。


(何せ、レオンの胸を育てたのも俺だからな。元々大きい方ではあったけど、毎日俺が丹念に可愛がってやっていたらあのサイズまで育ったんだ……だから安心しろ、スコール。俺のテクには信頼の実績がある。昨日、レオンが揉んでやるって言ってたけど、俺も一緒に可愛がってやるからな。でも小さいままでも十分可愛いんだぞ)


 わきわきとクラウドの手が不埒な動きをしているが、それを咎めるものも、気持ち悪いと囁く者も、残念ながら此処にはいない。

 少女は、まだまだ発展途上の最中だ。
それでいて姉同様に敏感と言う事は、クラウドの頑張り次第で、更に敏感にさせる事も出来る。
まだ初々しさのある彼女の、白く穢れのない(実際は既に自分が手をつけているのだが、それはそれとして)体は、無限の可能性を秘めているのだ。


(────ん、)


 少女が動いて、双眼鏡の視界から外れた。
ズーム率を再度調整し直すと、姉妹が二人仲良く寄り添っているのが見える。


「…………挟まれたい」


 思わず心の声が表に出ていた。
そうでなくとも、鼻血はずっと出しっ放しであるが。

 双眼レンズの向こうで、姉がきょろきょろと辺りを見回している。
不審そうに眉根を寄せているのを見て、クラウドは息を潜めた。
が、妹が呼ぶと、直ぐ其方に意識を向け直し、また無防備になる。


(やっぱり挟まれたいな。そしてこう…二人の胸を同時に……)


 姉の豊かな胸と、妹の慎ましやかな胸と、それらを一度に同時に可愛がるのだ。
姉のツンと尖った乳首を摘まんで、妹の淡く色付いた乳輪を撫でて、それぞれの乳房を強弱を付けながら優しく揉む。
必死で耐えようと口を噤む姉と、ふるふると恥ずかしげに身を震わせる妹。
そんな二人の唇にキスをして、舌を撫でて、貝のように噤んでいるのを解き解してやれば、耳に心地良い甘い声が上がる。

 たっぷり胸を可愛がってやったら、腹を、腰を撫でて、秘められた場所へ。
その頃には、きっと其処はぐっしょりと濡れそぼっている事だろう。
其処はクラウドを欲しがるようにヒクヒクと疼き、指先で入口をなぞってやれば、とろりと先走りの蜜が溢れ出す。
それぞれに指を埋めてゆったりと内壁をなぞり、形を確かめてやると、壁は切なく震えてクラウドの指に絡み付いて来るのだ。
指を増やして広げると、其処はもっと大きくて太くて熱いものを欲しがって、姉妹は揃ってクラウドに縋り付き─────


「………しまった」


 呟いて、クラウドが自身の下肢に視線を落とせば、痛い程にトランクスの前を押し上げている己の一物。
相当固く張り詰めてしまっている為、これは一度抜かなければ、動く事もままなるまい。

 くそ、と一人毒づいて右手を伸ばしかけて、止める。


(此処で出すのか?宿に戻れば二人がいるんだぞ。風呂上りの浴衣で誘って来るんだぞ。それなのに此処でヌくとか、勿体なくないか。いや、勿体ないに決まってる)


 出すなら、二人の中に出したい。
あの蜜園の中を、己の欲望で一杯に満たしてやりたい。
彼女達が此処にいないのなら話は別だが、いるのであれば、こんな所で夢幻を相手に一回分消費をするなど、馬鹿らしい。

 ────とは言え。

 クラウドは双眼鏡を首に下げ、立てた膝に腕を乗せて、遠くの湯殿を眺める。
裸眼で見ると人がいるかいないか、それが辛うじて判る程度にしか、確認する事は出来なかった。
だが、彼女達はまだあそこで無防備に己の柔肌を晒しているに違いない。


(スコールはともかく、レオンの警戒が強過ぎる。昨晩と同じ目に遭うのは御免だしな。先ずは其処からどうにかしないと)


 昨晩は、二人密着して眠っていた所為もあって、寝苦しかったのだろう。
クラウドが夜半に目を覚ました時、二人は掛け布団を蹴飛ばして、汗を滲ませて眠っていた。
浴衣の前を押し開かせていたレオンの胸の谷間だとか、身動ぎしている間に開いてしまった裾から覗くスコールのすらりとした太腿だとか、あれを見て興奮しない男は男じゃない、とクラウドは思う。

 帯を解かせ、衿を開き、裾を捲って、涼が当たるようにしてやった。
寝苦しそうにしていたのは確かなので、これは決して下心があってやった訳ではない────いや、嘘だ。
正直に言おう、下心は満々だった。
寝苦しそうにしていると言う口実をつけて、二人の浴衣を肌蹴させた。

 クラウドの手によって丹念に丹念に開発された彼女達の体は、眠っていても官能を感じるように仕上がった。
乳房を、太腿を、ツンと立った蕾を、しっとりと汗の滲んだ秘所を愛でてやれば、彼女達は夢現の中で甘い吐息を漏らし始めた。


(もうちょっとだと思ったのにな……くそ、惜しい事をした)


 後少し、レオンの覚醒が遅ければ、きっと昨晩の内に彼女達を可愛がってやれていただろうに。

 そう、最大の問題は、レオンの警戒心の高さだ。
自分は勿論、妹に不埒なちょっかいを出す者がいれば、彼女はその名の獅子の如く怒るのだ。
己の恋人に対しても、これは変わらない(恋人なのに理不尽だ、とクラウドは思うのだが、堂々と二股をかけている彼が文句を言える立場ではない)。

 だが、レオンを攻略したからと言って、其処から先も容易に事が進む事はないだろう。
レオンが妹を溺愛しているのと同じように、スコールも姉に対して絶対の信頼を寄せており、姉に不埒な輩が近付こうものなら、姉直伝の踵を落とす。
二人とも細い体つきをしているのに、一体誰から教わったのか、あの白魚のような嫋やかな御足は時として凶器と化すのだから、全く持って恐ろしい姉妹である。


(どうする─────?)


 あの誘惑を前にして、我慢して耐えられる程、クラウドは聖人にはなれない。
寧ろ難易度が高ければ高い程、攻略のし甲斐があると言うものだし、この壁を越えた先に魅惑の肢体が待っていると思えば、諦めるなどと愚かな真似は絶対にしない。

 大丈夫、絶対にこの壁は乗り越えられる。
何故なら自分は、攻略の糸口を既に知っているのだから。





覗きの為に向かいの山まで出向くクラウド。
警戒心が高そうで無防備なレオンと、今一つ自分に自信がない所為で無防備なスコール。