湯けむり温泉獅子の受難 8


 姉妹が一緒に温泉に入る事を了承してくれなかった所為か、クラウドはまた拗ねてしまった。
剥れた表情で「散歩行って来る」と言って部屋を出て行ったクラウドを、レオンとスコールは見送った。
夕飯も終わり、特に行く所がある訳でもない、夜道散歩をするには灯りが足りないこの旅館で、何処に散歩に行くのかは判らない。
流石のクラウドでも、山の中の獣道を散歩する訳でもあるまい。
と、多少気になる事はあったものの、心配する必要はないので、レオンとスコールは特別彼を気に留める事はしなかった。

 夕飯の後、仲居が敷いてくれた布団の上に寝転がって過ごしているのはスコールだ。
今日は課題をする気にならなかったので、レオンが見ているテレビの音をBGMに、トリプル・トライアドの被りカードを使って一人神経衰弱をやっている。
誰と勝負する訳でもなく、どれだけ連続でカードを揃えられるかと言う遊びは、運と暗記力が試され、上手く続けられるとかなり楽しい。
今日はやっぱり調子が良い、と思いながら、スコールは6ペア目のカードの対を探して、並んだカードの群れをじっと睨んだ。

 旅館で過ごす姉妹二人きりの時間は、とても悠久としている。
家の中で過ごしているのと、あまり変化のない過ごし方をしている気もするが、食事の用意や掃除洗濯など、家事をしなくて良いと言うだけでも、レオンとスコールにとっては非常に大きな違いがあった。
そして何より、ゆったりと過ごせる温泉の魅力が、姉妹を惹きつけて止まない。

 眺めていたバラエティ番組がエンドロールを流し始めた所で、レオンはテレビの電源を切った。
時計を見ると、まだ9時前だ。
寝るには早いな、と座卓に寄り掛かり、どうするかな、と考えて────約二時間ぶりに、連れの男の事を思い出す。


(遅いな)


 心配している訳ではない。
仮に心配をしていると言うのであれば、その対象は彼ではなく、彼の行く先にあるものだ。
超がつくマイペースの彼は、他人の感情の沙汰と言うものを余り気にしないので、何かとトラブルを引き起こす事が多い。
仕事中は言動を最低限に慎んでいるので、顧客とトラブルになる事はないが、プライベートになると、と思い出すと、レオンは自ずと溜息を漏らしてしまう。

 今日も零れた溜息に、神経衰弱に没頭していた妹が顔を上げる。


「レオン、どうかしたのか」
「────いや。なんでもない」


 問う妹に、レオンは緩く首を横に振った。
心配そうに見つめるスコールに、本当になんでもない、とレオンは笑いかけてやる。

 集中力が途切れたのだろう、スコールは神経衰弱をお開きにした。
裏になっていたカードを全て表替えして答え合わせをした後、他の被りカードと一緒にデッキケースの中に入れる。


「クラウド、まだ帰って来てないんだな」
「ああ。何処かで何かトラブルでも起こしていないと良いんだが」
「……そうだな」


 スコールも、レオン程ではないが、クラウドが時折ハチャメチャを起こす事は知っている。
主に、姉からの伝聞で。

 腰を上げたレオンを追って、スコールも布団を抜け出した。


「探しに行くのか」
「旅館の玄関口までな。ついでに購買で飲み物でも買おうかと」
「俺も行く」


 とたとたと追い駆けて来る妹の足音に、レオンは背を向けてこっそりと笑みを浮かべる。
きっと彼女にとっては、単純に暇を持て余しての行動だったのだろうが、レオンには甘えん坊の妹が1人で部屋に待ち惚けされるのを嫌ったように見えたのだ。

 浴衣の上に羽織り、二人は部屋を出た。
この旅館は、一部屋一部屋を長屋のように区切る構造になっており、廊下は外回廊になっている。
外回廊は竹垣で風除けと目隠しがされており、その向こうからは温かな湯気が上っている。


「露天風呂、入るの忘れてた」
「そう言えばそうだったな」


 部屋についている家族風呂も良いが、広い露天風呂も入ってみたい────と旅館に着いた日に話していたのだが、すっかり忘れていた。
今日は今朝(起きたのは昼だったが)と夕飯前に入浴し、これ以上はふやけてしまいそうなので、また明日、と言う事にする。

 外回廊を通り抜けて、旅館の玄関ロビーに入ると、受付で仲居が帳簿をつけていた。
購買は受付の横で、レオンとスコールはそれぞれペットボトルを手に取ると、受付に置いた。


「280円ですね。丁度、頂きます」
「あの、すみません。連れの金髪の男、見ませんでしたか。髪が逆立っている、碧眼の」
「ああ、あの方でしたら、ゲームコーナーで見かけましたよ」
「ゲームコーナー?」


 あちらです、と仲居が指したのは、宿泊部屋へと続く出入口とは別のドア。
そのドアには、レトロ調のポスターが貼られており、インベーダーゲームや、ブロック崩しゲームの絵が描かれている。

 クラウドは生粋のゲーマーである。
話題の新作ゲーム発売で売り切れ必至と言われている時には、有休を使って店頭に並びに行き、オンラインゲームも新しいパッチが配信されると真っ先に試している。
ゲームセンターのアーケードゲームにも執心があるらしく、ありとあらゆるゲームを制覇した、と彼は豪語する。
それは威張って言って良いものなのか、ゲームに余り興味のないレオンはとんと理解出来なかったが。

 散歩など行けるような時間でもなかったので、ゲーム好きのクラウドがゲームコーナーに入り浸るのは自然な成り行きだろう。
でも折角此処まで来たし、ついでに様子だけ見て行こうと言う事になり、二人はゲームコーナーの部屋へと入室した。

 ゲームコーナーには、クラウド以外の人の気配はなかった。
ピュン、ピュン、と言う電子音が、クラウドの座っているテーブルから聞こえている。
昔懐かし、小さなテーブルに液晶が取り付けられている、テーブル筐体のインベーダーゲームであった。


「随分、古い物が置いてあるんだな」
「ん────来たのか」
「様子を見に来ただけだ」


 クラウドはちら、とレオンとスコールを見ただけで、直ぐにゲーム画面に意識を戻した。
画面には沢山のインベーダーが蠢いており、クラウドは発射されるビームを避けながら、着実にスコアを伸ばしている。

 ────しかし、


「あ」


 どーん、と言う音が鳴って、クラウドが操っていた戦闘機のアイコンが消えた。
『GAME OVER』の文字が大きく表示され、クラウドは溜息を一つ。


「やっぱり古いゲームは難しいな」
「…そうなのか?最近のゲームに比べると、かなり単純なものに見えたが」
「単純だから難しい」
「……俺にはよく判らん」


 溜息交じりのレオンの言葉に、隣でスコールも頷いた。
スコールも友人達と一緒にゲームをする事はあるが、皆現代っ子であるから、古いゲームについてはよく判らなかった。

 クラウドは画面を睨んでいた為に丸めていた背を伸ばすと、こき、こき、と首を鳴らす。


「気は済んだのか」
「多少は。所でレオン、あれやらないか」


 あれ、と言ってクラウドが指差した先を見ると、卓球台が並べて置いてあった。


「温泉と言えば、卓球だろう」
「まあ……よく見るシチュエーションではあるが」
「温泉入って、夕飯食べて。寝る前に一汗、どうだ」
「お前にしては健全な発想だな」


 いつものクラウドなら、“一汗”の為に襲い掛かってくるので、レオンは毎回一蹴しているのだが、提案がスポーツであれば否やはない。
クラウドの方はやる気満々で、いそいそと浴衣の袖を捲って勝負の準備をしている。

 くい、とレオンの浴衣の裾が引っ張られる。
見ると、眉根を寄せたスコールがいた。


「部屋、戻らないのか」


 拗ねた表情をしたスコールに、レオンは苦笑を浮かべ、濃茶色の髪をくしゃりと撫でる。


「少しだけ、クラウドに付き合ってから、戻ろうと思ってる。昼間はあいつのお陰で助かったからな。お前は、先に戻るか?」


 小さな子供を慰めるように、努めて柔らかい声で言えば、妹はふるふると首を横に振った。
待ってる、と言う青灰色の瞳に、レオンは笑みを浮かべる。

 スコールは卓球台の横にあった、古ぼけたソファに座った。
クラウドが卓球台に置かれていたスコアボードを渡したので、スコールは審判役を任される事となった。
レオンはラケットを持つと、オレンジ色の球を卓球板の上で跳ねさせてキャッチする。


「サーブはどっちだ?」
「レオンからでいいぞ。球もそっちにあるし。で、次からは落とした方がサーブを打つ」
「判った。10点先取でいいな」
「ああ」


 クラウドの返事を聞いて、レオンはラケットの感触を確かめるように握り直すと、球を頭上に投げた。
落ちて来るそのタイミングに合わせて、勢いよくラケットを振るう。
カコッ!と甲高い音が鳴って、球が相手フィールドのバウンドし、クラウドがそれを打ち返す。

 カコッ、カコッ!とラリーが続く。
スコールは2人の間で行き来するオレンジ色の球を、ぼんやりと目で追っていた。
どちらも運動神経が良く、動体視力・反射神経も良いので、勝負は簡単には決まらない。
卓球台のギリギリの場所を球が跳ね、零れそうになる玉を素早く打ち上げて敵陣地に返す。
お互いに相手の運動能力については熟知しているので、勝ちへの過信から油断する事もない。

 高速で移動する球を、クラウドが強く打ち返した。
球はネットを越した所で台に落ち、強い力でバウンドする。
レオンはそれを、掬い上げるように柔らかい力で拾うように打った。


「!」


 球が失速し、緩やかな弧を描いて卓上に落ちる。
カツン、と小さく跳ねた球を拾おうと、クラウドが腕を伸ばしたが、遅かった。


「先制点だな」


 コンココ……と小さく跳ねながら球が卓上を転がるのを見て、レオンが言った。
クラウドは転がる球を掴んで、


「ずるいぞ、レオン!今のはずるい!」
「これ位、よく見る戦い方だろう。そんなに言うなら、お前もやればいい」
「言ったな。じゃあやる」
「やってみろ」


 カッ、と高い音が響いて、二度目のラリー────とは行かなかった。
クラウドが打った球を、レオンは先と同じく掬うように、コツン、と軽く拾って打ち返す。


「あ」
「2点目」


 カツン、と音を鳴らして卓上に落ちる球。
呆然とするクラウドを尻目に、スコールがスコアボードの得点表を捲る。

 クラウドは悔しさを露わに歯ぎしりすると、次は本気だ、と言った。
いつも茫洋として掴み所のない碧眼に、強い光が閃いて、いつもこうなら良いのに、とスコールはこっそり思う。
真面目な顔をしていれば、それなりに良い男なのだから、と。
それを言った瞬間、激しいスキンシップ(セクハラ)に遭うので、決して口には出さないが。

 クラウドは球を手の中で遊ばせた後、軽く放り上げて強く打った。
レオンも同じ強さで打ち返す。
今度は何処までラリーが続くのだろう、とスコールが思っていると、


「はあっ!」
「っ!」


 気迫と共に打ったクラウドの球が、卓上を跳ねてレオンのラケットにぶつかった。
回転のかかった球は、レオンの意図しない方向へと跳ねて落ちる。

 カツン、と球が床に落ちた。


「よし、1点」
「……」


 嬉しそうにガッツポーズをするクラウドに、レオンが双眸を細める。

 レオンは床の球を拾うと、コン、コン、と球で卓上を叩く。
細く息を吐いた後、球を頭上に投げてサーブを放った。

 鋭い当たりでバウンドした球を、クラウドが打ち返す。
それから先は、どちらも意地になったようにラリーを続けた。
カコッカコッカコッとリズム良く刻まれる音を聞きながら、傍観者のスコールは欠伸を漏らす。
眠気があった訳ではないが、退屈なのだ。
受付で買ったペットボトルの蓋を開けて傾けた所で、カツン、と球が床に落ちた。


「スコール、俺。俺2点目」
「………」
「調子が出て来たな。続けるぞ、レオン」


 先程とは逆に、レオンが不機嫌そうに眉間に皺をよせ、クラウドが爛々と瞳を輝かせている。

 レオンはラケットを卓球台に置いた。
ん?とクラウドとスコールが見詰めていると、レオンは浴衣の上着を脱いでソファに投げる。
風呂上りに使っていた、手首に通していた髪結い用の紐を口に噛んで、レオンは無造作に下ろしていた髪を持ち上げた。
鎖骨まで伸ばされた横髪と後ろ髪を、後頭部でまとめて括る。
レオン長く伸ばされた豊かな髪は、高い位置で括っても腰程に届くが、括って纏めれば幾らか動き易くなる。


「……本気だな」
「お前に負けてやる気はないんでな」


 目を細めて言ったクラウドに、レオンはきっぱりと言い返した。

 レオンはきっちりと占めていた帯を少し解き、浴衣の袷を緩める。
足下に遊ぶ余裕が出来たのを確認して、もう一度帯を締め直す。
ついでに履いていたサンダルも脱ぎ捨てて裸足になり、レオンは改めてラケットを握った。




 カコッ!と球と卓球台のぶつかる音が響く。
反応が遅れたクラウドのラケットは、球を僅かに掠めただけで、跳ね返すには至らなかった。
てん、てん、と跳ねた球が床へ落ちる。

 スコールは得点表を捲ろうとして、1ケタ目の捲れる枚数がなくなっている事に気付く。
9点を先取していたレオンの次点は10点────つまり、ゲームセット。


「ストップ。レオンの勝ちだ」


 スコールの言葉に、レオンが笑みを浮かべた。
体の前に流れていた髪を後ろに払い退ければ、ダークブラウンの髪がふわりと揺れて踊る。
額や頬を伝う汗を拭う仕草は、健康的な色気を醸し出す。
はっ、と短い呼吸を繰り返すレオンに、スコールはソファに置いていたビニール袋からペットボトルを取って差し出した。


「ああ、ありがとう」


 レオンは前髪を掻き上げながら、ペットボトルを受け取った。
冷たかった筈の飲料水は、放置していた所為で常温になっていたが、喉を通すには丁度良い程度。
こく、こく、とレオンの喉が水を通して行くのを、スコールはじっと見詰めていた。

 女であり、妹であるスコールの目から見ても、レオンの肢体は魅惑的であった。
適度に筋肉と脂肪がついていて、女性らしい丸みを残しつつも、決して余分な肉はついていない。
細身なのはスコールも同じだが、豊かな胸など、メリハリのある躯を見ると、憧れずにはいられない。

 じっと見つめる妹の視線に気付いて、レオンが首を傾げる。


「どうした?」
「…あ……ん、いや。なんでもない」
「そうか?」
「うん」


 頷くスコールに、レオンは不思議な気持ちを持ちつつも、特に言及する事はなかった。
それよりも、とレオンの視線は対戦相手の男へ向けられる。


「クラウド。お前、どうかしたか?途中から随分と調子を崩していたような気がするが……どうした?」


 クラウドは卓球台に突っ伏していた。
ぷるぷると肩を震わせているのを見て、レオンは何処か攣ったのだろうか、と心配そうな声で問う。


「いや…なんでもない。なんでもない。うん、なんでもない」
「…そうは見えないが」
「あれだ、ちょっと激しく動き過ぎただけだ。ちょっと休む。スコール、交代」
「え……は?」


 ふらふらと卓球台から離れたクラウドは、ソファに座っていたスコールにラケットを差し出した。
反射的にラケットを受け取ったスコールだったが、自分がいつ卓球をやると言っただろうか、と首を傾げる。
困惑してラケットとクラウドを交互に見るスコールに、レオンがくつくつと笑みを漏らし、


「やるか?スコール」
「え……」
「寝る前の軽い運動だと思えば良い。汗を掻いて、もう一回風呂に入って、そうしたら少しは寝付きも良くなると思うぞ」


 環境の変化に敏感なスコールは、枕が変わると中々眠れない。
今日は町に降りてよく歩いたので、一昨日よりは寝付き易いだろうが、此処でもう少し汗を掻くのも悪くはない。

 スコールはスコアボードをクラウドに押し付け、卓球台に立った。


「…レオン、疲れてないのか?」
「問題ない程度だ。ハンデにも丁度良いだろ?」


 揶揄うように言った姉に、スコールはむっと眉間に皺を寄せる。
クラウドからラケットと一緒に受け取った球を握る妹に、レオンはくすくすと楽しそうに笑う。

 幼い頃は、レオンやエルオーネの後ろをついて走っては、何もない所で転ぶと言う運動音痴振りだったスコールだが、今は違う。
姉妹の中で一番小柄だった体も、長姉に次ぐ程に伸びたし、学校では運動部がこぞって欲しがる程の運動神経を誇る。
確かにレオンも、ありとあらゆる類稀なる才能を持っているが、妹であるスコールとて、負けてはいないのだ。


「…絶対勝ってやる」


 強い眼差しで小さく呟いた妹に、姉は何処か嬉しそうに口端を上げた。
それは妹の成長を感じた姉の、純粋な喜びが滲んだものだったのだが、ムキになった妹には、揶揄いの延長にしか見えず、スコールは目一杯の力でサーブを放った。




 クラウドは、汗を拭く振りをして鼻柱を押さえていた。
其処まで上って来ている血が、そのまま外に出てしまわないように。

 彼の前では、姉妹が一心不乱に卓球に興じている。
冷静に見えて負けず嫌いなスコールは、姉の冗談めかした挑発に確り乗ってしまって、宣言通りの勝ちをもぎ取ろうと必死だ。
そんな妹を相手にしたレオンはと言えば、クラウドとそれなりに激しい一戦を終えた後だと言うのに、余裕綽々と言う表情。
スコールが何処を狙って打っているのか、彼女にはきっと手に取るように判るのだ。
やはり、まだまだ姉の方が一枚も二枚も上手のようだ。

 スコールが渾身の力を籠めて打った球が、卓球台の縁を僅かに掠めて床に落ちる。
カツン、と球が床に転がった。


「惜しかったな」


 縁ギリギリにバウンドさせて、レオンの判断ミスを誘おうとした球だったが、反って自滅点になってしまった。
悔しそうに唇を噛む妹に、レオンはくすりと笑って言うと、足下の球を拾う。


「ほら。お前からだ」
「………」


 投げられた球をキャッチして、スコールは直ぐにサーブを打った。

 クラウドがスコアボードを見遣ると、スコールが4点、レオンが5点となっている。
先程、スコールが自滅点を取った分を加算すれば、レオンは6点だ。
中々良い勝負をしている────ように傍目には見えるが、クラウドは、レオンがかなり手加減をしている事が判った。
スコールも中々運動神経が良いが、やはり経験の差か、どうしてもレオンの方に軍配が上がる。
それでは妹も楽しくないだろうと、レオンは適度に手を抜いて、妹が追い付けるように対戦しているのだ。
スコールはそれが判らない程鈍い訳ではなく、負けず嫌いな性格のお陰で、こうしたハンデを素直に喜ぶ事も出来ないので、益々ムキになって姉に勝負を挑んでいる。

 カン、と音が鳴って、レオンに7点目が入る。
いよいよ後がなくなって来たスコールは、より一層の渋面でレオンを睨んだ。


「止めるか?」
「止めない」


 姉の挑発めいた言葉に、妹はあっさりと乗った。

 スコールは腕に括りつけていたヘアゴムを取ると、降ろしていた髪を束ねて結んだ。
姉を追うように髪を伸ばしているスコールだが、その長さは姉の半分にも届いていない。
髪を結べば、レオンよりもかなり身軽になった。
ついでに浴衣の上に着ていた上着も脱いで、ソファに座っているクラウドに八つ当たり気味に投げつける。

 ムキになり易いのと、物に当たる所は子供だな。
クラウドはスコールの上着をレオンのそれと重ねて置いて、また姉妹に向き直る。


「ふっ…!」
「…っ」
「このっ!」
「と、」


 妹相手に余裕を見せていたレオンだったが、長い時間の激しい運動で流石に疲労が出てきたらしい。
じっとりと額に滲む汗を拭う暇もないラリーが続き、レオンの息も微かに乱れ始めている。

 スコールの方も、呼吸が上がって来ていた。
髪を結い上げて露わになった項に、球のような汗が浮いている。


「はっ!」
「くっ」


 カコン!と強く打った球が、スピンを持って卓上を跳ねる。
弾けた球をレオンが追って腕を伸ばしたが、あと少しと言う所でラケットが届かなかった。
床に転がった球を見て、スコールは数回短い呼吸をした後、微かに口角を上げる。


「…取った」
「まだ点差はあるぞ」
「今から埋める。絶対勝つ」


 真っ直ぐに睨んで言った妹が放つ気迫に、これは本気を出さないと不味いか、と妹への気遣いよりも、姉としてのプライドがレオンを動かす。
クラウドが拾った球を受け取ったレオンは、ラケットを持ち直して、サーブを打った。


(……俺、殆ど忘れられてるな)


 夢中になって勝負に打ち込んでいる姉妹を眺めながら、クラウドは思う。
それは少し虚しさも誘うが、今はそれ以上に、クラウドを楽しませるものがあった。

 小さなスペースで行われる激しい運動に、レオンもスコールも汗だくになっている。
白く肌理細かい肌に、珠の汗が浮かんで、2人が体を動かす度に飛び散っている。
はあ、はあ、と肩で呼吸をする2人の浴衣は、すっかり乱れて緩み、レオンに至っては胸の谷間が見える程にずれてしまっている。
スコールも浴衣の袷が開いてしまっており、腰を据えた姿勢を取る度に、すらりとした太腿が覗く。

 この空間で唯一の男であるクラウドは、思う。
最高の目の保養だと。


(レオン、ブラしてないな。おっぱい揺れてるし。重いだろうな。支えてやりたい。そう、支えるんだ。これは嫌らしい気持ちじゃない。レオンを助けたいんだ、俺は。その為にも、後ろからこう、下から胸を持ち上げて)


 レオンの背中に抱き着いて、後ろからたわわな胸を持ち上げるのを想像して、クラウドはにやにやと鼻の下を伸ばす。
いつもなら、そんな顔をレオンに見つかり、姉妹から冷ややかな目で睨まれるのだが、今は二人とも勝負に夢中だ。
お陰でクラウドの妄想を止める者はいない。

 柔らかく、しかし適度に弾力のある乳房を持ち上げてやると、レオンは少しほっとしたような表情を浮かべる事がある。
それなりに重さのある代物だから、その重量から解放された時の楽さたるや。
しかし、直ぐに表情を引き締めてクラウドを睨む。
その一瞬の隙の間に、全体を解すように揉みしだいて、乳輪の縁をなぞる。
ふるり、と彼女の体が逃げを打ったら、腰を抱いて閉じ込めて、乳首の根本を親指と人差し指で挟んで転がす。
ヒクン、ヒクッ、とレオンの躯が反応を示すようになった頃には、乳頭がぷくりと膨らんで自己主張している。
弄って、とおねだりしているかのように。

 其処まで来たらもうレオンは逃げようとはしない。
そうするだけの力がないのだ。

 腰を捉えていた手を離して、もう一度彼女の乳房を掬って支える。
寄り掛かって来る彼女の背中を受け止めて、片腕と手で乳房を支えながら、飽いた手で乳首を転がしてやる。
ツンと勃った乳首は、弄れば弄る程に敏感になるから、次第に指先が触れるだけでも彼女は反応を示すようになる。
悪戯に時折摘まんで引っ張ってやると、レオンは甘い悲鳴を上げて、いやいやと首を横に振るのだ。
けれど、それは嫌がっている訳ではなくて、強過ぎる快感に身悶えしているのだ。

 その証拠のように、彼女の下肢へと手を伸ばせば、レオンはそれを求めていた事を示すように、自ら足を開いて行く。
堕ちた先にどれほどの甘美な悦楽が待っているのか、彼女は知っているのだ。
熟れた躯は、その悦楽を無心に欲しがって、蜜を溢れさせて与えられるその瞬間を待ち侘びている。

 ────カコッ、と甲高く固い音が響く。
転がった球を、スコールが忌々しげに睨んでいた。
そんな妹を見て、レオンは髪を後ろに払い退けて笑みを浮かべる。


「マッチポイントだ」


 にやり、と笑んでレオンが言った。

 クラウドが夢の世界に旅立っていた間に、いつの間にかレオンはポイントを稼いでいたらしい。
捲るの忘れた、とクラウドがスコアボードを見ると、レオンが自分で捲ったのか、9対6となっている。

 スコールは眉間に深い皺を刻んで、浴衣の袖を限界まで捲り上げた。
弛んでいた浴衣の袷を直し、帯も結び直して、気合を入れ直す。
打ったサーブは勢いよくボード上を跳ね、レオンのラケットに撃ち返される。
レオンはこのまま最後の一点を取ろうとしているようだが、スコールは必死に食らいついて行く。

 結び直した筈なのに、締めが甘かったのだろうか。
それとも、彼女の激しい運動量に耐えられなかったのか、浴衣の袷がまた緩んでいる。
落としかけた球を、全身をバネのように伸ばして拾うと、スコールはそのまま体勢バランスを崩して転びかける。
ボードの端に掴まって強引に体を起こすと、容赦なく撃ち返された球をまた拾った。


「中々頑張るな」
「当たり前、だっ!」


 絶対勝ってやる、とスコールは言った。
点数は最早崖っぷち状態だが、だからと言って無条件降伏などしてやるものか、とスコールの瞳には爛々と強い意志が灯っている。

 スコールの浴衣の裾が広がって、すらりとした白い脚が覗く。
クラウドはじっとその動きを目で追っていた。

 引き締まった足の太腿をゆったりと撫でると、スコールは顔を真っ赤にしてクラウドの頬を張る。
しかし、その手を掴んで顔を近付けると、恥ずかしがり屋の彼女は思わず固まってしまう。
その隙に細く引き締まった腰を撫で、つんと張ったヒップラインを辿り、足の付け根をなぞる。
やめろ、と怒鳴ろうとする彼女の唇に、掠めるようにキスをすれば、スコールは顔を赤らめて目を逸らす。
そうして覗いた耳を舌であやして、柔らかな耳朶を噛むと、甘く愛らしい悲鳴が零れるのだ。

 ふるふると弱々しく拒否を示そうとするスコールだが、ぴったりと身を寄せたまま逃げる事はしない。
初心な彼女の心臓は、その時には、はち切れんばかりに煩く鼓動を鳴らしているに違いない。

 はっ…と熱の篭った吐息を零し、赤い顔で見上げて来るスコールの額に、そっと口付けを施して、足の付け根を撫でながら、太腿をなぞる。
指先で触れるか触れないか、そんな緩慢な触れ方をすれば、彼女は焦らされているような気分になって、恥ずかしそうにもぞもぞと太腿を擦り合わせるようになる。
姉程に本能に忠実になれるような大胆さを持ち合わせていない彼女は、与えられるだけの悦楽を只管甘受する。
それでも、太腿を撫で、背筋を沿うように指でなぞると、ぞくん、としたものを耐えるように唇を噛む。
そんな彼女の慎ましやかな胸は、ぽつりと赤い粒を尖らせている。
下肢への刺激に気を取られている彼女に教えないまま、不意打ちに乳首を摘まんでやれば、堪え切れなかった甘い声が上がる。
そのまま乳首を抓み、転がしながら、太腿を撫でてそっと双丘に指を這わせれば、彼女はおずおずと秘部を差し出すように足を開いて─────


「はぁっ!」


 カァン!と大きな音が響く。


「あ!」
「クラウド!」


 呼ぶ声に、「ん?」とクラウドが正面を見た、その瞬間。
真正面から飛来して来た物体が、クラウドの額に勢いよくぶつかって跳ねた。





天罰。