湯けむり温泉獅子の受難 9


「大丈夫か?」


 フロントから借りた冷やしたタオルを、クラウドの額に当てながら、レオンが言った。
クラウドは大人しくソファに座って、されるがまま、ひんやりと心地良い感触に身を任せている。


「んー……いい」
「……大丈夫そうだな」


 会話が成立していないが、それはクラウド相手にはよくある事だ。
取り敢えず、大事と言う程の事はなかったので、レオンはほっと安堵の息を吐いた。
そんなレオンの隣で、心なしか心配するようにクラウドを見詰めていたスコールも、ようやく胸を撫で下ろす。

 ───レオンとスコールの卓球勝負は、熾烈なものであった。
既にマッチポイントを取っていたレオンと、後がないが絶対に負けたくないスコール。
レオンの残り一点を賭けて、ギリギリの駆け引きのラリーが続いていたのだが、軍配はレオンに上がった。
無理な体勢で球を拾い続けていたスコールが、足下を滑らせた瞬間を狙って、強い球を放った。
それはスコールのラケットを掠め、卓球台でバウンドすると、クラウドが座っていたソファへ一直線。
回転のかかった球は、見事にクラウドの眉間に命中した。

 流石にこれはレオンとスコールも慌て、試合結果を放り投げてクラウドに駆け寄った。
セルロイドの小さく軽い球とは言え、そこそこ強度のある代物である。
クラウドの眉間には、くっきりと赤い痕が残る事となった。


「悪かったな、クラウド」
「気にするな。事故だしな」


 レオンがクラウドの額に当てていたタオルを取ると、まだほんのりと赤い色が残っていたが、先程よりは目立っていない。
クラウドは名残の冷気を確かめるように、指先で眉間をつついた。


「所で、お前達の勝負はどうなったんだ。考え事してて見てなかった」
「俺が勝った」


 クラウドの問いに、レオンが笑みを交えて答えた。
その隣で、スコールが判り易く渋面を浮かべている。


「次やったら今度は俺が勝つ」
「そうか。頑張れ」


 妹の言葉に、姉はくすくすと楽しそうに笑って、くしゃくしゃと濃茶色の髪を撫でる。
挑発をまるで本気に受け取って貰えない事に、スコールはむっすりと不機嫌な表情を浮かべ、


「レオン、もう一回だ」
「いきなりだな」
「今度は勝つ」
「悪いが、俺はちょっと疲れたからな。クラウドに相手をして貰ってくれ」


 ムキになっている妹に、レオンはそそくさと退散宣言をした。
勝ち逃げ状態となった姉をスコールは睨んでいたが、その矛先は直ぐに切り替わり、


「クラウド。相手をしろ」
「……別に良いけど、疲れてるんじゃないのか」
「平気だ」


 今のスコールは、レオンと一戦を交えた直後。
スコールと対戦したレオンと、条件は同じだ。
完全に姉に対して対抗意識を燃やしたスコールは、彼女と同じ条件で、休憩後の体力回復したクラウドを負かす事で、姉と同等である証左としたいらしい。

 まあ良いか、とクラウドはソファから腰を上げた。
代わりにレオンが其処に座って、スコアボードを0対0に戻す。
レオンは運動でかいた汗を嫌うように、浴衣の襟元を広げて風を送り込んでいる。
この場にいる男がクラウドだけとは言え、なんとも無防備な姿である。
クラウドと対峙するスコールも、自分の浴衣の乱れなど、まるで気にしていない。
二人とも勝負に意識を奪われ過ぎだ、とクラウドは思った。
しかし、彼にとっては最高の目の保養であるから、指摘するつもりはない。

 クラウドは、初球のサーブをスコールに譲った。
行くぞ、とスコールが投げた球を、手首のスナップを利かせて打ち放つ。


「お」


 カッ!と高い音を上げて跳ねた球を、クラウドは目で追った。
姉との勝負には負けたものの、そのお陰で、ムキになりつつも頭が冷えたのか、先程よりも球のコントロールが良い。

 クラウドが球を打ち返し、数回のラリーが続いた後、


「────くっ」


 目測を誤って、スコールが空振りした。
床に落ちた球を見て、スコールが眉間に皺を刻む。
米神から流れ落ちる汗を、捲り上げた袖で強引に拭って、呼吸を整えてから球を拾った。

 二回目のサーブから、またラリーが続く。
スコールの表情は真剣そのものだ。
此処で負ければ、負けっぱなしになってしまう訳だから、負けず嫌いの彼女には屈辱だろう。
疲労と言うハンデを背負ってでも、彼女はこの試合に勝たねばならない────自分自身のプライドの為にも。

 スコールの鬼気迫る攻撃は、クラウドをじわじわと追い詰める。
成る程、レオンが本気になる訳だと、姉のプライド保持の為に手加減を止めた彼女の心情を思い知る。
そして、恋人である自分としてはどうしたものか、本気で戦うか、それともスコールの機嫌を直す為にも負けるか(かなり自然に負けないと、負けず嫌いの彼女を更に不機嫌にさせそうだが)、と考えていたクラウドだったが、


「う、あっ」
(……)
「く…っ」
(………)
「あっ!」
(…………)
「はっ…くぅっ…!」


 レオンと張り合う程の運動量をこなしたのだから、スコールの疲労も当然それなりのものになっている。
それでも、クラウドの打つ球に彼女がついて来れるのは、自身の意地とプライドの成せる業。
とは言え、気力はさて置き、そろそろ体の方が限界を訴えているらしく、度々スコールは足を縺れさせてしまう。

 はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返しながら、振り回すように上体を捻って球を打ち返すスコール。
汗が彼女の白い肌を伝い落ち、袷の隙間に覗く鎖骨を滑って行く。
緩んだ袷の隙間からは、小さな丘があって、クラウドは其処にはぽつんと膨らんだ蕾があるのを見た。
それはほんの一瞬見えただけで、直ぐにまた浴衣の裏へと隠れてしまう。


「はぁっ!」
「!」


 気迫の咆哮と共に、急角度で打ち下ろされた球が、卓球ボードの上を跳ねる。
視界の端に映った球を反射的に追うようにラケットを振るったクラウドだったが、空振りにしかならなかった。


「よし」


 小さく拳を握るスコールの姿に、レオンが楽しそうで何より、と笑みを浮かべる。

 クラウドが球を拾い、サーブを打った。
回転がかかっているが、弱いサーブを、スコールは難無く拾って返す。
クラウドも同じように無難に打ち返した。

 クラウドの双眸は、鋭いものになっている。
まるで鷹が上空から発見した獲物を捕らえんとしているかのようなそれに、いよいよ本気か、と相対するスコールは勿論、傍観しているレオンも思った。

 ─────しかし。

 また一点。
更に一点。
追加されて行く点数は、全てスコールのもの。
気付いた時には、スコール対クラウドの点数は、6対1と言う有様だった。


「……おい、クラウド。お前、いい加減にしろよ」


 次のサーブを打とうとしたクラウドに、スコールが言った。
スコールは眉間に深い皺を寄せ、不機嫌を隠さない表情でクラウドを睨み付けている。

 クラウドは微かに乱れた呼気を落ち着かせ、


「…俺がどうかしたか」


 平静とした表情で問えば、スコールは更に眦を吊り上がらせ、


「あんた、手を抜いているだろう」
「そんなつもりはないぞ」
「だったら、なんでこんな点差になってるんだ」


 スコールが指差したスコアボードを見て、クラウドは沈黙。
レオンとの一戦から続けて対戦しているスコールと、じっくり休んで体力を補管したクラウドの勝負としては、どう考えても不自然だ。
此処で自分の方が実力があるとか、調子が良いと自惚れられないのがスコールであった。

 加えて、スコアボードを眺めるレオンも、妹の言葉に頷いて、


「確かに不自然だな。そう言えばさっき、俺と勝負している時も、途中からやけに調子を落としていたように見えたが、やはり何か…」
「いや、ない。大丈夫だ。問題ない」
「本当か?」


 問うレオンの視線には、訝しむ色と、心配の色が滲んでいる。
中々レアな視線を頂いているな、と心中でこっそりと思いつつ、クラウドは「大丈夫」と繰り返した。
それ以外、彼が口に出来る言葉はないのだから。

 レオンはそれで引き下がったが、納得が行かないのは妹の方だ。


「何もないなら、なんでこんな事になってるんだ」
「…すまん。ちょっと気が散っていた。次から真面目にやる」
「……」


 本当か、と言わんばかりに睨むスコールに、クラウドはがりがりと頭を掻いて、


「じゃあ、こうしよう。負けたら罰ゲーム有」
「罰ゲーム…?」


 クラウドの言葉に、スコールが眉根を寄せる。


「そうだな。例えば────負けた方は、今日一晩、勝った方の命令をなんでも聞く、とか」
「……俺にメリットがない」
「と言うか、クラウド。お前、少しは下心を隠そうとは思わないのか」


 胡乱な目をしたスコールと、呆れて溜息を吐くレオンに、クラウドはむぅ、と唇を尖らせる。


「下心なんてないぞ」
「どうだか」
「あと、スコール。メリットがないなんて事はないぞ。お前が望むなら、カードゲームの相手だって何回だってしてやるし、マッサージだってしてやるし、添い寝だってしてやるし、」
「全部あんたの希望だろう。俺はそんなの要らない」


 カードゲームの相手については少しだけ惹かれたスコールだったが、その後の言葉に再び胡乱な目を浮かべる。
罰ゲーム執行付で本気を出して勝負をしてくれるなら、罰ゲームの内容はさて置くとしてと考えていたスコールだったが、相手がこんな調子では、勝とうが負けようが自分には損しかない気がする。

 スコールはしばしクラウドを睨んで、訊ねた。


「聞くけど。あんた、勝ったら俺に何を命令する気なんだ」
「先ず、3人一緒に風呂に入る。ついでに背中も流して貰おうかな」
「ちょっと待て、なんで俺も入ってるんだ?」


 躊躇なく言ったクラウドに、やっぱり、とスコールが溜息を吐き、寝耳に水だとレオンが立ち上がる。


「俺はお前と勝負して勝ってるんだぞ。なんで俺まで罰ゲームなんか」
「なんだ、レオン。俺とスコールが2人で温泉入っても良いのか?」
「良い訳あるか。そもそも、そんな罰ゲーム、却下だ」
「それじゃ俺のモチベーションが上がらない。スコールだって、本気の俺と戦いたいんだろう?」
「……」
「スコール!」


 悩む様子を見せる妹に、レオンが叱るように名を呼んだ。
しかし、其処までスコールをムキにさせたのは、他でもないレオンである。

 スコールは頭を切り替えた。
罰ゲームは、負けて執行されるから罰ゲームなのだ。
そしてクラウドは既に罰ゲーム内容を定めているが、スコールの方は特に希望はない。
どうしても罰ゲーム内容を決めなければいけない訳ではないし、いっその事クラウドに対し「何もするな」と言う命令を罰ゲームにしても良いだろう。
昨日、一昨日の夜の事を思うと、また何か仕掛けて来るのではないか、と言う姉妹の警戒は至極当然のものであった。


「判った。それで良い」
「スコール!」
「俺が負けなければ良いんだ。そういう事だろう」
「それはそうだが…」


 スコアボードを見れば、既にスコールの方が5点の優位。
クラウドもどうやら不調のようだし、此処まで点差が開いていれば、そう簡単に戦局は覆るまい。
とはレオンも思うのだが、相手はクラウドだ。
この男が、思わぬ所でやたらと勝負運が強い事を、レオンはよくよく知っていた。

 ちら、とレオンは対局にいるクラウドを伺った。
スコールが罰ゲームを受け入れたからだろう、碧眼が爛々と輝いているように見える。
レオンはぞく、としたものが背中に走るのを感じて、隣の卓球台に置かれていたラケットを取った。


「スコール、俺も参加しよう」
「…どうやって」
「2対1でだ。お前も疲れているようだし、それ位のハンデはあって良いだろう」


 レオンの言葉に、スコールは判り易く不満げな顔をして見せたが、レオンはそんな彼女に構わなかった。


「良いな、クラウド。俺も罰ゲームに巻き込むつもりなら、俺も勝負に参加させろ」
「ああ、構わないぞ。その代わり、俺が勝ったら2人とも罰ゲームの拒否権なしだからな」


 自信満々の表情を浮かべるクラウドと、眉根を寄せて完全に戦闘モードに入ったレオンの傍らで、俺が勝負してたのに、と妹が拗ねた面持ちでいた事には、二人とも最後まで気付かなかった。





 絶対可笑しい、と呟く妹の傍らで、やっぱりこうなった、と姉は胸中で呟いた。
脱衣所の隅の籠に、汗の沁み込んだ浴衣を脱ぐ2人の表情は、物憂げであった。
スコールに至っては、憂鬱に怒りが追加されており、眉間に常以上に深い皺が出来ている。

 汗の所為で額や頬に張り付いた髪を掻き上げて、高い位置で括るものの、団子状にはまとめなかった。
正直、邪魔になるのでまとめてしまいたいのだが、勝者から「髪はそのまま。若しくは軽く結ぶだけ」と言った命令を受けた為、仕方なく従っている。

 裸身となった2人は、バスタオルとハンドタオルをそれぞれ1枚ずつ持って、浴室へと移動した。
交代でシャワーを浴び、簡単に汗を洗い流して、湯船に浸かって披露した筋肉を解す。


「……このまま戻って良いか」


 湯船に縁に腕枕をし、顔を顰めて呟いた妹に、レオンは苦笑する。


「気持ちは判るが、負けは負けだからな。此処であいつを納得させておかないと、夜中に何をしでかすか」
「……」
「諦めろ、スコール。罰ゲーム制を受け入れたのはお前だ」


 レオンの言葉に、スコールはぐうの音も出ない。
じろりと不機嫌に姉を睨むスコールであったが、思えばレオンこそ巻き込まれただけなので、これはスコールの完全な八つ当たりであった。

 体を洗う際に使っていたハンドタオルを力任せに絞るスコールの姿は、完全にヘソを曲げているものだ。
しかし、今回ばかりはレオンも彼女を慰める事は出来ない。
今夜2人が被る事になった仕打ちは、彼女達の自業自得と言えば確かにそうであったから、腹を括る以外に出来る事などないのである。

 レオンが湯船から上がっても、スコールは中々体を起こそうとはしなかった。
いっそこのまま溶けてしまいたい、と言う心情をありありと語る蒼灰色を見て、レオンはぽんぽんと妹の頭を撫でる。

 浴室の隅に置いていたバスタオルを体に巻き付けて、2人は室外へと出た。
冬ではないので、気温は低くないのだが、湯船に浸かって暖まった所為だろう、心なしか吹く風が涼しく感じられる。
立ち上る湯気が風に流されて、辺りを覆っていた湯煙が消えると、


「随分、のんびりだったな」


 岩風呂から聞こえた声の主は、岩縁に寄り掛かって此方を見ている───常と変らぬ表情で、鼻の下を伸ばしながら。

 クラウドは、レオンとスコールの肢体を頭の天辺から爪先まで、舐めるように眺めた。
そんな男の視線に気付いたスコールが、レオンの影にこそりと隠れる。
レオンはクラウドの不躾な視線は慣れたもので、一つ溜息を吐いて諦めているが、かと言って羞恥心が全くない訳ではない。
体を覆うタオルの端を握って、胸を隠そうとしているが、豊満な彼女の胸はそれだけで隠れてはくれないのであった。

 ちゃぷ、とレオンの爪先が湯に浸される。
その背中にぴったりとくっついた格好で、スコールも湯に足を下ろした。
そのまま其処に座ろうとする2人を、クラウドが止める。


「ちょっと待った。湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だろう?」
「………」
「で、レオンはこっちで、スコールはこっち」


 こっち、と言って自分の隣をそれぞれ指差すクラウドに、レオンが冷たい眼差しを向ける。
しかし、クラウドはまるで気にしていなかった。

 レオンはスコールの手を引いて、クラウドの傍に近付くと、一つ溜息を吐いてから、体に巻き付けていたタオルを解いた。
目の前で露わにされていく肢体を、クラウドはやはり舐めるように具に眺めている。
明らかな熱を孕んだその視線に、レオンの頬が湯気の熱気とは別の理由で赤らんだ。


「……これで良いか」
「最高」


 親指を立てて満足げに言うクラウドに、この変態、とレオンは小さくぼやいた。
そそくさと湯船の中に体を浸して隠す。
そうなると、姉の影に隠れていたスコールが、身を隠す場所を失ってしまう。

 一人取り残された形となったスコールを、クラウドが見上げた。


「浸からないのか?」
「……っ」


 正直、このまま自分だけ立ち尽くしていると言うのも、恥ずかしいし屈辱だ。
しかし、タオルを取らなければ湯には浸かれない。

 クラウドを睨むように見下ろしていたスコールの視線が、彼の隣に座る姉へと向けられた。
水面に浮いた乳房を見て、スコールは無意識に自分の胸元を庇う。
しかし、吹いた風が殊の外冷たく感じられたのを切っ掛けに、スコールは唇を噛んで、恐る恐る、タオルを解き始めた。

 バスタオル一枚を身に付けただけなら、裸身と大して差はない。
しかしそれでも───だからこそ、と言うべきだろうか───、その布一枚に身を守られていたのは確かで、それすら脱げと言われた時の心許なさと言ったら。
それも、自らの手で脱がなければならない時の、恥ずかしさと言ったら。


「ん……ぅ……」


 するり、と厚手のタオルが解かれて、露わになる細く白い躯。
姉に比べると確かに丸みに足りない所はあるけれど、大人になり切れない未発達さと相俟って、また違った魅力がある。
華奢な腰は、抱き寄せれば簡単に折れてしまいそうで、守りたくもなるけれど、何処か壊してしまいたくもなる禁忌を臭わせている。

 スコールは岩風呂の縁にタオルを投げると、ざぶっ、と勢いよく湯船に沈んだ。
しかし、透明な湯が彼女の体を幾らも隠してくれる訳もなく、スコールは真っ赤な顔で胸元を隠して縮こまるように丸くなった。

 クラウドは、右隣で溜息を吐いているレオンと、左隣で縮こまっているスコールを見て、にんまりと目尻を下げた。


「いいな。罰ゲーム最高」
「俺達は最悪の気分だ」
「恋人と温泉に入ってるって言うのに、酷い言いようだな」
「自分の行動を振り返れ。この手とか」


 レオンは、自分の肩に回されたクラウドの手が、不埒な動きをしているのを見過ごしていなかった。
ぱしっと手の甲を叩いて咎めるが、クラウドはお構いなしだ。


「良いじゃないか。それに、今夜は俺の命令は絶対だって言う事、忘れるなよ」
「それは判っているが……あからさまにいやらしい命令は却下だからな。そういう条件だ」


 勝者の余裕か、ふふん、と自慢げな表情を浮かべて言うクラウドに、レオンは判り易く渋面になってクラウドを睨んだ。

 ────卓球勝負は、五点差に加え、2対1と言う、クラウドの劣勢から再開されたにも関わらず、勝利をもぎ取ったのはクラウドの方であった。
罰ゲーム制が施行され、レオンが参戦した後のクラウドは、それまでの不調が嘘のように、快進撃を続けた。
点差はあっと言う間に縮まり、覆され、スコールとレオンも最後まで食い付いたが、最後は9対10で決着となった。
スコールが「やっぱり手を抜いていたんじゃないか」と憤慨して一悶着あったが、それはまた別の話である。

 こうして、勝者となったクラウドは、レオンとスコールに対し、一晩に限り王様的ポジションを手に入れた。
そしてクラウドは、ずっと強請っていた姉妹と一緒の入浴を希望し、負けた以上は仕方がないと、レオンとスコールも大人しく応える事となる。

 王様権限は今日一晩続けられるので、クラウドはまだまだ色々なお願い(命令)を考えているのだが、この命令に対して、レオンは条件を出した。
負けた身とは言え、あれこれととんでもない命令を出されては堪らない。
誰だって我が身は可愛いのだ。
入浴だの、体を洗ってやるだのと言う命令はともかく、あからさまに下心目的の命令は止めろ、と言ったレオンに、クラウドは判り易く不満そうな顔をしたが、度が過ぎて2人を本気で怒らせる訳にはいかないと思い直し、この条件に頷いた。

 だが、条件は受け入れたが、それは“命令に関する条件”である。
命令とは関係ない所で行われるセクハラ的行為は、変わらず続いていた。


「ひぅっ!」


 ビクッ!とスコールが肩を跳ねさせて悲鳴を上げる。


「や、このっ…尻を触るな、馬鹿!」
「おいクラウド────って揉むな!」
「良いじゃないか、折角だし」
「調子に乗るな!」


 レオンの胸、スコールの尻を撫で、やわやわと揉むクラウドの頭に、レオンの拳が落ちる。
ごぼっ、とクラウドの頭が湯に沈んだ。


「げほっ……酷いぞ、レオン」
「自業自得だ」
「王様に逆らうとは良い度胸だ。お仕置きしてやる」
「うわっ!」


 がばっ、と抱き着いて来たクラウドに、レオンは目を丸くする。
ぎゅうぎゅうとしがみ付く様に抱き着いて、クラウドはレオンの胸に顔を埋める。


「バカ、離れろ!」
「んー」
「頭を擦り付けるな!」


 ばしゃばしゃと水飛沫を立てて暴れるレオンだったが、クラウドはしっかりと抱き着いていて離れようとしない。
胸の谷間に埋もれたクラウドの鼻先から、呼吸が零れて柔らかな乳房の隙間をくすぐる。


「や…んんっ…!」
「んちゅ、」
「はっ…舐めるな、あっ……!」


 甘さを含んだレオンの声に、クラウドは自身の熱がむくむくと頭を擡げて行くのを感じていた─────が、


「いい加減にしろっ!!」


 がこっ!とクラウドの頭部で固い音が鳴った。
思わず目から星が出るかと思う程の衝撃に、クラウドはレオンに抱き着いたまま、ぐったりと湯に沈む。

 クラウドの頭を殴り付けたのは、木で作られた桶。
岩風呂の端に置かれていたそれを、スコールが掴み、クラウドの頭に打ち下ろしたのである。

 無防備に食らった痛烈な一撃は、普通の人間であれば気絶する程のものであったのだが、相手はクラウドである。
ものの数秒で復活すると、痛む頭を摩りながら、


「…じゃあ、そろそろ次に行こうか」


 と、まるで何事もなかったかのようにのたまい、いそいそと湯船から上がる。
ダメージに応えた様子もなければ、反省した様子もない男に、レオンとスコールは顔を見合わせて、深々と溜息を吐いた。

 仕方なくクラウドを追って湯船をあがると、クラウドは風呂椅子に座って2人を待っていた。
無表情なのに楽しそうに見えるのは、レオン達の気の所為ではあるまい。
彼の頭の中には、先程頭部を襲った痛烈な一撃の事は、既に残っていなかった。


「クラウド。次って、何をすれば良いんだ」
「これ」


 レオンの問いに、クラウドは手に持っていたものを突き出して答えた。


「……ボディソープ……」


 その名称を呟いたスコールの声を聞いて、そう言えば、背中を流してくれとか言っていたな、とレオンは思い出す。
その程度の事なら、レオンも抵抗はないし、もっと何か際どい命令をされるのではないかと警戒していたスコールも、半ば肩透かしを食らった気分で胸を撫で下ろした。


「タオルが要るな。取って来る」


 そう言って、レオンは浴室に置いて来ていたタオルを取りに行こうとしたのだが、


「待て。タオルは必要ない」
「は?」
「スコール、両手を出せ」
「……?」


 クラウドに言われるまま、スコールが両手を差し出す。
クラウドはボディソープの蓋を開けると、スコールの手に液体を垂らし、


「その手で直接洗っぶ」


 ばしっ!とボディソープを纏わせたスコールの両手がクラウドの顔面を襲う。


「いたたた目入った痛い」
「知るか、このセクハラ馬鹿!」


 ごろごろとその場を転がりまわって悶え苦しむクラウドに、スコールが声を荒げる。
レオンはそんな2人に───基クラウドに呆れたと判る目を向け、


「…クラウド。お前は此処をソープか何かと勘違いしていないか?」
「してないしてない。ちょっ、頼む、タオルくれ。本当に痛い」


 レオンは桶に湯を汲んでクラウドに「先ず洗え」と差し出した。
顔やら目やらに付着した液体を洗い流した後、絞ったタオルで顔を拭く。


「ふう……スコール、今のはやり過ぎだぞ」
「誰の所為だと……!」
「スコール、落ち付け。何を言っても無駄だ」


 適当に合わせて満足させた方が手っ取り早い、と言う姉の耳打ちに、スコールは唇を噛む。
うう、と恨めしげに姉を睨んだスコールだったが、腹を括ったレオンの行動は早かった。

 レオンはクラウドの傍らに膝をつくと、ボディソープを手に垂らして泡立てる。


「背中で良いんだな?」
「んー……スコールは前、レオンは背中で」
「前…って、それ位自分で」
「命令」


 抗議しようとしたスコールに、クラウドは伝家の宝刀とばかりに言った。





罰ゲームと言う名目で、やっぱり欲望まっしぐらなクラウド。
一番悔しいのは、勝手に2対1にされた上、二人がかりで負けたスコールです。