幽冥、流転 4


 行く先が何処であれ、構わなかった。
例えば其処が、生きている事が許されているだけの、自由のない監獄の中でも。
生きて行く事さえも困難な、現世の地獄であるとしても。

 唯一無二の存在である弟が、兄が、一緒にいてくれれば、それで構わなかった。
弟が、兄が、傍にいなければ、どんな世界でも、それは灰色になって音を失い、生きる意味も消えて行く。
だから弟が、兄が、傍にいてくれさえすれば、自分達が身を置いている場所の事など、どうでも良かった。

 生活環境が変われば、生きて行く為に必要なものや、それを得る為の条件も変わってくる。
深く思案せずとも予測できていたものが、サイクルを替えた事で、テンプレートが通じなくなる事もある。
だが、生きる為にプライドも人としての矜持も捨てている兄弟にとって、そうした問題はごくごく些末なものであった。
重要なのはやはり、弟と、兄と、離れる事なく傍にいる事が出来ること。
昨日、今日、明日、そして次の明日、そのまた次の明日と、生命の鼓動が停止するその時まで、唯一無二の存在と引き離されない為に、何をすれば良いのか。
それさえ判れば、あとはその必要な物事の為に、這い蹲って生きるだけ。





 レオンは、スコールの首元のクラバットの歪みを直してやると、改めて弟を鏡の前に立たせた。

 綺麗に整えられ、セットされたダークブラウンの髪。
唇には薄い淡色のグロスが引かれていて、潤んだ唇が瑞々しく光る。
まるで白磁のように白い肌は、本人の肉が薄すぎる事もあって、普段はどうしても病的に見えてしまい勝ちなのだが、今日は頬に薄らとチークやファンデーションが乗せられている所為か、心なしか健康的に見える。
スコールは、その肌に乗せられているものがどうにも苦手で、何度も拭い取ろうとしたのだが、レオンにやんわりと止められてしまっていた。

 衣服は上下共に上等な素材を使って作られたもので、衿や袖縁に金糸、銀糸で意匠が施されている。
それもスコールは慣れておらず、袖が手首に当たるのも嫌だったのだが、これも我慢しなければならないので、仕方なく閉口して受け入れている。
目の前の兄も似たようなものであったから、自分一人が我儘を言う訳には行かない。
そもそも、我儘なんて勝手の良いものが通用する立場ではないのだから。

 スコールは、目元にかかる前髪を横に流して、鏡の中の自分を見た。
クラバットの所為で首元が窮屈で、どうしても眉間に皺が寄ってしまう。


「苦しいか?」


 スコールの服の裾や襟の僅かな歪みを正しながら、レオンが言った。


「…少し」
「これ以上緩めると、見栄えがしなくなるからな……会食は二時間ぐらいだが、我慢、できるか?」
「……努力する」
「そうか」


 良い子だ、とレオンがスコールの耳元に唇を寄せる、ちゅ、と小さく音が鳴って、スコールはメイクとは別に、ほんのりと頬を赤らめて、眦を和らげた。

 失礼いたします、と言う声とともに、キィ、と部屋の扉を開ける音がして、レオンとスコールが振り返ると、メイド長が静々と下げていた頭を上げた所だった。


「ご主人様がお待ちでございます」
「ああ、ありがとう。直ぐに行く」


 レオンが柔和な笑みを浮かべて応えると、メイド長はもう一度、深々と頭を下げて退室した。

 レオンは、鏡台に置いていた櫛を取って、スコールの髪を梳いた。
柔らかなダークブラウンの毛先が絡まる事なく通り抜けて行くのを確かめて、よし、と頷く。


「これでいいな」
「レオンは、髪、結ばないのか。最近はよく結んでるのに」
「ああ、今日はこのままで良いと言われたからな。さ、行くぞ」


 レオンが促して歩き出すと、スコールが直ぐにその後ろをついて行く。
足下からはブーツの固い靴底とヒールが音を鳴らしている。
連なる二つの足音を聞きながら、この音にも随分慣れて来たな、とレオンは独り言ちた。

 レオンとスコールが、こうした華やかな衣服や上等なブーツを身にまとう事が出来るようになったのは、今から三ヶ月前の事。
それまでは絹一枚すら与えられないような環境で、文字通り肌を寄せ合い、温もりを確かめ合っているばかりだった。
眠る時にブランケットの一枚もあれば随分とマシな扱いを受けている方、と言う生活が当たり前だった彼らが、今ではまるで人生を一からやり直し、成功を収めた人間であるかのように華やかな生活を送っている等と、過去の彼らの人生を知る者はきっと想像もしていなかっただろう。
彼ら自身とて、故郷もプライドも全て捨てて置き去りにする事で生き延びてきた自分達が、こんなにも人間らしい格好を赦される日が来るとは思っていなかった。

 兄弟が歩く道には、緋色の絨毯が敷かれている。
通り過ぎる壁には、沢山の絵画が飾られ、それらは世界的に有名な画家が描いたものであると言う。
大きな窓の傍には、丹念に手入れをされて花開いた蘭や薔薇が飾られ、それらを活ける花瓶も、やはり世界的に有名な陶芸家が焼いたものなのだと、兄弟は聞いていた。

 広い広い敷地を持った、この地を治める主が住まう、屋敷。
其処が今のレオンとスコールの家であった。


「今日は、何って言ってたっけ……」
「東部の市長と会食だそうだ。一昨日と似たようなものだな」
「…俺達があの場にいて、意味、あるのか。紹介とかなら、先月、一通り終わったと思うんだが」
「一応、俺達が参加するメリットはあるらしいぞ。何のメリットなのかは教えて貰えなかったけどな」
「……」


 レオンの答えに、些か納得がいかない風に眉根を寄せたスコールだったが、知らないと言う兄を問い詰めても、これ以上の答えが在る訳もない。
疑問については頭の隅に追い遣る事にして、スコールは次に頭に浮かんできたものについて、今度は不愉快と言わんばかりに眉間に皺を寄せた。


「東部の市長は、俺は好きじゃない」
「同感だ」


 レオンの脳裏にも、弟と同様のものが浮かんでいた。
それは丸く膨らんだ顔と体に、毛を生やした手を気持ち悪く握り開きして動かしながら、脂の垂れた眼で自分達を見詰める、街東部の代表者である市長の顔であった。

 市長は、随分とレオンとスコールの事を気に入ってくれているらしく、逢う度に「うちに来てはどうか」と誘いをかけて来る。
二人はそれを丁重に断っているのだが、彼は全く懲りる様子はなく、望みのものを与えてやるだとか、絶対に損はさせないだとか言って、しつこくアピールするのである。
それだけならともかく、可惜に顔を近づけて来たり、果てには手や腰、尻を撫でたりして来るのだから、はっきり言って、鬱陶しいの一言に尽きる。
だから正直、二人は市長が来る所へ行きたくないのだが、主に来いと言われれば行くしかないのが二人の立場だった。

 続く廊下を歩いていた二人の足が、一室の扉の前で止まった。
レオンが扉をノックすると、内側から「入りなさい」と言う女性の声がして、レオンはドアハンドルを握る。
ぐ、と軽く押して開けると、銀糸の髪と金色の瞳を持った、緋色のドレスに身を包んだ妖艶な女性が2人を待っていた。


「遅くなって申し訳ありません、アルティミシア様」


 深く頭を下げて謝罪するレオンと、倣って頭を下げるスコールに、女性────アルティミシアは小さく微笑みを作って見せる。

 頭を上げた2人が歩み寄ると、アルティミシアもまた彼らに歩み寄り、目の前まで来ると、細い腕をゆったりと持ち上げた。
黒のレースであしらわれたドレスグローブに包まれた、細い指先が、それぞれレオンとスコールの頬を撫でる。


「構いませんよ。会食の時間までは、まだ余裕がありますから」


 金色の双眸を細めて告げたアルティミシアに、レオンとスコールは安堵したように小さく頷いて見せる。
アルティミシアは、そんな兄弟を愛おしそうに見つめていた。

 この街とその周辺地域を治めている女領主、アルティミシア────彼女が、今のレオンとスコールの主であった。

 彼女は代々続くこの地を守る領主の家で生まれ育ち、早くにして両親を亡くした後、周囲の反対を押し切って、若い内に親の跡を継いだ。
初めは若い女に何が出来る、と鼻で笑っていた街の人々であったが、彼女はその美しさと聡明さで、それらを全て黙らせた。
あまりの才覚に恐れを成してか、彼女を“魔女”と呼ぶ者もいるが、その言葉すらも、何処か浮世離れした美しさを持つ彼女には相応しく思えてしまう。

 彼女は両親と死に別れて以後、屋敷の邸内を整える使用人たちを除き、広い屋敷の中で一人きりで領主たる者として仕事に努めていたと言う。
そんな彼女が、三ヶ月前、街を訪れた見世物屋から、とある兄弟を引き取った。
兄弟は生まれも育ちも判然とせず、座長によれば先達ての戦争で故郷を失い、兄弟二人きりで寄り添って生きて来たと言う話だった。

 “魔女”に引き取られた兄弟の話は、あっと言う間に街に広がった。
誰にも心を開く事なく、時に冷淡に街の発展にのみ尽くして来た“魔女”が、人の子を拾ったのだ。
好き勝手な噂が好きな街人達は、“魔女”が兄弟をどうするつもりなのか、好き勝手に喋っていたが、“魔女”はそんなものは気にしなかった。
“魔女”は引き取った兄弟を湯に入れて清めさせ、衣服を与え、栄養の良い食事を与え、教養を与えた。
兄弟は見目が良いだけでなく、とても頭が良く、理知的で、聡明で、大変に“魔女”を満足させた。

 “魔女”が殊更に寵愛する兄弟とは、一体どんなものなのか、誰もが噂にし、誰もが一度で良いから見てみたいと言う。
“魔女”はその声に応えるかのように、教養の一環として、彼らをあらゆる場所へ連れて行き、様々な人に逢わせてやった。
すると、兄弟を一目見た人々は皆揃って虜になり、もう一度、また一度と、仲睦まじく寄り添う兄弟を見たいと口を揃えて願っていた。
特に街の有権者達は、度重なる領主との会食に際し、兄弟の同伴を強く申し出ており、領主たる“魔女”はこれを快く受け入れた。
彼らの要望に応える事で、利己を強く望みたがる、人の欲望を抑える事も出来るからだ。
だが、賢いとは言え、政的な事についてはまだまだ疎い兄弟は、その意味の重要性については、まだ理解してはいないのであった。

 洗練された衣装を身にまとう兄弟を見て、アルティミシアは満足そうに紅を引いた唇に笑みを浮かべる。


「よく似合っています」
「ありがとうございます」
「…ありがとう、ございます」


 主の賛辞に、兄が礼を述べると、倣うようにスコールも同じ言葉を連ねた。
人前に出る事に物怖じしない兄に比べ、弟のスコールは、所謂人見知りと言うものであった。
だが、兄がいれば少しは気分が落ち着くのか、彼の真似をするようにして、人前でも兄とそれ程変わらない振る舞いをして見せる事が出来る。

 アルティミシアは、細く長い指先で、ゆったりとスコールの頬を撫でた。
じっと見つめる金の瞳に、スコールは微かに視線を逸らしたが、アルティミシアがそんな少年に気を悪くする事はなかった。
初心ね、と囁くアルティミシアの声には、悦が篭っている。

 細い指がスコールの顎を捉えた。
薄く開いた唇に、アルティミシアが口付ける。


「ふ、んんっ……」


 鼻にかかった吐息が、スコールから零れる。
スコールの咥内に生暖かく蠢くものが滑り込んで、スコールはそれから逃げようとするように舌を引っ込めた。
けれど、頬に添えた手が咎めるように肌を撫でるから、恐る恐る、舌を差し出す。

 ちゅく、とスコールの咥内で、スコールとアルティミシアの舌が絡み合う。


「んぁ、ん……っふ……」
「ふ…うふふ……」


 アルティミシアの尖らせた舌が、スコールの舌の腹を撫でて行く。
ぞくぞくとしたものがスコールの背を走って、スコールはぎゅっと自分の服の胸元を握り締める。


「ん、ぷぁ、あ…ふ、あっ……!」


 スコールの口端から飲み込めなかった唾液が垂れて、光る。
握られたスコールの手が、何かを堪えるように震えている事に、レオンもアルティミシアも気付いていた。

 つ……とアルティミシアの指先がスコールの喉を辿る。
ビクッ、とスコールの肩が跳ねて、スコールの足下が揺れた。
アルティミシアはスコールの舌唇をねっとりと舐り、ちゅ、とわざと音を鳴らしてから、彼の唇を解放する。

 ぼんやりとした表情で、ふらりとよろめいたスコールを、レオンが腰を抱いて支えた。
青灰色の瞳がそれぞれ対に重なって、その両方に熱が孕んでいる。


「レオン」


 名を呼んだのは、アルティミシアだった。
主に呼ばれるまま、レオンが彼女を見れば、彼女の緋色の唇の隙間から、真っ赤に熟れた舌が覗いている。

 レオンはスコールを傍にあったソファに座らせると、アルティミシアへと近付き、彼女の前に跪いて、ドレスグローブの手を取る。
騎士が忠誠と祈りを捧げるかのように、そっと手の甲に口付けすれば、アルティミシアはまた満足げに笑みを浮かべた。

 跪くレオンの頬を、アルティミシアの手が撫でる。
音なく促す声に逆らわず、レオンはそっと目を閉じた。
細い指がレオンの顎を捉え、微かに頭を傾かされる。
上向いたレオンの唇に、柔らかく、けれど確かな熱を持ったものが重なった。


「ん……ぅん……」


 レオンの咥内に侵入して来たのは、アルティミシアの舌。
逃げずに迎えるように舌を差し出せば、直ぐに絡み付いて来る。

 舌の腹を互いに当てれば、じっとりと、唾液と熱が交じり合って行くのが判る。
つつ…とアルティミシアの舌の先が、レオンの舌の上を遊ぶように撫でて這い回る。
食べ物の毒素───極端な苦みや酸味など───を感じ取る為、敏感に出来ている箇所を、舌尖がゆっくりと辿って行く。


「う…ふっ…ふ、ぅ……っ」


 咥内の性感帯を刺激されているようで、レオンの体がピクッ、ピクッ、と小刻みに震える。
それを、細められた金色の双眸がじっと眺めている。

 アルティミシアの手がレオンの顎を捉え、レオンの口を大きく開かせる。


「ん、あ……あっ…」


 レオンの舌が口の外へと誘い出され、アルティミシアの唇が吸い付く。


「あ、ふ…っ!ん、んふっ…ぅ…」


 ちゅ、ちゅく、と音を鳴らして舌先を吸われる。

 ふる、とレオンの睫が揺れて、瞼が持ち上がる。
酷く近い距離で主を見つめる青灰色には、明らかな熱が篭っている。
嘆願するような眼差しに、アルティミシアはちゅぅ…とレオンの舌を一つ強く吸って、彼の唇を解放した。


「あっ…は……はぁっ…」


 レオンは、夢現の表情を浮かべていた。
彼はアルティミシアの足下に跪いたまま、ぼんやりとした瞳で主の顔を見上げている。

 コツ、とブーツの音が鳴った。
レオンの背後に、スコールが立っている。


「レオ、ン」
「ん…スコー、んっ……」


 スコールが屈み、背後から頭だけを持ち上げた格好のレオンの唇に、己のそれを重ね合わせた。


「ん、ん……」
「ふ、ぅ…んぁ……れお、ん…」


 甘える声で呼ぶ弟に応えて、レオンはスコールの舌に己のものを絡み付かせる。


「ちゅ、ふ…ん…、んん、う…」
「ん…ふっ、ぅ……」


 スコールの目の前で、レオンの喉がひくひくと戦慄いている。
其処には、スコールがそうであったように、飲み込む事を忘れた唾液が零れて流れ、銀色に光っている。

 スコールは唇を放し、レオンの傍らに膝をついた。
レオンの腕がスコールの腰を抱き寄せる。
二人の唇を艶に飾っていたグロスは、とうに溶けて判らなくなり、アルティミシアの唇と同じ色の紅が滲んでいた。
その歪な紅色を重ね合わせて、互いの蜜液を絡ませる。


「んぁ…ふ、スコール…ん……」
「レオ、ン…レオン、レオン……んんっ…!」


 繰り返し名を呼ぶスコールに、レオンは言葉ではなく行為で示す。
深く口付け、舌を絡め合わせ、スコールの握り締められた手に己の手を重ね合わせた。
ふる、と震えて解かれた手は、レオンと掌を合わせて、ぎゅ、と指を絡めて握られる。

 レオンは、アルテミィシアにされていたように、スコールの舌全体を己の舌先で撫でてやった。
ビクッ、ビクッ、とスコールの体が跳ねるのが愛おしい。


「ふぁ、ん……れ、お…」


 舌足らずな声が名を呼ぶ。
うん、と頷いてもう一度口付けた。
スコールの腕がレオンの首に回されて、耳の裏側を指先が撫でる。


「あふ…あっ…ふっ……んぁ…」


 ちゅぷ、ちゅっ、ちゅくっ、と鳴る音。
レオンがスコールの舌を解放すれば、今度はスコールの舌がレオンに絡み付いて来る。
もっと、とねだるように、スコールの舌はレオンの舌全体を撫で回す。


「ふぅ、う、んっ…んっ、んぁっ…!」
「ふあ、う、ん、……んむぅ……っ」


 もっと、もっと。
もっと奥まで絡み付いて、重ね合わせて。

 ────いつしか二人で夢中になって口付けを交わしていた。
その様をじっと見つめる金色の瞳がある事すらも忘れて。

 けれども、柱時計の低い音が、二人を現実へと引き戻す。


「ん……」
「っあ……」
「ふ、…終わ、り……な…?」


 唇を放したレオンに、スコールが縋るような吐息を漏らしたけれど、レオンは頷かなかった。
だが、二人の互いを見つめる瞳には、明らかな劣情の色がある。


「レオン…れ、おん……」
「ん、あ……ふっ…!」


 首に腕を回し、レオンに抱き着いたスコールは、兄の耳に舌を這わした。
そのまま兄を床に押し倒してしまうかと思う程、スコールがレオンに身を寄せようとすると、


「駄目ですよ、スコール」
「うぁっ…!」


 アルティミシアの手が、スコールの髪を乱暴に掴む。
ぐ、と頭を引っ張られて、スコールは痛みに顔を顰めた。


「これから大切なお客様がいらっしゃるのに、だらしのない格好でお会いするつもりですか?」
「あっ…う……ご、めんな、さ……」


 怒気を含んだ主の言葉に、スコールが震える声で謝罪する。
捕まれていた髪が自由になって、スコールはレオンの体へと倒れ込んだ。


「…すみません、でした…アルティミシア様…」


 スコールを腕に抱いて、レオンも頭を下げる。

 アルティミシアは冷たい眼差しで兄弟を見詰めていた。
しかし、それもほんの僅かな間の事。
主の不興を買った事を怯えるように縮こまる二人の様を眺め、アルティミシアは紅い唇を笑みに歪めた。


「立ちなさい」


 アルティミシアの言葉に、レオンの体が凍り付いたように固くなる。
彼の腕の中で、スコールが俯いた。


「立ちなさい」


 二度目の言葉に、二人はゆっくりと立ち上がる。
何かを庇うように、腰を引いた格好をした二人に、アルティミシアは益々笑みを深めた。


「きちんと背を伸ばしなさい。出来るでしょう」
「……は、い……」
「……っ……」


 アルティミシアの命令に従い、レオンとスコールは丸めていた背筋を伸ばして立った。
そうすると、二人のボトムスの前部が押し上げられているのが判る。

 兄弟の頬が赤らみ、零れる吐息は明らかな劣情を孕んでいる。
無理もない────彼らにとって性的刺激は逆らえるようなものではないのだ。
故郷を失って、二人きりで寄り添い合って生きて来た彼らは、体を重ね合わせる事で生きる術を得て来た。
餌を得る為に、暖を取る為に、互いの存在を確かめ合う為に。

 レオンとスコールにとって、互いの存在を確かめる事は、呼吸をする事よりも大切な事だった。
生存本能と同義であると言っても良い。
そんな彼らが、互いの熱を欲する体を抑えられる訳もない。

 アルティミシアの手が、レオンに縋るスコールの腰を撫で、引き締まった臀部の丘を辿る。
ひくん、とスコールの下肢が震えた。


「卑しい子達だこと……」
「…あっ……!」


 膨らんだ布を白い手が包み込み、柔らかく握れば、スコールの喉から甘い声が漏れる。
スコールは直ぐに唇を噛んだが、アルティミシアが膨らみを揉むように刺激を与えると、淡色の唇は容易く開き、


「ん、あ…っ、あっ…ふ…っ」


 ビクッ、ヒクン、とスコールの体が震え、膨らみは更に大きくなり、布地を押し上げる。
スコールは口を閉じる事を忘れ、舌を伸ばして虚空を仰いで喘ぎ声を漏らす。


「あ、う、…んんっ…!やあ……」
「嫌?では、これは────なんです?」


 スコールのボトムスの前が開かれ、布地に押さえつけられていた肉棒が晒される。
それはすっかり上を向いており、先端からは先走りの蜜を溢れされていた。

 スコールの頬が沸騰しそうな程に赤くなる。
アルティミシアは、膨らんだペニスの先端の穴に指を当て、ぐりぐりと抉るように押し付けた。


「ひあっ、あっ!んあ、や、ああっ!」
「こんなに膨らませて、溢れさせて。仕様のない子ね」
「ご、ごめん、なさ、い……っ」


 尿道口に爪を立てられ、スコールはビクッ、ビクッ、と全身を戦慄かせながら謝罪する。
しかし、体は与えられる刺激に正直で、スコールの雄は今にもはちきれんばかりに大きくなっていた。

 アルティミシアは指先に先走りの蜜を絡めた。
黒いレースの指に、白濁液が映えるのを見て、アルティミシアはくつりと笑みを浮かべ、


「我慢、出来るかしら?」


 己の精液をまとわせた指を眼前に晒されて、スコールはゆるゆると首を横に振った。

 体が熱い。
我慢できない。
欲しくて欲しくて堪らない。

 いつも不機嫌に寄せられる眉根は、今は熱の苦しみによるもの。
蜜の糸を引く指が頬を撫で、唇をなぞれば、スコールは舌を伸ばしてそれを舐めた。
しかし、それは直ぐに遠ざかってしまう。


「あ、ぅ……」


 物欲しげな瞳で見つめるスコールに、アルティミシアはじっと傍らで口を噤んでいる青年を見て、言った。


「貴方がしてあげなさい、レオン。服を汚してはいけませんよ」


 まだ開始まで時間があるとは言え、会食が控えているのだ。
服は今日の会食のメニューや、晩餐室に飾られた花や調度品に合うものを着ている。
替えの服がない訳ではないけれど、主が零すな、汚すなと言うのならば、レオン達は従わなければならない。

 レオンは立ち尽くすスコールの前に膝をついて、彼の反り返ったペニスへと顔を寄せた。
ちゅ、と竿に口付けして、舌を這わしながら、掌で全体を扱く。


「れ、お……」
「ん……くふっ…」
「ふあっ、あっ…!」


 レオンがスコールのペニスの先端を食んだ。
咥内を一杯に膨らませる亀頭を、レオンは舌で転がし、丹念に舐めてやる。
竿は根本から両手で包んで扱き続けてやった。

 淫部に縋るようにして、自身の中心を舐めしゃぶるレオンを見下ろしながら、スコールは恍惚とした表情を浮かべていた。
スコールの細腰がヒクッヒクッと震えて、スコールの手がレオンの頭に添えられる。
それはただ触れているだけで、掴むような力が籠められる事はなかったが、離れる事を嫌がっているように見える。


「あ、あ…!あつ、い…、レオンの、舌っ……あっ、んんっ」
「ふっ…ちゅ、ん…っは……あ、むぅっ…」


 蜜を零す先端に舌を押し付けながら、レオンは口を窄め、ちゅううっ、と尿道口を啜った。
ビクン!とスコールの体が仰け反って、一際高い声が上がる。


「ひっ、あっ!ああっ!」
「んぢゅ……っぷ、ふぅっ…!」
「んあっ、あっ、らめ、あああっ…!レオン、イく、出るっ…!」
「ん、ん、」


 限界が近い事を訴えるスコールに、レオンはペニスを食んだままで薄く笑みを浮かべた。
頭を前後に動かして、ペニスへ刺激を与える。
じゅぽっじゅぽっと言う淫音がして、スコールはぬらぬらと艶めかしいものがペニス全体を撫でるのを感じながら、絶頂を迎えた。


「はっ、レオン、レオン!出る、レオンの口の中、出ちゃううっ!」
「ん、んぶっ…!んぐぅうっ……!」


 びゅくっびゅくっ、とレオンの咥内で男根が跳ね、熱い迸りが喉奥へと叩き付けられた。
息苦しさと一瞬の嘔吐感でレオンの顔が顰められたが、彼は咥内のものを吐き出そうとはしない。

 ぐきゅ、とレオンの喉が鳴る。
どろりとしたものが喉を落ちて行くのを感じながら、レオンはスコールのペニスを更に吸い付いた。


「んぢゅっ、ふっ、んぷっ、」
「やぁっ、あっ、ああっ!イって、出るっ、出てるぅっ!吸っちゃだめ、あ、あああっ!」
「ふ、う、う、んぷっ…!んぐ、んっ、んぷぅっ…!」


 がくがくとスコールの膝が震える。
頽れてしまいそうになるのを、スコールはレオンの肩に掴まって支えた。

 スコールがイき続ける間、レオンはずっと彼のペニスにしゃぶりついていた。
吐き出される蜜を、レオンは全て自分の体へと飲み込んで行く。
まるで甘露を欲しがる子供のように、レオンは夢中になってスコールのペニスを啜っていた。


「あひっ…はっ、…あっ…ああっ……」


 やがてスコールの雄から吐き出される精液が乏しくなってくると、レオンは最後にもう一度強く吸い上げた。
ぢゅるるるっ、と音が鳴る程の強い刺激に、スコールの腰がビクッビクッと痙攣したように震える。


「……っん、ふ……」


 ぬろぉ……と舌をまとわりつかせながら、レオンはスコールを解放した。

 痛い程に膨らんで勃起していた陰茎は、くったりと頭を下げている。
そこはスコールの蜜とレオンの唾液が交じり合って、どろどろに蕩けていた。


「んぐっ……っは……んん…」


 レオンは口の中に残っていた僅かな名残を飲み込んだ。
空っぽになった咥内に物寂しさを感じて、覗かせた舌に自身の指を絡めさせる。
ちゅ、と音を鳴らしながら自分の指をしゃぶる兄の姿を、スコールはぼんやりとした表情で見詰めていた。


「あっ…ふ……スコール、ん……」


 床に膝をついて、跪いた格好で、レオンはスコールを見上げる。
そして、じっと眺めている主へと視線を移すと、赦しを乞う目で彼女を見つめた。


「────上手に出来たようですし、良いでしょう。ご褒美です。スコール、零してはいけませんよ」
「……ふ、あ……」


 アルティミシアに促され、スコールは覚束ない返事をして、ふらふらと上体を不安定に揺らしながら、レオンの前に座る。
レオンは震える膝で立つと、ボトムスの前を緩めて、布地を押し上げていた肉棒を取り出した。

 スコールのものよりも幾らか大きく膨らんだペニス。
スコールが誘われるように顔を近付け、ぴちゃ、と亀頭に舌を乗せれば、ぴくん、とペニスが震える。
スコールは舌を伸ばし続けながら、上目で兄の表情を伺った。
レオンは耐えるように苦しげに眉根を寄せていたが、見下ろす青灰色は、酷い熱に侵されており、震える唇が「はやく」と音なく紡いだのが判った。

 スコールはレオンの亀頭を掌で撫でて、柔らかく握りながら、竿の裏筋を根本から舌で舐め上げた。
れろぉ、と熱く滑ったものが這う感触に、レオンの背筋が震える。


「…スコー、ル、ぅ……っ!」
「んぁ……はむ、ん…っ」


 竿を横から食んで、キャンディーを舐めるように舌を遊ばせる。
スコールの指が、亀頭の窪みをくすぐるように撫でた。


「零れていますよ、スコール」


 アルティミシアの声に、スコールはレオンの先端から先走りの蜜が溢れている事に気付いた。
とろ…と粘ついた糸を引いて落ちていくそれを、下から掬うように咥内へ招き入れる。

 スコールは竿を持ってペニスの頭を上げさせると、天を突いた先端を丹念に舐めて掃除した。


「あっ、あっ…は、んんっ……」
「ふ、ん…止ま、んな、い…どんどん、出て……」


 スコールが幾ら舐めても、蜜液はレオンのペニスから溢れて来る。
舐め取れなかった精液が、亀頭を竿を辿り、スコールの手を汚し、服の袖口にシミを作る。


「ん、あ……れお、ん……」


 どうしたらいいの、と。
まるで迷子になった子供のように名を呼ぶ弟に、レオンはスコールの頬に手を添え、


「口、開けて……俺の、食べて、」
「れおんの、…んっ…たべ、る……」


 兄の言葉に倣って、スコールは口を開けた。
小さな口の中は、含んだ欲望で直ぐに一杯になってしまう。

 スコールは歯を立てないように努めながら、もごもごと口の中を動かした。
舌がレオンの亀頭の裏側を撫でる。


「あはっ…あっ…!スコール、スコールぅう…っ」


 弟の熱い咥内に、レオンのペニスが更に膨らむ。
んぐ、とスコールが息苦しそうに眉根を寄せたが、レオンに彼を気遣う余裕はない。


「スコール、吸って…」
「ん、ぢゅっ…!」
「んあっ!ああっ…!」


 レオンの指示に従い、スコールはペニスを強く啜った。
びくん、とレオンの体が跳ねて、スコールの咥内に先走りの蜜が溢れ出す。


「ん、ん、ぢゅっ、んぢゅっ…」
「ひあっ、あ!あ、あ……スコール、もっと…もっと…っ」
「んんっ……っふ、ふぅっ、んぢゅっ…!」


 レオンの手がスコールの頭を掴む。
髪を引っ張る事はしていないから、痛くはない。

 掻き撫でるようにダークブラウンの髪の隙間に通る指が、スコールは嬉しかった。
もっと、と兄に言われるのも、嬉しい。
兄が自分を求めていてくれるのだと判るから。

 スコールはレオンの下肢に縋るように掴まって、ぢゅううっ!と強く陰茎に吸い付いた。


「あっ、あっ、スコール、ああっ!出、る、出るぅっ!」


 レオンはスコールの頭を抱き込むように捕まえ、背中を丸めて訴えた。
スコールは夢中でレオンの陰茎を啜る。


「あ、イく、スコールっ!スコールぅ…っ!」
「んはっ、だひて、レオンの、ぜんぶ…ん、んぢゅっ、んんんっ!」


 レオンの体が痙攣したように震えたかと思うと、びゅるるっ!と熱い蜜液がスコールの咥内へ吐き出される。
スコールはうっとりとした表情でそれを受け止め、くきゅ、こく、と少しずつ飲み込んで行く。

 口の中を一杯に埋めていた精液を飲み干して、スコールはゆっくりとペニスから口を離した。
とろりとした銀糸がペニスとスコールの濡れた唇を結ぶ。
それがぷつりと途切れてしま前に、スコールは手の平でそれを掬い上げ、白濁をまとわせた舌で舐め取った。


「っは…っは、あ……ぅ……」


 茫洋とした表情で、ふらりと体を揺らしたレオンを支えたのは、アルティミシアだった。


「まだ物足りないかしら?」


 アルティミシアの手がレオンの臀部を撫でた。
上等な生地に覆われた、引き締まった双丘を撫でた手は、レオンの秘部を布越しに押し上げる。


「あっ、あぁっ……」
「っは…れお、ん……」


 悩ましい声を上げる兄を、弟は羨ましそうな表情で見上げていた。


「でも、駄目ですよ。直にお客様がいらっしゃいますから」
「あ…アルティミシア、様……ぁ……」
「んあ…はっ、ふぅっ……」
「此処は後で、ゆっくりと可愛がってあげますよ」


 主の手が離れて行くのを、レオンは名残惜しそうな目で見つめていた。
そんな兄を、スコールは物欲しげに見上げている。


「さあ、二人とも、きちんと服を整えなさい。丁度、お客様がお出でになったようです。お迎えをせねばなりませんよ」


 ────カラカラカラ、と馬車の車輪の鳴る音が遠く聞こえた。
レオンはスコールを立たせ、彼の口元から零れていた唾液を舐め取る。
もっと、と甘えるようにスコールが身を寄せようとするが、レオンはそれをやんわりと咎めて制した。

 レオンは、唾液と精液で濡れたスコールのペニスをボトムスに仕舞い、裾を直して、クラバットの歪みを直す。
乱れたダークブラウンの髪を手櫛で梳いてやり、最後に耳の裏側を指先で撫でた。
ふる、とスコールの肩が微かに震える。

 スコールもレオンのペニスをボトムスに収め、裾を直し、クラバットを解いて締め直した。
髪を手櫛で直すのもレオンと同じ手付きで、すっかりレオンの手順を真似ている。
最後にもやはり、レオンと同じように、彼の耳の裏を指先で撫でて行った。


「さあ、行ってらっしゃい。お客様に粗相のないようにね」


 アルティミシアに促され、二人は一礼をして部屋を出た。
使用人たちは既に客人を招き入れる準備を整えており、今頃は厨房で料理を盛り付けている所だろう。

 玄関に立っていたドアボーイが扉を開ける。
外には、でっぷりと丸い腹を膨らませ、目尻にヤニをつけた男が立っていた。


「ようこそお出でくださいました、市長様」
「ご主人様がお待ちです」


 二人で声を揃えて迎える見目麗しい兄弟。
その整った面に埋め込まれた青灰色の瞳は、何処か熱に浮かされたように妖しい艶を孕んでいる。
────この艶やかさが、男を虜にさせるのだ。

 今日もまた、兄弟に我が下へ来いと、男はしつこく迫るだろう。
けれども、レオンもスコールも、彼の言葉に頷く事はあるまい。
何処に行くのも、誰に飼われるのも構わないけれど、取り敢えず、現状に不満はないのだから。





アルティミシア様が引き取りました。