堕ちる、熔ける、嗤う。 1


 ガルバディア政府と、バラムガーデン────この二つの存在は、それぞれ対極として例えられる事が多い。
それも無理はないだろう。
方や“魔女”に操られ世界を掌握しようとしたもの、片や“魔女”から世界を救った英雄、ともなれば、必然的にそうした形になるのも無理はない。
増してやガルバディア政府は、公的に魔女の力を得ようとしていたし、バラムガーデン引いてはSeeDに対する急先鋒となった戦犯サイファー・アルマシーに幹部クラスの権限を与え、十七年前に海に沈められたルナティックパンドラをサルベージし、“月の涙”を引き起こしたのだ。
世界を刻の狭間に閉じ込めようとした悪しき魔女アルティミシアの手足として動いたのだから、戦争後、魔女の敗北=ガルバディア政府の信用も地に落ちたのは当然の話であった。

 元々、ガルバディア政府に対する敵は多かった。
国内に数多のレジスタンス組織が身を隠し、日夜政府の転覆を狙っているのだ。
特にティンバーはその傾向が強く、活動も活発で、魔女戦争後は更に頻繁にレジスタンス活動が行われている。
中にはレジスタンスと銘打って好き勝手をする狼藉者もいるが、そうした輩は、本来の意味で反政府活動をする団体によって、随時鎮圧が行われている。

 一大陸の殆どに国領地を持ち、西の大国と呼び名わされていたガルバディアであったが、魔女戦争後はその権威も失われた。
魔女戦争の勃発以前まで国を治めていたビンザー・デリング大統領が死んだ事もあって、ガルバディア政府は正に混迷の只中にある。
元より軍部の力で大国として伸し上がったガルバディアであったが、頭がいなくなってはどうにもならない。
軍部の中でも派閥争いが起きており、上は喧々囂々と互いの権利を主張し合い、面倒事は押し付け合い、下の者はそれに振り回される始末。
新たな大統領を据える為の国政選挙の準備すら整わず、そもそもこの情勢の最中に大統領に立候補したがる者もいない為、二進も三進も行かない状態であった。

 それでも、魔女戦争を起こす切っ掛けとなった責任と、それに伴う数々の罪は背負わなければならない。
鎖国して久しかったエスタが国際社会に復帰し、エスタ大統領自らが先頭に立って魔女戦争の経緯と顛末を説明した為、ガルバディア政府は尚の事、隠れる事は赦されなくなった。
急ぎ時の大統領を据え、魔女戦争の罪を受け止めると言う声明を発信したが、上層部の実際の心情としては「あれはビンザー・デリングが独断で強行した事」「戦犯サイファー・アルマシーに脅されてやった」「魔女に操られ、自分の意識を奪われていた」────等と言った具合であった。

 今現在、ガルバディア国は、嘗ての軍部最高権力責任者であり、真っ先に魔女に対して危険意識を抱いていたフューリー・カーウェイ大佐が治める形を取っている。
時の大統領は殆どお飾りでしかない。
カーウェイ大佐は乱れた軍部を編成し直し、政府を任せられる人材を探しているが、独裁政治を行っていた前大統領のお陰で、中々有用な人材が見つからないと言う。
その上、軍部の中でも、前大統領や魔女心棒に未だ取りつかれている者が多く、派閥を汲んでカーウェイを権威の椅子から引き摺り下ろそうとしている。
国内では頻発するレジスタンス活動への対処に追われ、軍の制服の襟を緩める暇すらなかった。

 もう一つ、カーウェイの悩みの種がある。
一人娘のリノアが、魔女戦争の折、魔女になってしまった事だ。
長く別居状態となり、父に対して反発するようにレジスタンス活動に飛び込んだ彼女だが、カーウェイにとっては亡き妻が遺してくれた、唯一の家族である。
幸い、彼女が魔女であると言う事は、公的に伏せられているのだが、いつ何処で情報が漏れるか判らないし、生まれ持った立場もあって、彼女を狙う輩は多い。
父として、娘を守るのは絶対の義務である。
彼女の肝心な時に、いつも傍にいてやる事が出来なかった罪滅ぼしに、それだけは貫かねばなるまいと、カーウェイは思っていた。
しかし、彼女を守る為に雇える護衛に、自分の軍の人間は使えない。
ガルバディア軍部の体質を良く知っているからこそ、カーウェイはガルバディア軍の人間を信用していなかった。

 ならば、誰を頼るのか。
他の誰でもない────全てを知っていて尚、娘を大切な仲間として受け入れてくれた、彼らしかいなかった。



 魔女戦争を終えてから、リノアはバラムガーデンに住む事になった。
一時はデリングシティの実家に戻っていたのだが、政府も軍部も不穏な気配ばかりで、父であるカーウェイ大佐に推され、魔女戦争の英雄達───“伝説のSeeD”がいるバラムガーデンに保護される事となったのだ。

 だが、魔女戦争を終え、ようやく父娘の溝が埋まり始めていた所を、離れ離れにさせるのは忍びない。
その為、バラムガーデン学園長シド・クレイマーの取り計らいにより、リノアは月に一度、実家に帰って父と過ごす時間を設けるようにしていた。

 リノアがバラムガーデンの外に出る時には、必ずSeeDが護衛任務に就く事になっている。
任されるのは、キスティス、ゼル、セルフィ、ガルバディアガーデンからバラムガーデンに籍を移してSeeDとなったアーヴァイン、未成年であった為に温情措置を受けて更生中とされているサイファー、そしてSeeD指揮官であり“伝説のSeeD”となったスコール・レオンハートの内の誰かと定められていた。
ガーデンからデリングシティへの往復の間、常に傍にいる必要がある為、気心の知れた者の方が良いだろうと言う、リノアへの気遣いだ(サイファー曰く「他の奴らじゃ、あのじゃじゃ馬は抑えられねえよ」と言う指摘も否定できないが)。

 護衛の決定は、スケジュールの調整によって決められる。
リノアはよく「スコールと一緒が良いな」と言うが、指揮官であるスコールのスケジュール調整は難しいのが現実だ。
彼に代わり、一般SeeDと立場を同じくするゼルやセルフィやアーヴァイン、時折サイファーが担う事が多かった。

 そんな中、ようやく、リノアはスコールのスケジュールを確保した。
帰省に向かう際の護衛がスコールだと聞いた途端、彼女は飛び跳ねて喜んだ。
スコールは「ガンブレードの調整のついでだ」と言ったが、彼を良く知る人間から見れば、素っ気ない言葉は素直になれない彼の照れ隠しのようなものだと判る。

 かくして、リノアは念願のスコールと共に、デリングシティへと向かう事となったのである。





「遠路遥々、ご苦労だった。スコール・レオンハート」
「……ありがとうございます」


 デスクに座り、厳格な空気を壊す事なく告げたフューリー・カーウェイに、ガンブレードケースを手にスコールは短く応えた。
その隣にはリノアがいる。
カーウェイはちらりと娘の貌を見遣ると、一つ咳払いをして、


「リノア。席を外しなさい」
「え?」
「彼と少し話がある」
「……はーい」


 父の言葉に、リノアはむぅと唇を尖らせた。
自分だけが追い出される形が不服だったのだが、以前のように余計な反発の声を言う気にはならない。
父の立場と言うものを、以前よりも理解する事が出来るから。

 リノアは部屋を出て行こうとして、ぱっと踵を返した。


「スコール。今晩、一緒にご飯食べようね」
「邪魔だろう、俺がいるのは」
「そんな事ないよ。キスティスやセルフィとも一緒に食べに言ったし、平気平気。だから、一人で勝手に何処かに食べに行ったら駄目だからね」


 約束だよ、と言って、リノアはまた踵を返した。
今度こそ部屋を出て行くと、軽い足音が遠退いて行く。

 父娘の間に入って、一緒に夕食を採る。
無理だ、とスコールは胸中で独り言ちた。
キスティスのように気の利く会話も出来ないし、セルフィのように無邪気でもないスコールに、このハードルは厳しい。
だが、護衛としては傍にいなければならないので、任務の延長のつもりで割り切れば良いだろうか。
────等と考えていると、ごほん、と咳払いが聞こえた。

 カーウェイは、苦いような、眩しいような、複雑な表情をしていた。
その表情の意味が判らなかったので、スコールは踏み込む事はせず、カーウェイが口を開くのを待つ。

 それから、数十秒の間を置いて、


「…すまないな。君も疲れているとは思うのだが、一つ、伝えておきたい事があったので残って貰った」


 厳しい顔付となったカーウェイに、スコールも口元を引き締める。
齢を重ねて尚、鋭い光を失わない瞳からは、危機感にも似たものが感じ取れる。


「近頃、この街で暴行事件が多発している。犯人は恐らく、ガルバディア兵だ。憲兵の取り締まりを強化しているが、一部が結託しているらしく、中々捕縛できずにいる」
「…私にその兵を捕らえろと?」
「いや。君は今回、あくまで、娘の護衛だ。それに関しては、また別の機会に依頼を考えている」


 小さく首を横に振って言ったカーウェイに、ありがとうございます、とスコールへ形式的な言葉を述べた。


「死者はまだ確認されていないが、病院送りになった者がいる。恐らく、政府が倒れ、私のやり方に不満を持った兵による鬱憤晴らしだろう。無秩序に襲っているようで、被害者や事件現場に繋がりはない。だが、リノアが帰ってきたとなると、私の娘として、彼女に危害が及ぶ可能性は否めない。今日と明日、気を引き締めて娘の護衛に当たってくれ」
「了解」


 そんな危険があるのなら、娘の帰省のタイミングを延ばせば良いものを、とスコールは思ったが、今日の帰省を強く希望したのはリノアであると、彼は知らない。
父から電話で事前にこの話を聞いて尚、リノアは今日の帰省を望んだ。
何せ、ようやく念願のスコールのスケジュールを捉まえたのだから、今回を逃せば次にいつこのチャンスが来るかと言うものだったのだ。

 挨拶を終えてスコールがカーウェイの執務室を出ると、白のワンピースに着替えたリノアが立っていた。


「お話、終わった?」
「ああ」
「今から何かご用事なんてものは」
「ジャンクショップにガンブレードを調整に出してくる」


 提げていたガンブレードケースを持ち上げて言うと、リノアは判り易く唇を尖らせた。


「うーん、あんまり良さそうな雰囲気じゃないかなあ」
「何の話だ」
「デートの話」


 リノアの言葉に、スコールは「は?」と思わず間の抜けた声を漏らす。
それを聞いたリノアは、くすくすと楽しそうに笑った。


「だって久しぶりなんだよ、二人でお出かけするの。スコール、いつも忙しそうにしているし」
「…それは」
「仕事なんだよね。判ってます。でも、たまにはお相手させて欲しいなーなんて思う時もあるのです」
「……」


 世界がSeeDを、スコールを必要としているのは、リノアも判っているつもりだ。
しかし、リノア自身もスコールの存在や声や温もりが欲しい。

 じっと見つめる瞳から、スコールは視線を逸らした。
悪い意味で反らしたつもりはない、条件反射のようなものだ。
それを判っているリノアは、スコールが向いた方へと周り込んで、顔を覗き込んでくる。
スコールはまた目を反らすが、リノアはまた回り込んで来て、────スコールは額の傷に手を当てて溜息を吐く。


「判った。行きたい所があるなら、付き合おう」
「本当?」


 スコールの言葉に、リノアは喜びを隠せない声で言った。


「…ただし。明日になってからだ」
「えー」
「ガンブレードを調整に出したら、俺は暫く手ぶらになる。ジャンクションはしているから、特別問題はないと思うが、念の為だ」


 スコールは自分の実力がどれ程のものか、決して過信してはいなかった。
自分の武器がガンブレードだけとは思っていないが、万が一の出来事が起きた時、市街地で大きな魔法は使えない。
獲物が欠けると言う事は、大きなハンデを負う事にもなる。
先程、カーウェイから聞いた暴行事件も気掛かりだ。
どんな状況であっても、スコールは絶対にリノアを守ると誓えるが、だからと言って可惜に彼女を危険に晒す事はしたくなかった。

 リノアは拗ねた顔をしていたが、じっと見詰め返す青灰色を見て、眉尻を下げた。


「明日はデート?」
「……あんたが行きたいなら」
「うん。じゃあ、決まり。で、今日は一緒に晩ご飯だからね。それまでには帰って来るよね?」
「ああ。調整がどれ位の時間がかかるかは判らないが、その時間までには戻るようにする」
「判った。待ってるね」


 笑みを綻ばせて言ったリノアに、スコールの口元にも微かに笑みが浮かぶ。
行ってらっしゃい、と言う声を背中に聞きながら、スコールはカーウェイ邸の玄関口へと向かった。




スコールを徹底的に苛めて堕とします。男性向け要素濃い目につき、苦手な方は回れ右。