堕ちる、熔ける、嗤う。 2-1


 大統領デリングの死亡と、魔女戦争の終結以後、ガルバディアは国際社会での発言権をほぼ失った。
その上、嘗ての敵国エスタが世界トップクラスの科学技術力を保有して、十七年振りに国際社会に復帰した事は、ガルバディア政府の高官達にとって、泣き面に蜂の気分だろう。

 ガルバディアの政府と軍部は、殆ど一体であると言って良い。
元々が軍事をトップに据えて発展した国であるし、軍部の横暴は一般市民───富裕層は除かれる───にもよく聞こえる。
特に、ティンバーのように、侵略されてガルバディア国領となった国では、ガルバディア軍に対する反発が強く、自然、政府の姿勢に対しても批判的な意見が多い。
それを更に軍の力で鎮圧する為、ガルバディア政府・軍部は、自国内でも批判され易かった。
其処へ来て、魔女戦争の終結の煽りを食らったガルバディア政府・軍部は、責任を押し付け合って逃げまどい、政策もすっかりおざなりとなっている。

 現在、ガルバディア軍部は、フューリー・カーウェイ大佐の指揮の下で統一されている。
彼の辣腕により、ガルバディア軍部の大規模な暴走は阻止されており、政府側もこれに倣うように動き始めた為、実質、現在のガルバディアでトップに立っているのは、カーウェイ大佐と言って良いだろう。
だが、彼も万能の人間ではない。
政府・軍部共に大きな暴走はしなかったものの、各国や一般市民からの突き上げを一挙に食らった軍部には、其処彼処に鬱憤が溜まるようになって行った。
特に、上層部の目の届かない範囲は手酷いもので、通り魔的な暴力事件が起こる程だ。
中には部下から上司への下剋上、カーウェイを指示する者、その親戚縁者への嫌がらせにもなっている。

 カーウェイは犯人逮捕をすべく情報を集めているが、軍部は自分達の権威が堕ちた理由の一つにカーウェイを連ねており、そうした者達同士が集まって徒党を組んでいるようだった。
憲兵までもが犯行に加担しているようで、証拠や証言をでっち上げ、捜査を散々に妨害されてしまっている。

 そうこうしている内に、カーウェイの一人娘であるリノアが、バラムガーデンからデリングシティへと一時帰国する日が来た。
彼女は、魔女戦争終結後、父との蟠りを克服して、一時は実家に帰っていたのだが、ガルバディア軍部の横行が広がるに連れ、保護と言う形でバラムガーデンに預けられていた。
バラムガーデンは魔女戦争で活躍した英雄達が在籍しており、彼等は皆リノアの仲間である。
リノアが魔女戦争の最中に魔女の力を受け継いだ事も知っているし、イデアと言う魔女としての先輩もいる。
カーウェイにとって、娘を守るには最良の選択であった。
しかし、ようやく父娘喧嘩が終わった所で引き離されてしまうのも寂しいだろうと、月に一度、護衛を伴っての帰省の機会が設けられていた。
リノアが一時帰国する事になったのは、その為だ。

 護衛には必ずSランクのSeeDが派遣される事が決められており、その役目は、専らリノアの仲間が務める事になっていた。
リノアは出来ればスコールに同行して欲しかったが、スコールはバラムガーデンのSeeDの指揮官である。
早々容易くスケジュールは確保できず、ゼルやセルフィ、アーヴァインと言った面子がリノアに同行する事が多い。
それがその日は、念願かなってスコールのスケジュールが空いた。
デリングシティで物騒な出来事が起こっている事は父からも聞かされており、今月は止めた方が良い、と止められていたリノアだったが、ようやく確保したスコールとの時間である。
半ば強引に父を説得(押切とも言う)し、リノアはスコールと共に、実家へ帰省する事となった。

 スコールはリノアを邸宅へ送り届けた後は、カーウェイから件の暴行事件について聞かされた後、一人で邸宅を出た。
愛用しているガンブレードを、ジャンクショップに調整に出す為だ。

 スコールはガルバディア軍によく顔を知られている。
彼らの権威を失墜させた魔女戦争終結の英雄であるし、バラムガーデンが有する傭兵の指揮官だ。
軍事に携わる人間なら、ジャンクションやG.F等、特異な戦闘技術を持つSeeDを知らない人間はいないだろう。
実際にガルバディア軍とSeeDが交戦した事例もあるし、スコールは一度ガルバディア軍の捕虜となった事もあった。

 魔女戦争の英雄ともなれば、ガルバディア軍の権威を地に叩き付けた張本人とも言える───と言うのは、自分の環境に不満を持ちながら、それに楯突く度胸もない人間の逆恨みに過ぎない。
しかし、凶行に走る人間には、それだけの理由があれば十分だった。
後は、そのどす暗く歪んだ妄執を、巻き散らすだけ────





 魔女戦争の終結後、“月の涙”によって落ちて来た魔物達のお陰で、バラムガーデンのSeeD達は大わらわになっていた。
月の涙で落ちて来た魔物の多くはエスタ大陸に生息するようになったが、翼を持つ魔物や、水中で活動可能な魔物は、他大陸に渡って生態系を荒らしている。
月の魔物は、この世界に生息していた原種に比べ、遥かに凶暴で危険なものばかりだ。
各国の兵士が討伐に乗り出しても、逆に餌にされてしまい、一般人の危険は増すばかり。
開国したエスタの技術輸出により、武器弾薬の類は急速に進化を遂げているが、こうした代物の開発、実戦投入、そして増生産は一朝一夕で出来るものではない。
特にガルバディア国では、魔女戦争の煽りで軍部がほぼ機能しない状態となっている為、街周辺を歩き回る魔物の退治すら追い付かない。
これに代わって依頼を受け、派遣されるようになったのが、バラムガーデンのSeeDである。

 ガルバディアには、バラムガーデンの姉妹校として設立されたガルバディアガーデンが存在する。
卒業生の多くがガルバディア軍に入隊する事も多かった為、以前は、緊急を要する人手は此方から手配するようになっていたのだが、魔女戦争後はそれも出来なくなった。
何せ、ガルバディアガーデンは、当時魔女側の急先鋒であったサイファーの指揮の下、魔女勢力の拠点として扱われていたのだ。
そしてバラムガーデンと正面から交戦し、結果的には敗走と言う形となって、移動携帯から元の形に戻って以降も、しばらくの間、ガルバディアガーデンの生徒達が戻って来る事はなかった。
学園長兼マスターであったドドンナがガーデンに戻って以来、ちらほらと復学する生徒も現れるようになったが、生徒達にもガルバディア政府・軍部への不信感が高まった。
以前は意欲的であったガルバディア軍部への協力もご破算状態となり、ガルバディアは人材の確保が難しくなっている。

 だからガルバディア政府は、嘗て真っ向から全面対立となった相手であるバラムガーデンに対し、SeeDの派遣を依頼するしかないのだ。
幸い、SeeDは“依頼料さえ払われれば何でもする”と明言しており、依頼主が何処であるかを問う事はしない。
ガルバディアからの依頼となって勘繰る者も少なくはないが、契約が成り立ち、それが正常に守られている間は、バラムガーデンはガルバディア政府からの依頼にも、他国と分け隔てる事なく受け入れている。

 そんなガルバディア軍部から、バラムガーデンに対して新たな依頼が入った。
より正確に言うのならば、“要請”と言うべきだろうか。
政府からの捺印を添えた依頼は、“SeeD主導による、対月の魔物に関する訓練”。
あちこちで爪痕を残して暴れる、月の魔物への対策の為の依頼であった。

 軍部が新たな戦う術を学ぶ事について、周辺国からの憂慮は否めなかったが、バラムガーデンはこの依頼を受ける事にした。
現在、軍部はカーウェイが指揮している。
カーウェイとバラムガーデンの指揮官スコールは、知らない仲ではない。
また、ガルバディアは勿論、エスタやドールからも依頼が来る上、復興中のトラビアガーデンの為の人材も確保して置く必要があるバラムガーデンにとって、これ以上の依頼の増量は、人員の回転率を悪くする恐れがある。

 訓練の陣頭指揮に当たるのは、SeeDを統率する指揮官のスコールと、討伐任務を担う事の多いゼルだった。
補佐官であるキスティスは指揮官不在の穴を埋める為、バラムガーデンに残っている。
セルフィとアーヴァインは、トラビアガーデン復興の為、現在はトラビア大陸に渡航中。
キスティスと並んで、スコールの補佐官を任されたサイファーは、魔女戦争前後とガルバディア軍部との摩擦を考慮して、キスティス同様にバラムに残る事となった。

 作戦は“訓練”と称して展開するが、相手取る魔物は、本物の月の魔物だ。
SeeDは四人一組でチームを組ませ、複数名で部隊を組むガルバディア兵の援護に当たる。
一般SeeDでも手に負えない魔物───エルノーイル等───が出現した場合は、テレポで直ぐに退却し、スコールとゼルが掃討する事になった。

 バラムを出立する前に、キスティスやサイファーも交えて打ち合わせした内容を、作戦用に設置したテントの中で、スコールとゼルは改めて確認していた。


「───大体、こんな流れで良いよな?」


 作戦開始時間と、その後の訓練の流れ、各部隊の伝達系統の手順等をまとめた書類を片手に、SeeD服の詰襟を緩めながらゼルが言った。
スコールも改めて書類を上から下まで眺め、ああ、と頷く。


「合同訓練なんて初めての事だから、何が起こるか判らないが、明日はこれで様子を見よう」
「SeeDは援護って事だけど、明日は前に配置させるか。ガルバディアの奴らは、月の魔物と殆ど戦闘経験がないんだろ?」
「大佐からはそう聞いている」
「この辺りにベヒーモスやエルノーイルはいないって話だから、SeeDの援護があれば大体対応できると思うけど、ガルバディア軍ってなーんか肝心な時にミスしそうなイメージがあるんだよな。パニック起こして、周りの足引っ張らないと良いんだけど」
「…其処まではしないだろう。魔女戦争が終わるまでは、軍事第一で発展してきた国だからな。ティンバーでもレジスタンス活動との小競り合いが続いているようだし、戦争経験だけで言うなら、ガルバディアはトップだ」
「でも、そりゃ人間相手だろ。魔物が相手ってなると、また話が代わって来るんじゃないか。それも、月の魔物だし」
「まあな。だから表向き、SeeDは“援護”にしてるんだ。何かあっても、直ぐに対応できるような」


 月の魔物に対するガルバディア兵の実力が判らない今、出来ればSeeDを前衛に配置し、ガルバディア兵を下がらせる事で、月の魔物が既存の魔物に比べて如何に異質か認識させる事が、訓練の流れとしては安全だ。
だが、ガルバディア兵の多くは、一介の傭兵であるSeeD───それも成人年齢に達していない少年少女の援護に回される事を快く思わないだろう。
SeeDが魔女戦争終結の立役者となり、魔女に扇動された自分達が日陰者同然になった事も、面白くないに違いない。
こうした不満の矛先を逸らす為にも、此処は一端ガルバディア兵の顔を立てる形で陣形を配置し、月の魔物と対面させてから、SeeDの本領発揮と言う流れにした方が、角も立ち難いだろう。

 ガルバディア兵は自分達の実力を(過大評価も含め)上に見ている節がある。
カーウェイはこうした軍部の人間に危機感を持っており、このまま誇大妄想が膨らめば、彼の腕を持ってしても軍部の暴走を止められなくなる。
カーウェイはこれを抑止する目的もあって、SeeDへの訓練作戦を依頼していると思われる。
SeeDが他を圧倒する戦闘力を有している事、SeeDが傭兵である以上、依頼があれば再びガルバディアの敵となる可能性がある事、それが如何に好ましくない事態であるかを、軍の当事者達に見せる事で、暴走への抑止力にしようと考えているのではないか───と、スコールとキスティスは考えていた。
実際、今現在、憂き目となっているガルバディア国内の情勢は、国際的に見ても警戒すべき対象である為、現在エスタが先導する形で作られつつある和平路線が固まるまでは、傀儡政府の背後にいる軍部には倒れて貰っても困るが、暴れられても困るのだ。

 ゼルは書類をテーブルに置いて、深々と溜息を吐いた。


「なんか不安だよ、俺」


 パイプ椅子に腰を下ろして呟いたゼルを、スコールはテーブルの反対側で一瞥した。
無言で「何が?」と問う気配を感じたか、ゼルはもう一度溜息を吐き、


「ガルバディアの奴ら、皆妙にやる気満々なのは良いんだけどさ。俺達に目に物見せてやるって感じがすげー伝わって来るんだ。月の魔物より、俺達に襲い掛かって来そうでさ。デリングシティでのガ軍内部の暴力事件だって、まだ治まってないんだろ?」
「……ああ」
「こんな時に暴力事件なんか起こしたら、向こうの信用問題が疑われるだけだから、馬鹿な事する奴はいないと思いたいけど。気分でとんでもねー事するような上官がいる所だしなぁ」
「ラグナがセントラ調査に飛ばされた時の話か」


 十年以上も昔の話だ。
スコールは、それをラグナ達にジャンクションする事で、その時の出来事を知った。

 ガルバディアの軍部は、上の者が権力を握る典型的な体育会系で、それもかなり悪質な性質だ。
上司が部下に八つ当たりしたり、自分の気分で減給したりと言う事は、よくある話らしい。
現在でもその体質は変わっていないようで、魔女戦争の煽りを食らう上層部が、その鬱憤を下の者にぶつけ、下の者は更に下の者に鬱憤をぶつけ…と言う不毛構造が出来上がっている。
カーウェイはこれを改善しようとしているらしいが、数十年に渡って続けられてきた体勢は、そう簡単には解決してくれそうにない。


「スコールも気を付けろよ。指揮官、それも魔女戦争の英雄なんて奴に喧嘩売るような輩はいないと思うけど、数はあっちの方が上だし」
「お前もな。他のSeeDは原則四人一組で行動するように言ってあるが、お前は伝令の要だし、一人で走らせる事も多い筈だ。絡んでくる奴も多いだろう。迂闊に手を出したりするなよ」
「判ってるって。今回、カーウェイ大佐の顔も立ててやらないといけないから。ガルバディアとの揉め事は面倒になるって、経験上、よーく知ってるしな」


 過去にガルバディア軍との間に起きた出来事を思い起こして、ゼルは言った。
スコールが声が大きい、と睨むと、ゼルは口元を手で隠して、視線だけで辺りを見回す。
テントの中にはスコールとゼル以外にはおらず、外にも人の気配は感じられない。

 ゼルがそっと口元から手を外すのを見ながら、スコールは溜息吐く。


「意見には同意だが、お前は口の軽さをもう少し何とかしろ」
「……ワリィ」


 眉尻を下げ、弱り切った子犬のような表情を浮かべるゼルに、スコールは目を伏せる。
もう寝ろ、と言外に告げているのを感じ取って、ゼルは腰を上げた。


「明日は先ず、午前7時にガルバディアの将校クラスと打ち合わせ、で良いんだよな」
「ああ」
「了解。ちゃんと起きて来いよ、スコール」


 テントを出て行く間際の幼馴染の台詞に、スコールは眉根を寄せる。
スコールが平時、酷く寝起きが悪い事を、彼は知っているのだ。
しかし、必要とあらば睡眠時間が一時間しかなくても、定められた時間には起きる事が出来る。
……毎日のように、決められた時間の一時間前に起きて、ロードワークやシャドーボクシングなど、ウォーミングアップを欠かさないゼルのようにはなれないが。

 このテントは、スコールとゼル、他上クラスSeeDの会議場として使用しているが、同時にスコール個人の部屋としても宛がわれている。
広さは大人が五人寝転がる事が出来る程度。
会議用のテーブルと、パイプ椅子が四人分並べているが、一人で過ごすのなら悠々としたものだ。
他のSeeDは、ゼルも含めて一組四人での使用となっている。
指揮官として上に立つ人間が、余り他のSeeDと同じ扱いでは示しがつかないだろうと、物資や環境に余裕がある状態であれば、スコールは一人でテントを使う事が出来る。
スコールとしても、任務や作戦訓練中とは言え、他人の気配が近くにいるとゆっくり休む事が出来ないので、これだけは指揮官職を押し付けられて幸いだったと思う事にしている。

 腕時計を確認すると、針は11時を差していた。
もう少し起きていても問題はないが、ゼルとの打ち合わせも終わった今、特にする事もない。
適当に本でも読んで睡魔を待つか、とシュラフの横にまとめていた荷物に手を伸ばす。


「失礼。指揮官殿、宜しいですか」


 テントの入り口が捲られて、外部の光が差し込んだ。
スコールは荷物を探す手を止めて、立ち上がる。

 入って来たのは、四名のガルバディア兵だった。
ヘルメットを被っていない男達の貌は、無表情を装って、何処かにやついているように見えて、スコールはひそり、と眉根を寄せる。


「必要な連絡事項は、先程全てお話したものと思いますが。何か不鮮明な点でもありましたか?」


 此方は完全な無表情で、スコールは言った。

 ガルバディア兵は一人が将校クラス、後の三人は一兵卒だ。
テントの外にもちらほらと人の気配がするので、此方も恐らく、ガルバディア兵だろう。
スコールの脳裏に、先のゼルとの会話───「月の魔物より、俺達に襲い掛かって来そう」と言う言葉が蘇る。

 密かにジャンクションを調整しながら、スコールは愛用の獲物を置いてある場所を確認する。
一足飛びに下がれば掴める位置にある事を確かめるスコールの前に、将校クラスの男が両手を上げる。


「そう警戒しないでくれ。ちょっと確かめたい事があっただけだから」
「……そうですか」


 それにしては、随分と仰々しい団体行動である。
スコールは何が起きてもすぐ反応できるように、内心の警戒は続けつつ、肩の力を抜いて見せた。

 将校は懐に手を遣ると、何かを取り出した。
L判の写真らしきそれが、テーブルの上に置かれ、スコールの視線が其方へ落ちる。


「────……!!」


 其処にプリントされた画像を見て、スコールは絶句した。

 汚れたファー付の黒いジャケット、引き裂かれたシャツ、切り刻まれたボトムパンツ。
端切れと化した下着の大きな穴から、反り返った雄の象徴が頭を出している。
薄暗く埃臭い地面に細い躯を投げ出し、白い汚濁に塗れ、中空を見詰めている青年。
青灰色の瞳に光はなく、口は半開きになって、その端からは涎なのか汚濁なのか判らないものが垂れ、地面に糸を引いている。
剥き出しになった下肢の周りには、くしゃくしゃに折れ曲がったギル紙幣が散らばっており、紙幣は少年の淫穴にも捻じ込まれていた。


「な…あ……」


 スコールの脳裏に、押し殺して消した振りをしていた記憶が蘇る。

 今から三ヶ月前、リノアの帰省に護衛として同行し、デリングシティを訪れた時の事。
ガンブレードを調整に出す為、夜の街へ一人で繰り出したスコールは、ジャンクショップを尋ねた後、ガルバディア兵に声を掛けられた。
隙をつかれ拘束され、魔法もG.Fも封じられたスコールは、路地裏へと連れ去られ、強姦された。
それも一人ではなく、五人のガルバディア兵に、寄って集って襲われたのだ。
正体不明の薬を使われ、無理やり快楽を覚えさせられて屈服され、スコールは彼等の気が済むまで蹂躙されていた。

 あの後、正気を取り戻したスコールは、人目を避けながらカーウェイ邸に戻り、用意されていた客室に窓から入った。
正面から入れば、使用人や警備兵に必ず目に付いてしまうし、リノアにも見付かるかも知れない。
それだけは避けたかった。
ぼろぼろに切り裂かれた服は全て脱いで、客室に備え付けのシャワールームに閉じ籠った。
体中に残された全ての痕跡を洗い流した後、ぼんやりと過ごしている所へ、客室のシャワーの音に気付いたリノアがやって来た。
彼女は、「夕飯までには帰る」と約束していたスコールの帰りが遅い事を心配し、夜の街まで一人で探し回っていたと言う。
遅くなるなら連絡してよ、と怒る彼女に、スコールが悪かった、と言うと、リノアは困った顔をした。
遅くなった理由と、探しに行ったリノアと逢わなかった事については、入れ違いになったんだろうとだけ言った。
リノアは納得の行かない顔をしていたが、スコールはそれ以上何を問われても、答えるつもりはなかった。

 事前にカーウェイから聞いていた、ガルバディア軍内部の暴行事件───それに最悪の形で遭遇した事を、スコールは誰にも言わなかった。
ただの私刑の暴行ならともかく、躯を暴かれて好き勝手に弄られ、剰え───薬の所為とは言え───自分が快楽に屈してしまった事など、プライドの高いスコールが口外出来る筈もない。
口に出す事が出来たとしても、事件の最中の出来事は、薬の所為かスコール自身の無意識の防衛本能か、曖昧にぼやけた部分が多く、あの場にいた犯人達の顔さえも碌に思い出せなくなっていた。

 事件はあの一度きりで、その後、スコールがデリングシティにいる間、ガルバディア兵がスコールに声をかけて来る事はなかった。
護衛任務を終え、リノアと共にバラムガーデンに帰った後も、不審な人物がスコールにコンタクトを迫っている様子もない。
スコールは次第に、あの日の出来事は、性質の悪い白昼夢だったのではないか、と思うようになった。
切り裂かれた衣服は全てデリングシティにいる間に処分したし、手首にあった人の手形の痣も消えた。
誰にも口外していないから、心配される声もなく、記憶を刺激する者もいない。
スコールは、このまま忘れてしまえば良い、とも考えていた。

 ────それなのに、今、目の前に突き付けられている物は、一体。
締まりのない貌を晒し、足を開いて卑猥な汚濁に塗れた下半身を惜しげもなく見せ付けている、青年は、一体。

 目を瞠り、フリーズを起こしたように固まったスコールに、将校の口が弧を作る。
スコールがその事に気付いた時には、既に手遅れだった。


「────っが……!」


 背後から伸し掛かるように幾つもの腕が落ちて来て、スコールの頭をテーブルに押し付ける。
全体重をかけて、テーブルに擦りつけるように額を押し当てられて、スコールは頭蓋からの痛みに顔を顰める。

 両腕を掴まれ、背中へと回される。
スコールは遮二無二暴れて振り解こうとしたが、ガルバディア兵三人がかかりで抑え込まれては、幾らジャンクションの恩恵があろうと、振り解くのは容易ではない。


「この────ぐっ!」


 力で駄目なら魔法で、と意識を集中させようとしたスコールだったが、それを遮るように頭をテーブルに押し付けられ、首の後ろ側を強く掴まれた。
首を折るつもりか、と思う程に強く指が食い込んで、スコールの意識が一瞬途絶えかけ、集めた魔力が霧散する。


「そう怖い事しないでくれよ、指揮官殿」


 慇懃な態度で言った将校を、スコールはテーブルに押さえつけられたまま、睨み付けた。
射殺さんばかりの眼光で睨むスコールに対し、将校はにやにやと卑しい笑みを浮かべて、手に取った写真をひらひらとスコールの眼前で遊ばせた。
スコールの視界の端で、あられもない格好をした少年の姿がちらちらと掠る。


「魔女戦争の英雄とも呼ばれる指揮官様に、こんな趣味があったとは驚きだ」
「趣味だと……!?」
「違うんですかい?趣味じゃないなら、売りか?ケツに金も突っ込んであるし、SeeDってのは金さえ貰えば何でもするんだろ?」
「違うっ!あんな事、誰が好き好んでするか!」
「へーえ?」


 声を荒げて否定するスコールに、将校は露骨に疑う視線を寄越して見せた。


「じゃあ、指揮官様は強姦されたって事で宜しいんで?男の癖に、ケツにザーメンぶち込まれて、強姦されてるのにちんこ勃たせてアヘ顔晒したって事で」
「……っ…!」


 将校の言葉に、スコールの顔が真っ赤に染まる。
それを見た兵士達が嘲るように笑うのが聞こえて、スコールは背中に縫い付けられて拳を握り締めた。

 まさか、あの時の出来事を他に知る奴がいるなんて。
憲兵もグルになって暴行事件に加担していると言うから、明るみにされない事は確信していたが、事件そのものを記録され、証拠のように残されているとは思いもしなかった。

 スコールは歯を食いしばって、叫び出したい衝動を堪えると、卑しい目つきで見下ろしてくる将校を上目に見て、言った。


「……何が望みだ」


 低い声音で静かに問うスコールに、将校は微かに驚いたように目を瞠ったが、直ぐにそれは笑みに消えた。


「察しが良いね、流石は指揮官様」
「……先に言って置くが、明日からの訓練内容の変更と言うなら、もう無理だ。日程も伝達し終わっているし、訓練自体を今更なしには出来ない。チーム変更も今からじゃ…」


 明日の訓練内容に関しては、最大限ガルバディア兵を立てるように予定を組んである。
実際に訓練が始まってしまえば、後は目の前の事を各チーム・各個人での判断で動くように任されているから、指揮官とは言え、スコールが関与する事はない。
日程云々を今から変更するのなら、ガルバディア側の上司───カーウェイ大佐───にも相談しなければならないし、ゼルも含めて散々苦労して組んだスケジュールは、簡単にご破算に出来るものではないのだ。

 判っているようで判っていなさそうな男達に、言って聞かせるように話すスコールだが、将校は特に興味もなさそうに「判ってますよ」と言った。


「前言撤回、やっぱり鈍いな。実際にガキなんだから仕方がないか」


 将校の言葉に、周囲で同調するように笑い声が起こる。
それを耳にしながら、ガキなのはどっちだ、とスコールは口の中で呟いた。
こんな形でしか自分の不満を露呈する事が出来ず、姑息な手段を使って相手を貶めようとしている方が、よっぽどガキで、性質が悪い。

 忌々しさで思考の海に沈んでいたスコールの耳に、カチャ、カチャ、と言う音が聞こえた。
我に返ったスコールは、下腹部で不埒な動きをする複数の手に気付いて、目を瞠った。




悪夢再び。