アフロディージア


 用心深そうに見えて、スコールは無防備だ。

 警戒心が見た目だけのポーズだ、と言う事ではない。
幼年の頃から傭兵として教育されていたと言う彼の歴史に相応しく、彼の警戒心は本物で、些細な変化や違和感を見逃さない。
それは大抵、明確な理由があって目を付けるもので、理屈式の勘の良さと言うものだった。
だから動物的な勘の良さを持つ人間に比べると、突拍子のない出来事にはやや対応が遅れる事もあるが、他者に「何が可笑しいのか」と言う理由を説明する必要がある場合、彼の理論はとても説得力を持つものになる。
なんとなく、と言う曖昧な雰囲気では───それを言い出した人間への信頼性は別として───、やはり、他人を説得する材料は足りないものだ。

 この闘争の世界で戦士達が目覚めた頃、スコールはその警戒心を仲間達にも向けていた。
自分にとって有用であるか否か、彼は先ずそれを判断する必要があった。
カオスの戦士と言う判り易い敵駒があるとは言え、仲間とされる者の中に、内通者がいないとは限らない。
例えばカオスの戦士に兄がいると言うセシルは判り易いもので、彼は敵駒として召喚された兄に対し、出来れば戦いたくはないと思っていた。
ティーダは父が敵にいる。
表面上は戦う事を望む所と言っていても、本心ではどうなのか、あれはポーズで実は父に肩入れしてはいないか。
ジタンは対の存在であるクジャに対し、説明のつかない複雑さを抱いているようで、それが戦場で自分の隙を、更には仲間に危険を呼び込む原因にはならないか。
ティナの儚さ、ルーネスの幼さ、フリオニールの純粋さ、クラウドの迷い、そしてバッツの場違いな程の陽気さ───スコールにとっては、全てが未知数だったのだ。
ウォーリア・オブ・ライトに対しては、生理的な苦手意識が未だに尽きない。
判り易い“敵”ではないだけに、スコールは余計に混乱し、警戒していたのかも知れない。
異世界で初めて出会い、なし崩しに共同戦線を張る羽目になった者達は、果たして本当に自分の“仲間”足り得るのか、彼は其処から測らなければならなかったのである。

 その内、彼の警戒心は溶けて行った。
一先ず、仲間達の中に内通者と疑う必要のある者はいない、と言う結論に行き着いたからだ。
だが、彼が仲間を“仲間”と受け入れるまでには、長い時間がかかった。
孤高の戦場を自ら貫こうとする彼にとって、真綿で包むような仲間達の存在は、それはそれで受け入れ難かったのだ。
時として、自分の命よりも、仲間の命よりも、勝利或いは逃走を余儀なくされた時のような、取捨選択をする場面で、迷っている暇はない。
そんな時になって、これから別れる温もりを思い出すとしたら。
その瞬間の想像を、彼は考えたくなくて、伸ばされる手を知らない振りをして、背中を向け続けていたのである。

 結局、最終的にはそんな拒絶の背中も消えた。
明け透けな程に判り易く好意を示す者達に、彼は案外と弱かった。
いや、だからこそ伸ばされる手を拒否していたのかも知れない。
自分自身の弱味になるであろう、仲間の存在と言うものを、強く在ろうとする為に拒否していた。
しかし、この世界で出逢った彼の仲間は、そんな事など知りもせず、強引にスコールの手を握って来る。
振り払えばもう一度握り、また振り払われればまた握り、スコールが拒否を諦めるまで繰り返す。
そんな事をしている間に、スコールは少しずつ少しずつ、良い意味で仲間達に流されて行き、仲間達に対して抱いていた警戒心を忘れた。

 それから時間を共有している内に、バッツは気付いたのだ。
あれだけ用心深かったスコールが、実はとても無防備なのだと言う事に。

 バッツとスコールは特別な間柄だ。
秩序の戦士達の間で、それは公然の秘密となっており、皆がそれとなく二人の空気を優先してくれる事もある。
だから皆が知らないスコールの顔と言うものを、バッツは幾つも発見する事が出来た。
スコールも、皆の前では到底見る事のないであろうバッツの顔を知り、彼に傾倒しつつある自分を忌避しながらも、バッツが伸ばした手を拒否する事はない。
お陰でバッツは、スコールが見た目に反して、実は酷く依存し易い性格である事を知った。

 二人きりの甘い時間を過ごす度、スコールはバッツによって染められて行く。
それでも、まだまだ自分が知らないスコールがいる事を、バッツは感じ取っていた。
それを知る為に、その一面を拓かせる為に、バッツは彼を甘い罠へと誘い込む。
罪悪感がない訳ではないけれど、思った通りに、思った所に、存外と呆気なく流されてくれる彼を、愛しいと思った。





 バッツとスコールが素材集めに来たのは、秩序の聖域からそう遠くはない森の中だった。
ムーの毛や獣の骨と言ったトレード用の素材を中心に、見付けた木の実や調合に使える野草も調達する。

 恋人同士であるバッツとスコールだが、二人きりで出かける事は滅多にない。
状況が状況、と言うのもあるし、素材集めは人手があった方が効率的だ。
貴重な素材を求めれば、秩序の聖域から離れる事も多く、魔物は勿論、イミテーションやカオスの軍勢と鉢合わせする事を考えれば、メンバーは多いに越した事はない。
だから普段、二人の時間は専ら聖域に設けられた屋敷での事で、それも他の仲間達が出払っている時に限られる。
バッツはいつでも彼と愛を育んでいたいのだが、理性の強いスコールが許容できる筈もなく、止む無くこうした形が続いていた。

 今日も本来ならジタンと一緒に来る筈だったのだが、三日前に斥候に出た際に負った傷が、まだ治り切っていないので、屋敷で待機を余儀なくされた。
よりにもよって足を穢した為、俊敏さが売りの彼には手痛い事で、ジタンもこれは仕方がないと、屋敷での退屈を持て余す日々に従事している。

 ジタンのいない、二人きりの探索は、少し味気ない。
恋人と二人きりとは言え、賑やかし好きのバッツと、必要以上に口を開く事を嫌うスコールである。
バッツが色々と話題を振っても、スコールの態度は素っ気ない。
「ああ」「ん」「そうか」と言う相槌が返ってくるだけでも、スコールの性格を思えば非常に良い反応ではあるのだが、一緒に盛り上がりたいバッツには少し物足りないのだ。
ジタンなら、バッツと同じテンションで盛り上がりつつ、蚊帳の外を決め込もうとするスコールを挟み撃ちで渦中に巻き込む事が出来るのだが、バッツ一人では難しい。


(別に、二人きりが嫌いな訳じゃないし、嬉しいんだけどな)


 落ちていたクルミを拾い、中身のありそうなものを選別しながら、バッツは隣で自分の成果を確認しているスコールを見る。
黙々と集めた素材類を数えている彼は、相変わらずの無表情で、自分の作業に集中していた。


(キレーな顔してるよなー)


 額に大きな傷はあれど、それも含めてスコールの顔は綺麗だと思う。
パーツの一つ一つが整っているし、配置も絶妙だ。
少し色白で病弱な印象も拭い切れないが、眦は凛として強い意思を秘めており、ティナのような儚さも滅多に感じられない。

 手元のクルミの選別を終えたバッツは、持って帰る分を小袋に入れた。
それなりに大粒のものが見付かったので、袋から少し重みを感じる。
小袋はしっかりと口を絞って、腰の荷物袋に入れた。

 空になった右手で、スコールの肩をぽんぽんと叩く。


「なんだ────」


 振り返ったスコールの頬に、ぷに、とバッツの人差し指が刺さる。
スコールは、何が起こったのか判らないと言う顔で、そのまま少しの間ぽかんとしていた。
頬に指を当てられたまま、きょとんとした表情で固まるスコールに、バッツは「ぶふっ」と噴き出した。
目の前の男が笑ったのを見て、ようやく理解が追い付いたのだろう、スコールは眉間の皺を深くして、バッツの手を払い除けた。


「何してるんだ、あんた」
「構ってやろうと思ってさ」
「鬱陶しいから止めろ」
「ひどいなー。恋人なのに」
「……止めろ」


 わざとらしく唇を尖らせて拗ねた顔をするバッツの言葉に、スコールは溜息交じりに言った。

 スコールがバッツの戯れに付き合う事は少ない。
自主的に乗って来る事はほぼほぼ無く、なし崩しに巻き込まれるのがパターンだった。
バッツもそれで良いと思っているのだが、偶にはスコールの方から何か誘ってくれても良いよなあ、と思う事もある。
────夜の甘い時間については、彼から一度も誘われた事がないので、特にそう思っていたりする。

 自分の成果を一通り確認したスコールは、広げていた荷物を手早くまとめて、腰を上げた。
次はどの辺りに行くか、と考えているスコールに、バッツは荷物袋から出したものを差し出す。


「スコール。これ、飲んどけよ」
「……?」


 差し出されたそれを見詰めて、スコールは訝しげに眉根を寄せた。

 バッツが取り出したのは、よく見るポーションの瓶が二本。
しかし、中は水色に似た清廉な色の液体ではなく、薄らと赤みがかっている。
毒々しい色ではないが、果実のような自然の色とも言い難く、カクテルか何かと言われた方が納得できる。
少なくとも、ポーションやハイポーションの類ではないだろう。

 これはなんだ、と目線で問うスコールに、バッツは一本の蓋を開けて、自分の口元に持って行った。


「クラウドに教えて貰った、なんてーの?ジヨウなんたらって言ってたかな」
「滋養強壮剤か?栄養ドリンクの類の…」
「そんな感じだったかな?あんまり聞いた事ない奴だったから、覚えてないや。飲むと疲れがなくなるんだって言ってた」
「…これ、あんたが作ったのか?」


 ごくごくと一本を躊躇いなく飲み干したバッツの手から、もう一本の瓶を受け取って、スコールが問う。
蒼灰色は相変わらず訝しげに瓶の中身を睨んでおり、判り易く疑わしげだ。
変な物が入っていないだろうか、と思っているのは、バッツにも直ぐに判った。


「クラウドが覚えてた体に良い薬とか、後はおれが知ってる疲労回復に良い薬草とか、そう言うので作ってみた。何回か自分で飲んで試したし、体に悪いって事はないぜ」
「……自分で実験したのか?」
「そりゃ、一応な。初めて調合したものなんか、直ぐに他人には飲ませらんないよ。効果も確かめなきゃいけないし。初めて作った時なんか酷くってさ、体力回復どころか毒飲んだみたいにヘロヘロになっちゃって。あ、それは一日寝てれば治ったぞ。で、何回か作り直して、その度に試して、最後はクラウドにも飲んで貰った。教えてくれたのはクラウドだし、ジヨウなんとかってのを知ってるのもクラウドだから、効いてるかどうかが一番判るだろうと思ってさ。そんで一応、合格点貰った」


 臨床実験を作った本人が済ませ、更にクラウドも試していると聞いて、スコールは少し安心した。
バッツの薬師としての腕は知っているものの、スコールよりも遥かにサバイバル経験の長いバッツは、飲食物に関してハードルが低い。
クラウド曰く“都会育ち”“現代っ子”なスコールやティーダがドン引きするような代物でも、躊躇なく口に入れるのだ。
食文化の違いは大きな隔たりになると、恋人との垣根の高さをスコールが実感したのは、一度や二度の話ではない。
だから尚更、彼が作ったと言う栄養ドリンクの材料等に不安があったのだが、クラウドも飲んだと言うのなら、恐らく極端に可笑しなものは入っていない筈。
スコールとティーダを“現代っ子”と揶揄う彼も、食文化のレベルに関しては、スコール達とそう遠くないからだ。

 滋養強壮剤としての効能はさて置くとして、危ないものではないのだし、飲んでおいて損はない。
今日の探索は長い時間をかけるから、疲労から来る惰性に負けない為にも、少し位は飲んで良いだろう。
目の前で丸々一本を煽ったバッツも、ケロリとしていて体に異変はないようだし、怯えるような物ではなさそうだ。

 コルクで締められた蓋を抜いて、口に運ぶ。
液体は普通の飲み物と同じように滑り、スコールの口の中に入って行った。
途端、舌先に触れた苦味に思わず口を放す。


「まず……っ!」
「あ、やっぱり?」
「あんたな、先に言えよ…っ!」
「悪い悪い。良薬口に苦しってな。ほら、勿体ないから飲んじゃえって」


 笑いながら詫びて、続きを促すバッツに、スコールは口の中だけではなく苦い顔をして瓶を睨む。
飲まないと駄目なのか、と隣の男を見れば、にこにこと楽しそうな表情をしていた。
なんとなく、その顔に嫌な予感を感じて、スコールは瓶をバッツに突き返す。


「もう良い。後はあんたが飲め」
「おれはもう飲んだし」
「……俺ももう良い」


 不味さと言い、先のバッツの表情と言い、スコールはもう薬を飲む気にならなかった。
勿体ないと言うなら、そっちで好きに処分してくれ、と言いかけた所で、


「じゃあ、半分。おれも半分飲むからさ」
「………」


 食い下がるように言うバッツに、スコールは眉根を寄せた。

 何故そんなに必死に飲ませたいのか、やっぱり何かあるんじゃないのか。
そんな疑念が渦巻くが、バッツは自分も半分飲むと言う。
その言葉に嘘はなく、バッツはスコールの手から瓶を取ると、きっちり半分まで中身を飲んだ。
そして、自分の分を飲んだ時と同じように、ケロリとした表情で、瓶をスコールに渡そうとする。

 バッツの意図が読めず、立ち尽くしたまま瓶を睨むスコール。
そんな恋人に、バッツは下から覗き込むように顔を合わせて言った。


「スコール。おれの薬師の腕、信用できないか?」
「……そう言う訳じゃ……」


 見上げて来る丸みを帯びた眼が、傷付いたような色をしている。
恋人に信じて貰えないのが寂しい、とでも言いたげだ。
そう言う顔はずるいから止めろと何度も言っているのに、天然なのか、バッツはそんな顔で度々スコールを追い詰める。

 スコールの前に差し出されていた瓶が遠退いた。
スコールが背けていた顔を戻すと、少し淋しそうに笑うバッツがいる。


「ま、仕方ないよなー。不味いし、まだ作り慣れてないからさ。もうちょっと美味く飲めるのが作れたら、その時に飲んでくれれば良いや」


 そう言って、バッツは瓶をもう一度自分の口へと運ぶ。
が、それが唇へ触れる前に、スコールは瓶を引っ手繰るようにとって、口に運んだ。
煽ってやれば、さっきと何も変わらない、量が増えた所為で余計に苦味とえぐみが増した液体を、スコールは出来るだけ味わわないように一気に飲み干す。
バッツは驚いた顔でそれを見詰めていた。

 瓶の中身が空になって、スコールはようやく息をした。
喉奥まで浸透した苦味が、呼吸に合わせて上ってくるような気がして、顔を顰める。
その苦い表情のまま、これで満足か、と傍らの男を睨めば、


「やっぱスコール、可愛いなあ」


 そんな事を言って、彼はいつものように笑っていた。




 森の中を移動し、魔物等を片付けて、周囲の安全を確保してから、二手に分かれて探索を開始する。
毛や骨、牙は一通り揃ったので、そろそろ金属石の類が欲しい、とスコールは足下を見て歩く。
鉱脈があるような山の洞窟と違い、貴重な石はあまり無い場所だが、欲張らなければ何かしら出てくるものだと、スコールはのんびりと構えていた。

 ちら、とバッツがいる方角を確認すると、彼は木の根元を掘り返していた。
なんとなくそれを見詰めていると、バッツが見付けたものを摘まんで頭上に翳す。
木漏れ日に照らしているのは、小さな小石───ひょっとしたら宝石かも知れない。
バッツはしばらく、しげしげと獲物を眺めていたが、スコールの視線に気付いて振り返った。
目と目が合うと、へらりと笑って手を振るバッツに、スコールはふいっと背を向ける。

 暢気な彼の表情は、昔は随分と苛々した事があったが、最近は逆だ。
彼の笑顔を見ると、無意識に張り詰めていた緊張の糸が緩むのが判る。


(……感化されてるな……)


 戦場でお喋りは無用、と思うのに、バッツのお喋りは聞いていたいと思う。
彼が喋るのを止め、笑うのも止めたら、それは確実に“何か”が起きた時に他ならない。
だから彼がいつものように賑やかなら、例えトラブルが起きたとしても、それは切羽詰るような出来事ではないと思えるからだろう。

 ある意味、分かり易くて助かる。
そんな事を思いながら、スコールは探索範囲を広げようと歩を動かした時だった。


「……っ?」


 どくん、と胸の奥で鼓動が大きく跳ねる。
まるで体の奥から胸を殴ったような振動がした気がして、スコールの足下が不自然に揺れた。
手近な木に寄り掛かって体を支え、胸元に手を当てる。


(今のは────っ?)


 どくん、ともう一度、同じように鼓動が跳ねた。

 何が、と混乱した頭に最初に過ぎったのは、バッツの作った薬のこと。
やっぱり何か変な物が入っていたのか、と遠くにいる彼を睨むが、同じ薬を分け合った筈のバッツは、いつもと変わった様子はない。
更に言えば、彼は同じ薬をもう一本飲み干している。
何かが起きるような薬なら、彼にも同じような症状がなければ可笑しい。


「うっ…んん……っ!」


 どくん、どくん、と早く強く打つ鼓動に、スコールは息を詰めた。
額から汗が滲み出て、胃袋の辺りからじわじわと何かが滲み出ているような気がする。
寒気のようなものを感じて、スコールはぶるっと身を震わせた。
寒さから逃げようと両腕で体を掻き抱いて、ずるずるとその場に座り込み、蹲って暖を取る。


(俺、だけ…?じゃあ、あの薬の所為じゃなくて、もっと別の…?)


 森の中を散策している時、妙なものに出逢っただろうか。
あの薬の中に含まれた成分で、バッツやクラウドが何事もなくても、スコールがアレルギー反応を起こしている可能性もある。
何もかもが憶測の域を出なかった。

 寒さから身を守っていた体だが、時間が経つと、今度は熱を帯びてきた。
恒温動物である人間の体は、体温が下がり過ぎると、生命維持の為に熱を生み出そうとする働きをする。
この時、体内温度と外気温に差がある場合、極寒の中にいるのに異常に暑い場所にいるかのような錯覚に陥り、衣服を脱いでしまうと言う異常行動に出る事があるらしい。
だとしたら、服を脱ぐのは自殺行為だと、辛うじて冷静な頭が判断して、スコールはジャケットの前を合わせて熱を閉じ込めた。
はっ、はっ、と零れる呼吸すら熱くて、胸にじわじわと汗が出るのを感じ、服が鬱陶しくて堪らないが、脱いでは駄目だ、とスコールは朦朧とした意識で自分に言い聞かせる。


(バ…ッツ……!)


 自分一人ではどうにもならない状況に、スコールは彼の名を呼ぼうとした。
しかし、口を動かしてみても、まともな声が出て来ない。
ああ、と言う意味を成さない音が零れただけで、スコールは儘らない体を捩って、服の中で篭る熱を誤魔化そうと試みていた。

 だが、スコールが幾ら体を捩って見ても、体内の熱の流れは変わらない。
それ所か、熱はより一層のうねりを持って、スコールの全身に伝播しようとしていた。
その上、スコールは、自分のあらぬ場所が猛りつつあるのを感じていた。
こんな状態でなんて事だ、と思う傍ら、これを抜いたら少しは躯も楽になるのだろうか、とぼんやりと考える。
そうしている間に、其処はぎちぎちになって行き、フロント部分を裏側からぐいぐいと押し上げて、はっきりとテントの形を作ってしまった。

 そんな自分の状態を知ったお陰か、体の中の熱が、バッツと共にした閨の中で感じるものと同じだと判った。
判ればそれを治める方法も予想がつく。
こんな場所でそんな事をしている場合じゃない、と妙に冷静な思考が叱るが、ではこの状況をどうやって打破すれば良い、ともう一つ冷静な思考が反論する。
結局、答えは一つしかなく、スコールは木の根元でひっそりと自慰を始めるしかなかった。

 木の根元で蹲ったまま、スコールはそう遠くない距離にいる仲間を見た。
生い茂る木々の隙間に見えたバッツは、素材集めに熱中しているのか、此方を見ていない。
済ませるのなら今の内だ。


「ん……くっ……」


 スコールは右手の手袋を外して、口に咥えた。
革の手袋は、汚れもあってお世辞にも良い味はしないが、こうして口を塞がないと、酷い声が漏れてしまいそうだったのだ。
同行者にあられもない姿を見られない為にも、出来るだけ声は殺さなければならない。

 痺れたように震える手で、フロントジッパーを中程まで下ろし、下着の中に手を入れた。
湿り気を帯びた局部に触れると、それだけでビクッ!と腰が跳ねる。


「んっ…!んん……っ」


 触れただけで走った電流に、スコールは眉根を寄せた。

 バッツと恋仲になって以来、彼と何度も体を重ねて来た。
彼の手で触られた事もあるし、色々と折り合いがつかなくて叶わない日が続いた時は、自身で慰めた事もある。
激しい戦闘の後は、血の気が多くなって一物がそそり立ってしまい、治めなければ眠れない時もあった。
決して経験が多いと言う訳ではないものの、年相応と言えば年相応な程度の性的刺激は受けていた───と思う。

 その経験の中でも、今のような痺れは感じた事はなかった。
バッツに初めて触れられ、他人の手で絶頂を迎えた時に似ているが、触られただけでこんなにも甘い痺れを感じた事はなかった筈だ。


(やっぱり…あの薬の所為だ……っ)


 零れる熱の吐息を、手袋を噛む力を強くして、押し殺す。
代わりに鼻息が荒くなるのを自覚して、それも出来るだけ殺すように努めた。

 後でバッツを殴ろう、と思いながら、スコールは下着の中で自身を柔らかく握る。
包むように握ったつもりだったのに、敏感になった神経は大袈裟な程に強い電気信号を走らせて、スコールの躯中にそれを伝達させた。


「んっ、んんっ…!ふぐぅう…っ!」


 ぶるぶると肩を震わせて、スコールはゆるゆると首を横に振った。
触れただけでこんなにも強い刺激を得るのなら、昂って行ったらどうなってしまうのだろう。
恐怖と興奮が綯交ぜになって、スコールの鼻息がまた荒くなる。

 下着の中が酷く窮屈で、スコールは少し迷った後、下着をずらして雄を取り出した。
目の当たりにした自分の様を見て、顔が赤くなる。
何せスコールのペニスは、血管を浮かせる程に大きく膨らんでいて、鈴口からぷくぷくと泡混じりの蜜が零れ出しているのだ。


(は、早く…抜かない、と……)


 こんな有様をバッツに見られたら、スコールは恥ずかしさで死んでしまう。
幾ら彼とは恋人同士であり、何度も体を重ねた仲とは言っても、スコールは未だに自分の全てを彼に暴かれるのに抵抗があった。
だから、自慰をしている所を見られる等、絶対にあってはならない事なのだ。

 スコールは竿を握った右手を上下に動かして、しゅこしゅことペニスを扱き始めた。
精巣から上って来た蜜が、根本の辺りに集中しているのか、パンパンに膨らんでいるような気がする。
其処を握ったら、どうなってしまうのだろう、と考えて、


(早く、終わらせるのが…良いんだ……)


 誰に対する言い訳なのか、そんな事を考えながら、スコールの手はペニスの根本へと下りて行く。
やんわりと包み込むと、指が竿と陰嚢の隙間に当たった。


「ひうぅっ…!」


 ビリビリッとした感覚に、スコールは思わず声を上げた。
しまった、と慌てて手袋を噛み、バッツの気配を探る。
彼の足音らしきものが動いていたが、此方に近付いて来る様子はない。

 聞こえたら、見られたら、と言う意識が、スコールの中で濃くなって行く。
それで働く筈の理性は、既に役目を放棄し始めており、成り替わるように興奮が沸いて来る。


「んっ…んん……っ、っふぅん…っ!」


 心音の高鳴りを自覚しながら、スコールは竿の根本をぎゅうっと握った。
途端、其処で詰まるように留まっていたものが、逃げ道を求めて上って行く感覚に襲われる。


「ふっ、ふっ!ふぅううっ♡」


 ビクッビクッ!と下肢を戦慄かせて、スコールは絶頂した。
びゅるるっ、と噴き出した白濁液が、スコールの白いシャツに沁みを作る。


「あ…ふ……、んん…っ」


 悩ましい声を零して、スコールは身を捩った。
右手の中で、絶頂下ばかりのペニスは、硬度を保ったまま頭を上げている。
一向に萎える気配のないペニスの奥で、じんじんと疼きが強くなったのが判った。


(……もう、一回…しないと…っ)


 スコールは足を大きく開いて、丸見えになったペニスを見ながら、再び手を動かし始めた。
根本から上に向かって、詰まったものを押し出すように、何度も何度も扱き上げる。


「んっ、んっ…、んふっ…!ふぅう…っ!」


 噛んだ手袋に、じわじわと唾が滲んで行く。
噛む力が緩みそうになって、スコールは意識して顎に力を入れた。

 扱く手の動きに合わせて、スコールの腰が前後に揺れた。
はしたない動きをする自分の体を、スコールは他人事のように見下ろしながら、ペニスを愛撫し続ける。
木に預けていた背中がずるずると落ちて、いつの間にかスコールは地面に仰向けになっていた。
こんな状態でバッツに見付かったら、何をしていたのか、隠す事も言い訳する事も出来ない。


(嫌だ…そんなの……あぁっ……!)


 バッツに見付かった瞬間を想像して、スコールは頭を振った。
いやいやとする仕種であったが、そんなスコールの気持ちに反し、ゾクゾクとしたものが背中を迸る。
ペニスが興奮の度合いを示すように、むくっと質量を増して、手の中でどくんっどくんっと脈を打つ。


「ふ、ふっ、んんっ…!んんぅ…っ!」


 早く果ててしまおうと、スコールは扱く手を早めた。
しゅっ、しゅっ、と掌の摩擦熱を感じて、ペニスが切なげに震える。
先端からトロトロと蜜液が溢れ出して、スコールのペニスと手を濡らして行った。

 ───だが、其処までだった。
一度目は直ぐにイく事が出来たのに、二度目の瞬間が中々やって来ない。
躯はこれでもかと言う程に昂っている筈なのに、中心部に集まった熱は、何故かそれ以上に昇ってくれない。


(苦し……なんで…なんで、イけない……っ!)


 自分が既に絶頂の一歩手前まで来ている事を、スコールは判っていた。
早く抜いてしまおうと思う余り、躯が変な緊張を持っているのだろうか。
それなら、どうすれば楽になれるのだろう、と考えて、スコールの脳裏を過ぎるのは、恋人の顔。


(バッツ…バッツが、触ったら……っは…あ……っ!)


 ベッドの中で、彼に触れられた時の事を思い出す。
意外と固い皮膚をした掌が、竿を包み込んで扱き、悪戯に爪先で裏筋の窪みを引っ掻いて遊ぶ。
スコールが嫌がると、彼はごめんごめんと笑いながら、遊ぶ事は止めない。
指は的確にスコールの弱い所を弄っていて、嫌が応にも躯は絶頂へと導かれるのである。


(ああ…バッツ……んっ、バッツぅ……っ!)


 手袋を噛んだ唇から、ふーっ、ふーっ、と堪えられなくなった呼気が零れる。


(あんたの……あんたの所為なんだ……こんな状態になったのも、イケないのも…っ!…だから…だから、あんたが…あんたがどうにか、してくれよ……!)


 必死で自身を扱きながら、スコールの腰が悩ましげにくねくねと踊る。
開いた太腿がわなわなと震え、靴の中で爪先が縮こまる。


「んっ、ふっ、…んんっ…、ふく、う……っ!」


 ぬるぬるとした感触で手が滑るのを感じながら、ペニスを扱き続けるスコール。
だが、その刺激をいつまでも続けた所で、先には進めない。
スコールは手袋をしたままの左手も下肢に伸ばして、鈴口の傍に指をぐりっと押し付けた。
ビリッと走った電流で腰が浮いて、ビクッビクッと躯が跳ねる。


「んぁんんっ!」


 手袋を噛む顎に力を入れて、出来るだけ声が響かないように堪える。


「ふっ…ぐ…ふぅうう…っ!」


 躯の奥から伝わる衝動で、ぴゅっ、ぴゅっ、と蜜が噴いた。
しかし、絶頂には程遠く、反ってスコールはもどかしさが募る。

 切なさで頭が可笑しくなりそうだった。
右手でペニスを扱きながら、左手で亀頭を苛めても、スコールの躯は望む高みまで昇ってくれない。


(足り、ない……足りないぃ……っ)


 どくどくと脈を打つペニスの膨らみは、嘗てない程に大きくなっているのに、それを吐き出せないのが辛かった。
自棄になったように、右手は段々と乱暴さを増して行き、摩擦熱だけがペニスを熱くする。
快感とは違う、痛みに似た刺激が皮膚を傷めていたが、スコールは自慰行為を止められなかった。
限られた時間と、見付かったらと言う緊張の中で、夢中になって快感を追っている内に、スコールの頭はすっかり茹ってしまっている。


(早く、早く…早くイかないと……っ、バ、バッツに…バッツに見付かる……っ!)


 どうしたらイけるのか、スコールは必死で考えていた。
ペニスを扱いているだけでは先に進めそうにない。
じゃあ、と思って脳裏を過ぎったのは、いつもバッツの熱を与えられている場所だった。


(だ、駄目だ……此処でそんな事……ああっ、でも…!)


 尻穴を自分で弄るなんて、スコールには出来ない。
屋敷の部屋で鍵をかけていても、相当にハードルの高い行為だ。
それをこんな森の中で、ほんの数メートル先にバッツがいるのに、出来る訳がなかった。

 だが、躯は熱くて苦しくて堪らず、奥で燻っていた熱も、低温のままじりじりとスコールの四肢を焼き焦がそうとしている。
意識してしまった所為か、秘孔がむずむずと痒みを訴えている気がした。
そう思ってしまえば、躯はより一層の快感を欲して燃え上がってしまう。


「ふ、ふっ…!うぅ…っ!」


 とろぉー……と零れる蜜の量が増した。
秘孔の疼きに、まるで躯が悦んでいるようで、そんな自分が酷く浅ましい生物に見える。
プライドの高いスコールにはとんでもない屈辱だ。
だが、それ以上に、バッツによって悦びに身を任せる事に快感を覚えた躯が、餓えたようにいやらしくねだり始めていた。


「んっ、く…んふっ……う…っ」


 仰向けから俯せに転がって、スコールは地面に額を擦り付けた。
四つ這いになって、出来るだけ腰を低く落とし、竿を扱いていた手を更に下へと下ろして行く。

 指で触れると、アナルがヒクヒクと動いていた。
物欲しそうな動きをしている其処に、指を宛がい、そっと押し進める。
にゅぷ……と指先が穴口を拡げたのを感じて、スコールは背を仰け反らせた。


「んふぅうう…っ!」


 ビクッ、ビクッ、と下半身が震える。
指を咥えた菊座は、もぐもぐと指を食んで、内肉が卑しく吸い付いて来るのが判る。
艶めかしい肉の感触を感じながら、スコールは第一関節まで入れた指で、くちゅくちゅと中を掻き回し始めた。


「うっ、んっ…!んんっ…!んっ♡」


 唾液塗れの手袋を咥えた口から、甘い音が漏れていた。
声を出してはいけないのに、尻穴から伝わって来る快感電流で、音が喉の奥から押し出されてしまう。

 スコールの身体は、完全に悦んでいた。
ようやく欲しかった場所に刺激を与えられて、媚肉がうぞうぞと擦って貰いたがって指に絡み付いてくる。


(俺…こんな、所で……し、尻を…尻で感じて……っ)


 指を動かす度、躯が拓いて行くのが判る。
バッツに其処を解されている時のように、入り口の締め付けが緩んで行く。
後でもっと大きくて熱いものを受け入れられるようにと、スコールの躯は快感の順序を覚えており、その全てを享受するように作り変えられているのだ。


(あ…あ……でも…このままじゃ……)


 くちゅくちゅと秘部を掻き回しながら、スコールは朦朧とした頭で、このままではまた先に進めない事に気付いた。
手袋の手で覆ったままのペニスは、既に痛い程に張り詰めているのに、先端からは相変わらず頼りない蜜糸が垂れているばかり。

 スコールは、秘孔に埋めた指を奥まで入れた。
蜜液塗れだった指は、意外とすんなりと、指の付け根まで潜って行く。
しかし、それでもスコールの指は、自身の満足する場所までは届かないし、そもそも太さも全く足りない。


「んっ♡んっ♡んんっ…!」


 限界まで入れた指を、手首から動かして、秘孔内を一心不乱に掻き回す。
女の濡れた膣のように、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が聞こえて、スコールの頬が赤らんだ。


(だ、駄目だ……音…っ、音、立てたら…っああ…!バッツに…バッツに聞こえる……!こんな所で、オナニーしてるの…気付かれる……!)


 普段、理性の塊のような顔をして、盛って来る彼を追い返しているのは何処の誰だ。
他でもない、スコール自身である。
そんな自分が、不慮の事故のような経緯とは言え、地面に這い蹲って夢中で、自分で尻穴を弄っている所など、絶対に見られてはならない。
────そんな思考とは裏腹に、“彼に見付かる”と思うだけで、スコールは躯の奥が燃えるように熱くなるのを感じていた。


(んんっ…!や、やっぱり駄目だ…足りない……ゆ、指じゃ足りない……っ!んっく……、もっと…もっと太いの…大きくて、熱いのじゃ、ないと……)


 秘奥がひくひくと疼いて、刺激を欲しがっているのが判る。
しかし、スコールが幾ら指で弄っても、其処を触る事は出来なかった。
あと少しと言う所で届かないのがもどかしくて、スコールは尻を振って指を届かせようとする。
だが、背中を丸めて蹲り、くちゅくちゅと音を立てながら秘部を掻き混ぜても、一向にスコールの求める所にそれは届いてくれない。

 どうすれば───考えなくても、答えは判り切っている。
スコールが一番に望む場所に望むものを与えてくれるのは、バッツしかいない。


(バッツ…バッツぅ…っ!もう駄目なんだ…あんたの、あんたのじゃないと……お、おかしくなる……はっ、ああ……っ!)


 手袋を噛んだまま、スコールはバッツの名前を呼んでいた。
その声はくぐもり、ふう、ふう、と言う熱の篭った吐息に飲まれて、まともな形にはならない。
未だスコールの中で、理性と欲望とが競り合っていた。
しかし、その理性も、燻るばかりの熱によって形を失くして行き、ペニスを扱く手も、アナルを掻き回す指も、躊躇を忘れて一心不乱に快感を貪ろうとしていた。


(バッツ……ほ、欲しい…あんたが欲しい……っ!あんたの、あんたの、ち、ちんぽ…で…っ♡お、俺の…俺の中、掻き回して欲しいんだ……!じゃないと…もう、イけな、いぃ……っ!)


 爪先で内側の肉を引っ掻きながら、スコールは尻を振って、この場にいない恋人にねだる。
浅ましい思考が自分を支配している事について、罪悪感や羞恥と言ったものは感じなくなっていた。


「んっ、んっ…!んっふ…ば、っつ……ばっつ、ぅ…っ♡んぁっ、んっ、んふぅうう……っ!」


 甘い声で恋人を呼んで、スコールはペニスの亀頭をぐりぐりと弄った。
秘孔の指を精一杯伸ばして、届く限りの一番深い場所で、肉壁を引っ掻く。
ビクッビクッビクッ、と下半身が震えて、びゅるっ…!と蜜液が地面に沁み込んで行った。


「あ…ふ……っ♡ふぅ…っ、うぅ……っ」


 浅イキとは言え、ようやく熱を吐き出す事が出来て、スコールの躯は安堵したように力が抜けた。
尻を高く掲げた格好のまま、手だけが地面に落ちて投げ出される。

 はあ、はあ、としばらくの間、スコールは荒い吐息を繰り返していた。
これでようやく───と思ったのはほんの僅かな間だけで、数秒もしない内に、また体の奥が熱に苛まれ始める。
ペニスはやはり萎える事なく、膨らんだ大きさも大して変わらないままで、とろとろと蜜を溢れさせていた。
中途半端に刺激を与えたアナルは、より一層の疼きを増して、むず痒さで細腰がゆらゆらと揺れる。
バッツ、とスコールの唇が恋人の名前を形作った。

 ────じゃり、と土を踏む音がして、スコールは顔を上げる。
立ち尽くしているバッツと目が合った。
バッツは驚いたように目を丸くしていて、スコールの有様を全く予想していなかったのが判る。
スコールの口に咥えていた手袋が、噛む力を失って、ぱさりと地面に落ちた。


「バッ…ツ……」


 今度は音に出して名前を呼べた。
その声を聞いて、驚いていたバッツの顔が、ゆうるりと弧を描く。


「…そんなになるとは、思ってなかったんだけどなあ」
「……っは…?」


 何か、聞き逃せない言葉があったような気がしたが、スコールに考える余裕はなかった。
バッツはスコールへと近付くと、あられもない格好で蹲るスコールの躯を抱き起こした。


「大丈夫か?スコール」
「っは…ん……うぅっ…!」


 バッツの言葉に応えようにも、スコールは口を開くだけで精一杯だった。
其処から先は、吐息交りの呻く声が零れるばかり。

 慰めるようにバッツの手がスコールの背中を摩る。
華奢な見た目の割に、武骨な剣を平然と扱うバッツの手は、意外としっかりとしていて固い。
それが背中を摩る度に、スコールはぞくぞくとするのを感じて、逃げるように背中を仰け反らせた。


「はっ、うっ…!や、あ……!」
「スコール。どうした?」


 問うバッツに、スコールは答えられなかった。

 力の入らない腕で、スコールはバッツに抱き付いた。
縋り付いたと言った方が正しい。
バッツはそんなスコールの頭を撫でて、子供をあやすように、額に頬に、触れるだけの柔らかいキスをする。
そのキスの感触に、スコールはもどかしいものが体の奥から溢れて来るのが判った。


「バ…ッツ……、バッツ、ぅ……!」
「何────」


 呼ぶ声に返事をしようとしたバッツだったが、スコールはその唇を自分のそれで塞いだ。
唾液塗れの舌をバッツの咥内に捻じ込んで、バッツの舌を絡め取る。


「んっ、んっ。んちゅっ、んっ」


 じゅるっ、じゅぷっ、と音を立てながら、スコールはバッツの唇を舐る。
バッツからの触れるだけのキスでは物足りなかった何かが、充足して行くような感覚を得て、スコールはもっと満ち足りたくて、口付けを深くする。

 貪るようにバッツの唇にしゃぶり付きながら、何やってるんだろう、と冷静ぶった頭の隅で考える。
どうしてこんな事をしているんだ、と考えて、体の奥が熱いからだと悟る。
この熱は、バッツに抱かれている時、何度も何度も感じていたものと全く同じだった。