君色本能


 神々の闘争の世界に召喚された戦士達は、それぞれ異なる世界から集められた。
異なる世界の有様と言うのは多種多様で、自分にとっては当たり前の事柄でも、他人にとってはそうではない、と言う物事が頻繁に散見される。
最も顕著で判り易かったのは、機械文明の発達レベルの差異である。
機械と一言で言った時、手動の歯車式の絡繰り仕掛けを連想する者もいれば、電気をエネルギーとして自動で動くものを連想する者もいる。
もっと発達すると、電子基板が当たり前に存在し、其処から更に魔力エネルギーを動力として組み込んでいるものもあった。
また、逆に“機械”を“失われた過去の遺物”として認識している者も多く、其処でもまた歯車式なのか、電気エネルギーが使われているのか等、細分化される。
以前は機械文明の発達に反比例して、魔力文明の発達の程度が傾向として見られていたが、新たな闘争の世界に召喚されたメンバーを見るに、どうやらその限りでもないらしい、と言う事も判った。
更には魔力エネルギーの名称の違い等も確認されており、世界───いや異世界は広い、と言う事を皆が実感している。

 日常的な常識への認識の差は、どう足掻いても起こり得る事だ。
それは人が育った環境によって変わるものであり、また個々人の性格によっても違う事なので、これは仕方のない事だろう。
特に今回の闘争で初めて召喚されたメンバーは、共同生活の中でこうした点の差を知る度、驚くシーンも多かった。
旧来の面々はその様子を見て、ああ覚えのある反応だ、と温かく見守っている。

 何かと“世界の違い”と言うものに目を奪われる闘争の世界であるが、其処に集まったメンバーが総じて共通して持っている意識と言うものもある。

 “世界”には、男女の性別の他に、三つの性が存在する。
α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)────これらは生き物が営みを形成、続けて行くに当たり、重要なファクターを占めている。
生物の頂点として位置づけられるαは、その多くが心身共に優良種として扱われる程、あらゆる点に置いて他性を圧倒的に上回るステータスを持っていた。
野生動物で言えば、群れのリーダーを冠する者は総じてα性であると言われており、これは人間にも当て嵌める事が出来る程、αと言う存在は集団の中で輝く存在であった。
また、α性である場合、男女に限らず他性の生き物に己の子を孕ませる事が出来る。
βと呼ばれる種は、αに比べれば秀でる事は少なく、“凡人”と括られる事も少なくない。
大抵の生き物はβとして生まれると言われる程、絶対数が多く、どの世界であっても、生物の過半数以上はβ性で占められていた。
そして最も数が少なく、希少であると言われているのが、Ω性である。
Ω性について最も特徴として筆するべきは、やはり“繁殖能力”だろう。
Ω性は男女問わずに子を孕む為の器官が存在しており、世界、或いはその時代によっては“繁殖の為に存在する”と言われている事もある程だった。

 様々な常識、文明差が確認される多様な“世界”の中で、α、β、Ω性の点だけは、全員が共通の認識を持っていた。
世界の背景により、それぞれの性に対する認識の差はあるが、それでも過去の闘争を含めて、三つの性が大きな問題として挙げられた事はない。
それは一重に、召喚された戦士達が、総じてα性であった為だろう。

 過去に秩序、混沌の神々に呼ばれた二十余名の戦士達は、全員がα性であった。
神々が意図してそれを選んで呼んだのか、α性であったから戦士として元の世界でも戦い生き抜く事が出来ていたのか、それを知る事は終ぞない。
だが、全員がα性であった事は、余計な不和や、性の違いにより起こり得る、避け難い問題を回避できたとして幸いな事だった。

 そして神々の闘争は一度終わり、新たな神々によって、新たな闘争が幕を開ける。
新たな戦士も加わった事で、旧来のメンバーが念の為にと確認すると、彼等も通例のようにα性であった。
混沌側へと召喚された者達の詳細は未だ判らない事も多いが、あちらも幾つかの新顔を覗けばほぼ以前と同じ面子が揃っている。
ならばあちらも変わらないのだろう、と秩序の女神に召喚された戦士達は思う事にした。
第一、頭に入れるべきは相手の性別ではなく、闘争に勝つ為の戦略である。
一連の確認事項のみが済んでしまえば、後は自然淘汰的にこの話題は出なくなって行った。
────心の内を隠したままの戦士がいる事には、誰も気付かないままで。




 スポーツの試合にも似た様相も混じってきた戦闘にも、段々と慣れて来た。
とは言え、スポーツのように優しくもなく、其処には命の遣り取りも確かに存在する為、気を抜いてはいけない。

 舞台のように誂えられた歪内での戦闘は、歪がゆらぎ始めた所でお開きになった。
神々が意図して引き起こしているのかは知らないが、ともあれ閉じ行く世界に長居は出来ないので、必然的に戦闘は其処で終了せざるを得ないのだ。
閉じ込められる前にと仲間達と共に歪を脱出し、そのまま一行は秩序の女神のテリトリーである塔へと帰還する。

 嘗て秩序の戦士達は、消えた女神が作り出した聖域と屋敷を拠点にしていた。
それがそのまま新たな女神が作った塔に移り変わった訳だが、その内部は前よりも様々な施設が充実している。
以前は聖域の外に出なければ物資の調達も儘ならなかったのだが、いつの間にか塔の中にはモーグリが住み着き、売店を開いていた。
各部屋の扉はボタン一つで開く電気式で、内部からパスワードをつけて鍵をかける事も出来るらしい(フリオニールには扱いが判らなかったので、常に鍵は開いたままだ)。
クラウドやティーダに言わせれば、「随分と現代的になった」との事。
売店の商品をモーグリがどうやって調達しているかは相変わらず謎であったが、生活の拠点として使うに当たって、何事も便利であるに越した事はない。
人数が増えた事もあってか、風呂も男女できちんと分かれて入れるように誂えられ、以前のように男達の入浴中にうっかりティナが更衣室に入ってしまう、と言う事もなくなった。
広めの食堂や調理場も用意されたので、複数人がそれぞれ料理を作っていても邪魔にはならないし、食事中の窮屈さもない。
人数が増えた為、料理を作る量も増えたのは少し大変だが、大量に作った調理品を納める冷蔵庫も大きなものが用意された。
まるでちょっと豪華な寮にいるみたいだ、と言ったのはティーダだったか。
フリオニールには少し判り難い話だったが、便利なのは良い事である。

 塔に戻ったら先ずは風呂に入りたい、とフリオニールは思っていた。
今回の戦闘でチームになったティーダとジタンも同じだ。
戦いの舞台となったのはビサイドと呼ばれる島の浜辺で、広い海岸を駆けまわる勝負となった為、潮風や海水で濡れ鼠なのだ。
雨や泥のような嫌悪感はないが、時間が経つと海水のベトベトとした感覚がまとわりついてくる。
戦闘の疲れを癒す事も含めて、シャワー位は浴びたいものだ、と帰りの道中に話していた。

 しかし、塔に帰ってきた三人を待っていたのは、とてものんびりとは出来ない空気であった。
塔の入り口で緊張と警戒、僅かに混乱も滲ませた雰囲気のメンバー達が固まっているのを見付けて、フリオニールは彼等に駆け寄った。


「バッツ、クラウド!」
「ああ、フリオニール達か。戻ったんだな」
「お帰り。怪我は?」
「ないっス!それより、何かあったんスか?」
「なんか皆ピリピリしてるよな」


 戻ってきたフリオニール達を見て、待機組だったメンバーの表情が僅かに和らぐ。
しかし、現在の塔内の状況説明を求められると、クラウドとバッツだけでなく、その場にいる他のメンバー───ルーネス、ライトニング、ヤ・シュトラもまた表情が曇る。


「何と言うか、その。うーん、いや、まさかとは思うんだけどなぁ」
「そうとしか考えられないだろう」
「だって前に皆確かめたけど、違っただろ?それとも、嘘ついてた?」
「その可能性もなくはない。こんな環境で、自分一人が“そう”だなんて、言い出せる奴の方が少ないだろう。認識はほぼ全員が同じなんだから、尚更」
「だからぁ!何の話してるんスか?ってか、なんで皆此処に集まってんの?」


 説明を求められ、言い淀むバッツと、それを窘めるように言ったのはライトニングだ。
二人の会話は何かを前提とした意識で交わされているようだったが、今帰ったばかりのフリオニール達には、そもそも何の為に此処に仲間達が集合しているのかが判らない。
其処から先ず説明を、とティーダが声を大きくすると、応えたのはヤ・シュトラだった。


「今、塔の中に“ある匂い”が充満しているの。それで中にいる訳にはいかなくなったから、此処に避難して、対応を考えている所なのよ」
「“ある匂い”って?」
「ヒート(発情期)よ。恐らく、ではあるのだけど」


 ヤ・シュトラの口から出た単語に、フリオニール達は目を丸くして顔を見合わせた。


「え?ヒートって確か……」
「Ωが何ヵ月に一回かでなる奴だろ?Ωの奴は、此処には」
「そう、いない筈────よね?」


 今回が初めての召喚であり、まだ旧来のメンバーの事も知っているとは言い難いと自覚しているヤ・シュトラは、改めて確かめる形でメンバーの顔を見回した。
その場にいる全員が、彼女の言う通りだと首を縦に振る、が、


「でも、あれは多分、フェロモンの匂いで間違いないと思うわ」
「同感だ。中にいるだけで意識が飛びそうになった」
「僕もだよ。あんなの初めてだ。Ωのヒートの事は話に聞いてはいたけど、あんなに影響するものだなんて知らなかった…」
「ルーネスは本気で意識が飛びかけたからな。中にいたら何が起こるか、俺達も判らないから、此処まで出て来たんだ」


 幸いにも、彼らが言う“匂い”は塔の外までは影響していないらしい。
しかし、このまま放って置けばどうなるかは判らない、と言うのが“Ω”の研究が進んだ世界から来たメンバーの認識であった。

 Ωがその体質により齎してしまう影響と言うものは、フリオニール達も多少なりとも知っているつもりだ。
何処の世界でもそれは起こり得て来た事であり、環境によっては抑制する方法も殆ど存在しない事も多かった。
特に『ヒート』と呼ばれる、他性を発情させる強烈なフェロモンを発してしまう現象は、相手を問わずに性的欲求を誘引してしまう上、本人でもほぼ全く制御が効かない事もあって、Ω性をカーストの底辺に縛り付ける理由ともなっており、どの世界でも───様々な意味で───問題視されている。
また、αにとってΩの『ヒート』は、種の存続を求める動物的本能を直接刺激する為、理性まで吹き飛ばす程の影響を受けてしまう事があり、両者ともに本心では望まない行為に及んでしまう可能性も高かった。
クラウド達が『ヒート』の気配に危険を感じ、急ぎ塔から脱出したのは、この為だ。そうしなければ、『ヒート』になってしまったと思しき仲間にどんな事をしてしまうか、それを自分の理性で止める事が出来るかさえ、判らなかったから。

 クラウド達の話を聞いて、メンバーが塔の入り口で固まっている理由は判った。
しかし、此処でいつまでも話し合いを続けているだけでは、状況は何も変わらない。
Ωの『ヒート』は一週間程度で納まるとは言われているが、それまで野宿生活をする訳にもいかないし、何より、Ωが存在する事によって起こり得る問題に対策を取らなければならない。
その為には、他の何よりも、Ω本人の話を聞かなければならなかった。
となれば、次にフリオニール達が気になる事は一つだ。


「誰かが『ヒート』になったみたいなのは判ったけど。その『ヒート』になっちまってるのは誰なんだ?前に確かめた時は皆αだったし、結構長く戦ってたけど、誰も『ヒート』を起こす事なんてなかっただろ」
「っスよね。俺の世界には『ヒート』を抑える薬なんかもあったけど、こっちでそう言うのって見た事ないし。ひょっとして、ノクトとか?」


 以前の闘争でΩがいると言う可能性は、終ぞ誰も考えなかった。
それならば、考えられるのは、新たに召喚されたメンバーだ。
ヤ・シュトラが此処にいるのなら、後は顔が見えないノクティス位だとティーダは思ったのだが、バッツが首を横に振る。


「違う。塔の中にいるのは、スコールだ」
「スコール!?」


 バッツの口から出た名前に、思わずティーダとジタンの声が重なる。
フリオニールも、まさかと言う人物の名を聞いて、耳を疑った。


「えっ、嘘だろ?あいつがΩ?」
「フリオ、知ってた?」
「……いや……」


 バッツに詰め寄るジタンと、フリオニールに問うティーダ。
フリオニールはティーダの言葉に、呆然とした表情のまま、僅かに首を横に振るしか出来なかった。
その様子を見た他のメンバーが、やはり知らないか、と眉根を寄せる。


「スコールの事なら、お前が少し位は聞いているんじゃないかと思っていたんだが……フリオニールが知らないのなら、此処にもう一度召喚されるまでの間に、あいつの体に変異が起きたのだと考えるのが妥当か」
「変異って、βが急にαやΩに変わるって奴?」
「そんな事があるの?」


 クラウドの呟きに、ティーダとルーネスが重ねて訊ねると、ライトニングが頷いた。


「あまり一般的ではないがな。少数の限られた例ではあるが、起こり得る事だ」
「βがαやΩに、その逆も。ある日突然、αがΩに替わったと言う話も聞くわ。私の世界では、それによって地位も名誉も失い、支配階級から奴隷階級まで落ちた人もいる。勿論、その逆もまた、ね」


 重ねるヤ・シュトラの言葉にも、フリオニール達は言葉を失う。
“二つ目の性”と言うのは、それ程までに様々な分野へ影響を齎してしまうものなのだ。
その影響が強ければ強い程、性の転換が起こった者は、その事実を隠そうとするだろう。

 ───そこまで話した所で、バッツが声を大きくして割り込んだ。


「いや、そもそもの話だよ。あの『ヒート』が本当にスコールのものなのか、判ってる訳じゃないんだ。おれ達は今塔の中にいるのはスコールだけだと思ってるけど、知らない内に他の誰かが帰って来てないとも限らないし、カオスの戦士の誰かが何か仕掛けてたとか」
「あ────だ、だとしたら、スコールを一人にしてるのは危険じゃないか。せめて様子を確かめないと」


 Ωの『ヒート』は、αに対して強い影響を齎す。
ルーネスが意識を飛びかけたように、スコールも自分の部屋で苦しんでいないとも限らない。
また、そんな状況で混乱に陥っている今、秩序の塔内はがらんどうも同然で、姦計に長けた混沌の戦士達が狙って来ないとも限らなかった。

 “匂い”の原因や正体の事は後で考えるとしても、先ずは孤立している状態になっているスコールの様子を確認しなければならない。
フリオニールのその言葉は最もなのだが、


「それは俺達も思う。しかし、あの状態では……」
「……ごめん、僕はしばらく中に入れない。入らない方が良いと思う。まだ少しくらくらするんだ……」
「ええ、貴方は休んでいた方が良いわ。ライトニングもね」
「すまない、助かる。他の皆が戻ってきたら、此処で待つように言い聞かせよう」
「頼んだ。俺は少し位なら大丈夫だが、ヤ・シュトラ、あんたはどうする?」
「…悪いけど、少し休ませて貰えるかしら。『ヒート』そのものは耐えられると思うのだけど、私の影響はそれだけではなさそうだから。皆が戻ってきた時、状態を少しでも治療できる程度の力は残しておきたいの」
「おれは行くぞ。スコールの事も心配だし」
「了解だ。あとは────」


 クラウドの視線は、フリオニール、ジタン、ティーダへと向いている。
三人は顔を見合わせ、うん、と頷きあった。


「オレは行くぜ。スコールの事も気になるし、何かあった時には人数がいた方が良いだろ」
「俺も行くっス!フリオも良くよな?」
「ああ、勿論」


 聞かれるまでもない、と頷くフリオニールに、ティーダがそれでこそフリオ、と嬉しそうに背中を叩いた。




 『ヒート』の影響に、過去の一度も晒されたことない───と言う訳ではない。
元の世界での旅路の中で、Ω性の同志と出遭った事もあるし、中には『ヒート』を利用してΩ自身が組織の頂点に立っていた事もある。わざとフリオニールに『ヒート』のフェロモンを宛がい、油断した所を襲い殺そうとした敵もいた。
幸いだったのは、どのパターンでもフリオニールが意識が飛ぶ程の強烈なフェロモンに当てられる事はなく、理性で踏み止まれる範囲であった。
だから自分は平気だ、と己惚れている訳ではなかったが、過去の経験を踏まえ、初めてΩの『ヒート』の気配を感じたルーネスのように、立ち上がれない程に影響を受ける事はないだろう、と思っていた。

 だが、違っていた。
フロアへ続く扉を開けた瞬間、その匂いはフリオニール、ジタン、ティーダの意識を根こそぎ攫おうとしたのだ。
事前にバッツとクラウドから「意識を保てよ」と何度も釘を刺されていなかったら、瞬間的な気絶程度はしていたかも知れない。


「これは……っ」
「うわ……っ」


 堪らず手で口元を抑えて、フリオニールとジタンは後ずさりする。
見える景色は普段と全く変わらない、殺風景な通路が続いているだけなのに、まるで甘く香しい妖しの森の中に迷い込んだような空気。
呼吸の為に酸素を取り込もうとするだけで、ねっとりとしたものが鼻孔と喉に滑り込んでくる。
それが体を芯から熱くさせて、心臓が早鐘を鳴らす。


「う…ぷ……っ」
「ティーダ、無理をするな。外に出るぞ」
「うえ……ごめ……何、これ……っ」


 壁に寄り掛かって、目を真っ赤にしているティーダを見て、クラウドが肩を貸す。
足元がふらついて覚束ないティーダに、奥に行かせるのは危険だとクラウドとバッツは判断した。
手伝いに来たのに、と謝るティーダを宥めながら、クラウドは急ぎ足で来た道を戻って行く。

 残ったバッツは、フリオニールとジタンを見て、


「そっちも無理するなよ。取り敢えず、注意しながらスコールの部屋に行こう。他にも誰か帰ってるかも知れないけど、先ずはスコール優先で」


 彼は確実にいる筈だから、と促すバッツに、フリオニール達は頷いた。

 匂いばかりが充満する無人の廊下を走る。
途中にモーグリショップを覗いたが、店主である筈のモーグリの姿すら見えなかった。
いつからいなかったのかは判らないが、常に店番をしている筈の店主がいないと言う事は、モーグリにも『ヒート』は影響すると言う事だろうか。

 混沌の戦士の姦計を警戒しながら進んだが、結局は誰に合う事も、トラップを踏む事もなく、スコールの部屋へと辿り着いた。
近付く事に濃くなっていた“匂い”は、ドア前に立つと一層強烈に感じられる。
やはり出所は此処なのか。
スコールはαであった筈なのに何故、と言う疑問を抱えたまま、バッツが努めていつも通りの調子で、部屋のドアをノックする。


「スコール、いるか?」


 バッツの声も、いつも通りのものだった。
平時から警戒心が強いスコールに対し、下手な刺激を与えないようにと言う配慮からだ。
これで反応がなかったら、ジタンも重ねて声をかけよう、としていた時だった。


「……バッツ……?」


 扉一枚の向こうから、微かに声が聞こえた。
その事に僅かに安堵したフリオニールだったが、ドア越しの声は何処か掠れており、酷く頼りない。
充満する匂いに当てられて、意識も飛び飛びになっているのかも知れない、とフリオニールが考えている間に、バッツは重ねて声をかけていた。


「うん、おれ。ジタンも帰ってきたから、此処にいるぞ」
「スコール、大丈夫か?起きてるか?」
「………」


 バッツが名前を出したので、ジタンも声をかけた。
バッツとジタンは、闘争の数が重なる以前から、スコールとは付き合いが続いている。
スコールが一番気を使わないのは彼等だろうからと、フリオニールは黙して様子を見守った。


「スコール、中に入って良いか?」
「………」
「外に出られるか?」


 名前を呼んだきり、反応がなくなったスコールに、二人は辛抱強く待ちながら声をかける。
どれでも良いから返事を、と呼びかけを重ねていると、


「……そこ…フリオ…いるのか……?」


 声をかけた訳でもなく、部屋の前に来てから物音も経てていないフリオニールの存在を、スコールは言い当てた。
バッツとジタンが顔を見合わせた後、視線がフリオニールへと寄越される。


「フリオニールは……フリオニールは、いるよ」


 バッツは少し悩むように沈黙した後、スコールの問いに答えた。
それを受けて、フリオニールは喉奥で息を飲み込みながら、ドアの向こうへと声をかける。


「スコール。スコール、大丈夫か?」
「……」
「ええと……其処から、出て来れるか?」
「……」


 バッツとジタンに代わって呼びかけるフリオニールだったが、スコールからの返事はない。
ジタンが扉に耳を押し当て、中の音を聴こうとしている。
どうだ、と視線で訊ねるバッツに、ジタンは眉根を寄せているばかりだった。
物音らしい物音が聞こえないのなら、意識が飛んでいるのかも知れない────三人がそう思っていると、


「……フリオ……」
「なんだ?」
「……中に…入って…いい……」
「……!」


 ドア一枚の向こうから聞こえた言葉に、フリオニールは目を瞠った。


「え……で、でも、俺一人じゃ。バッツとジタンもいるから、何処か具合が悪いなら、二人に診て貰った方が」
「………」
「外にはヤ・シュトラ達もいる。皆の方が、俺よりも色々判る筈だから」
「………」


 なんとか部屋から出てきてはくれないかと繰り返し呼び掛けてみるフリオニールだったが、スコールからの返事はない。

 代わりに、ピ、と言う小さな電子音が聞こえて、ドアのロックが中から解除された事を知らせる。
そのまま外に出て来るのでは、と待っても見たが、ドアそのものが開かれる事はなかった。
スコールは頑なに部屋から出ようとはせず、フリオニールだけが入室するのを待っているようだ。

 ドアが開いているのなら、フリオニールは勿論、バッツとジタンも入る事は出来る。
だが、きっとスコールはそれを望んでいないし、嫌がるだろう事は予想できた。
バッツがドアに張り付いているジタンの肩を引いて、行こう、と視線で促す。
ジタンが苦い表情を浮かべていたが、今スコールの身に起こっている事が、皆が想定している通りであれば、それ以外に現状で彼を救う事も出来ないのだろうと言う事は判る。


「…フリオニール、任せて良いよな?」
「……俺で、良いのか?」
「スコールのご指名だしな。オレ達は外で待つようにするから、落ち着いたら、お前一人でも良いから呼びに来てくれ」
「……判った」
「絶対、無理するなよ。スコールが嫌がる事もするなよ。後で傷つくのが誰なのか、判らない訳ないと思うけど────何もかも飛んでしまったら、そう言う事も判らなくなるから」


 ジタンとバッツに重ねて留意を促され、フリオニールは頷いた。
頷くしか、今は出来なかった。

 足早に遠ざかっていく二人を見送った後、フリオニールは物言わぬ扉と向き合った。
取り残された不安と、扉の向こうにいる大切な人への心配と、充満する匂いによる興奮が綯い交ぜになって、異常な感覚がフリオニールを襲う。
深呼吸をすれば少しは落ち着くのかも知れない、けれど此処で呼吸をしたら、辺りを覆う匂いが完全に脳みそまで回ってしまいそうだった。

 息を詰めて、ドアを開ける。
ボタン一つで簡単に開く電気扉は、呆気なく口を開けた。
その瞬間に、密室に押し込められていた甘く蕩けるような匂いが、フリオニールを包みこむ。


(これ、は……これが……Ωの、『ヒート』…なのか……?)


 過去の記憶と経験と照らし合わせても、あまりにも強い匂い。
動物の、生き物の本能を直接揺さぶり、理性を泥のように溶かしてしまいそうな。
どくんどくんとフリオニールの心臓が早鐘を打ち、熱が、血が中心部に集まって行くのが判って、そんな場合じゃないのに、と霞みかけた意識を寸での所で現実に引き留める。

 部屋の主である少年────スコールを求めて見回すと、彼はベッドの隅で丸く蹲っていた。
いつもの黒いジャケットは脱ぎ捨てられ、下肢は何も身に着けていないと言う、あられもない格好をしている。
丸くなった体は小刻みに震え、はー、はー、と荒く霞んだ呼吸音が聞こえる。
フェロモンで充満した部屋の中に一人で閉じ篭っていたのだから、その疲弊振りは考えるに難しいものではなく、寧ろよく返事をする意識があったと褒めるべきだろう。


「……っスコール…!」


 駆け寄ってベッドの端から声をかける。
聞こえていないかも知れない、と何度も繰り返し名を呼ぶと、荒い呼吸が僅かに緩み、スコールがゆっくりと顔を上げた。


「……フ、リ…オ……?」
「ああ。俺だ。スコール、大丈夫か?」


 事態の委細については聞かず、とにかくスコールを落ち着かせなければと、フリオニールは努めて優しく声をかける。
心臓の鼓動を目の前の少年に気付かれないよう、いつも通りに、と自分に言い聞かせながら。

 だが、既に“いつも通り”は通用しなかった。

 スコールがのろのろと体を起こすと、それだけで彼から放たれる匂いが変わる。
甘さばかりが際立っていた匂いが、よく熟れた果実のような、それを更に熟成させたワインのような、芳醇な香りへ。
目に見えない筈の匂いが、まとわりつく霧のように、体中の毛穴から染み込んでくるような気がして、フリオニールは唾を飲んだ。


「ス、コール……っ」
「フリオ……」


 名を呼べば、呼び返すその声も、熱が籠る。
ベッドの中で何度も耳元で聞いた声だった。
いつも消えない恥ずかしさを堪えながら紡がれた音が、今は悦楽の只中にいるかのように幸せの音を混じらせている。

 しゅるり、と布の擦れる音がする。
白く長い脚が、ベッドシーツの波を泳いで、ゆっくりとフリオニールに近付いていた。
伸ばされる手をフリオニールが一瞬躊躇しつつも捕まえると、


「フリオぉ……」


 汗と涙を滲ませ、頬を紅潮させた顔で、スコールは笑った。
繋いだ手を離したくないと言わんばかりに握り返しながら、スコールはフリオニールの鎧に躰を寄せる。


「ふ…あ……」
「ス、スコール……っ」
「フリオぉ……っ」


 まるで懐き切った猫のように、スコールはフリオニールに身を寄せていた。
接触嫌悪にも似た所があるスコールだが、今はそんな事も忘れて、仕切りにフリオニールの胸に頭や肩を擦り付けている。
動物のマーキング行為のようだ、と思ったフリオニールの見識は、強ち間違いではない。


「フリオ…フリオぉ……」
「スコール…は、早く外に……」
「んっ……♡」
「……!」


 外へ出なければ、と促そうとしたフリオニールの言葉は、零れる甘い音に遮られた。
隠すもののない、スコールの露わにされた下半身が、ヒクヒクと震えている。


「は…っ、はっ…♡フリオ…フリオの…におい……んん…っ♡」


 フリオニールに身を寄せたスコールは、膝立ちになって自身のペニスを扱いていた。
ペニスを握る右手はてらてらとした滑りをまとわりつかせており、彼が今まで何をしていたのかを示している。
扱かれているペニスは、彼の太腿をすっかり濡らし、よくよく見ればベッドシーツにも点々とシミが散っていた。


「ああ…フリオ……、フリオニールぅ……♡」
「スコール……、お、落ち着け…頼む、」
「はあっ、ああっ……!あっ、あっ、あぁ…っ♡」


 フリオニールの宥める声を聴かず、スコールは夢中で自身を扱いている。
彼の躰が高ぶって行くにつれ、甘い匂いは一層強くなり、フリオニールも沼へと引き摺り落そうとしている。
フリオニールは、頭の中で自分の理性がぐらぐらと崩壊しかけている事を自覚せざるを得なかった。


(だ、駄目だ。こんな…こんな状態でしたら……何をしてしまうか……っ)


 フリオニールとスコールは恋人同士だ。
前の闘争の時にそう呼べる関係になって、体を重ねた事もある。
再び闘争の世界に召喚され、期せず得た再会に、燃え上がったのも遠い話ではなかった。
だから体を重ねる事そのものは、決して厭う事ではないのだけれど、今の彼を抱いてしまったら、αとΩのセックスになってしまう。
その上、スコールが本当にΩで、今『ヒート』が起こっているのだとしたら、これまでのセックスとは違う事が起こってしまうかも知れない。
いや、きっと違う、とフリオニールは本能で悟っていた。
それこそが、此処にいるのが“αとα”ではなく、“αとΩ”である事を示していた。

 止めなくてはならない。
僅かに残った理性が消えてしまう前に、スコールを落ち着かせ、皆の所に連れて行かなくては。
その後の事は今のフリオニールに考える余裕はなく、とにかく二人きりのままでいるのは危険だと、それだけは頭にあった。


「スコール…っ、外に…外に行こう……、そうすればきっと納まるから……」
「やぁ……フリオぉ……フリオが欲しいぃ……♡」


 常の凛とした姿は形骸も残っておらず、スコールはフリオニールに縋り甘える。
唾液塗れの舌が桜色の唇から覗いて、フリオニールの鎧を舐めた。
金属なんて美味くもない筈なのに、スコールの表情は光悦として、嬉しそうに何度も舌を這わせて来る。


「ん…は、えは……っ♡」
「よせ、スコール。そんなこと……」
「んぅ…?ふ、うん……っ♡んっ♡」


 咎めるフリオニールの声は弱く、熱に染まり切ったスコールには効かない。
元より既にフリオニールの意思を確かめる気もなくなっているのだろう、スコールは相変わらずオナニーをしながら、フリオニールの鎧を舐めている。


「はっ、あっ、あっ…♡くる…っ、くるぅ……っ!フリオぉっ♡」


 ビクンッ、ビクンッ、とスコールが体を震わせたかと思うと、彼は恋人の名前を呼びながら果てた。
びゅくんっ、と吐き出された精子がベッドシーツに水たまりを作り、シミが拡がっていく。


「はふ…はうぅ……っ♡」
「スコール、お、落ち着いたなら、外に」
「やだぁ……♡フリオが、ほしい、のぉ……♡」


 一度イったのなら、とフリオニールが何度目か宥めるが、スコールはいやいやと首を横に振る。
まるで小さな子供の嫌がり様だが、涙を浮かべて上目遣いに見詰める瞳は、情欲に染まって危うい艶香を帯びていた。

 自身の蜜で濡れたスコールの手が、フリオニールの股間に触れる。
其処は鎧と同じく金属で守られているので、スコールが触れても、フリオニールにその感触は伝わらない。
しかし、其処に収まっているものを欲しがるスコールの視線を感じるだけでも、今のフリオニールの熱を煽るのは十分だった。


「はっ…はう……♡んぁ……♡」


 スコールはフリオニールが収まっている其処に顔を寄せ、舌を伸ばす。
何をするにも恥ずかしがってばかりのスコールとは思えない大胆な行動に、フリオニールは自身がどんどん窮屈になって行くのを感じていた。


「スコール…や、め……やめろって、言って……」
「んっんぁ…っ♡へ、は……っ♡はっ…♡」


 フリオニールがスコールの肩を掴んで離そうとすると、スコールは嫌がってフリオニールの腰に腕を回した。
しっかりと抱き着いて、フリオニールを上目遣いに見ながら、ちろちろと股間を舐める。

 これ以上は駄目だ、と突き飛ばすなり何なりとしなければと思うのに、全身で「ほしい」とねだる少年の妖しさに、フリオニールは既に囚われてしまっていた。
それを感じ取っているのか、スコールは益々大胆になって行く。
フリオニールの腰に抱き着いていた手がもぞもぞと動いて、カチャ、カチャ、と小さな金属の音が鳴る。
その事にフリオニールが気付いた時には、タセットと鎧を繋ぐ金具が外されていた。
かしゃん、と音を立てて板金が床に転がれば、押さえ付けられていたものが締め付けから解放されて、欲望が頭を上げる。


「えは……っ♡も…大きく、なってる…ん……♡」


 ズボンを大きく押し上げてテントを作っているものを見て、スコールが嬉しそうに呟いて顔を寄せる。
股間にすりすりと頬を寄せるスコールに、フリオニ─ルはごくりと唾を飲んだ。

 スコールの手がフリオニールのズボンのベルトを外し、フロントを寛げる。
下着をずらせば、ずるりと大きく太い肉剣が現れ、それが見慣れている物よりも一層大きく膨張している事に気付いて、スコールも笑みを浮かべながら息を飲んだ。


「スコー、ル……もう…やめ……」
「あむぅ……っ♡」
「ううぅっ!」


 チカチカとした意識の中で、踏み止まろうとするフリオニールだったが、スコールは躊躇わずに一線を越えた。
小さな口を一杯に開き、フリオニールのペニスをぱっくりと食べてしまう。
太いペニスは半分も収まらなかったが、唾液塗れの舌がねっとりと幹を這う感触だけで、フリオニールは腰が震える程の快感を得ていた。

 ペニスに舌を押し当て、唾液を絡ませて舐るスコール。
ふう、ふう、と荒い鼻息がフリオニールの股間をくすぐっていた。
濡れた手で陰嚢を揉むと、どくん、どくん、と咥内で雄が脈を打つのが判って、スコールが嬉しそうに笑う。


「ん、んむ……うふっ、ふっ♡ふっ♡」


 スコールは頭を前後に動かして、口全体でペニスを扱き始めた。
ずりゅっ、じゅるっ、と淫音を立てながら、夢中でフリオニールに奉仕をしているスコールの目は、これが欲しい、と言う欲望だけが浮かび上がっている。

 竿の根本をスコールの手が柔らかく握り、ごしごしと手淫する。
ビクッ、ビクッ、とフリオニールの腰が戦慄き、頭上で息を詰める気配がする度に、スコールも興奮が増していった。
白い尻がゆらゆらと悩ましく揺れて、後ろの穴からはじゅわじゅわと蜜が溢れ出している。
スコールは口を開けて、舌を伸ばし、フリオニールに見せつけるように肉竿を舐めて見せた。


「フリオぉ……これ……欲しいぃ……♡」


 先走りを溢れさせ始めた鈴口を啜りながら、スコールが強請る。
これ程までにスコールが露骨に自分を求めてくれた事があっただろうか。
そう思うと、俄かにフリオニールの体も熱くなったが、まだフリオニールの意識には本能と理性の鬩ぎ合いが続いている。


「だ、駄目だ…スコール……み、皆外で待ってる、から…だから……」
「やぁ……待てないぃ……はむぅ♡」
「んう…っ!」


 窘めようとするフリオニールに、スコールは子供のように嫌がって見せ、もう一度ペニスを口に入れた。
じゅるっ、じゅるっ、と蜜を絞り出そうと啜られて、フリオニールは眉根を寄せて刺激に耐える。


「はっ、ス、スコール……う、ぁ……っ!」
「フリオ…フリオはぁ……んっ♡俺と、セックス、するの…やだぁ……?」
「そ、そんな…事は……っ」


 しゃぶりながら訪ねるスコールの言葉に、フリオニールは息をつめながら弱々しく首を横に振る。
この世界で再会してから、既に何度も体を重ねている。
その度にフリオニールは、スコールの躰に、スコールと言う存在に魅せられていた。
いつか再び別れが来る世界であると判っていても、既にフリオニールはスコールと言う存在なしで生きていく事は出来ない。
そう思ってしまう程、フリオニールにとってスコールの存在は大きかった。
そんな彼と肌を重ね合い、熱を溶かし合うのは、至極の幸福にも似て、重ねる度にもっともっと彼が欲しいとフリオニールを突き動かす。


(でも……、でも、今は……今は……っ!)


 スコールはΩだ。
過去の、新たな召喚に至った昨日までの行為の中で、スコールがそれを匂わせなかった不思議については、今は考えられない。
だが、『ヒート』の症状も含め、フリオニールはスコールが本当はΩなのだと言う事を確信していた。
そしてフリオニール自身はαである。
此処で自分が耐えなければ、とフリオニールは何度となく自分に言い聞かせていたが、


「フリオ…フリオニールぅ……♡フリオのちんぽ…欲しいよぉ……♡」
「ス、スコー、ル……」
「フリオは、嫌……?俺と、セックス…したくない……?」
「だ、だから、それは、違う……」
「Ωの俺は……フリオの、好きな…俺じゃない……?」
「……!」


 ペニスに頬を寄せながら、蕩けた瞳で見上げて呟いたスコールの言葉に、フリオニールははっと気付く。
いつも恥ずかしがり屋で滅多に甘えて来ないスコールが、夢中になって甘えて来る時は、何か不安を抱えている時だ。
今のスコールが『ヒート』によって理性が飛んでいる状態とは言え、根本的な性格まで変わる訳ではないから、夢中でフリオニールを求めるのはそう言った心の作用もある筈。

 欲しい、と体で訴えるように、スコールはフリオニールのペニスを啜る。
じゅるっ、ぢゅうっ、と音を立てて鈴口を啜り、ペニスの竿を右手で扱く。
一所懸命に奉仕をしながら、スコールの視線は度々フリオニールを見上げ、此方の様子を伺っているのが判る。
その事に気付くと、やはり不安なのだと言う事が判って、ああ、とフリオニールは音に出さずに感嘆した。

 ペニスをしゃぶるスコールの頭に、フリオニールの手が乗せられる。
寝乱れた癖を残した柔らかな髪を撫でると、スコールがぼんやりと此方を見上げた。


「んっ、んむ…、んぅ……?」


 フリオニール?とペニスを咥えたままの唇が名前を呼んだ気がした。
雄で膨らんでいる頬をそっと掌で撫でれば、スコールは仄かに安堵したように眉尻が緩む。


「んん……っ♡ん…む、ふぅっ♡んっ♡」
「うっ、く…っ!」


 フリオニールから触れられて安心したのか、スコールの表情が嬉しそうなものに変わる。
はあっ、と言う籠った吐息がペニスに当たるのを感じて、フリオニールの肩が震えた。
同時に、どくん、どくん、とペニスが膨らむのを感じたスコールは、肉棒に舌を絡み付かせてぴちゃぴちゃと音を立てて舐め始める。


「はっ、はっ♡はふ…っ♡ふりゅお…っ♡んむっ、んぁ……っ!」
「スコール……ごめん……っ!」
「ふ……────んぶぅっ!」


 夢中でペニスをしゃぶっていたスコールだったが、フリオニールの詫びる言葉に、何が、と問うように視線を上げた時だった。
頭を撫でていたフリオニールの手に力が籠り、スコールの頭を固定して、ずぷんっ!と喉奥が太いものに突き上げられる。


「うっ、お……っ♡お、おふっ、ふっ、ふぐぅっ!」


 突然の事にスコールが目を白黒とさせている間に、フリオニールはスコールの頭を両手で掴み、がくがくと前後に動かした。
ぐぽっぐぽっぐぽっ、と音を立てながら、スコールの口にペニスが激しく出入りする。


「おふっ、おふっ、お♡んっ、おぉっ♡」
「はっ、スコール……スコール……っ!」
「うっ、うっ♡ふっ、ふぅっ♡」
「スコールの口の中…こんな…こんなに熱かったなんて……!」


 揺さぶられる視界と、口の中を凌辱の如く激しく突き上げるペニスに、スコールは意識がチカチカと点滅していた。
その最中に見上げたフリオニールの表情が、セックスをしている時に見た事のあるものと同じだと気付いた瞬間、どくん、とスコールの鼓動が大きく跳ねる。
早い鼓動が体の熱を追い詰めたと同時に、細い体がビクンッ、ビクンッ、と弾んで、スコールは絶頂を迎えていた。


「んんっ、んんんんっ♡んぷっ、おふっ、ふぅうんっ♡」
「はあっ、はっ、あっ、あっ…!ごめん…スコール、ごめん……っ!」


 果てたスコールの躰が痙攣しているのを見下ろしながら、フリオニールはスコールの頭を揺さぶっている。
酷い事をしている、と判っているのに、フリオニールは自分を止める事が出来ない。
今までこんなにも酷い扱い方はした事がないのに、したいとも思っていない筈なのに、自分のしている事に従順に従い、剰え応えようと痺れた舌を必死で絡めて来るスコールの姿に、フリオニールは昂る自分を抑えられなかった。


「う、うあ…っ!来るっ、スコール……っ!くぅうううっ!」
「んぉおっ♡おふぅううううっっ♡」


 限界を感じたフリオニールは、スコールの頭を己の股間に押し付けた。
喉奥までペニスを穿たれたスコールが目を見開いたのが見えたが、構わずに咥内射精する。
どぴゅうううっ、と勢いよく吐き出された精子が、スコールの食道へと流れ込んで行った。

 口の中でペニスがどくんどくんと脈打っているのを感じながら、スコールの躰はがくがくと震えている。
無理をさせてしまった、苦しい事をさせてしまった、とフリオニールの胸中を罪悪感が襲う。
しかし、ゆっくりと口の中からペニスを抜いて、恋人の貌を上げさせると、


「は…あ……♡フリオ…の……せー、しぃ……♡」


 うっとりと、まるで極楽浄土の湯に浸かっているかのように、スコールの表情は蕩けていた。
飲み込めなかった白濁が口端から溢れ出し、唾液と混じって顎を伝って、ベッドシーツにシミを作る。
けふっ、と小さく咳き込む音もあったが、スコールは幸せそうだった。