ヒュプノシス・ステート


 バッツは様々な特技を持っているが、旅に関する知識や経験から得た物を除くと、その多くは彼の世界におけるクリスタルの加護に因るものであった。
バッツの世界に存在するクリスタルは、世界の成り立ちそのもののバランスを保つと共に、叡智の結晶とも呼べる代物で、クリスタルそのものに様々な力が宿っている。
バッツがそれと出逢った時には、世界のあらゆるバランスが崩れており、クリスタルは粉々に砕け散るばかりであったが、クリスタルはその砕けた欠片にも様々な力を宿していた。

 神々の闘争の世界に置いて、バッツはそのクリスタルに与えられた力を使っている。
以前の闘争では、記憶の欠如の所為もあるのか、一部を除いて上手く使う事が出来なかったものであったが、新たな闘争の世界では、バッツはそれを主力にして使う事が出来ている。
主には“ナイト”“モンク”“黒魔導士”“竜騎士”と、他の世界から召喚された仲間達とも通ずるものもあれば、“魔法剣士”“青魔導士”“風水師”と言った類の少ないものもある。
“踊り子”の力で戦闘を行った時には、特有のトリッキーな動きに皆も翻弄されたものであった。

 その他、バッツは“白魔導士”のように回復魔法を得手としている力も持っている。
魔法を専門としているティナやヤ・シュトラ、魔法の資質を強く持っているルーネスには及ばないが、それでも十分に癒し手として頼りに出来る。
以前の闘争で仲間達が世話になった薬類の調合の知識も、半分は旅人の知恵であったが、高度なものは“薬師”としての力もあった。

 バッツが得たクリスタルの力は、正しく多種多様だ。
それはバッツの旅路の中で大きな助けとなり、様々な形でバッツの一部として吸収されて行った。
その殆どは、物騒な道中であった事もあり、戦闘に特化させたものが多くはあったのだが、中には決して戦闘向けとも言えない力もあった。


「────吟遊詩人なんかは、そう言うタイプになるのかもなあ」


 そう言ったバッツに、ふーん、と相槌を打ったのはティーダだ。
心持ち幼さの残る快活とした顔を、ゆらゆらと揺れる焚火の明かりが照らしている。
その隣で話を聞いているフリオニールが、興味深そうな表情で言った。


「でも、クリスタルから得た力だったんだろう?本当にただ歌うだけ、って言う事もなさそうだけど…」
「うん、そうだな。歌に魔力を乗せるって言うのかな?それで皆の傷を癒したり、励ましたり。あとは、死霊系の魔物を祓うのにレクイエムもあった」
「は〜。バッツの世界は、歌も特別なんスね。俺の世界じゃ、歌なんてミュージシャンが歌ってるだけだったよ。スピラも特別な歌はあったけど、それ自体が何か力を持ってるって言う訳でもなかったと思うしなぁ」


 バッツの言葉に、ティーダが感心した風に言った。
それからティーダの視線は、黙々とバスターソードを研いでいたクラウドへ向かい、


「クラウドはどうだった?バッツみたいな歌とかあった?」
「いや。俺の世界では、魔法の類はマテリアと言う結晶物を持っていないと使えないからな。歌ならテレビなりラジオなりでよく聞いたが、聞くだけで特別な効果が得られるようなものはない」
「フリオは?」
「俺も、特には……海賊が航海中に歌うって言うのはよくあったけど、別に特別なものではなかったと思う。セイレーン除けの呪いみたいな所はあったかも知れないけど、それだって結局は願掛け程度のものだ」
「おれの世界でだって似たようなものさ。おれはクリスタルの加護を貰ったから、こう言う風な使い方が出来たんだと思う。旅先で逢った吟遊詩人に教わった歌もあるけど、おれ達みたいな使い方はしていなかったよ」
「やっぱりバッツが特別って事なんスね」
「それ程でもないって!」
「顔が満更でもなさそうだぞ」


 益々感心しきりと言うティーダの言葉に、バッツは謙遜しつつも胸を張る。
そんなバッツに、フリオニールがくすくすと笑いながら言えば、いやいやそんな事は、とまた謙遜した風をしながら、表情は判り易く自慢げだ。
直ぐにそれは崩れて、いつもの楽しそうな笑顔に変わった。


「他には何かないんスか?変わった奴!」
「うーん。何が変わってるのか、おれにも判らないからなあ……」


 もっと面白い話が聞きたい、とばかりに掘り下げて来るティーダに、バッツは頭を掻いて首を捻る。
悩むバッツに、クラウドが助け舟を出した。


「俺やティーダの世界は、どうもあんた達とは随分と感覚が違うようだから、あんたにとっては普通の話でも、俺達にとっては面白い話になるんじゃないか」
「確かにおれからすると、ティーダやクラウドの話は変わった所が多くて面白いからなあ」


 バッツの世界では、魔法は簡易なものならば、僅かでも素養さえあれば使う事は可能だった。
生まれ持っての才の差はあるが、それはクリスタルの加護の有無は関係なく、誰もが資質として有しているものだ。
しかしティーダの場合は基本的に魔法と言う代物自体が廃れており、代わりに科学や機械技術が著しく発達していた。
クラウドも同様であるが、彼の場合は魔力の源となるものが世界全体に存在しており、そのエネルギーを利用して生み出した鉱物を使う事で、魔法を放つ事が出来る。
逆に言えば、それがなければ、人間は魔法を使う事は出来ないのだと言う。
こう言った違いから現れる様々な他世界の様式と言うものは、自分自身にとってはごく普通の事でも、他者にとっては全く違うと言うのはよくある事だった。

 じゃあ取り敢えず色々と思い出してみよう、とバッツは覚えている事を語り始めた。
クリスタルの加護で得た力は、様々な形でバッツ達に力を貸す他、自分自身でその力を磨き上げる事で、枝葉を拡げるように技を見出して行く。
バッツがこの世界で“踊り子”の力を使い戦う術を取るのも、そうして身に着けた力があってこそのものだった。

 野宿の夜の暇潰しに始まった話題は、思いの外花が咲いている。
ティーダとフリオニールが興味津々に話を聞き、クラウドも黙してはいるが耳は此方に意識が向けられており、話すバッツも悪い気はしなかった。
魔法剣って俺も使えるかな、と言うフリオニールに、やり方を教えるとも話した。
魔法の質は各世界によって異なる所もあるようだが、通じる所もあるようなので、訓練すればフリオニールも魔法剣が使えるようになるかも知れない。
燃える剣って格好良いっスね、と言うティーダに、クラウドも悪くないなと頷いた。

 幾つかの話を経由した後、バッツは“魔獣使い”と言う力があると言った。
それはティーダやクラウドだけではなく、フリオニールも聞き馴染のないものだ。


「魔獣使い……魔獣……それは魔物と同じなのか?」
「似たようなものだよ。人を襲うのが魔物、其処までじゃないのが魔獣───みたいに言われてたような気もするけど、実際、あんまりはっきり線引きはされてなかったなあ」
「それで、魔獣“使い”と言うからには、やっぱり魔物を使役したりするのか?」


 クラウドの質問に、バッツは頷く。


「ああ」
「野生の魔物を操るのか?それとも、飼い慣らした生き物を使うのか」
「飼い慣らしたのを使った事はないなあ。いつも野生の魔物だったよ。意思の強い奴は難しいけど、一時的にこっちの言う通りに動くように誘導する事が出来るんだ」
「誘導……想像できないな。野生なんだろ?こっちの言う事なんて聞いてくれないから、凶暴な魔物なんだろうし」
「どうやって言う事聞かせるんスか?エサあげるとか?」


 犬や猫を躾するのと同じ感覚で訊ねるティーダに、流石にそれだけでは難しい、とバッツは言った。
襲ってくる魔物を一時的に宥める為に、餌で気を引く小技は使う事もあったが、“指示を聞かせる”為には、やはり強者と弱者をはっきりと理解させる事が重要だった。

 野生の世界では、弱肉強食が常である。
だからどちらが支配者であるのか、その認識を正すのは初手で必要な事だった。
しかし、それだけで言葉を交わせない野生の生き物が言う事を聞いてくれる訳ではないし、訓練済みの犬猫とも違う為、基本的には本能のままに行動するのが精々だ。


「割と素直な奴なら、それだけでも十分なんだけど、時々そうも行かない奴もいる。そう言う奴は、簡単な暗示みたいなものをかけるんだ」
「それは魔法でか?」
「うーん、どうだったかなぁ。それは意識した覚えがない気がする。でも、クリスタルの力で得た能力だったから、魔力が作用してる所はあるかも」


 バッツは自分が持つ力について、余り細かな分析をした事はない。
初めてその力を手に入れた時から、理屈や手順と言った段階を飛ばして、ごく自然に扱う事が出来ていた。
それすらもクリスタルの加護に因るものだったのかも知れない。
バッツの世界では、クリスタルの加護と言うものも、その世界に存在している限り、誰もが当たり前に享受しているものであったから───それに対する意識の差はあっても───、特別に取り上げて気に掛けるような事ではなかったのだ。

 理屈はさて置いて、バッツにとってこの力は、要所要所で有用なものだった。
強力な魔物を一時的とは言え屈服させるのは骨が折れる事も多かったが、一度操る事が出来れば、正気に戻るまでは此方の指示に従ってくれる。
魔物の群れに遭遇した時、その中にいるリーダー格を操る事が出来れば、戦況は引っ繰り返った。
“魔獣使い”の力には、操った魔物を一時的に捕えた形で連れて行く事も出来たので、厄介な魔物を避ける目的で、その天敵となる魔物を捕獲していた事もある。
暗示が解ければ忽ち襲ってくるので、それまでに解放して距離を置かねばならなかったが、街の外に凶暴な魔物が多い地域では重宝したものだ。


「へ〜、結構便利だったんスね」
「そうなんだよな。でも、この世界じゃ使う必要ないだろうな。魔物はいるけど、わざわざそんな事しなきゃいけない程、凶暴な奴って言うのもあまりいないし」
「混沌の連中が言う事を聞いてくれる事もなさそうだもんな」
「いや、親父ならイケるかも。親父、魔物みたいなもんだから。バッツ、一回試してみよう!」
「おいおい、酷いな?」


 ティーダの突然の提案に、これは冗談なのか本気なのか、と思いつつバッツは苦笑する。
フリオニールとクラウドも同じ気持ちなのだろう、顔を見合わせて眉尻を下げて笑っていた。


「良いじゃないっスか、実験してみる位。上手いこと親父を操れたら、色々便利になるかも!」
「いやいや、さっき言っただろ?意思の強い奴は難しいって。ジェクトなんて尚更だよ」
「えー」
「第一さ。ジェクトが誰かに操られてる所とか、ティーダは見たいか?」
「うー……」


 バッツの言葉に、ティーダは唇を尖らせる。
其処には、父親に対して素直になれない、反抗期の子供の複雑な感情が滲んでいた。
物珍しさや、後々父を揶揄うネタになるかも知れない、と言う細やかな悪戯心はありつつも、本当にジェクトがバッツに操られたら、幻滅しそうな予感もあるのだろう。

 それはそれとして、とバッツは気を取り直し、少し考える。


「考えてみれば、人に対してこの力を使った事はないような気がするなぁ。移動中の魔物除けに使ってた事が多いから」
「なら、ジェクトに限らず、人間にその力が通用するかも判らない訳だな」
「じゃあ一回試してみる?」


 意気揚々とした声で提案したのは、またしてもティーダだ。
彼はわくわくと期待に満ちた表情を見せており、珍しいものを見たがる子供と全く同じであった。


「……ティーダ、今ここにジェクトを連れて来るつもりか?」
「いや、そんな面倒な事しないって。そもそも効くかどうかが判らないんだから、それを確かめるだけなら、自分で試してみても良いだろ?俺達に効かなかったら、親父にも混沌の連中にも効かないだろうって事で」
「俺達って───えっ、俺達か?ティーダだけじゃなくて?」
「何人かでまとめて試した方が結果がしっかり判りそうじゃん」


 寝耳に水だ、とフリオニールは言ったが、ティーダは気にしなかった。
「赤信号、皆で渡れば怖くない!」とバッツやフリオニールにはよく判らない(しかし聊か不穏である事はクラウドの表情でなんとなく判った)言葉を宣言しつつ、やる気満々の表情でバッツを見る。

 判り易く面白がっている様子のティーダに、フリオニールとクラウドがそろそろ諫めた方が良いだろうか、と思い始めたが、


「そうだなあ。一回試してみるのも面白いかもな」
「やるのか?」
「ああ。もし効いたら、ちゃんと直ぐに元に戻すから、一回だけやらせてくれよ」


 当の本人が一番乗り気になっている事に、フリオニールとクラウドは顔を見合わせて肩を竦めるしかなかった。
どうせ今夜は平和なもので、時間を持て余して雑談をしている位しかやる事がないし、ちょっと試してみる位なら、と思う程度には、フリオニール達もバッツの言う“魔獣使い”と言う力に興味はあるのだ。

 どうすれば良い、と尋ねたフリオニールに、バッツは取り敢えずは楽にしていてくれと言った。
元の世界で力を使っていた時は、魔物を相手にしていた事もあり、とてもリラックスなどさせられる状況ではないのだが、今回は仲間相手の単なる実験だ。
効くかどうかを試したいだけなので、実践めいた準備は必要ない。

 バッツは立ち上がると、軽く柔軟運動をした。
特に意味はなかったが、久しぶりに使う力なので、少し気合を入れたかったのだ。
その間もティーダはわくわくとした様子で、フリオニールは少し緊張した表情で待っている。
クラウドはいつも通りの無表情だ。
クラウドには効き難そうだなあ、と思いつつ、バッツは三人の前に立てた人差し指を見せる。


「この指をじっと見てくれ。終わるまで目を逸らさないようにな」
「なんか催眠術みたいっスね」


 ティーダはそう言いながら、バッツの言う通りに彼の指を見る。
赤と碧の瞳も同じように指を見詰め、何が起きるかと少しの期待を含んでいる。

 三対の眼が思い思いにじっとバッツの指を見詰めていると、バッツはゆっくりと指を左右に振り始めた。
いよいよ催眠術めいてるな、とクラウドは胸中で呟いた。
指はしばらく一定の感覚で左右に振られていたが、少しずつ少しずつ、その間隔が狭まって行く。
目が回りそうだ、とフリオニールが思った矢先、バッツの指先がティーダの眉間を指すようにピッと真っ直ぐに伸びて止まった。
瞬間、フリオニールははっとした表情で一拍固まった後、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 手を引っ込めたバッツが、体を丸めて三人の顔を覗き込む。


「どうかな」
「俺は何ともないな」
「はは、そうだと思った」


 声をかけるバッツに、いつも通りの淡泊な反応をしたのはクラウドだ。
フリオニールはと言うと、くわんくわんとした感覚を訴える目を猫手で擦っている。


「フリオはどうだ?」
「う、うん……なんともない…?多分……」
「フリオニールなら効くかな〜と思ったんだけど、やっぱりそう簡単には通用しないか。で、後は───」


 残る一人に、三人の視線は寄せられる。
其処には、バッツが指差した瞬間から、瞬きすらも忘れて微動だにしないティーダがいる。

 ティーダの様子は、明らかに普通ではなかった。
何かと賑やかでリアクションが大きなティーダの事だから、バッツの力が効かなかったのなら、手順が終わって直ぐに反応がありそうなものだ。
時々冗談で何かにハマった振りをする事はあるが、観察眼の良い者なら、それが本気か冗談かは判る。
今のティーダは、冗談と言うには余りにも様子が可笑しかった。


「ティーダ?」


 フリオニールが声をかけてみるが、ティーダは反応しない。
クラウドが彼の目の前で右手をひらひらと揺らしてみたが、ティーダはそれを退ける所か、眼球が手の動きを追う事もなかった。
彼はただ一点───先程までバッツの指があった場所を見詰めている。

 バッツはふむ、と考えた後、


「ティーダ。立て」


 名前を呼んでバッツが指示を出すと、ティーダはすっくと立ちあがった。
両足でしっかりと立つと、またティーダは停止する。
「座れ」と言うと直ぐに座り、指示を待つように止まる。

 フリオニールとクラウドが顔を見合わせた。
これは明らかに、ティーダがバッツに操られている。
バッツとティーダが先に何か打ち合わせでもしていたのではないか、とも思ったが、今日のこの話題は偶々出て来ただけのものだし、ティーダが“魔獣使い”の力を見てみたいと言ったのも偶然だ。
何より、ティーダの表情がいつもと違う。
太陽を思わせる快活とした表情がなく、まるで人形のように、瞳に光が宿っていない。


「……効いちゃってるな、多分」
「やっぱりそうなのか」
「俺達の声は聞こえていないようだな。バッツの指示にだけ反応するのか。意思も封じられているように見える」
「う〜ん、ちょっと効き過ぎのような気もするな。まあ、敵を操るのとは違うからか」
「そ、それで、ティーダは元に戻るのか?戻す方法は……あるよな?」


 会話を交わす仲間達を前にしても、無反応なままのティーダ。
フリオニールが肩を揺らしたりしてみるが、戻ってこないティーダの意識に、フリオニールが不安そうにバッツに訊ねた。
バッツは「簡単だよ」と頷いて、ティーダの額をデコピンで弾く。


「いてっ!」
「起きた起きた。やっぱりちょっと衝撃を与えれば解けるんだな」


 バッツの指に弾かれた額を抑え、涙目になるティーダに、バッツは頭を撫でて慰めながら言った。
しかしティーダには何の話なのか判らないようで、恨めしそうにバッツを睨み、


「いきなり何するんスかぁ」
「ごめんごめん。結構深くまで浸透してたみたいだから、ちょっと強めにしたんだ」
「浸透って、何が?」


 意味が判らない、と言うティーダの言葉に、フリオニールが眉尻を下げて言った。


「ティーダ、お前、操られていたんだぞ」
「へ?マジで?」
「ああ。俺やクラウドが何を言っても反応しないのに、バッツの指示には従っていた。覚えていないか?」
「えー…えーと……うーん……」


 腕を組んで考え込むティーダを見て、クラウドがバッツに訊ねる。


「意思まで封じてしまうものなのか?」
「いや、此処まではっきり操ってるって感じの事はなかった。相手が魔物の類ばかりだったから、人間だともう少し勝手が違うのかな。後はほら、皆仲間だし、おれを警戒したりはしてなかっただろ?」
「あんたに操られたら何をされるか判らないな、とは思っていた」
「酷いな、そんなに変な事しないって。クラウドには、そうだな、カエルが可愛いって思えるようにしてあげようかなとか」
「勘弁してくれ」


 判り易く嫌悪感の表情を見せるクラウドに、バッツは冗談だとけらけら笑う。
しかしクラウドの視線は胡乱なままで、闘争や生活に殆ど問題のない範囲であるだけに、本当にやるかも知れないと警戒しているのが判る。


「いやいや、本当に冗談だよ。まさか効くとも思ってなかったから、何をしようとか考えてもいなかったし」
「え?じゃあ俺、本当にバッツに操られてたの?」
「そう言っただろ?」
「だって覚えてないもん」


 唇を尖らせるティーダに、覚えていないなら確かに判らないのも納得できないのも無理はない、とフリオニールは思う。
だが、力を使ったバッツだけでなく、フリオニールとクラウドから見ても、ティーダは完全に操られていた。


「フリオとクラウドは何ともなかったのか?」
「ああ」
「一応……」
「えーっ、なんで俺だけ!?」


 ショックを受けたように抗議するティーダを、フリオニールが宥める。
その傍ら、バッツとクラウドはこの場にいるメンバーの違いについて話していた。


「ティーダは暗示の類には元々かかり易い気もするが……やはり魔法に対する耐性の違いか?」
「なくはなさそうだな。でも、それだとクラウドだって自分じゃ魔法は使えないんだろ?」
「俺は少し特殊な事情があるからな。魔法への耐性はそれが補ってくれているとは思う。後はやはり、性格だろう。暗示が催眠術のようなものだと考えられるなら、そもそも懐疑的に見る人間には効果が見込めない。俺は疑り深いし───」
「性格悪いもんな?」
「否定はしない」


 他の二人のように素直ではない、と言う意味で、バッツとクラウドは笑みを交わす。

 宴もたけなわになりつつあったが、いつの間にか夜はすっかり更けている。
流石にそろそろ休んだ方が良いな、と言う話になり、見張りのバッツを残してクラウド達はテントに入る事にした。
おやすみ、と就寝に向かう三人を見送り、バッツは静かになった焚火の前で、ふと思った疑問を考えていた。


(性格の事はともかく、魔法への耐性は何処まで影響してるんだろう。他の皆にも効いたりするのかな。帰ったら皆に頼んで試してみるか)


 秩序の戦士達の中で、魔法に強い耐性を持つ者は、半分程だ。
そのメンバーの殆どは、元々世界に魔法の力が強く根付いており、魔法の形として行使する事が出来ずとも、フリオニールのように少なからず魔法の素養を持っている事が多い。
逆にクラウドやティーダのように、魔法よりも機械文明の発達の方が著しい世界から来ている者は、魔法への耐性が低かった。
しかし、今回試した所では、ティーダが完全に操られ、フリオニールにもその兆しがあった。
と言う事は、対象となる人物の性格も含め、魔力の素養の有無だけでは測れない所があるらしい。

 陣営の拠点に戻ったら、先ずはジタンに実験を頼んでみよう。
彼なら面白そうだと協力してくれそうだし、魔法の才は其処までではないが、耐性は高い。
それから、拒否されなければ、ティナとルーネスにも頼んでみたい。
この二人は魔力を扱う事に長けているし、その気配を読む事も出来る。
そう言うタイプの場合は、どんな効果が見られるのか、そもそも効かないか、魔法耐性への説を確かめるのに絶好の相手だ。

 それから、とバッツの頭に浮かぶのは、仏頂面の恋人。
もしも───もしも彼を“操る”ことが出来たなら、とバッツの心を好奇心が刺激する。


(ま、そもそも効かなそうな気もするけど)


 期待するのは自由だと、バッツは口元を緩めながら、明日の帰還を楽しみにするのだった。