境界の向こうに


 ウォーリアとのセックスに、スコールは不満を抱いていた。

 彼とは始めこそぎこちない間柄だったものの、双方の半ば一方的なイメージから来る誤解や齟齬が解けてから、次第に距離感が近付いて行った。
今では恋人同士となり、甘やかな時間を過ごす事もある仲だ。
それは秩序の仲間達公認、と言っても良いものである。
と言うのも、そもそもが恋愛感情と言うものに極端に鈍い二人であるから、自分の感情を自覚する事は勿論、相手が自分に向ける感情と言うものにも鈍感で、周囲のあれやこれやと言ったフォローがなければ、今頃は名前の判らないぼんやりとした感情のみを抱き続けているのみで終わっていただろう。
スコールの方はジタンやバッツの世話焼きのお陰で、少なからず抱き続けていた自分の感情を明確に自覚するに至ったが、其処から先へ進む事───相手の領域に踏み込む事については、酷く消極的であった。
ウォーリアに至っては、恋愛感情と言うものがよく判っていなかったし、仲間達の中でスコール一人を特別視する意味も解らず、更にはそう言った感情を抱く事が良い事なのか悪い事なのかも判らなかった。
何より、この闘争の世界はいつか終わり、此処で出会った仲間達とは、離別する事が決まっている。
そんな世界で恋愛なんて、と言うのがスコールの正直な気持ちであったが、本質的に他者の温もりを求め、それに依存する事で安定を得るスコールの心は、知らず知らずの内にウォーリアと言う存在を渇望していた。
そしてウォーリアは、何処までも真っ直ぐに己を貫く人間である。
自身がスコールを愛していると、愛したいと、そう思ったのなら、例えいつか別れが来るのだとしても、その瞬間までスコールの傍に在りたいと思う。
───こうした心の交錯を何度も繰り返した後に、二人はようやく、結ばれたのであった。

 恋人同士になってから、初めは清い間柄であった。
スコールは年相応に性欲がない訳でもなかったが、そもそもの経験もなかったし、それが男相手となれば知識もない。
彼と繋がってみたい、もっと深くまで知りたい、と言う気持ちはあっても、足踏みしてしまう。
関係が深くなる程、別れてしまう時の事を考えると、スコールはこれ以上は望まない方が傷付かなくて済む、と言う気持ちがあった。
付き合うようになった時でさえ、夢か何かの間違いだと思った位だ。
ウォーリアがふっと我に返って別れを切り出したら、きっと彼はスコールを傷付けないようにと慮ってはくれるだろうが、偽りの感情でスコールと向き合う事はしないだろう───誠実であるが故に。
その時の事を考えると、温もりは知らない方が、傷は浅くて済むのだ。
それに、そうした欲をウォーリアに対して抱いている事が、禁断の園を求めているような後ろめたさがあって、言い出せなかった。
何せ相手はウォーリア・オブ・ライトだ。
そう言った欲について、微塵も感じさせない所か、そんなものは頭の隅にすら最初から存在しないような清らかさがある。
スコールとて宗教的なものを見ているつもりはないのだが、しかし“姦淫は罪である”と言い出しても可笑しくない、と言うイメージは根付いていた。
そんなイメージを持っている状態で、スコールがウォーリアに対して「セックスがしたい」等と言い出せる筈もなく、当分悶々とした日々を過ごした。

 ウォーリアはと言うと、そもそも恋人同士とは何をする間柄なのか、と言う所からスタートだった。
文字通りのスタートラインである。
これに関しては、クラウドやセシルに加え、スコールが関わる事なら放って置けないジタンとバッツも参戦してのセミナーが開かれた。
ジタンとバッツが加わっていた訳だから、其処からスコールからの相談も持ち掛けられており、彼が自分ではウォーリアに伝えられないであろう事も、遠回しな提案と言う形で、スコールの希望が叶えられるようにと言う采配も成された。
其処に性的な交わりと言うのも加味されるようになり、講師四人がよくよく聞いてみると、ウォーリアもスコールに対して性的な感情を持っている事が判った。
大変だったのは、ウォーリアがそうした感情についてはっきりと理解できていなかった事と、時にスコールを束縛したい、閉じ込めたい、自分だけのものにして他の誰にも触れさせたくないと言う感情を持つ事を、可笑しな事ではないと思えなかった事が課題だった。
ウォーリアは仲間を大切にする男であるし、恋人となったスコールに対しても、その気持ちは変わらない。
しかし、恋愛感情は少なからず人の心の暗い部分を刺激し、嫉妬や独占欲を生み出すこともある。
精神的な繋がりに加え、肉体的な繋がりを持つようになれば、そうした感情は更に増幅されるかも知れない。
だが束縛する事はスコールの自由を奪う事であり、それはスコールを苦しめる事であるとウォーリアは思っていた。
これについては、恋愛マスターを豪語するジタンと、妻帯者であるセシルがじっくりと話をして、ようやくウォーリアがこの感情を受け入れるに至った。
それでも二人が一歩を踏み出すまでには随分と時間がかかり、仲間達があっちこっちでやきもきする事となるのだが、それはまた別の話である。

 かくして、二人は想いを遂げた。
精神的な繋がりだけでは不安定になり易かったスコールだが、何度か体を重ねている内に、その危うさも少しずつ消えて行った。
仲間達から見て、二人の遣り取り(主にはスコールの方が)が時折ぎこちないような所もあるが、初々しい事と思えば確かにそうだ。
それでも幸せそうだから、見守る仲間達は皆安心していた。

 ……のだが、時間が経つにつれて、スコールはまた悶々とし始めた。
スコールの機微に聡いジタンとバッツが素早く察知し、相談したい事があるなら言えよ、言ったら少し落ち着くかもよ、と促してはみたが、中々口を開かない。
恋人同士になっても、スコールは相変わらず単独行動が多く、ウォーリアがそれを窘める場面は多かった。
それが原因で、ウォーリアと喧嘩でもしたか、と二人は思ったのだが、スコールは首を横に振った。
喧嘩はしていないし、ウォーリアとの間で特別引っ掛かる事がある訳でもない、ただ───と其処まで言って、スコールは口を噤んだ。
だが、そうまで続けてから口を閉じても、ジタンとバッツが放って置ける筈もなく、


「ただ?」
「なんだ?」


 秩序の聖域にある屋敷の中、自分達以外に人の気配のないリビングで、ジタンとバッツはスコールを間に挟んで、ソファに座っている。
ただでさえ近い距離感に加え、声を潜め、顔を近付けてくる二人に、スコールの眉間の皺が深くなった。
この顔は、二人の距離感を嫌がっている訳ではなく、もう一度口を開く事に抵抗を感じてのものだ。
言い難いことなのだと言外に示唆しているようなものだったが、だったら尚更聞き出さなきゃならない、とお節介な二人の仲間は思う。

 スコールが危惧しているのは、この会話が他の誰かに聞かれる事だ。
出来るだけスコールが小さな声で言えるように、二人は耳を欹てて近付けた。
スコールもそろそろと顔を近付けて、ぽそりと、囁きの声で零す。


「……セックスが……、ちょっと、……」


 そう言ったスコールの顔は、陶磁のように白い筈の頬が、真っ赤に染まっていた。
耳まで赤くなっているのを見て、そんなに照れなくても良いのに、とバッツは思う。
そう言う事をしている仲の人間がいるのだから、そう言う話も出て来るものだろう、と。
しかし、十七歳の多感な年頃で、羞恥心が強く、体裁を気にするスコールにとっては、非常にデリケートな話題なのであった。

 また黙ってしまったスコールに、貝が本格的に閉じ篭る前にとジタンが援護する。


「何か嫌な事あったか?男同士だからな、やっぱ辛いとか?」
「……それは、別に。キツい事はあるけど、嫌では……ない」


 俯き加減でそう答えたスコールは、やはり顔は赤く、目元がほんのりと和らいでいた。
その表情を見て、言っている事は嘘でもやせ我慢でもない、とジタンもバッツも感じ取る。

 でも、とスコールは続けた。


「……少しだけ…不満、と言うか……」


 正しい言葉は見付からないが、判る言葉で表現するとそれになる。
こうしてスコールは、ウォーリアとのセックスについて不満を抱いている事を、ジタンとバッツに打ち明けた。

 ジタンとバッツは、ちらりと互いの目を見合わせた。
ナイーブなスコールの事だから、こうしたデリケートな話は、相手が誰であっても簡単に口にする事はないだろう。
それが、ちょっと押してみただけで零すと言う事は、随分と一人で考え込んでいたのであろうことが予想できる。
ならば零した今が何よりのチャンスだと、二人も真剣な顔でスコールと向き合った。


「ふーむ。主にはどの辺が不満なんだ?言える所だけで良いから、話してみろよ」
「……」
「ゆっくりで良いからさ」


 眉根を寄せるスコールは、あまりこの話題を続けたくはない、と吐露している。
しかし、一人で抱え続けるのも苦しいのはあるのだろう。
言葉を探すように視線を彷徨わせ、膝の上で手が握ったり開いたりと、胸中の葛藤を匂わせるように忙しくしている。

 余り自分から話をしないからか、スコールは主導で話をするのが苦手だ。
戦闘の事となれば違うのだが、それ以外は基本的に受動の姿勢である為、こうした相談事でも中々言葉が出て来ない。
スムーズに話を進めるなら、ジタンやバッツの方からあれはこれはと掘るのが良いのだが、今回の事はそれでは解決しないし、不用意に踏み込まれるのはスコールも嫌がるだろう。
だからスコールの方から発信する事で、二人が踏み込める位置も計れるようになる。

 たっぷりと時間を置いて、スコールは小さな声で言った。


「……あいつ、我慢してるんじゃないかって」
「リーダーが?」
「我慢って、例えば何を?」
「……あいつ…いつも一回しかしないから。 俺が、その……イったら、終わる事も多いし」


 ───スコールとウォーリアのセックスは、そう長い時間はかけられない。
ウォーリアがスコールを傷付く事を厭う為、慣らす時にはじっくりと時間がかけられる事が多いが、繋がってからは余り長くない。
時には、挿入してからの時間よりも、前戯の時間の方が長く感じる事もある。
それは明日の予定であったり、疲労の所為であったりもするのだろうが、スコールはもっと長く繋がっていたいと思う。
けれどウォーリアは、スコールが果てると終わりを促す事が多く、其処からスコールが続きを求めても、やはり長くは交わらない。
ウォーリアが達し、その間にスコールが二度も果てれば、もう終わりだ。
抜かれる事をスコールが嫌がり、駄々を捏ねるように縋り付いても、子供をあやすように慰められて、抱き締められている内に眠りに就く。
其処で寝てしまう自分も自分だが、寝かしつけようとするウォーリアの方にも原因はある、とスコールは思う。

 話を聞いたジタンとバッツは、腕を組んでうーんと唸る。


「リーダーだしなぁ……」
「欲薄そうっちゃ薄そうなんだよな」
「……」


 二人の呟きに、スコールも頷く。
頷くしかなかった。

 ウォーリアがスコールに対し、性的感情を少なからず抱いていた事を聞いた時は、ジタン達は勿論、其処から話を聞いたスコールも驚いた。
何処か人間味が薄いようにも見える、そうした欲とは全く無縁で、体もそれ相応に出来ていると言われても何も疑いようがない彼が、男としてスコールに劣情を抱いていた等と、俄かに信じられる話ではなかったのだ。
これが嘘と言うには、既にスコールは彼と体を重ねているので、其処まで疑うつもりはない。
ないが、欲があっても淡泊な人間はいるもので、やはりウォーリアにはそう言うイメージがあった。
だからスコールも、初めはウォーリアが淡泊な方であるだけで、それでも自分を抱いてくれるなら十分幸せだ───と思ってはいたのだが、


「……見た事あるんだ」
「何を?」
「…セックスの後、あいつが一人で抜いてる所」


 スコールの言葉に、あらまあ、と二人は目を丸くする。
スコールはと言うと、きっと見るべきではなかったのだろう場面を見た罪悪感と、それを相談とは言え他人に暴露している後ろめたさで、居た堪れなくなって縮こまる。
それでも、堰を切った感情は止まらず、その当時の事を彼は話し始めた。


「最初の頃は、俺も痛かったし、あいつも大変だっただろうから、一回分も出来なかった。でも、段々慣れて来て、出来るようになって。…もっと…したいって、思うようになって。出来そうだったからしたいって言ったけど、寝ろって言われた。疲れてるのは疲れてるから、寝れるけど……それで、ちょっと前に、寝そうだったけど目が覚めた時に、あいつが一人で抜いてた。俺が横にいるのに……」


 その日もセックスをして、スコールはもっと繋がっていたくて、二回目を強請った。
けれどウォーリアに宥められ、明日に響くから休みなさいと言われた。
聊か足りない気持ちもあったが、彼の腕の中に閉じ込められていると、伝わる体温や心臓の音が心地良くて、いつの間にか寝てしまう。
その頃からスコールは、なんだか上手く躱されているような、と思うようになっていた。
そんな気持ちが眠りを妨げたのか、常なら寝落ちている頃に、スコールはまだうつらうつらとしていた。
ウォーリアの方は、そんなスコールをもう眠ったものだと思ったのだろう。
抱き締めていたスコールから離れ、起き上がると、彼は一人で自身を慰めていた。

 見てしまったものだから、スコールはばっちり目が覚めた。
覚めたが起き上がる事は出来ず、寝たふりをしたまま、ウォーリアがオナニーを終えるのをずっと観察してしまった。
時折ウォーリアが此方を見るものだから、起きていると気付かれないように努めるのに必死だった。
長いような短いような時間を過ごした後、ウォーリアは声を殺して射精して、またベッドへと戻った。
───こう言う事が、一晩や二晩ではない回数で、起きている。


「わざわざスコールを寝かせてから、ねぇ」
「……」


 バッツの呟きに、スコールはきゅっと唇を噛んだ。
目の奥が熱くて、鼻がツンとする。
その感覚を堪えようとするスコールを、バッツはくしゃくしゃと頭を撫でて宥めた。
それを見ながら、ジタンが言う。


「セックスってまあ、ほら。やっぱり体力使うだろ?お前は受け入れる方だから、それも大変だろうし。ウォーリアはその辺の事を心配して、お前に無理させないようにしてるんじゃないのかな」
「……」
「リーダー、スコールの事すごく大事にしてるもんな。それはありそうだ」
「…俺は平気だって言ってるし、もっとしたいって言ってる」
「ああ、うん、そうだな……」


 ウォーリアがスコールの事を大切にしているのは、スコールも判っている。
重なる時の触れ方が、それを具に伝えてくれていた。
だが、不満───もっと正確に言えば、不安を抱いてしまったスコールには、安心できる筈のその温もりさえも、疑問を抱く種になってしまう。


「本当は……本当は、俺としたくない、のを。俺がしたがるから、我慢して付き合ってるんじゃ、ないかと……」


 言葉尻が段々と小さくなって行くスコールに、ジタンとバッツも眉尻を下げる。

 一度繋がって、その後、スコールが続きを嫌がっていると言うならともかく、スコールの方は望んでいるのだ。
それなのにウォーリアはスコールを寝かしつかせ、自分で処理をしている。
そんな事をさせる位なら、自分にやらせて欲しい、とスコールは思っているが、しかしそれを言い出すには羞恥心が強い上、どうして望んでいるのに、それも伝えているのに、やらせてくれないのだろうと言う疑問が消えず、不安まで呼び込んだ。
こうなるとスコールの思考は坂道を転げ落ちて行くだけで、不満と不安が渦巻き、幸せに感じる筈の関係さえも怖くなってくる。

 その不安を口にすると、一気に感情が膨れ上がって、スコールの目尻が潤んだ。
バッツがスコールの頭を抱えるように抱き締めて、濃茶色の髪をぽんぽんと撫でる。
子供扱いと同じあやし方を、スコールは振り払おうとはしなかった。
大人しくバッツの掌を受け入れているスコールに、ジタンは相当参ってるなあと頭を掻く。


(なんだってウォーリアはそんな事してるんだ?)
(ウォーリアもしたがってた筈なのになあ)


 バッツとジタンが視線だけで会話する。
二人は、セシルやクラウドと共に、ウォーリアの情操教育にも加わっていたので、彼がスコールに対して確かに欲を抱いていた事を知っている。
初めて二人が褥を共にした朝、ウォーリアが律儀にも礼を言いに来たので、ウォーリアがスコールと繋がれた事を喜んでいた事も。
その後、彼から性的な事で相談を受ける事はないが、スコールと共に過ごす事に不満はなさそうに見えた。
その見解がそもそも違っていたのだろうか、と観察眼に秀でた二人が改めて疑問を感じる程、スコールの語るウォーリアの行動には首を傾げるものがある。


「うーん……確か昨日も、スコールはウォーリアと一緒に寝たよな?」
「…ああ」


 ジタンの質問に、スコールはバッツの腕から抜け出して、小さく頷く。


「昨日はした?」
「……した」
「で、どうだった?」
「……してた」


 とことん主語を省いた問い方だったが、スコールはちゃんと読み取っている。
「した?」はセックスはしたかどうかで、「どうだった?」は終わった後のウォーリアは自慰をしていたか、と言う事だ。
それぞれに対するスコールの返答を聞いた所で、ジタンは唸る。


「ウォーリアの事だから、スコールに無理をさせたくないって言うのが一番有り得そうだけどな」
「一回した後、スコール、結構疲れてるんじゃないか?」
「……別に……」


 それ程でもない、とスコールは首を横に振った。
確かにセックスは疲れない訳ではないが、二回目が望めない程に疲労困憊している事はない。
その理由を、スコールは理解していた。


「…あいつ、いつも優しいんだ。優し過ぎる、ような気もする」


 ウォーリアはいつもスコールを大事に想っており、傷付けたくないと考えている。
戦闘で負った些細な傷でさえ、見付けては癒すように柔らかなキスをして、自身が治癒魔法が得意ではない事を嘆くような言葉を零す。
こんな環境なのだから、怪我など日常茶飯事だと言うのに。
その感情は褥の中でも当然抱いており、スコールが嫌がる事は勿論、痛みを感じるような事も、極力避けたいと考えているようだった。
その気持ちのあまり、長い前戯にスコールが根を上げる事もある程で、そうしてねだってもまだだと進んでくれない事さえある。
そう言う時はスコールが泣きが入った所で、ようやく焦らし過ぎたと察して、進んでくれるのだが。
そう言った事を思うと、スコールに負担をかけさせたくない余りに、まだ足りない事を隠して寝かしつけようとしている事も考えられる。

 だがそれだけでなく、繋がった後でさえ、ウォーリアは優しいのだ。
押さえ付ける事は勿論、スコールの躰の何処かを強く掴む事もない。
剣や盾を握るあの皮の厚い手が、柔らかく包み込むように、スコールの躰に触れる。
律動はゆっくりとしており、スコールの表情を常に確認しながら刺激を与えているように見えた。
スコールが少しでも痛がったりすると、すまない、と謝る。
別に良いのに、とスコールが言っても、ウォーリアは殊更スコールを大事にするばかりで、無理を強いる事はなかった。
それだけを聞けば、優しい恋人だ、と言えるのだが、


「…もっと…思い切りやっても、良いのに……」


 ぽつりと呟くスコールが、そうされる事を望んでいるように見えたのは、ジタンとバッツの思い違いではないだろう。
ウォーリアの優しさは嬉しいが、時には激しく求められたい。
スコールは相手から求められる事で、自分が相手にとって無価値ではないと感じ、安心を覚えるタイプだ。
そんな彼にとって、今のウォーリアとの睦み合いは、嬉しくも寂しくも感じられるのだろう。
その上、セックスをした後にウォーリアが一人で処理をしている所を見てしまっているものだから、自分とのセックスに不満があるのではないか、本当はしたくもないのでは、と考えてしまうようになったのだ。

 スコールの話は其処までだった。
口を噤むのが常である彼にしては、かなり深い所まで打ち明けてくれたと言って良いだろう。
だからスコールの抱える気持ちに関しては、これ以上の正直なものはない筈だ。
───となると、判らないのはウォーリアの方だった。


「オレ達からウォーリアに訊くのは、どうなんだろうなー」
「訊けば答えてはくれそうだけどな。で、聞いた事をおれ達からスコールに、って言うのも出来なくはないけど……それならスコールが直接聞いた方が良いのかな?」
「……それは……」


 そんな事が出来るなら、こうして悶々と過ごしてはいない。
スコールの苦い表情がそれをありありと語っており、だよなあ、とバッツは苦笑する。


「じゃあやっぱりおれ達が聞こうか?」
「……」


 それも、とスコールの眉間に皺が寄る。
はっきりさせない事には、ウォーリアの本心も、自分の気持ちの落とし処も見付からないのだが、踏み込む勇気がスコールにはなかった。
一人で考え続けている内に、完全に下り坂になってしまった思考は、最悪のパターンしか思い浮かべる事が出来ない。
だが、その結末だけは避けたいし、それだけはない、とも思いたいのだ。
思うが確かめるのが怖い、と泣き出しそうな貌をするスコールに、ジタンとバッツも首を捻る。


「うーん……どうしたもんかなあ」
「ウォーリアの気持ちが確かめられれば、一番良いんだよな」
「……ん」
「でも直接聞かれるのはちょっとイヤ?」
「……ん…」


 自分が言っている事が、矛盾した我儘である事は、スコールも自覚しているのだろう。
確かめるように言うバッツに、スコールは気まずそうに俯きながら頷いた。
それを受けて、じゃあ……とバッツはしばし考え、


「あっちの方からもっとセックスしたいって思うように出来たら、良いかな?」
「…?」
「なんだそりゃ?」


 バッツの提案に、スコールだけでなく、ジタンも首を傾げる。
いまいち要領を得ないと言う二人に、バッツは噛み砕いて言った。


「リーダーがスコールとセックスするのを嫌がってるとは思ってないんだ、おれは。多分、スコールに無理させないようにとか、そっちの方だと思う」
「ああ、それはオレも思う。スコールと一緒に寝た後のウォーリアって、朝からちょっと機嫌良いしな」
「………」


 ジタンの言葉に、そうなのか、とスコールが目を瞠る。
ほんのりと頬を赤くするスコールに、ちょっと気持ちが上向いたな、と二人は察知した。
それなら今の内に思い切った決断をさせれば、事態を動かす切っ掛けに出来るだろう。


「だから、ウォーリアの方の、スコールともっとセックスしたい、って言う気持ちを我慢できないようにさせれば良いかなって」
「そんなの、どうやって……」
「そりゃあやっぱり、色仕掛けって奴だろ」
「は?」


 それが最良、と言わんばかりの口調のバッツの言葉に、スコールはぽかんと口を開けた。
そんなバカな真似、と言いかけたスコールだったが、ジタンがすかさず援護射撃を撃った。


「試してみる価値はあると思うぜ」
「あんたまで……」
「そりゃお前らが問題なく過ごしてるなら、必要ない事だけどさ。色々思う所はある訳なんだし。だから、そうだな、先ずは……そうだ、お前ってセックスする時に誘ったりした事あるか?」
「誘っ……」


 ジタンの明け透けな質問に、スコールの顔が赤くなる。
なんでそんな質問を、と言わんばかりの目がジタンを睨んだが、ジタンは至極真剣な顔をしていた。
その顔に見返されると、自分の方も相談した事もあり、言いたくないと跳ね除けるには聊か気が引けてしまう。


「……誘…って、ない、ことも……ない…」
「お、そうなの?」
「……大体、俺の方から、言うから」
「おお」


 結構頑張ってるんだな、と言うジタンに、スコールは羞恥心がピークに達したのか、じろりと睨みつけた。
が、ジタンは構わず、


「じゃあウォーリアの方から誘って来た事は?」
「……ない、と思う。最近は特に…」


 明確に首を横に振らなかったのは、雰囲気のようなものに促されて、ベッドに入る事もあるからだった。
付き合い始めたばかりの時は、特にそう言う場面も多かったと思う。
しかし時間が経つに連れ、スコールの方からぎこちなく誘う事が多くなり、ウォーリアの方から行為を促してくる事はなくなった。
ウォーリアが誘うよりも先に、我慢できなくなったスコールの方から誘っている、と言う所もなくはないが───

「じゃあ其処が狙い目だな」


 ポイントを見付けた、と言うジタンに、バッツも頷く。
スコールだけが、どう言う事だ、と首を傾げていた。


「先ずはスコールから誘うのをしばらく我慢する所だな。ウォーリアの方から誘ってくるのを待つんだ」
「ちょっと寂しいかも知れないけど、ちょっとの間の辛抱だから」
「……」
「そんで、ウォーリアの方から誘いたくなるような仕草や格好をしてみるとか」
「……仕草……格好?そんなもの、どうやって…大体、何をすれば」
「そうだなぁ。相手がリーダーだしなぁ」
「格好は探してみようぜ。モーグリショップに行けば、何か見付かるだろ、多分」
「仕草はおれが教えよっか?“踊り子”の“いろめ”を応用すれば色々使えると思うんだ」
「オレも演技なら出来るから、やれそうな事は教えてやるよ」
「……ん」


 頷くスコールの頭の隅で、何やら妙な話になっていないか、と冷静に言う声がする。
しかし、ジタンもバッツも、決して茶化して言っている訳ではないし、彼らなりにスコールとウォーリアの仲を案じての助言である。
一人で考え続けて、悪い方向にしか考えられなくなっていた事を思うと、やはり誰かに相談すると言うのは大事な事なのだと思い知らされる。

 ジタンとバッツの提案を、真剣な顔で聞くスコール。
その様子を見ながら、相当煮詰まっていたんだなあ、と思う二人であった。




 秩序の聖域を中心として、ウォーリアが近辺の見回りに出るのは、日課となっている。
女神の庇護が届く範囲には、余り魔物もイミテーションも姿を見ないが、かと言って全く確認されない訳でもない。
日毎に強くなる混沌の神の影響により、イミテーションは数を増し、それを生み出す歪の出現も増えている。
新たに生まれた歪で生まれるイミテーションは、初めの内は特に脅威に感じる事はない程度のレベルなのだが、時間が経つと成長していく。
強いイミテーションを生み出す歪が、聖域の近くに出来ると言うのは恐ろしい。
その危険性もあって、聖域周辺の見回りと言うのは欠かせないものだった。

 ウォーリアは周辺を一回り、二回りとして、今日の見回りを終えた。
昨日は歪を一つ解放したが、今日は赤い紋を冠した歪を見付ける事はなかった。
明日になればどうなるか判らないが、今日の所は平穏、と見て良いだろう。

 聖域の屋敷へと戻ると、哨戒に出ていた仲間達も戻って来ていた。
恋人のスコールも、いつもと同じようにジタンとバッツと共にいて、何かを真剣な表情で話し合っている。
此処しばらく、三人のこうした光景はよく見られており、何か気になる事でもあるのかと、ウォーリアやクラウド、フリオニールと言った面々が声をかけているのだが、彼らは揃って「なんでもない」の一点張りであった。
どうやら三人だけで話し合いたい事があるらしい。
それを聞いた時には、揉め事でもあったのかとも思ったのだが、どうやらそう言う訳でもないようだ。
どうしても委細を教えてくれないので、彼らの話し合いの内容は、誰も知らない。

 スコールが専らジタン達と話し合いをしている為、ウォーリアは此処数日、彼と触れ合う時間が減っていた。
元々、触れ合う事には消極的な節があるスコールと、その手の事には全く知識も経験もないウォーリアであるから、付き合っていても触れ合いが少ないのは、特に珍しい事ではなかった。
だが、それは以前───二人が体の関係を持つ前の話の事だ。
一度繋がり合うと、その温もりと安心感が忘れられなくて、二人は一緒にいられる時間があれば、些細な触れ合いをしていた。
翌朝の事が心配なければ、体を重ねる事も。
特にスコールの方は、深く繋がり合う事にこだわりがあるのか、そのつもりなく過ごしている時でも、ウォーリアに情事を求める事も多かった。
しかし、最近はジタン達との話し合いを一日中続けている事が多く、夜にウォーリアの下を訪れる事はなかった。

 元々スコールは、仲間内の中では、ジタンとバッツと最も親しかった。
ウォーリアとは恋人同士であるが、共に過ごした時間が長いのは、きっと彼等の方だろう。
ウォーリアとの仲についても、色々と相談をしたらしく、だからこそ二人の想いが無事に実る事が出来た。
その後もスコールが気になる事、不安に思う事があると、聡い二人が素早く駆けつけて来て、あれこれと世話を焼いていると言う。
お節介だ、とスコールは言うが、そんな風に行動してくれる彼等がいてくれるから、今の自分達が在るのだと言う事は理解している。
ウォーリアもその感謝は絶えないので、スコールが彼等と親しく過ごせる事は良い事であると判っていた。

 判ってはいるのだが、恋人と言う関係になると、どうしてか狭量になるらしい。
ウォーリアは時折、スコールと特に親しい二人に対し、じんわりとした重い感情を持つ事があった。
それが嫉妬と言う名の感情であるとクラウド達に教わり、自分が存外とスコールを束縛したがっている事を知って驚いた。
同時に、決してスコールの自由を奪いたい訳ではないのだと言う、矛盾した感情も持っている。
───それが誰かに恋し、愛すると言う事なのだと、セシルは言っていた。

 此処数日、スコールを捕まえている格好になっているジタンとバッツに、ウォーリアは嫉妬を抱いていた。
しかし、だからと言って何をする事もない。
スコール達は真剣な表情をしているから、何か大事な話をしているのだろうと言う事も判る。
其処に自分が入れないのは寂しいものがあったが、三人で成立している話をしているのなら、ウォーリアが割り入っても邪魔になるだけだろう。
繰り返されるが、ウォーリアは決して、スコールを縛りたい訳でも、彼のしている事を狭めたい訳でもないのだ。

 ただ、触れ合う時間が少ない事に対して、一抹の寂しさは消えない。
思えばスコールは、体を重ね合うようになってから、案外と頻繁にウォーリアの下を訪れていた。
しばらく顔を見てなかった、話をしていなかった、やっと帰って来たから、ただなんとなく────そう言う理由で、彼はウォーリアの部屋へ来る。
哨戒から戻ったウォーリアが、スコールの顔が見たい、声が聴きたい、と思っていると、まるでそれを感じ取ったように、扉が叩かれる事もあった。
……そう考えてみると、二人の触れ合いの時間と言うのは、スコールの行動によって齎されていたのだと言う事が判る。

 ────私も、彼の下に行くべきだろうか。

 そう考えはしてみたウォーリアだが、タイミングが判らない。
スコールは、日中だけでなく、夜もジタン達と話をしているらしい。
場所は彼の部屋だったり、ジタンかバッツの部屋だったりしているようで、夜半にそれぞれが集合場所から部屋へと帰って行く様子が確認されている。
遅くまで話し合いをしている事もあるようで、それを邪魔するのは如何なものか、と言うブレーキが働いた。
そうしている内に、時間ばかりが過ぎて行く。

 気付けば一週間、ウォーリアはスコールと共に過ごす事が出来なかった。
たかが一週間ではあるが、されど一週間である。
それぞれが入れ違いに哨戒に出て、顔を合わせなかった事は珍しくない筈だったが、傍にいるのに時間を共有していない、と言う事はこれまでない事だ。
戻って来た時、彼の顔が見たいと思えば見る事が出来たし、その日の夜は一緒に眠ったりもしていた。
しかし、今はそれすら過ごしていない。
そう言った事を自覚すると、これまで共に過ごした時間の濃密さが途端に膨れ上がり蘇って、同じものを欲してしまう。

 しかし、真剣な三人の邪魔は出来ない。
それが終わるまでは、自分は待つしかないだろう、とウォーリアは思っていた。
思っていたのだが、何処か虚しく、やり場のない気持ちが、胸中でいつまでもゆらゆらと揺蕩っているような気がする。

 今日もウォーリアは、スコールと会話らしい会話をしないまま、夜を迎えた。
見回りから戻った時、リビングから部屋へと移動するスコール達と逢って、「戻った」「ああ」と言うごく短い遣り取りを交わしただけで、スコールは直ぐにジタンとバッツと共に行ってしまった。ウォーリアはその背を追い、恋人を引き留めたい衝動に駆られたが、ジタンとバッツに「もうちょっとだけな!」と詫び手で言われて留まった。
観察眼に長け、スコール相手でなくとも、人の機微に聡い彼らの事だ、彼等もスコールを独占している形になっている今、ウォーリアが思っている事を感じ取っていない訳ではないのだろう。
それでももう少しだけ、と詫びられては、ウォーリアは持ち上げかけた手を下ろさざるを得ないのであった。

 何処か暗くなった気がする気分を晴らすように、ウォーリアは風呂に入った。
そう言えば、前にスコールと風呂に入ったのは何時だっただろう。
平時は眉間に皺を寄せ、全身で気を張っているようにピンと伸ばした背中を丸め、白い肌を上気させているスコール。
柔らかい髪がしっとりと水分を含み、濡れた頬に張り付かせて、鬱陶しそうに長い前髪を掻き上げるスコール。
細身の体は引き締まった肉がついているが、ウォーリアから見れば華奢に思えて、細い腰はウォーリアの大きな両手で簡単に覆えてしまう。
その腰を掴んで、深くまで繋がり合ったのは、いつ────と其処まで考えて、ウォーリアは額に手を当てた。


(……此処しばらく、そんな事ばかりを考えているような気がするな)


 毎夜、と言う訳ではないが───と思った後で、いや、と否定する。
ふとした時にスコールの姿が脳裏に浮かぶと、ついつい情事の事を思い浮かべてしまっている。
まるでそればかりを求めているようで、そう言う訳ではないのだが、と誰に対してか言い訳めいた事を考えてしまうウォーリアであったが、


(………)


 浮かんでしまった情景は消えず、ウォーリアの躰の奥で、ふつふつと熱が上がって来る。
下肢が判り易くなっていくのを自覚して、ウォーリアは湯舟から上がると、シャワーを水の温度のままで出した。
頭から水を浴びて、温度差に体が嫌気を訴えていたが、構わずに全身を濡らしてから風呂を後にした。

 手早く着替えて脱衣所を離れたウォーリアは、部屋に戻る前に書庫に向かう事にした。
このまま眠るには聊か難しい気がして、収まるまでの暇潰しが欲しかったのだ。
本音を言えば、恋人の顔を見に行きたい、と思ってはいたが、


(……いや)


 今はいけない、と自制が働いた。
水を浴びたので少しは収まったと思いたいが、それは自己暗示に過ぎない事を、ウォーリアの躰は否応なく示している。
話し合いをしているスコール達の邪魔はしたくないし、何よりも、ウォーリアは彼に無理をさせたくなかった。

 書庫の前に来て、さて何の本を探そうかと思いつつ、ドアノブに手をかける。
それを回そうとした所で、傍の階段を下りて来る足音と共に、名を呼ぶ声があった。


「おーい、ウォーリア!」


 呼ぶ声は一つだったが、聞こえる足音は二つ連なっていた。
ウォーリアがドアノブを握ったままで階段方向へと顔を向けると、曲がり壁の向こうからジタンとバッツが顔を出す。


「今から読書か?暇潰し?」
「そうしようと思っていた所った」
「じゃあ良かった。スコールが話がしたいってさ」
「スコールが?」


 バッツの口から告げられた名前に、ウォーリアの手がドアノブから離れる。
身体ごと向き直ったウォーリアに、ジタンとバッツは揃って手を合わせ、


「此処んとこスコール取っちゃってごめんな」
「もう落ち着いたからさ。オレ達は引っ込むよ」


 それだけを言うと、二人は「じゃ!」と挨拶もそこそこに、ウォーリアの反応を待たずに踵を返し、降りたばかりの階段を上っていた。
ウォーリアが呼び止める暇もなく、その影は階段の影に消える。

 一人残されたウォーリアは、数秒、其処に立ち尽くしていたが、行かなければ、と思うと自然と足は動き出した。
三階建ての屋敷で、二階の五つ並んだ部屋の真ん中がスコールの部屋だ。
左右を挟むのはジタンとティーダだが、どちらの部屋にも人の気配は感じられない。
ティーダはフリオニールとセシルと共に出ており、戻ってくるのは、何事もなければ明日か明後日かと言う予定だ。
ジタンは三階にあるバッツの部屋に行ったのだろうか。
何処かしんと静まり返っているようにも見える廊下を進み、ウォーリアは目的の扉の前で立ち止まる。
部屋の主はいる筈だが、此処も酷く静かであった。
だが、ジタンとバッツの言葉を信じるならば、無人ではない。

 ウォーリアは緩く握った手の甲で、コツコツ、と扉をノックした。
その作業が随分と久しぶりだったように思うのは、この一週間だけでなく、平時からウォーリアがスコールの部屋を余り訪れていなかったからだ。
ウォーリアが彼の下に行く前に、スコールの方から来ていたから。

 一度目のノックに反応はなかった。
もう一度ノックをしてみると、これも反応がない。
これにはウォーリアも首を傾げ、三度目のノックを試してみるが、返って来たのは沈黙のみだった。


(バッツは、スコールが話をしたいと言っていたが)


 それなのに部屋の主が迎え出てくれないのはどう言う事だろう。
ウォーリアはしばし考えた後、思い切ってドアノブを握った。
捻ってみると抵抗なくノブが回り、鍵がかかっていない事を伝える。
普段、誰かの勝手な侵入を極端に嫌うスコールには珍しい。
ジタン達が出た直後だからと言う事も有り得るが、それでもプライベート空間の保持に強い意識を持つスコールには滅多にない事だった。


「……スコール。入って良いか」


 部屋の主はいる筈と思いながら、声をかける。
やはり返事はなかったが、ウォーリアは「邪魔をする」と断ってからドアを開けた。

 部屋には煌々と明かりが点いており、デスクの椅子が後ろ側を向き、ついさっきまで人が座っていたのであろう事が判る。
恐らく、其処にいたのはジタンかバッツなのだろう。
部屋主である、とウォーリアは考えなかった。
何故なら、部屋主はベッドの上で白シーツの虫になっていたからだ。


「スコール」


 呼びかけると、びく、とシーツが跳ねた。
眠っている訳ではないようだと、ウォーリアはもう一度「邪魔をする」と言って、中へと入った。

 スコールはベッドの上でもぞもぞと身動ぎをしていた。
しばらくすると、シーツの端からひょこりと濃茶色が覗いて、頭だけが出て来た。
壁の方を向いていた頭がくるりと回って、ブルーグレイの瞳がウォーリアを捉える。
途端、スコールは真っ赤になって、また布団の中へと引っ込んでしまった。
ウォーリアはそんなスコールがいるベッドの横へと立ち、


「スコール。バッツから、君が話したい事があると聞いた」
「……」
「だが、もし体調が悪いのなら、今は無理をせずに休んだ方が良い」


 ベッドから出て来る様子のないスコールと、顔を赤らめていた様子から、ウォーリアは彼の体調が思わしくないのではと考えていた。
こんな状態でも話をしたいと言うのなら、大事なことなのかも知れないが、それよりもスコールに体を休めて欲しいと思う。
話があると判っていれば、体調が治ってからでも、向き合う事は出来るのだから、ウォーリアはそれまで待つつもりだった。
此処数日、挨拶すらも何処か気もそぞろであったスコールを見ていた事を思えば、その程度を待つ位なら大したものではない。

 すると、スコールがまたもぞもぞと動いて、布団から顔を出す。
耳まで赤い様子に、やはり体調が悪いのか、しかしそれなら、どうしてバッツ達はスコールを休ませようとせずに、話をさせようとウォーリアを呼んだのだろう。
どちらかと言えば、本人以上にスコールの事はやや過保護気味になるバッツにしては珍しい事だ。

 バッツとジタンの行動の意味を考えていると、スコールが緩く頭を振る。
目元にかかる前髪を嫌ったようにも見えたが、


「……別に…何処も、悪くは…ない」
「そうなのか」
「……ん」


 嘘じゃない、と頷いて見せるスコール。
それならウォーリアは安心するのだが、では何故ベッドから出て来ないのか。
スコールが何かあるとベッドに籠る癖があるのは知っているが、今日はその癖とも様子が違うように見える。
ウォーリアのその勘は当たっていた。

 スコールはうう……と唸って、眉間に皺を寄せて目を伏せる。
何かを考え、躊躇している時の顔だった。
スコールは色々と考え込み、溜め込みやすいので、処理しきれない感情を抱えている時、頻繁にこんな顔をする。
今も何かを考えているのだろうが、その正体がウォーリアには読み取れなかった。

 しばらくそのまま過ごしていたウォーリアとスコールだったが、


「……あいつら、覚えてろ……」


 怨々とした色の籠った呟きを漏らした後、スコールは起き上がった。
シーツに包まった身体が起きると、白い波が内側から開かれる。
そうして露わになったのは、酷く薄く頼りない布を身にまとった恋人の姿だった。