1 days album


 ───す、と意識が浮上する。
その流れに逆らわずに目を開けると、ベッド横の窓辺から差し込む光が網膜を刺激した。
光情報が脳に伝わった頃に、ああ朝か、とレオンは認識した。

 包まっていた毛布を退かせて起き上がり、ベッドを下りる。
人が通る分だけの隙間を開けて、もう一つベッドが並んでおり、其処には金髪頭の青年が寝転んでいる。
此方はまだしばらく起きそうにない。
ちらりと時計を見れば、午前五時を指しており、休息時間が終わるまでは後一時間と言った所。
もう少しだけ寝かせておいても問題はあるまいと、レオンは青年を放置し、洗面所へと向かった。

 洗面所で鏡を見れば、想像していた通り、酷い寝癖がついている。
ダークブラウンの長い髪は、ただでさえ柔らかい所為で癖が付き易い髪質をしている上、肩下まで長く伸ばしているので、毎朝酷い有様になる。
幸いな事に、湿気を含ませれば直ぐに直ってくれるのだが、毎日のように寝癖を直すのは面倒臭い。
しかし、毎朝起きて鏡を見る度、流石にこれを放置は出来まい、と思うのだ。

 寝癖直しやワックスなどで髪を直して部屋に戻った所で、腕時計がアラームを鳴らす。
目覚まし用にセットしていたものだったが、レオンは大抵、これが定刻を鳴らすより早く目を覚ます。
この時間に起きる、と言う時間が来る前に目が覚めるのは、レオンの昔からの癖だった。
正直、アラームがなくても指定の時間に起きれる自信はあるのだが、若しもと言う事もあるし、何より───


「起きろ、クラウド」


 未だ惰眠を貪っている金髪頭に声をかける。
しかし、金髪頭は微動だにせず、シーツに頭を埋めて暢気に寝息を立てていた。

 寝返り一つ打たず、すーすーと眠るこの男は、レオンの仕事のパートナーだ。
何事にもマイペースなこのパートナーは、寝起きに関しても非常にマイペースで、仕事の持ち時間が回って来ても寝ている事も多い。
今日も放って置けば眠り続けるだろう彼を起こす為、レオンはベッドの横からマットの下に手を入れ、勢いよく持ち上げる。
どどっ、と音がして、ベッド上の住人が転がり落ちた。


「……痛い」
「よし、起きたな」


 くぐもった小さな文句など無視して、レオンはベッドマットを元に戻す。
転がり落ちたパートナーの姿を確認する為、反対側に廻ると、ベッドとベッドの細い隙間で俯せになっている人間がいた。


「…眠い」
「駄目だ。さっさと顔を洗って来い」


 本人と一緒に転がり落ちたシーツを掻き集め、再び包まろうとするのを察して、レオンは一足先にシーツを掴んで取り上げた。
布の鎧を取り上げられたパートナーは、眠そうな目を擦りながら、渋々と起き上がる。

 レオンがアラームをセットするのは、専ら、この寝起きの悪いパートナーの為だった。
このアラームが鳴ったら、パートナーを起こす。
本当なら自力で起きて欲しいのだが、超マイペース人間にそれを期待するのは高望みだと、随分前に学習した。
それからレオンは、自分の為ではない───半分はあるけれど───アラームをセットし、それでいて尚寝汚いパートナーの世話を焼く事を厭わなくなった。
手のかかる年下の面倒を見るのは慣れているから、多少の煩わしさは気にならなかったし、仕事のついでだと思えば苦ではない。

 レオンの仕事は、世界的に有名な大手セキュリティ会社『ミッドガル』に務めるSeeDだった。
SeeDとはミッドガル社で要人警護や魔物討伐の依頼を受けて動く人間の事を総称する。
ミッドガル社に限らなければ、SPと呼ばれるような職種だ。
SeeDは実力と業績によってHからSランクに分けられており、レオンは最高レベルのSランクを三年前に取得していた。

 パートナーの金髪頭の青年もSeeDだ。
名前をクラウドと言い、レオンよりも四つ年下で、SeeDランクは上から三番目のBランクと言う位置。
本来なら、パートナーは出来るだけ同ランクの者から選ばれるのだが、ただでさえSランクは数が少ない為、レオンと同じSランクのパートナーがつくのは難しかった。
だが、レオンはパートナーがクラウドである事に否やを唱える事はない。
彼が自分のパートナーとなる理由も、その経緯も、全て知った上で、彼と組む事を了承しているからだ。

 顔を洗って戻ってきたクラウドは、冷水のお陰で多少睡魔は飛んだものの、まだまだ気怠そうな表情をしている。


「……腹が減った」
「冷蔵庫に支給のサンドイッチがあっただろう」
「一個じゃ足りない」
「俺のも食べて良い」


 言いながら、レオンは自分の朝食用にコーヒーを淹れる。
インスタントのコーヒー一杯、それがレオンの今日の朝食だ。
レオンは、昔から然程量を食べる事はなく、朝など何も食べない、若しくは今日のようにコーヒー一杯で済ませるのは日常的な事だった。

 クラウドが冷蔵庫からサンドイッチを二つ取出し、一つのビニールを切って口に運ぶ。
もごもごと口を動かして飲み込んだ後、クラウドはごく当たり前のようにレオンのコーヒーに手を伸ばし、己の胃へと流し込む。


「せめて一言断れ」
「……レオン、これ不味い」
「インスタントだ、文句言うな」


 と言うか、そもそも無断で飲むな───と言う言葉は、言うだけ無駄なので、飲み込む事にする。


「インスタントでもいつも美味いの淹れるじゃないか」
「じゃあ水の所為だろう。此処はバラムじゃないからな」


 レオンが徐に部屋のカーテンを開けると、薄暗い朝日の中、高層ビルの並ぶ光景が窓の向こうに広がっていた。
このホテルもそれなりに高層に作られており、レオンとクラウドがいるのは地上14階になるのだが、それすら霞んでしまいそうな程、高いビル群が居並んでいる。
下を見遣ればバスやら車やらが行き交い、大量の排気ガスを吐き出している。


「…コーヒーって水が違うと味変わるのか」


 もう一口、勝手にレオンのコーヒーに口を付けて、クラウドが言った。


「コーヒーに限らず、料理の類はどれもそうだ。いや、料理と限定する事もないな」
「ふーん」
「……おい、全部飲むな」


 不味い不味いと言いながら、残りを全て飲み干そうとしているクラウドに、レオンは眉根を寄せた。
カップがソーサーに戻った時には見事に空っぽと言う有様。


「不味いんじゃなかったのか」
「不味いけど此処にあったから」


 だから手が伸びたんだと言うクラウドに、レオンは額の傷に手を当てて、大きな溜息を吐いた。

(……まあ、いいか)

 今からまた淹れ直して飲もうと思う程コーヒー党ではないし、一応胃の中にものは入れた(こんなの食べた内に入らない、と言ったのはよく食べる同僚だったか)。
レオンはコーヒーカップとソーサーを洗面所で軽く洗い流し、水滴を拭き取って、テーブルの上のトレイに戻す。

 レオンは自分が横になっていたベッドに戻ると、ベッドサイドの小さなチェスト上に投げていたジャケットを取って袖を通した。
それから同じくサイドに置いていた黒い革グローブを取り、手に嵌める。
いつも通り、馴染んだ動き易い格好になって、最後にベッド横に置いていたガンブレードを腰ベルトに繋げて固定した。


「そろそろ時間だ。クラウド、五分で準備しろ」


 レオンの言葉に、サンドイッチの最後の一口を噛んでいたクラウドが頷いた。
そして彼はレオンに言われた通り、五分きっちりで自分の準備を整えたのだった。





 大国ガルバディアの首都、デリングシティ───此処が今回のレオンとクラウドの任務地だった。
内容はガルバディア現大統領のビンザー・デリング氏の在任五周年記念パレードの警備。
護衛につくのはミッドガル社のSeeDだけではなく、ガルバディア軍の防衛部隊や、ガルバディアで名のあるセキュリティ会社のSPなども任につく。
護衛の様子を見ると、はっきり言ってSeeDはいらないのではないか、と思える程にガルバディア軍が厳重な警戒を敷いているのだが、最近の世界情勢では、それだけやっても不安になる要素が幾つもあった。

 今現在、世界情勢はとても不安定な状態を続けている。
ガルバディアは十年前に軍事政権を脱し、民主主義を声高に叫ぶ国となったが、その実、まだまだ政治権力で大きく幅を利かせているのは軍部であった。
しかし軍部の中でも様々な派閥争いが起きており、軍事派と穏健派の他、漁夫の利を狙う者などがひしめいている。
また、ガルバディアは古くからの軍事政権によって、他国を侵略しながら国土を広げて行った国である為、こうした歴史に反発している人間は少なくない。
十七年前の戦争以前より、ガルバディア領とされて以来圧制を強いられているティンバーには、沢山のレジスタンスが潜んでいると言う情報もある。
国内でさえこの騒がしさだと言うのに、昨今は南方のイヴァリース大陸でアルケイディア帝国とダルマスカ王国が敵対関係を強め、その利を攫おうとロザリア帝国が動向を伺っている。
ガルバディアはアルケイディア帝国との結びつきが強く、ガルバディアで作られた武器弾薬類を売買していると言う噂もあった。
噂の真偽は今の所白黒はっきりとしない所だが、世界中が友好路線を辿ろうとしている今、そうした行為を匂わせるガルバディアを睨む国は多い。
更に五年近く前から、世界的に有名な国際テロリスト集団の露骨で過激な活動も増えた。

 正に不安要素だらけ。
その上、最近は機械や科学技術、そして魔法技術の発達のお陰で、従来の銃火器に頼るだけの戦いは難しいものとなった。
ガルバディアはこの点に置いて世界から出遅れた傾向があり、軍の装備も銃火器を主とした、旧式然としたものとなっている。
これは国防上、大きな痛手で、嘗ての軍事大国も、今や自軍だけでは自国を守る事も難しい、と昨今の軍事評論家に言われる程であった。

 こうした事情により、ガルバディアは自国で国際的な会談であったり、公式的な大きな行事がある時、他国のセキュリティ会社に護衛の依頼をするようになった。
ガルバディアは何かと派手なパレードや祭りがあり、それも街ぐるみで行う行事が多い為、警備に必要となる人数も半端な数ではない。
お陰でセキュリティ会社としてはすっかりお得意様扱いだ。
最も、レオンにとって仕事は仕事、それ以上でも以下でもないから、お得意様だからと特別に気を回すような事はしない。

 デリングシティの象徴的存在とも言える、巨大な凱旋門の前で整列したSeeD達を前に、レオンは諸注意と連絡事項の説明を終えると、直ぐに散開して持ち場に向かうように指示を出した。
SeeD達は顔の横に手の甲を構えると言う独特の構えを見せて、それぞれ配置された場所へ走る。

 そんな中、ぽつんと残った金髪頭の男────クラウド。
彼はレオンのパートナーであるから、担当場所はレオンと同じ所になる。
二人の警備担当区域は、この凱旋門から真っ直ぐ進んだ所にある大統領官邸を繋ぐ一直線のルートだ。
此処は今日のパレードでパレードカーが通過する最も盛り上がる場所なので、警備の人数も他の場所に比べて倍近く配置されている。
その半分以上がガルバディア軍所属の兵で、銃器を構えて睨みを利かせ、辺りを警戒して回っていた。


「これだけ警備がいるなら、俺達はサボっていいんじゃないか」


 自身の身長とほぼ同じ大きさの大剣───バスターソードを担いで呟いたクラウドに、レオンは短く溜息を吐く。


「だとしても、この仕事が終わるまでは、持ち場から離れる訳には行かない」
「ザックスからショッピングモールに行こうってメールが来た」
「終わってからの話だろう。パレードは正午には終わる。そうしたら仕事は終了、後は好きにして良い」


 だからそれまで我慢していろと言うレオンに、クラウドは眉根を寄せ、拗ねたように首元の赤いマフラーに顔を埋める。
ケチ、と呟くのが聞こえたが、無視した。

 レオンの胸ポケットで携帯電話が震える。
取り出して液晶画面を確かめると、メールの着信だった。
送り主は『Tidus』で、画像が添付されている。
開いてみると、レオンとよく似た顔立ちで、けれどもまだ幼さのある雰囲気を残した少年と、金髪の日焼けした少年が写っていた。
レオンとよく似ている少年は、スコールと言う名で、正真正銘、レオンと血の繋がった兄弟だった。
金髪の少年の名はティーダと言い、スコールの幼馴染であり、レオンにとっては彼もまた弟のような存在である。

 画像と一緒に添えられた文章は、なんとも他愛のないもので、


『おはよーっス!今日はガーデン休み!レオンは今日で仕事終わりなんだよな?スコールが美味いモン作って待ってるって!』


 いつも元気の良い幼馴染の少年は、文章だけでもそのエネルギーが伝わって来そうだ。
対して弟の方は、寝起きなのか、些か眠さと不機嫌さを残した表情を浮かべてティーダを横目で睨んでいた。


(そうか、今日は日曜だったな)


 スコールとティーダは共に十七歳で、ガーデンと言う就学機関に通う、云わば学生と言う身分にあった。
学生にとって、全面休日になる日曜日と言うものは、何よりも羽根伸ばしに最適な日だ。
しかし羽根の伸ばし方と言うものは各個人によって違いがあり、例えばスコールなどは、何処に行く事もなく、家の中でのんびり過ごしたいようだった。
レオンもたまの休日には同じように考えるので、出不精とまでは言わずとも、不必要に動きたくない気持ちは判る気がする。
しかしティーダの方は、元気印の塊のような性格だから、休日は何処かに遊びに行きたくてたまらないらしい。
今日も今日とて朝から隣家の幼馴染宅に襲撃をかけ、休日の朝の惰眠を貪るスコールを起こし、この写真を撮るまで漕ぎ着けたのだろう。
写真に写ったスコールの表情が不機嫌なのは、恐らくその所為だ。

 レオンは返信ボタンを押して、手早く文章を打つ。


『おはよう。遊びに行くなら、車には気を付けろよ。仕事は正午に終わるから、そっちに帰るのは夕方頃になる。夕飯を楽しみにしている』


 ───送信完了。

 その画面を確認した直後、酷く近い位置から圧迫感に似た視線を感じて、レオンは眉根を寄せた。
顔を上げてみれば、予想通り、鼻頭が掠れそうな程に近い位置にパートナーの顔がある。


「近い。何してるんだ、お前は」
「嬉しそうだったから、何してるのかと思った」
「ただのメールだ」


 年の割に童顔と言われる顔を掌で掴み、押し退ける。


「弟か」
「まあな。送って来たのは幼馴染の方だが」


 携帯電話を胸ポケットに戻して、レオンは凱旋門の柱に背中を預けた。
その口元は薄らと笑みの形を作っていて、目敏く見つけたクラウドがふっと笑い、


「ブラコン」
「煩い」


 ごつん、と金色頭に拳骨を落としてやる。
痛いじゃないか、と抗議の声が上がったが、今回も無視した。

 レオンとスコールの兄弟の仲の良さは、二人の身近にいる人間なら誰でも知っている。
特にレオンの弟の溺愛振りは目に見える程であったから、クラウドのように「ブラコン」と言って揶揄う者もいた。
別段、レオンはそれに対して不快感を覚えた事はなく、唯一の血の繋がった家族が大切なのは当たり前の事だと思っている。
他人にとって見ると、レオンは弟に対して過保護な面があるそうだ───薄々自覚はある───が、兄弟の背景を聞けば、レオンのそうした一面も納得せざるを得ない所があった。

 レオンとスコールは、文字通り、互いが世界に唯一残された、血の繋がった家族だった。
家族的存在は他にもいるものの、優劣をつける訳ではなかったが、やはり殊更に特別なものに思えるのだ。
特にレオンは、スコールが生まれた頃からその手で守り、育ててきた事もあり、ついつい何某かにつけて気にかけてしまうのだ。

 クラウドは痛む頭を摩りながら、凱旋門の向こうにある、ガルバディア大統領官邸に視線を向けた。
官邸の門前では、ガルバディア兵が忙しなく右往左往している。
その中に、奇妙な動きをしている一団を見付けて、クラウドは首を傾げた。


「レオン」
「なんだ」
「変な連中がいる」
「知ってる」


 答えたレオンは、柱に背中を預けたままの姿勢で、動く様子はない。
視線は官邸を眺めているように見えたが、視野の広い彼の事、其処で動いている人間の事も確りと意識に留めているだろう。


「捕まえるか」
「まだ放って置け」


 証拠がない、と呟くレオンに、そうか、とだけ言って、クラウドもレオンと同じように柱に寄り掛かる。

 遠く───街の出入口の方から、ラッパの音が響いて来た。
パレード開始の合図となる、団雷の音が鳴り、見物目当ての街人が集まり始め、広い凱旋門広場があっという間に人間で埋め尽くされていく。
その中で、いそいそと姿を眩まそうとしている者達がいる事を、ブルーグレイは確りと見抜いていた。





 パレード開始から数十分後、耳に取り付けた小型の通信機に、ジジ、とノイズの音が混じった。
直ぐにレオンが反応する。


「A班レオンだ」
『ほいほい、此方C班のザックス。カーウェイ大佐邸前にて、不審人物はっけーん』
「特徴を」
『ガルバディア兵の格好してるけど、持ってる銃の仕様が違うな。被せ物して上手く誤魔化してるつもりなんだろうが、口径の大きさが合ってない。残念ながらヘルメットの所為で顔は拝めそうにねえや』
「一人か」
『現在は三名。最初は一人だったが、C班が発見してから五分後に一人追加、その後また五分後に追加。ああ、もう一人追加。赤い軍服の、リーダー殿かね、ありゃあ』
「レオン、レオン」


 通信の会話を遮って、クラウドがレオンの腕を引っ張った。
なんだ、と視線で問うと、クラウドが官邸の方を顎で示す。
官邸前に並んでいた筈のガルバディア兵の数が足りない事に気付き、レオンは通信向こうに直ぐに支持を出す。


「近くに他のガルバディア兵はいるか。出来れば将校クラスが望ましい」
『ちょっと待てよー……ああ、いるいる。うちの区域の担当さん。カンセル、あそこにいる将校さんに確認取ってくれ』


 各SeeDの各人配置の場所は、レオンが全て記憶している。
人数にして、自身とクラウドを除き、二十人のメンバーを五人ごとのチーム編成として、各区域の警備に当たらせていた。

 同じようにガルバディア軍も特定の人数でチームを編成し、各地域の警備に当たっているようだが、此方はSeeD達とは規模が違う。
一地域に五チームが当てられており、その地域ごとに将校クラスがリーダーとなって纏める形が取られていた。
だから将校クラスの兵は、自分の担当地区の兵は、最低限記憶している筈。
そうでなくとも、数分前まで存在していなかった筈の兵士が湧いて来たとなれば、不審さに気付く。

 通信向こうの遣り取りの傍ら、レオンはクラウドと目を合わせる。
通信機は常時全てのSeeDに対して開放している状態だから、今の会話は各地域で行動しているSeeD全員に聞こえている。
勿論、此処にいるクラウドにも。

 レオンは、クラウドに凱旋門前の警備を任せ、大統領官邸前へと近付いた。
凱旋門の向こうから、徐々に音楽が近付いて来きており、あと少しでパレードカーが門前広場に到着する。

 レオンは赤服のガルバディア兵を一人捉まえた。
口元に深い皺を刻んだ壮年の将校である。


「ミッドガル社SeeDのレオンです。二分前、カーウェイ大佐邸前で不審な動きを見せるガルバディア兵を発見したとの情報が入りました」
「む、それは良い事を聞いた。先程より、此方の手が足りなくなっておったのでな。妙なものと思っていた所だ」
「不審人物は四名、全てガルバディア兵の軍服を着ています。うち一名は将校クラスの制服を着用とのこと」
「了解した。早急に各班の情報を集めよう。ご協力感謝する」


 敬礼をし、将校は直ぐに無線を通じて各隊に連絡を取る。
レオンもクラウドのいる凱旋門前に戻る────つもりだったのだが、ふとした違和感に、レオンは足を止めた。


(───なんだ。何処だ?)


 違和感の正体と出所を探して、レオンは人ごみの中で辺りを見渡す。
音楽がいよいよ近付いて来ている。
あと五分としない内に、パレードカーは凱旋門を通過するだろう。

 ジ、と耳元で無線が鳴った。


『此方C班、不審人物三名を捕縛!将校クラスに逃げられた!ホテル街の方へ向かったぞ』
「E班、対応急げ。B班、D班はそのまま待機、警戒を続けろ。C班、不審人物の詳細は?」


 口早に指示を飛ばしながら、レオンは目を閉じて意識を集中させる。
頭の中で漣が鳴り、波音が響き、ゆっくりとレオンの意識を押し流していく。


『反政府組織ドレッグ一派だとさ。過激派分子なんだそうだ。所帯は対して大きくないようだが、資金が豊富らしく、何かっつーと新しいものを使って仕掛けてるらしい。今回もなんか用意してんじゃねえかって話』
「了解……軍に引き渡したら警備に戻ってくれ。それと、解析魔法が得意な奴を一人こっちに寄越してほしい。魔力エネルギーの匂いがする」
『ルクシーレ、任せた』
『了解であります!』
「クラウド、聞こえるな。魔力エネルギーを辿れ」
『りょーかい』


 気の抜けた返事をして、数拍の間。
ジジ、とまた通信が鳴る。


『此方E班、逃亡していたガルバディア兵将校クラスを捕縛!』
「了解した。担当区域のガルバディア兵に引き渡す際は、念の為相手側の身分の証明と照合をするように。C班ルクシーレ、凱旋門まで何分かかる?」
『人ごみで進めないであります!5分はかかります!』
「急げ。クラウド、反応元は探知できたか」
『まだ』
「ルクシーレが到着するまでに確定させろ」
『また無茶言う』
「いいからやれ」


 他の奴らには無理するなって言う癖に、なんで俺には無理しろって言うんだ。
ぶつぶつと通信の向こうで愚痴る声が聞こえたが、レオンは再三無視をする。

 さて何処から探るか、と辺りを見渡していると、此方に駆け寄って来るガルバディア兵を見付ける。
青い服の一般兵クラスだ。


「ミッドガル社のSeeD殿とお見受けします」
「SeeDのA班リーダー、レオンです」


 互いに敬礼と身分照合のIDカードを見せ終えると、一般兵は口早に伝達事項を述べた。


「捕縛した不審者の持ち物から、リモート式マジックトラップの起動装置を押収しました。トラップ設置区域は凱旋門広場と自供。至急、回収の助力を願います」
「了解しました。トラップの種類について、何か情報はありますか?特定されているのであれば、此方の探索魔法で位置情報を把握する事も出来ますが」
「自供によりますと、トラップは二種類。サンダートラップとカーズトラップとの事です。共にバニシュ・リフレクによる透明化と魔防状態を施してあると……」


 実に面倒な事をしてくれる。
レオンは無表情のまま、胸中で舌打ちを漏らした。
凱旋門を見れば、パレードカーが今正に通り抜けようとしている所だ。
恐らく、マジックトラップが仕掛けられているのはパレードカーが通る場所。

 ジジ、と通信の電源が入る。
失礼、と目の前のガルバディア兵に断って、レオンは通信を開始する。


『C班ルクシーレ、凱旋門前に到着したであります!』
「了解した。クラウド、門前警護はルクシーレに委任。ルクシーレはサイトロ・ライブラ併用で周囲の確認を怠るな。クラウドはマジックトラップを探せ」
『なんだそれ。聞いてない』
「今聞いたな。早くしろ。バニシュとリフレクの所為でサイトロは宛にならない。お前の力で見付けろ」


 言いつけると、レオンはまたガルバディア兵に向き直る。


「トラップは発見次第、破壊、回収します。宜しいですね?」
「はっ。了解しました。では、宜しくお願いします!」


 最後の敬礼をして、ガルバディア兵は官邸方面へ、レオンは凱旋門方面へと走る。
見物人とパレードカーの道を隔てる仕切りロープの直ぐ傍を進みながら、空気中に漂う微量な魔力エネルギーの濃度を探る。
マジックトラップには、それそのものに込められた魔力がある為、空気中に自然体として存在する魔力エネルギーに比べ、その一点だけ濃度が高くなる。
バニシュによる透明化、リフレクによる魔法障壁を施していれば尚の事。

 パレードカーが凱旋門下を完全に通り抜け、その全容を凱旋門広場に集まった民衆達の前に晒す。
パレードカーは現大統領の趣味をそのまま宛がったかのような、派手で原色が目に痛いデザインをしている。
レオンは何度かデリング大統領本人の護衛の任を受け持った事がある。
その時に顔を見たデリング大統領は、正しく権力欲に固執した人間で、保身の為ならばなんでもする、と言う人物だった。
政治に置いてはそうした清濁併せ持つ気性が必要なのだと言う事は判っているが、レオンは本能的に、こいつを好きには慣れそうにない、と思った。
ガルバディアの首都デリングシティが何かと派手なパレードや祭りを行うのは、そんなデリング大統領の権力の強さをアピールする為のものであった。

 そのような自己顕示欲の為だけのパレードをぶち壊す事が出来れば、胸が張れる想いをする人間は、このガルバディア大陸のあちこちにいる。
昔から軍事大国として他国を多数侵略し、傲慢な軍部によって家族を奪われた人々は大勢いた。

 ────レオンがまだ幼い日、彼の家族を奪ったのも、そのガルバディアの軍と政府であった。


(───それでも、今の俺には関係ない話だ)


 此処にいるのは、ミッドガル社に籍を置く、SランクSeeDである。
依頼や任務の内容に個人的感情の介入は必要ない。

 通信からクラウドの声が聞こえてきた。


『レオン、トラップの一つが発動してる』
「どっちだ」
『カーズ。凱旋門の地下。多分、とっくに発動してた』
「サンダートラップは」
『凱旋門から広場方面に百メートル地点』


 レオンは足を止め、前方を進んでくるパレードカーを見た。

 パレードカーの進みは遅い。
周囲を二十人規模のダンサーが囲み、彼らが踊りながらゆっくりと進軍するからだ。
荘厳な音楽に合わせて踊る彼らは、凱旋門から広場方面に向かって五十メートル地点に直に到達しようとしている。

 あと半分。
ならば間に合う。


「クラウド、パレードカーを一時停止させるぞ。車体の右側後部に分電盤がある。サンダーを当てて電力オーバーさせろ」


 本来ならガルバディア兵にも伝えてから実行するべきだろう。
このパレードはガルバディア政府主導によって行われるものだから、そのパレードを───理由があるとは言え───阻害するような真似をする事は許されない。

 しかし、今回は許可を待っている暇はない。
このままパレードが進行すれば、ダンサーの誰かがトラップを踏んでしまうかも知れない。
リモート操作でトラップが発動する仕様だと聞いたが、外部刺激によっての発動も併用されている事は多い。

 凱旋門下から走って来たクラウドが、地面すれすれの高さでサンダーを放つ。
パレードカーに取り付けられた電飾が何度か強く明滅し、パレードカーのエンジンが停止する。
パレードカーの上に乗ったデリング大統領が車の停止に気付き、何事かと慌てふためいているのが遠目に見えた。
ダンサー達の動きにも一瞬の同様が見られたが、彼らは音楽が続いている事に気付いて、そのまま踊り続けた。
彼らが完全に動きを止めてしまえば、トラブルがあったと民衆に気付かれてしまう。
それは彼らも避けなければならなかった。

 ガルバディア兵達もまた、何事かと慌ただしく動いていた。
レオンはそれも無視して、パレードカーの方向へと走る。
数十メートルを進んだ所で、パレードカーの傍にいたクラウドが、くい、と顎で何かを指した。

 道の真ん中。
視覚では何もない、ただの道路があるだけだったが、


(───あれか!)


 高濃度の魔力エネルギーを察知して、レオンは急ブレーキをかけた。
口早に詠唱を刻み、自分自身にヘイストをかける。
強く踏み込んで一足に跳んだ。

 レオンは左足で着地すると、右足で足元を蹴り上げた。
ガ、と固い感触がして、ピピ、と言う小さな電子音が聞こえた。
そしてパレードカーの遥か頭上で、稲光が放射状に宙を奔った。

 民衆達がざわめく。
その時には、レオンは道路の端に戻っていた。


「レオン殿!あれは一体…!?」


 壮年のガルバディア将校がレオンに問い詰める。
説明している時間はないと、レオンは将校に向き直り、


「仕掛けられていたサンダートラップです。あれの光が消えるまでに、パレードカーの分電盤の修復を急いで下さい。パレード再開は光が消えた直後に。パフォーマンスとして、このままパレードを終了まで続けて下さい。許可なくパレードを妨げた責任は私にあります。申し訳ありませんでした」


 口早に、表情を変えずに現状と今後について話す青年に、壮年の将校は眦を厳しくし、閉口する。
それは決してレオンに対して嫌悪を抱いた訳ではなく、まだ事が片付いた訳ではない事を悟ったからだ。

 理解が早い上、話の判る人で助かる。
レオンは胸中でこっそりと、目の前の初老の男に感謝する。

 ジジ、と耳元で音が鳴る。
失礼、と手短に断り、レオンは通信に耳を澄ませた。


『此方D班ランバル、デリング駅近辺の地下水路から魔物の出現を確認!各班注意せよ!』
『此方B班、トール。ショッピングモール傍の水路にて魔法生物の生体反応を確認』
『C班ザックスだぜ〜、こっちもなんかいる感じ。全班、発見したら速やかに駆除な!』


 カーズの魔法で呼び寄せられたのだと、レオンは直ぐに気付いた。
眉間の皺を強くするレオンに、将校が気を引き締める。


「何事かね」
「デリング駅付近の地下水路から、魔物の出現が確認されました。恐らく、カーズトラップによって引き寄せられたものが溢れ出したものと思われます。───クラウド!こっちに来い!」


 民衆達が消えゆく稲光に目を奪われていた中、必死でパレードカーを直すスタッフの中に混じっていた金髪。
レオンが通信越しに彼を呼び付けると、クラウドは直ぐに此方に駆けて来た。


「彼がトラップの位置を把握しています」
「了解、此方で人員を割こう。案内して頂きたい」
「はい。クラウド、トラップは任せた。俺は魔物の駆除に当たる」
「ん」


 将校は手近にいた三名のガルバディア兵を呼び付けると、クラウドに先導させて凱旋門へと走らせた。


「……彼によれば、カーズトラップが設置されているのは凱旋門の地下水路です。これから街のあちこちの水路から、魔物が湧いてくると思います。SeeDは総勢で其方の駆除に当たります」
「了解した。此方からも討伐隊と、人の誘導を行う。主要な大きな地下水路近辺は封鎖する」
「は。それでは、私はこれで」
「うむ。ご協力、感謝する!」


 パレードカーが再び動き出す。
人々は何事もなかったかのように、パレードを楽しんでいる。
その傍らで、忙しなく動き回る者達の存在など知らないままで。