マガジン・ラック


 ミッドガル社は、世界に数あるセキュリティ会社の中でも、最大手の会社だ。
会社の構造としては、依頼を現場でこなすSeeDが所属するSeeD部門、依頼の内容や割り当てる人員を捌く事務部門の他、対魔物や対テロリスト用の機械兵器・魔法兵器を開発する兵器開発部門、魔法開発部門、G.Fの研究や生物の生態について研究する科学研究部門、社内及びバラムの街の治安維持を請け負う治安維持部門、社員の健康管理をする医療部門など、全てを合計すると社員数は約二千人に昇る。

 その中で、SeeDの全人数はSクラスからHクラスまで、全てを含めても約150人程度であるが、その上位クラスは正に精鋭揃いであった。
特に、たった4人しかいないSクラスのメンバーは、SeeDの中でも突出した戦闘力を持っている。
有名なのが、数年前まで“英雄”の名で呼ばれたセフィロスで、彼は今でこそ前線から引いて滅多にその活躍を見せる事こそなくなったものの、以前、ルブルムドラゴン5体を一瞬で切り伏せた事は今でも伝説の一端としてSeeD達の間で語り継がれている。
彼の実力はSeeDの中で最強と呼ぶに相応しい、と憧れのように彼を心棒する者も少なくはなかった。

 セフィロスが前線を退く形となった時期と丁度同じ頃、入れ替わりのように頭角を現したのが、レオンであった。
レオンはバラムガーデンを19歳で卒業した後、直ぐにミッドガル社に入社し、SeeDになった。
SeeDは入社試験の時に技量と資質を量られ、それぞれにランクをつけられる。
レオンは新人にしてDランクを取得しており、殆どがH・Gランクから始まる新人達の中でも異彩を放っていた。
そして彼は、入社時の期待に違わず、めきめきと業績を上げ、22歳───入社してからたった3年と言う驚異的なスピードで、Sランクを取得したのである。

 レオンの能力として特筆すべきは、G.Fとの類を見ないほどの相性の良さと、指揮官的立場としての有能性だ。
面立ちは常に眉間に皺を寄せている事と、額にある大きな傷の所為か、初対面の相手には少々取っ付きにくく見えるのだが、実際は社交性に優れている。
面倒見の良い性格で、所属していたバラムガーデンの生徒達(つまり、彼にとっては後輩に当たる)とも、在校生である弟を通して親しく、自身の在学時も後輩の世話を焼く事は多かった。
社会人となった今もそれは変わらず、セフィロスを含めた三名のSeeDが雲の上の存在のように遠目に憧れるのに対して、レオンは他のSeeDにとって非常に身近な存在であった。
現場での対応の速さと的確さ、メンバーへの配慮も欠かさないので、SeeD達からは「指揮を取って貰うのなら、レオンが良い」と口を揃えて言われる程だ。

 そんなレオンの人気は、社内やバラム国内だけに留まらない。
セフィロスと入れ替わりに頭角を現した青年を、テレビマスコミは直ぐに取り上げた。
社交的な性格をしたレオンは、向けられるカメラにもマイクにも臆する様子はなく、仕事に関する事ならば必要最低限に応じ、時折向けられるプライベートな質問に関しては、少しばかり困ったように眉尻を下げて苦笑いをして見せる。
決して質問をおざなりにしない姿は、誠実な好青年として視聴者に受け取られ、瞬く間に世界中の女性を魅了した。
そのお陰か、最近のミッドガル社に寄せられる女性からの依頼の中には、レオンの派遣を指名している場合が多い。
女性でなくとも、有名なSeeDを雇える事をステータスの一つと思っている富裕層は少なくない為、世間に顔を知られているレオンを雇いたがる者は後を絶たない。
要望通りにレオンが派遣されるかどうかは、事務部門の采配とレオンのスケジュールによるのだが、リピーターとなって貰う為にも、リクエストには出来るだけ応えられるようにと言うのが社の方針だ。

 ────そんな訳で、レオンは非常に多忙な日々を送っている。





 ……得意先からの依頼だと言うから、何かと思えば。

 SeeDの仕事と言うのは、多岐に渡り、その殆どが危険と密接している。
要人警護然り、魔物討伐然り、遺跡の発掘の護衛を請け負う事もあり、常にテロリストか魔物と相対する事になる。
だが、ごく稀に、それとは全く種類の違う仕事を回される場合もあった。

 昨日、ティンバーでの仕事を終えて、夜半にバラムに帰って来たレオンは、今日の昼まで惰眠を貪っていた。
いつもなら、幼い頃からの癖で、どんなに疲労していても午前7時には目が覚めるのだが、今日は珍しく、起きるに起きられなかった。
一度スコールに声をかけられたような気がするが、まともに返事したかどうかも怪しい。
起きた時には、一階のリビングに、用意された食事と「お帰り」と書かれた置手紙があった。
料理を温め直して、実に十二時間ぶりになる食事を済ませ、リビングで(珍しく)何をするでもなくのんびりと過ごしていた所に、会社からのメールが来た。

 メール内容は仕事に関するものだったのだが、その内容にレオンは眉根を寄せた。
会社から送られてくるメールは、事務がテンプレートを使用して、依頼者と依頼ナンバー、任務地、警備か討伐かなど、必要事項を記入して送ってくるようになっているのだが、今日のメールは違っていた。
メールはテンプレートを使わず、依頼者の名前と依頼ナンバーが書かれており、任務地には“ミッドガル本社”と記されていた。
そして来社の時間が指定されており、最後に「ガンブレード持参。得意先からの重要任務の為、拒否不可」と書いてあった。

 色々と腑に落ちない部分はあったものの、レオンは大人しく従う事にし、まだ幾らか疲労の気配が残る重い体を持ち上げて、ケースに入れたガンブレードを片手に、バラムの北にある大きなビルへと向かった。

 事務に言って依頼の確認をした後、レオンは依頼の詳細を記した書類に目を通して、そう言う事か、と納得した。
今日の仕事は常のような危険と隣り合わせのものではない。
書類に記載されているのは「雑誌インタビュー」で、来月発売予定の雑誌に載せる内容を収録したいとの事。
雑誌は若年層向けの武器をアピールする為のもので、SeeDが各々得意とする武器を使う事から、ミッドガル社の名も度々掲載されていた。
成程、お得意様、と言う訳である。

 応接フロアに向かったレオンは、指定された部屋の扉を開ける前に、そう言えばちゃんとセットしただろうか、といつも寝癖の酷い髪を思い出した。
近くにあったトイレに入って鏡で確認をし、一通りの身嗜みをチェックしてから、また部屋に向かった。

 ノックをして一拍置き、中から返事があったのを確認してから、失礼します、と挨拶してドアを開けた。
部屋の中では、二人の女性記者が立って待っており、レオンを見て頭を下げる。

 定番の挨拶を手短に済ませ、レオンは二人の記者を椅子に座って貰うように促した。
それから自分も椅子に座り、二人に向かい合う形を取る。


「宜しくお願いします」


 ストレートの黒髪をバレッタでまとめた女性がもう一度頭を下げ、メモ帳とペンを手にする。
傍らのウェーブの髪の女性も頭を下げて、テーブルの隅に置いていたボイスレコーダーのスイッチを入れる。


「えー……本日は、私共が発行しております、バトルシリーズの月刊誌、バトルマニアに寄せられました、レオンさんへの質問のインタビューをさせて頂きに参りました」
「はい、御足労ありがとうございます。バトルマニアは学生時代ではありますが、私も愛読させて頂きました。私の答えられる内容が期待に添えられるかは判りませんが、最大限、ご協力したいと思います。宜しくお願いします」


 レオンが頭を下げて、二人もまた頭を下げる。


「今回、バトルマニアではガンブレードの特集をする事になりまして。昨今では珍しいガンブレード使いであるレオンさんに、お話を伺おうと思ったのです」


 レオンが愛用する、剣と銃が一体になった武器“ガンブレード”───これは扱いが非常に難しい代物であった。
剣と銃を一体化した武器ならば、銃剣と呼ばれる物もあるが、これは銃を主体とし、銃口の上部に鋭利物を取り付けた代物であるから、剣としての役目は薄い。
大してガンブレードは、主体となるのは剣であり、砲身はなく、込めた弾薬を爆発させる事で刀身に振動を起こし、破壊力を増幅させると言う構造があった。
また、使用できる弾薬にも様々な種類があり、魔力を注入した弾丸を使えば、魔力を帯びた特殊な技の使用も可能である。
しかし、ガンブレードはその特殊な構造から繊細なものとなっており、下手な扱い方をすれば暴発事故に見舞われる。
日々の鍛練は勿論、ガンブレードそのものの調整も必要であった。
しかし、前述の通り、扱いの難しさから使用者は激減し、比例して調整が出来る専門の整備士も殆どいなくなってしまった。
現在はガルバディアとエスタに数名の整備士が残っているだけで、その人々もガンブレードを専門としては食っていけない為、此方を副職としている事の方が多い。

 しかし、ガンブレードに憧れる青少年は後を絶たなかった。
十数年前、この武器を使用して作られた映画が大ヒットし、現在も繰り返し放映されて人気を博している事もあって、ガンブレードを使ってみたい、と言う若者は少なくない。
実際、レオンはその影響でバラムガーデンの戦闘訓練の授業でガンブレードを選択した生徒を一人知っている。


「レオンさんがガンブレードを使用するようになった切っ掛けは、なんですか?」
「切っ掛け……ですか」


 ふむ、とレオンは顎に手を当てて考える。

 一言で言ってしまえば、レオンも先述の映画を見た事が切っ掛けで、ガンブレードを使うようになった。
だが殆どの青少年達が映画の内容、ガンブレードと言う特殊性の強い武器に憧れるのに対し、レオンは少々理由が異なる。

 レオンの脳裏に過ったのは、映画『魔女の騎士』の主演俳優をしていた男の顔。
艶のある黒髪に、甘いマスクでにこにこといつも子供のように笑っていて、まるで大人らしくは思えなかった。
映画では精一杯真面目な顔をしていたが、絶対に足を攣らせていただろうな、とは想像に難くない。

 口の中で言うべき事、言わざるべき事、公的に発信できる内容を整理して、レオンは口元の手を離す。


「父が使用していた所を見た事があったんです。もう十年以上昔の事ですが、はっきり覚えていますね」
「お父様が、ガンブレードを?」
「はい。私は、元々はガルバディア大陸の出身で、父は軍属だったんです。それで、何度か使う所を見る機会があったのです」


 レオンは、ガルバディア大陸の南方にある小さな村で生まれ育ち、十七年前のエスタとガルバディアの戦争期では、父は軍に身を置いていた。
戦火が拡大し、大きくなり───あの小さな村が襲われたのを見て、父は家族を安全な場所に移す事を決めた。
レオンと母もそれに従い、当時、軍を抜ける事が叶わなかった父を見送り、母子二人でバラムに住む事になったのだ。

 だから、レオンが言った事に嘘はない。
はっきりと相違点があるとすれば、実際に父が軍で使用していたのは、ガンブレードではなくマシンガンだと言う事ぐらいか。
そんな父が何処でガンブレードを使った場面を見たのかと言うと、────映画『魔女の騎士』の主演を演じているシーンでの事だ。


(緊張し易くて、直ぐに足を攣る癖に、どうして映画の出演なんてやったんだか。大方、旅の資金が底をついて、アルバイト感覚だったんだろうな)


 映画が撮影された時期は、レオンと母がバラムに移り住んで間もない頃であると思われた。
その時、父は軍から身を隠し、村を襲ったエスタ兵が攫った少女を救う為、エスタに潜入する方法を探して方々を歩き回っていた。
極端な方向音痴であった彼のことだ、容易にエスタに辿り着ける訳がない。
同行していたであろう友人達も振り回し、旅を続ける内、資金不足に陥った、と言う事態はレオンにとって想像の範囲内の話だ。

 父親が大ヒット映画の主役を務めていたなんて、滅多にある話ではない。
父が映画に出演したのは、後にも先にもこの一作だけだから、尚の事父は幻の映画俳優として持ち上げられた。
この映画の監督を務めた人物は、何故アルバイト一回で手放してしまったのか、今でも酷く悔やんでいるらしい。
見かけたらご一報を、なども言っていたように思うが、レオンはそんなつもりはなかった。
ご一報も何も、息子であるレオンにさえ、彼は手の届かない場所に行ってしまったのだから。

 思考を飛ばしていたレオンを呼びもどしたのは、女性記者の次の質問を投げかける声だった。


「レオンさんは、バラムガーデン在籍時から、ガンブレードを使用していたとお聞きしました」
「はい。中等部の戦闘実技の授業からですね。武器は好きな物を選択できるようになっていて、ガンブレードもあったんです。生憎、あったのは武器だけで、専任講師はいなかったんですが」
「では、扱い方は独学で?」
「半分は、そうなりますね。学園長が便宜を図って下さったので、高等部になってからは、月に一度、ガルバディアから講師が来てくれるようになりました。中等部の時は、剣術の専任講師と、戦闘実技全般を教えてくれる先生に見て貰っていました」


 現在でも、バラムガーデンにガンブレードの専任講師はいない。
レオンが卒業して後も、ガンブレードの使用者は数えられる程度───レオンが知る限りでも二人しかいない───から、常任教師を雇うに至らないのだ。

 そもそも、ガンブレードを専門で扱っている人間が少ないのだから仕方がない。
レオンの専任講師を務めた人物も、ガルバディアの退役軍人であった人物で、当時で既に齢も60を超えていた。
現在、その人はガルバディアガーデンの軍事授業の講師を務めているらしく、バラムガーデンには殆ど来れなくなってしまった。
致し方がないとは言え、レオンの後にバラムガーデンでガンブレードを履修したいと望む生徒にとっては、残念な話である。


「ガンブレードの専任講師ですか。レオンさんなら、出来るんじゃないですか?」


 笑い混じりに言った女性記者は、冗談で言っているのだろう。
レオンも笑みを交えて返す。


「どうでしょう。時々、一日特別講師としてバラムガーデンに招かれる事もありますが、きちんと教えられているのかどうか」
「…と言う事は、バラムガーデンに入学すれば、レオンさんの特別授業が受けられると言う事ですね」
「まあ、そういう事になりますね」


 そんなに持ち上げられるような事だろうか、と思いつつ、レオンは眉尻を下げて笑って見せた。

 少し困惑気味に笑むレオンの、常の凛とした空気とは違う、穏やかな雰囲気に、二人の女性記者がほんのりと顔を赤らめる。
そのまま二人の動きが止まってしまったので、レオンはどうしたのかと声をかけた。
我に返った二人は、慌てて「なんでもないです!」と言って、次の質問に移る。


「ガンブレードを使用するに当たって、特に気を付けている事などはありますか?」
「定期的に専門技師の下に持って行って、調整に出す事ですね。仕事柄、無茶な扱い方もする事もあるので、少し気を抜いて調整を怠ると、暴発などの危険もありますから。時間に空きがあれば自分で手入れもしますが、やはり専門家に見せる以上の最適なメンテナンス方法はありません」
「バラムにガンブレードの専門技師はいませんよね。その度、ガルバディアまで出向かれるのですか?」
「そうですね。ガルバディアか、エスタか、大抵そのどちらかです。バラムからエスタは少し遠過ぎるので、ガルバディアに行く事が多いですね。幸い、ティンバーに知り合いの技師がいるので、その店に預ける事が多いです。仕事で出向いていれば、その時、任務終わりに立ち寄る事もあります」


 バラムガーデンで訓練用に使用されている武器も、ガーデンが定期的に技師の下へ送付してメンテナンスを頼んでいる。
少々手間ではあるが、ガンブレードを愛用している以上、仕方のない事だ。


「先程、レオンさんは無茶な扱い方をする事もあると仰いましたが、宜しければそれについて詳しく……」


 少しばかり聞き難そうに、眉尻を下げて女性記者が言った。


「そうですね……例えば、グリップで堅いものを殴るとか。ガンブレードは、鉄にニッケル、チタンなど合成材で作られているものなので、金属製品の割には軽い方ですが、そこそこ重量はあるんです。それで殴ろうものなら、バイクのヘルメットぐらいは割れますよ」


 勿論、そんな使い方はするべきではない。
しかし、要人警護や魔物討伐を生業とするSeeDにとって、そんな事も日常茶飯事と化していた。


「グリップに強い衝撃を加えると、金属内部にも衝撃が伝わります。これでネジが緩んだり、歪んだりする事もあります。これらは弾丸の暴発の危険性もあるので、するべきではありませんが……つい、ね。咄嗟にやってしまう時があるんです」


 レオンの現場は命の危険と隣り合わせだ。
それも、自分の命だけでなく───寧ろ自分自身よりも───、依頼者を守らなければならないから、一瞬の判断の遅れすらも許されない。
となれば、“やってはいけない”事と判っていても、行動せざるを得ないと言う場面はよく起きる。

 ガーデンの履修で学んだ禁止行為など、幾つ破っているか、数え出したらキリがないだろう。
現実に命の瀬戸際に立たされると、理屈など頭から抜け落ちてしまうものだ。


「───だから、メンテナンスは欠かせないものなんです。警護や魔物討伐の現場で作動不良なんて起こす訳には行きませんし」


 また、銃として機能している箇所の他にも、刃部分も入念な手入れは怠れない。
魔物を斬ると血液、体液、脂が付着し、切れ味が落ちる。
皮の固い魔物を退治した後など、刃毀れしている事も珍しくないし、切れ味を維持する為には、鍛冶師にも見せなければならない。

 構造の特殊性からの扱いの難しさ、本来の威力を保つ為の刃の手入れ、動作不良を起こさない為のメンテナンス……ガンブレードの使い手は、それだけ気を回さなければならない。
使い手が激減しているのも、こうした手間が要因の一つではないかとレオンは思う。


「其処まで大変な武器なのに、レオンさんがガンブレードを愛用するのは何故ですか?先程お聞きしました、お父様の事と関わりがあるのでしょうか」
「いえ。父のことは切っ掛けにはなりましたが、その後、ガンブレードを使い続けているのは、一番これが身に馴染んだからですね。ガーデン生の頃から専らガンブレードを使っていましたから」
「でも、他のSeeDの方に伺ったのですが、レオンさんは武器ならガンブレードや剣に限らず、殆ど扱えると」
「ガーデンの授業で教わった程度ですよ。同僚の中には、銃や槍、ボウガンなど、色々な武器を使用する者がいますが、彼らには負けます」
「よく言う」
「こら、クラウド!」


 三人しかいなかった筈の室内に、別の声が割り込んだ。
二人の女性記者は驚いて目を丸くし、レオンは開いたドア下に佇む人物を見て、溜息を吐いた。


「……何してる、クラウド。ザックスも」
「レオンがインタビュー受けてるって言うから、見に来た」
「いや、ちらっと覗いたら直ぐ戻ろうとは思ったんだけどさ〜」


 そもそも覗くな。
睨むレオンの無言の台詞に、ザックスがあはははは、と愛想笑いをする。


「…ちょっと失礼」


 二人の女性記者に短い断りを入れて、レオンは椅子を立った。
ドア下に佇んでいた相棒の赤いマフラーを掴み、引き摺るようにして部屋を出て行く。
ザックスは大人しく自分の足でついて来た。

 インタビューに使っていた部屋から数メートル離れた所で、レオンは掴んでいたマフラーを放す。
苦しかった、とクラウドから抗議があったが、聞こえない振りをした。


「それで、お前達は何をしているんだ。暇なのか」
「……暇」
「俺も……」
「だからって覗きをするな」
「すんません!」


 ザックスが頭を下げて、ハリの良い声で謝罪する。
響くザックスの声に周囲の社員達が一度振り返るが、ああいつもの光景かと直ぐに各々の雑事に戻って行った。

 頭を上げたザックスは、もうけろりとしていて、いつもの表情を浮かべている。
隣のクラウドはそもそも反省の文字すらなく、マイペースに首元を締めていたマフラーを巻き直していた。


「で、なんのインタビューなんだ?」
「来月のバトルマニアで、ガンブレードの特集を組むそうだ。それで俺のインタビュー記事を載せたいらしい」
「ああ、成程。実際、今んとこガンブレード使いなんてお前ぐらいのモンだもんな」


 レオンの答えに、ザックスは納得したように頷きながら言った。


「そう言う事だ。じゃあ、俺は戻る」
「いってらっしゃーい。クラウド、俺達も行こうぜ」
「ん」


 歩き出したザックスに促されて、クラウドもその後を追う。
レオンは二人がエレベーターの方向へ消えたのを見送ってから、先程の部屋へと戻った。

 二人の女性記者は既に調子を取り戻していて、楽しい方達ですね、とレオンに言った。
気の良い奴らですと返して、レオンは元の位置に腰を下ろしかけて、足元に置いていたガンブレードケースを思い出す。


「そう言えば、ガンブレードを持参して欲しいと聞きましたが」
「あ、そうです、そうです。あの、宜しければ、見せて頂けないかと思いまして……」


 数少ないガンブレード使いであり、SeeDとして名を馳せているレオンが愛用しているガンブレードだ。
一度で良いから見てみたい、と言うガンブレードファン(レオンファンも含め)は少なくなかった。

 レオンは、別に見られて困るものではないと、女性記者の申し出に頷いて、ガンブレードケースをテーブルに乗せる。
ロックを外して蓋を開けると、窓から差し込む陽光を銀色が反射させ、鏡のように磨き抜かれた刀身がレオンの顔を映す。


「どうぞ」
「ありがとうございます。あの……写真も、宜しいですか?」
「構いません」


 黒髪の女性記者の言葉に頷けば、もう一人の女性が直ぐにデジタルカメラを取り出した。
彼女は先ず、全体が見渡せる角度で撮影し、次にグリップ、シリンダー、刀身をそれぞれアップにして撮影する。

 撮影を同僚に任せ、黒髪の女性がレオンに向き直った。


「レオンさんは、リボルバーを使用しているんですね」
「ええ。ガーデン生の頃から、使っているのはリボルバーでした」
「オートマチックを使用した経験はありますか?」
「やはりガーデン生の頃ですね。バラムガーデンに置かれていた武器は一通り使いました。オートのガンブレードもあったので、リボルバーが故障した時や、ガーデンの戦闘実技授業で何度か使用した事があります。でも、私にはリボルバーの方が性に合っているようで、必要がなければオートのガンブレードは使わなくなりました」


 ピピ、とデジタルカメラのシャッターが切られる電子音が鳴った。
何気なくそれを目で追うと、レンズはガンブレードのフラー(刀剣類の刀身の根本にある溝)を映しており、その傍らには、獣の姿が刻印されていた。


「───あの、レオンさん。この魔物の刻印は…」


 魔物、と言う単語に、レオンは眉尻を下げて苦笑する。


「それは、魔物ではなく、古に存在していたと言い伝えられている動物です」
「あ、すみません……」
「いえ」


 詫びる二人の女性記者に、レオンは気にしなくて良いと笑ってみせる。

 よくよく勘違いされるのだが、それも無理はないとレオンも思う。
刻印された獣は、四足に翼を持った姿をしており、魔物のグリフォンやキマイラブレインとよく似ている。
グリフォンは四足の獣の胴体を持ち、鳥の頭と翼を持った魔物。
キマイラブレインは四足の獣の胴体に、四つの異なる生き物の頭を持ち、尾は蛇と言う、複数の生き物が継ぎ接ぎのように組み合わさっているような魔物だ。
それらを見聞きしたことがある者なら、レオンのガンブレードに刻印されている獣を“魔物”と称するのも自然であった。


「獅子……ライオンと呼ばれていた動物で、百獣の王と言う異名を持っています。子供の頃、何度か本で見た事があって、気に入っていたんです」
「そう言えば、レオンさんのネックレスも、同じような形をしていますね」


 レオンの胸元には、獅子の形をしたネックレスが銀光を放っている。
それは常にレオンの首にかけられているもので、片時も手放さないものだ。
身嗜みには気を付けているものの、取り立てて装飾品類に執着する事はないレオンだが、このネックレスだけは別格だ。


「子供の頃に聞いたお伽噺を今でも気に入っていると言ったら、いい歳をしてと笑われそうですが、これは私にとって一つの目標だったんです。何者にも負けない強さを持つと言う、彼のようになりたいと、自分自身への目標としてガンブレードに刻みました。だからこのガンブレードは、私自身の意思の象徴でもあります」


 ────獅子のように、たった一人で群れを、家族を守れるように。
愛する人々と決して失う事のないように。
レオンは、幼い頃に自分自身に刻んだその誓いの為に、強さを求め続けてきた。

 レオンはケースに収められた刃に手を伸ばし、そっと指先を触れさせた。
冷たい金属の感触が手袋越しに伝わって、ゆっくりなぞり、刻印された獣に指が届く。
幼い頃に憧れた百獣の王に、少しでも自分は近付けているだろうか。
自分が王などと言う大層なものになれない事は判っているが、その王者の強さの片鱗でも、自分は手に入れる事が出来ただろうか。
全ては、愛する者達を守る為に。

 ピピ、と電子音が鳴って、レオンは顔を上げた。
カメラのファインダーがレオンに向けられている。
ウェーブの髪の女性記者と目が合って、レオンがぱちりと瞬き一つすると、女性が慌てて謝罪した。


「す、すみません!つい、と言うか、思わず……」


 勢いよく頭を下げられて、レオンはもう一度瞬きする。
何故謝られているのか、いまいち判っていなかった。
が、ああカメラか、と彼女の手に握られているものを見て、隠し撮り同然に撮られていたと遅蒔きに気付く。

 写真の一枚位、レオンは今更気に留めなかった。
意思と関係なくテレビマスコミに注目されるので、顔はとうの昔に全国区で知られていたし、今の撮影もこうして謝って貰っている。
誠意さえ見えれば、レオンはそれで十分だった。


「大丈夫です、気にしないで下さい。私も気にしていませんから。変な顔をしていなければ、ですが」


 冗談交じりに言えば、それこそとんでもない、と女性記者が言った。


「凄く良い絵が撮れました。あの、宜しければ、雑誌の方に掲載させて頂きたいのですが……」
「良いですよ。ただ、顔写真に関しては会社を通して頂く必要があるので、後で事務部門の方にファックスして下さい。会社側で問題がなければ、私の方は一向に構いませんので」


 レオンの言葉に、二人の女性記者は顔を見合わせ、嬉しそうに破顔する。
一体自分の何が良かったのか、レオンにはさっぱり見当がつかなかったが、余程良くない写真でなければ、会社側もNGを出す事はあるまい。
これ以上は気にする必要はないだろうと、レオンは考えるのを止め、ガンブレードのケースを閉じた。

 ケースをテーブルの下に下ろし、レオンと二人の女性記者も椅子に腰を落ち着ける。


「それでは、えっと……これから、レオンさんのプライベートについてもお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」


 はい、と色の良い返事をすれば、何故か二人の女性は先刻以上にやる気のある顔をして、別の資料の紙を取り出す。
それからインタビューは小一時間ほど続くのだが、その間、、自分のプライベートなどを聞いて何が面白いのだろうかと言うレオンの疑問は、最後まで尽きなかった。





1 month after ≫ イメージ&リアリティ
いつもとちょっと違うけど、これも立派なお仕事です(会社のイメージにも繋がる)。
ザックスとクラウドは本当に見に来ただけ。