箱庭に芽吹く


 重いものがぶつかりあう音が、武道館の中で響き渡る。
生徒達が手にしているのは、刃に特殊素材で作られたカバーを取り付けて斬撃を無効化させた武器だ。
授業中、対人の模擬戦闘で訓練カリキュラムで使用する際には、事故や怪我防止として、必ずこれの装着が義務付けられる。
そのカバーを取り付けた武器同士がぶつかると、反発しあう素材の衝撃が、低い音となって響くのである。

 武器を振るっているのは、銀色と濃褐色の髪をした二人の少年だった。
銀髪の少年は二本の短刀を両手に握り、小回りとフットワークを活かし、距離を伸ばしては縮めを繰り返している。

 向かい合う少年は、長剣程の刃のある武器を持っているが、それは単なる剣とは様相が異なっていた。
片刃の柄は、刃と直線状に伸びてはおらず、少年の手が握る形は、剣よりも銃のグリップを握る形を取っていた。
その握りに相応しく、柄は銃器の形状をしており、撃鉄(ハンマー)、トリガーにトリガーガード、回転式弾倉もある。
それは一般的に“ガンブレード”と呼ばれる特殊な形状をした武器で、銃の砲身の代わりに刃を固定させたものであった。
従って、トリガーを引いても弾倉に籠められた弾丸が放出される事はなく、代わりに火薬の爆発・振動をエネルギーとして刀身の斬撃・衝撃ダメージを高める事が出来る。
使用者の好みに合わせて大幅にカスタマイズされる事も可能で、特殊な金属や素材を使えば、魔力を籠めた弾丸を使用する事も出来、魔法のコントロールに長けた者が使用すれば、金属を通して刀身に刃を纏わせると言う技も使える────と言う噂だ。
しかし現代、このガンブレードは特殊な構造故に扱いが難しく、使用者が激減しており、愛用者となれば尚の事貴重な存在となっていた。
─────少年は、その数少ないガンブレード愛用者の一人である。

 バラムガーデンの戦闘訓練で使用される武器は、軍用や実戦用として市販されているものに比べ、身体が未発達な少年少女にも扱えるように、軽量化されている。
大剣等の重武器はそれなりに重さがあるが、やはり実戦配備されているものに比べると、玩具的な印象が拭えない。
それでもやはり、武器は武器。
決して生半可な気持ちで握るな、と言うのが、バラムガーデンの戦闘実技訓練を指導するダンカン・ハーコートの教えである。

 銀髪の少年が駆ける。
瞬く間に距離を詰めて行く彼に、濃褐色の髪の少年も走り出す。
速度は銀髪の少年の方が上だった。
間合いの長い濃褐色の髪の少年が、目測で距離を測って、手元のグリップを強く握った。
肩に担ぐように構えた剣を、銀髪の少年に向けて打ち下ろす。
銀髪の少年は、落ちて来た刃を頭上で交差した二刀で受け止め、刀身を滑らせながら更に距離を詰める。
ヂヂヂヂヂヂヂッ!とカバーがこすれ合う音がしたが、少年が二刀を手放す事でそれは途切れた。
無手になった銀髪の少年の手が、濃褐色の髪の少年の胸倉を掴み、力任せに押し倒す。
濃褐色の髪の少年の手からガンブレードが離れ、自由になった手は己に伸し掛かろうとする少年の腕を掴み、倒れた体が床に叩き付けられるよりも早く、彼は銀髪の少年の腹を蹴り上げた。
鳩尾への一撃に、銀髪の少年の顔が苦悶に歪み、胸倉を掴む手から力が抜ける。
それを見逃さず、濃褐色の髪の少年は、掴んでいた腕を力任せに引き寄せ、両者の位置を反転させる。
ドッ、と床へと強く肩を打ち付けたのは、銀髪の少年だった。
詰まった呼吸に少年が片眉を潜めている間に、濃褐色の髪の少年は、銀髪の少年の首を捉えて床に押し付け、拳を上げる。
それが真っ直ぐに、躊躇なく落ちて、


「─────其処まで!!」


 空気を割いた声に、落ちた拳は少年の鼻先で止まっていた。
正しく寸止めの状態である。

 馬乗りの形で上を取っていた、濃褐色の髪の少年が立ち上がる。
あと一瞬遅かったら顔面に正拳突きを喰らっていた銀髪の少年は、詰めていた息を吐いて、床に大の字の格好になった。
2人の模擬戦を見守っていた生徒達も、釣られたように息を吐き、ぱらぱらと健闘を称える拍手が鳴らされる。


「っくぁ〜……くそったれ、後少しだったのによ」
「ああ、確かに危なかった」
「涼しいツラして言うと、嫌味言ってるようにしか聞こえねぇぞ」


 苦々しい顔で言う銀髪の少年に、濃褐色の髪の少年は、眉尻を提げて困ったように笑う。
その表情は、先程相対していた時の、獲物を狙う猛獣のような険しい顔付とは、一線を隔していた。

 濃褐色の髪の少年────レオンは、床に落としていたガンブレードを拾い、銀髪の少年が使っていた二刀の短剣も拾う。
持ち主に返そうと振り返れば、銀髪の少年はのろのろと起き上がった所だった。
レオンはガンブレードを腰に提げ、二刀の短剣を片手でまとめて持つと、空いた手を銀髪の少年へと差し出した。
銀髪の少年は、小さく笑みを浮かべると、その手を取って立ち上がる。


「次こそは負けねえからな」
「ああ。俺も、負けるつもりはない」


 立ち上がって、にやりと笑う友人に、レオンも勝気な笑みを浮かべたのだった。





 バラムガーデンでの各授業の間の休憩時間は、ザナルカンドやガルバディア等の公共教育機関で組まれる時間割よりも、長めに設定されている。
中等部以上になると戦闘訓練の授業が追加され、普通の体育の授業を上回る運動量による疲労の回復、訓練中の怪我の処置、訓練施設使用後は身体に被ったモンスターの体液を洗い落とすなどの時間が必要になる為だ。
訓練授業を終えた生徒は、武道館横にあるシャワー室、または寮の自室に戻って軽く汗を流し、その後、急ぎ足で次の授業の準備をするのである。

 模擬戦闘訓練の授業の後、レオンはクラスメイト達と同じ流れで、シャワー室に入った。
男女合わせて一クラス約30〜40名、それが別れて15人前後がシャワー室を一斉に使うのだから、いつも大混雑だ。
レオンは手早く汗を流し、タオルで拭いた後、ごちゃごちゃとしているシャワー室を見渡して、随分増えたな、と独り言ちた。


(一年前は、もっと少なかったと思うんだが)


 バラムガーデンは、設立されてからまだ二年弱しか経過していない。
しかし、生徒数は既に百人単位に上っている。
理由は、数年前まで起こっていた大国同士の戦争により、家土地などの財産を失い、子供の学費を確保する事が出来ない、または幼い子供を育てる事が難しい家庭が、ガーデンを保護施設の代わりとして頼って来るからだ。

 バラムガーデンを経営しているのは、元々孤児院を経営していたシド・クレイマーとその妻イデア・クレイマーである。
彼らは、自分達の孤児院で生活をしていた子供達に、きちんとした勉強もさせてあげなければならないと考えた。
そして、自身が引き取っていた子供達の他にも、先の戦争によって、沢山の子供や若者がそうした勉学の機会を失っていた事を鑑み、そんな人々の居場所を作る目的もあって、バラムガーデンは設立された。
その為、入学費や授業料は安価に設定されている上、学園長であるシド・クレイマー本人に嘆願すれば、後払いも可能とされている。
ガーデン設立後、シド・クレイマーはバラムのマスメディアを頼ってガーデンを紹介し、これが各国で放送され、世界のあちこちから───特に戦争当事国であったガルバディア大陸方面から───入学希望者が出て来ている。
ちなみに、元々バラムにあった教育機関は、その機関と職員ごとガーデンに吸収される形となり、バラムガーデンは雇用についても一役買う事となった。

 これらの理由から、バラムガーデンの生徒は、月毎にその数を増やしている。
しかし、増えて行く在籍者に対して、施設の数はまるで足りていない。
最年少の5才から、幼年クラス、初等部、中等部、高等部、希望によっては大学部までと言うエスカレーター式のカリキュラムを採用している為、後々に膨れ上がるであろう生徒数を考慮して、ガーデンの規模は普通の教育機関に比べると、非常に大きなものになっている。
しかし、設立した時点で必要なものが必要なだけ揃えられている事は先ず有り得ない(クレイマー夫妻は出来るだけ生活・教育に必要なものを揃えたそうだが、やはり実際に経営・運営してみて初めて判る事もあるのだ)。
何より、一年二年と言う歳月を待たず、生徒数はぐんぐん伸びる一方である。
殆どが幼年クラスから初等部、中等部の年齢である事を考えると、卒業生は向こう数年は見込めないだろう。
────とどのつまり、生徒数は今よりも更に増えて行くであろうと言う事だ。

 ガーデンの設立当時、クレイマー夫妻の庇護元で生活していた子供達は、揃ってガーデンに入学した。
殆どの子供は、それ以前にバラムや他国の里親へと引き取られたが、設立時に残っていた数名の子供達は、そのままクレイマー夫妻を後見人として、ガーデン寮に住居を移した。
ただし、レオンとその妹弟は、レイマー夫妻が後見人となった点は同じだが、入寮はせず、バラムに自宅を構えさせて貰っている。

 レオンは、ガーデンの設立時、クレイマー夫妻の庇護元にいた。
その為設立当初からバラムガーデンに籍を置いており、自身と妹弟の授業料諸々をガーデンの事務を請け負う事で賄わせて貰っている。
だからレオンは、目の前に広がる状況────月毎に増えて行くクラスメイトの数────以外にも、増える入学希望の書類などで、これからも生徒数は増えて行くであろう事が予想ではなく現実の未来として見えていた。


(施設の増設も増やさないといけないって言ってたな……取り敢えず寮からって話になってるみたいだけど、食堂も広げなきゃいけないとか)


 シド先生も、ママ先生も、大丈夫なのだろうか。
商売っ気のある人ではなく、どちらかと言えばその方面に関してはからっきしの性格なので、レオンは心配になる。
しかし、レオンがどれだけ心配した所で、まだ15歳のレオンが彼らの力になれる事は幾らもないのである。

 濡れていた体を拭き終って、シャツに頭を潜らせながら、レオンはこっそりと溜息を拭く。
そしてシャツの襟から顔を出して、間近にあった銀髪と紫電に驚いて、ビクッと肩を跳ねさせる。


「……エッ、ジ、」
「おう」


 にやにやと、悪戯が成功した子供のような顔で笑う銀髪の少年は、エドワード・ジェラルダイン────普段はあだ名で「エッジ」と呼ばれている。
先程、戦闘訓練の授業でレオンと勝負をしていた人物であった。
彼はレオンのクラスメイトで、話をする機会も多く、先の授業のように組んで行動する事もある。

 レオンは一つ息を吐いて、意地の悪い笑みを止めないエッジを呆れた表情で見る。


「何がしたいんだ、お前は」
「別に何も。ちょっと驚かしてやろうと思っただけだよ」


 肩を竦めてそう言うと、エッジは手に持っていた制服の上着を肩に引っ掛けた。
レオンは上着に袖を通し、畳んだ汗塗れのアンダーを入れた鞄を持って、エッジと連れ立って更衣室を出た。

 次の体育の授業に備えて、グラウンドに散っている他クラスの生徒達を横目に、二人はグラウンドの隅を通って校舎へと入る。


「あーあ、腹減った。早く昼飯になんねぇかな」
「あと一時間だ。頑張れ」
「あ〜……」


 辛い、とエッジは空きっ腹を撫でながら呟いた。


「ガーデンの授業の間の休憩は長い方だって聞いたけどよ。そうなのか?」
「一応、そうらしいな。ポールが言っていた。でも、俺もガーデン以外の学校事情とか、そういうのは知らないからな…」
「どっちにしろ、俺にはまだ足りないね。昼寝する位の時間が欲しいぜ」
「それは昼休憩にすれば良いだろう。その程度には時間が取れると思うが」
「昼休憩は昼飯食うもんだろ」


 食事の後、バスケットボールなりフットサルなりで軽い運動をして、体をこなすのがエッジの昼休憩の過ごし方だった。
そして、胃袋を満たして、適度な運動を行った後の授業は、教室で転寝する(わざとらしく鼾を立てて爆睡している事もある)のがパターンだった。

 また今日も同じパターンになりそうだ、とレオンは濃褐色色の髪をぐしゃぐしゃと掻いて、溜息を吐く。


「お前は暢気でいいな……」
「おい。俺が能天気みたいな言い方だな」
「違うのか?」
「あのなぁ、俺だって真面目に悩んでる事はあるんだぜ」
「初耳だな。例えば?」
「今日提出の課題がまだ終わってねえから、どうすっかなーと」


 言いながら、ちらちらと紫電の瞳がレオンを見遣る。
その意図する所を察して、レオンはつんとその瞳から視線を外し、


「ノートなら貸さないぞ」
「ンな連れない事言うなって。クラスメイトのよしみだ、なっ!」
「週に何度も貸してくれと言う奴に、いつまでも無償で貸してやるほど、俺だってお人好しじゃない」


 冷たい態度の級友に、エッジはがっくりと肩を落とした。
今日が期限の提出課題は古代史で、担当のヤマザキ教諭は生徒指導を兼任している所為か、非常に厳しい。
提出物の遅れや、テストでの赤点は、直ぐに古代史の成績に響いて来る。


「くそ〜…アテにしてたのによぉ」
「そいつは光栄だが、俺が努力して解いた問題を、お前は丸写しでクリアしようとしているんだ。それは不公平ってものだろう」
「何にも努力してねえみたいに言うなよな。俺なりに頑張ってどうにかしようとしたけど、駄目だったから、頼れるレオンお兄様に協力して貰おうと思ったんじゃねえか」
「…なんだ、お兄様って」


 聞き慣れない呼び名で呼ばれて、レオンは判り易く眉根を寄せた。
睨んでいるようにも見える青灰色を向けられても、エッジは特に怖がる様子はなく、


「だってお前、弟と妹いるじゃねえか」
「それはそうだが、お兄様なんて呼ばれ方をされた覚えはない。お前に兄呼ばわりされる謂れもない」


 レオンには初等部の5年生と1年生にそれぞれ妹と弟がいる。
それは確かだ。
数ヶ月前からは、弟と同じ年の子供を預かるようになったので、今のレオンは三人の妹弟の兄と言う事になる。
また、バラムの街には、血の繋がりはなくとも、レオンを兄のように慕う子供達が多い。
クレイマー夫妻が孤児院を経営していた頃、レオンはその孤児院の最年長────兄代わりとして、年下の子供達の面倒を見ていた。
彼らは里親に引き取られた後も、レオンの事を兄のように慕い、街やガーデンで見掛けては声をかけて来る。

 だからレオンは兄的存在として幅広く周知されている為、形容する言葉として、“兄”の呼び名が付く事が多い。
だが、それでも「お兄様」等と言う呼ばれ方をされた事はない。
増して、同じ年齢のクラスメイトから「お兄様」と呼ばれるなど、正直、背中が薄ら寒くなる気分だった。

 じっと険しい眦で睨むレオンに、冗談だよ、とエッジは両手を上げた。


「そんなに睨むなよ」
「睨んではいない」
「そーか。で、さっきの話の続きなんだけどよ、」
「頑張れ」
「まだ最後まで言ってねえぞ」
「ノートを貸してくれって言うんだろう?さっきも言っただろ、無償で貸し出ししてやる程、俺もお人好しじゃない」
「じゃあ、今日の昼飯、俺が奢るから、それで」


 だからノートを見せてくれ、と縋るエッジに、レオンは短い溜息を一つ。

 ガーデンの昼食は、幼年クラスと初等部は栄養士が計算した食事を給食として出されているが、中等部以上は食堂か、購買や弁当などとなっており、特に決められてはいなかった。
食堂の食事は、決して生活に余裕はないであろう生徒達の為に、非常に安価になっている。
しかし、今現在、レオン達兄弟の家計は火の車であった。
妹弟の昼食は、授業料の中に給食費として含まれているので、事務などの仕事を真面目にこなせば良いとしても、レオン自身の食事は生活費の中から捻出しなければならない。
進級前の春休み中、新しい家族の為にとアルバイトの時間を暫く減らして貰っていたので、代わりに懐の余裕がなくなってしまった。
取り敢えず、真っ先に食費を削って(しかし育ち盛りの子供達にひもじい思いはさせられない。出来るだけ食材は安く手に入れて、且つボリュームが増やせるようにと試行錯誤を繰り返している)、必要な生活雑貨も無駄のないように節約しているが、それで全てが賄える訳ではなかった。
進級に際して、教科書も新しく買わなければならなかったし、育ち盛りの弟達は直ぐに身長が伸びて服を買い替える必要があった。
それらの代わりに何かを我慢しようとすると、レオンの選択肢は、自然と自分が耐えると言うものに限られてくる。

 レオンはあまり量を食べる方ではない。
朝など、コーヒー一杯トースト一枚でも十分だと思う。
けれど、食べ盛りの弟達の手前、何も食べないままでいる訳にも行かないし、何より家族で食卓を囲める時間が好きだった。
しかし、自分一人の分だけでも作る量が減れば、幾らか家計に余裕が出来る。
そして、昼食が妹弟とは別にならざるを得ないと言う状況も手伝って、レオンは此処しばらくの間、昼食を抜く事が増えていた。

 レオンは、比較的、エネルギー消費の効率は良い方である。
とは言え、今日は二限目に体育、三限目に戦闘訓練と言う時間割になっていたので、流石に腹は減っている。


「……判った。古代史だけでいいんだな?」
「いや、出来りゃ数学と世界史も……」
「…その分、昼飯の注文を増やすぞ」
「いーっていーって。お前、どうせ大した量食わないし。それ位ヘーキだよ」


 エッジにとっては、自分の懐が軽くなる事よりも、課題を無事に提出する事の方が大事だ。
ガッツポーズで喜びを表す級友に、レオンは仕様のない、と苦笑を漏らす。

 レオンとエッジは、円状に弧を描く廊下を進み、ガーデンの中央を貫く形で配置されているエレベーターに乗り込む。
二階で降りて、今年の春から使用されるようになったばかりの新しい教室に入り、レオンは窓辺の学習パネルに座った。
その隣にエッジが座り、期待する眼差しで見詰める紫電に気付くと、レオンは嘆息して、パネル下の教材入れから古代史のノートを取り出す。


「今日はこれだけで良いだろう?数学と世界史の提出は明後日だからな」
「おう、ありがとよ」


 短く感謝を述べると、エッジは早速ノートの転写作業を始める。

 レオンが教室の時計を見上げると、休憩時間の終了まで後十分弱となっている。
教室にはぱらぱらと生徒が戻って来ており、次の授業の開始に備えて、学習パネルで予習を始めたり、気の知れた友人と喋っていたり。

 そんな穏やかな風景をしばし眺めた後、レオンはふと、窓の外へと目を遣り、先程武道館から戻ってくる時に通ったグラウンドを見下ろした。
体育の授業前の準備運動をしている生徒達の中に、レオンは見慣れた少女の存在を見付ける。
先導する体育委員の掛け声に合わせて、柔軟している少女は、レオンの妹のエルオーネだった。


「何見てんだ?」


 窓の外を眺める格好のまま、動かなくなったレオンを、エッジが覗き込んできた。
返事のないレオンの視線をなぞって、彼も窓外を見下ろし、


「お、あの子。お前の妹だよな」
「ああ」


 一緒に柔軟体操をする友人達に囲まれ、楽しそうに笑っている少女。
レオンが見ている時は、いつも二人の弟の世話に追われている“姉”の顔をしている彼女も、級友達と笑い合っている今は、ごくごく普通の“女の子”の顔をしている。

 エルオーネの艶のある黒髪に、級友達の手が触れる。
羨ましそうに黒髪を撫でる少女達に、エルオーネが照れたように顔を赤くしていた。
その光景を目にするだけで、レオンは口元が緩んでしまう。


「楽しそうだな」
「お前もな」
「……何か悪いか?」


 にやにやと笑み───もっと言えば揶揄い───を含んだ声に、レオンは眉根を寄せて振り返った。
すると其処には、声と同じように揶揄を含んだ笑みを浮かべたエッジの顔。


「いんや、別に。良かったじゃねえか、おにーちゃん。可愛い妹が楽しそうで」
「だから、お前に兄呼ばわりされる謂れはないと……ノートも早く書け。結構量があるから、急がないと放課後までに間に合わないぞ。昼休憩にやるつもりはないんだろう?」
「おっと、そうだった」


 昼はのんびり食事を採って、その後に軽い運動。
そう決めているエッジは、レオンが促す通り、急ぎノートの転写作業に戻ったのだった。