潮騒の初め レオン編


 バラムガーデンの学園長室を後にしたレオンは、カードリーダー前の守衛と同じように、ガーデン設立時から職員として努めている教員達の下を挨拶して回った。
保健室を預かるカドワキや、レオンが在籍していた時から高等部の社会科授業を担当しているヤマザキなど、今現在スコールも世話になっている人もいる。
OBとして、兄として、きちんと挨拶はして置かなければならない。

 そして食堂でレックスとクジャを見付けたレオンは、新年の挨拶を交わした後、少しの間それぞれの弟について話をしていたのだが、食堂の時計が午後3時の鐘を鳴らすと、


「───こんな時間か。すまない、俺はそろそろお暇するよ」
「もう帰っちゃうのかい?コーヒー位飲んで行きなよ。新しい豆が入ったらしいから」
「それは確かに気になるが、あまり遅くなると会社のロビーが参拝帰りの社員で混むからな。人がいない内に上に挨拶を済ませて置きたいんだ」
「それで、夕方からは家でのんびりするんだね」


 レックスの言葉に、そう言う事だ、とレオンは頷いた。
面倒な事は早めに済ませて、後は弟達のいる家でのんびりと。
普段、仕事で多忙な分、珍しく取れた休みの時は、家族と過ごしたいのがレオンの本音である。

 それじゃあ、と簡素な挨拶を済ませて、レオンはガーデンの食堂を出た。
擦れ違う生徒達が、レオンの姿を見付け、驚いたように目を丸くしている。
女子生徒がきゃあきゃあと声を潜めて黄色い悲鳴を上げるのを聞きながら、レオンは嘗て歩き慣れた廊下を進む。

 そろそろカードリーダーが見えて来ると言う所で、ジャケットの内ポケットに入れていた携帯電話がバイブレーションを慣らした。
取り出して液晶を確認すると、エルオーネからテレビ電話が入っている。
いつも使わない機能を使用している妹に、何の気紛れだろうと首を傾げつつ、通話を繋げる。


『もしもーし。レオン、見える?聞こえてる?』
「ああ。どうした、テレビ電話なんて初めてだろう」
『ふふ、ちょっとね』


 画面に映った妹は、至極楽しそうな顔をしている。
特に何か異変があった訳ではないようだと、心配が杞憂であった事にほっとして、レオンは眉尻を下げる。

 液晶画面には、エルオーネの他に、三人の少女が映っている。
そのメンバーにレオンは見覚えがあった。
以前、仕事でトラビアガーデンを訪れた時、エルオーネに紹介して貰った友人達だ。


『えっと。レオン、明けましておめでとうございます』
『おめでとうございまーす』
「ああ、明けましておめでとう」


 エルオーネの挨拶に合わせ、少女達も声を揃えて挨拶をする。
仲の良い様子に、レオンはくすくすと笑みを浮かべながら挨拶を返した。


『さっきね、スコールとティーダとも電話したよ。友達と一緒だった』
「揃って参拝に行ったからな。エルは明日、こっちに帰った時に行くのか?」
『うん。船で帰るし、港からなら近いし。明日ならそんなに人はいないでしょ?』
「そうだな……」


 エルオーネが帰って来ると判っていれば、スコールとティーダが迎えに行くだろう。
出来ればレオンも彼女を迎えに行きたいが、エルオーネが昼にトラビアガーデンを出発するのなら、彼女がバラムに到着するのは早くても夕方になるだろう。
レオンは明日の昼には仕事に向かわなければならないので、妹の出迎えには行けそうにない。

 良くも悪くも人が増えるこの時期、平穏なバラムと言えど、事故や事件は起きてしまうものである。
エルオーネが一人で港から家まで帰るとなったら心配で堪らなかったレオンだが、スコールとティーダが一緒にいるなら大丈夫だろう。
最も、本音を言えば、レオンはスコールやティーダも心配だったりするのだが、それを言い出したらレオンの不安は尽きなくなってしまう。

 もしかしたら、新年のエキシビジョンマッチの為にザナルカンドに行っているジェクトと合流するかも知れない────と考えてから、


(そうか。都合が合うか判らないが、ジェクトに連絡して置くか。ジェクトも一人で帰ってティーダと顔を合わせるより、エルとスコールがクッションになった方が喧嘩になり難いだろうし)
 ジェクトがエルオーネと一緒にいられるのなら、レオンとしても心強い。
勿論、ジェクトの都合が合えばだが、話しをしておくだけでも良いだろう。

 エルオーネもスコールもティーダも、小さな子供ではないのだと言う事は判っている。
けれど、レオンにとってはいつまでも大切な家族なのだ。
万が一でも、危険な目になど遭って欲しくないから、過保護と判っていても、ついつい心配してしまう。


『レオン、どうかした?』
「───あ、いや。なんでもない。そっちは、今は新年会でもしてるのか?」
『うん。良く判ったね』
「皆少し顔が赤いからな。飲んでるんじゃないかと思ったんだ」


 特にエルオーネの顔がいつもよりも赤らんでいるのは、兄であるレオンにはよく判った。
すごーい、と少女達が目を丸くしている。


「明日に響かないように気を付けろよ」
『うん。ね、レオンはもうシド先生達にご挨拶に行ったの?』
「さっき済ませた所だ。墓参りは、会社に寄った後に行こうと思ってる」
『そっか。私は明日…は無理かな。明後日行くね』
「ああ」


 幼い頃から世話になったクレイマー夫妻と、十七年前に他界した母への墓参りを、エルオーネは毎年欠かさなかった。
出来ればレオンもそうしたいのだが、墓参りはともかく、クレイマー夫妻への挨拶は仕事の都合でついつい遅れがちになってしまう。
だから今年、新年を迎えて直ぐに挨拶に行けたのは、非常に珍しい事だった。

 そう言えば────母の墓参りに行くのも、随分久しぶりではないだろうか。
盆や母の日などの折にも墓参りに行くようにして入るが、やはり仕事の都合上、その当日に来る事はめっきり減っている。

 エルオーネがトラビアガーデンに入学して以来、定期的に墓参りに来るのはクレイマー夫妻だけだ。
スコールは、母親の墓であると言われても、いまいちピンと来ないらしく、中々足が向かないらしい。
レオンやエルオーネと違い、母との思い出らしい思い出がないのだから、仕方がないのかも知れない。
それでも、いつか行ってみようと言う気持ちはあるらしく、レオンはその日を気長に待つ事にしている。


「エル。明日、ガーデンから出る時はちゃんと温かくしておけよ。風邪を引かないようにな」
『うん。レオンも仕事に行く時は気を付けてね。今日はバラムも寒いんでしょ?』
「まあ、そうだな……トラビアに比べると、随分暖かい方だけど。港は風が強いし」
『明日のお仕事は何処に行くの?』
「ガルバディアだ。警備と討伐になるな。予定は2日間だから、今週中には帰れる。エルは、今週中はこっちにいるんだろう?」
『そのつもり。レオンが帰る時には、スコールと一緒にご飯作って待ってるね』
「ああ。楽しみにしてる」


 柔らかい笑みを浮かべて言ったレオンに、エルオーネが嬉しそうに頷く。
そんなエルオーネに、良いなあ、と羨ましそうに零す友人達。
揶揄ように紫髪の少女がエルオーネの髪を撫でれば、一緒になって桃色髪の少女と、緑髪の少女がエルオーネをぎゅうぎゅうと抱き締めた。


『皆苦しいってばー!』
『あははは』


 悲鳴を上げるエルオーネに、少女達は楽しそうに笑う。
そんな少女達を眺め、仲良くやっているようだな、とレオンは遠く離れた妹のガーデン生活が順風満帆である事を感じ取っていた。

 もみくちゃにされて、乱れた髪を必死で手櫛で直すエルオーネに、レオンはくつくつと笑みを漏らす。


『もう、皆して!』
『ふふ、ごめんごめん』
『全くもう……髪ぐちゃぐちゃだよ』
「結構可愛いぞ、エル」
『レオンまで揶揄わないでよ』


 眉尻を吊り上げ、頬を膨らませるエルオーネだが、そんな顔も可愛いなとエルオーネは思う。
明日、帰って来る彼女を迎えに行けないのが心底残念に思えてならない。


「じゃあ、エル。明日は気を付けて帰るんだぞ」
『うん。レオンはお仕事、気を付けてね。怪我しないようね』
「ああ。じゃあな。皆、今年もエルを宜しく」
『はーい』
『此方こそ宜しく』
『宜しくお願いします』


 兄らしいレオンの言葉に、友人達は手を振って応える。
じゃあまたね、と言うエルオーネの言葉を最後に、通話は切られた。

 ブラックアウトした画面をしばし眺めて、レオンは小さく笑みを浮かべる。
定期的に連絡を取って、その度に彼女の声を聴く事で、妹が元気に過ごしていることを感じ取っていたのだが、やはり声だけよりも顔が見える方が彼女の様子がよく伝わってくる。
顔色を見れば体調の良し悪しが判るし、友人とどんな風に過ごしているのか、友人達からどんな風に想われているのかも見て取れる。
今まで使っていなかったテレビ電話機能だったが、これなら普通に電話をするよりも良いかも知れない、とレオンは思った。

 明日、仕事の間に時間が取れたら、スコールにテレビ電話をかけてみようか。
何かと遠慮しては自分から滅多に連絡を寄越してこない弟に、悪戯心のような気持ちを抱きつつ、レオンはバラムガーデンの校門を潜り抜けた。




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