潮騒の初め レオン編


 ガーデンからバスで街まで戻ると、レオンはバスを乗り換えてミッドガル社へ向かった。
新年を迎えた社内は、何処か浮き足立っているようにも見えるが、業務的には通常通りとなっている。
新年の行事に合わせ、セレモニー等の警備依頼もあるし、魔物討伐の依頼に時期は関係ない。
社員が寝ずの研究を続けている各部門も同様で、エレベーターに乗って上階へ登る最中、途中で乗り込んでくる社員たちは、いつもと変わらない顔をしている。
中には、徹夜続きの後なのか、青白い顔でふらふらと歩きながら、レオンには意味の分からない公式や記号の羅列を延々と呟いている者もいる。

 レオンは改めて、自分の今日の休日が如何に希少であるかを実感した。
そんな事をせずとも、レオン個人の休日自体が貴重なのだが。

 レオンはSEED部門がトレーニング等に使用しているフロアでエレベーターを降りた。
新年とあってか、残っているSEEDは出来るだけのんびりしたいのか、常のようにトレーニングルームに人の気配はない。

 しかし、フロア内は無人と言う訳ではなかった。
レオンが廊下を歩いていると、自動ドアの開く音が鳴った。
見れば、バーチャルシュミレーションルームからザックスとクラウドが出て来る。


「あ」
「おっ」


 レオンの存在に気付いて、ザックスが破顔する。
よう、と右手を上げるザックスに、レオンも同じように手を上げて返す。


「あけましておめっとさーん」
「ああ、おめでとう」
「レオン、お年玉」
「挨拶を先にしろ」
「おめでとう」


 咎めるレオンの言葉に、素直に新年の挨拶をしながら、クラウドは右手を差し出す。
今朝、同じような事を弟の友人からもねだられたが、相手が未成年ではないからだろうか、レオンは眉間に皺が夜のを堪えられなかった。
そんな同僚に、ザックスは眉尻を下げて愛想笑いを浮かべる。

 レオンは一つ溜息を吐いて、ジャケットに入れていた小さな袋を取り出した。
相手が成人している所為か、同僚である所為か、若干腑に落ちない気持ちはあるが、レオンの方が年上であるのは確かなので、要望には応えて置く事にする。
と言っても、弟達のように用意していた訳ではないから、金銭の類は渡せない。
代わりにレオンは、挨拶先で渡していた上菓子の余りを差し出した。


「ほら。余りものだが。ついでにザックスも食べるといい」
「お。言ってみるもんだな、ザックス」
「…お前の入れ知恵か?」
「いや、違う違う。違うけどー、まあ、言ってみたら?みたいな事は言ったかも知んない。あ、菓子(これ)、ありがとな」


 あはは、と頭を掻きながら笑って誤魔化すザックスに、レオンは溜息を吐く。
その横で、ありがとう、と形式的な礼がクラウドの口から延べられていた。


「お前達、統括にはもう挨拶はしたのか?」
「ああ。朝一に行っといた。ついでに今晩からの仕事回された」
「俺も」


 どんよりと人魂を飛ばすザックスと、いつもと変わらない無表情で手を上げるクラウド。


「早めに挨拶済ませて、後はのんびりしようと思ったらコレだぜ。明日の朝からエアリスの手伝いしようと思ってたのにさ」
「他の誰かと変わって貰ったらどうだ?」
「新年早々、自分から仕事したがる奴がいると思うか?」
「まあ……そう、か……」


 探せば誰かいるんじゃないか、とはレオンも思わなかった。
社員の多くは自分の仕事に責任を持って研究や依頼に打ち込んでいるが、連日続くハードスケジュールに休みたい気持ちがあるのも事実。
レオンとて、久しぶりに家族と過ごせる新年の初休みを、今更無しにはしたくなかった。


「仕事は長引きそうなのか」
「そういう訳でもないけどさ。夕方ぐらいにドールに行って魔物討伐だから、帰れるのは明日になるのは間違いないんだよな。船の直通便がある分、エスタに行くより良いけど」
「クラウドも同じ仕事か?」
「別口。でも任務地はドールだから、出る時はザックスと一緒に行く」
「……と言う事は、船か。酔い止めの薬を忘れるなよ」
「先に鞄に入れておいたから問題ない」


 生来から乗り物酔いの酷いクラウドは、仕事で遠方へ出向く度に死に体になる。
任務地について休める時間があるのなら良いが、そのような事は珍しいものなので、仕事に支障が出ないようにと酔い止めの薬を常備するようにとレオンやザックスから口酸っぱく言われているのだが、どうしてか忘れてしまう事が多い。
今回も、先手を取ったように準備を整えているのは、ザックスに言われたからに違いない。


「明日の手伝いは無理だなー」
「花屋の彼女には連絡はしたのか?」
「さっきな。お仕事頑張ってねーって。明日の手伝う約束、ドタキャンしたようなもんなのに、怒ってなくてさ。良い子だろ」
「確かにな。彼女には宜しく伝えておいてくれ」


 ザックスの恋人である花屋の女性には、墓参りに持って行く花を選んで貰ったり、仕事に必要になる花を見繕って貰う事があり、レオンも世話になっている。
ザックスと彼女の中は良好なもので、喧嘩をしたらしいと言う話を、レオンは殆ど聞いた事がない。
ざっくスと一緒にいる事が多く、度々彼女とも顔を合わせるクラウドも、ザックスと彼女が喧嘩をしている所は見た事がないらしい。
彼女はザックスが飛び入りの仕事が入り、デートの約束を破らなければならない事になっても、怒らずに待っているのだそうだ。
その代わり、お土産宜しくね、と可愛らしいお願いをするのは忘れない。

 そんな彼女にザックスは芯まで惚れ込んでいるようで、彼女の話をする時、ザックスはすっかり頬が緩む。
急な仕事に飛んでいた人魂は何処へやら、今度はパステルカラーの花が飛んでいるような雰囲気だった。


「レオンは仕事は入ってないのか?」
「今日はないな。明日からだ」
「ん?俺のスケジュール、確か…」
「安心しろ。明日の仕事は俺だけだ。お前は入っていない。討伐の方はともかく、警備任務は内容からして、お前向きじゃなかった」


 首を傾げて今日明日の予定を思い出そうとするクラウドに、レオンは言った。
それを聞いて、クラウドがほっとしたように胸を撫で下ろす。


「新年一週間ぐらいは、のんびり休ませてくれりゃ良いのになー」
「気持ちは判らないでもないが、うちの会社の性質上、先ず無理だろうな。寧ろ今が書き入れ時だ」


 愚痴るザックスに、レオンは眉尻を下げて行った。
仕事が貰えるのは有難いが、家族とのんびり過ごす時間が限られてしまう事に関して言えば、レオンもザックスと同じ心境である。

 年末年始は至る所でイベントが行われる。
有名シンガーのカウントダウンコンサートや、政治家主導で行われるセレモニー、多数の人が集まる所での警備強化に伴う人員の追加派遣など、ミッドガル社は積極的に請け負う方針を取っている。
その分、年末年始の仕事に関する給料分配も考慮されるので、文句がありつつも、社内ストライキのようなものは今の所起きていない。
急遽取り上げられた休暇なども、後で代替日を申請できるように有給休暇として残されている。
ザックスとクラウドの休暇も、後できちんと取り戻せるだろう。

 レオンの言葉に、そうだよなぁ、とザックスは溜息。
がりがりと頭を掻いて、気持ちを取り直す。


「あれだよな、年末だけでもゆっくり出来たんだから良い方だと思わないとな。カンセルなんか、一昨日から明日までセントラ大陸で資材調達部の護衛だってよ」
「それは中々厳しいな。セントラ大陸と言えば、危険度A級の魔物が多い所だし」
「それもセントラ大陸なんて、色気もへったくれもない所だろ。俺だったら干からびそうだよ。せめてスピラのビサイドみたいな所なら、景色も良いし、休憩時間にバカンスーって感じで楽しめるんだけど。それに比べりゃ、俺なんか断然良い方だな。ドールならその気になれば日帰りできる距離だしさ」


 しみじみと語るザックスに、レオンは全くその通りだと頷いた。
普段、年末年始や盆などの行事の度、仕事に駆り出されているレオンなので、たまの休日等の家族と過ごせる日の大切さはよく判っている。

 気持ちを切り替えたザックスは、気合を入れるように両手で頬を叩いて、顔を上げた。


「さてと、気合入れ直して、もう一回ウォーミングアップ行っとくかな。クラウドもどうだ?」
「バーチャルか?」
「いや、そっちはちょっと飽きたからな。兵器開発部に行って、なんか適当に出して貰おうぜ」
「それなら俺も行く。俺もバーチャルはそろそろ飽きた。決まったパターンしか出て来ないから」
「宝条博士がいないから、その辺の細かい設定できる奴がいないんだよな」


 宝条とは、ミッドガル社の研究部門の殆どを一手に取り仕切る博士の名だ。
天才的な知能を持った彼は、エスタにいる魔法研究の第一人者と言われているオダイン博士と同格と言われるほど、素晴らしい博士だと言われていた。
しかし性格には少々────いや、多大な難があり、社内では変人としても有名であった。
また、かなりのデータマニアである事も知られており、ミッドガル社に勤めるSEEDに関するデータは須らく彼の手元に握られていると言う話だ。
実際、レオン、ザックス、クラウドのデータも詳細に記録されており、これを利用したバーチャルシステムがSEED達のトレーニングに利用されている。

 それ程までに研究熱心ならば、仕事にも真摯に打ち込んでいるのかと言われると、そうではない。
基本的に彼は、自分の興味の対象にのみ情熱を注ぐタイプで、他は飽きてしまえば部下に丸投げするのが常である。
また、年末年始や盆など、世間一般の多くが休日と考える日は必ず自分も休みにしており、緊急の要請があっても応じないと言う。


「相変わらず、休暇をきっちり確保するんだな、あの人は」
「今頃はビサイドか、コスタ・デル・ソルにでも行ってるんじゃないか。あの人、それが定番だから。お陰で研究部門は平和らしいけどなー。あの人がいると、なんか訳の判んない危ない実験やらかすから。クラウドも付き合わされた事があったよな、確か」
「仕事帰りに捕まって、説明なしでベヒーモス五体の相手をさせられた奴か」
「…災難だったな」
「いや、ホント。此処で暮らしてると、そんなのしょっちゅうだぜ」


 此処、と言ってザックスは床をコツコツと鳴らす。

 ミッドガル社内は、研究機構としては最先端の設備が揃うし、缶詰生活をしていても特別な不自由を感じない程に恵まれた環境ではあるのだが、宝条のような変わり者と一つ屋根の下で暮らしているようなものなので、そう言った人物の気紛れに振り回される事も多い。
宝条の部下に当たる各部門の研究者や、特殊な訓練を受けている事で常人よりも身体能力が遥かに高いSEED社員などは、頻繁に彼の研究実験に駆り出される。
その際の事故などの保証など、気の利いた事はしてくれる人ではないので、彼の実験に付き合う時は原則的に自己責任とされていた。
社長が何かしら言って聞く人でもないので、彼の横暴を止める手立ては皆無に等しいのである。

 それさえなければ。
本当にそれさえなければ、社員にとって、ミッドガル社のビル内は快適な空間だ。
何でも最先端設備が整えられるので、医療関係は勿論、リラクゼーションや娯楽も充実しているし、仕事後に報告書を提出した後、そのままエレベーターで上階へ登れば帰宅する事が出来る。
バラムからミッドガル社のビルまでは、車を使えば数十分の距離だが、地形の条件上、何処に行くにも長距離移動が余儀なくされる為、仕事を終えた後に自宅まで帰るのが中々大変だったりするのだ。
レオンは大抵、先ず家に帰ってから、提出期限までにビルに赴くようにしているが、本社ビル内に住めば、この二度手間が省けるのだ。

 かと言って、レオンがミッドガル社のビル内に居住を移す事はないだろう。
ビル内の社員寮は、社員の家族も一緒に住める広さを確保したフロアも用意されているそうだが、レオンが帰って来たいと思うのは、潮騒の届くあの家だ。
亡き母と、今は離れて暮らす妹と、大切な弟との思い出の残る家。
レオンがあの地を離れ難く思うのは、それらが全て、あの場所に詰まっているからだ。

 ザックスが軽く肩を回して、筋肉を解す仕草をする。
それを見て、レオンはじゃあな、と分かれ道の角を曲がった。


「仕事始め、頑張れよ」
「はいよー。レオンもな」
「今年も宜しく」
「ああ。宜しく」


 パートナーとして行動を共にする男に、レオンは同じ言葉を返して、背を向けた。
通路の先に設置された、統括ルームへ向かう専用エレベーターに乗り込み、上昇ボタンを押した。




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