潮騒の初め スコール編


 レオンが家を出て、二時間ほど経った頃。
新年の特番のテレビ番組の中から、バラエティ系を中心に見ていたティーダが、それまで大口を開けて笑っていたのをぴたりと止めた。
静かになったティーダに、おや、とジタンが首を傾げていると、


「あ、ジェクト」


 ヴァンの呟きを聞いて、ああ成る程、とジタンは理解した。

 昨晩から幼馴染の家に泊まり込んでいたティーダであるが、それは父が家にいないからこその行動であった。
気を遣う事もなく、一人で年越しを過ごすのも嫌だし────父がいたとて、新年早々の親子喧嘩回避の為にも────と、ティーダは幼馴染宅を訪れていたのだ。
そして、年越し蕎麦に縁起担ぎの新年料理に、友人達も遊びに来てと、のんびりとした元日を送っていた所で、眺めていたテレビに、とある人物が映った瞬間、ティーダの機嫌はポッキリと折れて下降線を向いた。

 テレビに映っていたのは、熊のように大きな体躯に、黒髪と無精髭を生やし、強面をくしゃくしゃに崩して豪快に笑う男────ティーダの父親である、ジェクト。
番組は音楽業界やスポーツ業界等で人気を博している人物を呼んで、パフォーマンスを見せると言うもの。
先程までは音楽業界の重鎮を呼び、古くから人気のある曲と近年のヒット曲をメドレーで演奏し、ティーダも目を丸くして感歎していたのだが、父の顔が映った瞬間、ティーダは誰が見ても明らかな顰め面になっていた。


「おー、スフィアプールだ。作ったのかな、コレ」
「スフィアプールってかなり特殊だから、専用の機械とかがないと作れないんじゃなかったか?」


 ヴァンとジタンの会話を聞いて、洗い物を終わらせて手を拭いていたスコールもテレビを見て言った。


「この番組、ザナルカンドから生でやってるんじゃないか」
「おぉ、ホントだ。あー、それなら機械もあるから、小さいスフィアプールも作れるか」
「凄いな。あれがあったら、ダルマスカでもスフィアプールが作れるのか?」
「…大量の水があれば、可能かもな」
「じゃあオアシスなら出来そうだな」
「出来たとして、それでお前どうするんだよ。泳げないだろ」
「それなんだよなー」


 ジタンの言葉に、ヴァンは残念そうに唇を尖らせる。
取り敢えず、先ず5メートル泳げるように頑張れと言うジタンに、そうする、とヴァンは頷いた。

 プツン、とテレビの電源が落ちる。
見てたのに、と文句を言う者はなく、スコール、ヴァン、ジタンの三人はソファに座っていたティーダを見た。
ティーダはブリッツボールの柄のクッションを抱えて、眉間にはスコールに負けず劣らずの皺を作っている。

 ヴァンとジタンが顔を見合わせる傍らで、スコールがひっそりと溜息を吐き、


「そろそろ参拝に行くぞ。ティーダ、準備しろ」
「……うぃっス」
「あんた達も」
「へーい」
「ほーい」


 スコールに促され、ティーダがソファから立ち上がる。
ヴァンとジタンもテーブルを離れ、コートハンガーにかけていた上着を羽織った。
スコールとティーダもそれぞれ上着に袖を通し、外出準備を整える。

 空調によって快適温度に保たれていた室内から、一歩外に出ると、海から冷たい風が吹きつける。
頬を叩く冷気に、ジタンとヴァンだけでなく、スコールとティーダも身を震わせた。


「あー、寒っ!」
「海沿いだからな…」
「バラムの水神って何処に祀ってあるんだっけ」
「港の方」


 四人で連れ立って、のんびりと歩く。

 擦れ違う親子連れや若者達が、スコール達に気付くと会釈して新年の挨拶を投げかける。
ティーダは、先程までの不機嫌な顔は何処へやら、にこにこと笑いながら返事をした。
スコールも無表情は変わらないものの、ぺこ、と小さく会釈を返す。
今日ばかりは、知人でも知人でなくとも構わず、挨拶を交わす事が多い。
ヴァンとジタンも二人に倣って挨拶をしながら、目的地である港を目指した。

 バラム港は、常に漁師や仲買人、船の利用者に旅行客にと人で溢れているが、新年ともなれば尚更だ。
漁師の多くは既に海に出ており、連絡船は常よりも運行数が減ってはいるものの、旅行者や里帰りの為に利用する者がいる。
それに加えて、バラムの街人と、バラムガーデンの生徒やミッドガル社の社員も参拝に来るので、参拝客がピークになる時間は、港周辺の道路まで人で埋まる程だ。

 港に一番近いバラムホテルがある通りに差し掛かると、一気に人の気配が増える。
港を見下ろせる場所まで上れば、港はすっかり人で埋まっているのが見渡せた。


「うへー、すっげぇ。毎年だけど」
「参拝先が此処しかないからな。皆此処に集まる」
「ピーク過ぎたと思ってたんスけど、やっぱまだ一杯だなー」
「出店も一杯あるな。俺、何か買って帰ろうかな。兄さんの土産に」


 がやがやと沢山の人の声が響く中に、四人も加わって行く。

 ごった返す人々の間での往復をスムーズに行う為に、道には行き帰りの順路の看板が出されている。
その道を真ん中に通して、傍らには様々な出店や屋台が並んでいた。
バラムの港には観光客をアテにした出店が出ている事が多いが、新年のこの日はそれらが一挙に並ぶのだ。
鍋やうどん、雑煮などの温かな食べ物の他、綿飴やポップコーンなど、子供が喜びそうな駄菓子も売っている。

 ふらふらと食べ物に誘われて行こうとするティーダをスコールが、ヴァンをジタンが制しながら、参拝の列へ並ぶ。
港とあって吹き付ける風も一層冷たさを増しているが、人垣のお陰か、道中ほどは気にならない。


「イカ焼きあるぞ、イカ焼き」
「バラムの魚って旨いよな」
「あ、ディンおばさん」
「誰だ?」
「……ゼルの」
「鍋だってさ。食ってく?」
「後でな」


 知り合いの顔を見付けて、ティーダが手を振る。
同級生のゼル・ディンの母親である彼女は、ティーダとスコールに気付くと、にこやかな笑顔で手を振り返した。
彼女の傍には、幟が立てられており、参拝客や旅行者に魚介鍋を振る舞っているようだ。

 後で食べに行こうと決めて、参拝の列の動きに合わせて進む。

 バラムに祀られた水神は、蛇のような姿をした海竜であった。
その姿を模した石像が港の奥に建てられており、街人達は其処で参拝をする。
家を出発してから、常ならば十数分で辿り着ける道程を、ゆっくりと一時間弱と言う時間をかけて到着した4人は、ポケットに入れていた財布から小銭を取出し、石像の下に置かれている石造りの器にそれを投げ入れた。
パン、パン、と柏手の音が鳴って、4人は並んで、目を閉じて像に向かって頭を下げて────5秒ほどの祈りの後、頭を上げる。
これで水神への参拝は終わりだ。


「よーし、食うぞー!」
「食うぞー」
「鍋、鍋!」


 うきうきとした足取りで参拝列を外れ、出店へ駆けて行こうとしたジタン、ヴァン、ティーダだったが、スコールだけがついて来ない。
おや、と思って三人が振り返れば、スコールは石像の傍で振る舞われていた甘酒を受け取っている所だった。


「そうだ、甘酒のこと忘れてた!おっちゃん、俺も!ジタンとヴァンのも!」
「甘酒って酒だろ?オレ達、飲んでいいのか?」
「…これは小さな子供でも飲める」
「健康祈願の意味もあるだよな。2人は飲んだ事ないんスか?」
「俺はないなー。気になってはいたんだけど。バラムって成人してないのに酒飲んじゃいけないって聞いてたから。でも子供が飲んだの見た事はあったから、どうなんだろって思ってて」


 飲んで良かったのか、と呟くヴァンに、ティーダが小さな盃を渡す。
ジタンがくんくんと匂いを嗅いで、ぴんと尻尾が張った。

 ちびちびと飲む二人の隣で、ティーダは一息で杯の中身を飲み干した。
ぷはー!と景気よく一気飲みしたティーダに、父親と似てるな、とスコールは思ったが、口には出さない。
そんなスコールは、他の二人と同じように、ちびちびと飲んで甘酒を飲み干した。


「甘酒飲んだし、これで…って、スコール?」


 杯を返却して、今度こそと出店の列へ向かおうとしたティーダたったが、逆方向へ向かうスコールに気付いて足を止める。
何処に行くんだろう、と幼馴染を追うティーダを、ヴァンとジタンも追い駆けた。

 スコールが足を止めたのは、風除けの幔幕を背にして何かを売っている所だった。
それを見たティーダは、スコールの目当てが何であるのか思い出し、追う足を速める。


「スコール、スコール!俺も買うっス!」
「判ったから静かに選べ」
「何何?」
「何買うんだ?」


 ティーダに続いて追って来たジタンとヴァンが、二人の横から覗き込む。
其処には、貝殻を繋いで作られた、アクセサリーのようなものが並んでいる。


「これ、お守りなんスよ」
「へー。パターンが色々あるな。何か意味あるのか?」
「合格祈願、必勝祈願、健康祈願、商売繁盛……他にも、色々」
「ふぅん。イヴァリースじゃ魔石で作ってるけど、こっちは貝なのか」


 ヴァンが健康祈願のお守りを手に取って眺めながら言った。


「俺、これ買って行こう。兄さんに渡そう」
「オレも何か買うかなぁ」
「クジャに?」
「そだな、一応な……風邪引くとあいつ煩いから、オレも健康祈願にしよ」
「俺は…安全祈願にしよ。レオンに渡す」
「ジェクトには?」
「渡さないっスよ、あんな奴に。どうせ直ぐなくすんだから」


 拗ねた顔で言ったティーダに、スコールはひっそりと溜息を吐く。

 去年、スコールとレオンの説得で、ティーダはジェクトに厄払いのお守りを買って手渡した。
ジェクトはブリッツボールシーズンの時、ザナルカンドへ向かう時に使うスポーツバッグにお守りを括り付けたそうだが、しかし、それから一週間と経たない内に、彼はお守りを失くしてしまったと言う。
案の定、これが原因で新年間もなく親子喧嘩が勃発し、ティーダはすっかり臍を曲げて、二度とジェクトにお守りは買わないと心に決めたのだ。

 しかし実際には、お守りは未だにジェクトの手元にあったりする。
本人曰く、貝殻で作られたお守りは、自分が持つには酷く不似合に見えて、スポーツバッグから外した後、他人には見えないように、鞄の内ポケットに入れたらしい。
それならそうと言えば息子に言えば良いものを、恥ずかしいからと彼は肝心の息子にそれを伝えず、「失くした」と言って喧嘩の切っ掛けを作ったのである。
レオンとスコールは、この事をティーダにいつ伝えようか迷ったのだが、お守りの話題を出す度にティーダが不機嫌になるので、止む無く諦めた。
代わりに、いつか自分でちゃんとティーダに説明するようにとジェクトに口酸っぱく言ったのだが、未だに実現していないようだ。

 スコールは並べられた貝のアクセサリーに手を伸ばし、支払いを済ませると、


「ティーダ。これはお前に」
「お、ありが────……嫌味っスか、コレ」


 差し出されたお守りを受け取ったティーダは、其処に籠められた意味────『家庭円満』を察して眉根を寄せる。


「別に嫌味じゃない。純粋な願いだ」
「じゃあオレもティーダに買ってやろ」
「俺も買おうかな」
「コレばっかいらないっスよ!それより俺、こっちがいい!」


 ティーダが指差したのは、必勝祈願のお守りだ。
ああそれがあったか、とヴァンとジタンも思い直し、本人の希望もあるからと、それを購入した。

 三人からお守りを貰ったティーダは、お返しにとスコールに厄除、ヴァンに学業成就、ジタンに縁結びのお守りを買った。
一人だけが三人に、と言うのは不公平だと、ジタンがスコールとヴァンにもお守りを買えば、スコールとヴァンもそれぞれに贈るお守りを選ぶ。


「スコールに学業成就は要らないよなー」
「開運とか?」
「スコール、運なさそうだもんな」
「………」
「ジタン、縁結びでいいか?」
「おう。世界のレディとご縁が出来ますように!」


 四人それぞれのお守りを買って相手に渡す。
小さな紙袋に入れられたそれをポケットに入れて、三度目の正直、とティーダが気合いを入れ直し、


「よーし、今度こそ!鍋!」
「食い倒れ行くぞー!」
「おー」
「………」


 走り出すティーダ、ジタン、ヴァンを見て、スコールは溜息を一つ。
けれども、その口元には薄く笑みが浮かんでいる。

 早く早くと急かす幼馴染の声に押され、スコールは歩き出した。
ポケットの中には、友人から貰ったお守りが三つと、兄と姉、それから幼馴染の父に渡すお守りがそれぞれ入っている。
それらの感触を確かめるように、ポケットの中で手を遊ばせていると、待ち切れなくなった幼馴染が駆け寄って来た。
腕を引く馴染んだ温もりを感じながら、スコールは友人達との新年グルメツアーに参加するのだった。




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