潮騒の初め スコール編


 鍋、イカ焼き、フライドポテト、綿菓子、焼き蕎麦、────他諸々。
並ぶ出店を端から端まで食べ尽くす気かとスコールが思う程、ティーダ、ジタン、ヴァンの新年グルメツアーは凄まじかった。
スコールはゼルの母が作った魚介鍋を食べた時点で胃が膨れたので、その後は食べ続ける三人を専ら眺めている。


「お、りんご飴!」
「待て、ティーダ。さっき綿菓子食べただろ、次はちょっと塩っ気のあるものにしようぜ」
「カキ氷ってないのか?」
「真冬にカキ氷なんか売らないだろう…」


 何を時期違いな事をと言うスコールに、ヴァンはそういうもん?と首を傾げる。
呆れたように溜息を吐くスコールを、ティーダが手を引いて次の出店へと引っ張る。

 ティーダがスコールを連れて行ったのは、飴細工の出店だった。
柔らかく溶かした飴が、色々な動物の形をした飴が並んでいる。


「ほらほらスコール、これ。懐かしー!」
「…そうだな」


 色々な動物を模した飴細工の菓子は、小さな子供を喜ばせるのに適役だ。
幼い頃、スコールとティーダは、レオンとエルオーネに連れられて新年の水神参拝に行った後、この飴細工を買って貰うのが定番になっていた。
最初は長い参拝の列に空き、お腹空いた、帰りたいと駄々をこねるティーダを宥める為に買ったものだったのだが、ティーダだけが飴を食べていると、当然スコールが羨ましがる。
だから兄と姉は、決まって2人分の飴細工を買うようになり、次第に参拝列で大人しくしていたご褒美にと与えるようになったのだ。

 ガーデンの中等部生になる頃には、流石に飴を強請る事はなくなったが、やはり思い出は根強いもので、物を見付けると欲しくなる。
ティーダは黄色いチョコボの飴を手に取って、出店の主人に100ギルを支払った。
スコールは橙色のムンバと言う生き物を模した飴を取る。
後を追って来たヴァンとジタンも、並べられた飴を眺め、


「オレ、モーグリにするかな」
「んー…じゃあ俺は…あ、マンドラゴラがある。これにしよ」


 白い飴のモーグリ、緑色の飴のマンドラゴラをそれぞれ手に取って、支払いを済ませる。


「これって全部味違うよな。モーグリはハッカかぁ」
「チョコボはレモンっスよ」
「俺のメロンだ」
「……オレンジ」
「モルボルの飴あったけど、あれ誰か食った事あんの?」
「いや、ないっスねぇ…」
「色だけ見たらメロンみたいだけど、濃いよな。藻みたいな色してた」
「……藻……」
「食いたくねー!でも一回だけ食ってみたいかも」
「意外と美味いかもしれないよな」
「っスねー。形も色も、結構作れるみたいだから、モルボルの形にしてんのはネタなのかも」
「じゃあティーダが食ってみるか?」
「なんで俺なんスか。食ってみたいって言ったのジタンだろ」
「食ってみたいだけで食うとは言ってねえし」
「言い出しっぺの法則っスよ、ジタン!ほら、あそこに売ってるから」
「いやいやいや!パスパス!」


 断固拒否だと言うジタンをティーダが捕まえ、ずるずると飴細工の屋台へと引っ張っていく。
助けて!と喚くジタンであったが、スコールとヴァンは傍観するばかりであった。


「臭い息の匂いとかするのかな」
「……食えないだろ、そんなもの」
「でも、モルボルって言ったらやっぱりアレだろ?」


 あれは食べ物からして良い匂いではない、とスコールは思う。
若しも本当にあの匂いを再現した飴だと言うのなら、あれを食べるのは史上最悪の罰ゲームに等しい。

 二人が眺める先では、買ったモルボルの飴をどちらが食べるかで揉めているティーダとジタンがいる。
言い出したのはジタンだし、買ったのはティーダだろ、と押し付け合う二人。
ジャンケンをして負けたジタンが顔を顰め、棒に差した飴を受け取った。
くん、と鼻を近付けた瞬間、金色の尻尾が猫のようにぶわっと逆立って膨らんだ。


「うぉおおおお!なんだこの匂い死ぬ!」
「マジっスか、ちょっと貸して貸して」


 お互いに嫌がっていたティーダとジタンだが、ジタンのリアクションに好奇心が刺激されたらしい。
恐る恐る飴に顔を近付けて、


「うっわ!うわ!何だこれ、すげえ!」
「だろだろ!?おーい、お前らも嗅いでみろよ!」


 駆け寄ってくるティーダとジタンに、スコールはくるりと背を向けた。
しかし、がしっとヴァンに腕を掴まれ、逃亡を阻止される。


「離せ、ヴァン。俺は新年早々死ぬ気はない」
「死にはしないだろ、一応食べ物だし。ちょっとだけ嗅いでみようぜ」
「おいおいスコール、何一人だけ逃げようとしてんだよ」
「こういうモンは、皆で分かち合うモンっスよ!」
「知らない!要らない!近付けるな……っ!!」


 逃げようとするスコールを、ヴァンとティーダが羽交い絞めにし、モルボルの飴を持ったジタンがにやにやとした顔付で近付いて来る。
先程まで逆立って膨らんでいた尻尾は、ゆらゆらと楽しそうに揺れている。

 スコールの鼻先に、緑と青と紫と茶色が混じったような色をした飴が近付けられる。
途端、ツンと鼻から脳天へ突き抜けた異臭に、スコールは反射的に拘束するティーダの腕を振り払い、飴を持っているジタンの頭を殴り付けた。


「────いってぇえええ!」
「あ……」


 しまった、とばつの悪い顔をするスコールの隣で、ティーダが腹を抱えて笑っている。
その傍ら、そんなに凄いのかとヴァンが興味津々にジタンの手に握られている飴を取って、鼻を近づけ、


「うわ、臭っ!なんだよ、これぇ〜」
「な、な、凄いだろ?これ絶対食い物の匂いじゃないっス!」
「でも確かにこんな匂いするよな。よく出来たな、こんなの」
「っつーか、なんでこんなの作ろうと思ったのかが謎っスね」
「ってかお前ら、オレの心配をしろー!」


 モルボルの飴について盛り上がるティーダとヴァンに、スコールから手加減なしの一撃を食らわされたジタンが抗議の声を上げた。
二人はごめんごめんとおざなりな詫びをしながら、気まずい顔をしているスコールを引っ張って歩き出す。


「でさ、これって食えるの?」
「食えない事はないと思うけどなー」
「鼻摘まんで食べてみるか」
「おっ、ヴァン、行くか?行くのか?」


 ヴァンが自分の鼻を摘まんで、飴を舐める。
ジタン、ティーダだけでなく、スコールもその様子をじっと見守っていた。
色も匂いも酷い飴が、一体どんな味をしているのか、まるで予想がつかない。
想像しようとすれば、モルボルと言う生き物の性質上、どうしても酷いものを考えてしまうものであったが、


「……結構美味い」
「……!?」
「マジで!?」
「うわ、ちょっと気になる!」


 思いも寄らないヴァンの言葉に、三人が一斉に食い付く。

 食べてみろよ、とスコールの手にモルボルが渡される。
改めて、緑と青と紫と茶色が混濁したような色を見詰めて、スコールの眉間に深い皺が寄せられる。
モルボルの最大の特徴である匂いが鼻について、やっぱり無理だろう、とスコールは思うのだが、逃げ道を塞ぐように周りを囲まれては、今更逃亡など測れる筈もなく。
出来ればこんな飴は放り投げてしまいたいのだが、食べ物を粗末にするのも気が引ける。

 スコールはたっぷり三分間停止した後、深く息を吸い込んで、呼吸を止めると、恐る恐る舌を伸ばし、


「…………」
「どうだ?スコール」
「どんな味するんスか?」


 一舐めした後、再び固まってしまったスコールに、ジタンとティーダは詰め寄って問う。
スコールはぱちぱちと瞬きを繰り返して、ぽつりと言った。


「……美味い」
「よな」
「マジで!?」
「ちょ、オレも。オレも一口!」
「買ったの俺っスよ、俺が先!」


 先程まで互いに嫌がり、押し付け合っていた事など忘れて、自分が先に食べると言って飴を取り合う二人。

 ジャンケンをして勝ったジタンが先に飴を手に取る。
ジタンはゆらゆらと尻尾を揺らしながら、恐る恐る、飴に舌を当て、


「────びっくりした!美味ぇ!」
「俺、俺も!俺も食う!」
「凄いよなー。でもやっぱ、この匂いはないな」
「……鼻が潰れそうだ」
「───うっま!でも臭!なんだこれ!」


 ようやく飴の味に有り付けたティーダが、腹を抱えて笑いながら言った。
そんなティーダの手から飴を奪い取って、もう一口、と食い付いたのはジタンだ。
味と匂いのアンバランスさがツボに嵌ったのか、ティーダと同じように臭い臭いと笑いながら飴を舐めている。


「なんだろうな、なんの味かな。葡萄?」
「マスカット系じゃないか」
「え?オレンジの味したぜ、オレ」
「桃……?」
「いやいや、なんでこんなにバラバラなんだよ?」
「ちょっと貸して、もう一回舐める」


 ヴァンがジタンから飴を受け取り、ぺろりと一舐め。


「あれ?さっきと味が違う」
「ひょっとして、舐める度に味変わるとか?」
「すげー!モルボルすげえ!」


 凄いのはモルボルではなく、この飴を作った屋台の職人ではないだろうか、と思ったスコールだったが、モルボル凄いと盛り上がる三人に水を差すのも気が引けたので、言葉は飲み込んだ。


「面白いから、写メして皆に教えようぜ」
「その写メ後でプリントアウトしてくれよ。手紙に入れるからさ」
「はいよー」
「スコール、俺達もレオンに送るっス!」
「こんな下らない事報告してどうするんだ」
「ノリっスよ、ノリ。あ、そういやスコール、エル姉ちゃんにメールした?」


 携帯を取り出しながら訊ねたティーダに、スコールはまだ、と首を横に振る。


「じゃあエル姉ちゃんにもこれ見せるっス!」
「こんなもの見せる必要が何処にある」
「だーからぁ、ノリだって、ノリ。あ、どうせだからテレビ電話にしよう!」
「おい!」


 スコールの止める声など聞かず、ティーダは携帯電話を操作した。




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