海の上のどうぶつ王国


 ある日の港で、レオンは沢山のパステルカラーに溢れた広告を見付けた。
港で行われる年間行事や催し物の日取り等を知らせる掲示板に、それは掲げられており、新鮮な魚を買いに来た主婦の目を引いていた。
レオンもその主婦層と同じように、今日の夕飯にする予定の魚を買いに来た所で、それを見付けたのである。

 バラムの港には沢山の物と人が集まる。
毎日海へと出航して行く漁師は勿論、物資の輸入・搬入を行う業者、異国へ向かう者と帰って来る者、それらを一斉に運び出す大型船に小型船の他、水揚げに使用されるクレーンや籠を乗せた軽トラック等々。
そして漁業市場も並んでおり、飲食店を経営するオーナーも一般人も集まるので、正しくバラムの港は、この島の中心地と言える。
だから、町を挙げての大きな催し物が企画される時には、決まって港の掲示板にその広告が掲げられた。
終日人で溢れる場所だから、他の場所よりも沢山の人目につくので、広告効果が格段に上がるのだから当然だ。

 しかし、レオンは普段、港の掲示板は見ていなかった。
ガーデンでの学業、生活の為のアルバイト、小さな妹弟達の世話に追われているので、港で買い物を終えたら、急いで帰って夕飯の支度をするのが常だ。
それに、掲示板に掲げられる広告は、多数のものがバス停やスーパーの掲示板にも貼られるので、港の掲示板を注視する必要性がなかった。
それが何故今回に限って、港の掲示板を見たのかと言うと、主婦に連れられて港に来た子供が、その広告ポスターを見付けて「見たい!」と親にねだっているのを見付けたからだ。
弟と同じ年頃の子供が、何を見て「見たい」と言っているのか、なんとなく気になって子供の指差している先を見て、件のパステルカラーの発見に至ったのである。

 レオンは徐に掲示板に近付いて、業務連絡諸々の紙が所狭しと貼られている中の、大きなA2判のポスターを見詰めた。
其処には、青空と白い雲に虹色の橋が架かり、色とりどりの風船と鳥が飛び交い、沢山の動物がにこにこ笑顔で描かれている。
一番前を大きく陣取っている小猿が、吹き出し付で「Welcome!」と言っていた。

 レオンは楽しげな雰囲気を全面に押し出すポスターをしばし眺めた後、ポスターの上部に大きく書かれている一文を読んだ。


「移動水上動物園、か。確かに、子供が喜びそうだな」


 タイトル代わりの紹介名の横に、簡単な紹介解説が書かれている。
其処には、様々な大陸に生息する動物達を集めて飼育し、船で世界中を回っている旨が書かれており、飼育する動物達の中には面白い芸を身につけているものもいると言う。

 バラム島は小さな島国で、車を使えば一日もしない内に島外周を一周できる程の大きさだ。
緑豊かな地ではあるが、その規模の小ささ故か、海洋産業で成り立つほどに魚の種類は多いが、陸上に生息している生き物の種類は多くない。
魔物もバイトバグ、ケダチク、グヘスアイの他は、海岸沿いにフォカロル、炎の洞窟にブエルとボムとレッドマウスがいるだけだ。
バラム本来の生態系と異なる魔物は、バラムガーデンの訓練施設を棲家にしているグラットとアルケオダイノスのみである。
後は、越冬の渡り鳥が島北部のグアルグ山脈で冬を過ごす位ではないだろうか。

 バラムの町に動物園は存在しない。
町も大きくはないし、そうした大型施設を構えられるような敷地もない。
だから学校として設立されたバラムガーデンは、その施設の規模を考慮して、町の外に設立されたのである。

 じっとポスターを眺めるレオンの手の中で、提げたビニール袋がかさり、と音を立てる。
買ったばかりの魚の鮮度が返る道中で落ちないよう、入れて貰っていた氷が溶け始めているのだ。
音で我に返ったレオンは慌てて踵を返して歩き出した。


(早く帰って冷蔵庫に……いや、もう調理してしまった方が良いかな。生物は痛むのが早いからな)


 何せ、此処は常夏のバラムである。
塩漬けや味噌漬けなど、加工や処理が施されているものならともかく、何も処理していない魚は刻一刻と鮮度を落としてしまう。

 今日の夕飯は、生鱈とアサリを使ったカレー味の蒸し煮だ。
最近、カレーがマイブームになっている幼い弟達が、テレビの料理番組で見てねだったもの。
幸い、今日は日曜日なので、少し手の込んだものを作るのも良いかも知れない、と思って、レオンはリクエストに応える事にした。
他には、パンとサラダとコンソメスープを並べる事にしている。

 きらきらと照る太陽の熱を感じながら、レオンは歩を速めた。
美味しいものは美味しい内に料理して、妹弟達に食べさせてやりたい。
そんな事を思いつつ、レオンは見たばかりのパステルカラーのポスターをぼんやりと思い出していた。