海の上のどうぶつ王国


 展示されている動物達は、小型から中型程度のものが殆どだった。
船上の動物園なのだから、重量のある大型動物を飼育・管理するのは難しいのだろう。
一頭だけ、スピラ大陸に生息するシパーフと言う大型の象が飼育されており、これは芸も習得しているらしく、船内の中心に設置されているステージで活躍するとの事。
見に行こう、とティーダが言い出したのは当然の流れで、時間とタイミングを見て、ステージフロアへ移動する事が決まった。

 ステージフロアへ向かう道すがら、沢山の動物達が展示されていた。
狼型の魔獣で大陸に幅広く分布するティンゴ、スピラ大陸のミヘン街道に生息するミヘンファング、トラビア大陸の雪原地帯に澄むシルバリオ。
渡り鳥としてよく知られているコンドル、イヴァリース大陸の砂漠地帯に生息し、素早く移動する時は丸くなって転がるコッカトリス。
二枚に重なった翼を対に持つ、鳥とよく似た小型の翼竜スラストエイビス、背中に硬い殻のような皮を持つ、アルマジロ種のスケイルビースト等々。
水様性の生き物ではバラム周辺のサンゴ礁に住む熱帯魚が展示されており、スコールとティーダは「バラムフィッシュはいないの?」と言った。
成長すると最大で五メートルを優に超える大型回遊魚は、船上の動物園で飼育するのはまず不可能だろう。
「此処にはいないみたいだな」と言う兄に、残念そうに落ち込む二人は、バラムでも有名な(けれども間近で見る事は中々稀有な)大きな魚が近くで見れる事を、こっそり楽しみにしていたようだ。
他にも、イヴァリース大陸近辺の海、河川に生息するネブラウオやピクラム、バーフォンナマズなど、海水・淡水に別れた大型水槽で一堂に会して泳ぐ様は、見応えのあるものだった。

 水上動物園で展示されていた動物達は、その多くがレオン達の心を躍らせるものであったが、一部は違った。
特にエルオーネは、昆虫系の生き物が展示されているブロックに入る事を、断固として拒否する程であった。


「行こうよ、エル姉ー」
「う、ううん、私は良いよ」
「行こうよ。面白いよ、絶対」
「い、いい。私、此処は良いから。外で待ってるから」
「行ーこーうーよーっ」


 エルオーネの手をぐいぐいと引っ張るティーダが行きたがっているのは、『昆虫パーク』と銘打たれたスペースだ。
文字通り、此処には世界中の様々な虫が集められており、一般的によく知られている蝶やカブトムシの他にも、沢山の虫が展示されている。
その中には、エルオーネが苦手としている“ぶちゅぶちゅ”や“ぶんぶん”もいるのだが、ティーダはエルオーネが虫が嫌いだと言う事を知らない。

 レオンは、展示スペース入口で攻防を続けるエルオーネとティーダを、弱り切った顔で眺めていた。
腰に抱き着いているスコールは、おろおろとして、姉と兄を何度も交互に見ている。


(エルはテレビで見るのも駄目だからな。こういう所にいるのは、綺麗な虫ばかりじゃないだろうし……)


 皆で一緒に見たい、と言うティーダの気持ちも判るが、虫嫌いのエルオーネにとって、此処から先は鬼門である。
苦手なものがいると判って近付きたくはないだろう。

 ティーダの方は反対に昆虫種が好きらしく、ガーデンのグラウンドや中庭にいる虫を手掴みで捕まえている事も少なくない。
まだ見ぬ色んな虫が見れるとあって、ティーダの心は高鳴っているのだろう。
早く早く、とエルオーネの手を引くティーダの瞳は爛々と輝き、エルオーネがどうして嫌がっているのか、そもそも彼女が嫌がっている事さえ気付いていないようだ。


「エル姉ってばぁ」
「う、うん。あの、ね。良いから。良いから行っておいで、ティーダ。私、待ってるから」
「一人になったらダメって、レオンもエル姉も言ってたじゃん」
「そ、それはそう、だけど」


 レオンとエルオーネは、動物園に行くに当たって、絶対に一人で行動しないようにと幼い弟達に言い含めていた。
それはスコールとティーダがまだ幼いから、迷子になってしまったら大変だからであって、12歳になったエルオーネなら、自分で迷子センターに行く事も出来る。
とは言え、長兄であり保護者であるレオンとしては、エルオーネを一人で待たせると言うのも、不安は否めない。

 ふむ、としばらく考えていたレオンの視界に、ふと、展示パネルが飛び込んできた。
其処には展示されている虫の拡大写真が並べられており、中には案の定、エルオーネが嫌いな虫の写真もあった。
その隣に、スコールが嫌いな蜂の写真が飾られている。

 レオンは、腰に抱き着いているスコールの頭を撫でた。
ぱちりと瞬きをして、スコールが顔を上げる。


「スコール、エルと一緒に待っててくれるか?それとも、色んな虫、見てみたい?」
「………」


 兄の質問に、スコールはことん、と首を傾げる。
それから飾られた展示パネルを見詰め、蜂の顔をアップにした写真を見付け、びくっと怯えたように兄の背中に隠れる。


「……まってる」


 こわい、と言う気持ちを訴えるように、スコールはレオンの服を握り締めて言った。
レオンは弟の小さな頭をぽんぽんと撫でて、まだ攻防を続けているエルオーネとティーダの下へ向かう。


「ティーダ。スコールも外で待ってるって。此処は、俺とティーダで入ろう」
「えーっ、なんで?」
「エルもスコールも疲れたんだ。だから、ちょっと休憩したいってさ」
「うー……」


 頬を膨らませるティーダ。
スコールはレオンから離れ、ほっと胸を撫で下ろしている姉の下へ。
エルオーネは、ぎゅっと抱き着いて来たスコールの頭を撫でながら、不満そうな顔をしているティーダを見て、眉尻を下げる。


「ごめんね、ティーダ。レオンと一緒に楽しんでおいで」
「はーい。ちぇっ」


 唇を尖らせて、ティーダはレオンの手を握る。
くいくいと引っ張って中に入りたがるティーダは、スコールとエルオーネが一緒ではない事に不満を覚えつつも、それ以上に未知の虫への好奇心が抑えられないらしい。

 手を引くティーダを宥めつつ、レオンは入口前に並んでいる妹弟を振り返り、


「行ってくる」
「うん。時間がかかりそうだったら、あそこの『ふれあいパーク』に行ってるね」
「ああ」
「レオン、早くー!」
「判った、判った」


 急かすティーダに促されて、レオンは歩き出した。
背中に妹弟の「行ってらっしゃーい」と言う声が聞こえて、レオンは肩越しに振り返って手を振った。

 昆虫パークの中は、レオンが予想した通り、エルオーネが苦手な毛虫、芋虫の他、蜘蛛やムカデなどの多足昆虫がずらりと揃っている。
全身金色のコガネムシや、葉や枝に擬態できるコノハムシやフシアナムシもいて、ティーダははしゃぎ通しだ。


「レオン、あれあれ!変なのいる!」


 レオンの手を引っ張りながら、ティーダは30センチ程の展示ボックスの中で飼育されている虫を指差す。
その虫は、コガネムシのようにきらきらと外殻が光を反射させているのだが、色がなんとも特徴的だ。
派手と言うか、毒々しいと言うか、遠目に見ても見付けられるような、真っ赤な色をしており、外殻には小さな棘が隆起している。
頭部は瓢箪に似ているのだが、身体はまるでサソリだ。


「変な虫ー」
「そうだな、随分変わった形だ」
「見た事ない」
「バラムにはいない虫だからな。えーと……ガルバディア大陸のディンゴー砂漠に分布、か」
「どこ?」
「外国だな。砂漠って判るか?砂しかない場所」
「知ってる。テレビで見た事ある。雨が降らないとこ?」
「ああ。普段は砂の中に潜って、獲物が自ら近付いて来るのを待っている───」
「えものって食べ物?」
「うん。こいつは、砂の中にいる、自分より小さな虫を食べるらしい。微生物かな……」
「びせーぶつ?」
「目に見えない位に小さな生き物の事だ。世界には、俺達人間には到底判らないような、小さな生き物が一杯いるんだよ。土の中にも、水の中にも」
「ふぅん……あっ、あそこの砂、動いた!」


 レオンの言葉に、判ったような判らないような、首を傾げながら呟いたティーダは、展示ボックスの中の砂が微かに動いたのを見付け、声を弾ませた。
あそこ、あそこ、と言って指差すティーダに倣い、砂の表面をよく見ていると、もこっ、と砂が膨らむ。
其処から小さな小さな瓢箪が姿を見せると、砂を掻き分けて、サソリに似た胴体が現れる。


「出てきた!」
「普段はああやって過ごしてるんだな」
「ふーん。あっ、こっちも変な虫!」


 子供の興味の移り変わりは早い。
ティーダは隣の展示ボックスを見て、其方に走った。
レオンは小さく笑みを漏らして、ティーダの後を追う。

 ティーダが次に食い付いたのは、バッテリミミックと言う昆虫だった。
三対の細い節足で、身体は地面すれすれの高さで、素早く動き回る。
大きさは昆虫にしては大きな10センチ越えが標準で、幼虫はタイニーバッテリと呼ばれ、大きなバッテリミミックを保護者のように後ろをついて歩き回っている。


「バッテリって、電池?」


 ティーダが、展示ボックスの横に飾られた解説文を読んで言った。
レオンも解説文をざっと流し読みし、


「うん、そうだな。バッテリミミック、別名“食電虫”。文字通り、こいつらは電気を食べるらしい」
「電気って食べれるの?どうやって食べるの?」
「えーと……」


 なんでも知りたい、とばかりに畳み掛けるように聞いて来るティーダ。
レオンならきっと教えてくれる、と言う青い瞳の期待がくすぐったくも心地良いのだが、生憎、レオンも判らない事は沢山ある。
教科書や図書室の本を暇潰しによく読んでいるので、それらに載っている事は覚えているが、それで物事の全てを知れる訳でもない。

 ねえねえ、と問うティーダに、レオンが眉尻を下げていると、大きなパネルが並んでいるのが目に入った。
其処には“バッテリミミックの生態”とタイトルが書かれている。


「ティーダ、あれを見てみよう。バッテリミミックがどうやって電気を食べるのか、教えてくれるみたいだ」
「見る見る!」


 レオンの指差した場所に、ティーダは駆け足。

 パネルにはバッテリミミックがどんな場所に住んでいるのか、主食であるという電気をどうやって食しているのか、絵付で解説してあった。
どうやらバッテリミミック達にとって、電気はカブトムシにとっての樹液のようなものらしい。
自然界に存在する微粒な電場で電子を掻き集めるように少しずつ食べるのが主流だが、環境によっては人工的な電気を好んで食すようにもなる。
この為、バッテリミミックが地下水道などに繁殖すると、地下に張り巡らせた電気ケーブルなどを食い千切って電気を吸い取ってしまう為、バッテリミミックの生息区域では、ケーブル周辺には必ずミミック避けの処置が施される。

 バッテリミミックはイヴァリース大陸にのみ生息している為、嘗てイヴァリース大陸では、機械電子技術の発達と共に、バッテリミミックも爆発的に数を増やし、かなりの被害を被った経験がある。
今ではピーク時よりは数を減らしたが、地下下水道や古い坑道に巣を作っており、今でも作業用の電気を食われる事があるらしい。
そうした経緯の所為か、昨今のイヴァリース大陸では、大型の機械や電気を扱うものは地上よりも高い場所に構えられる事が多い。

 パネルを読むレオンの声を聞きながら、ティーダがむぅ、と首を傾げる。


「びりゅー…でんば?なに?」
「俺達が普段、あまり感じる事が出来ない、小さな電気が沢山集まってる場所の事らしい。其処で、小さな電気を掻き集めて、食べているんだそうだ。食べ方は、カブトムシやクワガタムシと同じみたいだな」
「見えないくらい小さい虫とか、小さい電気とか……虫って変なのばっかり食べてるんだな」


 もっと美味しいものがあるのに変なの、と言うティーダに、レオンもそうだな、と言って笑う。

 バラムは緑豊かで温暖な土地だから、虫の種類は豊富な方だろう。
だが、一風変わった姿の虫となると、やはり海外の方が多い。
環境の違いは生態系の違いにも直結するものだから、砂漠や豪雪地帯、熱帯ジャングルに棲む虫、魔力濃度の高い場所、危険生物が蔓延る場所に棲む虫など、展示は正しく多種多様だ。
ティーダはきらきらと目を輝かせ、隅から隅まで楽しんだ。

 照明を落とした暗い展示スペースには、光源体を持つ虫が集められていた。
ホタルのように体の一部分が光るものもいれば、全身がまるで蛍光塗料に覆われたように光るものもいる。
鳥に見付かったら食べられるよ、と言うティーダに、この虫は普段は地中深くに潜っていて、昼間は殆ど地上に出てくる事はないんだ、とレオンが解説を読んでやる。
光っているのは、地中の巣道で同居する仲間と接触事故を起こさない為の進化らしい。


(ホタルなら、エルもスコールも喜んだかもな)


 夜を模した暗い展示ボックスの中で、小さな光をちかちかと点滅させているホタルを眺めながら、外で待っている妹弟を思い出してレオンは思う。
傍らでは、先刻までのはしゃぎ振りは何処へやら、ティーダがじっと静かにホタルの光を目で追っている。

 レオンはティーダの頭を撫でて、行こう、と促した。
ティーダは名残惜しげにホタルを振り返りながら、レオンに連れられて順路を進む。
程無く『出口』と書かれた蛍光看板が見えた。





 『昆虫パーク』を後にしたレオンとティーダは、外で待っている筈のエルオーネとスコールを探した。ぐるりと見渡した所では見付からなかったので、レオンは傍にあった『ふれあいパーク』へ向かう。

 『ふれあいパーク』には、兎や羊、ヤギやロバと触れ合う事が出来る。
動物と人を分ける柵や檻もなく、動物達が人間と同じ空間を共有し、自由に歩き回っているのだ。
直に動物達に触れられるとあって、子供達に大人気の施設である。
外の自然世界を真似るように、沢山の木々が生い茂り、足下は土や芝で埋められている。
壁や天井には抜けるような青空と木々と山が描かれ、室内なのに、まるで屋外にいるように解放的な雰囲気に包まれていた。
沢山の来客と過ごす動物達も、緊張した様子もなく、リラックスしている。
小さな子供のスキンシップに飽きて走り出した羊を、子供達がきゃっきゃと楽しそうな声を上げながら追い駆けていた。

 『昆虫パーク』で沢山の昆虫を見てはしゃいだティーダだったが、『ふれあいパーク』でも彼は目を輝かせた。
目の前を横切って行くヤギを見て、ティーダは追い駆けようとする。
気持ちは判るが、先ずはエルオーネとスコールを見付けてから、と宥めて、レオンは妹弟の姿を探す。

 エルオーネとスコールは、兎が集まっているベンチに座っていた。
集まった兎は十羽ほどで、エルオーネとスコールの膝上にも一羽ずつ座っている。
エルオーネは嬉しそうに兎の喉や背中を撫でていたが、スコールは緊張した表情で膝上の兎を見下ろしている。
懐いてくれる兎に対して、どうして良いか判らないのだろう。


「スコール!エル姉ー!」


 ティーダが手を振りながら二人に駆け寄って行くと、ティーダに気付いた兎達が、驚いたようにぱっと散った。
が、エルオーネとスコールの膝上にいた二羽は、此処が定位置と決めたかのように、其処から動かない。

 十数分ぶりの再会に、ティーダが嬉しそうに笑う。
赤らんだその表情を見て、エルオーネが目を細めた。


「楽しかった?ティーダ」
「うん!面白いの一杯いたよ。電気を食べる虫がいた」
「電気を食べるの?」
「うん。変なの食べるよな、虫って」


 ティーダの言葉に、そうだね、とエルオーネも頷く。

 ティーダがエルオーネの隣に座り、レオンはスコールの隣へ腰を下ろした。
兄を見たスコールの蒼い瞳が、嬉しそうに輝く。


「お兄ちゃん」
「良い子にしてたか?」
「うん」


 くしゃり、と柔らかな髪を撫でれば、スコールがくすぐったそうに笑う。
そんなスコールの膝の上で、白い兎がきょとんとした表情でスコールを見上げていた。

 レオン達の下に、逃げていた兎達がもう一度集まってくる。
どうやら、このベンチの下は、兎達にとって憩いの場所になっているらしい。


「ウサギ」
「ウサギさん」
「触っていい?」
「大丈夫だよ。優しくね」
「うん」


 エルオーネが膝の兎を抱き上げ、ティーダに差し出す。
ティーダはそっと兎を受け取ると、ふわふわとした毛並が手をくすぐる感覚に、ふわぁ、と目を丸くする。

 そんな二人を視界の端に捉えつつ、レオンは隣で固まっているスコールを見る。


「スコールは、兎、撫でてやらないのか?」
「……んぅ……」


 兄の言葉に、スコールは困ったように眉尻を下げて、レオンを見上げる。


「なんかね、なんかね…」
「うん」
「…なんか…急に触ってびっくりさせたら、可哀想だなあって…」


 だから、触りたいけど、触れない。
眉をハの字にして言ったスコールに、レオンはくすりと笑みを零す。


「大丈夫だ。最初は……そうだな、背中を撫でて。そっと。優しくな」
「…うん」


 レオンに促され、スコールは恐る恐る、兎の背中に手を重ねる。
スコールの膝の上で、ふこふこと寝息を立てていた兎の目が、ぱちっと開いた。
兎の背中に触れたスコールの手が、硬直したように固まったが、それから恐る恐る毛並に沿って手を往復させると、また兎は目を細める。


「気持ち良いみたいだな」


 レオンに言われて、スコールの表情がほわ、と緩む。


「ほら、な。大丈夫」
「うんっ」


 スコールはそっと兎を抱き上げて、頬を寄せた。
兎は大人しくスコールの手の中に留まっており、スコールのまろい頬に鼻先を寄せるとピスピスと匂いを嗅ぐ。
くすぐったそうに笑うスコールに、兎もすりすりと頬を寄せるのを見て、レオンは双眸を細めた。