海の上のどうぶつ王国


 ふれあいパークで兎や羊と遊んだ後、レオン達はエレベーターで水上動物園の屋上───船なので甲板と言うべきか───に向かった。
其処は小さな遊園地のようになっており、ゴーカートや小さな観覧車などが設置されている。
遊んでいる子供達は其処彼処にいるのだが、子供達が何よりも興味を引かれたのは、チョコボに乗れるコーナーだ。

 チョコボは、全高が小さくても2メートル弱になる鳥類で、飛ぶことが出来ない代わりに、脚力が強く発達しており、電車などの大型交通網が発達していない地域では、人々の重要な足として親しまれている。
特に機械が禁止されているスピラ大陸や、地上で大型の機械類が余り使用できないイヴァリース大陸では、今尚全盛を誇る移動手段である。
性格は至って大人しく、賢くて人懐こい為、愛くるしい姿や仕草で人気を博しており、チョコボ愛好家もいる程だ。
全国的に幅広く姿を見る事が出来る動物だが、小さなバラム島には生息していない所為か、バラムの人々には反って目新しく映るようで、子供達だけでなく、大人も興味津々な様子でチョコボ舎を囲んでいる。


「チョコボ!チョコボ!」
「お姉ちゃん、チョコボがいる!」


 ティーダとスコールが、レオンとエルオーネの手を引いて、はしゃいだ声で言った。


「レオン!チョコボ、乗れるって!」


 ティーダがコーナー案内の看板を指差して言った。
レオンを見上げる青の瞳は、爛々と輝いて、「乗りたい!」と全身で訴えている。


「結構、順番待ちがあるな」
「そうだね。チョコボ、バラムじゃ見ないもんね」
「良い子で待てるか?」


 列を作っている子供達を見て、レオンはティーダに訊ねた。
ティーダは迷わずにこくこくと頷く。


「スコールも行く?チョコボ、乗りたい?」
「うん」


 エルオーネに聞かれて、スコールも迷わず頷いた。

 弟達を連れて、チョコボ舎前の列に並ぶ。
回転は案外と速いようで、列はスムーズに進んで行った。
レオンがチョコボ乗り場の様子を遠目に確認してみると、どうやらチョコボは、甲板の周囲を一周するのがコースになっているらしい。
チョコボの発達した脚なら10分もかからない距離で、一羽につき二人まで一緒に乗れるようになっている。
小さな子供は保護者が一緒に乗って、手綱を握っていた。

 列はチョコボ舎の前を横切るように並んでいる為、チョコボ舎から顔を出したチョコボに触れる事も出来る。
ティーダが触りたい、と言うので、レオンはティーダを抱き上げた。
高い位置にあったチョコボの顔が近付いて、凄い凄いとティーダがはしゃぐ。


「チョコボふわふわするー!」
「首の所、くすぐってやると喜ぶぞ」
「ここ?」
「そう。羽根を引っ張らないようにな」


 レオンに言われて、ティーダはふさふさとした羽毛に覆われたチョコボの首をくすぐってやる。
すると、チョコボは嬉しそうに首を反らして、クエッ、クェッ、と鳴いた。


「ほんとだ!レオン、すごーい!」
「お兄ちゃん、チョコボに触ったことあるの?」
「昔、少しだけな」


 チョコボの気持ちが判るなんて凄い、と目を輝かせる弟達に、レオンは照れ臭さを感じながら言った。
エルオーネと目を合わせれば、お互いに考えている事が判ったのだろう、懐かしそうに目を細める。

 レオンがチョコボに触ったのは、生まれ故郷の小さな村での事。
村と外界を隔てる柵もなく、近隣の魔物が村に入って来る事もあったので、野生のチョコボが迷い込む事も多々あった。
親と逸れた子チョコボが迷い込み、村の道の真ん中で右往左往していた事もある。
レオンとエルオーネは、そんな子チョコボを保護して、群れに返してやった経験があった。

 エルオーネが手を伸ばして、チョコボの嘴の裏をくすぐる。
チョコボは気持ち良さそうに目を細め、エルオーネの手に嘴を寄せて来る。
ほんのりと熱を持っている嘴を、エルオーネは優しく撫でた。


「久しぶりだなあ、この感じ」
「そうだな」
「昔、チョコボの親を見た時も、大きいなって思ったけど。今見ても、やっぱり大きいよね」
「ああ。────スコール、どうした?」


 レオンは、エルオーネの影にぴったりと隠れているスコールを見付けた。
スコールはちらちらとチョコボを見上げてはいるものの、チョコボが此方を見ようとすると、さっとエルオーネの背中に隠れてしまう。

 弟と繋いだ手が確りと握られるのを感じて、エルオーネは苦笑した。


「大丈夫だよ、スコール。チョコボは大人しいし、この子達はお家に入ってるから、怖くないよ」
「……」
「ほら、触ってごらん」


 エルオーネに促されたスコールだが、ふるふると首を横に振る。
青灰色の瞳は、チョコボへの興味を抱いてはいるものの、間近に見るチョコボの大きさに驚いてしまったのだろう。

 すっかり縮こまってしまったスコールに、レオンとエルオーネは顔を見合わせて、笑って肩を竦める。
こんな調子で、騎乗の順番が回って来た時、大丈夫なのかと思うが、レオンかエルオーネが一緒に乗るのだから、きっと何とかなるだろう。

 チョコボ舎の前を通り過ぎて間もなく、レオン達の順番が回って来た。
係員の誘導に従って、レオンとティーダ、エルオーネとスコールでチョコボに乗ろうとするが、案の定、大きなチョコボに近付く事を怖がったスコールが、固まってしまってチョコボに近付けなくなった。


「大丈夫だよ、坊や。チョコボは優しいからね」
「……んぅ……」
「おいで、スコール」


 エルオーネに促されて、スコールがそろそろとチョコボに近付いて行く。
その間に、ティーダはレオンと係員の手を借りて、チョコボの背中に乗せられていた。


「きちんと手綱を握ってね。足はここにかけて」
「んーっと……届かない…」
「じゃあ、調整するから、足が乗ったら教えてね」


 鞍についた足場がティーダの足に届くように、係員がベルトを調整する。
それを待っている間、レオンはエルオーネとスコールの様子を見ていたが、此方は中々進展しない。


「スコール、大丈夫だって」
「……うーっ…」
「私も一緒に乗るから。ね?」


 ぐす、ぐす、と殆ど泣いている状態で、スコールはチョコボの前にいるエルオーネの下へ向かう。
小さな手がようやく姉の手をもう一度握った、と言う所で、二人の前に立っていたチョコボが動いた。
子供達の搭乗を待っていたチョコボが、座り続ける事に飽きて、「クェエエッ」と声を上げて嘶いたのだ。


「ふえぇえっ!」
「あっ、きゃっ」


 チョコボの突然の動きと声に、驚いたスコールが力一杯エルオーネにしがみ付く。
エルオーネもチョコボとスコールの反応に驚いて、引っ繰り返った声を上げた。

 ぴったりと背中にくっついて、ふるふると震えている弟を見て、エルオーネは眉尻を下げる。
どうしよう、と言う視線がレオンへと向けられた。
怯えるスコールを無理に乗せるのも可哀想だが、バラムに住んでいてチョコボと触れ合う機会と言うのは稀なので、折角体験の機会があるのだから乗せてやりたい。
しかし、スコールがこんなに怯えていては、それも難しいだろう。

 レオンはしばし考えた後、チョコボの背中に乗っているティーダの頭を撫でた。


「なーに?レオン」
「ちょっとエルの所に行ってくる。良い子にしていろよ」
「うん」
「すみません、この子をお願いします。直ぐに戻りますから」


 係員に「どうぞ」と笑顔を向けられ、レオンは早足でスコールとエルオーネの下へ向かった。

 兄が来た事に気付いたスコールが、エルオーネの背中を離れ、レオンへと駆け寄ってくる。
お兄ちゃん、と泣きながら走って来た弟を抱き上げたレオンは、エルオーネに目配せした。
エルオーネは「お願いね」と言って、ティーダが乗っているチョコボへ走る。


「エル姉、レオンは?」
「レオンはスコールと一緒。ティーダは、私と乗るのは嫌?」


 エルオーネの言葉に、ティーダがふるふると首を横に振る。
エルオーネはティーダの頭を撫でると、係員に手伝って貰いながら、チョコボの背に乗った。

 すっくと立ち上がるチョコボの背中の上で、高い高いとはしゃぐティーダの声。
それを聞きながら、レオンはスコールを腕に抱いて、毛繕いを始めたチョコボに近付いて行く。


「ふえ……」
「大丈夫、怖くない。俺も一緒に乗るから」
「んむ……」


 きゅう、と小さな手がレオンの肩を掴む。

 大丈夫ですか、と言う係員に頷いて、レオンはチョコボの隣に立った。
地面に座っているチョコボの背中は、レオンの腰の高さにある。
レオンは抱いていたスコールをチョコボの背に乗せようとしたが、身体を離そうとした瞬間、スコールは嫌がるようにレオンの腕を掴んだ。


「やぁ……」
「大丈夫だ。な?俺もこれから一緒に乗るから」
「……う……」
「ほら、手綱を持って。足は此処。手綱は確り握って、離さないようにな」


 レオンと係員に誘導されながら、スコールは恐る恐る兄から手を離し、チョコボの手綱を握る。
安心できる人から離れた事で、不安が助長されたのか、スコールは忙しなくきょろきょろと辺りを見回していた。
そんなスコールの後ろに、レオンも乗せて貰う。


「お兄さんの足は、此処ですね」


 足場のベルトを調整しながら、係員が促す。
靴の裏が足輪に固定されるのを確認して、レオンはスコールの体を片腕で抱いて、もう片方の手で手綱を握る。

 背中に触れる温もりに、スコールが顔を上げた。
ぱちり、と瞬きする弟に笑いかけてやれば、不安一色だった青灰色が、仄かに安堵に緩んだのが判る。
スコールは手綱をぎゅっと握って、腹を抱く兄の温もりを感じながら、緊張の解けた表情で、きょろきょろと辺りを見回し始めた。


「れーおーんー!すこーるー!」


 元気の良い声にレオンとスコールが声を上げると、前を歩いていたチョコボが立ち止まっている。
背中を向けたエルオーネの肩口から、ひょっこりと顔を出したティーダが、大きく手を振っていた。


「こら、ティーダ。ちゃんと前向いて座ってなさい」
「はーい!」


 エルオーネに咎められて、ティーダの顔が引っ込む。
すっかりはしゃいでいるティーダの様子に、レオンは笑みを漏らし、チョコボを誘導している係員に声をかけた。


「すいません。前のチョコボと並んで歩く事って出来ますか?」
「並ぶと言うのはちょっと難しいですけど、もう少し近付く事は出来ますよ」
「お願いします」


 レオンが頼むと、係員がチョコボの手綱を引いた。
のんびりとした歩調だったチョコボが、たしっ、たしっ、と軽快なリズムで歩き出す。

 後ろのチョコボが近付いて来たのを感じて、エルオーネが振り返る。
チョコボの影からひょこりと顔を出したスコールと目が合って、エルオーネがほっとしたように笑う。


「スコールもチョコボ、乗れたんだね」
「うん」
「ちょこぼっ、ちょこぼっ」
「ティーダ、余りはしゃぐと落ちるぞ」


 二羽のチョコボが前後に並んで歩き出した。
ふさふさとした黄色の尾羽を左右に揺らしながら、長い足でリズム良く歩くチョコボの背中から見る世界は、いつもよりもずっと視界が高くて、レオンは少し不思議な気分だった。
小さなスコールやティーダ、まだまだ小柄なエルオーネからすれば、まるで違う世界に来たように思えるのではないだろうか。
何処までも続く海原を横目に、潮風を感じながら歩く此処は、船の甲板である事は間違いないのだけれど、目を閉じてみると、海岸沿いの広い野原でチョコボ散歩をしているような気がして来る。

 チョコボの背中で、レオンは大きく深呼吸した。
嗅ぎ慣れた潮の匂いを感じながら、閉じていた目を開ければ、目の前にはチョコボの黄色。
視線を落とせば、弟の濃茶色の髪があって、チョコボの歩調に合わせて、ふわふわと毛先が揺れている。
なんとなくその髪を撫でてやると、スコールはきょとんとした顔で兄を見上げ、


「……えへ」


 くすぐったそうに、嬉しそうに笑うスコール。
レオンは双眸を細めて、もう一度、くしゃりとスコールの頭を撫でた。


「エル姉ー。エル姉は、チョコボ、前にも乗った事ある?」
「乗った事はなかったかなぁ」
「レオンはー?」
「俺も乗ったのは初めてかな」
「スコールは?」
「僕も」


 皆初めてなんだ、とティーダが嬉しそうに言った。
チョコボの背中で楽しそうに跳ねるティーダを、エルオーネがこら、と叱る。

 甲板一周のコースを半分まで回った所で、チョコボが足を止める。
あれ、ときょろきょろと辺りを見回す弟達を、レオンとエルオーネがそれぞれ宥めていると、


「此処から半周、チョコボが走りますので、しっかり手綱を握って下さいね」
「はい。ほら、スコール。放すなよ」
「うん」
「ティーダ、チョコボが走るって。手綱、ちゃんと両手で持って」
「はーい」


 係員と兄姉に促されて、スコールとティーダは手綱を握り直す。
係員の一人が新たなチョコボを連れて来て、先頭に並んで騎乗する。

 係員が騎乗したチョコボの手綱を引くと、チョコボが両の翼を広げて声を上げた。
それが合図だったのだろう。
レオン達を乗せた二羽のチョコボが同じように嘶きを上げ、走り出した先頭のチョコボを追い駆ける。
ぐんっ、と加速したチョコボの背中の上で、スコールが怖がるように叫ぶ。


「やーっ、やーっ!はやいぃい!」
「はやーっ!すごーっ!」


 怖がるスコールとは正反対に、ティーダは楽しそうな声を上げる。


「きゃーっ、きゃっ、やーっ!」


 エルオーネは、スカートを履いていた事が失敗だった。
エルオーネは片手で手綱を握り締め、ひらひらと翻るスカートを抑え込む。

 レオンは、チョコボの背中に俯せるように縮こまっているスコールを片腕で抱き起こした。
スコールはチョコボの手綱から手を離し、自分を守ってくれる兄に全力でしがみ付いて来る。


「えっ、うえっ、おにいちゃあぁぁああん!」
「大丈夫、大丈夫。スコール、大丈夫だ」
「ひっ、えっ、えうっ、」
「ほら、目を開けてみろ」
「んっ、んぅっ、うーっ……」


 レオンにしっかりとしがみ付いたまま、スコールは恐る恐る、目を開けた。
ひゅうっ、と駆け抜けて行く風と、遠くできらきらと反射する太陽の光が眩しくて、目を細める。
大丈夫、と宥める声がもう一度聞こえて、スコールは思い切って目を開けた。

 背中に触れるしっかりとした腕は、兄のもの。
その腕に抱かれて辺りを見回せば、居並ぶ柵や人の笑顔があっと言う間に通り過ぎて行く。
隣を走るチョコボの上で、早い早いとはしゃぐティーダに釣られるように、エルオーネも笑っていた。
エルオーネが此方を見て、レオンにしがみ付いているスコールを見付けると、栗色の瞳が弟を安心させるように微笑む。
遮るもののない太陽の光の下で、芝生の緑と海の青を背景に、風を受けて笑う姉の貌が、まるで写真に切り取られたように、スコールの瞳に焼き付いた。

 ぐんっと視界が回って、チョコボが進行方向を変える。
走るチョコボを追い駆けるように、柵の向こうで並列に走る子供達の姿が合った。
たっ、たっ、たっ、たっ、と軽快に走るチョコボが、「クェックェッ」と鳴くのが、まるで歌っているようだとスコールは思った。

 恐怖心は、いつの間にか、海の向こうへ飛んでいた。
恐がっていた事さえ忘れたように、風の中で楽しそうに笑うスコールに、レオンも眩しそうに目を細める。

 甲板の半周は、あっと言う間に終わった。
元々脚力が発達したチョコボだ、人間なら息を切らせるような距離でも、チョコボにかかれば大した距離ではない。
係員に誘導されたチョコボがスピードを落とし、チョコボ舎の前で立ち止まると、ティーダとスコールは係員の手でチョコボから下ろされた。


「えーっ、もうおしまい?」
「んぅ……」


 ティーダとスコールが判り易く眉をハの字にして、上目遣いで係員達を見上げる。
もっと乗りたい、と言う二人に、係員は困り顔で笑った。

 エルオーネとレオンも、係員の手を借りて、チョコボの背中から降りる。


「スカート、失敗だったなぁ」
「大変だったな、エルオーネ。大丈夫だったか?」
「多分……でも、楽しかったし。ティーダとスコールも楽しめたみたいだから、良いかな」


 スカートの裾を直しながら、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて、エルオーネは言った。
なら良かった、とレオンの手が妹の頭を撫でる。

 抱き着いて来た弟達は、興奮冷めやらぬ表情で、あのね、あのね、とチョコボに乗った感想を話し始める。
もう一回乗りたい、と言う二人にねだられて、並んだ列にもう一度加わるのは、十分後の事だった。





 30人程は人が乗れるのではないか、と言う大きなエレベーターを使って、レオン達は甲板から下へ下へと下りて行く。
エレベーターの中は、沢山の動物の絵が描かれ、それらは玉乗りや縄跳びをして遊んでいた。
フロアコントロールパネルの横には、『ステージ公演』と書かれたボードが釘打たれ、公演の開始時間と演目が記されている。

 エレベーターが下降速度を落とす頃には、何処からともなく楽しげな音楽が聞こえ、がやがやと賑やかな人の声も届いていた。
停止したエレベーターが扉を開けば、其処は大きなホールになっていて、中心には縁を華やかな花で飾った円卓のステージがある。
客席は、ステージを360°に渡って囲い、ステージパンフレットを開いて、めいめい賑やかに開演の時間を待ち侘びていた。


「すっげー!でっけー!」
「ティーダ、声が大きいよ」
「だって、でっかーい!」


 でっかい、凄い、と叫ぶティーダの声すら、この大きなホールと沢山の人込みの中では埋もれてしまう。
エルオーネが静かに、と注意しても、ティーダはまるで気にしなかった。
ティーダのはしゃぎ振りに、恥ずかしそうに頬を赤らめるエルオーネに、レオンは大きなホールに呆気に取られたようにぽかんと立ち尽くしているスコールを抱き上げ、


「良いじゃないか、エル。こんな所、中々来れないからな。はしゃぐのも無理はない」


 レオンの言葉に、エルオーネは唇を尖らせる。
だって恥ずかしいんだもの、と拗ねたように言う妹に、レオンはくすくすと笑った。


「こんなに騒がしくて、子供が沢山いる所なら、ティーダみたいな反応も珍しくはないだろ。気にするな」
「…うん」
「よし。じゃあ、公演まで余り時間もないし、適当に場所を見付けて、早く座ろう」
「レオンー、エル姉ー!ここ、ここ空いてるー!」


 いつの間にか通路端の席を確保していたティーダが、手を振ってレオン達を呼ぶ。
レオンとエルオーネは、ティーダのいる場所まで急いで通路を移動し、プラスチックで作られたベンチに腰を下ろした。
スコールとティーダを挟んで、通路側からレオン、ティーダ、スコール、エルオーネと並ぶ。


「ふぅ……」
「疲れたか?」
「ちょっと。歩きっ放しだったから」


 そう言って、ほっと安堵の息を漏らしたエルオーネ。
サンダルも失敗だったかなあ、と呟いて、足首を摩る。

 確かにエルオーネの言う通り、早目の昼食を終えて以来、レオン達は歩き通しだった。
レオンとティーダが昆虫パークに入っている間、エルオーネとスコールは外で休んでいたが、それも十分前後の事で、また歩き続けている。
スコールも足の裏がじんじんとするのか、爪先で靴の裏が掻いている。
ティーダは普段から走り回る事が多い所為か、特に応えてはいないようだ。
ティーダの場合はそれよりも、


「レオン、お腹空いた」


 昼食を終えてから、既に3時間以上が経っており、活発に動くティーダの腹は、とっくの昔に空っぽだ。
レオンが腕時計を確認すると、午後3時も過ぎており、いつもならおやつを食べる時間だ。

 レオンがホールを見渡すと、小さなテントで軽食を売っていた。
ポップコーンやフランクフルトと、ジュース類だ。


「エル、ちょっと食べるものを買ってくる。スコールをティーダを頼むぞ」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃーい!」


 レオンは腰を上げると、席の確保用にと上着のジャケットを脱いで椅子に置いた。
急ぎ足で階段を上り、売店に向かう。

 ティーダと同じように、あちこちを見回った後、ステージを見る為に下りてきた子供が沢山いるのだろう。
大盛りのポップコーンや、三本セットのフランクフルト、唐揚げなど、父親と思しき大人達が両手に抱えて席へ急ぎ足で戻って行く。
レオンもポップコーンとフランクフルトの三本セット、ジュースを買って、トレイを借りて席へ戻った。