この世界の為に出来ること 6


 戦闘実技の訓練授業を終えて、エルオーネは汗を掻いたレイラ達と共に更衣室に入っていた。
見学参加しかしていないエルオーネは、着替える必要も、シャワーを浴びる必要もないのだが、一人で教室に帰る事は出来ない。

 タオルで汗を拭いているクラスメイトと話をしていたエルオーネの元に、「おーい」と呼ぶ声がかかる。
見ると、藍色の髪の少女───レイラだった。
レイラは、エルオーネと話をしていた生徒と手を叩き合わせると、入れ替わるようにエルオーネの前に来て、


「教室、戻ろっか」
「うん」


 出来るだけ一人にならないように、と言う兄の忠告は、単純に“一人にならなければ良い”と言うものではない。
ストーカー事件の犯人は全く目星が立っていない為、クラスメイトの中にその人物がいないとも限らない。
同じクラスの仲間を疑うのは気分の良いものではなかったが、兄の心配は最もだし、同じクラスだからと言って全員と親しい訳ではないし、エルオーネ自身も、精神的に限界だった頃にはそうした思考に取り付かれていた。
だからレオンは、レイラのような信頼の置ける人物から離れないように、と言う意味で、“一人になるな”と言ったのだ。

 レイラと教室へと戻る道すがら、エルオーネはきょろきょろと辺りを見回していた。
心なしか肩を縮めているエルオーネに、レイラが肩に腕を回して顔を近付ける。


「怖い?」


 小さく問うレイラに、エルオーネは僅かに目を伏せ、


「……うん」


 正直な気持ちを吐露すれば、レイラの手がぽんぽんとエルオーネの髪を撫でた。

 戻った教室にはまだ人は少なく、一足先に戻った男子生徒がちらほらといるだけだった。
教室に入った時、レイラがぐるりと室内を確認するように見回すのは、ストーカー事件が始まってから習慣になった事だ。
取り敢えず、一見して気になる変化はなかったので、いつものようにエルオーネの席へと移動する。

 席に戻ったエルオーネは、学習パネルの隅に設置されたカメラを見遣った。
其処に在ると判っているので、どうにも気になってしまう。


(でも、駄目だよね。見てたら此処に何かあるって気付かれる…)


 こんな所にカメラを仕込んでいる事は、クラスメイトの誰にも気付かれてはいけない。
勿論、友達であり、事情を知っているレイラにもだ。
カメラの事は出来るだけ秘密にしておいた方がバレ難い、と言うレオンとその友人達の言葉に頷いて、エルオーネは誰かに問われない限りは、黙って置こうと決めていた。

 隣の席に座ったレイラが、次の授業の教科書を探しながら訊ねる。


「ねえ、エルは化学の課題終わった?」
「終わってるよ」
「ちょっと見せて。一応問題は全部解いたんだけど、合ってるのか心配で。次の授業、あたい当たりそうでさ〜」
「あー……そう言えばそろそろ順番だったね。ちょっと待ってね…」


 パネルの下の教材置場スペースに手を入れて、かさり、と何かが指先に当たった途端、エルオーネは動きを止めた。
まさか、まさかと心臓が逸る。

 固まったエルオーネに、レイラは首を傾げたが、彼女の貌が青くなって行くのを見て、その理由に気付いた。
レイラはエルオーネの肩を掴んで腕を引かせると、代わりにスペースに腕を突っ込む。
指先に触れた感触を確かめて、引っ張り出した。
取り出せたのは表も裏も黒一色の封筒で、封は糊で閉じられている。


「……?」


 エルオーネが一番最初に相談して以来、彼女にずっと付き添っていたレイラであったが、封筒を見たのは今回が初めてだった。
ストーカーから送られてくる手紙は、始めの頃のノートの切れ端の他は、何処ででも売っているようなコピー用紙を四つ折りにしたものだったからだ。
封筒などと言うものに、丁寧に入れられて届けられた事は一度もない。


「……なんだろ、コレ」
「……いつもの奴じゃないのかな?」
「うーん……」


 レイラは手紙を光りに翳して透かして見た。
しかし、真っ黒な封筒は一切の光を通さず、中身を伺い知る事は出来ない。

 だが、レイラの頭の中では、警鐘が鳴っていた。
まるで塗り潰されたような不気味な封筒には、宛先も差出人も書かれていない。
市販のものに黒一色の封筒など見た事がない事、微かに油性インクの匂いがする事から、マジックペンで塗り潰したであろう事が判る。
手で封筒の表面をなぞってみるが、厚紙が中に入っているのか、どんなものが入っているのかも判らなかった。


「…これ、開けなくちゃいけないかな…」


 不安な表情で呟いたエルオーネに、レイラは首を横に振った。


「止めとこう。このままレオン兄に渡そうよ」
「レオンに?……大丈夫、かな……」


 レイラは、レオンに中身を確かめて貰おうと言っているのだ。
エルオーネも、自分で確かめるのが怖い気持ちは否めず、彼を頼りたいと思っている。
しかし、今までとは明らかに異質な形で送られてきた代物に、中身を確かめたレオンが酷い目に遭ったら、と考えてしまう。


「えっと……じゃあ、シド先生とか、ママ先生とか…」
「……うぅ……」
「……わ、判ってるよ。あたいだってママ先生達に怪我とかして欲しくないよ。でも、今此処で開けるのも嫌でしょ…?」
「………」


 レイラの言葉に、エルオーネは小さく頷く。
じわじわと栗色の瞳に雫を浮かべるエルオーネに、レイラがよしよしと頭を撫でて慰めた。




 中等部の授業が終わると、レイラに付き添って貰いながら、初等部に所属するスコールとティーダを迎えに行く。
無邪気にじゃれついて来る二人と手を繋いで、此処からもレイラに付き添われ、学園長室へ向かう。
レイラとは其処で別れ、また明日ね、と手を振り合って、明日も一緒に過ごす約束をした。

 一ヶ月も続いているこの習慣に、その理由はどうあれ、微かな救いを見出すとしたら、いつもと変わらず笑いかけてくれる弟達と、毎日お邪魔する子供を笑顔で迎えてくれる育ての親だ。

 学園長室でレオンの授業終りを待っている間、エルオーネ達はイデアが作ってくれたケーキを食べていた。
三日に一度の頻度で食べられるケーキやタルトは、いつも美味しくて頬が落ちそうだ。
また、此処に来るとイデアが自分の話を聞いてくれるのが、エルオーネは嬉しかった。
シドがスコールとティーダの相手をしてくれている内に、イデアと二人で色々な話をする。
この時に、エルオーネは隠しきれない不安を吐露し、母親代わりに抱き締められ、安心するのだ。

 ケーキを食べ終え、イデアが淹れてくれた紅茶を傾けていると、イデアが言った。


「今日は、大丈夫でしたか?」


 言葉少なに、優しい声で訊ねるイデアに、エルオーネは眉尻を下げて目を伏せる。


「レイラがずっと傍にいてくれたから。昼はレオン達と一緒に食べたし。……でも、五時間目の後に、ちょっと…」


 声が震えるエルオーネを、イデアは抱き寄せる。
落ち付かせるように、ゆっくりと背中を撫でられて、エルオーネは無意識に詰めていた息を吐いた。

 わずかではあるが、気分が落ち付いた所で、エルオーネはソファの足下に置いていた鞄を開けた。
ノートや教科書の間に挟んでいた、黒い封筒を取り出すと、イデアがひそりと眉を潜める。


「これ、五時間目の後に見付けたんですけど、まだ開けてないんです。その……開けるの、怖くて……」


 この黒い封筒の差出人が、件のストーカー犯と同一のものと言う確証はない。
しかし、手塗りで黒く染められた封筒と言う不気味なものを見て、不穏な気配を感じ取らない者はいないだろう。
その上に未だ続くストーカーからの嫌がらせが重なれば、嫌が応にも連想は繋がる。

 す、と差し出されたイデアの手に、エルオーネは迷った末、おずおずと封筒を差し出した。
イデアはレイラがしていたように、封筒を光に翳し、指先で封筒の面をなぞって中身を確認しているが、結果は変わらなかった。


「……開けてみますね」
「……う……は、はい……」


 此処で躊躇っても、レオンに渡れば彼が開けるだろう。
エルオーネは緊張した面持ちで、イデアの言葉に頷いた。

 イデアは糊付けされた封を剥がし、中身を覗き込んだ。
しかし、中には薄く切られたボール紙が二枚入っているだけで、手紙などは見えない。
目を細めてボール紙の間を見ると、紙一枚分の隙間がある。
ボール紙は封筒の裏面にぴったりと接着されている為、隙間に入っている物を取り出すには、封筒を逆さまにするしかない。
イデアは、その僅かな隙間から、ねっとりとしたものが溢れ出して来るのを感じて、エルオーネがこれを手にした時点で開けなくて良かったと思った。

 封筒をテーブルの上で逆様にする─────と、カチャン、と小さな音が鳴って、銀色がテーブルの上に転がった。
天井からの明かりを反射するそれは、一ミリにも満たない薄さの、小さく鋭利な刃物。


「───────ッ!!!」


 目を見開き、声にならない声を上げたエルオーネを、イデアは強く抱き締める。
ぎゅう、としがみ付く少女の肩が、壊れそうな程に震えていた。

 テーブルの上に転がっているのは、薄い剃刀だった。
今までの手紙と違い、届けた人間を明確に傷付ける凶器である。
周囲の人々の協力で、少しずつ形を取り戻しつつあった少女の平穏が、一気に壊れて行く。


「お姉ちゃん?」
「エル姉?」


 姉の異変に気付いた弟達の呼ぶ声にも、エルオーネは反応できなかった。
イデアの胸に顔を埋め、ふるふると首を振る事しか出来ないエルオーネに、イデアはシドを見る。
子供達を近付けさせないでと目で訴える妻に、シドは小さく頷いて、姉の下に行きたがる弟達の肩を押さえて縫い止める。
察しの良い子供達は、泣き出しそうな顔でシドを見上げた。

 コンコン、と学園長室の扉をノックする音が響く。
ビクッ、と震えたエルオーネを、イデアは大丈夫、と囁きながらあやした。


「失礼しま────」
「お兄ちゃん!」
「レオン!」


 扉を開けたのは、子供達が待ち望んでいた兄だ。
シドの下にいたスコールとティーダが、弾かれたように兄に駆け寄って抱き着く。


「っと……どうした、何か────エル?」


 腹に顔を埋める二人の弟を見て、何かあったのかと辺りを見回したレオンは、ソファに座って動かないイデアとエルオーネに気付いた。
母親代わりに抱き着いたエルオーネが、酷く震えているのを見て、レオンの顔色が変わって行く。
蒼灰色の瞳がシドを見て、傷ましく歪められた黒の瞳を見た瞬間、レオンは苦々しく唇を噛んだ。

 きゅ、とレオンの服端が小さな手に握られる。
見上げる蒼と青は、姉の周りの不穏な気配を感じ取っていながら、ずっと知らない振りをし続けていた。
姉が、兄が、周りの大人達がそれを望んでいると感じ取っていたからだ。
けれども、姉の精一杯の気丈が砕けた今、弟達も何も気付かない振りは続けられない。
せめて姉の前で声を上げるまいと、唇を真一文字に引き結んでしがみ付く弟達のいじらしさに、レオンは視界が歪むのを感じた。

 シドに無言で促され、レオンはスコールとティーダを連れて学園長室を出た。
学園長室の外にあるのは、階下へ伸びるエレベーターと、人の気配が少なくなった教員室のみ。
ぐす、ぐす、と聞こえる弟達の声を聞きながら、レオンはシドと向き合った。


「……何があったんですか」


 弟達が傍にいても、もう隠す事は出来ないと、レオンは率直に問う。
シドは教職員室から誰も出て来る様子がない事を確認して、静かな声で答えた。


「エルオーネの所に、手紙が届けられました。中に入っていたのは、剃刀です。若しも彼女が開けていたら、間違いなく、怪我をしていたでしょう」
「……!」
「…ふえ…えぇえええ…!」
「えっく、ひっく…うぅーっ…!」


 はっきりと姉の身に起きていた異変を耳にして、スコールとティーダは堰が崩壊したように泣き出した。
そんな弟達を慰めてやらなければと思うのに、レオンの躯はその意思を離れ、脚は根が付いたように動かない。

 もっと早く気付いていれば。
もっと早く行動していれば。
迷惑をかけるかも、なんて迷っていないで、もっと早く沢山の人に頼っていれば。
そうすれば、彼女にこんなに怖い思いをさせる事も、弟達に辛い思いをさせる事もなかったのに。

 レオンの頭を巡るのは、後悔ばかりだった。
握り締めた拳を震わせる少年に、シドは小さく首を横に振り、


「貴方の気持ちは判りますが、後悔していても事は解決しません。先日お話していた件は、もう?」
「……はい」


 シドの言う“件”とは、教室のエルオーネの席に、隠しカメラを取り付ける事だ。
今日の昼休憩、レオンは教員に手伝いを頼まれた為に同席できなかったが、エドガーからカメラの詳しい使用方法を聞いているロックが行ってくれた。
教室でエッジも合流したようで、無事に取り付けた済んだ事は、五時間目の授業開始前に聞いている。


「今回の件と、今まで起きている件が、同一犯のものと言う確証はありません。念の為、あれはもう一日設置したままにして置きましょう。チェックは明日の放課後に行って下さい」
「……はい。あの、エルは、明日は……」
「ええ、休ませてあげて下さい。スコールとティーダも。家には今、ジェクトさんのお友達が来ているんですよね。大人の人が傍にいるなら、少しは安心できるでしょう」


 シドの言葉に、レオンは小さく頷いた。
扉の向こうで泣いている妹も、自分に抱き着いて離れない弟達も、落ち着くまではガーデンを休ませた方が良い。
自分も出来るだけ傍にいた方が良いだろうと、レオンは思っていた。

 レオンは悔しさと歯痒さで滲みそうになる涙を、服の袖で力任せに拭った。
天井を仰いで深呼吸をして、抱き着いている弟達の頭を撫でる。
顔を上げた二人は、ぼろぼろと大粒の涙を零し、縋るようにレオンの服を握る手に力を籠める。


「……ごめんな、スコール、ティーダ」
「……!」


 怖い思いをさせている事を謝る兄に、スコールとティーダはふるふると首を横に振った。


「お兄ちゃん、なんにも悪くないもん…」
「エル姉だって悪くないぃ!悪いのは、エル姉を怖がらせてる奴だもん!」
「……うん。ありがとう」


 決して広くはないエレベーターホールに、わんわんと泣きじゃくる二人の声が反響する。
教職室にもその声は届き、何かあったのかと窓から覗く教員の姿が見えたが、シドが小さく首を横に振ると、彼等は心得たように自分の仕事へと戻って行く。

 スコールとティーダは、喉が痛む程に声を上げた後、泣き疲れて眠ってしまった。
二人を抱えたレオンが学園長室に入ると、エルオーネもイデアに抱き締められて眠っていた。
泣き腫らした痕の残る妹の横顔に、レオンは自分の無力さを痛感する。

 家に帰るのは、眠る妹弟が起きてからにしよう。
その頃には、ガーデンからバラムの街へと走るバスの中も、すっかり空いている筈だ。
レオンは家で帰宅を待っているアーロンに連絡するべく、携帯電話を手に取った。





 凶器が届けられたその日の夜、レオン達の家のポストに、数枚の封筒が届けられた。
真っ黒に塗り潰されたその封筒には、差出人の名前はなく、『エルオーネへ』と言う宛名だけが書かれていた。
翌早朝、それを見付けたのは、アーロンだ。

 夜の内にガーデンで起こった事について話を聞いていたアーロンは、黒の封筒を全て回収し、夜半まで寝付けなかったエルオーネが目を覚ます前に、中身を全て確認した。
封入されていたものは、ガーデンでエルオーネが見付けた手紙と同じで、剃刀が仕込まれていた。
アーロンはそれらを、朝食を作る為に起きて来たレオンに見せた後、妹の目につかない所に保管して置いて欲しいと言うレオンに頷き、自身の荷物の中へと紛れ込ませた。
其処なら、エルオーネが触る事はないので、彼女が見付ける事は先ずない。

 弟達に連れられてリビングに降りてきたエルオーネは、お世辞にも顔色が良いとは言えなかった。
朝食も進まず、弟達の手前、必死で取り繕ってはいたものの、表情は冴えない。
エルオーネのそんな顔を見る度に、弟達は兄の下に駆け寄って、泣き出したい気持ちを精一杯堪えていた。

 正午を前にした頃、今日何度目になるか、涙を滲ませて抱き着いて来た弟達を抱き寄せて、レオンは大丈夫、と言い聞かせてやる。
その言葉は、自分の中に燻る焦燥を宥める為の自己暗示でもあった。


(大丈夫。大丈夫だ。家にはアーロンさんがいるし、ガーデンにはシド先生やママ先生、エッジ達がいる。昨日のあの手紙が休憩時間の後に置かれたものなら、カメラに犯人が映っている可能性は高い。だから、きっともう直ぐ、解決する)


 犯人さえ捕まれば、もうエルオーネを脅かす者はいなくなる。
そうすれば、彼女が見えない恐怖に怯える事も、弟達がこんなにも辛い気持ちを我慢する事もない。


「んぅ……」
「うう〜……っぷは!」


 目一杯の力でレオンに抱き着いた後、ティーダが顔を上げる。
ティーダはごしごしと赤らんだ顔を擦ると、ぱっと踵を返してキッチンを出て行った。


「エル姉ー!」


 元気な声が姉を呼び、エルオーネが小さくそれに応える声がする。
姉の不安を刺激しないように、ティーダは努めて明るく振る舞っていた。
そんなティーダを見て、エルオーネは力なく微笑んで、ソファの隣に座って甘える子供を撫でてやる。

 レオンにしがみついていたもう一人の子供が、もそもそと身動ぎした。
スコールはそっとレオンから体を離すと、ティーダと同じく赤らんだ頬を手で拭って、涙の滲んだ目を擦る。


「……大丈夫か?」
「…ぅん……へいき」


 小さく頷くスコールが、いじらしく虚勢を張っている事に、レオンは気付いていた。
もう一度スコールを抱き締めて、ぽんぽんと背中を叩いてやる。


「しばらくは、皆ガーデンは休んで良い。俺も休むから、家でゆっくり過ごそう」
「……うん」
「昼ご飯が出来たら、リビングに持って行く。もう直ぐだよって皆に伝えて来てくれるか」
「うん」


 こっくりと頭を楯に振ったスコールに、良い子だ、とレオンは濃茶色の髪を撫でた。
小さなコンパスを忙しなく動かして、スコールは小走りでキッチンを出て行く。

 一人になったキッチンで、レオンはスープの鍋に火を入れた。
スープは朝食の時の作り置きで、これに火が通れば昼食の用意は終わる。
冷め切っていたスープを掻き混ぜながら、火が通るのを待っていると、


「レオン、お前の携帯が鳴っているぞ」
「あ───すみません、ありがとうございます」


 キッチンに顔を出したアーロンから携帯電話を受け取ると、彼は直ぐにリビングへと引き返した。
出来るだけエルオーネを不安にさせないよう、彼女の姿を直ぐに確認できる場所にいる為だ。

 レオンが携帯電話の液晶画面を確認すると、エッジの名前が表示されていた。
通話ボタンを押して耳に当てる。


「もしもし、エッジ?」
『おう。なんか兄弟揃って皆休んでるらしいな、大丈夫か?』
「…あまり大丈夫とは言えないな。例のストーカー犯の仕業かは判らないが、嫌がらせが手紙だけじゃ済まされなくなってる」
『嬢ちゃんはどうしてる?』
「スコール達と一緒にいる。今日は何処にも行かないで、皆でずっと家にいるつもりだ。外の様子は、信頼できる大人が今は一緒にいるから、その人に任せる事にしてる」
『ああ、大人がいるのか。なら良かった。────所で、カメラの事なんだけど、そんな事になってるなら、もう回収するか?』


 ストーカー行為が酷くなっているのなら、犯人を確かめるのは早い方が良いだろうと言うエッジに、そうだな、とレオンは頷く。


「シド先生には、今日の放課後まで置いておこうって話をしてる。だから放課後になったら、シド先生の所に行って、エルの教室の鍵を借りてくれ。シド先生には俺から伝えておく」
『そうしてくれると助かるぜ。中等部の教室の鍵なんか、俺が普通に行ったって貸して貰える訳ないからな』


 それは日頃の行いの所為だろう、とレオンが言えば、愛想笑いが電話の向こうから聞こえて来る。


「映像の出力は、寮で出来るか?」
『出来る筈だってロックが言ってた。まあ、駄目でも、先輩の所に行けばなんとかなるだろ。あの人が作ったモンだし』
「そうだな。悪いが、そっちの事は頼んだぞ。あと、犯人が判ったら、シド先生に映像ごと渡して確認して貰ってくれ。俺の方は、しばらくガーデンは休むかも知れない」
『判ってる。嬢ちゃんとチビ達が心配なんだろ。皆が落ち付くまで、お前は出来るだけ一緒にいてやれよ』
「ああ」


 隠しカメラの映像確認は、出来れば自分も立ち会いたいと思っていたレオンだったが、今は妹達の方が大事だ。

 じゃあな、と気軽な挨拶一つをして、通話が切れる。
レオンはズボンのポケットに携帯電話を入れて、コンロの火を切った。
温まったコンソメスープをスープ皿に注いで、人数分を並べておく。

 スープの香りに食欲を促されたか、キッチンにひょこりと蜜色の頭が顔を出す。
ぐうう、と腹を鳴らしているティーダに、レオンはくすりと笑った。