一つ、二つと重ねた数を
スコール誕生日記念(2015)


 一ヶ月以上の長い夏休みが、残り一週間と言う終盤を迎える頃、スコールはそわそわと落ち着きを失くしていた。
その姿は数日前から見られるようになっており、彼は朝起きてリビングに降りると、兄姉に朝の挨拶を済ませた後、壁にかけられた日捲りカレンダーに駆け寄った。
昨日の数字を記した一枚を破ると、その日の日付を記したものを捲り、また捲り、お目当ての数字を探し出す。
辿り着いた数字まで、今日から数えて何日と指折りにして、うきうきとした表情で朝食のテーブルに着くのである。

 幼い弟の可愛らしい様子を、レオンとエルオーネはほのぼのとした気持ちで眺めていた。
同時に、彼の気持ちに応えなければ、と気合も入る。

 遂に待ちに待ったその日を迎えて、スコールは朝から忙しない。
が、それを一所懸命に隠そうと言う仕草も見られた。
そんな弟に、幼く見えてもやはり成長しているのだと実感したのは、レオンだ。
狭い世界で何も知らない、自分の目の前の事しか見えていないような小さな子供───そう思っているのは周りだけで、子供は子供の目線で広い世界を観察している。
少しずつ変わって行く季節の移ろいや、毎日立ち寄る市場に並ぶ品揃え、夏休みに入って偶に逢う幼馴染達の日焼け具合。
それらと同じように、家の中で起こる些細な出来事や、家族の一日の行動の変化にも、彼はきちんと気付いている。
気付いていて、気付いていない振りをするのは、楽しみを目一杯味わう為に、楽しんで良い瞬間を待っているのだ。

 出来るだけいつも通りに、何も気付かない振りを頑張るスコールに合わせて、レオンとエルオーネもいつも通りに過ごしている。
エルオーネが昼食の準備をする傍ら、レオンはスコールと一緒にリビングのソファに座って、のんびりとテレビを見ていた。
昨日の夕方に放送された、子供向けアニメの二時間スペシャルを眺めるレオンの隣で、スコールは丸めた膝を抱えて、ちょこんと三角座りをしている。
その瞳は、一応はテレビに向けられているものの、度々逸らされて、チェスト上の時計を覗いていた。
早く時間が経たないかな、と待ち遠しい弟の様子に、レオンはこっそりと小さく笑って、幼い弟を抱き寄せた。
スコールはきょとんと目を丸くして兄を見上げ、微笑む蒼を見付けると、ふにゃあと嬉しそうに破顔した。


「えへへー」
「今日は随分機嫌がいいな」
「んー。うふふ」


 兄の言葉に、スコールは持ち上がって戻らない頬を両手で包み、むにむにと捏ねる。
しばらく捏ねて、ぱっと手を放してみるが、スコールの頬はほんのりと赤くなっただけで、持ち上がった口角は戻らなかった。


「にへー」
「んー?」
「あうー」


 すっかり緩んでいるスコールの頬を、レオンの指が柔らかく摘む。
むに、と引っ張ってやれば、大福のようにぷにぷにとした頬が伸びる。
エルもまだ伸びるかな、と思いながら引っ張っていると、スコールの手が降参、と言うように、ぺちぺちとレオンの手を叩いた。

 手を放してやると、スコールの頬にはレオンの指の痕がついていた。
が、数秒もすれば赤い痕はすっきりと消え、まろい頬が可愛らしく膨らんでいる。


「今日のスコールは、楽しい日なんだな」
「んー?んふふ。うん」


 勿体ぶるように首を傾げて笑った後、スコールはこっくりと頷いた。


「何か良い事があるのか?」
「ふえ?」


 兄の言葉に、スコールはぱちりと目を丸くした。
じい、と二対の蒼の宝石が見詰め合い、レオンはまるで心の中を覗かれているようだと思う。
例年の事を考えれば、今のレオンの言葉は、幼い弟にとって予想外のものだっただろうから、スコールが兄の心を確かめようとするのは無理もない。

 しばらくじいっと見詰め合っていた蒼は、キッチンからエルオーネが戻って来た事で終わった。
焼きたての香ばしいバターの匂いに釣られて、スコールがぱっと姉を見る。


「おひる!」
「はい。お昼ご飯ですよー」


 エルオーネがトレイに乗せた食事をテーブルに乗せて行く。
スコールはソファを飛び下りて、ぱたぱたとテーブルに駆け寄った。
椅子に座って昼食のスタートを待つスコールに続いて、レオンも食卓へ向かう。

 今日の昼食は、トーストとスクランブルエッグにベーコン、プチトマトとレタスのサラダだ。
飲み物は、そのままの牛乳が飲めないスコールの為に一度温めて、蜂蜜を入れて混ぜ、冷蔵庫で少しの間冷ましたもの。
夏休みが始まってから、いつもと変わらない、普段通りの昼食である。


「頂きます」
「頂きます!」
「いただきまーす!」


 手を合わせたレオンに倣い、エルオーネとスコールが元気よく食事前の挨拶をする。
スコールはバターの塗られたトーストを取って、小さな口を目一杯大きく開けて齧り付いた。
カリッと焼けたパンの表面が、さっくりと音を立てて裂ける。
噛み千切ったトーストの欠片をもぐもぐと咀嚼して、こくん、と飲み込んだ。


「スコール。ジャムもあるよ」
「うん」


 エルオーネが差し出した苺ジャムの小瓶を受け取って、スプーンでトーストに赤色を塗って行く。
パクッと齧ると、甘い酸味とバターの塩味が口の中で絶妙のハーモニーを奏でた。
トーストの焼き加減も丁度良く、表面はカリッと香ばしく、中はもっちりと柔らかい。
バラムガーデンの給食とは───勿論、あの給食も美味しいのだけれど───一味も二味も違う昼食に、スコールの丸い頬が幸せに赤らむ。

 レオンはスクランブルエッグを食べる手を止めて、ティッシュを取った。
隣に座るスコールの口元の赤を拭い、小さな指にも付いたジャムも拭き取る。
ティッシュ越しに伝わったふにふにとした感触に、レオンは緩む口元を堪えて、食事の手を再開させた。
相変わらず弟に過保護な兄に呆れつつ、微笑みつつ、エルオーネはサラダにフォークを挿しながら弟に訊ねる。


「スコール、昨日残ってたって言ってた宿題は終わった?」
「うん」


 スコールはフォークに挿したベーコンを噛み切りながら頷いた。
適度に焼き色のついたベーコンは、塩味が効いていて、甘めのスクランブルエッグとよく合う。


「昨日、お風呂の前にきちんと終わらせたよ」
「よく出来ました」
「んー。えへへ」


 スコールはフォークの端を噛んで、嬉しそうに頭を揺らす。
レオンも「良い子だ」と、くしゃくしゃとスコールの頭を撫でてやった。

 スコールは勉強が好きと言う訳ではないが、真面目で勤勉なので、宿題はいつも家に帰って直ぐに片付けている。
大量に出される夏休みの宿題も、兄と姉の手を借りつつ、計画通りに終わらせる事が出来た。
何にしようか迷っていた観察研究の課題も、バラム港の市場に並ぶ魚の種類を書き記してまとめていた。
因みに観察課題にこれを提案したのはエルオーネで、市場の店を預かる人々から、魚の種類と特徴を聞くように課題を与えている。
人見知りの激しいスコールには、非常に難しい課題であったのだが、レオンが付き添う事でなんとかクリアした。
お陰でスコールは、人見知りをほんの少し克服し、魚の種類を覚え、買い物の時に兄姉の手伝いも出来るようになったと喜んでいた。
スコールが最後に残していた宿題は、算数のプリントが数枚だった。
苦手な設問が並んでいたので、些か時間はかかったが、無事に自分の力で解き切れる事が出来たようだ。

 此処までスコールが頑張ったのも、全ては今日の日の為。
今日の日を思い切り楽しむ為に、辛い事は前倒しにしたのだ。
ついでに大好きな兄姉に褒めて貰えて、嬉しいこと尽くめだ。


「じゃあ、今日は私とお出かけ行こっか」
「お出かけ?」
「うん。で、アイスクリーム買ってあげる。かき氷の方が良いかな?」
「!」


 エルオーネの一言に、スコールが判り易く反応した。
暑いバラム島の夏に、アイスクリームやかき氷は欠かせない。
しかし、レオンハート家の経済事情は決して明るくない為、おやつも含め外食する機会は少ない。
ガーデンからの帰り道、買い食いをしている上級生を見て、羨ましそうな表情を浮かべている事を、エルオーネは知っていた。

 スコールは、姉の言葉にこくこくと嬉しそうに頷いた。


「お出かけ、行くっ」
「決まりね」
「お兄ちゃんも行く?」
「ごめんな、人と約束があるんだ」
「そなの……」


 兄の返事を聞いた途端、喜色一杯だった表情が翳り、スコールは眉をハの字にしてしまった。
ごめんな、ともう一度レオンがスコールの頭を撫でる。


「エルと二人で行っておいで。暑いから、ちゃんと帽子を被って行くんだぞ」
「はぁい」


 スコールは少し残念そうな表情ではあったが、姉と二人でお出かけと言うのも、久しぶりだ。
お兄ちゃんにお土産を持って帰ろう、と決めて、今日は姉と二人のお出かけを楽しむ事になった。





 昼食を終えて一休みしてから、スコールとエルオーネは家を出た。
お揃いの麦わら帽子を被り、兄に見送られ、姉弟は手を繋いでバラムの街へ。
何処に行くと決めている訳ではなかったが、先ずはおやつも兼ねて、運動公園の近くに構えているであろう、出店へ向かう事にした。

 バラムの街の東に、ガーデンと言う教育施設が誕生したのは、一年前の事だ。
孤児院の子供達に、きちんとした学校教育を請けさせてやりたいと言うクレイマー夫妻の希望により、様々な人々の手助けを受けて、ガーデンは設立された。
設立まで夫妻の下にいたレオン、エルオーネ、スコール、そしてサイファーは、揃ってバラムガーデンに入学し、サイファーは施設内に誂られた寮に入る事となった。
レオン達も当初は寮に入る予定だったのだが、レオンが一人立ちを望み、妹弟が兄と離れる事を拒んだ為、子供達だけでバラムの街で生活が始まった。
家は少人数で過ごす利便性を優先し、孤児院として使っていた建物を改築している。
金銭的な問題については、夫妻の援助を受けているので、レオンが望んだ“一人立ち”は殆ど形ばかりのものだ。
それでも、形だけでも彼等の手を離れる事で、子供達の自立心はより強く育まれつつある。

 そんな生活が始まってから一年と少しが経ち、一番環境の変化に敏感であろうスコールも、大分慣れて来た。
ガーデンの入学当初、兄と姉と離れ離れで過ごさなければならない事を嫌がっていたのが嘘のように、自分の足で教室へ向かうようになった。
帰る時には、一目散に兄姉の下へ走るのは、甘えん坊のご愛嬌だろう。
それでも、兄姉の姿が見えないと直ぐに泣き出していた頃を思えば、彼も随分と成長している。

 けれど、やはりスコールはまだまだ幼く、甘えたがりだ。
外を歩く時には、必ず兄姉と手を繋ぎたがる。
今日もスコールは、のんびりと歩くエルオーネと確りと手を繋いで、石畳の道を歩いていた。

 横断歩道の赤信号で、色が変わるのを待つ間に、エルオーネは弟に訊ねた。


「アイスとかき氷、どっちか決めた?」
「んぅー……まだ…」


 スコールはこっくりと頭を傾げた後、ふるふると首を横に振った。

 スーパーではなく、出店で売っているアイスクリームは、買い置きが出来ないので食べられる機会が少ない。
定番のバニラやチョコレートは勿論、期間限定のフレーバーもある。
かき氷に至っては夏季限定なので、今の時期に食べないと、来年までお預けになってしまう。
此方も色々な味が出回っているので、食べる時にはどれにするか、よく考えなければならない。

 うーん、うーん、とスコールが考えている間に、横断歩道の信号が青に変わった。
行くよ、と姉に手を引かれて、スコールはうんうん唸りながら、横断歩道を渡り切る。


「んんー……お姉ちゃんは、何にするの?」
「私は、かき氷にしようかな」
「じゃ、僕もかき氷食べる」


 悩んだ末に、スコールはお揃いが良いと思ったようだ。


「味はどうするの?」
「お姉ちゃんは?」
「私はまだ決めてないよ。スコールは?」


 訊ねれば訊ね返すスコールに、エルオーネはくすくすと笑いながら、弟に自分で選ぶように促した。
スコールは再び困った顔になり、うーん、うーんと唸り始める。

 スコールが悩んでいる間に、二人は運動公園を見渡せる土手上に到着した。
公園には夏休みを満喫する子供や若者が駆け回っており、日曜日のように賑々しい。
孤児院で一緒に暮らしていた子供達も、何処かにいるかも知れない、と思いながら、エルオーネはスコールを出店へと連れて行った。

 かき氷の幟旗を掲げた出店は、トラックを改装した移動屋台だ。
この店はアイスクリームとクレープを一年中売っており、他にも夏にはかき氷、冬には鯛焼きと言うように、季節毎に変わるものもある。
運動公園を利用する人々にとっては、すっかり馴染みの店である。
今日も例外なく、店は繁盛しており、三十路を数えようかと言う店長が、忙しなく氷を掻き砕いていた。


「一杯並んでるね」
「うん」
「待てる?」
「うん」


 こっくりと頷くスコールに、エルオーネは微笑んで、店前に並ぶ行列に加わった。
買い終った客が、手に手に冷たく美味しそうなアイスやかき氷を持って通り過ぎて行くのを、蒼い瞳が羨ましそうに見送る。

 二人の若い女子が、赤いかき氷と、青いかき氷を持って通り過ぎて行く。
エルオーネと同じ年だろうと思われる四人の男の子が、それぞれ味の違うアイスクリームの食べ比べをしていた。
行列が並ぶ直ぐ傍の木では、ミーンミーンと蝉が元気に羽を鳴らしている。
木漏れ日のベンチに座って、親子三人が一緒に一つのかき氷を食べていた。
少し離れた場所では、少年達がペットボトルを逆さまにして、頭から水を被ってはしゃいでいる。
太陽の熱で焼けた捲かれた内水が、陽光をきらきらと反射させるのが、眩しくて堪らない。
正に、バラムの夏真っ盛りであった。

 うーん、うーん、と唸る声はまだ続いている。
そんなに悩まなくても、とエルオーネは思うが、普段のスコールは余り自分で物事を決めない。
兄と姉の真似をしたり、周りの雰囲気に合わせるように流されたりと言うのが常であった。
勿論、滅多に食べられないかき氷が食べられるので、揃えられた味に迷っているのもあるだろう。
店によっては、フレーバーを二つ、それ以上にかけてくれる所もあるようだが、この店は一つのかき氷につき一つだけだ。
後は練乳をかけるか否かを選べる。


(私はどの味にしようかなあ)


 余り食べる機会のないかき氷に、フレーバーを悩むのはエルオーネも同じだ。
鮮やかな赤色のいちご味も、見た目も爽やかなブルーハワイも、何もかもがエルオーネを誘惑する。

 二人揃って悩んでいる内に、行列の順番が回って来た。
かき氷機の周りに散らばった氷や水滴を吹きながら、不精髭を蓄えた男性が「ご注文は?」と人懐こい笑顔で訊ねる。


「ん、んっと、えっと、えっと……」
「かき氷二つ下さい」
「はい。ちょっと待ってねー」


 スコールが言い淀んでいる横で、エルオーネが目当てのものを注文する。
氷が砕かれている間にフレーバーを決めなければ、とエルオーネは車体に貼られた絵付のメニュー表を見る。


「うーん……スコール、決まった?」
「えと、えと……いちごミルク!」


 悩みに悩んで、スコールはようやく決まった。
スコールの声は確り男性に届いていたようで、


「はい、いちごミルク一つ。お嬢ちゃんは?」
「私は、えーと……レモン下さい」
「はい、レモンね」


 カップに入った二つの雪山に、赤色と黄色のシロップがかけられる。
更に、いちごシロップにコンデンスミルクがかけられて、赤と白のコントラストにスコールの目がきらきらと輝いた。

 代金の支払いを済ませて、差し出されたかき氷を受け取り、エルオーネは近くのベンチに向かった。
後を追うスコールの足は軽やかで、うきうきと弾んでいる。

 木の下で猫が集まっていたベンチにお邪魔させて貰い、エルオーネは持っていたいちごミルクのかき氷をスコールに渡した。


「零さないようにね」
「うん。頂きます」


 きちんと食前の挨拶をして、スコールはかき氷にストロースプーンを入れる。
さくっと雪の隙間を潜って行ったスプーンが、赤い小山を持ち上げ、口へと運ぶ。
甘くて冷たいいちご味が口一杯に広がって、スコールはぱたぱたと足を遊ばせた。


「美味しい?」
「うんっ。お姉ちゃんも、おいしい?」
「うん、美味しくて冷たい。来て良かったね」
「んっ」


 スコールはかき氷の二口目を食べて、姉の言葉にこっくりと頷いた。

 しばらく、体に溜まった熱を逃がすように、二人は黙々とかき氷を食べていた。
さく、さく、さく、と氷を崩す小さな音と、ミーンミーンと蝉の鳴き声だけが二人の耳にくすぐる。
合間に額や頬から伝い落ちる汗を拭っていたが、それも体が内から冷えたお陰で、少しずつ落ち着いて行った。
その頃には、二人のカップの中の雪山は、気温の高さで溶けるのが早いのもあって、半分程に減っている。

 エルオーネはふと、隣でぱたぱたと嬉しそうに足を遊ばせている弟を見た。
赤と白のコントラストが綺麗だったスコールのかき氷は、カップの中でシロップと練乳が交じり合い、薄ピンク色が混じっている。


「スコール。それ、ちょっとちょうだい?」


 ねだってみると、スコールはぱちくりと瞬きして姉を見詰めた後、さくっと氷を一匙掬って、


「はい、お姉ちゃん」
「あーん」


 快く氷を差し出した弟に、姉は笑って氷を貰う。
ぱくっと食べた氷は、直ぐにエルオーネの舌の上で溶けて行き、レモンとは違う味と甘さが感じられた。


「お姉ちゃん、おいしい?」
「うん、美味しい。はい、スコールもあーん」
「あーん」


 お返しにとレモンのかき氷を一掬いして差し出した姉に、スコールも嬉しそうに氷に齧り付いた。
レモン風味のさっぱりとした味わいに、スコールが「ん〜っ」と高い音を漏らす。


「おいしい?」
「うんっ。レモン、おいしい」


 そう言って、スコールは口の中のレモン味を堪能してから、またいちごミルクのかき氷を食べ始めた。
小さな口を何度も開け閉めするスコールの口元は、いちごシロップのお陰ですっかり赤い。
自分は黄色なんだろうな、と見えない舌を気にしつつ、エルオーネもレモンのかき氷を食べる手を再開させた。

 底の方になると、氷がすっかり溶けて、シロップジュースになっていた。
それも綺麗に飲み終わって、空になったカップをゴミ箱に捨てた後、エルオーネとスコールは運動公園の水飲み場に急いだ。
かき氷を零さないように食べていた筈なのに、カップを持っていた手はシロップでべたべたになっている。
水飲み場に併設された手洗い所できちんと手を洗って、エルオーネが持って来たハンカチでしっかりと手を拭いた。


「綺麗になった?」
「うん。もうぺたぺたしないよ」


 綺麗に乾いた両手を見せて、スコールは言った。
エルオーネも手のべとつきがなくなった事を確かめて、濡れたハンカチを畳んで鞄の中に入れる。

 広い運動公園の端には、石畳で整備された川が流れている。
水深は浅く、小さな子供でも入って遊べる程度だ。
エルオーネは涼を求めて、スコールを其処へと連れて行った。
外遊びは好きではないスコールだが、暑い日差しの中の水遊びは嫌いではなく、直ぐに靴を脱いで川に入った。
ぱちゃぱちゃと足を動かすスコールに続いて、エルオーネもスカートの端を少し持ち上げながら、川の中を歩く。


「気持ち良い!」
「うん。あっ、滑らないように気を付けないとダメだよ」
「はーい。お兄ちゃんも一緒に来れば良かったのに」


 水の中でしゃがんで、水面に手を付けてスコールは呟く。
エルオーネは苦笑して、「仕方ないよ」と言った。


「約束があったんだもの。約束は破っちゃダメだからね」
「うん。だからお姉ちゃん、お兄ちゃんにお土産持って帰ろうよ」


 兄思いの弟の言葉に、エルオーネは勿論頷いた。
弟の世話を自分に任せた代わりに、今頃は家で忙しくしているであろう兄の為にも、労いは必要だ。


「お土産かあ。何が良いかな?」
「かき氷!」
「帰る前に溶けちゃうよ」


 かき氷を食べれた事が、スコールには余程嬉しかったのだろう。
その喜びを大好きなレオンにも、と言う気持ちは判るのだが、あれは土産に持ち帰るには少々不向きだ。
持ち帰って直ぐに食べられるのなら、少し溶けた位で丁度良いかも知れないが、生憎、今日のレオンは忙しい。
今やっている事が終わったら、夕飯の準備もしなければならないから、のんびりかき氷を食べている暇はないだろう。

 スコールはむぅっと頬を膨らませたが、ぎらぎらと光る太陽の熱と、氷の特性はきちんと理解している。
それじゃあ、と少し考え直して、


「アイスクリームは?」
「それも溶けちゃうだろうなあ」
「うう〜……」


 暑い夏の救世主である冷たい食べ物を、兄に届けたい───それはエルオーネにも理解できる。
しかし、アイスクリームはかき氷よりも溶けるのが早いし、コーンに乗ったアイスクリームなら尚の事、どろどろに溶けて持てない状態になっているに違いない。

 スコールは剥れた顔で、ぱちゃぱちゃと水を蹴っていた。
拗ねちゃった、とエルオーネは眉尻を下げて苦笑する。


「スコール。レオンにはジュース買って帰ろ?それなら、家に帰ってから冷やせるし」
「んぅー……」
「さっきのお店、ジュースも売ってるでしょ。レオン、きっと喜んでくれると思うよ」


 あの店には、ジュースも色々なものが売っている。
苺やパイナップルのスムージーも美味しいと評判だが、エルオーネ達は噂に聞いているだけで、飲んだ事がない。
ついでに自分達の分も買って帰れば、今夜、皆で飲む事も出来る。

 スコールはジュースを買って帰って兄に渡す所を想像してみた。
誰かと約束があると言っていた兄だが、夕飯を作る為にも、きっとそこそこの時間には家に帰っているだろう、と。
夕飯の準備に忙しい兄に、お土産、と言って美味しいジュースを持って行く───きっと喜んでくれる筈だ。


「ジュース、お土産っ」
「決まりね」
「うん!」


 拗ねていた事をすっかり忘れて、スコールはきらきらとした顔で姉の提案に頷いた。
水を蹴る足のリズムがまた楽しそうなものに変わる。
判り易い弟にくすくすと笑いながら、エルオーネも釣られるように、ぱしゃっぱしゃっと水を跳ねさせて遊び始めた。