その言葉を形にして
スコール誕生日記念(2016)


 夏の似合わない幼馴染の誕生日が、夏休みの真っ只中にある事を知ったのは、出逢って間もない日の事。
当時は彼に“夏が似合わない”と言う程の印象はなかったので、特に違和感を覚える事はなかったが、今は少し違う。
同級生や後輩から「クールで格好良い」と評判になっている今の彼は、解放的な雰囲気のある夏の空よりも、少し重い印象のある冬や、その入り口になる秋の方が似合うと思われている事だろう。
ただ、彼を良く知る幼馴染達にとっては、あのクールな仮面の本心は、そんなにも持て囃される程の事はなく、普通の思春期の男子高校生と変わりない───と言うより、それよりももっと───内向的で人見知りな性格であったりするのだが。

 そんな彼の誕生日が、あと一週間後に迫っている。
ティーダはその日、バラムガーデンの寮へ足を運び、友人宅へと訪れていた。

 バラムガーデンの寮室は、基本的に二人一部屋で作られているが、内部はそれぞれのパーソナルスペースが維持できるよう、寝所が別々に作られている。
詳しく言えば、大人二人が並べる流し台、コンロ付のキッチンを備えたダイニング一つと、その奥にベッドとクローゼットが入れば一杯と言う寝室が二つ。
寝室には建て付けの本棚があり、人によっては教材を並べたり、アンティークを並べたり、個性が現れる。
寝室は猫の額程の広さしかないので、ベッドのお陰でほぼ半分以上が埋まっているのだが、此処に小さなテーブルを持ち込んで、勉強場にする者もいる。
窮屈さが苦手な者は、ダイニングの方で教材を広げる者も少なくないようだ。
パブリックスペースで他者との共同生活による協調性を学びつつ、プライバシーの双方ともに守れるように、と言う方針の下、設計されたそうだ。

 寮の部屋の設計は基本的にこれで整えられているが、様々な事情や、生徒の要望に応え、仕様の異なる部屋もある。
主な例として先ず挙げられるのは、兄弟姉妹と言った家族揃っての入寮を希望する場合だ。
此方は共同スペースと個人スペースの壁を取り除き、広いワンルームとして使えるようになっている。
間仕切りの壁がない分、空間全体を惜しみなく使える仕様だ。
この部屋を使いたい者は、希望を伝え、空きがあれば入れて貰う事が出来る。
中には広い部屋を好みつつ、個人スペースも確保したい者は、安価にパーテーションに使えるものを調達して、間仕切りにしているようだ。
ほぼ完全な同居生活となる為、他人同士はトラブルが起き易い事もあって、原則的には家族同士が使用する部屋として取られているが、近年の生徒事情の多様性もあり、それに限ったものではなくなっているが───それはまた別の話である。

 今日ティーダが上がらせて貰ったクラスメイトのヴァンの部屋も、兄弟で使う為の広いものとなっている。
これは兄弟で使う為、と言うだけが理由ではなく、ヴァンの兄レックスの為の配慮でもあった。

 レックスは四年前、故郷であるイヴァーリス大陸のダルマスカ王国が戦争に巻き込まれた際、兵士として前線基地付近に配備されていた為、その災禍に巻き込まれ、半身不随の身となった。
攻撃を仕掛けられた際、吹き飛ばされた瓦礫の下敷きになった下半身が、全く動かなくなってしまったのだ。
幸運にも、その場に居合わせた将軍に救助され、なんとか弟の待つ城下町までは戻れたが、剣を持って戦場に立つ事は疎か、日常生活も一人きりでは儘ならないものになった。
ヴァンとレックスの兄弟に両親はおらず、まだ13歳だった弟が一人で半身不随の兄を支えなければならなくなり、その状況を見兼ねた親代わりの人物の薦めで、異国の地バラムのガーデン施設へと入校する事となった。
バラムガーデン創設者であり学園長を務めるシド・クレイマーは、兄弟の事情を鑑みて、丁度空きのあったワンルームの部屋を整えてくれた。
車椅子で生活するレックスの為、ベッドやテーブル等を一回り小さくして動線を整えてくれた。
当時、兄の生活の為につきっきりで、自分の生活の大部分を犠牲にしていたヴァンの事も理解しており、またレックスがその事を酷く気に病んでいた事も察していたシドは、レックスが出来るだけ一人でも生活が出来るように、ヴァンがレックスの事を必要以上に心配しなくても良いように、と可能な限りの配慮をしてくれた。
それでも、当分の間は、お互いが目につかない場所に行く事に抵抗が隠せなかった兄弟だったが、いつしかそれぞれの生活リズムが身に付き、ヴァンも“学校”と言う空間で過ごす日々を楽しめるようになった。
二年が経つ頃には、ヴァンは友人が出来、レックスは大学部に通いつつ、事務処理等の雑務をアルバイト代わりに勤められるまでになっている。

 カラカラと言うタイヤの骨が回る音がして、レックスがキッチン前でコーヒーを入れている。
それを横目にして、テーブルの椅子に座っているのは、ティーダとジタンだ。
ジタンはティーダから「ヴァンの部屋に集合」と言うメールを受けて、ティーダに先駆けてこの部屋に来ていた。
部屋のもう一人の主であるヴァンはと言うと、椅子がないので、自分のベッドに座っていた。
三者は三様に難しい顔をしており、特にティーダは、幼馴染に負けず劣らずの深い谷を眉間に刻んでいる。


「うーん……プレゼントねぇ……」
「迷うって言うか、ネタ切れなんスよねー」


 呟くジタンに、ティーダが溜息を交えて言った。
ヴァンも首を捻り唸りつつ、ティーダの悩み解消に協力しようとしているが、正直、パッとしたものは浮かばない。

 ヴァンとジタンが、ティーダの幼馴染であるスコールの誕生日が近い事を聞いたのは、つい先程の事。
来週、スコールの誕生日なんだけど、と言ったティーダに、ヴァンが先ず言ったのは、「スコールって夏生まれだったのか?」と言う事だ。
あまりイメージが沸かないと正直に言うヴァンに、ジタンも「ああ、まあ、うん……」と否定はしなかった。
昔からスコールの誕生日を知っていたティーダにしてみれば、そんなに変な事だろうか、と思ったが、今の幼馴染が纏っている雰囲気を思うと、確かに夏っぽくはないかも知れない、と思う。
が、違和感があろうがなかろうが、スコールの誕生日は間違いなく来週なのである。

 ティーダが此処へ来たのは、スコールへの誕生日プレゼントの相談だった。
スコールが欲しがるものなら、幼馴染のティーダが一番詳しいだろう、とジタンもヴァンも思ったのだが、


「カードは自分で集めてるし。アクセは結構高くて俺じゃ手が届かないし。本も自分で買ってるし、バトルシリーズはいつも読んでるし……」
「服は?」
「去年の誕生日に渡した。あんまり連続で被らせたくないんスよ」
「フライパンとか。いつも飯作ってるんだろ」
「…この間買い換えたばっかりっス」
「そりゃタイミングが悪かったな」


 買い替え時ならともかく、買い替えた後で同じものを貰っても困るだろう。
調理器具は値段も利便性もピンからキリなので、ティーダが背伸びをすれば良いものを調達できるかも知れないが、学生であるティーダには厳しい。
幾ら父親がブリッツボールの世界的スター選手であるとは言え、金は無尽蔵ではないし、生活に使う分も考えると、無茶は出来ない。
スコールもそれは判っているだろう。
それでティーダが自分のプレゼントにと無茶をしたと知ったら、喜ぶよりも苦い貌をしそうだった。
スコールを困らせるようなものは渡せない。
ティーダはそう考えている。


「あとは、うーん……筆記用具とかは?」
「拘りのある奴ならそれもアリだけど、スコールってその辺どうなんだ?」
「……無いっスね。シャーペンだってノートだって、購買部で売ってるので済ませてるし」
「携帯ストラップ」
「…スコールがつけると思う?」
「……ないな」
「気に入った物ならつけるだろ?ネックレスだっていつもつけてるし」
「その“気に入った物”の範囲が狭いんだよ、スコールは」
「そうそう。で、大体気に入ったものって、スコールは自分でどうにかして買っちゃうから、プレゼントするようなのが今は残ってなくて」


 スコールの趣味、興味のあるものは、非常に狭い範囲に限定されている。
先ずはカードゲーム『トリプル・トライアド』だ。
これはマメにブースターを買って、全種コンプリートを目指しつつ、兄やジタンを相手に勝負する為のデッキ作成に余念がない。
プレゼントとして手っ取り早いのは、このブースターを幾つかまとめ買いして渡す事だが、ティーダはこれは三年前にやっている。
その時、カードの枚数が大幅に拡張されてタイミングが良かった事もあり、またカードの引きも良かったようで、仏頂面が定着していたスコールも判り易く喜んでいたものだった。
しかし、現在はカードの種類に拡張もなく、スコールのコレクションも粗方集め終わってしまっている為、以前ほどの喜び様は期待できまい。

 次がシルバーアクセサリーだ。
これはティーダも揃ってアクセサリー雑誌を読んでいるので、情報には事欠かない。
しかし、此方は中々値が張る代物が多い。
スコールが贔屓にしているブランドは、おいそれと学生が手に入れられるものではなかった。
スコールは毎月兄から渡される小遣い(兄は高給取りだが、この時貰う金額はごく一般の過程より少し高い、位のものだ)を遣り繰りして、数ヶ月に一度、特に気になるものを買っていると言う位だ。
その貯金は先月までしっかり貯められていたようで、スコールは今月の頭に、前々から狙っていたシルバーリングを購入している。
あれがあるから、きっと今のスコールはアクセサリーについては満足しているだろう。

 他にスコールの趣味と言ったら、浮かぶのは読書位だが、此方は“趣味”と言うより、“暇潰し”の意味が強い。
気に入っている作家がいる訳でもなく、その時その時で見かけた本を読んでいる、と言う程度。
定期的に購読している雑誌もあるが、それだけ渡すと言うのも芸がないので、ティーダが詰まらない。


「被るとか考えないでさ、服にしたら良いんじゃないか?幾らあっても困らないだろ」
「うーん……そう、っスねぇ……」
「納得してない顔だな」


 バラムの夏が終盤に近付いて、ブティックに並ぶ商品は秋物が増えている。
寒いのが苦手なスコールの為に、新しい秋物デザインのジャケットやズボン、ストール等でも良いではないか、とジタンは提案するが、ティーダの反応は鈍い。

 カチャリ、と音が鳴って、ティーダとジタンの前にコーヒーカップが置かれた。
ソーサーに砂糖とミルクポーションも添えられている。
ティーダは、それらを用意してくれたレックスに、ぺこりと頭を下げて見せた。
レックスはにこりと笑って、トレイに乗せていた残ったマグカップを、ヴァンの下へ運ぶ。


「砂糖とミルクは入れておいたよ」
「ありがと、兄さん」


 好みに調整されたコーヒーに、ヴァンは直ぐに口を付けた。
美味い、と言うヴァンに、兄が嬉しそうに微笑む。
それを横目に、砂糖を入れたコーヒーをくるくるとティースプーンで混ぜていたジタンが、砂糖とミルクを入れたコーヒーを混ぜるティーダに訊ねる。


「レオンなんかはどうしてるんだ?あいつの事だから、スコールの誕生日とか絶対何か用意しそうなもんだけど」
「去年は万年筆渡してた。スコールは余り使ってないけど。大事に取ってるみたいっス」
「万年筆か〜。やっぱりイイもん買ってんなあ」
「SランクSEEDっスから。後はやっぱり、シルバー系とか多いかな。スコールもそれが一番喜ぶとこあるからさ。でも、今年は誕生日の日まで仕事が入ってるみたいだし、どうかなあ」


 身内であるレオンなら、ティーダ以上にスコールの事をよく知っている。
若しかしたら、スコール本人以上に詳しいかも知れない。
それはスコール自身が自覚していない些細な癖であったり、押し隠そうとして出来ていない事であったりする。

 レオンは弟達と年齢が離れているので、今は立派な社会人である。
それが世間で有名なセキュリティ会社『ミッドガル』に勤めているだけでも、相当な給与が望めるものであると言うのに、その会社内でも特に重用されている特殊SPのSEED部門。
更には現在四人しかいないと言うSランクを取得している。
一般に“高給取り”と揶揄される程の高額の給金を貰っている───それ相応に危険な仕事に従事しているからだが───のだから、学生のティーダが手の届かないような代物でも、彼なら簡単に手に入れる事が出来るだろう。


「レオンは、まあ予想できてたけど。スコール、姉さんもいるだろ。トラビアガーデンに留学してる人」
「ああ、エル姉?」
「うん。そっちからは何かあるのか?」
「何か用意してるよ、多分。エル姉もレオンと一緒で、毎年そうだから。そうだ、服は大体、エル姉があげてるんだよな。俺、一昨年に服のサイズ確認するのに付き合ったもん」


 一昨年のスコールの誕生日の際、義姉であるエルオーネは、スコールにTシャツを数着贈っている。
此方も兄と同じく、スコールの好みは全て把握しているので、上手く彼が気に入るものを選んでいた。
中には冗談交じりに選んだ猫のTシャツもあったが、一応、スコールは全て受け取っており、一度は袖を通したようだ。
生憎、猫のTシャツに関しては、着ている所をティーダが直接見た事はなかったが。

 昨年のエルオーネはと言うと、その時にはトラビアガーデンに留学していた為、バラムにはいなかった。
スコールの誕生日は夏休み中ではあったが、彼女の貴省は一般的な里帰りシーズンと変わらず、誕生日前にはトラビアに戻らなければならなかった。
お祝いしたかったのに、と言っていた彼女は、心の底から残念そうだったが、弟は「もうそんな歳じゃないから」と素っ気なかった───振りをして、顔が赤かった事を、ティーダは見逃していない。
そしてエルオーネがトラビアに帰った後、弟の誕生日に合わせて、トラビアガーデンから宅配便でプレゼントが届いた。
夏のバラムでは余り売られていないであろう、ニットのマフラーだ。
トラビア大陸は万年雪で覆われている為、その只中に建てられたトラビアガーデン内では、冬仕様の衣類が常に販売されている。
エルオーネはその中から弟に似合いそうなものを選んで、誕生日を祝うメッセージカードと共に贈ったのだ。

 エルオーネからも、きっと今年のプレゼントは届くだろう。
レオンは当日までスピラ大陸での仕事が入っているので、バラムには帰って来れるかは判らないが、遅れても何か用意して帰るに違いない。
何せ、彼等が溺愛して已まない弟の誕生日なのだから、当然だ。
如何に当人が誕生日を祝われる事を恥ずかしがっていても、兄姉にとっては何よりも大切な日なのだから。

 そしてティーダにとっても、スコールの誕生日は欠かせないイベントだ。
母を失った後、レオンの下に引き取られ、一緒に暮らすようになってから、兄弟か双子のように育ってきた。
子供の頃は毎日一緒に遊んで寝て、喧嘩をして仲直りをして過ごしていた。
ティーダにとってもスコールは何物にも代えられない大切な家族だから、彼の誕生日は、やはりきちんとお祝いしたい。

 ────と言う気持ちはあるのだが、プレゼントは一向に思い浮かばない。


「鞄は〜……一昨年あげたし。うーん……」
「一年以上経ってるなら、新しいのをあげても良いんじゃないかな?」


 眉間に皺を寄せて考えるティーダに、レックスが言った。
その視線は、建て付けの本棚に押し込められている弟の鞄に向けられている。
ヴァンも其方に目をやって、兄に買って貰ったそれが一年前に貰ったものである事を思い出し、


「それ、良いんじゃないか。鞄って結構ボロボロになるから」
「……スコールの鞄、まだ綺麗だから、変え時って感じでもないんだよ」
「大事に使ってくれてるんだね」
「俺も大事にしてるよ、兄さん」
「ああ、判ってるよ」


 ヴァンの言葉に、レックスはくすくすと笑って、弟の頭を撫でた。
判ってくれているならいいや、とヴァンは兄の手に甘えている。

 確かに、スコールが綺麗なままに物を使う事に比べたら、ヴァンの持ち物は全般的に消耗が早いと言える。
一年前にヴァンが買って貰った鞄も、スコールが常用している鞄が二年前のものだと聞いたら、時期が逆なのではないかと言われそうな汚れ具合だ。
だがそれはヴァンが大事に使っていないと言う訳ではなく、兄に買って貰った大切なものだから、何処に行くにもそれを使っているのである。
入りきらないものも強引に納めて、鞄一つで出掛ける事も少なくないので、必然的にダメージの蓄積も早くなる。
だからヴァンの場合は、大事にしているからこそ、あっと言う間に草臥れてしまうのである。

 スコールはヴァンとは逆で、大事なものは仕舞って置くタイプだ。
鞄にしろ、服にしろ、アクセサリーにしろ、気に入っているもの程、勿体なくて使えない。
例外はいつも身に付けている銀獅子のネックレスだが、あれはレオンと揃いで身に付けているものだからだ。
レオンの仕事が増え、一緒にいられる時間が少なくなった頃、兄弟で偶々見付けたネックレスを気に入り、レオンが揃いで買ってくれた。
二人で共に身に付けている事で、離れた場所にいても、家族同士が繋がれているような気がする───と彼は言っていた。
これに限って言えば、願掛けの気持ちもあって、いつも身に付けているのかも知れない。

 ティーダが一昨年の誕生日にプレゼントした鞄は、教科書や筆記用具など、ガーデン生活に必要なものが納められるサイズを選んだので、毎日のように使われている。
それでも、元々几帳面で綺麗好きのスコールだから、鞄が可惜に汚れると言う事も少ない。
ついでに幼年の頃から清貧な生活をしている面もあって、基本的に丁寧に物を扱う意識が身についているようで、新しい物を求める必要と言うタイミングが、余り発生しないのだ。


「こう考えると、確かにネタ切れだな」


 話を聞いていたジタンが言うと、そうなんだよ、とティーダは項垂れる。


「……ジタンやヴァンは、こういう時、何あげてるんスか?」


 参考資料が欲しい、と訊ねるティーダに、ジタンはぽりぽりと頭を掻いて、


「クジャの誕生日ねえ。あんまり参考にならないぜ。去年は確か、化粧水あげたし」
「化粧水?」
「一応、モデル業やってるからな。毎日毎日、保水したりパックしたり、よく使うから結構な消耗品でさ。でも良い奴って値段も高いから、ボトル一本分でもそこそこかかって、維持費が馬鹿にならねえの。普段はそう言うものは、生活費と分けた自分の金で買うようにしてるんだけど……去年は、あいつの誕生日の前に、丁度なくなりかけてる奴があったから、それプレゼントにした」


 ジタンの兄であるクジャは、バラムガーデンの大学部に在籍しつつ、モデルの仕事をしている。
ジャンルはアングラ寄りだと言うが、人気はあるようで、定期的に彼は授業を休んでモデルの仕事に出掛けていた。
兄弟のガーデンでの生活費や学費は、その稼ぎで粗方が賄われている。

 昨年のジタンからの誕生日プレゼントは、タイミングが良かった事もあり、クジャも喜んでくれた。
気が利くね、と口振りは相変わらずだったが、ジタンにはそれで十分だ。


「じゃあ、ヴァンは?」
「俺は────えーと、膝掛け?」
「ああ、ブランケットを貰ったよ。時々使わせて貰ってる」


 確かめるように疑問形で言ったヴァンに、レックスが頷いて、車椅子のタイヤを回す。
食器棚横のシェルフの中段目に、綺麗に畳まれていたブランケットを取って、広げて見せる。
可愛らしいチョコボの絵がプリントされたブランケットだった。


「今の時期はクーラーがよく効いてるから、反って寒く感じる事もあってね。ガーデンの事務の手伝いをする時、よく世話になってるよ。ありがとう、ヴァン」
「へへっ」


 兄に感謝を告げられて、ヴァンは照れ臭そうに赤らんだ鼻を掻いた。
嬉しそうな弟の顔に、レックスもまた頬が綻ぶ。

 レックスはブランケットを畳み直し、定位置に戻しながら、また悩み始めたティーダに言った。


「何も、スコール君が今欲しがっている物に限定しなくても良いんじゃないかな。意外なものを貰うって言うのも、中々嬉しいものだよ」


 そう言ったレックスにとって、ヴァンから貰ったブランケットが正にそれだった。
砂漠の地で育った兄弟からすると、温帯気温のバラムの冬は、少し応えるものがある。
特にレックスは、空気が冷えると、動かなくなった下半身の神経が痛み出す事もあった。
レックスはそれをヴァンに伝えた事はなかったのだが、やはり毎日生活を共にしていると、ヴァンも気付いたのではないだろうか。
昨年の誕生日、寒くないように、とブランケットを渡された時には、驚きもあり、弟の気遣いもあり、一際嬉しかったものだ。

 意外なものかあ、とティーダが小さく呟く。
更に唸りが増すのを見て、レックスは眉尻を下げて苦笑した。
真剣に悩んでいるからこそ、きっとティーダは深みに嵌って抜けられないのだろう。
そんなに思われているなんて、スコール君は幸せだ、とレックスは微笑ましく思う。

 マグカップのコーヒーを空にしたヴァンが、「そうだ」と零す。


「なあ、ライオンは?スコール、ライオン好きだろ?」
「好きだけど……ライオン関係の何かって事?」
「そう。漫画とか、ゲームとか。アクセとか」


 入口を見付けて、裾野を広げていくように提案するヴァン。
ティーダはそれを受け、もう一度うーんと唸り、


「難しいなあ……ライオンって、あんまりメジャーじゃないから、使ってる所って少ないんスよ」
「そうなのか?でも、スコールもレオンも、ネックレス持ってるよな。あれ、ライオンだろ?」
「そうだけど、あれも偶々見付けたようなモンで、あれ以外に売ってるのって見た事ないんだ。キャラクターにされてるのも見た事ないし……クァールやキマイラブレインならあるけど」
「確かに、あんまり知られてない生き物だよな。ずーっと昔に絶滅したって言われてる奴だから、無理もないけど」


 スコールが子供の頃から夢中になり、レオンが自身の目標として掲げている動物───ライオン。
それは遥か古の時代に絶滅した動物で、現代で見る事は叶わないものだった。
幾つかの神話や童話には登場しているのだが、扱われている数も少なく、時代の流れと共に、よく似た魔獣と摩り替っている事も少なくない。
今でも見かけるものと言ったら、子供向けの絵本に稀に登場している程度だろうか。

 この場にいるメンバーは、スコールやレオンを通じて、ライオンと言う動物の事を知っているが、一般的にはほぼ知られていない。
キャラクターとして確立されていない事もあって、同時期に姿を消したと言われているモーグリに比べると、天と地ほどの知名度の差があった。


「無いモンはどうしようもないよなあ……」
「子供の頃は、レオンやエル姉がライオンのぬいぐるみやキーホルダーを作ってたけど……今更そう言うのも無いよな。俺、そんなに器用じゃないし」


 幼い頃のスコールが、何かと手作りのライオングッズを持っていた事を、ティーダはまだ覚えている。
寂しい時や怖い時、守ってくれる兄も姉もいない時、スコールは決まってライオンのぬいぐるみを抱き締めていたものだ。
ガーデンに通う時に使っていた鞄には、小さな布製のものや、ビーズで作られたキーホルダーを提げていた。
あれらは全て、レオンとエルオーネが、忙しい中で時間を捻出して手作りしたものだ。

 あの頃にスコールがプレゼントされたライオングッズは、今も捨てずに取ってある。
ティーダは、スコールの部屋のクローゼットの中に、ひっそりとそれらが眠っている事を知っている。
流石にぬいぐるみを抱いたり、可愛らしいキーホルダーを使うような年齢ではなくなったが、兄姉の手作りと言う事が、手放せない理由になっているのだろう。

 ふーむ、とジタンが尻尾を揺らして首を捻り、


「ぬいぐるみはもういらないよなあ。いっそシンプルに、ライオンの絵は?マグカップに絵を描いて、オーブンで焼いて定着させる奴とかあるだろ」
「……駄目。俺、美術の成績赤点」
「……おお。そういやそうだった」


 ティーダの言う“赤点”が、単純に座学に限った話ではなく、全体成績を指している事を思い出して、ジタンは遠い目をする。

 少年達がまた三者三様に首を捻って唸る。
真剣に考えているからこそ、決まる気配のない悩みに、レックスも何か協力できることがあれば、と思った時だった。
夏休み前、ガーデンの事務処理の手伝いをしていた時、部活動報告に関する書類を通した事を思い出す。


「そのライオンって言う動物をモチーフにして、シルバーのアクセサリーを手作りするのはどうかな」


 レックスの提案に、ティーダが顔を上げる。


「スコールはシルバー好きだから喜ぶかも知れないけど……シルバーのアクセって作れるモンなんスか?」
「ああ言うのって、専門の人がでっかい機械とか、凄く小さい機械とか使って作るんじゃないのか?」


 ティーダに並んで訊ねるヴァンに、商品はそう言うものだけどね、と言って、レックスは本棚へ。
本棚に並んでいる雑誌を一冊手に取って、テーブルに集まる少年達の下へ行く。

 レックスが広げた本をティーダ達が覗き込むと、バラムの街のアクセサリーショップを取材した記事が載っていた。


「うちのガーデンは、色々と部活動が盛んだろう。その部活動の一環で、部で作られたシルバーアクセサリーが、街で売られている事があるんだ」
「あ、見た事あるかも。他のアクセより結構安い値段で売ってる」
「学生の作品だからね。素材も純粋な銀って言う訳じゃないようだし。でも、結構評判が良いんだよ。歪な所もあるけど、味があって良いって言う人もいるし、作り込みが丁寧だって」
「本当だ。細かい所までちゃんと作ってある。うわ、これとか売ってるモンと殆ど変わんないじゃん」


 インタビュー記事の隣に、既製品の写真と並んで、学生が手作りしたリングやブレスレットが載っている。
雑誌掲載とあって、特に出来の良いものを選んで載せられたのはあるだろうが、それでも、学生の作品とは思えないほどに精巧な造り込みが成されていた。


「シルバーってそんな簡単に彫ったり出来るの?」
「さあ、俺は其処までは判らないけど……」
「うええ、こんな細かいの俺無理っスよ…」
「まあ、そう言わず。これは慣れてる人が作ったから、此処まで出来ているんだと思うよ。もう少し、こう───判り易い形なら、初めてでも出来るかも知れない。部活動だから、初心者も気軽に参加するだろうし。部に参加してる人に聞いたら判るんじゃないかな。これを作ったのは、工芸部だったかな?」
「工芸部なら、ゼルが入ってなかったっけ」


 ゼル───ゼル・ディンとは、ティーダ達のクラスメイトであり、スコールとは孤児院にいた頃からの幼馴染だ。
彼はガーデン設立前に、バラムに住むディン夫妻の下へ引き取られ、スコール達が兄弟揃ってガーデンへと入学した後、追って入学を果たしている。

 ティーダのマリンブルーの瞳に、俄かに輝きが戻って来た。
悩み続けていた彼にとっては、一筋の光明が差したようなものだろう。
ゼル・ディンならばティーダも知らない仲ではないので、名前も知らない人に頼るよりも、ずっと声をかけ易い。


「よしっ、思い立ったが吉日!ばびゅっと行くっス!」
「って、今から行くのか?」
「もたもたしてたら、誕生日来ちゃうから。二人とも、相談聞いてくれてありがとな。レックスさんもありがとう!」


 決まればまっしぐらなのがティーダである。
ばたばたと帰り支度を済ませると、ティーダは嵐のような賑やかさのまま、部屋を後にして行った。

 友人一名が帰宅した部屋の中で、ジタンとヴァンは顔を見合わせ、肩を竦める。


「……で、折角だし。オレ達も何か用意するか?」
「そうだなー。何が良いかなぁ」
「当日には渡せないかも知れないけど、遊びに行っても良いしな」


 帰宅した友人に比べ、のんびりゆっくりと考え始めた弟と友人に、レックスは二杯目のコーヒーを淹れる事にした。




 バスでバラムの街に戻ったティーダは、停留所からいつもとは逆方向へ向かった。
街の出入口に近い位置に、ゼルの里親となったディン夫妻の家がある。
ティーダが一人で其処に行く事は今までなかったが、クラスメイト同士なのだし、特に気兼ねする心配はないだろうと思った。
途中でゼルが出掛けている可能性を考えたが、ティーダはゼルの携帯電話の番号を知らない。
結局は一度足を運ぶ事になっただろうと思い直し、向かう足を再開させた。

 幸い、ゼルは家にいた。
ディンおばさん、とレオンが呼ぶゼルの義母に挨拶をした後、ティーダはゼルの部屋に入れて貰った。
彼の部屋の机には、夏休みの宿題が山積みになっていた。
どうやら溜まっていた課題をまとめて片付けていた所だったらしい。
忙しい所に邪魔をしたかと思ったが、集中して奮闘しただけあって、もう少しで終わるとの事。
それにほっと胸を撫で下ろしつつ、ティーダは早速本題に入る。


「あのさ、来週のスコールの誕生日なんだけど」
「ああ、もうそんな時期だっけ」


 孤児院で暮らしていた子供達は、同時期に過ごしていた子供の誕生日なら、殆ど覚えている。
ゼルもスコールの誕生日は忘れていなかったようだ。

 カーペットを敷いた床に胡坐で座り、ディンおばさんが淹れてくれた冷たいジュースを飲みながら、ティーダは続ける。


「色々悩んでさ、やっぱりスコールってシルバーアクセが好きだから、それでライオンモチーフの奴とかどうかなって思って」
「うんうん。確かに、スコールは喜びそうだよな。昔からライオン好きだったから」


 やはり、スコールの趣味趣向と言うものは、幼馴染として付き合いの長い人間にはよく知られているようだ。


「でも、ライオンのアクセなんて見た事ないだろ」
「……確かにそうだなあ。クァールやキマイラブレインならよく見るけど」


 小一時間前、ティーダが言った事と同じ台詞だ。
やはり誰から見ても、そう言った印象なのだろう。


「それで、無いなら作るのが良いって思って。そしたら、ヴァンの兄ちゃんが、ガーデンの工芸部がシルバーアクセ作ってるって教えてくれて。ゼル、確か工芸部だったなって」
「ああ、うん。正式な部員って程じゃないけど、結構参加させて貰ってるから……そういや、最近普通に部員扱いされてたなあ。ま、良いか」
「それでさ、シルバーアクセの作り方、教えて貰えないかなって思ったんスけど……」


 其処まで言って、ティーダの視線が机に山積みの宿題に向けられる。
あと少しで終わる、とゼルは言ったが、今終わっている訳ではないのだ。
若しも時間のかかる作業で、調達するものがあれこれと必要になるのなら、ゼルの時間を少なからず割いてしまう事になる。
その所為でゼルが後で大変な事になりはしないか、と不安が過ぎったのだが、


「……良い?」
「おお、いいぜ!」
「マジっスか!超助かるっス!」


 二つ返事で溌剌とした笑顔で答えたゼルに、ティーダはきらきらと目を輝かせた。
そんなティーダに、大袈裟だな、とゼルは笑う。


「勉強ももう直ぐで終わるけど、飽きて来たし。気晴らしもしたかったから、丁度良かった」
「なんでも良いっス。えっと、それで……今日からすぐやった方が良い?何かいるものある?」
「ちょっと待ってくれよ」


 善は急げと性急なティーダを宥めつつ、ゼルは腰を上げた。
勉強机の横に設えられたラックに置いた箱を幾つか開けて、ごそごそと何かを探っている。

 しばらくして、ゼルは取り出したものを持って戻って来た。


「あったあった。これ使って良いぜ」
「……?」


 ゼルがティーダに差し出したのは、小さな銀色のアルミの袋。
手のひら大に収まる袋の中に、その半分もないような、平たく丸いものが納められているようだった。
僅かに膨らんでいる其処を触ってみると、弾力性のある触感が返ってきた。
袋には『ART CLAY』の印字と、仕様説明らしきものが小さな字で記されている。

 きょとんとした顔で袋を見詰めるティーダに、ゼルはまたラックの中を漁りながら説明する。


「銀粘土って言って、焼くと銀になる粘土なんだ」
「粘土なんスか、これ?」
「工芸部のシルバーアクセを作るのに使ってるのは、大体そういう奴だな。本物のシルバーほど固くないから、あんまり細かかったり、逆にゴツかったりすると、落としたりした時に直ぐ割れちまったりもするんだけど……特別な技術とか要らないし、自分の好きな形に加工できるから、うちじゃよく使われてるんだ。でかい加工用の機械もいらないしな」


 最後の一言は自虐気味ではあったが、それも含めて、ゼルは工芸部での制作活動を楽しんでいるのだろう。
説明する彼の言葉は、何処を取っても明るかった。


「ティーダって、手先、器用だっけ?」
「…あんまり……」
「んじゃ、練習用の粘土と、作業用のヘラもあった方が良いな。えーと、それから……」
「そんなに貸してくれるんスか?」
「初心者向けのキットは、俺はもう使ってないから良いよ。粘土の方も、まだ買い貯めてるのがあるし」


 一通り必要と思われるものを出すと、ゼルは空き箱の中にそれをまとめた。
最後に、本棚から指南書になるものを取り出し、ティーダの前に置く。


「この本が割と初心者向けで判り易いな。でも、作ってたら書いてない事で引っ掛かる事もあると思うから、その時は電話してくれよ。……つっても、俺、ティーダの番号知らないな……」
「俺もゼルの番号知らないっス。交換しよ」
「おう」


 揃って携帯電話を取り出し、ゼルの電話番号をティーダの携帯電話へと登録する。
ワンコールをかけて、ティーダの番号がゼルの着信に表示されたのを確かめて、二人は携帯電話を収めた。


「それで、折角だし。ちょっと此処でやって行くか?一回、判る奴と一緒に作った方が良いと思うんだけど」
「良ければお願いするっス」
「OK、OK。じゃあ開封する所からな。粘土はフィルムに包んであるんだけど、これの剥がし方にちょっとコツがあって……」


 一つ袋を開けたゼルを見倣いながら、ティーダも銀袋の封を開けた。