君へ繋がる心を探して
スコール誕生日記念(2019)


 スコールの誕生日は、その姉や兄にとって、忘れてはならない日だった。
そうでなくてはならない、と誰が言った訳でも、二人自身が決めた訳でもなかったが、そう言う気持ちで毎年迎えている。
スコール自身は子供の頃は純粋にその日を喜び、年を重ねるに連れて素直ではない反応をするようになったが、祝う兄姉の気持ちを無碍にする事はなく、照れ臭そうな顔をしながら、差し出されたプレゼントを受け取る。
そうする事が、自分と言う存在を愛してくれる兄と姉への、一番の恩返しである事を、恐らくはスコールも感じ取っているのだろう。
幼い頃から一緒に過ごし、今でも隣家で変わらない距離感で過ごしている幼馴染もまた、スコールの誕生日を彼なりに毎年祝い、スコールもその気持ちを受け取っている。
タイミングが合えばであるが、幼馴染の父親も、いつも息子の面倒を見てくれている礼にと言って、何かプレゼントを贈っていた。

 それが兄姉弟一家にとっては当たり前の光景であるから、スコールの誕生日と言うものは、皆の恒例行事となっていた。
しかし今年のエルオーネは一人、家族から離れた場所にいる。

 エルオーネは現在、バラムガーデンの姉妹校である、トラビアガーデンに留学している。
元々生物系の研究施設であったトラビアガーデンは、その系統の学部に強く、それを目的として他ガーデンから転校や留学して来る生徒は多かった。
エルオーネもその一人である。
トラビアガーデンはトラビア大陸と呼ばれる、万年雪に覆われている地域に存在しており、周辺に他に街の類はなかった。
バスで半日程走れば、大陸の東端にある機械都市ザナルカンドに辿り着くが、生徒が毎日往復で通うには遠い上、冬になれば常に吹雪に見舞われると言う環境もあって、在籍する生徒はほぼ全員が寮生活となる。
他のガーデンの寮と違うのは、研究施設であった頃の名残で、教員や研究者も入寮している事だろうか。
そう言った環境の為か、生徒と大人の距離は近く、和気藹々とした空気が醸し出されている。

 バラムガーデンにいた頃は、バラムに居住を構えていた事もあり、エルオーネはトラビアに来た事で初めて寮と言うものを体験した。
元々はクレイマー夫妻が経営する孤児院にいたので、他者との同居生活と言うものには慣れている方だが、周りの子供たちが身近だった孤児院とは違い、寮では各個人のプライベートスペースもしっかりと確保されている。
常に誰かの気配を感じている事が多かったエルオーネにとって、それは時に寂しくもあったが、気楽である事も確かだった。
家にいれば、兄がいない時は弟達の為に自分がしっかりしなくては、兄がいる時も彼をしっかりサポートしなくては、と言う気持ちが常にあった。
エルオーネにとって、そう言った感覚は決して苦痛な事ではなかったが、常に誰かの為に埋まっている事が多かった両手が空いていると言うのは、少し新鮮なものがあった。
なんだか兄や弟達の事を放り出してしまったようで罪悪感に似た気持ちも湧いたが、レオンは「今まで俺達の面倒ばかりで大変だったのは確かだ。だから今は、こっちの事は気にしないで、自分のやりたい勉強をしっかりやると良い」と言った。
────周りの面倒を見ているばかりで大変だったのは、彼も同じ事だろうに。
だからこそ、その言葉の重みが、エルオーネにはよく判った。
判っているから、送り出してくれた兄や、こっちは大丈夫だからと姉を安心させるように言った弟達の気持ちを無駄にしない為にも、エルオーネは毎日勉学に励んでいる。

 だが、それはそれとして、弟の誕生日を忘れる訳にはいかない。
それはエルオーネにとって日常にも等しいもので、カレンダーを見ればごく自然に思い出す事だった。
夏休みに入る頃には、レオンもティーダもこの日が近い事を思い出し、今年は何を贈ろうかと話し合う事もあった。
三人でサプライズを仕掛ける為、スコールの目を盗みながら、あれこれと準備に勤しんだ事もある。
どれもエルオーネにとって良い思い出だ。

 さて、今年である。
当日に家族の誰かがいない、と言うのは、レオンがSEEDになってからはよくある事だった。
出来れば弟を祝う為にと休みが取れるように努力しているレオンだが、毎回都合よく仕事が休める訳ではなく、残念だけど今年は、と言う日は少なくなかった。
代わりにプレゼントは必ず用意して、先にティーダやエルオーネに預けたり、誕生日当日に出発する日には朝の内に渡してから出る事もあった。
ティーダもバラムガーデンにブリッツボール部が設立されてから、合宿の日程と被った事で、スコールの誕生日を当日に直接祝えない時もある。
そんな時はプレゼントは先に渡した上で、当日にはメールで幼馴染のバースディを祝っていた。
───と言う具合に、スコールの誕生日に誰かがいない、と言う事は過去にも経験しているが、エルオーネが彼の傍にいないと言うのは、今年が初めてだ。


「意外と困るものなんだなあ……」


 寮の自室のデスク上に吊るしているカレンダーを見詰めて、エルオーネは呟いた。
カレンダーには三週間後の日付に赤ペンで丸が描かれている。
8月23日────弟のスコールの誕生日が、直ぐ其処まで近付いていた。


「此処から何か送るのなら、そろそろ決めないと。私があっちに帰るとしてもそうよね、あっちで探す時間はあんまりないだろうから。でも、ガーデンの中は売店しかないし。バラムガーデンに比べると色々あるにはあるけど……」


 ぶつぶつと呟きながら、エルオーネは頭を捻る。

 トラビアガーデンは雪原の真ん中に建っており、一番近い都市のザナルカンドに行くにも、半日を要する。
その為、基本的な機能は全てガーデン内で完結できるようにと、様々な施設が備えられている。
電気や水と言ったものを整えるインフラ設備の他、食料を搬入物のみに頼らずに済むように、農業用の屋内施設も設けられており、此方は研究や授業にも利用されている。
こうした生活に必要不可欠なものの他にも、少し大きなショッピングモールと言っても良い規模の売店があり、エルオーネ達生徒の日々の買い物は、殆ど其処に集約されていた。
置かれているのは食料品は勿論のこと、衣類や日用品、教材など、多岐に渡る。
トラビアガーデンに籍を置く者達にとって、この売店は様々な意味でなくてはならないものだった。
教材ではない本や漫画、テレビゲームも入荷して販売してくれるので、若者向けのアイテムも手に入れられない訳ではないが、


「…でも、あの売店に置いてくれるものって、きっとバラムでも置いてくれてるし。きっと此処よりも、あっちの方が販売が早いだろうし。スコールが自分で買ってそうだなあ」


 エルオーネの呟きは想像であったが、的を射ている。
ゲームにしろ本にしろ、トラビアガーデンは物資の流通面での問題で、発売日から遅れるのが常である。
それも一日や二日ではなく、時には一週間以上もかかる。
トラビアガーデンが設立されたばかりの頃、物資の搬入用トラックが半月に一度しか来なかった頃を思えば各段に改善されてはいるのだが、それはそれだ。
島国であるバラムも、他国で流行の商品が届くのは遅れ勝ちだが、雪国の閉ざされた地にあるトラビアガーデンよりは流通運搬の面では潤沢であるようだ。
それを思うと、エルオーネが売店で何か良い商品を見付けても、バラムに住んでいるスコールが既に手に入れている、と言う図は簡単に想像が出来ていた。

 一緒に暮らしているのなら、スコールが何を持っているのか、欲しいものがあっても我慢しているとか、観察していれば判るのだが、離れているのだからどうしようもない。
時折メールや電話は交わすけれど、誕生日の事はお互いに触れていない。
スコールが自分からそれを匂わせる事はないだろうから、エルオーネから聞くしかないのだが、折角ならちょっとサプライズにもしたい。
そう思うと、欲しい物はないか、と言う何気ない質問もしなかった。
それを少し後悔しつつ、でもどうせだからびっくりさせたい、と子供の頃から彼女に根付くイタズラ心は消えない。


「ふあー」


 エルオーネは気の抜けた声を上げながら、とんとん、と後ろにステップを踏んで、そこにあったベッドに倒れ込んだ。
ぼすん、と彼女を受け止めたベッドが柔らかく沈む。
ころんと寝返りを打ったエルオーネの指先に硬いものが当たり、それが携帯電話だと悟って握る。
液晶画面を点灯させ、メールを開けば、今朝兄から届けられたメールがあった。


『おはよう、エルオーネ。そろそろスコールの誕生日が近いが、プレゼントするものは決まったか? 被ってしまうのも何だと思って、一応聞いておこうと思って。それから、うちに帰って来るのなら、予定で良いから帰る日を教えてくれ』


 仕事を始める前だろうか。
早朝と言うにも聊か早い時間に届けられたメールに、エルオーネは返信を打って行く。


『おはよう、レオン。もう夕方だけど。スコールへのプレゼントはまだ決まってないよ。折角だから皆の顔を見に帰ろうかと思ってはいるんだけど、研究室にいる生き物の管理があるから、ちょっと難しいかも。帰るとしたら、当番が終わってからになるから、夏休みの終わり頃になっちゃうかな。スコールのプレゼントは、23日に間に合うように送るつもりです』


 書いた文章を確認して、エルオーネは送信ボタンを押した。
無事に送信完了の文字が表示された携帯電話を見て、ふう、と一息。


「レオンもまだ決まってないのかあ。ティーダはもう決めたのかな」


 弟へのプレゼントに迷っているのが自分だけではない事にこっそり安堵しつつ、もう一人の弟はどうしているだろうと思い出す。
ティーダは普段からスコールといつも一緒にいるようなものだから、スコールが何を欲しがっているのか、必要としているのかを判っているのではないだろうか。

 スコールには直接聞き難いから、ティーダに聞いてみようか。
取り敢えず、とメール機能を立ち上げて、新規で作成を始める。


『スコールの誕生日プレゼントってもう決まった?』


 要件のみを書いたメールを送ると、三分程の間を置いてから、携帯電話が着信音を鳴らす。
ティーダからの返信の到着だ。


『俺はまだっス〜。エル姉は決まった?』


 文章からも判る悩んでいる雰囲気に、中々良い物が見付からないのかな、とエルオーネは思いつつ、返事を送る。
ティーダからの返信は早く、遣り取りはキャッチボールのように続いた。


『私もまだ悩んでるの。スコール、最近何か欲しい物とかって言ってない?』
『あんまりないかなぁ。飯作るのに使ってる鍋とか包丁とか買い替えたいって言ってたけど、そう言うのじゃないだろ?』
『お鍋かぁ。それでも良いけど、やっぱりちょっと特別なものをあげたいような』
『だよな〜。後は、服とか? 俺は去年渡したから、今年は別のにしようかと思ってるんだけど』


 エルオーネがトラビアガーデンに留学する以前、スコールは姉と交代の当番制でキッチンに立っていた。
現在はレオンが不在勝ちである事もあり、専ら自炊に勤しんでおり、料理があまり得意ではないティーダは、彼の作る食事を宛てにしている。
そんな訳なので、鍋を買い替えたいと言うのはスコールの割と切な希望のような気はするが、折角の誕生日にそれはちょっと、と思う気持ちも否めない。
第一、トラビアガーデンの売店で売っている鍋なら、一般的な量産品と変わらないのだし、わざわざエルオーネが買って送る事もないように思う。


(ザナルカンドまで行けば、珍しいお鍋とか見付かるかな。お鍋じゃなくても良いから、スコールが気に入ってくれそうなものが何か。それこそ、服なら流行のものとか、スコールに似合いそうな格好良いアクセサリーとか)


 ガーデンの中で買えるものは限られるが、外に行けば話は別だ。
世界でも指折りの先進国であり、最先端技術が集まっているザナルカンドは、様々な流行の発信地でもある。
まだバラムに届いていない流行アイテムも、此処でなら手に入る。

 トラビアガーデンから唯一の最寄都市であるザナルカンドだが、片道だけで半日はかかってしまうので、じっくりプレゼントを探すのなら、一晩はホテルに泊まらなくてはならない。
ザナルカンドのホテルの金額って、と少し頭を擡げる不安があったが、エルオーネはそれを払拭する手段を思い付いた。
が、それは自分の都合だけで使える手段ではない。
先ずは連絡を取ってみないと、とエルオーネはティーダとのメールを切り上げると、新しい送信先を電話帳から引き出した。




 都市と言うと、エルオーネが最初に思い浮かぶのは、ガルバディア大陸の首都のデリングシティだ。
沢山のビルが並び立ち、車が道路にひしめき合い、道行く道には様々な店が並ぶ。
駅は大きく、大陸全土に張り巡らされた大陸横断鉄道の線路の集結地点となっている。
しかし、ザナルカンドと言う地にいると、此処はデリングシティよりも遥かに巨大で発展している、と思わざるを得ない。

 機械都市ザナルカンドは、“眠らない街”とも呼ばれている。
夜になっても煌々とした明かりが至る所で世界を照らし、商業地区など人が多く集まる場所では、昼と殆ど変わらない明るさが保たれている。
そのお陰か、夜になっても外を出歩く人は減らない。
店も深夜営業をしている所が殆どで、エルオーネは皆いつ眠っているのだろう、と人間まで24時間活動可能になっているかのような感覚を味わう。
勿論、人間はしっかり休みを取りながら生きているのだが、いつ行っても何処も彼処も人で溢れているものだから、“眠らない街”の呼び名の通り、皆が寝ずに行動し続けているような気がしてしまうのだ。

 そのザナルカンドが、エルオーネが日々を過ごすトラビアガーデンからバスで半日を行った所にある。
ザナルカンドはトラビア大陸の東部に海に向かって拡がった海上都市でもあった。
こうした造りをしている為、港も大きく、国外に出る時には必ずこの都市を経由する。
エルオーネも帰省する時には此処に来るし、時にはトラビアガーデン内では賄い切れない物を買いに行く時もあるので、半月ないし一ヵ月に一回は赴く機会があった。
その時、帰省するのであればバス停から直ぐに港へと向かうエルオーネだったが、今回の目的は買い物だ。

 移動だけで半日を持って行かれてしまう為、昼にガーデンを出発すると、着いた頃には夕方である。
ザナルカンドは夜になっても沢山の店が開いているので、その足で目当てのものを探しに行っても良かったが、バス停には迎えが来てくれていたので、探し物をするのは明日にした。
開店しているとは言っても、昼に比べれば閉まっている店も多いし、治安も昼の方が安全だからと、迎えに来てくれた人物───ジェクトの言葉に、エルオーネは素直にそうしますと頷いた。

 ザナルカンドに来たその日、エルオーネはジェクトの家に泊まった。
其処は嘗てジェクトが幼い息子と亡き妻と過ごした家であったが、現在はブリッツボールのシーズン時期にのみ、自身の拠点として使っている。
ティーダは母の死後、直ぐにバラムへと連れて来られ、そのままレオンの下に預けられるようになった為、もう十年以上も此処には来ていないと言う。
だからどの部屋でも好きに使って良いぜ、と言うジェクトに甘えて、エルオーネは嘗て彼の妻が使っていたと言う寝室を借りた。
始めはティーダ用にと誂えていたらしい部屋を借りようとしたのだが、其処には妻と幼いティーダが移った写真立てがあり、エルオーネやレオンがジェクトに渡したガーデン行事の写真なども散らばるように並べられていた。
きっとジェクトにとっては細やかな秘密の場所なのだろう。
きっと見たら恥ずかしがるんだろうな、と思って、エルオーネは場所を変えたのだ。

 しっかりと休ませて貰った礼に、エルオーネは朝食を作った。
冷蔵庫の中身は殆どないも同然だったのは想像済みだったので、材料は昨日の内に、家に着く前にスーパーで買い揃えさせて貰った。
作っている間に、リビングでテレビを見ながら寝落ちていたらしいジェクトが目を覚まし、「人の作った飯の匂いで目が覚めたのは久しぶりだ」と嬉しそうに言った。
バラムの家にいればティーダもご飯を作ってくれるでしょう、と言うと、それはそうだが、となんとも渋い顔をする。
きっとその音で目を覚ます前に、リビングで寝ていた父を見て、だらしがないと言うティーダの声で起きるのだろう。
簡単に想像できる父子の朝に、エルオーネはくすりと笑った。

 主食に副菜、汁物、ついでにヨーグルトを並べれば、ジェクトは「スコールが作る朝飯とよく似てる」と言った。
朝から重い物を食べる習慣がないのは、エルオーネもスコールも、レオンも同じだ。
そう言う環境で育っているので、自然とそう言う形が身に着いた。
が、自分達と同じではティーダは足りないと言うし、ジェクトもきっとそうだろうと、エルオーネはジェクトの分を、自分のものよりも二倍増しで装っている。
それでもジェクトはぺろりと平らげてしまったので、足りないかと訊ねると、十分だと彼は言った。

 買い物には時間がかかりそうだったので、エルオーネは午前の内に家を出た。
何故かジェクトも付いて来て、シーズン中なのだから忙しいのではないかと尋ねると、「気晴らしだ、気晴らし」と彼は笑う。
今日は幸い試合もないし、練習スケジュールもなかった為、最初からエルオーネに付き合うつもりで、彼女の宿泊もOKしたようだ。
エルオーネは何度かザナルカンドに足を運んではいるが、住んでいる訳ではないし、決まった場所───バス停から港、幾つかの区───にしか行った事がないから、何かを探すのなら道案内もあった方が良いだろう、と。
ジェクトは生まれてからずっと、今でもシーズンオフ以外はザナルカンドで過ごしているから、何処に行くにも慣れているのだ。
そんなジェクトがついていてくれるのなら、確かに心強い。

 ザナルカンドは非常に大きな都市である。
都市内は地区名で分けられており、その数は大きく分けたものだけでも二十以上はある。
其処から更に住所事に細かく振り分けられているのだが、その振り分けも随分と大きく、住所名は必然的に長いものになった。
それらを繋ぐ為の道路、線路も数が多い。
道路は立体交差している所もあちこちにあるし、電車の線路も上に下にと目まぐるしく行き交う。
公共の移動手段は、地区を結ぶ電車と、地区内を走る市街電車と、更には短距離移動の飛空艇も利用されていた。
飛空艇で街の中を移動するなんて、とエルオーネは思うが、都市の規模を考えれば、街の端から端への移動や、移動時間を短縮するには、最も効率的になるのだと言う。


「───ま、金もかかるし、誰も彼もが飛空艇を使う訳でもないけどな」


 そう言いながら、ジェクトは自動券売機で購入した一日フリー切符をエルオーネに渡す。
それを受け取りつつ、エルオーネは眉根を寄せて、拗ねた顔でジェクトを見上げる。


「自分で買うって言ってるのに。ちゃんとお金持ってきてるんですよ?」
「判ってる判ってる。まあ良いじゃねえか。此処じゃ移動賃も嵩張ると馬鹿にならなくなってくるからな、持ってきた金は目的のモンにしっかり使ってやりな」


 ぽんぽんとジェクトの大きな手がエルオーネの頭を撫でた。

 ちゃんと移動費も考えて用意しているのに、と剥れて見せるエルオーネだが、ジェクトは気にせず改札へ行ってしまう。
その後ろを追ってエルオーネも改札を潜り、目的の地区へと向かう電車を探した。
こっちだ、と指差すジェクトについて行けば、沢山の人で溢れ返るホームに辿り着く。


「やっぱり人が多いなあ」
「夏休みだから、余計に多いんだよ。これから行く所も、結構ごった返してると思うぜ」
「そうですよね。迷わないように気を付けないと」
「俺も駅までは案内できるが、店までは詳しくねえからなぁ。若い奴らがよく行くってのは知ってんだが」
「ジェクトさんは余り行かないんですか?ティーダのお土産とか、気に入ってくれそうな物があるお店、結構あるみたいですよ」
「いや、俺ぁ別に、アイツにゃ何にも……」


 エルオーネの言葉に、ジェクトは目を泳がせながら歯切れ悪く言う。
其処へ電車が到着し、乗るぞ、と言ってジェクトは開いた扉から滑り込んで行った。
がしがしと頭を掻いて、照れている時の仕草だと、エルオーネは大きな背を追いつつくすくすと笑う。

 ジェクトが住んでいる地区は、閑静な住宅地であったが、電車で線路を乗り継ぎつつ30分も移動すると、賑やかな商業区域に着く。
元々様々な店が集まり、人々の憩いの場所であったそうだが、此処十年程で若者向けのブランドショップが増えたのだと言う。
昔はジェクトも足を運ぶ事があったそうだが、最近はご無沙汰のようで、若いチームメイトから噂話を聴く程度らしい。

 目的の駅に到着すると、電車の乗客の殆どが降りて行く。
その流れが終わらない内に、ホームで電車を待っていた客が乗り込んでくる。
エルオーネはジェクトに庇われながら、降りる流れになんとか置いてけぼりを食らわずに済んだ。
そのままホームを抜け、改札を出ても、人の波は終わらない。
流石に足元が縺れそうになってきたエルオーネを、ジェクトは壁際へと引っ張って避難させた。


「大丈夫か、嬢ちゃん」
「は、はい。凄かった……」
「此処まで人が多いとは俺も思わなかったぜ」


 赤い瞳がちらりと行き交う人の波を見遣る。

 道行く人々はそれぞれの目的に向かって真っすぐに、まっしぐらに進んでいる。
遠目に見ると人が歩くスペースすらも残っていない程の人混みの中を、するすると擦り抜け合って通り過ぎていた。
その殆どは若者で、多くが連れ合いと喋りながら、好き勝手な方向に歩いて行く。
順路のようなものはないから、皆行く先行く道は自由なのだ。
そんな場所なのに、どうして誰もぶつかったりしないのだろう。

 往来の真ん中を歩く技術を身に着けていない二人は、壁に沿って一先ず駅を出た。
がやがやと止まない人の声を抜けても、やはり世界の騒がしさは変わらない。
壁がなくなったので人の声の反響は減ったが、人の多さは相変わらずであった。
道路標識に店の看板、広告看板と様々な情報も溢れ、エルオーネは何処をどう見れば良いのか判らない。


「えーっと……」
「宛てはあるのか?」
「一応、探して来ました。住所は……」


 エルオーネは鞄からメモ帳を取り出し、目的の店がある住所を確認した。
此処です、と言ってジェクトにメモを見せると、


「ああ、このビルなら判るな」
「本当ですか?」
「サイン会だかなんだかで何回か行った事があるんだよ。ま、出入りは車だったから、歩きの道はちょいと微妙なんだが、確か……こっちか」


 くるりと方向転換して歩き出したジェクトに、エルオーネもついて行く。
ジェクトは余り自信のない様子だが、それでもエルオーネよりは土地勘もあるだろう。

 歩きながら辺りを見回すと、よくテレビCMで見る有名な店が其処此処に軒を連ねている。
トラビアガーデンでは、アンテナケーブルを地中に埋めてザナルカンドまで伸ばしており、これで公共放送を流しているので、テレビのチャンネルはザナルカンドのローカル局とほぼ同じだ。
最近はエスタの技術輸出が進み、世界各国で電波を使った放送や、インターネットも発展したが、トラビアガーデンはその土地の環境もあり、今でも電波放送よりもケーブル放送の方が主流となっている。
この為、ザナルカンドで何かが流行ると、その情報はトラビアガーデンにも流布され、生徒達の興味を多いに刺激してくれる。
エルオーネも例に漏れず、噂に聞いていたパンケーキの店を見付けて、目が輝いた───が、今日の目的はそれではない。


(でも、今度誰か誘って行ってみたいな)


 レトロポップな雰囲気の看板を掲げた店の前を通り過ぎながら、エルオーネは頭の中の地図に、店の位置のチェックを点ける。
午前中にガーデンを出て、此処で昼の食事をすれば、夕方過ぎのバスには乗れるだろうか。

 通り過ぎていく店を眺めて、テレビで見た覚えのある店を見付けては、エルオーネはいつか友達と来る日を想像する。
それだけでもエルオーネは楽しかった。
しかし、少し歩いただけで前から来る人とぶつかりそうになる人混みは、中々疲れるものがある。


「本当に人が沢山いる。バラムの朝市より全然凄い」
「元々街の規模が違うからな。こんだけ騒がしいのに慣れてると、バラムなんか静かなもんだぜ」
「港も人が沢山いるけど、此処までじゃない気がします。やっぱり、夏休みだから?」
「ああ。学生が集まってるんだろうよ。だからこんな時期でもなけりゃ、此処らももうちょっと歩き易いんじゃないか」


 道に並ぶ店を見ると判るように、この地区一帯は若者向けの店が多い。
流行に敏感な若者たちは、何かを察知するとそれに飛び付く傾向があるので、大人達はそれを取り込もうと積極的に新しい風を発信して行く。
それを繰り返している内に、この地区は平時でも若者が常に集まる場所となった。
そんな場所であれば、若者、特に学生が長期の休みとなり開放的になる夏休みは、平日以上に人が集まるのも必然と言うものだろう。

 来るのが今の時期でなければ、もう少し人が少なくて、街を歩き易かったのだろうか。
そんな事を考えたエルオーネだが、今日と言う時期はどうしても避けられないのだ。
目的は、もう直ぐ誕生日を迎える、弟へのプレゼントを探す為なのだから。

 ジェクトに先導されて大きな道を進んでいった先に、目的の場所はあった。
天辺が見えない程の高いビルの中に、エルオーネがインターネットで見つけた若者向けの店が入っている。
バラムの街では、港近くに建っているホテルが一番大きな建物だが、それよりもこのビルは横にも縦にも大きい。
横幅はミッドガル社のビルと同じ位はあるのではないだろうか。

 商業施設のビルがこんなにも大きい事、それでもザナルカンドでは珍しい規模ではない事に少々圧倒されつつ、エルオーネは中に入る。
ジェクトと並んで案内掲示板を見るも、其処にずらりと書かれた店舗名を見るだけでも、眩暈がしそうな程だった。


「どうせなら他にも色々見てから決めようと思ってたけど、これはちょっと……全部回ってたら、一週間くらいかかりそう」
「同感だ。目当てのモンがあるフロアだけにするか?」
「そうします。えーっと、メンズフロアは……三つもあるの。うーんと、えーと……」


 階層ごとに入っている店舗の系統が分けられているのは助かるが、一フロアだけでも相当な数の店舗が入っている。
ちゃんと見て回れるかな、でもこれだけあるならスコールが気に入る物が見つかるかも、とエルオーネは期待を持ちつつエレベーターへ向かう。

 登って行く感覚と言うよりも、浮くような感覚が強いエレベーターに乗って、ビルの十階へ。
此処から上に向かって三階分が、全てメンズフロアとなっている。
被服の他、アクセサリーやメンズ化粧品、雑貨、スポーツ用品店など、多種多様な店が並ぶ。
先ずはとエレベーターを降りてすぐ傍にあったブティックに入ってみた。
カジュアルで明るい印象のある店は、商品も同様の雰囲気のあるものを扱っており、これはスコールよりもティーダの方が似合いそう、と言う物が多く並んでいる。


「ティーダの誕生日が来たら、此処で探してみようかな」
「あいつにこんなモンは上等過ぎるだろ。勿体ねえぞ」
「そんな事ないですよ。スコールはちょっとこう言うのとは違うかなぁ」


 並んでいる商品は、明るい色使いと白を基調にしており、爽やかでスポーティなものだった。
スコールがこれを着る所を想像して、やっぱりちょっと違うかも、とエルオーネは違和感にくすりと笑った。
決して似合わない訳ではないけれど、普段の弟の印象と正反対のような気がするし、きっとスコールが自分では選ばない色になる。
好き嫌いのはっきりしている子だから、其処は彼の好みに合わせたものを贈りたい。

 次にエルオーネが入ったのは、黒をメインにしたややハードな印象のある店だった。
遠目に見るとスコールの好きそうなものがあるかも、と思ったのだが、パンクロックをモチーフにした店の商品は、少し厳めしい。
激しい音楽を歌うミュージシャンが着るような服は、スコールには少々嫌われそうだ。
だが、アクセサリー類は、スコールが気に入りそうな物がある。


「あっ、これ、ちょっと格好良いかも。でも結構重い……邪魔になっちゃうかなあ」
「そりゃ普通の指輪よりはな。つけてると慣れそうなもんだが。チェーンも売ってるから、それと合わせてネックレスにするって奴もいるぞ」
「ネックレス…ネックレスは……うーん」
「ああ、あいつ持ってるか。お気に入りの奴」
「そうなんですよね。別に、どうしても身に着けて欲しいって言う訳じゃないし、あの子の事だから、貰ったものとかって仕舞い込むんだろうなって気はしてますけど」


 弟の首にいつもかけられている、獅子の形をしたネックレス。
レオンの仕事が本格的に忙しくなってきた頃に、偶然スコールが見つけたそれを、兄弟は揃って痛く気に入った。
SEEDとして危険な任務に出るレオンの無事を祈るように、遠く離れていて家族の絆が失われないように、願掛けに似た気持ちで、レオンとスコールはそのネックレスを手放さない。
二人が揃ってあれを購入した日、私の分はないの、と意地悪を言って困らせた事を、エルオーネは覚えている。
女性には厳ついと思って、二つしか在庫がなかったんだ、と焦った様子で宥める二人を思い出し、エルオーネの口元が緩む。

 スコールの首は、あのネックレスが既に専有しているので、ネックレスとして指輪を贈っても、身に着ける事はないだろう。
だが、スコール自身はこうしたアクセサリー類を持つ事は嫌いではない。
好みのシルバーアクセサリーを買っては、部屋にあるジュエリーボックスに丁寧に仕舞い込んでいる。
それを時折出して眺めたり、磨いたりするだけで、彼は満足なのだ。

 エルオーネは店を出て、フロア内をぐるりと散策してみる事にした。
店の多くは夏向けの商品をセールにし、秋の新作を多く並べている。
北方の大陸にあるザナルカンドは、夏が早く終わり、秋に至ってはあっという間に過ぎて直ぐに冬になる為、秋物は需要期間が短い。
人々も折角買った秋物の服に、碌に袖を通さないまま、冬物に衣替えするのが常であった。
だがバラムであれば、八月が終わってもしばらくは暑い日々が続くし、秋も暦の通りに三ヵ月弱は続く。
薄手の上着やストールと言った、その日の気温、その日の気分で脱着が選べる服は重宝するのだ。

 エルオーネはエスカレーターでフロアを一つ登り、事前に調べていたアクセサリーショップに入った。
シルバーやゴールドと言った貴金属を用いながら、シンプルなデザインを取り入れたその店の商品は、少々大人びてインパクトは足りないが、さり気無いおしゃれ感が良い、とエルオーネも思ったのだが、


「ううん……」


 唸るエルオーネが睨んでいるのは、アクセサリーに繋がれた値札だ。
商品が良いものである事は理解しているのだが、如何せん、桁が多い。
この手のブランド店として、当然と言えば当然の値段で、エルオーネもそれを覚悟してはいたのだが、


(こう言うものって、スコールが気後れするのよね……)


 兄が高給取りとは言っても、幼い頃から質素倹約を常とした暮らしをしていた所為か、スコールは高級品に免疫がない。
どうしても欲しい、と思うものなら、自分の小遣いを極力切り詰めた末に、買えるようにと努力する。
そう言ったものを、人に買って貰えるのならラッキー、とは思わない性質で、それはエルオーネも同じなので、弟の反応が目に見えるように判ってしまう。

 うんうん唸るエルオーネに、同じ商品を隣で見ていたジェクトが言った。


「結構悩んでんな」
「デザインは良いなぁと思って……スコールの好きなシルバーだし。でも、うん、うーん……」
「ま、学生にゃあちょいと辛いわな」
「ううーん……買えない事もない、とは思うんです。ただ、これって有名だと思うから、スコールもチェックしてそうだし、そしたら多分値段も知ってる…」
「遠慮しそうってのは判らねえでもねえけどな。贈っちまえばこっちのもんだぜ?お前ら兄弟はいつも欲がねえからなぁ、こっちから押し付けてやらねえと何も受け取らねえし。それ位強引に渡したって良いんだぜ。祝いなんだからよ」


 スコールもエルオーネも、長兄であるレオンも、基本的にこれと言った物欲がない。
スコールは趣味のものには没頭するし、コレクター精神があるようなので其処は拘るが、それ以外の物には余り頓着しなかった。
エルオーネも同様で、可愛らしいアクセサリーや流行の服が気にならない訳ではないが、毎シーズン新作がどうしても欲しい、と言う事はなく、その時々で必要なものを揃えられれば十分だった。
レオンに至っては“自分のもの”として執着する物が極端に少なく、それよりも妹弟が欲しがる物の方を重要視していた。
レオンに関して更に言えば、自分が何かを貰う側になると微塵も思っていない節があるので、サプライズなどを仕掛けて渡さない限りは、自分から人に何かを貰おうと言う発想自体が浮かばない。
ただ贈られればそれを無碍にする事もなく、選んでくれた人の気持ちを喜び、受け取ってくれる。
ジェクトの言う“贈ってしまえばこっちの物”とは、そう言う意味を指しているのだろう。

 ────シルバーアクセサリーの店は、結局何も買わずに出る事にした。
エルオーネはあのアクセサリーは気に入ったし、スコールも喜んでくれるのではと思うのだが、値段と気持ちの折り合いがつかない。
決してスコールに遠慮をさせたい訳ではないし、どうせなら気持ち良く受け取って欲しいのだ。
だが、その選択の正解を見付けるのは、非常に難しいものだった。