たった一つの特別を
レオン誕生日記念(2020)


 日捲りカレンダーを一枚捲ったスコールは、其処に大きく綴られた数字が、あの日が近い事を示している事に気付いた。
昨年から今年にかけて、ティーダと言う新しい家族を迎えた事で、不思議と毎日が駆けて行くように過ぎていく。
その所為か、もうこの日が来るんだと、前に過ぎたのはついこの間だったのに、と言う気持ちさえ浮かぶ。

 ぱらぱらとカレンダーを捲り覗いて、その日まであと何日かを数える。
例年の事なら、そろそろ準備を始めなければいけない頃だ。
姉は気付いているだろうかと、スコールはリビングのソファに座って風呂上がりのティーダの髪を拭いている姉の下へ向かう。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「なぁに、スコール」


 とたとたと駆けながら名前を呼ぶ弟に、エルオーネは金色の髪を拭く手を止めずに返事をした。
スコールはその隣に座って、あのね、と少し高い位置にある姉の顔を見上げ、


「もう直ぐだよ」
「ん?」
「お兄ちゃんの誕生日」
「あ」
「えっ」


 弟の言葉に、そうだとはたと気付くエルオーネの前で、彼女の膝に座っていたティーダが振り返る。
マリンブルーの瞳が真ん丸になって、エルオーネを見上げた。


「レオンの誕生日?」
「うん」
「あるの?」
「あるよ」


 衝撃の事実を知ったかのような顔で聞いて来るティーダに、エルオーネはくすくすと笑いながら頷いた。


「いつ?いつ?」
「もう直ぐ!」


 爛々とした瞳に問い詰められ、スコールは弾んだ声で答えた後、日めくりカレンダーの元へ戻る。
一枚二枚と紙を捲り、一週間後の数字を示せば、おおお、とティーダは益々瞳を輝かせた。

 スコールが再度ソファへと戻って来る。


「お兄ちゃんのお祝いの準備しなくっちゃ」
「うん」
「オレもオレも!レオンのお祝いする!」


 張り切る様子のスコールと、それにエルオーネが頷けば、はいはいと手を上げてティーダが言った。


「お祝いって何するの?ごちそう食べるの?」
「晩ご飯はちょっと豪華にしたいな。ケーキも買わなくちゃ」
「ご飯はお兄ちゃんの好きなご飯にするの」
「レオンの好きなご飯って?」
「レオン、あんまり好き嫌いないからね。でも鶏肉とか好きだよ。だから、うーんと……チキンソテーとかにしようかな。他にも考えてみるよ」


 エルオーネの言葉に、今からその日の夕食を想像したか、ティーダの口から涎が零れる。
その隣では、スコールも楽しみな様子でにこにこと笑っていた。

 当日の夕飯については、前日との献立の組み合わせもあるので幾らでも変わるだろうが、そんな所で良いだろう。
それより先に考えなければいけないのは、レオンに贈る誕生日プレゼントだ。


「今年のプレゼントは何が良いかなぁ」
「んーと、んーと……」
「レオンの欲しいものって何?」
「うーん、何だろう……」


 正直な話、毎年難しいのがこのプレゼントだ。
レオンは単純に物欲がなく、何が欲しいと言う話を滅多に聞かない。
本人に訊ねて決めようと言う年もあったのだが、大抵、「何でも良いよ」と言う返事が返ってくる。
そう言う返事が一番困るとエルオーネは言ったりもしたのだが、レオンは困ったように笑うのみ。

 レオンの事だから、適当な気持ちで「なんでも良い」と言っている訳ではないだろう。
彼にとって大切な家族から贈られるものなら、他人から見ればどんなにガラクタと揶揄されるようなものであっても、大切な宝物になるに違いない。
エルオーネは、いつであったかスコールがレオンにプレゼントした、浜辺で拾った綺麗な貝殻を、今でも大切に保管している事を知っている。
そんな風に大切に想ってくれるから、やはり贈る側としても、彼が気に入ってくれるものを渡したいと思うのだ。

 今までレオンの誕生日のプレゼントは、エルオーネとスコールの二人で考えていた。
今年は其処にティーダも加わっている。
これなら、三人寄れば文殊の知恵と、いつもと違った良い案が浮かぶかと思ったが、


「うーん」
「んー……」
「うーーーーん」


 首を傾けるエルオーネの隣で、スコールも同じ方向へと首を傾け、膝に座ったティーダは唸る。
相手が相手だけに、やはり今年も難題になりそうだ。

 このまま首を右へ左へ捻っても、中々良い物は浮かびそうにない。
三人は揃って一頻り唸った後、ふう、と溜息を吐いて顔を見合わせ、


「明日、何か探しに行ってみようか」
「何か?」
「プレゼントね。ガーデンから家に帰る時に、ちょっと雑貨屋さんとか行こう。何かあるかも」
「うん」


 エルオーネの言葉に、寄り道だ、とティーダが言った。
普段、ガーデンで授業を終えると、夕飯の買い物以外は真っ直ぐに家に帰る事が多いので、ティーダにとって寄り道はちょっとしたイベントのような感覚だった。
そんな明日が今から楽しみなのか、ティーダの肩がうきうきと弾む。

 その隣で、そうだ、とスコールが手を上げた。


「ねえねえ、お兄ちゃんにはこの事、秘密ね?」
「はいはい」
「え?なんで?」


 弟の気持ちを察した姉が、判っているよと返す傍らで、ティーダがきょとんと首を傾げる。
なんで秘密なのと尋ねるティーダに、スコールは毎年の事を思い出しながら言った。


「あのね。お兄ちゃん、自分の誕生日、いつも忘れてるの」
「そうなの?なんで?」
「んー、忙しいからかなぁ」


 自分の誕生日が近付くと、そわそわと指折り数えるティーダにとっては、それを忘れるなんて有り得ない話だった。
どうしてと言う質問を投げかけられたエルオーネは、眉尻を下げながら答えた。

 ガーデンに入学してから、レオンが毎日忙しく過ごしているのは、妹弟たちには当たり前の光景となっている。
それに加え、生来から彼は妹弟を優先する余りに、自分の事を後回しにし勝ちだった。
だからエルオーネとスコールの誕生日イベントを欠かした事はなかったが、自分の誕生日については全く無関心なのである。
孤児院にいた頃は、親代わりであるクレイマー夫妻が目に留めてくれていたのもあり、彼にもプレゼントが贈られていたので思い出す切っ掛けにはなっていたが、それがなければすっきり忘れていた事もあっただろう。
それはガーデンを出て今の生活を始めてからも同様で、スコールとエルオーネが誕生日祝いをしなければ、彼はいつも通りにその日を過ごして終わっているに違いない。

 だが、それならそれで、準備のし甲斐があるのも確かだった。


「だからね、誕生日の日まで、お祝いの準備をしてるって内緒にして」
「びっくりさせるんだ!」
「うんうん!」


 察して先回りしたティーダに、スコールはこくこくと首を縦に振った。
それなら頑張らなければと、ティーダが小さな手をぎゅっと握って気合を入れる。


「今年もレオンをびっくりさせるんだな。でも、毎年お祝いしてるなら、今年は覚えてたりとかはしない?」
「覚えてるかも知れないけど……でも、うん、びっくりはしてくれるよ」


 ふと浮かんだ可能性をティーダが訊ねてみれば、エルオーネは兄の性格を改めて考えてから、大丈夫と頷いた。
確かにそろそろ学習的に覚えている可能性もゼロではないが、レオンは妹弟の事は積極的に祝って喜ばせたがるのに、自分の祝い事についてはアンテナがさっぱり動いていないのだ。
毎年、まさか自分が祝われるなんて思っていなかった、と言う顔をしてくれるから、今年もきっと同じ顔が見られるのではないだろうか。

 一週間後の未来の事は、何も確定されてはいないが、それでもレオンが祝われる事を嫌がる事はないだろう。
それなら、目一杯お祝いをしなくては勿体ないではないか。
そんな気分で───妹から兄への細やかなイタズラ心も含めて───、エルオーネはこの一週間の予定を大まかに組み立てる。


「ええと。明日は夕飯の買い物の前に、ちょっとお出かけね。プレゼントに出来そうなものを探してみよう」
「はーい」
「ケーキの予約、しておこうかな。丸いケーキ、食べたい?」
「食べたい!」
「了解です。それから、えーと……ジェクトさんはこっちに来れるかな。確認しておかなくちゃ」
「ねえねえ、誕生日、お部屋を飾っても良い?」
「それじゃあ、飾りに出来るものも探さなくちゃね。明日見付けられたらそれも買っておこうかな。荷物が多くなっちゃうかな……」
「荷物持ちする!」
「ありがと。うーんと、取り敢えずはこんな所かなぁ」


 やる事を指折り数えて確認しながら呟くエルオーネ。
日々の家事と勉強に加え、レオン程ではないにしろ、少々忙しい一週間になりそうだ。
だが、レオンの誕生日を祝う為とあれば、苦ではない。

 先ずは明日、レオンの誕生日プレゼントを探しに行く所から。
朝の登校時、少しだけ周りを見渡して、良さそうな店の目星をつけておくのも良いだろう。
それから、雑貨屋に限らず、兄が気に入ってくれそうなものが売っている店について、クラスメイトから聞き込み調査だ。

 レオンに内緒で頑張ろう、と両手を握って鼓舞してみせるエルオーネに、スコールとティーダの元気の良い返事が返った。




 スコールとティーダが在籍する初等部の授業が終わってから、約一時間の後に、エルオーネのいる中等部の授業も終わる。
エルオーネのクラスのホームルームが終わる頃には、教室のドアの傍に小さな影が二つ並んでいた。
それらはクラス担任の号令が終わるまで、きちんと良い子で待っていた。

 やっとホームルームが終わると、出入口傍の席に座っている生徒が、早速その子供達に声をかける。
人見知りのする相方に代わり、はきはきとした声で返事をするのが聞こえた。
エルオーネは学習パネルの中に入れていた教材を鞄に移すと、急ぎ足で出入口へ向かう。


「スコール、ティーダ」
「お姉ちゃん」


 小さな影の名前を呼ぶと、いつものようにスコールが抱き着いて来た。
続いてティーダも駆け寄って来て、甘えるようにエルオーネの手を握る。

 今日はやる事が山積みなので、エルオーネはクラスメイト達への挨拶もそこそこに教室を後にした。
帰宅、帰寮に向かう生徒の団子の一部になって一階へ降り、真っ直ぐに門へ向かう。
カードリーダーを通り過ぎ、門へと到着すると、タイミングよくバラム行きのバスが到着した所だった。
早い内に並び乗り込む事が出来たお陰で、三人揃って席を確保する。
バスが発進する頃には、車内は沢山の生徒で溢れ返り、少し蒸し暑い位になっていた。

 二十分程の時間で、バスはバラムの街の門を潜る。
街の入り口からもう暫く走って、所々に点在するバス停で停車した後に、小さなターミナルのある停留所で執着となる。
ほとんどの生徒は此処で下り、エルオーネ達もその流れに乗って降車した。

 人の流れが散らばる空間から少し離れて、さて、とエルオーネは辺りを見回す。
それに倣うように、スコールとティーダもきょろきょろと辺りを見回して、


「お買い物?」
「行く?」


 わくわくとした顔で言った弟達に、エルオーネは頷いた。


「じゃあ、レオンのプレゼント、探しに行こうか」
「はーい!」


 二つの声が揃って返事をして、十分な意気込みが感じられる。

 いつもの買い物とは違う道に向かうべく、エルオーネは歩き出した。
鞄の中に入れていたメモ帳を取り出して開くと、其処にはクラスメイトに教えて貰った、オススメの雑貨屋のリストが並んでいる。

 まずはバス停から近い位置にあるアンテナショップへ。
最近テレビで放送された事のある流行アイテムが、猫の額ほどの広さの店の中に詰め込まれている。
流行の類にレオンは特に食い付かないが、浮き沈みの早い流行アイテムと言うのは、その時々で多様なものが溢れ出す。
何か良い物が見付かれば、と言う気持ちだった。

 とは言っても、流行と言うのは、個人の好みに合致するかどうかは時の運という物であった。
店員に今時分のオススメはないかと尋ねてみた所、キャラクターステッカーが流行だと言われた。
確かにエルオーネのクラスでも、ノートや鞄にステッカーを着けている生徒の姿が見られている。
漫画やアニメのキャラクターをモチーフに、その作品の登場人物の名シーンや名セリフを抜粋して、デフォルメされたキャラクターの絵が添えられている。
紹介されて直ぐに、これはレオン向きではないな、とエルオーネは思った。
レオンはサブカルチャーと言う類に余り興味を持っていない(じっくり見る暇がないからでもあるが)し、アニメもスコールやティーダに付き合って見る程度なので、同年代の若者の間で流行っているような作品は詳しくなかった。
動物や魔獣をモチーフにしたステッカーもあったので、若しもライオンのものでもあればとは思ったが、恐竜のような代表的な絶滅生物に比べると、此方は非常にマニアックな類である。
需要の少ない物は商品としても作られないものだ。

 店内をそこそこに眺めて、エルオーネ達は店を出た。
アンテナショップなど普段は先ず立ち寄らないので、スコールもティーダも、珍しい物を見た気分で、少々気分がハイになっている。
今度また行こうよ、と言うティーダに、そうだね、ゆっくり見てみようね、と姉は頷いた。

 次に入ったのは、少々アンダーグラウンドの香りが漂う、シルバーアクセサリーの店だ。
バラムガーデンの男子生徒もよく行く店との事で、値段も学生向けの易しいものと言う。
確かに凝った意匠のアクセサリーの割には、値段が安く、エルオーネが生活費から捻出した資金でも買えそうだった。
だが、どうにもレオンの好みかと言われると判らない。
魔物をモチーフにした厳めしいデザインは、好きな人は好きだろうが、レオンはどうだろうか。
ティーダは「格好いい!」と言い、スコールも蒼の瞳が興味津々にアクセサリーの棚を見詰めていたので、男子には受けが良いのかも知れない。
だがエルオーネは、どうにもそれらを身に着けるレオンの姿が想像できなかった。
きっと似合わない事はないのだろうが、なんとなく漠然と、こう言うものではない、と言うイメージがエルオーネの胸中に浮かぶのだ。
結局、此処でも商品は買わずに店を出た。

 雑貨屋の類は複数の店を教えて貰っているが、その半分は女性向けの商品が多く並んでいた。
探せば日用品も揃えているので、その中から選ぶ案もあったが、今現在、レオンが特別に必要としている物はない────が、


「あっ。お姉ちゃん、これ」


 ふらふらと歩き回りそうなティーダと手を繋ぎ、商品棚を眺めていたスコールが、何かを見付けて姉を呼んだ。
隣の棚で食器を見ていたエルオーネが振り返ると、スコールは商品棚から正方形の箱を取り出して持ってくる。
ティーダもそれについて来た。


「お姉ちゃん、これどうかな」


 そう言ってスコールが差し出したものを受け取ると、サイズの割には重みが感じられる。
パッケージの絵には、手書きの絵がプリントされたマグカップの写真が載っていた。
専用のシートに描かれた絵を、白いブランケットに貼り、オーブンレンジで熱を入れて転写する、手作りのワンオフアイテムを作る為のキットだ。


「ね、ね。これでね、お兄ちゃんのマグカップ作ってあげるの」


 どうかな、とキラキラと目を輝かせて姉に訴えるスコール。
その心の内には、以前の自分の誕生日に、同じように転写シートを使って作ったマグカップを兄姉から贈られた思い出が蘇っていた。

 あれは孤児院を出て三人暮らしを始めて間もない頃で、生活の為に色々必要な物を揃えながら暮らしていた時。
これはスコール専用だよ、と誕生日プレゼントにと貰った、世界にたった一つのマグカップ。
今もそれを大事にしているスコールは、同じようにレオンだけのマグカップを作って贈ろうとしているのだ。

 うん、とエルオーネは頷いて、箱をスコールの手に返す。


「良いんじゃないかな。スコールはこれにする?」
「うん!」
「作る時は私に言ってね。電子レンジ使わなきゃだから」


 電子レンジの扱い自体は、日々の食生活の中で問題のないスコールだが、食べ物ではないものの為に使うのは初めての事だ。
説明書の記載通りに熱を入れなければいけないし、うっかり失敗してスコールががっかりしない為にも、監督は必要だろう。

 姉の言いつけにスコールはしっかりと頷いて、手に抱いた箱を見る。
どんな絵にしようかなあ、と今から構図を悩む画家に、エルオーネも完成品を見るのが少し楽しみになった。

 そんな姉弟をじっと見ていたのが、ティーダである。
彼にとっては初めてのレオンの誕生日、何をすれば彼が喜んでくれるのか、いまいち指標の思い付かないティーダは、ただただ商品棚を眺めるばかりである。
どうしたらレオンが笑ってくれるのか、喜んでくれるのか、日々の生活を思い出しながら考えてみるが、中々ピンと来ない。


「うーん……あっち見てみようか」


 エルオーネもこの棚の周辺には良いものは見付からなかったようで、場所を変えようと通路向こうの棚を指差した。
其処には日用雑貨とも類されない、小さなインテリアアイテムが並べられている。
生活するに当たって特に必要なものではないが、日々のゆとりや、部屋の彩りに飾られるものだ。


「可愛いのは多いなあ。でも、男の子向けじゃないような……でも、うーん……」


 犬や猫の小さな置物や、変わったデザインの砂時計、水時計。
小さな小さな鉢に植えられた苔のフェイクグリーンもあり、フェイクならお世話しなくても良いなあ、とエルオーネは思ったが、決定打にはならなかった。
鉢のデザインも可愛らしく女性向けに見えるので、レオンの好みとは違う気がする。

 悩むエルオーネの隣で、ティーダも悩んでいた。
棚には色々なものが並んでいるが、余りティーダが気に入るものは見当たらない。
そもそも、何を渡せばレオンが気に入ってくれるかも判らないので、ぼんやりとしたイメージすら浮かばないのが現状であった。


「んん〜……」
「ティーダ、決まった?」
「まだぁ」


 スコールに訊かれて、ティーダは唸りながら答えた。
うんうん唸り続けながら、ティーダはスコールに尋ねてみる。


「レオンって何が好きなの?」
「ライオン、好きだよ」
「それは知ってる。それ以外って言うか、なんか、こう。これ貰ったら嬉しいってなるようなやつ」
「んーぅ……?」


 ティーダの質問に、スコールは首をかっくんと横に傾けて考え込む。
ずっと一緒にいる実の弟であってもこうなのだ。
エルオーネも悩み続けているし、“レオンが絶対に喜んでくれるもの”と言うのは難しいらしい。
と言うのも、


「お兄ちゃん、なんでも喜んでくれるの。ありがとう、嬉しいよって」
「そうなんだよね。だから返って悩んじゃうって言うか……」


 スコールの言葉に、エルオーネも頷きながら言う。

 レオンへのプレゼントに決定打がないのは、彼個人の好みと言うのが非常に曖昧な所があるからだ。
趣向は恐らくあるとは思うのだが、妹弟との生活に当たり、彼がそう言ったものを優先させる事は非常に少ない。
基本的に彼の優先順位と言うものは、妹弟が一番である為、スコールやエルオーネが喜ぶであろうアイテムを選ぶ事が多い。
そして、偶に自分が贈り物をされる側になると、何を渡されても喜んで見せる。
それは決してポーズではなく、妹弟が自分の為に考えて選んでくれたものだから、何を貰っても嬉しいのだ。

 喜んでくれるのは良い事だ。
良い事なのだが、なんでも良いと言うのは、存外と困るものなのである。
特別な日の贈り物となると尚更で、折角だから彼が喜んでくれるものをと思うと、益々基準がふわふわしてしまうのだ。


「…だからね、レオンが喜んでくれそうなものが判らなかったら、自分が貰って嬉しいものでも良いかもって思うの。ティーダもそれで考えてみてごらん」
「オレが貰って嬉しいもの?」


 相手に基準が定められていないのなら、自分で何かを基準にするしかない。
手っ取り早いのは、やはり自分の感覚を大事にする事だった。
エルオーネの提案に、ティーダは「やってみる」と頷いて、改めて商品棚と向き合う。

 さて自分はどうしよう、とエルオーネも商品棚を見回した。
インテリアを眺めてはいるが、実用品でも良いなあ、とエルオーネは思い始めていた。
確か彼が今使っている筆箱は、ガーデンが開校した時、これからの学生生活の為にとクレイマー夫妻に贈られたものだった筈。
同じ時期にエルオーネとスコールも勉強道具を一式贈られたが、年毎に増えていく筆記用具の数と種類に合わせ、筆箱は何度か買い替えられている。
レオンは入学当初から、あまり多くの筆記用具を併用して使う事はなく、シャーペン一本と赤青の色ボールペンの他は、15cmサイズのスリムな定規、これもまた細いタイプのハサミ程度しか筆箱には入れていない。
物持ちも良い方なので、壊れる事もなく、今でも問題なく使えている。


(でも、それはそれ、だよね。別に使えなくなってからじゃないと新しい物に変えちゃいけない訳じゃないし)


 クレイマー夫妻に贈られたものだから、思い入れはきっとあるだろう。
けれど、時間と摩耗と共に、少しずつアイテムが草臥れつつあるのも事実。
ぼちぼち次に世代交代しても良いのではないか、とエルオーネは思った。

 インテリアの棚を眺めていても、ティーダは何も決まらなかった。
次の所に行ってみよう、とエルオーネはまた別のコーナーを指差してみる。
エルオーネが丁度見たかった事もあり、そこは文具品のコーナーになっていた。
バラムガーデンの購買や、文房具専門店で売っているものに比べ、キャラクターグッズやデザインに力を入れた商品の他、教材にも使えるのであろう、地球儀や天体観測表もある。


「変な形の消しゴムある」
「ほんとだ、面白い」
「レオン、こう言うの好きかな?」
「んん……判んない」


 子供向けにか、変わった形をした消しゴムを見付けたティーダ。
これはどうかなと提案されたスコールであったが、曖昧に首を傾げるしかなかった。
スコールのその反応を見て、駄目かあ、とティーダは消しゴムを商品棚に戻す。

 自分が渡したいものが既に決まっているスコールは、段々と暇を持て余し始めていた。
マグカップの絵を構想してはいるのだが、頭の中だけで考えるのは、どうにも長く続かない。
姉とティーダを急かすつもりはないが、退屈だなぁ、とも思っていた。
その目がなんとなく、目の高さにある商品棚に留まって、きらきらと光を反射させる円筒が飛び込んでくる。
見慣れないがどうにも目を惹くその輝きに、なんだろう、と手を伸ばした。


「……?」


 直径は5cmちょっと、胴の長さは15cmほど。
これはなんだろう、とスコールはくるくるとそれを回しながら観察した。
中でしゃらしゃらと小さな音が鳴り、楽器かな、と思ったが、円筒の天辺に小さな穴が開いている。

 穴があると、人はその中を覗いてみたくなるものだ。
スコールもそんな本能に抗えず、恐る恐る顔を近付け、穴から中を覗いてみる。
すると、きらきらと光る幾何学模様が幾つも折り重なって広がっていた。


「ふわ」
「スコール?」
「……ふわぁ」


 思わず声を漏らしたスコールに、ティーダがきょとんとして名前を呼ぶ。
スコールは顔を上げた後、ぱちぱちと瞬きをして目を擦り、また円筒の中を覗き込んで、驚いたような声を漏らす。


「何してんの?」
「これ、すごい。きれい」
「?」


 興奮してほんのりと頬を赤らめるスコールに、ティーダは判んないと首を傾げる。
スコールは手に持っている円筒をティーダに差し出した。
なんだろう、と受け取ったティーダは、取り敢えずスコールがやっていたように、見付けた穴から上から覗き込んでみる。


「───わ。何これ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「何?」


 筆箱を見ていた姉を呼ぶスコール。
エルオーネが振り返ると、興奮した様子の弟と、円筒を見て「わ。わ?わー」とすっかり言葉を忘れてしまったティーダがいる。
何をしているのだろうとエルオーネが首を傾げると、スコールがきらきらと目を輝かせて言った。


「すごいの、あれ。中できれいなのがきらきらしてる」
「何?見せて見せて」


 まだ幼い故に言葉の多くないスコールの説明は、どうにも要領を得ない。
なんだろうとエルオーネが二人の下へ向かってみると、ティーダは円筒から顔を上げて、こしこしと目を擦っていた。

 これだよ、と言ってスコールが棚に並んでいるものを指差したのを見て、ああ、とエルオーネは理解した。
そう言えば、こういうものは弟が触れる機会はなかったかも知れない。


「万華鏡だね」
「まんげきょう?」


 名称を口にしたエルオーネに倣って、舌足らずな声が二つ重なる。
エルオーネは頷いて、棚に並んだ万華鏡を一つ手に取った。
小さな穴から中を覗き込むと、きらきらと光る小さな石が、小さな筈の世界の中で、無限に広がる空間がある。

 万華鏡って何、と二対の瞳が姉を見上げる。
エルオーネは、久しぶりに見たなあ、と円筒の中を眺めた後、


「ティーダ、それ。中を見ながら、くるくる回してみてごらん」
「くるくる?」
「これを横にして持ってね、これ位で。で、こう」


 エルオーネは万華鏡を眼窩に宛がって、胴体を回して見せる。
言われた通りにティーダが万華鏡を覗き込み、地面と平行に持った円筒を回してみる。
すると、幾重にも連なる幾何学模様が、しゃらしゃらと音を立てながら形を変えて踊る。


「わ!わ!」
「なになに、僕も見たい!」
「はいはい、スコールはこっち」


 夢中になって声をあげるティーダに、世界を共有できないスコールがずるいずるいと言い出した。
エルオーネはそんな弟を宥めて、自分が持っていた万華鏡を渡す。
落としてしまいそうなので、スコールが持っていたマグカップはエルオーネが預かる事にする。
直ぐにスコールは穴を覗き込み、ティーダと同じように胴体を回して、「わぁあ……」と吐息を漏らした。

 一頻り万華鏡を見たティーダは、こっちは違うのかな、と棚に並んでいた別の万華鏡を手に取った。
大きさで3種類の万華鏡が揃えられており、大きな円筒を覗き込んだティーダは、「大きい!」と言った。
エルオーネがスティックサイズの小さな万華鏡を覗いてみると、此方は小さくシンプルな模様が並んでいる。
どうやら、万華鏡本体のサイズによって、模様を描く為に封入されている石のバリエーションサイズも異なるようだ。

 久しぶりに触れた万華鏡は、スコールとティーダだけでなく、エルオーネも少しの間夢中にさせた。
きらきらと輝く不思議な世界は、幾つになっても人を虜にさせるのだ。
───そんなものに出逢えたのだから、ティーダはようし、と決めた。


「これ、レオンにあげる。レオンにプレゼントする!」


 ティーダの言葉に、エルオーネもスコールも顔を上げた。
幾何学模様の世界に負けない位に、きらきらと輝く海の蒼が、エルオーネを見る。


「ねえ、良い?これ、レオンにプレゼントするの」
「ティーダがこれが良いなと思ったんなら、良いよ」


 姉代わりに確認するように尋ねるティーダに、エルオーネは優しく笑って言った。
値段もそう高くはないし───とは口には出さないでおく。
するとティーダは、じゃあこれにする、ともう一度言ってから、商品棚に並ぶ万華鏡を見て悩み始めた。


「やっぱり大きいのが良いかな……」


 大人の手にも少々大きな、Lサイズの万華鏡。
その中の構造は他のサイズのものと変わりないが、封入されている石が、大中小と豊富であった。
その為、幾何学模様の形や色も多彩なものになっており、小さなものよりも豪華に見える。

 隣で一緒に商品を見ていたスコールが、「これは?」と指を差す。
示された物を見ると、真っ白な円筒が透明なビニール袋に封じ込められていた。
胴体も箔のある色紙で飾られている物に比べ、地味で風合いもないそれに、ティーダは唇を尖らせる。


「……何、これ?真っ白じゃん。地味じゃん」
「これ、自分で作れるんだって」
「まんげきょうって作れるの?」
「うん。ほら、作り方が書いてある」


 エルオーネが商品を手に取って裏返すと、作り方を書いた紙が同梱されている。
他にも、中に入れる為の石も入っており、この商品一つがあれば、世界にただ一つの万華鏡を作る事が出来る。


(でも、ビーズとかで増やしても良いかも。これだけだと、ちょっと少ない気もするし…)


 同梱された石は、鉱石に似せたプラスチックストーンだ。
半透明で光を透かしているので、万華鏡の中に入れて覗き込めば、きっと綺麗に映るだろう。
しかし、数で言えばやはり少々寂しい気がする。
ティーダは大きな万華鏡を気に入っていたから、沢山の色を使った世界の方が気に入るかも知れない。

 その前に、ティーダがこの手作り万華鏡キットを選ぶかどうかだ。
うんうんと唸るティーダを、エルオーネとスコールはのんびりと待って、


「……うん。これにする!」
「自分で作ってみる?」
「作る!スコールも作るんでしょ、レオンのプレゼント」
「うん」
「じゃあオレも作る!」


 手作りマグカップを贈るスコールに、どうやら気持ちが触発されたようだ。
棚から自分で商品を選び、同梱されている石の色を確かめてから、これ、と決める。


「スコールもティーダも決まったね?」
「うん」
「ん!」
「じゃあ、私も決めるから、もうちょっとだけ待っててね」
「はーい」


 二人の声が重なるのを聞いてから、エルオーネは筆箱の棚へと戻る。
デザイン重視か、使い勝手重視かと未だ悩み眺めながら、エルオーネは少し違う赴きを思い描いている自分にも気付いていた。