今は見えない裏側で


サンタさんに逢うんだ、と言っていたティーダと、そんなティーダに付き合う形で起きていたスコール。
しかし、やはりと言うべきか、案の定と言うべきか、二人は日付が変わる前に、すっかり夢の住人となっていた。


クリスマスとなれば、豪華な外食でも、と思う人々は多いもので、飲食店は絶賛書入れ時である。
しかし、レオンはアルバイト先のカフェバーのマスターから、家族と一緒に過ごしなさい、と言う笑顔と共に、休みを貰った。
お陰で家族揃っての夕飯を過ごす事が出来、スコールは勿論、ティーダとエルオーネも喜んだから、レオンもとても嬉しかった。
レオンとエルオーネが手作りした豪華な夕飯とケーキを食べた後、スコールとティーダは風呂に入り、早く寝なさいとエルオーネに言われたのだが、此処でティーダが抵抗した。

ティーダは「サンタさんに逢う!」と言って、サンタクロースが来るまで絶対に寝ないと言うのだ。
随分ムキになるなと思ったら、ガーデンが冬休みに入る直前、クラスメイトとサンタクロースがいるかいないかと言う討論で白熱したらしい。
ティーダの意見は、意外にも「いない」側で、「いる」と言うスコールとも喧嘩寸前になった。
ティーダは今まで、クリスマスにサンタクロースが来てくれた事がないと言う。
エルオーネがジェクトに電話をしてそれとなく訊ねてみると、確かに、クリスマス・イブの夜、ティーダの枕元にプレゼントを置いた事はなかった────との事。
ザナルカンドのクリスマスには、ブリッツボールのエキシビジョンマッチが組まれる為、花形であるジェクトは当然呼ばれ、その後の打ち上げにも参加していた。
ジェクトとしては、妻が何か用意しているとばかり思っていたようだが、残念ながら、ティーダは今まで一度もクリスマスプレゼントを貰った事がなかったのだ。

「サンタがいない」と思っているティーダが、「サンタに逢う」と言い出したのは、サンタクロースの有無の真相を確かめる為だ。
スコールは「毎年来てくれるもん」と言うから、じゃあ逢える筈だから逢う、逢えたら信じる、と言う結論に至ったのである。

それを聞いて、エルオーネが黙っていられる筈もない。
エルオーネはもうサンタクロースを信じる年齢ではなかったが、スコールはまだ信じている。
だが、そんなスコールも、ティーダが余りにも「サンタなんかいない」と言っていた所為か、半信半疑になっていた。
可愛い弟達に夢を見せるべく、彼女は奮闘した。
「バラムではサンタさんにはお手紙を書くんだよ」と言って、信じていないティーダをなんとか説き伏せ、スコールと共に欲しいものを書いて貰い、それを準備できるように弟達の目を盗んで走り回った。
そんな妹から話を聞けば、レオンも傍観してはいられない。
弟達の夢を叶えるべく、妹ともに、時間の合間を見付けては準備に勤しんだ。

そしてクリスマス・イブ当日を迎えた訳だが──────


「寝ちゃったね」


リビングのソファで、二人仲良く寄り掛かってすやすやと寝息を立てているスコールとティーダを見て、エルオーネはくすりと笑った。
そうだな、とレオンは頷いて、窓辺のテーブルから席を立つと、眠る弟達にブランケットを用意してやる。
起こさないようにそっとブランケットで包んでやると、レオンはスコールとティーダを順番に二階の寝室へと運んだ。

レオンがリビングへと戻ると、エルオーネはテーブル横の窓から、外を見ていた。
夜空は澄んで沢山の星を散りばめている。
クリスマスに限らず、冬に雪が降るなんて事はバラムでは先ず有り得ないが、無数の星に彩られた聖夜も悪くない。

レオンはキッチンに入ると、二人分のコーヒーを淹れた。
一つにはミルクを少し、砂糖を2杯入れて、リビングへ運ぶ。


「ほら、エル」
「ありがとう」


兄が差し出したコーヒーカップを受け取って、エルオーネはふーっ、ふーっ、と吹きかけて冷ます。
レオンも湯気を立てるコーヒーを少し冷まして、口を付けた。

少しの間沈黙が流れて、どちらともなく、リビングの時計に目を向ける。
時刻は11時半─────日付が変わるまで、後幾許もない。


「遅いね、ジェクトさん」
「……そうだな」


コーヒーを傾けながら呟いたエルオーネに、レオンは眉尻を下げた。
テーブルの端に置いていた携帯電話を取って、メールか電話の着信がないか調べてみる。
が、あったのは数時間前に送られてきた一件だけだ。

ふう、と小さく溜息を吐いて、レオンは携帯電話を元の位置に戻した。


「そろそろ船は着いてる筈だが……」
「遅れてるのかな?」
「それだけなら良いんだけど」


万が一の事態を想像して、レオンは緩く首を横に振った。
考えてしまうと現実になってしまう気がして、浮かび掛けた情景を無理やり追い出す。

────その時だった。
ドンドン、と控えめではあるが重い音が、玄関から響く。
直ぐにレオンが玄関に向かって、ドアを開けた。


「お帰り。ギリギリセーフ、だな」
「……そうかい。そりゃ、良かった」


苦く笑みを浮かべて、レオンの言葉に答えたのは、ジェクトだった。

ジェクトは肩を揺らしながら、少し息が乱していた。
肺活量でも体力でも、並大抵ではない筈のジェクトが、呼吸が乱れる事など滅多にあるまい。
港からこの家までは、歩いても20分もかかるまいに、どれ程速く走って来たのか判ると言うものだろう。

ジェクトをリビングへと招き入れ、「お帰りなさい、ジェクトさん」と言うエルオーネの声を聞きながら、レオンはキッチンへ向かった。
レオンがジェクト用にとホットレモンのドリンクを作っていると、リビングから妹の声が届く。


「やだ、ジェクトさん。これ、そのまま持って帰ってたんですか?」
「ん?なんか不味かったか?」
「不味いって言う程じゃないです、けど……ジェクトさんがこれを持ってる所をティーダが見たら、『やっぱりサンタさんはいないんだ』って言い出すかも知れないですよ」
「いや、大丈夫だろ。アイツが見る事なんかねえって。寝てるアイツの枕元に置けば良いだけなんだし」
「さっきまでスコールと一緒に其処にいて、ずっと起きてたんですよ。『サンタさんに逢うんだ!』って意気込んで。良かった、寝てくれて……」
「あのガキ、こんな時間まで起きてやがったのか……」


マグカップに入れたホットレモンを手に、レオンがリビングに戻ると、エルオーネが直径30cm程のボールを持っていた。
ボールは青と白のカラーラインでデザインされており、真ん中には“Bliz ball Official Club”の文字。
ジェクトがザナルカンドで購入した、ブリッツボールのオフィシャルグッズとして売られているボール───-─ティーダがサンタクロースにお願いした、クリスマスプレゼントだ。


「ジェクト、これ」
「おお、サンキュ」
「ねえ、レオン。これ、このまま置いても大丈夫かな?」


ジェクトにホットレモンを渡したレオンに、エルオーネがボールを翳して見せる。
ボールは、ザナルカンドのブリッツボール協会のものと思われる、ロゴが印字された袋に入っていた。
袋に印刷されているロゴは、帯状になって袋を華やかにしていたが、これだけではプレゼントとして少々味気なく見えた。


「うーん……リボン位は結んだ方が良いか」
「ンな事したって、どうせ解いて捨てるだろ?」
「それは、そうだけど。やっぱりプレゼントらしくした方が、小さい子は喜びますよ」
「…そう言うモンかねぇ」


開ける手間は少ない方が良いだろ、と呟くジェクトに、レオンとエルオーネは顔を見合わせて眉尻を下げた。

リボンは、エルオーネが授業で使ったカラーテープが余っていたので、これを使った。
ラメ入りのテープがきらきらと光って、プレゼント感がぐっと増したように見える。


「これで良し。レオン、スコールのプレゼント────」
「持って来た。これだろう?」


これ、と言って見せるレオンの手には、手のひらサイズの四角いプレゼントボックス。
キッチンボードの高い位置に置いてあったそれは、まだ幼いスコールには、背伸びしても届かない位置に隠されていた。
サンタクロースの存在をを信じ切っている彼に、決して見付からないように。

綺麗なラッピングが施されているが、余りにも小さなクリスマスプレゼントに、「なんだ、そりゃ?」とジェクトが訊ねる。


「カードケースだ」
「…クリスマスにわざわざプレゼントする程のモンでもないと思うが…」
「良いんですよ。スコール、これが欲しいって、サンタさんにお願いしてたから。柄もこれが良いって言ってたし」


一点物のカードケース、と言う訳ではないが、スコールが悩みに悩んでお願いしたものだ。
大事に使ってくれたら良いな、とエルオーネが言って、大丈夫、とレオンが頷く。


「じゃあ、行こうか。ジェクトも一緒に」
「俺もかよ。……しゃーねぇなあ…」


促すレオンに、ジェクトが渋々と言う貌で重い腰を上げる。
息子には父から、とレオンがボールを差し出すと、また渋々と言う貌のまま、ジェクトはそれを受け取った。
赤い瞳がリボンを巻いたボールを見下ろして、ジェクトはむず痒さを誤魔化すように、がしがしと乱暴に頭を掻く。

そのまま二階へ向かおうとした二人だったが、


「ちょっと待って、二人とも。上がる前に、ちゃんとこれに着替えてね」


呼び止めるエルオーネに振り返ると、一体いつの間に持って来ていたのか、彼女の手には赤いものが入った袋が抱えられていた。

はいっ、と差し出されたそれを、二人は反射的に受け取る。
一体何を渡されたのかと、それぞれ袋を覗き込んでみると、ふわふわの白い綿毛が縫い付けられた、赤い服が入っていた。


「嬢ちゃん、こいつは……」
「サンタクロースの衣装です。スコールとティーダが起きちゃったら、ちゃんとサンタクロースになり切ってね」


にこやかな笑顔で言ったエルオーネに、ジェクトは数瞬、固まっていた。
その横で、レオンは心得たとばかりに、率先して赤い衣装を羽織っている。

起こさなければ良いだろう、とか、どうせ寝惚けてるだろ、とジェクトは思ったが、目の前でにこにこと笑う少女は勿論、傍らで着々と着替えを進める少年を見るに、「着替えない」と言う選択肢が許されない事は、直ぐに判った。
レオンに至っては白髭まできちんと蓄えて、太っていない事さえ除けば、すっかりサンタクロースの様相になっている。
此処までしっかり用意している兄妹を見たジェクトは、寧ろ二人を起こすつもりなのではないか、とさえ疑ってしまう。



全ては、子供達の純粋無垢な願いを叶える為に。

サンタクロースは、プレゼントと一緒に、夢を運んでくるものなのだ。




≫真実はその手の中に
2013/12/25

つくづくこのシリーズのレオンとエルはノリが良い。
だって弟の喜ぶ顔が見たいから。
ジェクトも息子の笑った顔が見たいけど、何せ不器用ですから。

イヴの話なので、昨日中に書ければ良かったんですが、思い付いたのが今日だったもので……若干の遅刻感。