お菓子の誘惑


「トリック・オア・トリート!」


玄関を開けるなり響いた元気な声と、飛び出して来たカボチャ少年と真っ白なおばけに、レオンは目を丸くした。
が、直ぐに一年前の事を思い出し、くすりと笑みを浮かべ、ズボンのポケットに手を入れる。


「トリック・オア・トリート!」
「ト、トリート!」


ごそごそとポケットを探るレオンを急かすように、カボチャとおばけが急かすように言った。
レオンはポケットの中のものを握って、しかし焦らすように、ポケットを探る仕草を続ける。
その傍ら、カボチャとおばけの姿を改めて眺めてみた。

カボチャは去年も見たものと違い、目尻を下げた困り顔で、口元もへの字になっている。
確か去年は、目尻を上げて、ギザギザ口を笑わせていた筈だ。
おばけの方も以前と違い、眉を吊り上げ、口を大きく開けて舌を出している。
此方も、去年はしょんぼりとした困り顔を浮かべていたように思う。
それぞれ前回と反対の作りになっているのは、きっと妹が役割に合わせて作ったからだろう。

おばけがぴょんぴょんと元気に跳ねているのに対し、カボチャ少年はレオンの服端をきゅっと握っている。
カボチャ少年がレオンに頭を寄せると、大きなカボチャが傾いて、カボチャが後ろに傾いた。
落ちそうになる頭を、首の力だけで戻そうと頑張るカボチャに苦笑して、レオンはさり気無くカボチャの後ろ頭を持ち上げてやった。
その手をおばけが捕まえて、早く早く、とねだる。


「お菓子ちょーだい!じゃないと、イタズラするぞーっ!」
「イ、イタズラするぞっ」
「イタズラか。それは怖いな」
「じゃあお菓子〜っ」


おばけがレオンの背中に飛び乗った。
去年よりも大きくなった重さを感じつつ、レオンはようやくポケットから手を抜く。


「ほら、お菓子」
「やった!」
「これをあげるから、イタズラはしないでくれよ?」
「うんっ」


おばけが両手を上げて喜び、カボチャ少年はレオンに貰った飴とチョコレートを握ってこくこくと頷く。
二人とも貌は見えないが、全身で喜びを表現してくれるから、レオンも嬉しくなってくる。

カボチャ少年とおばけは、早速飴の包み紙を解いている。
頭に被り物をした状態で、どうやってお菓子を食べるのだろうと観察していると、カボチャ少年はカボチャ頭の首下から手を入れ、おばけは袖の中に手を引っ込め、布の中でもぞもぞと蠢いている。
あまい、おいしい、と嬉しそうに言い合う二人を眺めながら、レオンは少し悪戯心が沸いた。


「なあ、お前達、俺の家族を知らないか?いつもお帰りって迎えてくれるんだけど」
「ふえ?」
「んぐ?」


レオンの問いに、
カボチャ少年とおばけは、二人揃って同じ方向に首を傾げた。
二人は顔を見合わせると、とてとてと走ってレオンから離れ、リビングのソファ横で一緒に蹲る。
ぽしょぽしょと内緒話をするのが聞こえ、レオンはこみ上げる笑いを噛み殺しつつ、次の反応を待つ。

三十秒ほどで、内緒話は終わり、カボチャ少年とおばけが戻ってくる。


「えっとね、えっと、」
「お前の家族は、オレ達が食べちゃったのだー!」
「えっ、ち、違うよ、おでかけしてるんだよ」


両手を上げて怖さをアピールするおばけの言葉に、カボチャ少年が慌てて別の事を言う。
全く違う事を言う二人に、レオンは思わず噴き出しそうになった。
恐らく、“家族は此処にいない事にしよう”と言う話になったのだろうが、それぞれの設定までは話し合われていないらしい。


「お、おでかけしててね、まだ帰って来てないんだよ」
「えー…それじゃインパクトないよ」
「だって……食べちゃったなんて言ったら、お兄ちゃん怒っちゃうよ…」


小さな声で、お兄ちゃんに怒られたくないよ、と言うカボチャ少年。
それを聞いたおばけも、怒られるのはヤダなぁ…と小さく呟く。
ぼそぼそと話す声が、目の前の青年に聞こえているとは気付いていない。

レオンの目の前で、カボチャ少年とおばけはしばらく内緒話をした後、


「えーっと、家族はおでかけしてるんだ!まだ帰って来ないんだ!」
「そうなのか。いつもならこの時間には家にいる筈なんだが、心配だな…」


設定を考え直したおばけの言葉に、こみ上げる笑いを堪えつつ、レオンは素知らぬ顔で二人の設定に付き合う。

正体に気付かず、この場にいる筈の家族を心配する表情をするレオンに、カボチャ少年とおばけが楽しそうに頭を揺らす。
そんな二人を横目に見ながら、去年もこう言う展開を期待していたんだろうな、とレオンは遅蒔きながら理解した。
今日と言う日を知らなかった為に、去年は直ぐに正体を見抜いてしまったレオンだが、今回は彼等の思う通りにストーリーは進行しているようだ。

こんな時間に出かけるなんて珍しいな、と呟きつつ、レオンは窓辺のテーブルに落ち付く。
カボチャ少年とおばけは、レオンに貰った飴とチョコレートを見せ合っていた。
被り物のお陰で表情は見えないが、嬉しそうな雰囲気が滲んでいるので、彼等はきっと満足してくれた事だろう。
そんな二人から目を逸らして、レオンはもう一度ズボンのポケットに手を入れ、


「スコール達がいないのなら、残りのお菓子は俺が食べてしまおうかな」
「えっ?」
「えっ?」


ポケットから取り出した飴やチョコレートをテーブルに転がして言ったレオンに、カボチャ少年とおばけが声を上げた。

テーブルには、色とりどりの包装紙に包まれた、飴やらチョコレートやら。
他にも、ジャケットのポケットから、アルバイト中に常連客から貰ったビスケットやガム等々が並ぶのを見て、カボチャ少年とおばけがそわそわとし始める。


「マスターやお客さんが色々くれたから、スコール達に食べさせてやろうと思ってたんだが」
「あ、あう、」
「そ、それっ。それっ、オレ達が食べても良いよ!」


持て余すようにお菓子を整列させるレオンの言葉に、カボチャ少年がもじもじとし、おばけが手を挙げて提案する。
予想通りの反応に、うーん、と悩んで見せ、


「捨ててしまうのは勿体ないしな……」
「でしょ?でしょ?」
「でも、お前達にはさっきお菓子をあげただろう?」
「えあっ」
「それに、今日はハロウィーンだ。お前達は次の家に行って、其処でまた新しいお菓子を貰うんだろう?」


機械都市ザナルカンドで伝えられている、ハロウィーンと言う行事は、子供達がおばけや怪物の格好をして、各家々を周ってお菓子を貰うと言うものだ。
おばけや怪物の格好をするのは、この行事の始まりが、死霊や呪いの類から子供達を守る為、逆に怖い格好をさせて驚かせる為だったから───と言われている。
だからこの時期のザナルカンドでは、子供達が仮装し、お菓子を貰う為に近所の家を巡るのだと言う。
そして子供達が来た家は、お菓子を渡さなければ悪戯───悪い事が起きる───され、渡せば幸せが来るようにおまじないをかけて貰えるらしい。
だから、レオンの目の前にいるカボチャ少年とおばけも、そろそろ次の家に行かなければいけない筈。

と言っても、バラムではハロウィーンの習慣がない為、次の家など行きようもないのだが、それは知らない振りをして、レオンは目の前でおろおろとしている二人を急かしてやる。


「ほら、早く次の家に行かないと、お菓子が貰えなくなるぞ」
「ん、えっ、と…あ、あの、」
「つ、次の家は、予約してるから、遅れてもいいの!」
「予約か。何時頃にしてるんだ?」
「えーっと、えっと…じゅ、十時?」
「それならとっくに過ぎてるぞ。急がないと。ああ、道順が判らないなら、俺が案内しようか」
「えっ。い、いい、行けるっ。自分で行けるっ」


声も弱った困り顔のカボチャ少年と、強気な顔をしつつも声は戸惑っているおばけ。
大丈夫だから、と繰り返すおばけに、そうか、とレオンはおばけの頭を撫でた後、テーブルに向き直る。


「それじゃあ俺は、お菓子を食べながら、スコール達が帰って来るのを待とうかな」
「えっ。た、食べちゃうの…?」
「か、帰って来るの、待たないの?」
「そうだな。腹も減ってるし。チョコなんかは溶けてしまうし。エルがいないなら、夕飯も何処にあるか判らないし」


普段、レオンの夕飯は、アルバイトが終わってから採っている。
その時はエルオーネが起きていて、彼女が用意してくれるのが常であった。

エルオーネが此処にいないのでは、夕飯は食べられない───本当は、エルオーネがいなくても、何処に何があるのかレオンは把握しているのだが、素直な二人はその事に気付かない───。
アルバイト終わりの空きっ腹は、お菓子で誤魔化してしまおう。
本当は妹弟達に食べさせようと思っていたけれど、いないのなら仕方がない。
そう言って、レオンはチョコレートビスケットを手に取って、


「このビスケットは美味しそうだな」
「あっあっ、」
「あーっ、あーっ!」
「うん?」


待って、と言わんばかりに声を上げるカボチャ少年とおばけ。
レオンが「どうかしたか?」と言いつつ、包装紙のビニールを開けようと指を引っ掛けた時、


「おねえちゃぁーん!」
「エル姉ー!エル姉ちゃーん!」


助けを求めるように高く上がった声は、きっと家の二階まで響いた事だろう。
それだけ大きな声を出せば、リビング横のキッチンにも確り届く。

更に、カボチャ少年とおばけは、ごそごそもぞもぞと蠢いて、「ぷはっ」とそれぞれの被り物を脱いでしまった。


「レオン、レオンっ。オレっ!オレ、此処にいるよ!」
「僕も。お兄ちゃん、僕、おでかけしてないよっ」
「なんだ、お前達だったのか。早く言ってくれれば良かったのに」
「エル姉もいるよ!キッチンにいるよ!」
「お姉ちゃん、早くー!」


一所懸命、自分の存在をアピールするカボチャ少年とおばけ───基、スコールとティーダ。
二人は被り物の所為でぼせぼさになった髪もそのままに、必死になって兄に抱き着いた。
放られたカボチャの被り物が、寂しそうに床に転がっている。

ぎゅうぎゅうと抱き着く弟達を、レオンは声を上げて笑いそうになるのを堪えながら、いつものように頭を撫でてやる。
其処へ、キッチンから眉尻を下げて笑う魔女がやって来た。


「もう。二人とも、自分からバラしちゃったの?」
「だって!」
「お菓子……」


黒の三角帽子を被った姉の登場に、ティーダは拗ねた貌をして、スコールは涙目になっている。
エルオーネは、やれやれ、と言う表情を浮かべつつも、彼女の貌は決して怒ってはいなかった。
きっと彼女は、兄と弟達の遣り取りを、ずっと見ていたに違いない。
その証左のように、エルオーネはレオンを目を合わせ、


「いじわるね、レオン」
「何の事だ?」


呆けて見せる兄に、妹はなんでもない、と言及を止める。
予想していなかった兄の行動に、おろおろと慌てる弟達を見て笑いを堪えていたのは、決してレオン一人の話ではないのだから。

そんな兄姉の傍らで、イタズラされたとも知らない弟達は、沢山のお菓子を手に入れて、嬉しそうに笑っていた。




2014/10/31

今年こそはと思ってたら、お兄ちゃんにやり返されましたw
お菓子の誘惑に負けて騙し切れないちびっ子は可愛い。

前回のハロウィーンは此方→[かぼちゃおばけが主役の日]