不器用なサンタクロース


スコールとティーダがサンタクロースの存在を信じていたのは、初等部の六年生までだった。
それを遅いと見るか、そうでないかは一概には言えないが、純粋な幼年期の延長が長らく続いていたのは確かだろう。
それは一重に、彼等を溺愛する兄姉の功績であると言えた。

まだ孤児院が機能していた頃から、レオンは年中行事と言うものに余念がなかった。
それは父がそう言う人物であったからと言う影響もあり、妹弟の喜んだ顔を見る事が何よりの楽しみであった事も理由にある。
孤児院では子供達を楽しませる為、頻繁に行事ごとが行われており、始めはレオンもそれを受ける側であった。
しかし、エルオーネや弟妹分達が嬉しそうに行事に参加するのを見て、企画する側に回りたいと思うようになり、彼は孤児院に来て間もなく、イデアやシドと同じ立場になった。
そんな彼がサンタクロースを信じていたのは、六歳の時までである。
これは父親のうっかりの所為であったが、彼は行事ごとが好きな父を寂しがらせないようにと、クリスマスの夜は寝た振りをして、プレゼントの到着を待っていた。
これはこれでレオンは楽しかったのだが、サンタクロースが父であったと知った時、少なからずがっかりしたのも事実だ。
妹弟達にはそんな思いをさせないよう、彼はサンタクロースのプレゼントについては、子供達に見付からないように念入りに準備をしていた。
スコールとティーダが長らくサンタクロースを信じていたのは、そう言う理由だ。
因みにエルオーネはと言うと、八歳の時にはなんとなく“サンタクロースはいない”と感じていたようで、兄弟で孤児院を出て生活するようになってからは、ごく自然にレオンと同じ立場として、クリスマスの準備を始めるようになった。

こうした弟達の素直な可愛らしさは、兄姉にとってはとても可愛らしく、良い思い出であるのだが、思春期の少年達にとっては、そう簡単に笑って語れる事ではなく。

そもそも、スコールとティーダがサンタクロースの正体を知ったのは、同じ孤児院の出身であり、一つ年上の幼馴染、サイファーからであった。
彼も、レオンと同じく、幼い内からサンタクロースの正体に気付いていた。
他の子供達にそれを言わなかったのは、レオン程ではないにしろ、彼も早熟な面があったからだ。
毎年クリスマスを、サンタクロースのプレゼントを楽しみにしている子供達に、ガキ大将ながらも兄気質のあるサイファーは、彼等の夢まで壊すまいと黙っていた。
しかし、12歳になっても未だにサンタクロースを信じているスコール達には流石に呆れ、「いい加減に大人になれよ」と言った。
其処には、12歳になっても兄離れが出来てないスコールに対する嫌味もあり、与えられる事が当たり前だと感じている幼馴染達への発破でもあった。
何せサイファーは、レオンが、エルオーネが、イデアやシドが、家事や勉強の傍ら、時間を削ってクリスマスの準備をしている事を知っていたのだ。
彼等はそれを楽しんでいるようだったが、負担がないとは言えない訳で、いつまでもそれに甘えてばかりでいるな、とサイファーは思っていた。

かくして、サイファーの所為或いはお陰で、スコールとティーダは大人の階段を上る事となる。
ティーダは、バラムに来るまでサンタクロースはいないと思っていただけに、反芻されたショックは大きかったらしく、サイファーと言い合いにまで発展した。
スコールはと言うと、サンタクロースの存在を信じながらも、レオンとエルオーネが忙しなくしていた事は知っており、比較的すんなりと納得した。
納得したが、それがサイファーから子供扱いされて、揶揄同然に言われた一言が切っ掛けであった事は些か腹が立ち、サイファーと口論こそしなかったものの、不貞腐れた顔で帰宅する事となった。

その後、兄弟の家にサンタクロースが来る事はなくなった─────等と言う事はなく、スコール達が17歳になった今でも、兄弟の家にサンタクロースはやってくる。
白ではなく黒い不精髭を生やした、筋骨隆々のサンタクロースが。


「……毎年言ってる気がするけどさ。虚しくないのか?」
「るせぇ、クソガキ。俺だって好きでやってんじゃねえよ」


いつの間にか見慣れてしまった、父親のコスプレ姿を見て、ティーダは引いた顔を浮かべていた。
その隣では、スコールが同情の篭った表情で、赤い衣装に身を包んだジェクトを見詰めている。

スコール達がサンタクロースの正体を知った頃、レオンは既にバラムガーデンを卒業しており、SEEDとして海外を飛び回っていた。
そんな彼の代わりにサンタクロース役を担っていたのは、ジェクトである。
彼はブリッツボールのエキシビジョン等で忙しい傍ら、なんとか時間を捻出し、息子の住むバラムに戻って来ると、彼等の枕元にプレゼントを並べていた。
ジェクトも都合がつかない時は、エルオーネがそれを行った。
その際、ジェクトもエルオーネも、判り易いサンタクロースの衣装を着ており、初めてそれを目にしたスコール達は、ぽかんとした顔で彼等を見詰めたものであった。

この“サンタクロースは実はパパ・ママでした”的事件の後も、彼等の下にサンタクロースはやってくる。
もう子供の頃のように、目を覚ました時に正体がバレないようにと言う心配も不要だと言うのに、わざわざ確りと扮装して、ジェクトは息子とその幼馴染の下へ現れるのだ。


「あとさぁ。やるんだったら、ちゃんと白髭もつけろよ。黒髭のサンタとか、変だろ」
「いちいち細けえ事で文句言ってんじゃねえよ。おら、今年の分だ」
「……どーも」
「……ありがとう」


ジェクトは肩に担いでいた大きな袋を下ろし、小さなプレゼントボックスを二つ取り出した。
プレゼントの割に袋がやたらと大きいが、これもやはり、サンタクロースのイメージの為だろう。
サンタクロースは、沢山のプレゼントを大きな袋にパンパンに詰めてやってくるのだから。

差し出されたプレゼントボックスを、ティーダは渋々と言う顔で、スコールは無表情で受け取る。
可愛げがなくなったもんだ、とジェクトは思ったが、17歳ともなれば幼い頃のように無邪気に喜べるものでもないので、仕方のない事なのだろう。
下らないと言って跳ね付けられないだけでも良しとするべきだ。
ついでに、よくよく見ると、早速プレゼントを開けている息子達の表情は、決してこの行事を疎んでいる訳ではないので、ジェクトは今年も気持ち良く自分の仕事を終える事が出来た。


「やった、ピアス!スコールは?」
「リング。シルバーの」


二人は、蓋を開けたプレゼントボックスを互いに見せ合った。
スコールは首にかけているネックレスと同じ意匠を抱いたシルバーリング、ティーダは瞳の色と同じ色の石のピアスだ。
スコールのものはレオンが事前に買ってジェクトに預け、ティーダのものはジェクトがザナルカンドにいる間に探して購入したものだ。
どちらも、二人が前々からアクセサリー雑誌等で気になっていたものである。

子供の頃と違い、金のかかる物を欲しがるようになったな、と思うジェクトだが、それも彼等の成長の一つだろう。
何より、自分は普段からまともに父親らしい事していないのだから、こんな時位は息子の願いを叶えてやりたいとも思う。
そうして息子の、その幼馴染の少年の嬉しそうな顔が見られるのなら、それで十分だ。

一頻りプレゼントを見せ合い、それぞれ指や耳に嵌めて楽しんだ後、スコール達はアクセサリーを箱に仕舞った。
今直ぐつけても良いのだが、真新しいそれを落として傷付けたりするのは嫌だった。
明日か明後日にでも、服装と合うようにコーディネートして、それから楽しむ事にしよう。


「へへー、楽しみっスね」
「…ん。ジェクト、コーヒーでも飲むか?」
「ああ、淹れてくれ。砂糖一つな」
「スコール、俺のも入れて」
「判った。ティーダ、これを部屋に持って行っておいてくれ」
「了解ー」


スコールの手からプレゼントボックスを受け取り、ティーダは二階への階段を上がる。
ジェクトはリビングのテーブルにつき、着込んでいた赤い衣装を脱いでいる。

スコールはキッチンに入って、三人分のコーヒーを作り始めた。
程無く二階から戻って来たティーダとジェクトの話声がキッチンに届く。


「エル姉には何か送ったのか?」
「ああ」
「変なの渡してないだろうな」
「ンだよ、変なのって。嬢ちゃんへのプレゼントは何にすりゃ良いか判らなかったから、ハンカチにしておいた。それなら幾らあっても邪魔にはならねえだろ」
「気が利かないっスねー。エル姉、今はトラビアにいるんだから、マフラーとか送れば良かったのに」
「そんなモン、向こうで自分の好みの奴を買ってるだろ。それか、送るならレオンが選んでるんじゃねえか」
「オシャレするなら、色んな種類のがあったって困んないと思うけど。あ、でも親父が選んだマフラーなんか、絶対に趣味悪いだろうから、結果オーライか」
「おいコラ、クソガキ。誰の趣味が悪いって?」


あんた以外に誰がいるんだよ、と言うティーダに、もう一遍言ってみろ、とジェクトが挑発する。
スコールはやれやれ、とキッチンで一人溜息を吐き、コーヒーの入ったカップをトレイに乗せた。