家族とお菓子といたずらと


世界はどうしてこんなに広いのだろう。
最近のレオンは、よくそんな事を考える。

バラムガーデンを卒業した後、レオンはセキュリティ会社『ミッドガル』に就職した。
それは半ば衝動的に決めた就職先ではあったが、それ以前に見付けた自分自身の目的に最も近道になりそうなのが、この職であったのだから、後悔はない。
危険と隣り合わせのSEED部門に就職するとあって、妹弟は勿論、育ての父母にも随分と心配をかけた。
これからもその心配は続いて行くと言うのは、否応なくそれに付き合わされる家族には申し訳ないと思うものの、どうしてもレオンはこの仕事に就きたかったのだ。
その理由は────今はまだ、別の話である。

ともかくも、バラムガーデンで18才以上の者が任意で取得する卒業試験を、レオンは19歳で受験して無事に合格。
その試験と並行して受けた『ミッドガル』の就職活動も、レオンはクリアする事が出来た。
そして今年の春から晴れてSEED部門に配属され、二ヶ月の研修期間も終え、そろそろ社会人生活も慣れたかと言う頃、レオンは頻繁に長距離移動をするようになっていた。

元々、バラム自体が小さな島国であり、他国からは切り離された立地にある。
周囲の海の潮流も些か特殊なもので、所々に暗礁も点在している為、嘗ては船での往来もやや難しく、慣れた船頭の案内が必須と言われていた。
そのお陰で、ガルバディア大陸とエスタ大陸に挟まれた位置に存在しながらも、かの戦争の影響を受ける事なく、独立自治を保ったまま、平和な環境が続いていた。
その後、急激な造船技術・操舵技術の進歩や、ガルバディア国から友好の一歩として、ガルバディア大陸の方々を繋ぐ大陸横断鉄道の路線が延長され、造られた海底を走る線路が出来たお陰で、バラムと他国との繋がりは強くなりつつある。

が、立地条件として、已然としてバラムが海の真ん中に存在する島国である事は変わらない。
温暖気候に育まれた豊富な自然資源や、年中を通しての過ごし易さは変わらず、景観も含めてよい観光資源となっているものの、此処から外国に渡るとなると、どの手段を取っても大なり小なりの時間がかかる。
イヴァリース大陸で製造されている飛空艇が購入できれば、そして空港等が整備されれば、───国ごとの事情はさて置くとして───国外旅行も簡単になるのだろうが、特定の支配層や富裕層と言う者がいないバラムでは難しいだろう。
その為、現状では、バラムと国外を結ぶには船か大陸横断鉄道を使用するしかない。

レオンはこの数ヶ月、週に二度三度と国外に出ている。
セキュリティ会社『ミッドガル』のSEED部門に所属する者としては、ごく普通の事だ。
SEED部門は、警備部門と並んでの警備任務を初めとし、要人警護の任務もあれば、増えすぎた魔物、危険度の高い魔物の討伐と言った任務もこなす。
任務は元々、世界中から舞い込んでくる依頼を振り分けて宛がわれる為、任務地はその時々で変わる。
研修中はバラムの警備、ガルバディア大陸の各町都市の周辺を主とした任務が多かったが、正SEED扱いになると、任務地は一気に広がった。
ガルバディア大陸はいざ知らず、トラビア大陸、スピラ大陸、イヴァリース大陸と、最近は開国したエスタ国からも依頼が来ており、其方に赴く事もある。
移動費や宿泊費は会社が負担してくれるので、その点は何も心配しなくて良いのだが、体力気力だけはサービスされるものではないのが辛い。

自分で選んだ仕事に後悔はないつもりだが、こうも頻繁に西へ東へと送り出されると、帰って来る度にぐったりと疲れ果ててしまう。
レオンを指導教育する立場の先輩からすれば、レオンは「まだマシ」と言うレベルだと言うが、今まで殆どバラムの島から出る機会がなかった人間にとっては、現状でも些か辛いものがある。
レオンが覚えている一番の長距離移動と言ったら、生まれ故郷からバラムの島へ移る時位のもの。
それも、あの時は往路の一回きりで良かった訳だから、今のようにあっちへこっちへ奔走するのとは訳が違う。

最近は、次は何処へ行かされるのか、と考える事も増えて来た。
初めは見知らぬ土地に行く事も多かった為、緊張と少々の期待もあったのだが、今はそんな事を楽しむ余裕もない。
任務が終わった翌日には、新しい任務に付かなければならないと言うのも、疲れの原因だろう。
街灯の灯った家路を進む足の重さを自覚しながら、レオンは今もそんな事を考えている。


(……休暇の申請って、もう出来たかな……)


一年目でそんな事、と思う気持ちもあったが、このままだと疲労で潰れてしまいそうだ。
先輩からは、「仕事は体が資本だが、体の資本は精神だ。使い物にならなくなる前に、意識して休暇を取れ」と言われている。
特にレオンは、生真面目から来る疲労もあるだろうから特に注意しろ、と重ねて言われた。

倒れてしまっては元も子もないのだ、と言われたレオンが最初に浮かんだのは、妹弟の顔だ。
まだ孤児院で過ごしていた頃、風邪を隠して弟達の面倒を見た末に、熱を拗らせて倒れた事がある。
あの出来事は幼かった弟のトラウマ同然にもなったようで、当分の間、彼を酷く不安にさせてしまった。
妹からも泣いて怒られ、他の子供達も不安にさせ、クレイマー夫妻からもこってりと絞られた。
あの時のように、家族に心配をかけるような無茶をする訳には行かない。

申請の仕方を今一度確認して、可能な限り、早い休みを取るようにしよう。
そう決めた所で、レオンは自宅の玄関扉を開けた。


「ただいま」
「お帰り、レオン」
「お帰りー!」
「お帰りなさい」


疲労の色が滲むレオンの声に、柔らかな声と、元気な声が帰って来て、それから控えめな声。
いつもと変わらない家族の声に、レオンはほうっと息を吐いた。

重たげな動作で上着を脱ぐレオンに、食卓でプリントを広げていたスコールが席を立つ。
まだ丸みが残る手を差し出されて、レオンは小さく微笑んで、その手に上着を渡した。


「ありがとう、スコール」
「ううん」


感謝を述べるレオンに、スコールは照れ臭そうに頬を染めて、ふるふると首を横に振る。
ハンガーに上着をかけに行くスコールを目で追っていると、キッチンからエルオーネが顔を出した。


「お疲れ様、レオン。晩御飯、食べる?」
「ああ」
「じゃあ直ぐ用意するね。お風呂入る?」
「いや、食べてからにする」
「判った。ちょっと休んでてね」


エルオーネがキッチンへ戻ると、レオンはソファに腰を下ろした。
天井を仰いで、ゆっくりと息を吐くレオンを、スコールと一緒にプリントを広げていたティーダが振り返り、


「今日は何処に行ってたの?」
「今日は……大塩湖だ」
「だい……どこ?」
「何処だと思う?」


首を傾げて訊ねるティーダに、レオンは問いで返してみる。
うんうんと唸るティーダの前に戻ったスコールも、プリントを進める手を止めて考えていた。

そのまま、30秒程考えていたティーダだったが、


「判んないよ」
「地図帳に載ってるぞ。持って来て探してみると良い。地理の勉強だ」
「うえー、もう勉強やだあ」


顔を顰めるティーダだったが、スコールは気になるのだろう、席を立って二階へ向かう。
ティーダはそんな幼馴染に、真面目だなあ、と呟いた後、手許のプリントへ視線を戻す。
が、直ぐにやる気を失くして、プリントの上に突っ伏した。

うーうーと唸るティーダを横目に、レオンは時計を見る。
時刻は午後8時、最近の帰宅時間を思えば、早い方だろう。
だからスコールとティーダもまだ起きていて、夕食を終えての課題に取り組んでいたのだ。

キッチンからトレイに夕食を乗せたエルオーネが現れ、ソファ前のローテーブルに置く。
ほこほこと湯気を立ち上らせているのは、カボチャのスープだ。
その傍ら、小さなオレンジ色の顔付カボチャがちょこんと置かれているのを見て、レオンはふと腕時計で今日の日付を確認する。


「────そうか、ハロウィーンか」
「うん。だから今日のご飯はカボチャ尽くしです」


確かに、よくよく見ると、スープの他にもカボチャが入っている。
カボチャのグラタン、サラダ用にカボチャのディップ、おまけでカボチャ型のクッキーだ。

頂きます、と言ってから、レオンはスープを一掬い。
10月末となれば、温暖なバラムの気温も下がる一途の時期である。
家路で冷えた体に、温かなスープが沁み渡って行くのを実感して、ほうっとまた安堵の息が漏れた。


「美味いな……しかし、ハロウィーンなんてすっかり忘れてたよ」
「お仕事、忙しいもんね」
「今年は皆も仮装していないし」
「うーん。まあ、もうそろそろ、ね?」


私は仮装しても良かったんだけど、と言うエルオーネ。
眉尻を下げる彼女の視線は、プリントの上で潰れているティーダと、二階から降りてきたスコールに向けられる。

二次性徴を迎える時期となったエルオーネは勿論、まだまだ小柄と言われる弟達も、身長が伸びて来て、小さな子供と言われる程ではなくなった。
楽しい祭りや行事は好きでも、そろそろ無邪気にはしゃげる年齢ではなくなったか。
元々、子供達だけの生活と言う事もあり、相互補助の意識は早い内に育ったようで、彼等も兄姉の力になれるようにと言う努力は惜しまなかった。
自立心が早く芽生えるのも自然な事で、並行して無邪気な幼さにも卒業を迎えつつあるようだ。

妹弟の成長は嬉しくも、些か寂しいものである。
特に最近、社会人として仕事に従事する為、家にいる時間が少なくなった────家族と共に過ごせる時間が減った所為か、レオンは富にそう思う。




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2016/10/31